【完結】VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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第48話

  身体能力検査に移った時点で、健康診断という建前は、ほぼ死んだ。

 

 最初は握力だった。

 

 私としては、かなり加減したつもりだったのよね。卵を潰さないくらいの気持ちで、そっと握った。だって、最初から全力を出して計測器を粉々にしたら、さすがに申し訳ないでしょう。社会の歯車を目指す以上、器物損壊はできれば避けたい。できれば。

 

 ばきん。

 

 計測器は、健康診断用の器具とは思えない悲鳴を上げて、内部から壊れた。

 

「……今の、全力ですか?」

 

 研究員が、白衣の胸元を押さえながら聞いてきた。隣の補助員は、すでに一歩下がっている。判断が早い。生存能力が高いわね。

 

「まさか。全力で握ったら、たぶんこの部屋の空気が悪くなるわ」

 

「空気が悪くなる、というのは」

 

「圧とか破片とか、人間の悲鳴とか、そういう意味で」

 

「……なるほど」

 

 研究員の顔色が、少し悪くなった。

 

 次は脚力だった。

 

 専用の測定台へ乗り、指示された通りに踏み込む。これも、かなり軽めにした。日常生活で床を抜くわけにはいかないし、公共物を壊さない女は社会性がある、と私は信じている。たぶん。少なくとも、壊す女よりはマシでしょう。

 

 結果、床が沈んだ。

 

 ずん、と足元から鈍い音が響き、測定台の下の補強材が嫌な角度に歪む。研究員たちが一斉に硬直し、奥にいた自衛隊関係者が無言で通信機へ手を伸ばした。やめなさい。まだ事件ではないわ。たぶん。

 

「……すみません。ちょっと加減が難しくて」

 

「ちょっと、でこれですか」

 

「食屍姫になってから、身体の出力の目盛りが雑なのよね。弱、中、強、破壊、みたいな感じで」

 

「健康診断の会話ではありませんね」

 

「私もそう思うわ」

 

 垂直跳びでは、うっかり頭で天井をぶち抜きかけた。

 

 跳んだ瞬間、身体が軽すぎたのだ。筋肉が縮み、骨が軋み、重力がほんの一瞬だけ“無視していいもの”みたいに感じられた。私の身体は弾道ミサイル寄りの挙動を選んだらしい。

 

 天井が迫る。

 

 私は反射的に空気を蹴った。

 

 ぱんっ、と乾いた音が鳴る。

 

 身体が横へ流れ、もう一度空気を踏み、無理やり軌道を変えて床へ降りた。着地の瞬間、床がまたみしりと鳴ったので、私はそっと足の置き方を変えた。こういう細やかな気遣い、大事だと思うのよね。

 

「……今、飛びましたね」

 

「いいえ、空気を足場にしているだけよ」

 

「それを世間では飛んでいると言います」

 

「世間って融通が利かないわね」

 

 研究員の一人が、もう笑うしかないみたいな顔でメモを取っていた。別の一人は、測定結果の欄へ何かを書こうとして、途中でペンを止めている。分かるわ。単位から迷うやつでしょう。

 

 重量物持ち上げ検査では、百トンまで持った。

 

 持った、というか、持ち上げてから少し考えた。

 

「……重いわね」

 

 それくらいの感想だった。

 

 研究員たちがざわめく。自衛隊関係者の顔色が変わる。強化ガラス越しに見ていた何人かが、露骨に口元を引きつらせていた。龍兄だけが、いつも通り穏やかな顔でこちらを見ている。あの男、こういう時だけ無駄に胆力があるのよね。普段の下半身倫理も、その胆力でどうにかしてほしいものだわ。

 

「紬、無理はしていない?」

 

「してないわ。……重いもの持って、ちょっとお腹が空いてきたくらい」

 

「ならよかった」

 

「よくはないと思います」

 

 横で研究員が小声で言った。

 

