VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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第56話

 進化は、デメリットがでかい。

 

 そんなもの、少し考えれば分かる話なのよね。

 

 私は銀座S級ダンジョンの帰り、目の前に浮かぶ青白いウィンドウを睨んでいた。

 

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【条件を満たしました】

【個体名:玉織紬】

【存在進化が可能です】

【進化候補を表示します】

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 進化。

 

 この単語自体は、ゲーム的にはかなり気持ちいい。強くなる。便利になる。新しいスキルが増える。今まで勝てなかった敵に勝てるようになる。S級の次、SS級、SSS級みたいな、いかにも国家の胃壁へ穴を開けそうなダンジョンへ挑むなら、選ばない理由がないようにも見える。

 

 でもね。

 

 私はもう知っているのだわ。

 

 進化するほど、燃費が悪くなってきている。

 

 食屍姫になった時点で、私はもう人類の食費概念をだいぶ冒涜していた。朝から白米二百合しか食べていないと胃が焼けるように痛むし、政府補給班は私専用のコンテナ弁当を真顔で用意してくるし、健康診断では米入りドラム缶をいくつも空にした。ベンツの肉詰めも食べた。あれは美味しかったけれど、冷静に考えると健康診断のメニューではないわ。

 

 このまま進化を重ねたら、そろそろトリコのネオとかいうラスボスみたいな方向へ行きかねない。

 

 美味いものを求めて、食って、食って、食い荒らして、気づけば星の一つくらい更地にしているタイプの生き物。そんな方向へ行くのは困る。私は社会の歯車になりたいのであって、社会の地盤ごと噛み砕きたいわけではないのよ。

 

 だから、あえて進化しないのも一考だった。

 

 ポケモンで言うところの、Bボタンキャンセルである。

 

 強くなるのを我慢する。進化の誘惑を止める。燃費悪化を避ける。現状でも、私はS級ダンジョンの大悪魔を食べられるくらいには働けているのだから、身の丈を考えるならそれで十分という考え方もできるでしょう。

 

 それに、私のテロメアはもう崩壊しているらしい。老化も寿命も、少なくとも普通の人間の枠ではかなり怪しい。不老に近いものになっている以上、食費問題は一時的な困窮ではなく、将来設計そのものなのだわ。いくら政府から報酬が出ても、いくら魔石を納めても、私だけが長く残ってしまう可能性があるなら、今のうちから考えないといけない。

 

 総理からは、一千万円どころではない金が我が家へ振り込まれているらしい。魔石二十個を三日間で納めた分とか、迷宮残骸処理とか、危険手当とか、よく分からない名目が色々あるのだとか。普通なら一瞬で頭がおかしくなるような金額だと思う。

 

 でも、ママはそれをほとんど全部貯金に回している。

 

 いつか家族がみんな死に、私だけが一人で生きていかなければならなくなった時のために。

 

 偉い。

 

 ほんとうに偉いわ、ママは。

 

 私だったら、たぶんその日のうちに焼肉屋を五百件くらい梯子して、翌朝に泣いている。そういう未来が見えるから、ママが管理しているのは正しい。悔しいけれど、正しい。私は自分の胃袋を信用できない女なのだわ。

 

 ただし。

 

 それでも、進化候補には共通する誘惑があった。

 

 外見のさらなる最適化。

 

 そして、【偽装経典】の強化。

 

「……ずるいでしょう、それは」

 

 私は思わず呟いた。

 

 強くなるより、食えるようになるより、たぶんそっちの方が卑怯だった。

 

 【偽装経典】。

 

 私が、私ではないまともな何かに見えるための、薄い皮。

 

 社会の歯車に見えるための、私にとっては喉から手が出るほど欲しかった補助輪なのよ。

 

 それが、進化すれば伸びる。

 

 毎日必死で起動して、スキルレベルを上げようとして、それでも微塵も上がらなかったあの【偽装経典】が、進化候補の共通変化としてさらっと強化される。まるでおまけみたいに。捕食能力や転移や領域の副産物みたいな顔で。

 

 腹が立つくらい魅力的だった。

 

 だって、私が二十六年かけて届かなかったものを、システムは「進化すれば多少マシになりますよ」とでも言いたげに差し出しているのだもの。

 

 

 

 私は見た目の良さで相当助けられていることも知っている。黒髪、色白、青みがかった目、少し気だるげな顔。黙っていれば、まあ、そこそこ陰のある美人に見えなくもない。身体変性で胸元を調整してからは、さらにその恩恵に預かっている。胸があると、社会の一部は露骨に判定を甘くするのよね。社会とは本当に下劣で、そして少しありがたいものだわ。

