【完結&3章リメイク中】VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです! 作:ちんこ良い肉
カスゴミイレブン。
それが、我がチーム名だった。
メンバーは十一人。
内訳は、私、玉織紬。
以上。
……いえ、正確には違うわね。
私以外の十人は、龍兄の部屋から発掘された使用済みマネキンだった。
「…………」
私は校庭の端で、黒パーカーのフードを深く被ったまま、沈痛な面持ちで自軍を見渡した。
首の角度がおかしいマネキン。
片腕がないマネキン。
なぜかメイド服を着せられているマネキン。
口紅の跡がついているマネキン。
妙に腰つきだけリアルなマネキン。
あと、何かに謝っているみたいな姿勢で固定されているマネキン。
「……地獄?」
思わず呟いた。
地獄でしょう、これは。
だって、サッカーの試合に来たはずなのに、自陣に並んでいるのが私と、龍兄の人生の罪証みたいな人形十体なのよ。
これを見た相手チームの小学生たちは、最初こそ爆笑していた。
「うわー! 紬ちゃんのチーム、マネキンじゃん!」 「こわ!」 「そのマネキンなんかキモい!」 「紬ちゃん友達いないの?」
「いるわよ」
私は即答した。
「この子たちが」
「友達じゃなくて物じゃん」
「物にも魂は宿るのよ。特に龍兄の部屋に長年いた物には、かなり嫌な方向の魂が宿っているはずだわ」
「怖いこと言うなよ!」
怖いのはこっちよ。
私は心の底からそう思った。
そもそも、どうしてこんなことになったのか。
話は一時間前へ遡る。
◇
「紬ちゃん、サッカーやろーぜ!」
近所のガキ共が、いつものように公園へ押しかけてきた。
私はベンチで焼きそばパン十二個とファミチキ八個と、ついでに龍兄の部屋から勝手に持ってきた非常食っぽい何かを食べていたところだった。
「サッカー?」
「十一人いるやつ!」
「私に友達が十人もいるように見える?」
「見えない!」
「清々しい即答ね。泣くわよ」
とはいえ、私は思ったのだ。
サッカー。
十一人。
チーム。
連携。
青春。
仲間。
勝利。
……私に足りないものが、だいたい全部詰まっている競技ね。
腹立たしい。
ならば、こちらも手段を選んでいる場合ではない。
私は玉織家の物置を漁った。
なかった。
倉庫を漁った。
なかった。
最後に、龍兄の部屋を開けた。
あった。
大量に。
「……」
私はそっと扉を閉じた。
もう一度開けた。
やっぱりあった。
「何なのよ、これ」
マネキンだった。
それも普通のマネキンではない。
龍兄が何かしらの用途で使った形跡のある、見ているだけで人類という種への信頼がじわじわ削れていくタイプのマネキンだった。
私は十秒だけ悩んだ。
そして、こう結論づけた。
「……まあ、足はあるわね」
採用である。
◇
というわけで、今。
私の前には、カスゴミイレブンが並んでいる。
私。
使用済みマネキン一号。
使用済みマネキン二号。
使用済みマネキン三号。
以下略。
当然ながら、自力では動かない。
でも、そこは私の【身体変性】で何とかした。
自分の髪を伸ばし、細い触手状にして、それぞれのマネキンの背中へ接続する。
神経みたいに動かす。
関節へ無理やり力を流す。
ぎぎぎぎぎ、と十体のマネキンが一斉に立ち上がった。
「うわああああああああああああああ!?」 「動いたああああああ!?」 「紬ちゃん、それ反則だろ!」 「反則ではないわ。努力よ」
「絶対違う!」
「サッカーとは、十一人で戦う競技でしょう? 私はちゃんと十一人用意した。何も問題ないわ」
「人じゃない!」
「人の形はしているわ」
「怖い!」
ふふん。
怖がられている。
つまり、戦術的優位。
私はボールの前へ立った。
「行くわよ、カスゴミイレブン。私たちの力を見せつけてやるのだわ」
十体のマネキンが、ぎぎ、と首を動かした。
やめて。
自分で動かしておいて何だけれど、怖い。
◇
試合開始。
私はまず、全力でボールを蹴った。
ドゴォッ!!