 私も、まあ、分からなくはない。百トンを持ち上げた女が「お腹が空いてきた」と言うのは、たぶん普通に怖い。私だって他人が同じことを言ったら、そっと距離を取ると思う。できれば目も合わせない。関わると食われそうだもの。

 

 でも、これが私の燃費なのだ。

 

 動けば腹が減る。力を使えば腹が減る。呼吸しても腹が減るし、何もしていなくても腹が減る。食屍姫という種族は、たぶん“生きているだけで飯を要求する戦術級燃焼炉”みたいなものなのだろう。

 

 だいぶ嫌な表現だけれど、歯車として運用するなら、燃料消費量の把握は重要だわ。どれだけ歪で、燃費が悪くて、たまに周囲の設備を食べそうになる部品でも、仕様書さえあれば社会の機械へ組み込めるかもしれないもの。

 

     ◇

 

 水中検査も行われた。

 

 私は水槽へ入り、十分、三十分、一時間と沈められたけれど、特に問題はなかった。

 

 最初の数分は、さすがに落ち着かなかった。呼吸をしない、というのは人間時代の癖からするとだいぶ気持ち悪い。肺が酸素を欲しがるというより、脳が「吸え」と命令してくる感じがあるのよね。あと、三十分も水に沈められていると、普通に暇だった。水槽の中で女一人、ぷかぷか浮きながら何をしていればいいのよ。スマホもないし、ご飯もないし、鏡もない。あまりにも娯楽性が低い。

 

 でも、身体の方は別に困っていなかった。

 

 血液が勝手に組成を変え、皮膚の下で妙な循環が走り、必要なものを体内でぐるぐる再利用している感覚がある。ついでに水中の匂いというか、成分みたいなものまで薄く拾えてしまうのが、地味に嫌だった。健康診断用の水槽なのに、ちょっと鉄と消毒液の味がするのよね。美味しくはない。

 

「呼吸は?」

 

「別に要らないわね。あった方が気分は落ち着くけれど」

 

「苦痛は?」

 

「暇なこと以外は特に」

 

「暇」

 

「一時間沈めるなら、せめて水槽内に軽食を流してほしいわ」

 

「検討しません」

 

 世知辛い。

 

 泳ぎも試した。

 

 水を蹴ったら、水槽の端から端まで一瞬で飛んだ。壁にぶつかる前に身体をねじり、手で水を掴み、無理やり止まる。止まった衝撃で、水槽の強化ガラスが軋み、外にいた研究員たちが揃って肩を跳ねさせた。

 

「……すみません」

 

「いえ。壊れてはいません」

 

「壊れてないならセーフね」

 

「セーフの基準が国家予算側に寄っています」

 

「社会へ配慮しているのよ。壊さなかったでしょう」

 

「壊れかけました」

 

「未遂は無罪だわ」

 

「民法上はそうとも限りません」

 

 嫌な正論だった。

 

     ◇

 

 そして、出力測定。

 

「玉織さん。【飢餓咆哮】という能力について確認したいのですが」

 

「ああ、あれね」

 

 私は少しだけ嫌な顔をした。

 

「ビームというか、ブレスというか、胃袋の不満を口から撃つやつでしょう」

 

「胃袋の不満」

 

「だいたい合ってるわ」

 

 専用の射撃試験室へ移動させられた。

 

 正面には、魔石加工材、特殊合金、耐熱セラミック、対怪異防壁を重ねた標的が並んでいる。そこまでされると、逆に緊張するのよね。軽く吐いていいと言われても、目の前にそれっぽい標的が何枚も並んでいると、妙にちゃんと当てなきゃいけない気がしてくるじゃない。

 

 こういうところで失敗すると、「やっぱり紬さんは駄目ですね」みたいな空気になりそうで怖いのだわ。

 

 私は社会の評価に弱い。非常に弱い。褒められたら調子に乗るし、失望されたら布団へ逃げる。扱いとしては面倒くさい珍獣そのものだけれど、そこはもう仕様として受け入れてほしい。

 

「軽くでお願いします」

 

「軽くね」

 