 

昨日だってそうだった。

 

 酔っ払って、朔の少女趣味ゴスロリ服をパクって、魔法少女マジカル・ツムニー☆二十六歳のまま繁華街へ行ったのだけれど、ギリッッッッッッッッッッッッッッッギリ実刑は免れた。

 

 ギリよ。

 

 本当にギリ。

 

 黒レース、フリル、リボン、妙に短いスカート、そして私の死んだ目。全体の絵面としては、かなり終わっていたと思う。通行人は二度見したし、酔ったサラリーマンは拍手したし、どこかの外国人観光客には写真を求められた。私はその場で少し調子に乗り、「月に代わって補食よ」とか言った。最低ね。できれば記憶から消したいわ。

 

 帰宅後、朔に目潰しを食らった。

 

 物理で。

 

 両目に指が入った瞬間、視界が真っ白になって、脳の奥まで反省が届いた。少女漫画を売ろうとした時もそうだけれど、あの女は私に対する躾だけやたら精度が高い。嫌すぎる。

 

 でも、あの格好で繁華街を歩いて、逮捕ではなく「変な女がいる」で済んだのは、見た目補正が大きかったと思う。顔と身体と声がある程度整っていなければ、私はもっと早く社会から排除されていたかもしれない。

 

 だから、外見の最適化は魅力的だった。

 

 だから、外見最適化と【偽装経典】強化の組み合わせは危険だった。

 

 私が欲しいものを、あまりにも正確に突いている。

 

 強くなるためではなく、食うためでもなく、社会へ混ざるために進化したくなる。

 

 それが、とても怖かった。

 

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【存在進化候補 一】

【暴食姫】

 

【分類】

食屍姫系統・捕食特化亜成体。

 

【概要】

食うことにより、より深く、より速く、より多く自己を増強する進化先。

【存在捕食】による恒久ステータス上昇性能が大幅に強化され、摂食速度、咀嚼性能、消化効率、捕食戦闘時の即時活性が跳ね上がる。

捕食対象の格、質、概念的密度をより強く自己へ還元可能。

 

【取得予測スキル】

【暴食王顎】

【高速存在捕食】

【無限咀嚼補助】

【過剰飢餓炉】

【捕食活性・極】

 

【共通変化】

【偽装経典】強化。

外見最適化。

人間社会への擬態性能向上。

味覚解像度上昇。

 

【警告】

基礎燃費が大幅に悪化します。

空腹時の精神負荷、身体負荷、周辺環境への危険性が増大します。

食料補給体制の再構築を推奨。

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「論外」

 

 即答だった。

 

 いや、強いのは分かる。めちゃくちゃ強い。食えば食うほど伸びる私にとって、存在捕食の恒久ステータス上昇性能が跳ね上がるのは、もう見ただけで涎が出そうなくらい魅力的だわ。早食い、消化、捕食戦闘、全部にボーナス。たぶん、SS級ダンジョンの敵でも、食えば食うほどその場で仕上がっていく。

 

 でも、燃費が悪化する。

 

 そこが駄目。

 

 今でも終わっているのだ。

 

 朝から白米二百合しか食べていなかったら胃が焼ける。健康診断では米入りドラム缶をいくつも空にした。政府補給班が、私専用のコンテナ弁当を真顔で用意する。移動するだけで腹が減り、戦えばもっと腹が減り、社会性を使えばなぜか腹が減る。

 

 そこからさらに燃費が悪化したら、もうどうなるのよ。

 

 毎朝、牧場が一つ消えるのかしら。

 

 昼に市場を挟んで、夜は港?

 

 やだわ。国家予算へ本格的に牙を立てる女になってしまう。社会の歯車どころか、社会の財布を食い破る害獣じゃない。いや、今もまあ、結構そうかもしれないけれど、これ以上は駄目。私にも最低限の遠慮というものがある。

 

 遠慮があるなら冷蔵庫を食うなという正論は、今は受け付けておりません。

 

 私はウィンドウを睨みながら、次の候補へ視線を送った。

 

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【存在進化候補 二】

【転移屍姫】

 

【分類】

食屍姫系統・空間捕食適応亜成体。

 

【概要】

捕食対象と自己位置の関係を、空間的に再定義する進化先。

【転移魔術】の習得により、短距離・長距離移動、緊急離脱、現場即応が可能になります。

成熟後は対象を自己周辺、あるいは胃袋内部へ転移させる捕食補助が可能。

空間を“距離”ではなく“食卓までの経路”として認識する能力が発達します。

 

【取得予測スキル】

【転移魔術】

【胃袋転送】

【捕食座標指定】

【空間咀嚼】

【帰巣転移】

 

