【完結&3章リメイク中】VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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本日間違えてもう既に出した話を投稿してしまいました。申し訳ありません。ここまで読んでついていただけてとても嬉しいです!


書き換え済み 玉織・スマブラ

 

河村澪という女には、弱点がある。少なくとも私はそう思っていたし、幼少期から二十年以上にわたって観察してきた幼馴染として、そこにはそれなりの自信があった。馬鹿みたいに他人へ感情移入する、虫が死んでも泣く、人間が傷つけばもっと泣く、ついでに私みたいな害獣まで愛護対象へ含める、そういう致命的な欠陥についてなら百個くらい挙げられる。でも、スマブラが弱いとは一言も言ってないのよね。

 

「ちょ、待っ、またそれ!?」私の操作するピンク玉が吸い込みを始めた瞬間、澪のキャラがぺちっと小足みたいな攻撃を差し込んできた。吸い込み中断、そのまま細かい攻撃をぺちぺちぺち、こっちが苛立って大技をぶっぱなせば見てから潰され、崖へ逃げても何故か先回りされる。派手なコンボでも超絶技巧でもない、ただひたすら小技を刻まれて負けるという、もっとも腹の立つ種類の処刑だった。

 

「澪、あなた性格悪くなったんじゃない?」私が恨みがましく睨むと、隣の女は「そうですかぁ?」といつもの柔らかい顔で首を傾げた。その間にも小足、小足、小足、投げ、復帰阻止で、私のカービィが星になって吹っ飛んでいく。こいつ、昔は芋虫一匹死んだだけで泣いていたくせに、今は幼馴染のピンク玉を殺す時だけ一切の慈悲がない。

 

 画面に敗北の文字が出て、私はコントローラーを腹の上へ放り出した。隣を見ると、金髪美人の現役医師が満足そうにお茶を飲んでいる。昔はこいつだって相当なアホだったし、一般社会へ適合できるかという尺度なら明らかに私より上だったとはいえ、そこまで圧倒的な差があった気はしない。それがどういうわけか、片やお医者様、片や平日の昼間から幼馴染の家でカービィをボコられている無職である。

 

「人生、逆転したわねぇ」私がそう言うと、澪はカップを口元へ運んだままこちらを見た。いや、逆転という表現だと昔は私が勝っていたみたいでだいぶ図々しいかもしれない。せいぜい同じスタート地点の近所をうろうろしていた二匹のうち、一匹が医者になって、一匹が野生へ帰ったくらいの話だった。

 

 私だって、別に最初から無職を志していたわけじゃない。お医者さんになろうと思った時期くらいあるし、そのために勉強して、受験して、自分なりに頭を使って、嫌なものを我慢して、何度もどうにか社会の正規ルートへ身体をねじ込もうとした。結果から逆算すれば、現在の私の肩書きは無職なので、まあ、そういうことである。

 

「全部、無駄だったわ。ギャハハハハ!」自分で言って、自分で笑った。笑った方が安いのよね、こういうものは。努力しました、駄目でした、でも努力したことには価値がありますなんて綺麗に包装するより、ゴミ箱を指差して「これ全部ゴミでーす」と言ってしまえば、少なくとも包装紙代は浮く。

 

「無駄じゃない」澪が言った。さっきまでの、語尾に砂糖でも混ぜたような「そうですかぁ」と同じ人間の声には聞こえなかった。私は思わず隣を見ると、澪はコントローラーを膝へ置いたまま、笑っていなかった。

 

「……何よ、その口調」嫌な記憶が蘇った。小学生の頃、私が右目を押さえて「封印が疼く」とか言い始めた時、この女はまったく同じ目をして『紬、やめろ。それは十年後、確実に君の黒歴史になる』と言った。ちなみに昨日、私がINMKINGへ例の動画をアップしようとした時も、ほぼ同じ顔で無言のままスマホを取り上げている。

 

「十年後ならもっと図太くなってるってのに、大げさねぇ」私は笑ったけれど、澪は笑わなかった。それどころか額にうっすら汗まで浮いている。何よ、怖いんだけれど、この女が人類の存亡でも背負ったみたいな顔で私の受験歴を見てくるの、やめてもらえるかしら。

 

「まず、君の葬列に私と家族以外は来ないだろう、という話。あれは済まなかった」澪は唐突に、ずっと昔の傷口を掘り返してきた。あまりにも予想外の角度から包丁が飛んできたので、私は一瞬何を言われたのか分からなかったが、理解した瞬間、普通に腹が立った。謝罪の形を取れば昔の暴言が無罪になると思ったら大間違いである。

 