 私は息を吸った。

 

 胃の奥へ意識を落とす。空腹、熱、体内に溜め込んだカロリー、食屍姫としての飢餓。それらを口腔の奥へ集めていくと、胸の奥が低く鳴り、喉が熱を持ち、歯の間に白黒どちらとも言えない光が滲み始めた。

 

 これは“攻撃”というより、排出に近いのだと思う。

 

 飢えが溜まりすぎて、身体の中だけでは抱えきれなくなったものを、無理やり外へ吐き出す。そういう、かなり原始的で、かなり最低な生理現象。女の子の口から出ていいものではない。いや、そもそも人間の口から出ていいものではないわね。

 

「……あ、ちょっと出る」

 

 どォッ。

 

 咆哮が撃ち出された。

 

 ビームと呼ぶには生々しく、ブレスと呼ぶには直線的すぎる。飢餓そのものを圧縮して撃ったみたいな光が、標的を正面から抉り抜いた。

 

 魔石加工材が砕け、特殊合金が溶け、耐熱セラミックが黒く腐ったみたいに崩れ、対怪異防壁が数秒だけ抵抗して、それから紙みたいに穴を開けた。

 

 射撃室の奥で警報が鳴りかけて、すぐ止まる。

 

 たぶん、鳴らしてもどうしようもないと判断されたのだと思う。

 

「……」

 

「……」

 

「……今の、軽めよ?」

 

 誰も喋らなかった。

 

 研究員の一人は口を開けたまま固まっていたし、防護服の人は無意識に半歩下がっていた。自衛隊関係者の一人は、何かを言おうとして、結局やめた。賢明ね。こういう時、感想を言うとだいたい傷口が広がるもの。

 

 龍兄だけが、少しだけ頷いた。

 

「うん。記録は取れたね」

 

「龍兄、私、何かやらかした?」

 

「大丈夫。想定より少し強かっただけだよ」

 

「少し?」

 

 研究員が震えた声で言った。

 

「今ので、対怪異防壁三枚が貫通しています」

 

「……やっぱりやらかしてるじゃない」

 

「くしゃみみたいなものだから」

 

「くしゃみで壁を消すな」

 

 龍兄が少し笑った。

 

 私は笑えなかった。

 

 でも、同時に少しだけ思ったのだ。

 

 これだけ出せるなら、役には立つのかもしれない、と。

 

 社会の歯車としては、だいぶ歪で、油まみれで、たまに周囲を噛み砕きかねない部品だけれど、それでも必要な場所へはめ込まれれば、回るのかもしれない。

 

 そう思うと、少しだけ胃の痛みが軽くなった。

 

 お腹は減ったけれど。

 

     ◇

 

 最後が、代謝確認だった。

 

 これが一番ひどかった。

 

 広い実験用食堂のような場所へ通された時、私は思わず目を輝かせた。

 

 そこには、食材が山のように並んでいた。

 

 米がみっちり詰まったドラム缶。牛の丸焼き。巨大な鍋。魚介類。毒物サンプル。金属。家具。機械。よく分からない危険物。そして、明らかに食品ではないものたち。

 

「……龍兄」

 

「何かな」

 

「これ、食べていいの?」

 

「食べていいものだけ並べてある」

 

「全部?」

 

「全部」

 

「政府、良いところあるじゃない! やったあああああ!」

 

 私は手を合わせた。

 

「いただきます!」

 

 まず、米入りドラム缶へいった。

 

 抱える。傾ける。口を開ける。流し込む。

 

 ざらざらざらざらっ、と大量の白米が喉を通っていく。炊いていない。硬い。でも米は米だ。噛めば甘みが出るし、胃袋へ落ちればちゃんと偉い。

 

「んむっ……やっぱり白米は偉いわねぇ」

 

 一つ目を空にする。二つ目。三つ目。四つ目。

 

 食べた端から、身体の中で何かが組み替わっていくのが分かる。胃袋へ落ちた米が、ただの炭水化物では終わらない。砕かれ、溶かされ、熱へ変わり、筋肉へ回り、骨の芯へ沈み、皮膚の裏側へ薄く広がる。