【共通変化】

【偽装経典】強化。

外見最適化。

人間社会への擬態性能向上。

味覚解像度上昇。

未使用MP領域の開放。

 

【警告】

基礎燃費が悪化します。

転移失敗時、座標ずれ、壁内転移、対象欠損、胃袋内誤転送等の危険があります。

転移先指定には訓練が必要です。

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 普通に考えれば、これ一択だった。

 

 私でも分かる。

 

 転移の異常さと、現代社会における有用性くらいは、さすがに分かる。どこでも行ける。すぐ現場へ行ける。迷宮内から脱出できる。逃げる敵を追える。怪異災害へ即応できる。輸送に使える。救助にも使える。医療にも防衛にも流通にも、使い道がありすぎる。

 

 ろくでもない使い方も五十個くらい思いついた。

 

 コンビニのホットスナックを胃袋へ直接デリバリー。焼肉屋の網上の肉を、誰にも気づかれず胃袋へ転移。朔の財布を安全圏へ転送。龍兄を太平洋の底へ転移。嫌な会議から布団へ逃げる。総理の前で胃液を吐きそうになった瞬間、トイレへ転移。敵を胃袋に転移。

 

 いや、便利すぎるでしょう。

 

 悪用の発想しか出てこない時点で、私へ持たせていい能力かはかなり怪しいけれど。

 

 それでも、極論、輸送をするだけで世界最上位の社会の歯車に躍り出る。

 

 人員輸送。物資輸送。魔石輸送。災害現場への補給。重病患者の搬送。危険物の隔離。迷宮内部からの緊急脱出。全部、転移があれば話が変わる。

 

 私は食べること以外でも、社会に使える部品になれるかもしれない。

 

 そこが、かなり大きい。

 

 嬉しい。

 

 かなり嬉しい。

 

 だって、食べること以外でも役に立てるかもしれないのだ。私は「食えば何とかなる」方向にしか適性がないと思っていたし、実際それはたぶん間違っていない。でも転移があれば、私は誰かを運べるかもしれない。逃がせるかもしれない。食べる前に、助ける選択肢を持てるかもしれない。

 

 その可能性は、私の胃袋とは別の場所を少しだけ温めた。

 

 ただ、相当レベルを上げないと、根本的に捕食生物である以上、制限がかかるのも本能的に分かった。私の転移は、たぶん綺麗な魔法使いの転移ではない。空間を優雅に畳むのではなく、距離という肉を噛み破って、向こう側へ口を開けるような転移になる。だから、対象を運ぶ時にも、胃袋だの捕食座標だの、ろくでもない概念が絡むのだわ。

 

 それに、今までほとんど使っていなかったMPを使うらしい。

 

 MP。

 

 私にもあったのね、そんな文明的な数値。

 

 いや、あるにはあったけれど、だいたい食欲と肉体出力で押し切ってきたせいで、あまり気にしていなかった。これを使えるようになるのは大きい。大きいけれど、転移魔術方面の才能なんて私にあるのかしら。

 

 どこかのウィザードリィのように、“かべのなかにいる!”みたいになりかねない。

 

 それは嫌だわ。

 

 壁の中で死ぬのも嫌だけれど、私の場合、壁を食べて出てきそうなのがもっと嫌ね。出てきた瞬間、「この壁、ちょっと薄味だったわ」とか言っていそうで、自分で自分が嫌になる。

 

 でも、それでも。

 

 転移は魅力的だった。

 

 社会の歯車としては、たぶん一番まともに使いやすい。

 

 私は唇を舐め、三つ目を見た。

 

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【存在進化候補 三】

【領域屍姫】

 

【分類】

食屍姫系統・喰界展開亜成体。

 

【概要】

自己を中心に捕食空間【喰界領域】を展開する進化先。

領域内の対象に対し、捕食圧、感覚干渉、魅了、抵抗低下、逃走阻害を付与します。

領域内では空間そのものが“胃袋に近いもの”として再定義され、対象の肉体・魔力・精神・存在情報を段階的に捕食可能。

 

【取得予測スキル】

【喰界領域】

【領域捕食】

【喰界魅了】

【逃走阻害】

【内側の食卓】

 

【共通変化】

【偽装経典】大幅強化。

外見最適化。

人間社会への擬態性能向上。

味覚解像度上昇。

対格上捕食性能上昇。

 

【警告】

基礎燃費が悪化します。

領域展開中、周辺知性体への精神干渉が発生する可能性があります。

魅了効果は、対象の自由意思および対人関係へ深刻な影響を与えるため、使用には厳重な制限を推奨。

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「領域展開じゃないの」

 

