VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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第31話

 んで、洗面所の鏡の前へ立った時だった。

 ふと、私は思ったのよね。

 

「……これ、変えられるんじゃないかしら」

 

 ゲームの中では、【身体変性】で牙も爪も口も増やせる。

 だったら別に、そういう戦闘向けの器官だけじゃなくて、もっと日常的な部分へ応用が利いてもおかしくないじゃない。

 

 たとえば――胸とか。

 

 私は洗面台の鏡をじっと見つめながら、胸の前で腕を組んだ。

 

 小さく咳払いして、意識を内側へ沈める。

 骨格。脂肪。筋肉の張り。皮膚の引き具合。重心。

 そういうものが、前よりずっと分かる。

 食べるための最適化ばかりが注目されがちだけれど、【身体変性】って要するに“自分の肉体構造を設計図ごと触れる”みたいな感覚なのよね。

 

「……このくらい、かしら」

 

 胸のあたりへ意識を集中すると、内側でじわ、と感覚が動いた。

 痛みはない。ただ柔らかい粘土を手のひらで少しずつ整えていくみたいに、形と重さの配分が変わっていく。

 

 肩の負担が重くなって、重心がほんの少し下へ寄る。

 鏡の中の自分のラインが、じわじわゲーム内で見慣れたバランスへ近づいていった。

 

「……おお」

 

 私は思わず、鏡の前で素の声を漏らした。

 

 いた。いる。

 ゲーム内で見慣れた、“あのサイズ感”の私が、現実の鏡の向こうに。

 

「やだ、ちょっと……本当に?」

 

 私は恐る恐る両手で持ち上げてみた。

 むに、と沈む感触。重い。そして、存在感がすごい。

 

 試しに軽く揺すってみる。揺れた。当たり前みたいに揺れた。視界の端で、遅れてたぷんと返ってくる。

 

「……おお」

 

 でも、正直に言うと、邪魔な時は邪魔なのよね。

 走る時に揺れる。服のシルエットが変に目立つ。前かがみになると存在感がすごい。

 

「いや、嬉しくないわけではないのよ? これで仕事のミスももうちょい見逃されるだろうし、ないのだけれど……実用性って大事でしょう」

 

 なので、少しだけ縮小。

 

 うん。ちょうどいい。

 実にちょうどいいわ。

 

 今までのは、何というか、主張が強すぎたのよね。悪くはない。悪くはないのだけれど、日常生活を送るには少しばかり存在感が暴力的だった。

 今のこれは、見た目の収まりと実用性の折衷案として、かなり完成度が高い気がする。

 

 私は鏡の前で横を向き、正面を向き、もう一度軽く整えてみた。

 

「……うん。これでいいわね」

 

 

 

 私は満足して、鏡の中の自分へ向かって小さく頷いた。

 

「これで今後いきましょう」

 

 実用性。快適性。そしてほんの少しの見栄え。

 大事なのは、そのバランスなのよね。

 

 ……それにしても。

 ここまで自在に自分の体をいじれるようになってくると、完全に人間やめたわね、私。まあ、そのへんは考え出すと面倒だから、今は棚へ上げておくことにするわ。

 

 とりあえず私は、少しだけ軽くなった身体で伸びをして、上機嫌に呟いた。

 

「うふふっ。こういう方向の進化は、もっと早く気づいておくべきだったわね」

 

     ◇

 

 それから私は、朔がいないのを良いことに今日の単発バイト――コピー機配送の現場へ向かった。

 

 いつものチョーカーとペンダントを装備し 手の爪足の爪をちゃんと噛んで切ってモグモグして清潔にしていくとこまでいつも通りだったのだけど、今日はなんと気力を振り絞って寝癖を直し、ドライヤーまでかけた。

 

 正直、食欲で頭がおかしくなりそうな日ほど、家でじっとしているより外へ出た方がまだマシなのよね。動いている間は、少なくとも空腹のことだけを考え続けなくて済むもの。

 ……まあ、動けば動いたで余計にお腹は空くのだけれど。そこはもう、人生の仕様バグとして受け入れるしかないわ。

 

 今日の現場は、コピー機の搬入と設置。

 重い。大きい。階段は狭い。

 普通の人なら嫌がる要素がきっちり揃っているけれど、今の私にとってはむしろ都合がよかった。

 

