VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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2章終わりです。ここまで読んで頂き本当にありがとうございました!


第44話

 全国十七箇所。

 

 それが、同時多発的に確認された新規ダンジョンの総数だった。

 

 官邸地下、特別防空壕を転用した対接続現象対策会議室には、モニターの青白い光と、疲労と、隠しきれない焦燥だけが満ちていた。  分厚い防音扉の向こうでは、この国の日常がまだ辛うじて日常の顔を保っている。けれど、その内側にいる人間たちはもう知ってしまっていた。  世界は、壊れたのではない。  壊れ方そのものが、今までの常識では処理しきれない段階へ進んでしまったのだと。

 

 すでに九箇所は鎮圧済み。  さらに三箇所も、時間の問題だと報告が上がっている。  だが、その“時間の問題”という言葉も、もはや官僚的な楽観にすぎない。どの現場も、紙の上では制圧予定時刻が書き込めても、実際には一つ判断を誤れば街ごと飲まれる危険と隣り合わせだった。

 

 問題は、残る高位ダンジョン群だった。

 

「通常火器、重火器、装甲車両、航空支援。いずれも有効打を確認できず」

 

 内閣情報調査室長の報告は、淡々としているぶんだけ重かった。  感情を抑えているのではない。  これ以上声へ感情を乗せれば、会議室の空気そのものが壊れると分かっているから、意図的に平板にしているのだ。

 

「第四接続【魔王】案件と同系統の特性が確認されています。近代兵器を“防ぐ”のではなく、“成立させない”。弾は逸れ、爆炎は薄れ、衝撃は届く前に削がれる。物理法則の側が、相手へ譲歩しているような挙動です」

 

 沈黙が落ちる。

 

 自衛隊と特殊部隊で大半を潰せたのは、逆に言えば“潰せる相手”だったからだ。  人間の側の暴力体系が、まだ通用する相手だったからだ。  だが、高位ダンジョンは違う。  あれはもはや、現代国家が積み上げてきた暴力の体系そのものへ、真正面から中指を立てていた。

 

「こういう案件へ対処できる家に、要請は?」

 

「済んでいます」

 

 警察庁警備局長が、短く答えた。

 

「玉織家です」

 

 空気がわずかに変わる。  知っている人間だけが知っている名前。  対人、対異能、対怪異。そういう“普通でないこと”への処理に特化した一族。少なくとも、表の公文書へ綺麗に載せてよい家系ではなかった。  だが、だからこそ頼らざるを得ない局面がある。今がそれだった。

 

「投入されたのは、玉織龍、その母、玉織結の二名」

 

 モニターが切り替わる。

 

 刀を提げた絶世の美青年。  短剣を逆手に持つ女。  女の方は、見た目だけなら小学生じみた美少女にしか見えない。だが、映像の中でやっていることは、あまりにも人間離れしていた。

 

 龍は刀を振るった。  ただそれだけで、迷宮からあふれた怪異の群れが、斬られたと理解する前に崩れ落ちる。  斬撃の軌跡さえ曖昧だった。  見えているはずなのに、理解だけが追いつかない。  人間の側の認識能力が、映像を目で追うことを途中で諦めているみたいだった。

 

 結は短剣を振るった。  たった一歩踏み込むたびに、魔物の首と胴の関係が消えた。  刺しているのか、裂いているのか、切り刻んでいるのか、映像を見返しても分からない。ただ、次の瞬間には怪物の側が肉塊へ変わっている。  殺気より先に結果が出ている。  何度見ても、理屈ではなく現象だった。

 

「……この二人も、特別テスターなのか?」

 

「違います」

 

 警備局長は即答した。

 

「素です」

 

 会議室の何人かが、嫌そうに顔をしかめた。

 

 素でこれ。  その一言は、どんな機密文書よりも気が滅入る現実だった。

 

「もちろん、河村澪ほどではありません」

 

 その名が出た瞬間、別のモニターへ、以前の対魔王戦の記録映像が呼び出される。

 

 戦略級兵器を上回る雷霆。  生体電流だけで空を焼き、魔王軍を壊滅させ、骨肉を剣へ変え、理屈もなく魔王を細切れにした“純人間”。

 