 私は思わず呟いた。

 

 呪術廻戦かしら。

 

 いや、違うのは分かっている。分かっているけれど、領域とか言われるとどうしてもそういう方向へ脳が行くのだわ。最近の人類、能力バトルにおける領域という単語へ過敏すぎる。

 

 本来なら転移一択のはずだった。

 

 なのに、私の奥の方で、これが正統だと告げる何かがある。

 

 喰界屍姫への正統進化。

 

 私の中の食屍姫としての本能が、三択の中でこれを一番“正しい”と見ているのが分かった。領域を張る。入った相手を食う。魅了する。逃がさない。空間ごと胃袋に近づける。格上相手にも、社会性と擬態と捕食で喰らいつく。

 

 強い。

 

 間違いなく強い。

 

 しかも【偽装経典】が、大幅強化。

 

 その文字だけで、私はしばらく黙ってしまった。

 

 大幅。

 

 大幅なのだわ。

 

 ただの強化ではなく、大幅。もしかしたら、一分どころではなくなるかもしれない。政府会議で床を溶かさずに済むかもしれない。配信で変な湿り気を出さずに、最後まで“感じのいい女”を維持できるかもしれない。知らない人と話しても、相手が露骨に困った顔をする前に、自然な笑顔で切り抜けられるかもしれない。

 

 私は、それが欲しい。

 

 喉から手が出るほど欲しい。

 

 でも、魅了は駄目だった。

 

 そこだけは、かなり強く思った。

 

 人に好かれるのであれば、相手を愛するのが誠意だと思う。仮に愛せなくても、コミュ力を鍛えるとか、相手のことを知ろうと足掻くとか、相手のために手間を割くとか、そういう面倒くさい遠回りが必要なのだと思う。

 

 私はそれが苦手だ。

 

 致命的に苦手。

 

 でも、苦手だからこそ、そこを能力で吹き飛ばしてはいけないのだわ。

 

 即座に人心掌握できる能力。

 

 相手の警戒心を溶かし、好意を捏造し、こちらを受け入れさせる力。

 

 そんなものを私が持ってはいけない。

 

 絶対に。

 

世界で唯一、私よりもコミュニケーション能力の低いカスを一人知っている。相手に誠意を示さず愛されようとするのは奴の生き様言語は通じるのに、会話が通じない。自分のことしかなく、相手を見ず、相手の痛みも都合も理解しない。周囲からも尽く嫌われていた。ああいうものを見ると、私は本気で怖くなるのだわ。

 

 あそこまで醜くなりたくはない。

 

 私が欲しかったのは、好かれているように見える状況ではない。私が欲しかったのは、私が誰かをちゃんと大事にできて、その結果として、たまに誰かからも大事にされるような、そういう面倒くさくて、遠くて、すごく人間らしい関係だったはずなのよ。

 

 魅了でそれを作ってしまったら、もう何も分からなくなる。

 

 相手が私を見て笑った時、それは本当に相手の感情なのか。それとも私の領域が舌を伸ばして、相手の心の柔らかいところを舐めた結果なのか。

 

 相手が私を許した時、それは私が謝れたからなのか。それとも能力が警戒心を溶かしたからなのか。

 

 相手が私の隣にいてくれた時、それは相手の自由意思なのか。それとも私の胃袋に近い空間が、逃げる選択肢を奪ったからなのか。

 

 そんなことを疑い始めたら、私はたぶん、もう二度と人間関係を人間関係として見られなくなる。

 

 ただ。

 

 捕食のみなら。

 

 領域の中で、敵だけを食う。迷宮だけを食う。怪異災害を包み込み、民間人を外へ逃がし、危険物だけを私の食卓へ変える。そういう使い方ができるなら、話は変わるかもしれない。

 

 でも、そんな綺麗な制御を、今の私ができるのかしら。

 

 たぶん、できない。

 

 できないのに取るのは、かなり怖い。

 

 私は三つの候補を見比べた。

 

 暴食姫。

 

 転移屍姫。

 

 領域屍姫。

 

 どれも強い。どれも美味しそう。どれも社会の歯車になれる可能性がある。そして、どれも私を今より少し遠くへ連れていく。

 

 すると、ウィンドウの下に、新しい表示が滲んだ。

 

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【系統情報】

【食屍姫系統・進化補足】

 

当該候補群は、上位捕食種【喰界屍姫】へ至る亜成体分岐です。

 

【喰界屍姫】

複数惑星規模での捕食記録を持つ、コズミックホラー級捕食生物。

単なる暴食生物ではなく、格上存在への擬態、社会浸透、魅了、交渉、英雄性の模倣、道化性の模倣、善性の演出、集団内役割取得を通じて、捕食に最適な環境を形成する。

 