サッカーボールが消えた。
いや、消えたように見えただけで、実際には凄まじい勢いで相手ゴールのネットを突き破り、そのまま公園のフェンスへめり込んでいた。
「一点ね」
「今のサッカーじゃないだろ!」 「兵器だろ!」 「ボール死んだ!」
「ボールは消耗品でしょう?」
「違う!」
仕方ないので、次からは加減した。
加減して、マネキンへパスを出す。
マネキン一号が、ぎこちなく足を振る。
空振り。
ボールが股下を通る。
「ちょっと一号! やる気あるの!?」 「マネキンにやる気求めるなよ!」 「うるさいわね! うちの子を馬鹿にしないでちょうだい!」
「うちの子!?」
私は髪触手で一号を無理やり操作し、次のボールを蹴らせた。
ボキッ。
一号の足首が折れた。
「……」
「壊れたじゃん!」
「まだいけるわ」
私は足首を【身体変性】で生やした肉の紐で固定した。
これで義足みたいなものだ。
マネキン一号、復活。
「いけ、一号! あなたはまだ戦える!」
「紬ちゃん、マネキンに感情移入し始めてる!」
「黙りなさい! 寄せ集めチームが絆を深めるのはスポーツものの王道でしょう!」
「絆を深める相手が使用済みマネキンなの嫌すぎる!」
正論ね。
でも、正論で試合には勝てないのよ。
◇
そこからは、ひどかった。
マネキン二号が相手のドリブルを止めようとして、そのまま倒れ込み、置物トラップになる。
マネキン三号は私の髪操作が強すぎて、上半身だけ百八十度回転した。
マネキン四号はボールと間違えて、近くに落ちていた肉まんの袋へ走った。
それを見た私は、反射的にそちらへ走った。
「紬ちゃん! ボール! ボール見ろよ!」 「肉まんが先よ!」 「試合中だぞ!」 「だから何よ! 肉まんは冷めたら価値が下がるのよ!」
肉まんは空袋だった。
私は膝から崩れ落ちた。
「……カスが」
「紬ちゃんの方がカスだよ!」
「うるさいわねぇ!」
その隙に一点取られた。
腹立たしい。
とても腹立たしい。
私は立ち上がり、フードの奥で目を細めた。
「いいでしょう。こちらも本気を出すわ」
「やめろ!」 「絶対ろくなことにならない!」
私は全身から髪触手を伸ばし、十体のマネキンを完全操作した。
フォーメーション。
カスゴミ・デス・プレス。
十体のマネキンが、ぎこぎこぎこぎこ、と音を立てながら前進する。
相手のガキ共が悲鳴を上げる。
ボールを持った小学生へ、十体の無表情マネキンが一斉に迫る。
「うわあああああああああああ!!」 「こわいこわいこわい!」 「紬ちゃんこれホラーだって!」
「サッカーとは、相手の精神を折る競技でもあるのよ」
「違う!」
私はそのままボールを奪い、マネキン五号へパス。
五号、受ける。
六号へ繋ぐ。
七号、八号、九号。
マネキンたちがぎこちなく、しかし不気味なほど正確にパスを回していく。
観客の小学生たちが、ぽかんとしていた。
私もちょっと感動していた。
「……見なさい。これが絆よ」
「遠隔操作だろ」
「絆よ」
「遠隔操作だって」
「絆なのよ」
最後は、十号から私へラストパス。
私は軽く蹴った。
今度はちゃんと、ネットだけを揺らす程度に抑えた。
「ゴール」
私は両手を広げた。
「カスゴミイレブン、勝利!」
十体のマネキンが一斉に両手を上げる。
ぎぎぎぎぎ。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
でも、ちょっとだけ達成感があった。
◇
試合後。
私はベンチに座り、差し入れでもらった駄菓子をもぐもぐ食べながら、並んだマネキンたちを眺めていた。
「……悪くなかったわね」
「紬ちゃん、マネキン持って帰るの?」
「返すわよ。龍兄の部屋に」
「え、戻すの?」
「当然でしょう。あんなものを私の部屋へ置いたら、部屋の運気が死ぬわ」
「龍兄の部屋はいいの?」
「あそこはもう死んでいるから」
私はうまい棒を五本まとめて食べた。
チーズ味。
偉い。
「でも、まあ」
私は少しだけ、マネキンたちを見た。
一号は足首が折れている。
二号は首が曲がっている。
三号は上半身の向きが終わっている。
四号は肉まんの空袋を握っている。
五号以降も、だいたい地獄。
それでも。
今日だけは、私のチームだった。
友達ではない。
仲間でもない。
魂があるかも怪しい。
というか、魂があったら嫌すぎる。
でも、十一人で戦ったという事実だけは残った。
「……カスゴミイレブン、解散ね」
私は小さく呟いた。
その瞬間、遠くから龍兄の声がした。
「紬、僕の部屋からマネキンを持ち出したかな?」
