【完結&3章リメイク中】VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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第50話&泥の断章

 

高校時代の私は、かなり分かりやすく終わっていた。

 

 進学校にいた。周囲には、ちゃんとした奴らがいたのよね。中学の頃みたいに、露骨に腐った人間ばかりというわけではなかった。普通に挨拶して、普通に雑談して、普通に部活や塾や恋愛の話をして、たまに「一緒に帰る?」とか「今度カラオケ来なよ」とか、悪意なく声をかけてくるような連中だった。

 

 だからこそ、余計に噛み合わなかった。

 

 悪人相手に怯えるならまだ理屈は立つでしょう。でも、相手はそこまで悪くない。むしろ、たぶん善良な部類だった。それでも私は、そいつらの輪の中へ入れなかったのよね。声が出ないのだもの。

 

 スマホゲームをやっている奴の後ろへ、何度か無言で立ったことがある。話しかけるきっかけが欲しかった。仲良くなりたかった。今なら分かるけれど、普通に怖いわよね。背後に黒い気配だけが立っていて、しかも喋らないのだから。

 

 でも当時の私は、本気でそれが第一歩になるかもしれないと思っていたのよ。

 

 何も言えなかったけれど。

 

 結局、向こうがこちらに気づいても、私は「……」と固まるだけで、意味の分からない愛想笑いを浮かべて、そのまま逃げるようにトイレへ向かった。ずっとそんな調子だった。

 

 便所を拠点にしていた。

 

 文字通り、拠点だったわ。鍵がかかる。狭い。誰も入ってこない。昼休みも、休み時間も、そこに籠もっていた。便所飯、というほど優雅なものですらない。高カロリーのレーションみたいなものを流し込み、ラードを舐め、他にも色々な“餌”を腹へ突っ込んでいた。

 

 成長期で、常に腹が減っていたのよね。

 

 でも、食べることに意味はなかった。美味しいとか、不味いとか、そういう感覚はほとんど死んでいたわ。ただ成長という穴が身体の奥にあって、そこへ餌を詰め込んでいた。詰めないと倒れるから。詰めても満たされないけれど、詰めなければもっと駄目になるから。

 

 高校時代に、美味しいと感じた記憶はほとんどない。

 

 あの時期の食事は、幸福ではなく作業だった。補給だった。空腹を黙らせ、意識を保ち、机へ戻るための手順でしかなかったのよね。

 

 噛み合わない。

 

 何もかもが、噛み合わなかった。

 

 善良な同級生とも噛み合わない。雑談にも入れない。友達になろうと言われても、カラオケに誘われても、怖くて行けない。社会進出チュートリアルセットみたいな、あいつらとすら噛み合わないのなら、もう人として終わりでしょう。

 

 だから、せめて学歴というメッキが必要だった。

 

 他に何も無かったから。

 

 コミュニケーション能力。

 社会性。

 良心。

 

 人が人たる、澪みたいな正規品の歯車たる三大要素が、私には致命的に足りていなかった。だったら、それ以外で殴るしかないでしょう。知能で。学歴で。肩書きで。そういう、誰の目にも分かりやすい形で、自分を社会へねじ込むしかなかったのだわ。

 

 だから、東大に行く。

 

 絶対に。

 

 それができなきゃ、何も無い。

 

 それしか武器が無いんだから。

 

 寝るな。回れ。

 回れ。回れ。それをやめた瞬間、泥になる。

 

 食ってる瞬間も単語帳に目を通せ。ゲームも漫画も手を出したら終わりだ。そんなものに逃げたら、その時点で負ける。社会の歯車になる、人間になる、最後のチャンスなのだと、本気でそう思っていた。

 

 食う。

 籠もる。

 勉強する。

 

 それで三年。

 

 一生分の努力を使い果たすくらいに、必死だった。

 

 平均で一日十六時間は勉強していたと思う。意識が飛びかけながらペンを動かしたこともあるし、机の上で一瞬だけ落ちて、起きた瞬間に単語帳を開き直したこともある。睡眠時間は削れるだけ削った。遊びは全部切った。ゲームも漫画も、その時期は本当に一切やらなかった。あのママが、ひたすら飯だけはくれていたけれど、味なんて分からなかった。噛んで飲んで、また机へ戻る。それだけだった。

 

 進学校でも、成績はどうにかギリギリ上位層へ入った。

 

 でも、全てを捨てても届かない。

 

 その感覚は、ずっとあったわね。周囲の連中は、部活をして、友達と笑って、文化祭だの恋愛だのをしながら、私と同じかそれ以上の位置にいた。正規品の歯車ってこういうことなのだろうと思った。人間の形をしたまま回れる連中。私はそれができないから、全部を切って、全部を燃やして、それでようやく食らいつく。