 だって、求められることが明確なのだもの。

 持て。運べ。置け。

 それだけでいい。気の利いた雑談も、空気を読む高度な社交性も、臨機応変な機転も、たぶん最低限で済む。

 

 しかも今日は、最初から現場の空気が少し違った。

 人手が足りていないらしくて、社員さんたちの声にも、どこか切羽詰まった感じがあったのよね。

 

「悪い、今日かなりタイトでさ」

 

「階段搬入も多いし、マジで助かる」

 

「一本でも多く回したいから、いけるなら頼む」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじわっと熱くなった。

 

 ――助かる。

 ――頼む。

 ――いけるなら。

 

 ああ、そう。そういうの、好きなのよね。

 必要とされること。求められること。

 私でも、ここにいていい理由があるみたいに錯覚できる、その感じ。

 

「はい。やります」

 

 私は思っていたよりずっと素直な声で、そう返していた。

 

 現場の人間は内心、「こんな華奢なのに大丈夫か?」と思っていたと思う。

 人の気持ちはわからないくせにそういう自分への負の感情は分かるの本当に嫌だわ。

 

 実際こそこそ話してるのも聞こえたしね。

「今日から入る玉織さんね?」

「はい。よろしくお願いします」

「……え、女の子?」

「細くない?」

「階段搬入あるけど大丈夫か……?」

「いや、感じは悪くないけど……本当に使えるの?」

「というか玉織紬って一度うちのコピー機破壊しかけて出禁にしたはずじゃ…」

 

 でも、いざ搬入が始まると、で、一気に空気が変わったのも分かった。

 

「え、あの姉ちゃん何者?」 「細いのにパワーどうなってんの?」 「一人でそこ持てるの?」

となる。

 

 階段搬入。

 コピー機搬入

 専用の器具ありで二人持ち前提の荷。

 

 本来なら男手を二人付ける場面。

 

「玉織さん、俺たち二人でやるからそっち押さえるだけでいいから」

「はい」

 

 ……のはずが。

 

「あれ、もう上いる?」

「え?」

「いや、おい、あれ一人で持ってったの!?」

 

 気づいたら、私が上の踊り場へいる。

 しかも、かなり重いそれを普通の顔で運んでいる。

 

 ここで空気が変わったのを感じた。

 

「ちょっと待って、何あの子」

「いやいやいや、今の重さおかしいだろ」

「細腕のどこにそんなパワーあるんだよ」

「農家とか? スポーツ系?」

 

 そもそもスタンドプレーにも程がある現場猫的な問題こそあれど珍しく良い意味でざわつく。

 

 同時に明確な戦力認定が入るのもこの辺りだったわ。

 

 そこから先は、もう半分くらい意地だったわ。

 

 重いコピー機を持つ。

 運ぶ。

 階段を上る。

 下ろす。

 角度を調整する。

 滑らせる。

 また持つ。

 また運ぶ。

 

 【偽装経典】が効いているおかげか、受け答えそのものはそこまでひどくならない。

 でも、根本のところで私がコミュニケーション強者へ進化したわけでは当然ないのよね。だから私はもう、黙って働いた。働いて、働いて、働いて、求められる役目を一つでも多く果たすことで、存在を許してもらおうとした。

 

「おー、姉ちゃんすげえな」

 

「細いのに、めっちゃ持つじゃん」

 

「悪い、次それもお願いできる?」

 

「こっち先回してくれると助かる!」

 

 お願いされるたびに、私は妙に嬉しくなった。

 ああ、今この瞬間、私は邪魔じゃないのだ、と思えたから。

 

「はいっ大丈夫です!」

 

「持てます!いけます!」

 

 返事が少しずつ軽くなる。身体もどんどん動く。

 階段を上り下りするたびに、空腹で胃がきゅうきゅう鳴る。でも、それすら心地よかった。

 求められている。使われている。役に立っている。

 その実感が、胃袋の悲鳴を一瞬だけ忘れさせてくれるのだもの。

 

 もちろん、身体は正直だった。

 

 途中から視界の端がちょっと暗い。

 手先が微妙に震える。

 額へ浮いた汗が、妙に冷たい。

 何度か、立ち上がった瞬間にぐらっときた。

 

 ああ、これ、だいぶ血糖値が終わっているわね、と自分でも分かった。

 

