VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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次回2章最終話です。ここまで読んでいただけて死ぬ程嬉しかったです


第43話

 「うっめ! まじぱっね! とまんねえ!」

 

 ……ええと。

 

 前回、だいぶしんみりした流れで終わったでしょう。  河村澪が殺されそうになって、それを見た私が、善性だの憧れだの嫉妬だの、そういう湿っぽくてどうしようもない感情を、わりと真面目に吐き出していたところで綺麗に切れていたはずなのよね。

 

 なのに、どうして次の場面で私がウェアウルフの喉元へ顔を突っ込み、渋谷のど真ん中で血まみれになりながら生肉を貪っているのか。

 

 理由は単純。  食屍姫の燃費が終わっていたからだわ。

 

     ◇

 

 

 見上げれば、見慣れたスクランブル交差点。  ビルの壁面いっぱいの広告。  コンビニの看板。  ガラス張りの店。  止まりきれずに斜めへ乗り上げたタクシー。  スマホを掲げたまま腰を抜かしている誰か。  逃げ惑う群衆。  そして、その群れの中へ、迷宮から溢れた怪物ども。

 

 

 その中で、私は最初に澪を見た。

 

 いつもの笑みを浮かべて生きていた。  少なくとも、その時点では、まだちゃんと息をしてた。

 

 それを確認した瞬間だけ、胸の奥にあった何かが、ふっと緩んだのよね。  ああ、間に合った、と。  助けられる、と。  私はまだ、こいつが死んで孤独に死ぬ自分を見なくて済む、と。

 

 そこまでは良かったのだわ。  本当に、そこまでは。

 

 次の瞬間、裂けたウェアウルフの喉元から、新鮮な血の匂いが立った。

 

 終わったわね。  私の理性が。

 

     ◇

 

 三十万円分の寿司、焼肉、ラーメン、ケーキを流し込めたあの日は、さすがに私の胃袋も黙っていた。  でも、今日の補給は駄目だったのよ。

 

 ガキに買わせたケーキ。  朝の食パン五斤。  弁当と、おやつ少々。

 

 人間としてなら十分に狂っている摂取量でも、食屍姫としては話にならない。  ログインして、現実と地続きになったファンタジー空間を走り回っているうちに、私はじわじわ、自分で自分を非常食扱いし始めていたのだわ。

 

 胃の内側が、焼けるみたいに熱い。  空腹のせいで、視界の端が少し白い。  関節の内側が、きしきし軋む。  内臓が軽い。軽すぎる。  まるで身体の中身が、順番に薄く削られていくみたいだった。

 

 肝臓が潰れていく感覚って、分かるかしら。  私は分かったわ。  ああ、今オートファジーで、内臓が端から順番に“予備のカロリー”扱いされているのだな、って。

 

 笑えないでしょう。  私もそう思う。

 

 だから、珍しく格好いい動きができたのは、そこまでだった。

 

 澪へ飛びかかったウェアウルフへ、【身体変性】で作った骨剣を叩き込んだ。  そこまでは良かったのよ。  我ながら、かなり主人公っぽかったもの。

 

 でも、その次の瞬間。  裂けた肉から立ちのぼった血の匂いが、全部を上書きした。

 

 私は、耐えられなかった。

 

 がぶり、と。

 

 気づけば、ウェアウルフの喉元へ真正面から噛みついていた。  喉の奥へ、生暖かい血が流れ込む。  舌の上で、鉄と獣臭と、妙に濃い生命力が弾けた。

 

「んぐっ……うっま……!」

 

 脳の奥が、びり、と痺れた。

 

 あっ、と思ったのよね。

 

 これ。  ゲームの魔物より、現実で食うファンタジー存在の方が、圧倒的に美味い。

 

「え、ちょっと待って、何これ、うっっっっま!!」

 

 旨味の密度が違う。  ただの肉じゃない。  噛むたびに、筋肉の強さとか、生命力とか、妙な“格”みたいなものまで一緒に舌へ触れてくる感じがする。  存在そのものへファンタジーが混ざっているから、ただの獣肉より、一段深いところで美味しいのだわ。

 

 そこで私は、だいぶ駄目になった。

 

     ◇

 