 

 朔にすら、「そこまでやらなくてもいい」と言われたことがあった。

 

 私は、ぶん殴った。

 

 生まれついて正規品の歯車に何が分かる、と。

 

 あいつは何も言わずに部屋へ帰った。今思えば、あの時の私はだいぶ終わっている。いや、今でもだいぶ終わっているけれど、あの時はもっと切羽詰まっていたのだわ。やめたら泥になると思っていた。回るのを止めた瞬間、私はもう二度と人間側へ戻れないと、本気で信じていた。

 

 そして、落ちた。

 

 東大に。

 

 落ちた日、早稲田の合格も出ていた。

 

 今なら分かる。普通にすごいでしょう。我、早稲田ぞ。胸を張れ。よくやった。称賛に値する。そう言える。

 

 でも当時の私には、何一つ救いに見えなかった。

 

 早稲田も受かってるよ、と誰かが言った気がする。

 家族が何か言っていた気もする。

 でも、音としてしか入ってこなかった。

 

 終わりだ、と思った。

 

 浪人?

 無理。

 

 全部を使い果たした。怠惰なクズが、本能に逆らって、全てを絞りきって、それでも届かなかったのよ。絞り出せるものなんて、もう一滴も残っていなかった。最後のチャンスを取り逃がした。なら、損切りでしょう。

 

 ベルトを輪っかにした。

 

 その時の静けさだけは、今でも妙に覚えている。泣きもしなかった。悔しいとか悲しいとか、そういう派手な感情も出なかった。ただ、ああ、無駄だったのだわ、という感覚だけがあった。

 

 これだけやっても、自分を肯定できない。

 

 これだけ足掻いても、人間になれない。

 

 泥の断章だった。

 

     ◇

 

 ……とまあ、こんなのが高校時代である。

 

 今思えば、視野が狭すぎたわね。

 

 東大へ行けなければ終わり?

 何を大げさな、と思う。だって早稲田よ。普通にすごいわよね。あの時の私は本気で、自分を人間側へ繋ぎ止めようとしていた。

 

 善良でもなかった。

 社交的でもなかった。

 余裕なんて一つもなかった。

 

 それでも、三年間、回るのを止めなかった。

 

 泥の歯車なりに、必死で社会へ噛み合おうとしていた。

 

 

 ……とまあ、こんなのが高校時代である。

 

 今思えば、視野が狭すぎたわね。

 

 東大へ行けなければ終わり?

 何を大げさな、と思う。だって早稲田よ。普通にすごいわよね。あの時の私は本気で、自分を人間側へ繋ぎ止めようとしていた。

 

 善良でもなかった。

 社交的でもなかった。

 余裕なんて一つもなかった。

 

 それでも、三年間、回るのを止めなかった。

 

 泥の歯車なりに、必死で社会へ噛み合おうとしていた。

 

 

 

「……待ちなさいよ」

 

 私は布団の中で、天井を見つめながら気づいてしまった。

 

「私、オタサーの姫になれたのでは?」

 

 声に出した瞬間、あまりにも完璧すぎて、自分で少し引いたわね。

 

 だって見てみなさいよ。顔はまあ悪くない。スリーサイズも十分。黒髪陰キャ。オタク。ゲーマー。日課ツムニー。布団常駐型。人付き合いは終わっているけれど、そのへんはむしろ“守ってあげたい感”へ変換できる余地があるでしょう。しかも、彼氏とかいるんですか? みたいな質問へ、ちょっとだけ目を逸らして「……い、いないわよ別に……」とか返せば、童貞共なんて一撃だったはずなのよね。

 

 馬鹿だから。

 

 いや、馬鹿は言い過ぎかしら。でも、少なくとも、ああいうのへ夢を見る層はいるでしょう。分かるわ。私だって、ちょっと分かるもの。隅でゲームしてる女が急に話しかけてきたら、何かあるのではって思うでしょう。思うわよね? そこで少しだけ笑って、ちょっと距離を詰めて、共通のソシャゲの話でも振って、たまに「それ、すごいわね」って褒めてやれば、もうサークル内カーストの頂点までは一直線だったのではなくて?