 でも、止まりたくなかった。

 ここで「ちょっと休みます」と言った瞬間、また私は“配慮される側”“使えない側”へ戻る気がしたのよ。せっかく今、重いものを運べるという一点だけでも、社会の歯車っぽい顔ができているのに。ここで抜けたら、またただの空腹でふらつく珍獣へ逆戻りじゃない。

 

「紬さん、次これいける?」

 

「はい、持ちますっ」

 

 私は返事と同時に、ほとんど反射でコピー機の端へ手をかけた。

 

 重い。でも持てる。

 階段を一段、また一段。

 脚がわずかに笑っている。

 胃の中はもう完全に空っぽで、むしろ自分の腕でも齧った方が早いんじゃないかしら、どうせすぐ生えるし、なんて考えが一瞬よぎる。

 

 でも駄目。

 今それをやるとさすがに引かれる。社会性の観点から大幅減点だわ。

 

 私は唇の裏を軽く噛んで、意識を無理やり繋いだ。

 

 搬入が一段落した頃には、さすがに足元がふらついていた。

 最後の一台を所定位置へ滑り込ませた瞬間、視界が白く明滅して、膝が折れかける。

 

「あっ……」

 

 危うくその場へ崩れそうになったところを、近くにいた社員さんが慌てて支えてくれた。

 

「ちょっ、大丈夫!? 顔真っ白だけど!」 「だ、大丈夫です……たぶん……」 「たぶんじゃないだろ。休め休め、今すぐ座れ!」

 

 私は近くの段ボールへ腰を下ろした。

 その瞬間、空腹と疲労がまとめて押し寄せてきて、ちょっと泣きそうになる。

 でも、不思議と気分は悪くなかった。

 

「……そんなに頑張らなくてよかったのに」 「いえ……」

 

 私は息を整えながら、小さく笑った。

 

「求められるの、嬉しかったので」

 

 言ってから、自分で少し驚いた。

 でも、本音だった。

 

 社員さんは一瞬だけ目を丸くして、それから苦笑した。

 

「……そっか。いや、でも本当に助かったよ。今日いなかったら詰んでた」

 

「うへへ……」

 

「笑い方はちょっとキモいけど、働きはマジで助かった」

 

「そこは褒め言葉として受け取っておきます」

 

 そのあと、缶コーヒーと甘い菓子パンを渡された時、私は正直、ちょっと感動した。

 カロリーだ。しかも、働いた対価みたいな顔で与えられるカロリー。最高じゃない。

 

 私は遠慮という概念を一瞬だけ思い出してから、でも三秒で捨てた。

 

「いただきます」

 

 袋を開けて、ほとんど丸飲みに近い勢いで菓子パンを胃へ流し込む。

 甘い。柔らかい。炭水化物と脂質が、飢え切った身体へ染み込んでいく。

 

「……生き返るわ」 「そんなに?」 「そんなにです」

 

 社員さんが苦笑する。

 でも、その空気は悪くなかった。笑われているというより、ちゃんと“現場の変な人”として馴染めている感じ。

 ああ、これくらいの距離感なら、私にもまだ社会で呼吸できる余地があるのかもしれないわね。

 

 その日の終わり際、社員さんは缶コーヒーを片手に、少し真面目な顔で言った。

 

「何度も言うけど今日、かなり助かったよ。今度から単価ちょい上げられるよう話しとくわ」

 

「えっ」

 

 私は思わず目を丸くした。

 昇給。この私に。社会から。正式な形で。

 

 じんわりと、承認欲求の真ん中が温かくなる。

 

「……うへへ」

 

「…その笑い方やめたほうが良いよ…」

 

「嬉しい時の仕様なんです」

 

「仕様で済ませるな」

 

 でも、その瞬間の私は、たぶん本当に嬉しそうな顔をしていたと思う。

 求められて。役に立って。頑張った結果が、ちゃんと数字で返ってくる。

 それだけで、あんなに空腹で倒れかけるほど無茶をしたのに、全部報われた気がしてしまうのだから。私も安いものよね。

 

 ……泥の歯車なりに、役割を持てるところが欲しかった。何を犠牲にしても欲しかった。その長年の夢が実現した以上、多少は頑張るのも当然の帰結よね。

 