 

 食べ物が“私”になる速度が、以前とは比較にならないくらい速い。

 

 研究員が記録を読み上げる。

 

「摂取後、胃内で即時分解。血糖値、脂質代謝、筋出力、体温に変動。異常な速度で吸収されています」

 

「食べれば食べるほど活性化している?」

 

「はい。筋繊維密度が上昇。内臓構造も変化しています」

 

 私は牛の丸焼きへ齧りついた。

 

 五分も持たなかった。

 

 皮。肉。骨。内臓。串。皿。

 

 全部いった。

 

「牛うっま! やっぱり牛は偉いわね! 命の説得力が強い!」

 

「皿まで食べました」

 

「毒を食らえば皿まで、という言葉があるでしょう」

 

「ありません、というかあり」

 

 次に、豚の丸焼きが出てきた。

 

 私は少し考えてから、口に手を当てた。そのまま、唇の端から胸元まで、ぱっくりと口を裂く。

 

 研究員たちが息を呑む。

 

 ひとりは椅子から半分立ち上がり、もうひとりは反射的に目を逸らした。女性研究員が「大丈夫、大丈夫、記録、記録」と自分に言い聞かせながらタブレットを構え直している。ごめんなさいね。絵面が終わっている自覚はあるのよ。

 

「大丈夫よ。ちょっと食べやすくするだけだから」

 

 胸のあたりまで開いた巨大な口で、豚の丸焼きを丸ごと飲み込んだ。

 

 ごくん。

 

 次の瞬間、お腹が爆発的に膨れた。丸焼き一頭分の質量が一瞬だけ腹部を押し広げ、服の前面がみしりと嫌な音を立てる。

 

 けれど、それも数秒だけだった。

 

 膨れたお腹は、するすると元の平たい形へ戻っていく。中で豚が分解され、吸収され、熱と力に変わっていく感覚があった。気持ちいい。栄養が行き渡る感じって、本当に生きている実感があって好きだわ。

 

「……やっぱり、この食べ方は早いわね」

 

「…」

 

「効率を重視しただけよ」

 

 ボートも食べた。

 

 木材と塗料と金具の味がした。少し塩気が欲しかった。

 

 テレビも食べた。

 

 基板のぱりぱり感が意外と良い。液晶部分は薄味だけれど、金属部品がアクセントになる。昔の私ならさすがに胃もたれしていたかもしれないけれど、今は普通におやつだった。

 

「電化製品って、もっと評価されるべき食材じゃない?」

 

「されません」

 

 王水も飲んだ。

 

「……酸味が強いわね。口直しに白米が欲しい」

 

「王水の感想ではありません」

 

 フグ一匹。

 

「うん。毒の抜き方を知らなくても、私なら問題ないわね」

 

 ヤドクガエル。

 

「小さいけど刺激があって良いわ」

 

 トリカブトのホイル焼き。

 

「山菜としては個性が強すぎるわね」

 

 ヒョウモンダコ。

 

「吸盤の食感が楽しい」

 

 スベスベマンジュウガニ。

 

「名前は可愛いのに、味はけっこう硬派ね」

 

 シュールストレミングのセンブリ茶漬け。

 

「……不味い」

 

 私は真顔で言った。

 

「食べられないほどではないけれど、不味い。これは不味いわ。食材同士が互いの悪いところを褒め合っている味がする」

 

「完食はするんですね」

 

「出されたものは食べるでしょう」

 

「そこだけ礼儀正しいのが怖いです」

 

 ドアの丸焼きも出た。

 

 私はかぶりついた。

 

「うん。建材としては悪くないけど、ソースが欲しいわね」

 

 そして最後。

 

 ベンツの肉詰め。

 

 高級車の中へ、肉がぎっしり詰められていた。

 

「……何これ」

 

「代謝確認用の複合食材です」

 