 頭へ飛びついてきたミミックは、二秒で中身を全部吸い上げてむさぼり尽くした。

 

 ばきっ、と蓋を噛み砕く。  木と革と舌みたいな肉が混ざった変な食感。  でも、中のとろりとした部分はかなり濃厚で、妙に贅沢なレバーペーストっぽかった。

 

「んっ……外れ箱のくせに、中身は悪くないじゃない」

 

 ぬるりと伸びてきた触手持ちの悪魔には、私の触手をもっと最悪な方向へ展開してやった。  向こうがだいぶ成人向けに寄せてきたので、こちらは遠慮なく成人向けのさらに向こう側――R-18Gで応戦した、というだけの話だわ。

 

 泣き叫ぶ悪魔を、足の口と腹の口で同時に踊り食いしていたら、

 

「ひいっ!悪魔!悪魔ぁ!」

 

 と罵られた。

 

 失礼しちゃう。  悪魔の側から悪魔呼ばわりされるなんて、私だって心外よ。

 

 鬼は【生態電流】でこんがり焼いてから頬張った。  外はかりっと、中はじゅわっと。  脂は少ないけれど、筋肉の締まりが良くて、炭火焼きの赤身みたいに偉かった。

 

「うん、火入れすると一気に化けるわね」

 

 食べながら「鬼だ!助けてぇ!ママァ!ママァ!」と言われたけれど、いや、そっちが鬼でしょうに。

 

 トレントは腹の口で丸呑みにした。  木質と樹液と、芯の方にある水分が混ざっていて、味としては“甘い建材”って感じだったわね。  喉越しは最悪だけれど、量はある。そこは偉い。

 

 飛んでいたハーピーは、口まみれの触手で空中から絡め取って、翼から順番にかじった。  羽根の下の肉は意外と薄いのだけれど、香りがいいのよね。  焼いたらかなり当たりだったと思うわ。

 

 ワイバーンは一度溶かしてから、足の口で啜った。  皮の下の脂がとろけて、喉を滑る感覚がだいぶ上質だった。  大型飛竜系って、やっぱり味に説得力があるのだわ。

 

 サキュバスは、余計なことをされる前に、上の口――つまり本来の私の口で物理的に食った。

 

「パイオツうっめえ!」

 

 最低だったわね。  自分でもそう思う。  でも、美味しかったのだから仕方ないじゃない。

 

 吸血鬼は顔が良かった。  顔が良かったので、脳味噌まで妙に美味しかった。

 

 首を引きちぎって、頬張る。  脳髄が舌へ広がる。  鉄と甘みと、少し冷えたワインみたいな余韻。

 

「うん、美形顔うっま。これが本当の面食いってね」

 

 我ながら上手いことを言ったと思ったのだけれど、誰も笑わなかった。  民間人も、魔物も、一緒になって悲鳴を上げて逃げていく。

 

     ◇

 

 そこで私はようやく、少しだけ我へ返ったのよね。

 

「……いやいやいや、さすがに食欲へ支配されすぎたわ」

 

 深呼吸。  落ち着きなさい、玉織紬。  私は社会の歯車。  ただの暴食害獣ではない。  社会へ適応し、困っている人を助け、必要とされ、できれば褒められ、美味しいご飯を食べて生きる、そういう方向を目指す高尚な存在なのだわ。

 

 だから、次にやるべきことは決まっていた。

 

 私は、イケメン吸血鬼の脳髄を思いっきり頬張りながら、逃げ遅れていた民間人たちへ向かって叫んだ。

 

「逃げなさい! 化け物が来るわ!」

 

 口元から脳漿を垂らしつつ、私は真剣だった。  本当に真剣だったのよ。

 

 でも、民間人たちは私を見るなり、めちゃくちゃ恐ろしいものを見たとばかりに悲鳴を上げ、漏らしながら一斉に逃げていった。

 

「……なんでかしら」

 

 私はイケメンフェイスをもぐもぐしながら、首を傾げた。

 

 助けた側でしょう、私は。  少なくとも認識としては。

 

 なのに、魔物と同じ速度、いやそれ以上の必死さで逃げていくの、どういうことなのよ。  

 