 

「…………」

 

 私はしばらく黙った。

 

 思い返せば、早稲田にいた頃の私は、何をしていたのか。

 

 トイレの個室を結界にして、Switchやってた記憶しかない。

 

 終わってるでしょう。

 

 講義棟の空気がしんどい。食堂は人が多い。サークル勧誘は怖い。知らない人間が話しかけてくるのはもっと怖い。結果、一番落ち着くのが個室だったのよね。鍵がかかる。狭い。敵が少ない。しかも電源が近い時もある。完璧なダンジョンだったわ。

 

 そこで私は、イヤホンをして、膝へSwitchを載せて、世界を救ったり、魔王を倒したり、モンスターを狩ったりしていた。

 

 現実では、誰ともほとんど喋らずに。

 

「何やってんのよ私……」

 

 オタサーの姫どころか、トイレの妖精じゃない。

 

 いや、妖精ならまだ可愛いけれど、実態としては“個室へ棲みついた謎の黒い気配”だったわね。たぶん目撃されていたら、普通に害獣カテゴリへぶち込まれるのは時間の問題だったと思う。サークル勧誘どころか、学内注意喚起の対象でしょう。

 

 でも、惜しいところまでは行っていた気もするのよね。

 

 見た目だけなら、まだ擬態の余地はあった。  属性だけ見れば、かなり強い。  問題は中身だった。

 

 彼氏とかいるんですか、と聞かれて初心な反応を返す以前に、私はたぶん「……は?」って真顔になるか、挙動不審で「い、いないけど……何で……?」って警戒心を丸出しにするか、最悪、その場から逃げて個室へ籠もる。駄目だわ。姫ムーブ以前の問題なのよ。王国が始まる前に城門を閉じているタイプ。

 

 それに、仮にうまくいったとしても、そのうち絶対にボロが出るでしょうね。

 

 差し入れのお菓子を全部食う。  打ち上げで十人前を平らげる。  徹夜マルチの最中に「眠いから帰る」じゃなく「布団が恋しいから死ぬ」って言う。  距離感を間違えて急に背後から画面を覗く。  あとたぶん、サークルの備品を売る。

 

 駄目だわ。

 

 害獣カテゴリどころか、封印指定まで見えてきた。

 

「……まあでも」

 

 私は布団の中で寝返りを打った。

 

「一回くらいは、ちやほやされてみたかったわね……」

 

 そう呟いてから、少しだけ笑った。

 

 結局のところ、私はオタサーの姫になれなかったし、大学生活はトイレ個室とSwitchの記憶にかなり侵食されている。けれど今の私は、世界規模で飯を送られているのよね。

 

 オタサーの姫ではない。

 

 胃袋インフラの姫。

 

 いや、姫ですらないかしら。公共珍獣の女王とか、そのへんかもしれない。

 

「……うん、やっぱり嫌だわその肩書き」

 

 でも、まあ。

 

 童貞共を手玉に取るルートよりは、今の方がちょっとだけ、私らしいのかもしれないわね。

 

 

■■■■■

 

 総理大臣官邸、地下。

 

 特別防空壕を改修した対接続現象対策会議室には、分厚い報告書をめくる紙の音だけが残っていた。

 

 

「……以上が、玉織紬という生物の報告書、か」

 

 総理が静かに呟くと、室内の何人かが小さく息を呑んだ。

 

 生物。

 

 その言葉を選んだ自分に、総理自身も少しだけ苦味を覚えた。  人間、と言い切るには、肉体の事実があまりにも重い。  怪物、と切り捨てるには、報告書の後半に並ぶ人間臭さがあまりにも生々しい。

 

 自業自得の悪事。  社会不適合。  食欲。  善性への憧れ。  歯車願望。  中学時代の傷。  大学受験のの失敗。  製氷工場での退職。  面接で気絶した記録。  それでも、役に立ちたいという執着。

 

 その全部が、同じ一人の女の中に詰まっている。

 

 会議室の外から、かすかな声が聞こえた。

 

『……だから来てって言ってるでしょう!? いや野暮用って何よ! 私が今から総理と話すのよ!? 国家よ国家! こっちは社会性の怪物と戦うところなのよ!?』

 

 防音扉越しでも分かるくらい、相当に慌てている声だった。

 

 誰かに電話しているらしい。

 

『ちょっと! 切らないで! 野暮用って何!? 私より大事な野暮用って何なのよ!? いや、別に私が大事とは言ってないけど! でも来なさいよ! 精神的救援物資として! ……切った!? あの女、切ったわね!?』

 

 数秒の沈黙。

 

 次いで、扉の向こうから、布か何かをばふばふ叩くような音がした。

 

『終わった……終わったわ……私、総理大臣の前で胃液吐いて床を溶かす未来しか見えない……。龍兄どこ行ったのよ……村山君もいないし……ああああ、社会性が濃い……壁の向こうからもう濃い……』

 

 内閣情報調査室長が、わずかに視線を落とした。

 

「……かなり怯えていますね」

 

「こちらも同じだ」

 

 総理は言った。

 

 それは本音だった。

 

 怖い。

 

 当然だ。  怖くないはずがない。

 