「いや、発想がもう健康診断じゃないでしょう」

 

 でも、食べた。

 

 外装を齧る。金属の硬さ。塗装の苦み。そこへ中から肉汁が溢れる。

 

「……うまっ」

 

 思わず声が漏れた。

 

「これ、外側の鉄と内側の肉のコントラストがいいわね。高級車って食材としても格があるのかしら」

 

「ありません」

 

「でも美味しいわよ」

 

「それは玉織さん側の問題です」

 

 私は夢中で食べた。

 

 ボンネット。ドア。シート。エンジン。タイヤ。肉。

 

 全部まとめて、がりがり、ばりばり、むしゃむしゃと。

 

 食べるほど、身体が熱くなる。消化されたものが一瞬で分解され、吸収され、血肉へ変わる。筋肉が張り、骨が鳴り、皮膚の下で何かが再編成される。

 

 【存在捕食】が奥で静かに働き、【捕食活性】が全身を押し上げ、【過剰代謝】が燃焼効率を跳ね上げる。

 

 食べることと、強くなることと、生きることが、私の中ではもうほとんど同じ意味になっていた。

 

 研究員の声が、だんだん遠くなる。

 

「摂食後、即時活性化を確認」

 

「再生速度上昇」

 

「体温変動」

 

「毒性物質、完全処理」

 

「金属成分、骨格および歯牙へ一部蓄積」

 

「内臓構造、また変化しています」

 

「基礎代謝、推定三百万キロカロリー以上」

 

「能力使用時、さらに増大」

 

 私はベンツのタイヤを飲み込んで、ふう、と息を吐いた。

 

「……生き返るわね」

 

 その一言に、研究員たちが黙った。

 

 生き返る。

 

 私にとっては、本当にそうだったのだ。

 

 食べることは快楽で、回復で、成長で、生存で、安心で、社会へ差し出せる唯一まともな機能でもある。

 

 食べれば強くなる。  食べれば役に立てる。  食べれば、少しだけ許される。

 

 そんなふうにできてしまった身体なのだ。

 

     ◇

 

 検査終了後。

 

 私は毛布をかけられて、簡易ベッドへ座っていた。

 

 お腹はそこそこ満ちている。けれど、もう少ししたらまた空くだろう。それはもう、そういう仕様なのだわ。

 

 研究員たちは、別室でデータの整理に追われている。たぶん今頃、頭を抱えているでしょうね。人間の医学に、食屍姫の健康診断結果をどうねじ込めばいいのか、私には想像もつかない。

 

 龍兄が、温かいお茶を持ってきた。

 

「お疲れ様、紬」

 

「疲れたわ……社会性よりはマシだけど、身体を見られるのもなかなか削れるわね」

 

「よく頑張ったよ」

 

「……ご飯、増える?」

 

「増えると思う」

 

「なら頑張った甲斐があったわ」

 

 私はお茶を啜った。

 

 龍兄は少しだけ黙ってから、穏やかに言った。

 

「今日の結果で、君がどれだけ異常かは伝わったと思う」

 

「でしょうね。私でも引いたもの」

 

「でも、それ以上に大事なのは、君に何が必要かも伝わったことだよ」

 

「何が必要?」

 

「食事。休憩。付き添い。社会的圧力を避ける環境。空腹時に不用意に刺激しないこと。怪物扱いしないこと」

 

「……最後は、別にいいのに。ぶっちゃけ、善性と社会性とコミュ力とご飯とお布団が欲しいという私の願いには関係無いし」

 

「よくない」

 

 龍兄の声が、少しだけ硬くなった。

 

「紬は自分を雑に扱われることに慣れすぎている。そして、自分を雑に扱う人間は、周りも雑に扱う。だから、僕が言う。君は民間人だ。特別テスターで、食屍姫で、能力は異常で、戦術級兵器並みの出力を持っていて、身体能力は完全に化け物そのものだけれど」

 

「すごく畳みかけるじゃない」

 

「でも、民間人だ。心は人間だ。そして、僕の妹だ」

 