 ただし。

 だいぶ、食欲に稼ぎが追いつかなくなっている。

 そこが問題なのだわ。

 

 日雇いを一回こなしたくらいでは、今の私の胃袋はまったく黙らない。むしろ、動いたぶんだけ追加で要求してくる。

 このペースだと、真っ当に働けば働くほど、食費が増えて収支が悪化するという、だいぶ終わった構図が成立してしまうのよね。

 

「……配信でもする?」

 

 帰り道、私はぼんやり呟いた。

 暴食さんとしての知名度はある。あのゲーム内のイカれた映像を武器にすれば、ワンチャン投げ銭だの案件だのへ繋がる可能性はある。

 

 でも、すぐに首を振った。

 

 無理。

 ネットのおもちゃになる未来しか見えない。

 ……いや、もう現時点で十分おもちゃなのだけれど、それを自分から受け入れるのは、また別の絶望だわ。…いや…でもワンチャンありか?やるしかないか?

 

「じゃあ副業……? 何があるのよ……」

 

 頭の中で選択肢を並べてみる。

 力仕事。配送。引っ越し。廃品回収。害獣駆除。

 

 ……害獣駆除。

 

「リアルで害獣駆除業務への参加、申請してみようかしら……」

 

 …

 

「おい誰よ今、私自身が害獣だろって言ったの」

 

 

 

 でも実際、向いてはいると思うのよ。強いし。食べられるし。何なら、業務中の処理コストまで私の胃袋で吸収できる可能性がある。人件費と廃棄費用の両面から見ても、かなり画期的な人材ではないかしら。

 

「……あっ」

 

 その瞬間、私は立ち止まった。

 そういえば。あるじゃない。あるわ。忘れていたけれど、ちゃんとある。

 

「テスター報酬……!」

 

 あの【エリュシオンオンライン】の特別テスター報酬。

 どうせしょぼい。しょぼいだろうけれど、ゼロよりはマシ。せいぜい数万。よくて十万。いや、特別テスターだし、もしかしたらもう少し……。

 

 私はそのまま銀行へ向かった。

 ATMの前へ立つ。カードを入れる。暗証番号を打つ。残高照会を選ぶ。

 

 ぴっ。

 

 表示された数字を見て、私は固まった。

 

「……三十万!?」

 

 思わず声が裏返った。

 

 三十万。

 三十万円。

 しょぼいどころの話じゃない。

 私にとっては普通に大金も大金だわ。

 

 短期的には、命綱どころか文明よ。

 白米。肉。麺。外食。甘味。生存の光。

 

「えっ、何これ。えっ……そんなにもらえるの?」

 

 私はぐるぐる鳴るお腹を押さえながらATMの前で何度も残高表示を見直した。

 見間違いじゃない。本当に振り込まれている。

 

 その瞬間、脳内で色々な計算が一気に走り始めた。

 三十万あれば、しばらくは餓死しない。

 三十万あれば、外食もできる。

 三十万あれば、少なくとも“もやしとラードとゴキブリ”だけで生活しなくて済む。

 三十万あれば――

 

「焼肉……」

 

 ぽつりと、願望が漏れた。

 

「ラーメン……お寿司……ケーキ……」

 

 私はふらふらと銀行の外へ出た。

 春の空気はまだ少し冷たいのに、胸の奥だけが妙に熱い。

 

 お金だ。ちゃんとしたお金。

 誰かから巻き上げたわけでも、冷蔵庫を襲撃したわけでも、神棚のお供えを合理化したわけでもない。

 一応は、働いたこととテスターであることへの正当な対価。

 

「……これ、希望ってやつかしら」

 

 私はそう呟いてから、すぐに首を横へ振った。

 

 いや、違うわね。

 希望というには、だいぶ脂っこい。

 もっと直接的で、もっと切実で、もっと私らしいものだわ。

 

 つまり――

 

「ご飯じゃない」

 

 その途端、胃袋がまた、ぐううううううっと鳴った。

 

 ……ええ、知っている。

 三十万あっても、足りないものは足りないのよね。

 

 でも。

 足りないなりに、しばらくは夢を見られそうだわ。

 

 紬ちゃーん!はーい!何が好きー?

 

 白米! お肉! 甘いものー!

 ……あと、それ以外もだいたい好きー!




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