VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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前話の後半に少し紬の反応追加しました


第20話

「おばあちゃん! おなかすいた!」

 

 午後二時に目が覚めた。

 

 分厚いお布団の中は、まだぬくぬくと温かい。頬へ触れるシーツは柔らかく、鼻先には干した布団特有の、ひだまりみたいな匂いが残っていた。

 あれから、二十時間ほど経っている。

 

 昨日、私は半泣きでおばあちゃんの家へ転がり込み、そのまま風呂も何もかも後回しにして、泥みたいに眠りこけたのだ。命からがら、という表現がこれほどしっくりくる避難行動もそうそう無いでしょうね。

 

 そして目が覚めた瞬間、胃袋が全力で存在を主張し始めた。

 飢餓である。実に、切実な飢餓だわ。

 

 私は布団を蹴飛ばして起き上がると、まだ少し重たい頭を抱えながら、階段を半ば転がるように下りていった。

 

「おばあちゃん! ご飯!」 「あらあら、起きたのかい。よく寝てたねぇ」 「ええ、とてもよく寝たわ。だからとてもお腹が空いているの」

 

 台所には、もう湯気の立つ料理がいくつも並んでいた。白いご飯、焼き魚、煮物、お味噌汁、おひたし、それに卵焼き。なんというか、過不足なく人を生かすための食卓、という感じがして、とても良い。こういうのが本当の豊かさなのだと思うのよね。私みたいに、食べ放題で原木生ハムへ齧りつく方向の豊かさとは違って。

 

「いただきます!」

 

 私は席へつくなり、まずご飯を茶碗一杯ではなく、ほとんど吸い込むみたいな勢いで平らげた。

 次いで二杯目。三杯目。焼き魚を骨ごと噛み砕き、煮物を飲み込み、卵焼きを噛みしめる。味噌汁で喉を湿らせて、また米を流し込む。

 

「おばあちゃん! おかわり!」 「はいはい、そんな慌てなくてもあるよ」 「ありがとうございます! あ、おかわり! あとこっちも!」 「よく食べるねぇ」 「今は生きることに必死なのよ」

 

 おばあちゃんは呆れたように笑いながらも、少しも嫌な顔をせず、おひつからご飯をよそってくれる。

 ああ、本当に優しい。

 

 もっとも、のんびり安心しきってもいられなかった。

 

 私の居場所なんて、朔の認識の中では、せいぜいおばあちゃんの家かネカフェくらいのものだろう。そう思われている以上、ここは安全地帯であると同時に、極めて危険な避難所でもある。

 もっとも、奴は人前では猫を被る。さすがに、おばあちゃんの前でいつもみたいに、いきなりペンチで指を砕いてきたり、火炎瓶を投げてきたり、アイスピックで肝臓を刺してきたりはしない……しない、わよね?

 たぶん。きっと。できれば。

 

 スマホは、食卓の隅でひっきりなしに震えていた。

 

 恐る恐る画面を見れば、朔からの通知がびっしり並んでいる。

 

『帰ってこい』

『ネカフェ行く金なさそうだしおばあちゃんとこか?』

『殺す』

『殺す』

『殺す』

『殺す』

『殺す』

 

「……ホラーだわ」

 

 通知欄が、ほとんど【殺す】だけで埋め尽くされている。

 もはや連絡というより、呪詛である。現代の怪談ね。

 

 でも、見なければ存在しないも同然でしょう。

 少なくとも今この瞬間くらいは、そういうことにしておくべきだわ。

 

「おばあちゃん! おかわり! おかわり!」 「はいはい、まだあるよ」 「助かるわぁ……」

 

 私は通知の恐怖を白米で押し流すように、さらに箸を進めた。

 魚。肉。野菜。汁物。米。

 米。米。米。

 その合間に、甘いものも欲しくなってくる。こういう時、人体というのは正直で良い。危機の最中でも、きちんとデザートの余地を求めてくるのだから。

 