 世界観そのものを踏み越えた、理外の怪物。

 

 村山怜は、その映像を見つめながら、無言を貫いた。  河村澪を発見した件を、彼はまだ正式報告へ上げていない。  本人が明らかに政府と積極的な接触を望んでいなかったからだ。  それは善意だった。  善意であるがゆえに、いずれ自分の首を絞めるかもしれない種類の判断でもあった。  だが、少なくとも今は、報告した瞬間にあの女を“国家が扱うべき対象”へ変えてしまう気がして、どうしても踏み切れなかった。

 

「ただ」

 

 内調室長が、言葉を継いだ。

 

「渋谷ダンジョンだけは、接続新書に記載がありません」

 

 その一言が、会議室の温度をさらに下げた。

 

 第五接続【羽化】。  第六接続【迷宮】。  そこまではまだ、“予言の延長”として理解できる。  だが、渋谷で起きた現象は、その枠からはみ出していた。

 

 【羽化】と【迷宮】の複合。  王都近郊と現実の渋谷。  ゲームと現実の地続き化。  アバターと現実肉体の混線。  そして、現実の中心部へそのまま流れ込んだスタンピード。

 

 予測不能の災害。  渋谷事変。

 

 被害は甚大。  死傷者も、都市機能へのダメージも、国家として無視できる規模ではない。  経済損失。混乱。二次災害。交通網の麻痺。情報汚染。  被害報告書は枚数を増やすたびに、かえって現実味を失っていった。  数字が大きくなりすぎると、人間はそれを理解するより先に感覚の方を閉ざすのだと、ここにいる全員が嫌でも学ばされていた。

 

 そういう結果が出るのだろう。

 

 とある一匹の怪物がいなければの話だが。

 

「玉織紬がいなければですが」

 

 誰かが、小さく言った。

 

 反論は出なかった。

 

 玉織紬。  極度の社会不適合者。  就労継続能力に難あり。  対人関係は壊滅的。  行動原理はおおむね空腹。  人格評価だけ見れば、国家が保護観察対象として頭を抱える側の人間だ。

 

 それでも。

 

 渋谷での結果だけを見れば、あれは大英雄だった。

 

 スタンピードの中核を食い散らかし、現実へ流れ出た怪異を間引き、迷宮内部へまで強引に侵入し、結果として被害拡大を大きく抑え込んだ。  実際、現場映像には、逃げ遅れた一般人の群れと怪異の群れの間へ単独で割り込み、悲鳴と血飛沫の中で魔物だけを食い散らかしている姿が残っている。  救助と呼ぶには絵面が最悪すぎるのに、数字だけ見れば確かに救っている。  このねじれ方が、かえって関係各所の頭痛を深くしていた。

 

 問題は、その“手段”の方が、あまりにも強烈すぎたことだった。

 

 SNSはその話題で埋まっている。  ニュースも、掲示板も、切り抜きも、全部あれだ。  ダンジョン出現、神秘との接続、国家レベルの非常事態――そんな話題すら、あの女が全部食ってしまった。

 

 “奴にすべては食われる”という終末思想めいた教団まで生まれ始めている。  冗談みたいな名前のアカウントが、真顔で終末論を語り始めている。  国家としては笑えない。  だが、完全に切り捨てるには、現実の方が先に冗談をやめてしまっていた。

 

 ただし、彼女の配信を見ていた層だけは少し違った。  彼らは、玉織紬を“怪異”とも“災害”とも少し違う名前で呼んでいる。

 

 珍獣。

 

 その響きに、村山怜は少しだけ救われる気もした。  完全な悪意とも、完全な恐怖とも違う。  笑ってはいけないのに笑ってしまう、理解できないのに目が離せない、そういう半端な距離感が、まだ人間側へ残っている気がしたからだ。  人は、完全に他者を怪物と認識した瞬間、もうそこへ親しみめいた呼び名を与えたりはしない。  珍獣、という言葉には、嫌悪と興味と同情と諦めが、妙な配分で混ざっていた。  それはたぶん、まだ“人間の側へ引き戻せる何か”を見ている呼び方だった。

 

「希望も、あります」

 

 警備局長が新しい映像を出す。

 