 私は少しだけ黙った。

 

 龍兄は、本当にそういうところが嫌なのだ。

 

 下半身は終わっている。行動もだいぶ終わっている。家族へかけた迷惑も山ほどある。

 

 でも、こういう時だけ、ちゃんと私を社会の側へ引っ張る。

 

 何度も言うが、私が怪物かどうかは正直どうでもいい。

 

 怪物でもいい。  珍獣でもいい。  食屍姫でもいい。

 

 そういう名前の問題ではない。

 

 それによるデメリットをあまり感じない、と言うべきかしら。少なくとも、私の目的に“怪物かどうか”は関係無いのだ。

 

 ただ、私は歯車になりたい。

 

 どれだけ歪でも、泥でできていても、たまに胃液を吐いて周囲を溶かしても、それでも必要な場所へはめ込まれて、回って、役に立って、その対価としてご飯を食べて眠れる部品になりたい。

 

 龍兄が守っているのは、私の“人間性”というより、たぶんそこなのだと思う。

 

 私が、社会の側に居場所を作るための最低限の扱い。

 

「……ずるいわね」

 

「そうかな」

 

「そうよ」

 

 私は毛布へ顔を埋めた。

 

 健康診断の結果。

 

 私の身体は、完全に人間の常識から外れていた。

 

 針は刺さらない。  血は容器を侵食する。  胃カメラは蒸発する。  内臓は撮るたびに変わる。  体温は上下に暴れる。  心臓は増える。  歯は壊れない。  空を蹴る。  百トンを持つ。  水中で呼吸しない。  ビームも吐く。  王水も毒も車も食べる。  食べれば食べるほど、一瞬で消化吸収して活性化する。

 

 完全に化け物だった。

 

 でも、それは別にいい。

 

 問題は、その化け物みたいな身体が、ちゃんと運用方法としてデータに落とし込まれたことだ。

 

 必要食事量。  活動限界。  空腹時リスク。  休憩頻度。  社会的圧力への耐性。  対怪異戦闘適性。  出力制限。  補給計画。

 

 そういうふうに書類へされると、少しだけ救われる気もしたのよね。

 

 排除対象ではなく。  失敗作ではなく。  ただの厄介者でもなく。

 

 ものすごく燃費が悪く、扱いづらく、たまに胃液を吐いて床を溶かすけれど、条件を整えれば社会の役に立つ部品。

 

 そういうふうに、私の居場所が一行だけ増えたような気がした。

 

「……龍兄」

 

「何かな」

 

「次の検査でも、ベンツ出る?」

 

「必要なら交渉するよ」

 

「高級車って、意外と美味しかったのよね」

 

「そこは報告書に書きづらいな」

 

「書きなさいよ。味覚評価も大事でしょう」

 

「分かった。検討する」

 

 私は少しだけ笑った。

 

 そして、すぐにお腹が鳴った。

 

 ぐううううううううううう。

 

「……」

 

「……」

 

「龍兄」

 

「何かな」

 

「健康診断後のご褒美って、ある?」

 

 龍兄は、一瞬だけ困ったように笑った。

 

「用意してあるよ」

 

「偉いわ」

 

 私はベッドから立ち上がった。

 

 足取りは軽い。胃袋は空き始めている。でも、気分はそこまで悪くなかった。

 

 今日、私はだいぶ化け物だった。

 

 けれど同時に、少しだけ社会の歯車にも近づいた気がした。

 

 食べて、測られて、呆れられて、怖がられて、それでも必要だと言われる。

 

 そんな歯車があるのかは知らないけれど。

 

 まあ、私にはそのくらい歪な部品の方が、きっと似合っているのだわ。

 

「さて」

 

 私は口元を拭い、少しだけ上機嫌に呟いた。

 

「健康診断も終わったことだし、結果を待ちながら本飯にしましょうか」

 

 




割と紬への怪物呼びに怒っていただけて嬉しかったです

紬さんの人外度(肉体)

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