 結局、げふっ、と小さくげっぷが漏れた頃には、ざっと四十キロ近くは胃袋へ収まっていたと思う。

 

「……ふう」

 

 ようやく、満腹感らしきものが身体の隅へ行き渡った。

 若い頃に比べたら、ずいぶん少食になったものだわ。成長期の私なら、この程度、おやつ扱いだったのに。

 

 もっとも、満腹の隙間というものは常に存在する。

 私は空いたスペースへ、冷凍庫から出してもらったアイスを丁寧に詰め込み、ようやく食事を終えた。

 

「ご馳走様でした」

 

 おばあちゃんは、呆れたように笑いながらも、「よく食べるのは元気な証拠だよ」と言って、お茶まで淹れてくれた。

 ああ、本当に優しい。

 

 朔にも、この一割くらい人の心があれば、私の人生ももう少し平穏だったかもしれないのに。

 

 せめてものお礼にと思って、私は家事を申し出た。

 ……死ぬ思いで、である。

 

 洗濯機のボタンが多い。

 洗剤の量がよく分からない。

 干し方にも、たぶん正解がある。

 そのあたり全部が怪しい。

 

 でも、おばあちゃんの前で何もしないわけにもいかないし、私だって一応は人間の端くれなのだから、こういう善意へは何かしら返したいという気持ちくらいはあるのだ。結果が怪しいだけで。

 

「うーん……これ、色物と白いの分けた方がよかったかしら」 「紬ちゃん、無理しなくていいんだよ?」 「いえ、ここで退いたら、ただ飯を食っただけの巨大害獣になってしまうから……」

 

 だいぶ怪しい家事をどうにかこうにか終えたあと、私は居間の隅へ置かれたゲーム機へ目を向けた。

 

 おばあちゃんの家のゲーム機。

 私が来た時用に買ってもらっているものだ。

 パスワードとIDと生体認証さえあれば、ソフトを持ち歩いていなくても【エリュシオンオンライン】へログイン可能らしい。

 

「便利な時代になったものねぇ……」

 

 しみじみ呟きながら、私は起動した。

 

 逃げるためだけではない。

 パワーと再生能力だけでは、まだ全然足りないのだ。

 

 会話能力が終わっている。

 気が利かない。

 理解が遅い。

 パニックになる。

 

 そういう減点要素を埋めるには、まだまだ全然、全然足りない。

 ただ怪力になっただけでは、結局【重いものを運べる粗大ゴミ】にしかなれないのだわ。

 

 それでは困る。

 

 せっかく人外ルートへ片足を突っ込んだのなら、もっと社会の歯車方向へ尖らせなければいけない。

 たとえば、理解力を底上げするような補助。

 状況判断を速めるようなスキル。

 気配りとまでは言わないまでも、せめてパニックを起こしにくくなるような精神耐性。

 あるいは、作業の正確性とか、反復の習熟が異常に速くなるようなもの。

 

泥の歯車たる私がしっかり社会の部品になれるような

 

 何より、ゲームで強くなれば、現実でも強くなる。

 

 それなら、朔とエンカウントするまでに、足を速くして、耐える力を手に入れて、逃げる力を得ておかなければいけないでしょう。

 今の私は、まだ安心して人間社会の中を歩けるほど強くない。

 少なくとも、あの妹から逃げ切れる程度には、強くならないと話にならないわ。

 

 ちょうどいいことに、存在進化とスキル進化もできるようになっている。

 ここから先が、本番だ。

 

 私は深く息を吐くと、静かにヘッドセットを被った。

 

「……よろしい。では、続きを始めましょうか」

 

 おばあちゃん家のぬくもりを背中に感じながら、私は再び、あの薄暗く、理不尽で、でも現実よりはずっと希望のある世界へ潜っていった。

 




感想にグッド1日5回までしか押せないの思い出すほどに感想いただけて嬉しいです

紬は

  • 人間のクズ
  • 哀れな怪物
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