 渋谷迷宮から回収された鉱石。  玉織紬がデザート感覚で口へ入れようとしていたところを、レイ――村山怜が半ば命懸けで交渉し、譲らせたもの。

 

 魔石。

 

「あらゆるエネルギー、物質へ変換可能。大量に揃えば、世界そのものへ干渉しうる万能物質。現時点で確認されているだけでも、電力へ変換した場合、一つで日本国の三日分を賄える計算です。医療資源へ転用すれば、百名単位の癌患者を治癒可能。希少金属へ変換すれば、レアメタル一トン相当。土壌改善では、荒地を野菜の青々と育つ肥沃な農地へ変えた例まで確認済みです」

 

 希望そのものだった。

 

 神秘は、ただ世界を壊すだけではない。  使い方次第では、飢えも、病も、資源不足も、一部はひっくり返せる。  文明を壊す異物であると同時に、文明を延命させる切り札でもある。  その二面性が、余計に判断を難しくしていた。

 

 それは救いだった。  少なくとも、国家としてはそう信じたかった。  壊れただけでは終われない。  何か一つでも、未来へ繋がる材料が欲しかった。  そうでなければ、こんな狂った事態へ意味を与えられないからだ。

 

     ◇

 

 その希望の一端を、当の本人はまるで違う角度から見ていた。

 

 私は迷宮にいた。

 

 よく分からない、蛇とも蛙ともつかない魔物を串へ刺し、丸焼きにして頬張っている。  ぱちぱちと脂が爆ぜる。  香ばしい匂いが立つ。  私は満面の笑みだった。

 

 幸せすぎる。

 

 食屍姫の胃袋を、ようやくちゃんと満たせるだけの飯が迷宮にはある。  しかも、魔石とかいう凄いアイテムを政府へ渡せば、感謝されるし、現金ももらえる。

 

 お腹いっぱい食べられて、社会に感謝される。

 

 泥でできた歯車が、不器用なりに回り始めていた。

 

 世界を救うとか、国家へ貢献するとか、そういう大仰な言葉でまとめる気はない。  でも、少なくとも今の私は、食べることと役に立つこととが、珍しく同じ方向を向いている。  暴食が、そのまま社会への接続になっている。  それだけで、かなり奇跡みたいなものだった。

 

 ――でも。

 

 私は焚き火の前で、焼けた肉を裂きながら、朔からパクった2台目スマホの通知を見た。

 

 澪からのLINE。

 

 渋谷で助けられたお礼。  地上の状況。  最後に、ほんの数行。

 

 相変わらず、善意が気味悪いくらい真っ直ぐな文面だった。

 

『紬さんは、何の役に立たなくても、ただ生きていてくださるだけでいいのですよ』

 

「……は」

 

 私は鼻で笑った。

 

 そんなの、クソJPOPの歌詞みたいな戯言だわ。  本物の社会不適合のカスを見たことがない奴しか、そんなことは言えない。

 

 迷惑をかけるだけで、性格も良くなくて、話も面白くなくて。  善性も社会性もコミュ力も足りていない人間に対して、その存在そのものを肯定できる人間なんて、正気じゃない。

 

 家族というしがらみも、  怪物ゆえの有益性も、  道化としての滑稽さも、  単純な面の良さも。

 

 そういうものを全部剥がした、素の玉織紬なんて、誰にも好かれないと断言できる。

 

 でも。

 

 澪は別だ。

 

 あいつは頭がおかしいから。

 

 ありのままの自分を愛されたい、なんて舐めたことを、ありのままが酷すぎる自分が言う気はない。  それでも、澪はたぶん、ありのままを愛するのだろう。  私が泥まみれで、歯車になり損ねて、道化にも怪物にも半端にしかなれず、それでものたうっている部分ごと。  あの女は、平然と抱きしめる気でいる。  そういう気味の悪い確信がある。

 

 それが、ほんの少し嬉しい。

 

 その五百億倍、妬ましい。

 

 私は叫び声を上げるトロールを両手で掴み、そのまま頭から噛みついた。  骨が砕ける。  血が跳ねる。  肉が裂ける。

 

 もぐもぐと咀嚼しながら、私は目を細めた。

 