 しかも、そこらで人を襲っていたはずの魔物まで、私と目が合うと露骨に後退りしていた。  サイクロプスが「いや、そっち行くのは無理」とでも言いたげに方向転換したのを見た時は、さすがに納得いかなかったわ。

 

「そんなヤバい化け物が、この辺にいるのかしら」

 

 私はきょろきょろ辺りを見回した。

 

 

 

 そしたら、民間人は全員逃げた。  魔物まで逃げた。  後から特別テスターと呼ばれる連中らしき人種も、私を見るなり「無理無理無理!」って感じで逃げた。  ちょっと寂しいわね。

 

     ◇

 

 そこへ、自衛隊の戦車が来た。

 

 正確には、何両かまとめて。  ごろごろと重たい音を立てながら、スクランブル交差点のアスファルトを踏みしめて。

 

「おお」

 

 私はちょっと感動した。  だって、戦車よ?  教科書とかニュースとかで見るやつが、現実の渋谷のど真ん中へ本当に出てきたのだもの。  ファンタジー存在が出た以上、そりゃ出るわよね、とは思うけれど、実際に見るとやっぱりちょっとテンションが上がるじゃない。

 

 魔物討伐へ来たのだろう。  なら、一応、援護すると声をかけておこうかしら。  私はいま、社会の歯車なのだから。

 

 そう思って、一歩近づいた。  口の周りを拭って、なるべく感じよく見える角度で笑いかける。

 

 その瞬間。

 

 砲弾が飛んできた。

 

「……あら?」

 

 誤射ね。

 

 私はごく自然にそう判断した。  だって、そうでしょう。  いきなり日本国民へ向かって戦車砲を撃つ理由なんて、普通はないじゃない。

 

 だから、私は少しだけ国を憂いたのだわ。

 

 しかも砲弾が止まって見える程度の速度でしか撃てないなんて、日本国民として、自衛隊のレベルはもう少し上げておいてほしいところだったわね、と。

 

 それはそれとして。

 

 飛んできた砲弾を、私は舌で絡めとって、そのまま丸呑みにした。

 

 ごくん。

 

「……っ!」

 

 目を見開いた。

 

 美味い。

 

 かなり美味い。

 

 外殻の硬質な食感。  中に詰まった火薬のぴりっとした刺激。  金属の苦味と油の香りが、妙に完成度高くまとまっている。

 

「うま……っ、何これ、かなり美味しいじゃない。流石、技術立国日本だわ」

 

 本当に感心したのよ。  戦車砲の弾って、こんなに美味しいのね。

 

 だから、つい聞いたのだわ。

 

「戦車って、食べていいのかしら?」

 

 返事を聞いた兵士は、その場で泡を吹いて倒れた。  他の戦車隊と自衛隊員たちは、悲鳴を上げて全力で逃げ始めた。

 

 ついでに通信っぽい音声で、「対象、明確に怪異!」とか「民間人じゃない!」とか聞こえた。  いや失礼でしょう。  私は民間人よ。かなり特殊なだけで。

 

「……なんで?」

 

 私は本当に意味が分からなかった。

 

 そんなヤバい化け物が、この辺にいるの?  しかも自衛隊が泣いて逃げ出す程危険な何かが?  それ、絶対美味しいでしょう。

 

 私は戦車を持ち上げた。  思ったより重量はある。  でも、今の私には問題ない。

 

「砲弾だけじゃなく、戦車もデリバリーしてくれるとか日本って素晴らしい国ね…」

 

 芳醇なキャタピラを啜りながら、触手で近くの【虐殺鬼帝】とかいう、だいぶ物騒な名前の魔物を取り寄せつつ、私はまたきょろきょろ辺りを見回した。

 

 敵はどこかしら。  真の化け物は。

 

     ◇

 

 戦車を完食し、鬼帝を半分ほど貪ったあたりだった。

 

 心臓を、やられた。

 

 明らかに強そうなリザードマンが、音もなく懐へ潜り込んできたのだ。  速い。  しかも、貫手が正確すぎる。

 

 ずぶり、と胸へ腕が入った。  鈍い衝撃の次に、身体の中心が急に空洞になる感覚。  次の瞬間には、私の心臓が引きずり出されていた。

 

「……あ」

 