 扉一枚の向こうにいる女は、飢えれば車両を食う。  戦車砲を飲み込み、迷宮を噛み砕き、怪異を補給食のように処理する。  機嫌を損ねればどうなるか、空腹にすればどうなるか、国家として想定しなければならない。

 

 玉織龍は言った。  彼女は民間人だ。  怪物扱いするな、と。

 

 総理は、その言葉を軽んじるつもりはなかった。

 

 だが、国家の元首として、履き違えるわけにもいかなかった。

 

 少なくとも、肉体に限れば、玉織紬は怪物である。

 

 それを認めないことは、優しさではない。  現実から目を逸らすことだ。  国民を守る立場の人間が、それをしてはならない。

 

 戦術級兵器に匹敵する個体を、ただの繊細な女性として扱うわけにはいかない。  摂食対象が戦車や核汚染物に及ぶ存在を、通常の民間協力者と同じ枠へ押し込めるわけにはいかない。  危険は危険として評価する。  怪物性は怪物性として記録する。  それを怠れば、守れるはずの命を守れなくなる。

 

 しかし。

 

 それでも。

 

 玉織紬は、日本国民だった。

 

 この国で生まれ、この国で失敗し、この国の学校で傷つき、この国の工場で働こうとして挫折し、この国の公務員試験を受け、この国の家族へ迷惑をかけ、この国の食べ物を食い荒らし、この国の渋谷で怪異を食い止めた。

 

 どうしようもなく厄介で。  どうしようもなく危険で。  どうしようもなく手間がかかる。

 

 それでも、国民である。

 

 国家にとって、国民とは、優秀な者だけを指す言葉ではない。  善良な者だけを指す言葉でもない。  扱いやすい者、役に立つ者、礼儀正しい者だけを守るなら、それは国家ではない。

 

 迷惑な国民もいる。  失敗する国民もいる。  社会に馴染めない国民もいる。  とんでもない力を持ってしまった国民もいる。

 

 それでも、守る対象であることに変わりはない。

 

 防衛大臣が、低く言った。

 

「総理。率直に申し上げます。危険です」

 

「分かっている」

 

「彼女を信頼しすぎるのは危うい。かといって、敵に回すのは論外です」

 

「それも分かっている」

 

「ならば、どう扱いますか」

 

 総理は、報告書を閉じた。

 

 厚みのある紙束が、重い音を立てる。

 

「怪物として警戒する」

 

 室内の空気が引き締まる。

 

「そして、国民として遇する」

 

 誰もすぐには返答しなかった。

 

「玉織龍補佐官の言葉は正しい。彼女をただの兵器として扱えば、我々は一線を越える。だが同時に、彼女の危険性を見誤れば、国民を守れない。だから両方だ。警戒し、備え、記録し、制御策を用意する。その上で、彼女を一人の国民として扱う」

 

 総理は扉を見た。

 

 向こうではまだ、玉織紬が小さく騒いでいる。

 

『……いや、帰りたい。帰りたいけど、ご飯出るって聞いたし……でも総理……総理って何話せばいいの? 支持率? 税金? 年金? 全部怖い……』

 

 側近の一人が、思わず小さく笑いかけて、すぐに表情を引き締めた。

 

 総理は咎めなかった。

 

 笑えるなら、まだいい。  完全な怪物としてしか見えなくなったら、人はもう笑えない。

 

「向こうも怯えている」

 

 総理は言った。

 

「我々が彼女に怯えているように、彼女もまた、我々に怯えている。ならば、最初に示すべきものは威圧ではない」

 

「では、何を」

 

「国家の覚悟だ」

 

 総理はゆっくりと立ち上がった。

 

 怖くないわけではない。

 

 扉の向こうにいるのは、現代国家の常識では測れない存在だ。  一歩間違えれば、会談ではなく災害になる。  国家の元首として、それを軽視することはできない。

 

 だが、恐怖だけで相対するわけにもいかない。

 

 相手は化け物だ。  少なくとも、肉体は。

 

 そして同時に、愛しき民だ。

 

 守るべき国民だ。

 

 必要なら、国家は命を賭ける。  国民を守るために。  国民から、国民を守るためにも。  そして時には、国民自身が自分を怪物としてしか扱えなくなることからも。

 

 総理は、扉へ向かって歩き出した。

 

 側近たちが姿勢を正す。  警備が緊張する。  研究員が息を止める。

 

 扉の向こうで、玉織紬が情けない声を上げた。

 

『あっ、やだ、足音する。来た。絶対来た。総理の足音って何? 音に責任感がある……無理……』

 

 総理は、わずかに口元を緩めた。

 

 そして、胸の内で静かに呟いた。

 

 さあ来い。

 

 化け物。

 

 そして、命を賭して守るべき、いとしき国民よ。




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