 私の夢。  葬列で泣いて惜しまれて、泣いてもらうという夢。

 

 渇望しながらも、絶対に不可能だと諦めたその夢は、きっと叶うのだろう。  あいつのせいで。

 

 腹が立つ。  どうしようもなく腹が立つ。  私が何年もかけて“無理だ”と理解し、自分で自分を納得させ、せめて別の形で社会へ接続しようともがいてきたところへ、あいつは平然とやって来て、「そんなの関係ないですよぉ」とか言って踏み越えていくのだ。

 

 私の努力も、卑屈も、諦めも、遠慮も、自己嫌悪も、全部まとめて馬鹿みたいじゃない。

 

 でも、同時に。  それでも一人くらい、本当にそう思う奴がいるのだとしたら。  私が死んだ時、家族以外で一人でも、本気で胸を痛める狂人がいるのだとしたら。  それはきっと、私がこの世にいた証としては十分すぎるくらい重い。

 

 大嫌いだ。

 

 そう呟いた時、自分でも笑ってしまった。

 

 私はトロールの喉肉を引きちぎり、咀嚼しながら、焚き火の向こうの暗がりを見た。  迷宮の奥には、まだ食べるべきものがいくらでもいる。  魔石もある。  金も、飯も、役割も、多少は未来も、そこに転がっている。

 

 それでも今、胸の奥に一番強く残っているのは、焼けた肉の脂でも、魔石の価値でもなかった。  気味悪いほど真っ直ぐな、たった数行の言葉だった。

 

 ……本当に、最悪だわ。

 

 そう思いながら、私は次の魔物へ歯を立てた。

 

 ――大嫌い。

 

 私の救世主(セイヴァー)




感想、お気に入り、評価、ここ好き、誤字報告いつもありがとうございます。

支援絵いただきました。めちゃくちゃ嬉しいですね
玉織紬ちゃんの朔のプリン強奪114514回目(この後頭蓋骨かち割られます。)

【挿絵表示】



現在ステータス。
種族:食屍姫



現在のスキルレベル一覧

噛みつき LV10

捕食 LV10(MAX)

存在捕食 LV10(MAX)

悪食 LV10(MAX)

如何物食い LV10(MAX)

濃縮食毒 LV10(MAX)

過剰代謝 LV10

嗅覚増強 LV1

身体操作 LV10

身体変性 LV1

偽装経典 LV1

捕食活性 LV10(MAX)

断界歯牙 LV10(MAX)

捕食抵抗 LV10(MAX)

飢餓咆哮 LV3


合計で116。(ただし存在捕食でレベル180相当)

現在の主なスキル整理

捕食・成長の中核

捕食
食べて回復する基幹スキル。

存在捕食
食べたものの“質”を恒久的な地力へ積み上げる、本命スキル。

捕食活性
食べた直後の戦闘力を跳ね上げる即効型バフ。


食性・耐性

悪食
普通は食えないものを食えるようにする土台。

如何物食い
さらに異常なものまで食える上位悪食。

捕食抵抗
呪い・デバフ・特殊効果への耐性寄り。
「食って積んだ耐性がそのまま効く」枠。


毒・状態異常

濃縮食毒
取り込んだ毒を蓄積・濃縮して、牙や爪や技へ乗せる。


身体改造・近接制圧

身体操作
爪・牙・顎・筋肉・関節などを“食うために最適化”。

身体変性
器官そのものを作り変える上位変形。口の増設とか分体っぽい挙動の土台。

断界歯牙
鎧や硬質物まで豆腐みたいに噛み砕く破砕特化。

噛みつき
シンプルだけどずっと主力の近接火力。


対人・擬態

偽装経典
声・仕草・表情・間を“人間社会に噛み合う感じ”へ寄せる擬態スキル。


強化・補助

過剰代謝
エネルギー爆燃で身体能力を底上げする代わりに、空腹も加速。

嗅覚増強
索敵、追跡、餌判定に便利。

飢餓咆哮
カロリーを直接攻撃へ変える、飢餓砲撃みたいな新技。


別枠の神器・装備由来能力



空爪
遠距離牽制の風刃。

封式羅刹
高速近接・自動戦闘寄りの暴走火力。


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