【完結】VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです! 作:ちんこ良い肉
誘拐というのは、非常に合理的な制度なのではないかしら。
その日、私は空腹と現実と社会の三重苦に押し潰されながら、布団の中でそう結論づけていた。
だってそうでしょう。 誘拐されれば、少なくとも一時的には三食と寝床が保証されるのだわ。 運が良ければおやつもつく。 監禁場所にもよるけれど、たぶん実家よりは「食べるな」と怒鳴られない。 しかも、誘拐犯というのは普通、被害者を痩せ細らせて死なせるより、適度に健康へ保つ方向で動くはずなのよね。人質の価値が下がるから。 つまり――
「……実質、飼育じゃない」
私は布団の中でぽつりと呟いた。
そう、飼育である。 野生の珍獣たる私へ、誰かが責任を持って餌をやり、寝床を与え、場合によってはお風呂まで世話してくれるのだとしたら。 それはもう、かなり理想的な生活基盤と言って差し支えないのではなくて?
もちろん、普通の人間ならここで「いや、犯罪でしょう」とか「怖いでしょう」とか、そういう健全で常識的な発想へ至るのだろうけれど。 私の場合、その前に「で、ご飯は何が出るのかしら」が来るのよね。 困った仕様だわ。
「よし」
私は勢いよく布団をはねのけた。
決めた。 誘拐されよう。
いや、もちろん本当に物騒な意味ではないのよ。 もっとこう、平和的かつ建設的に、私という優良物件へ悪の組織の目を向けさせるのだわ。 そして相手が「しめしめ、こいつなら扱いやすそうだ」と判断した頃合いで、こちらも「しめしめ、これでしばらく飯に困らないわね」と笑う。 完璧なギブアンドテイクでしょう。
◇
まずは計画書を作った。
私はこういう時だけ妙に真面目なのだ。 ノートを開き、タイトルを書く。
【玉織紬ちゃん(26)の誘拐され計画】
「……うん。ちょっと可愛いわね」
自分で自分へうなずいてから、私は具体案を書き始めた。
一、いかにも誘拐しやすそうな感じを演出する。
二、ただし舐められすぎると雑に扱われるので、最低限の希少価値は出す。
三、できれば金持ちっぽい相手に狙われたい。餌の質が上がるため。
四、最悪の場合を考えて、誘拐された先の冷蔵庫までの最短導線を想定しておく。
五、可能なら「この個体、手放すと惜しいな」と思わせる。
「完璧だわ……」
我ながら、惚れ惚れする計画性だった。
問題は、どうやって「誘拐したい」と思わせるか、なのよね。 普通、誘拐犯が欲しがるのは、金持ちの家の娘とか、身代金になりそうな子供とか、そういう“市場価値のある人間”でしょう。 残念ながら私は二十六歳の無職寄り珍獣であり、そのへんの華やかさとはだいぶ縁遠い。
でも、だからこそ勝機もあるのだわ。
「珍獣需要って、たぶんあるのよね」
私は顎へ手を当てて考えた。
ほら、世の中には変わったものを飼いたがる金持ちがいるじゃない。 猛禽類とか、でかい蛇とか、意味不明に高い熱帯魚とか。 だったら、食費はかかるけれど顔はそこそこ良くて、異常に丈夫で、適当に餌を与えておけば妙に懐く女というのも、ある種の上客へ刺さる可能性はあるでしょう。
「よし。磨くか……商品価値を」
この辺りの発想が終わっている自覚は一応ある。 でも、背に腹は代えられないのよね。 私の背はともかく、腹は頻繁に代えられそうになるので。
◇
身だしなみは大事だ。
私は一応そこだけは理解している。 どんなに中身が粗大ゴミでも、包装紙が可愛ければ数秒は保つのよ。 だから私は黒髪を梳き、チョーカーをつけ、顔色をごまかし、パーカーの皺を伸ばし、できる限り「うっかり連れて帰ってもいいかな」感を出そうとした。
「……うん」
鏡の前の私は、わりと儚げで、わりと弱そうで、わりと騙されやすそうに見えた。 実際には胃袋がうるさいだけの害獣なのだけれど、そこは黙っておけばいいのだわ。
「これなら、いけるでしょう」
私は大きく頷いて家を出た。
向かう先は、ちょっと高級なスーパーの近く。 金持ちが多く、子供も多く、お菓子も売っていて、治安が悪すぎない絶妙なライン。 誘拐犯が本当にいるかは知らないけれど、いたとしても「この辺なら上物が釣れる」と思いそうな場所である。
そして私は、いかにも“ふらふらしていて隙だらけ”な感じで、そのあたりをうろうろし始めた。
ベンチへ座る。 自販機を見る。 コンビニを見る。 お菓子コーナーを見る。 うっかり本気でお菓子を買いそうになる。 駄目よ、今日は誘拐されに来ているのだから、そこで自腹を切ったら本末転倒でしょう。
「……来ないわね」
三十分経過。
私はベンチの上で小さく唸った。 おかしい。 こちらはこれ以上ないくらい隙だらけだし、しかも顔だけ見ればそこまで悪くない感じへ調整してある。 少なくとも一人くらい、怪しい白いワゴン車が来てもよくない?