 私は一瞬だけ呆然とした。

 

 胸に風穴。  視界がぐらつく。  脈が、足りない。  吐き気が喉の奥まで込み上げた。

 

 リザードマンは、勝ち誇ったみたいににやりと笑っていた。  たしかに、会心の一撃だったわね。  普通の生き物なら、まあ終わりでしょう。

 

 でも。

 

 引きずり出された私の心臓が、どくん、と一度脈打った。

 

 次の瞬間、心臓の表面がぬるりと裂けて、そこへ口が生えた。

 

 ぱっくりと。  きれいに。  歯までちゃんと揃えて。

 

 リザードマンの笑みが、引きつる。  私はそれを、妙に冷静な気分で見ていた。

 

 そして、その口が、目の前のリザードマンを丸呑みにした。

 

「ぎゃっ」

 

 短い悲鳴と一緒に、リザードマンは消えた。  ごくん、と、私の心臓が満足げに脈打つ。

 

 私はしばらく、その様子を見下ろしていた。  それから、小さく息を吐く。

 

「……ちょっと油断したわね」

 

 胸の風穴を押さえながら、私は率直な感想を述べた。

 

「私でも、心臓なくなったらちょっと吐き気がするわ」

 

 実際、気持ち悪かった。  くらくらする。  視界も少し揺れる。

 

 だから、とりあえず増設した。

 

「心臓、五つでいいかしら」

 

 言ってから、ちょっと考える。

 

「……いや、ちょっと多いわね」

 

 ぶちっ、と一つ引きちぎる。  そのまま食べた。

 

「んむっ。紬ちゃんのハツ、うっめ」

 

 自分で言って、だいぶ終わっていると思った。  でも、美味しかったのだから仕方ないでしょう。

 

 それを見た魔物たちは、露骨に悲鳴を上げて逃げ出した。  さっきまで暴れていたオークも、ミノタウロスも、だいぶ本気の顔で後退していたわね。  そこまでされると、逆に傷つくのだけれど。

 

     ◇

 

 気づけば、迷宮の入口が閉じ始めていた。

 

 避難とか封鎖とか、そういう反応ではない。  明らかに“こいつを中へ入れるな”という感じの、すごく嫌な閉まり方だった。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 私は思わず叫んだ。

 

「まだ全然食べてないでしょう!?」

 

 理不尽だった。  本当に理不尽だった。

 

 だから私は、閉じかけた迷宮の入口へそのまま噛みついた。

 

 ぼりっ。  がりがりっ。

 

 石と金属と魔力の混ざった、いかにも“食べ物じゃない”感触。  でも今の私にとって、食べ物かどうかは重要ではない。  通れるかどうかと、腹に入るかどうかの方がよほど大事だわ。

 

 その時。  スマホが鳴った。

 

 通知。  朔から。

 

 画面に、ものすごく見慣れた殺気が並んでいた。

 

【今どこ】 【テメエ】 【帰ってきたら殺す】 【いや今からでも殺す】 【出ろ】

 

「うるせえ!」

 

 私は反射でスマホごと丸呑みした。

 

 ごくん。

 

「見えなきゃそれまでよ!」

 

 完璧な危機管理だわね。

 

     ◇

 

 そのまま私は、半分噛み砕いた迷宮の入口へ身体をねじ込み、強引に侵入した。

 

 中は、もう地獄だった。  いや、私のせいで地獄がさらに地獄へ寄ったと言うべきかしら。

 

 響く悲鳴。  咀嚼音。  骨の砕ける音。  何かが逃げ、何かが追い、何かがもう間に合わずに飲み込まれる気配。  その全部が、迷宮の石壁へ反響して、だいぶ最悪な音楽になっていた。

 

 私は夢中で食った。  手当たり次第に。  でも、それなりに味わって。  できればなるべく美味しい順番で。

 

 食いながら、頭の片隅では分かっていたのよ。  これはたぶん、現実へファンタジーの存在が知られた、衝撃の出来事なのだろうって。  ニュースでも歴史でも教科書でも残るやつなのだろうって。

 

 でも、そのど真ん中にいた私は、わりと真面目にこう思っていたのだわ。

 

 ――ファンタジーって、案外、美味しいのね。




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