他者への愛を必要とせず、しかし愛される姿を模倣する。

善を必要とせず、しかし善人として振る舞う。

社会性を本質的には持たず、しかし社会を捕食のために利用する。

 

推奨進化ではありません。

個体名:玉織紬の社会適応目的、人格連続性、倫理判断、家族関係、政府協力関係に重大な影響を与える可能性があります。

==================

 

 私は、しばらく何も言えなかった。

 

 嫌なフレーバーテキストね。

 

 善を必要とせず、善人として振る舞う。

 

 社会性を本質的には持たず、社会を捕食のために利用する。

 

 それは、私が欲しかったものの最悪の偽物だった。

 

 私は、善人に見える皮が欲しかったわけではない。

 

 社会を食べるための社会性が欲しかったわけではない。

 

 相手の心を柔らかくして、都合よく好かれて、英雄みたいな顔で近づいて、道化みたいに笑わせて、弱っているところへ入り込んで、最後には食べやすい環境を整える。そんな器用で、効率的で、合理的な擬態が欲しかったわけではないのだわ。

 

 欲しかったのは、本物だった。

 

 本物の善性。

 

 本物の社会性。

 

 本物のコミュニケーション能力。

 

 本物の歯車としての居場所。

 

 たとえ私には一生届かなくても、届かないと分かった上でみっともなく手を伸ばして、失敗して、謝って、また失敗して、それでも少しずつ近づこうとする。その惨めで面倒くさい過程ごと、私は欲しかったのだと思う。

 

 喰界屍姫は、それを全部、捕食のための道具として再現できるのだろう。

 

 愛さなくても、愛される姿を作れる。

 

 善くなくても、善人として振る舞える。

 

 社会性がなくても、社会へ浸透できる。

 

 それはきっと、私よりずっと上手くやる。

 

 私が政府会議で五分もたずに床を溶かした場所で、完璧に笑うのだろう。私が配信で素を出して逃げた場面で、最後まで魅力的な道化を演じるのだろう。私が家族へ謝れず、変な言い訳を重ねて余計に怒らせるところで、相手の心が緩む言葉を自然に選ぶのだろう。

 

 それは、すごい。

 

けれど

 

 すごく、嫌だ。

 

 そんなものになってしまったら、私はたぶん、自分が何に憧れていたのか分からなくなる。

 

 私は本物が欲しかったのに。

 

 いつの間にか、本物を食べるための偽物になってしまう。

 

 その方が効率的だから。

 

 その方が傷つかないから。

 

 その方が社会に受け入れられるから。

 

 その方が、ずっと上手く生きられるから。

 

 怖い。

 

 心底、怖い。

 

 怪物になることそのものは、やっぱりどうでもいい。そこじゃない。私が怖いのは、社会の歯車になりたいという願いの中身が、いつの間にか「社会を食べるために社会性をまとう」へすり替わることだ。

 

 それは違うでしょう。

 

 私は、食べる仕事をもらった。

 

 政府が職歴になると言ってくれた。

 

 ママが喜んだ。

 

 朔が、前よりはマシだと言った。

 

 総理が、能力があるから人間として価値があるのではなく、仕事として能力を使うのだと線を引いてくれた。

 

澪も龍兄も自分の事のように喜んでくれた。

 

俊君もパパも柚姉もそれよりは劣るけど喜んでくれた。

 

 せっかくここまで来たのに。

 

 ここで偽の社会性へ逃げるのは、たぶん違う。

 

 私はウィンドウを睨んだ。

 

 暴食姫は駄目。燃費で国が死ぬ。

 

 領域屍姫は保留。魅了が危ない。捕食のみなら、いつか考えるかもしれない。

 

 転移屍姫は、現実的には一番良い。訓練は怖いし、壁の中にいる未来も嫌だけれど、社会の歯車としての用途が広い。ご飯のデリバリーもできる。いや、そこを最初に考えるな、玉織紬。

 

 私は深く息を吐いた。

 

 私は食べる。

 

 働く。

 

 社会の役に立ちたい。

 

 でも、食うためだけの何かには、まだなりたくない。

 

 その時、ウィンドウの最下部に、さらに一行だけ表示が滲んだ。

 

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【第四候補】

【■■龍■】

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 それを見た瞬間、胃袋ではなく、背骨の奥が冷えた。

 

 食欲とは違う何かが、私の中で小さく目を開けた気がした。




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次の進化先に欲しい能力

  • 暴食
  • 転移
  • 領域
  • 食った相手の能力ラーニング
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