私は立ち上がった。
逃げた。
全力で。
「知らないわ! カスゴミイレブンは最初から存在しなかったのよ!」
「待ちなさい、紬。あれは番号順に管理しているんだ」
「管理するなそんなものを!!」
背後で、マネキン十体が風に揺れていた。
ぎぎ、と。
まるで別れを惜しむように。
「……」
私は走りながら、ほんの少しだけ振り返った。
そして、心の中でそっと思った。
ありがとう、カスゴミイレブン。
二度と会いたくないわ。
■■■■
これは、狂った少女の、お話です。
◇
むかしむかし、あるところに、あらゆる生物を愛する少女がおりました。
人間も、人間でないものも、善いものも、悪いものも、少女にとっては些細な違いでしかありませんでした。蟻の脚の運び方の几帳面さも、蛭が血を吸う時の遠慮のなさも、人を殺した男の指がわずかに震えていたことも、少女には等しく美しく見えたのです。
少女は、どんな生き物についても、その長所をいくらでも挙げることができました。三日でも四日でも喋っていられたでしょう。
けれども、なぜ好きなのかと問われると、少女はほんの少ししか答えられませんでした。
胸の中にある愛情の量に比べて、その理由はあまりにも貧しかったのです。だから少女は、自分の愛も、善性も、努力の結果ではなく、ただそう作られたからそこにあるのだと理解していました。
自分は、機構なのだと。
◇
少女には、親友がおりました。
異常に食い意地の張った、泥でできたような歯車の子でした。
その子は少女のことを、善だとか、完成された人間だとか、そういう言葉で呼びました。少女は全くそうは思っていませんでした。むしろ、話は逆だったのです。
泥の歯車は、生まれついての怠惰なクズでした。それは本人が一番よく分かっていました。それなのに、その子は自分の機能に逆らって、必死に足掻いていたのです。
空腹に耐えかねて土の上のものを口へ運びかけては、殺してしまうからと言って、手を止めるようになりました。かつて少女がそれで泣いたからです。
資格も、頭も、善性も無い自分でも、医者になれば切り捨てられない、生きている価値があるのだと信じて、この国で一番難しい場所を目指しました。
壊滅的な会話の下手さを補うために、他人が書いた会話の本を、一冊まるごと暗記しました。
結局、その全部が失敗しました。
けれども少女は、そこに善を見たのです。生まれつき愛せるように作られた自分などより、よほど尊いものを見たと思いました。
もっとも、少女にも、ほんの僅かな悪性がありました。
あれは見ているぶんには面白い珍獣だ、と思ってしまったことが、確かにあったのです。少女はその小さな意地の悪さを、こっそり大事にしていました。それだけが、作られたものではなく、自分自身のものである気がしたからです。
◇
少女は、父にも母にも愛されておりました。
機構でしかない自分を、あの二人はちゃんと愛してくれたのです。少女にはそれが不思議で、そして嬉しくてたまりませんでした。
少女の幼い日々に起きた悲劇は、たったの二件だけでした。
芋虫さんの死と、ありさんの死です。
少女はそのたびに三日ほど泣いて、そのたびに父と母がそばにいてくれました。それ以外には何も起こらない、無菌室のような日々でした。
幸せな幼少期だったのです。
◇
火事がありました。
父も母も、少女を庇って死にました。
泥の歯車は、泣きながら少女を罵倒しました。
「お前がいなければ、善性に憧れることもなかった」
「大嫌いだ」
少女は、その言葉をきれいだと思いました。
そうして二人は別れ、少女は叔父の家へ引き取られていったのです。
◇
叔父も善い人でした。けれども、街が酷かったのです。
無菌室から出た現実は、地獄でした。
店が潰れて人が死にました。いじめで人が死にました。受験に失敗して人が死にました。二十年かけて積み上げたものが、たった一件の事故で崩れていきました。善人が報われるとは限らず、悪人が罰されるとも限りませんでした。
そして少女は、もっと根本的なことに気づいてしまいました。
命を繋ぎ、快楽をもたらし、人が生きるために絶対に必要な食事という仕組みそのものが、食われる側の苦痛と死の上で回っているのです。
少女は、芋虫さんのことを思い出しました。
もはや世界は、苦痛と死の蔓延する地獄にしか見えませんでした。
◇
両親の生き血を啜って生き延びた自分に、生きている価値などありません。
あるとすれば、世界に最大幸福を叩きつけることだけです。
叔父の前では笑いなさい。立ち直ったふりをしなさい。
医者になりなさい。