でも、現実は非情だった。 近づいてくるのは近所のババアとか、犬の散歩をしている人とか、やたら礼儀正しい小学生ばかりである。
「紬ちゃん、何してるの?」 「……誘拐待ちよ」 「また変なこと言ってるー!」
子供は笑って去っていった。 笑い事ではないのだけれど。
◇
それでも私は諦めなかった。
日が傾き始めた頃。 ようやく、一台の黒い車が、すうっと私の前で止まったのだ。
「――っ!」
来た。 来たわ。
助手席の窓が、ゆっくり下りる。 中にいたのは、サングラスをかけた男だった。 いかにも怪しい。 いかにも「お嬢ちゃん、ちょっといいかな」とか言い出しそうな顔だわ。
私は内心で小さくガッツポーズした。
勝った。 ついに、私の時代が来たのだわ。
男が口を開く。
「すみません、道を――」 「はい行きます!!」 「……え?」 「え?」
数秒、沈黙が落ちた。
男は道を聞きたかっただけだった。
私はものすごく気まずかった。 男もたぶん気まずかった。 でも私は、ここで引き下がるわけにはいかない。
「いや、違うのよ、今のはその……」 「だ、大丈夫です」 「大丈夫じゃないでしょう!? こっちも人生かかってるのよ!!」 「何がですか!?」 「食事よ!!」
男は窓を閉めて去っていった。 ひどいでしょう。 困っている女性を見ておいて。 いや、困らせたのはたぶん私なのだけれど。
◇
その後も、私は何度かチャンスらしきものを掴み損ねた。
一度など、後ろから腕を掴まれたので「ついに来たわね!」と振り向いたら、ただのママだった。
「紬、あんた何してんの」 「誘拐待ちよ」 「死ね」 「ひどくない!?」 「スーパーの前で半日うろうろしてる黒パーカーの女がいたら、普通に通報案件でしょうが!」 「私は夢を見ていただけなのよ!」 「見るなそんな夢!!」
私は首根っこを掴まれ、そのままずるずる引きずられて帰宅した。 夢も希望もなかった。
◇
その夜。 私は布団の中で丸くなりながら、今日一日を反芻していた。
結論から言えば、計画は失敗だわ。 私は誘拐されなかった。 誰も私を連れて行かなかった。 金持ちの変人も、悪の組織も、白いワゴン車も、結局、私という物件へ投資しようとはしなかったのだ。
「……何でよ」
私は毛布へ顔を埋めた。
いや、分かってはいるのよ。 現実的に考えれば、誘拐というのはもっとこう、金とか復讐とか、そういう明確なリターンがあるから成立するのであって。 私みたいな食費ばかりかかる珍獣を連れて帰ったところで、犯人側に何の得もないのだわ。
むしろ、誘拐した側が後悔するでしょうね。 三日も持たずに冷蔵庫が壊滅するし、たぶん車も食われるし。
「…………」
私は少しだけ、考えた。
ひょっとして。 誰も私を誘拐しなかったのではなく。 “できなかった”のではなくて? つまり、無意識のうちに生き物としての危険性が漏れていて、まともな本能の持ち主ほど私を避けた可能性が――
「……いや、無いわね」
それはさすがに自己評価が高すぎるでしょう。 単に市場価値が無かっただけだわ。 うふふ。 笑えない。
でも、そこでふと、私は別のことに気づいたのよね。
そもそも私は、誘拐されたかったわけじゃないのだ。 ただ、餌をやってくれて、寝床をくれて、適度に世話してくれて、面倒を見てくれて、見捨てず、殺さず、できれば少しだけ甘やかしてくれる場所が欲しかっただけで。
「……それ、おばあちゃん家では?」
私は天井を見上げた。
そうだったわ。 最初からあったじゃない。 この世で唯一、ほぼ無条件で私へご飯を出し、呆れながらも受け入れてくれる絶対的サンクチュアリが。
「誘拐犯、要らなかったわね……」
あまりにも根本的な結論だった。
私は布団の中で深々とため息を吐いた。 人生、遠回りが多すぎるのよね。 食欲が絡むと、特に。
その時、部屋の外からママの声が飛んできた。
「紬! 明日、おばあちゃん家に顔出すなら、ついでに米持っていきなさい!」 「……はぁい」
返事をしたあと、私は小さく笑った。
誘拐計画は失敗した。 でも、まあ。 結果的に明日は、おばあちゃん家でご飯が食べられる。
だったら今日は、それで十分ということにしておきましょうか。
「……うふふっ。実質、成功ね」
全然成功ではない。 でも、そういうことにしておかないと、私の人生はわりとすぐ破綻するのだわ。
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