愚かな自分が医者になれる道理などありません。知ったことではありません。やらねばならないのです。
その狂気ゆえに、少女の脳は突然変異を起こしました。
十二の年、少女は、医師試験さえ受けられれば合格できるだけの知能を得ていました。
泥の歯車が三年間の全てを燃やして届かなかった場所へ、少女はただ狂うだけで着いてしまったのです。
◇
叔父が死にました。
強盗が台所へ押し入ったのです。揉み合いの末に、叔父は死にました。
警察が来ました。少女は人質に取られ、強盗は逃げました。
逃げた先で、また被害が出ました。
揉み合いの最中に、あの包丁で殺しておけば。
◇
壊れました。
その日から、少女の隣には、最大多数の最大幸福の亡霊が立つようになりました。
亡霊は少女の耳元で、いつも同じことを囁きました。
「この愛しい隣人を殺さなければ、もっと多くの愛しい隣人が不幸になります」
拘束も、体格の差も、身体能力の差も、武器の有無も、何一つ関係ありませんでした。
やらなければいけなかったから、そうできるように身体が変異したのです。
少女は強盗を殺しました。
泣きながら。
◇
■■■は強盗を殺しました。
◇
これは、多元世界を渡り、最大多数の最大幸福の敵を殺し尽くした、人類最強の勇者の物語です。
勇者は殺しました。武器商人を、扇動家を、独裁者を。
もちろん、殺されることも、死にかけることもありました。ただの人間なのですから当然です。それでも勇者は、やらねばならないという狂気だけで、そのことごとくをねじ伏せていきました。
勇者は分かっていました。ただの人間が意思の力だけで強くなれる、そんな都合の良い仕組みがこの世にあるのなら、世界はとっくの昔に地獄をやめていたはずなのです。意志があれば強くなれるなどと掲げることは、弱かった者の意志も、届かなかった者の正義も、まとめて馬鹿にするということなのです。
勇者はそれを知っていて、それでもやりました。
道理などありません。やらなければ、パパにもママにも、積み上げてきた屍にも申し訳が立たないからです。
殺す。殺す。殺す。
◇
多数の愛しい隣人のために、少数の愛しい隣人を殺し続けるうちに、勇者の心は壊れていきました。
死んで良い命など、一つもありません。絶対に、一つもないのです。
ならば奪った命に報いるために、もっと多くの幸福を叩きつけなければなりません。
亡霊はいつも、同じ言葉で勇者を責め立てました。
「まだ足りません」
やがて、食事の機能が壊れました。他の命を啜って生き延びることに耐えられず、全身の細胞が食物を拒絶するようになったのです。
眠る機能も壊れました。夢の中で、殺した者たちの絶叫が響き続けたからです。
共感性の強い子供を育てて第二の勇者にする、という計画を立てている途中で、勇者は自分の生殖機能が既に壊れきっていることに気づきました。
勇者は歓喜しました。子供に地獄を見せなくて済むのですから。
そして、歓喜してしまったことを亡霊に責められて、また壊れました。
◇
そして、勇者は死にました。
ああ、やっと楽になれる。
まだです、と亡霊が言いました。
殺害の責務から逃れて楽になるな。お前が最も望んでいるもの、すなわち死を、お前だけが得るな。
勇者は、起き上がりました。
◇
惑星を容易く砕く艦隊文明も。
世界を夢見る白痴の王も。
何者かに汚染された故郷を捨て、民のために地球へ攻め入った魔王も。
最大幸福の敵になったその瞬間に、不死の勇者へ殺されました。
勇者は、その全員を愛していました。
◇
墓碑が、勇者の心を支配しました。
誰一人、忘れることはありませんでした。名前も、顔も、最後に何と言ったのかも、全部です。
英雄と崇められる美しい女の、その皮の一枚下は、突然変異の代償で激痛にまみれた、醜悪な血肉と臓器の集合体でした。
正規品の歯車などでは、ありませんでした。
ただ、泥ではなく血肉でできていたというだけの話だったのです。
◇
他者に幸せになってほしいという愛は、他者を不幸にしたくないという願いへ変質しました。
そしてそれすらも、死にたいと、ごめんなさいと、その二つだけでできた濁流に飲まれて、消えました。
◇
遠くない未来のことです。
路地裏で、老婆の死体が見つかります。
老衰でした。誰も、その人が誰なのかを知りませんでした。あれほど多くの世界を救った女の名前を、最期に呼ぶ者は一人もいませんでした。
その顔に浮かんでいたのは、悍ましいほどの狂喜の笑みでした。
もう誰も殺さなくていい、という。
めでたし、めでたし。
ここまで読んでいただけて嬉しいです。