「そういう勘の鋭い君には、変な慰めや嘘は通じないと思っていたから、本音を言ったつもりだった。でも、本音の方が間違っていた」澪はそこで一度、唇を噛んだ。こいつが言葉を選ぶのは珍しいし、私へ言葉を選ぶのはさらに珍しい。「私が生まれついての全生愛者みたいな異常者であることを差し引いても、君の足掻きは称賛に値する。少なくとも今なら、身内の外にも、君の死を喪失として受け取る人間はいる」

 

「無駄だったわよ」私は言った。医者になれていない、社会人として立派になれていない、試験へ突っ込んだ時間も、覚えたことも、胃を痛くした夜も、現在の肩書きへ換金できなかった。「無駄無駄。無駄む――」と続けようとしたところで、隣から声が飛んできた。

 

「無駄じゃない!」澪が、怒鳴った。コントローラーが膝から落ちて、カーペットの上でごとりと鳴る。私は反射的に肩を揺らし、この女がこんな声を出せたことにまず驚いた。

 

「誰が言った、そんなこと。結果が出なかったから無駄だと、誰が決めた」澪は私を睨んでいた。いつもの、怪我人を安心させる医者の顔でも、虫へ血を分け与えかねない聖女の顔でもなく、本気で腹を立てている人間の顔だった。「それがルールで、摂理で、システムで、運命で、真実だったとしても知るものか。そんなシステムどもより私の方が偉い、正しい、強い!」

 

 私は瞬きをした。この女、いま何て言ったのかしら。世界の摂理に対して、自分の方が偉いと言ったわよね。善性の完成品として私の前方五百キロくらいを走っていると思っていた幼馴染が、突然コースアウトして荒野をバイクで走り始めた。

 

「世界なんかが認めなくても知らん。世界が間違っている、その一言で終わりだ!」完全に入っていた。何かが。小学生の私が封印されし右目を疼かせていた時ですら、ここまで堂々と世界へ喧嘩を売ってはいなかったと思う。

 

「君は、私にはできない足掻きをした」澪の声はまだ荒かった。生まれついての性質と、自分の苦手なものと、何度失敗しても同じようには生きられないという現実へ、それでも噛みついたのだと澪は言った。「怠惰だろうが、クズだろうが、害獣だろうが、それを自分の仕様だと諦めず逆らった。誇れ、玉織紬、その足掻きを、その努力を、その意思を」

 

 困ったことに、笑えなかった。こういう時は「善人様は言うことが違いますねぇ」と茶化して終わるのが私の得意技なのに、喉のところで言葉が引っかかった。だってこの女、私が自分へ貼ってきた「怠惰なクズ害獣」というラベルを剥がそうとしているんじゃなくて、貼ったまま褒めやがったのだ。

 

「私が異常者じゃなかったとしても、私は君を肯定する」澪は言った。「君の葬列で泣くし、君の死を最悪の喪失だと思う。それは医者になれたからでも、何かを成し遂げたからでもなく、君が足掻いて、失敗して、それでも今日まで玉織紬として生きてきたことを知っているからだ」

 

 それから数秒の沈黙があって、澪は急に目を逸らした。さっきまで世界の摂理を殴り倒す勢いだった女が、ぽりぽりと頬を掻いている。耳が、笑えるくらい真っ赤だった。

 

「……でも、自分を肯定するのって難しいよなぁ……」澪がぼそっと言った。口調まで完全に壊れていた。私はそこでようやく、胸の奥に刺さっていたものより、目の前にぶら下がった格好の獲物を優先できるくらいには平常運転へ戻った。

 

「……何その口調。遅れてきた厨二病?」澪の肩がびくっと跳ねた。目を逸らす、耳は赤い、さっき自分が吐いた大演説を思い返しているらしく顔までじわじわ赤くなる。ああ、駄目だ、これは弄らなければ人として嘘でしょう。

 

「へえええええええええ」私は身体を寄せた。逃げようとする澪の肩をがっちり掴み、耳元で可能な限りねっとり囁いてやる。「『そんなシステムどもより私の方が偉い! 正しい! 強い!』うっひゃああああ、カッコいい! 私も明日から右腕に包帯巻こうかしら!? 澪先生の眷属第一号として!」

 

 澪はしばらく黙っていた。耳まで真っ赤にしたまま俯いているので、完全に勝ったと思ったのよね。私はさらに肩を揺すって、「世界より偉い澪先生、次はどの摂理を倒すんですかぁ」と追撃しようとした。

 

 そこで澪が、無言でスマホを取り出した。

 

「……もしもし、朔さん?」

 

 血の気が引いた。

 

「紬さんがですね、今――」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」私は澪の腕へ両手でしがみつき、人生でも上位に入る速度で謝罪した。やめて。朔へ言うのは違うでしょう。幼馴染同士の戯れを、あの冷酷無比な妹へ提出するのは兵器転用なのだわ。

 

「さっきまで随分楽しそうでしたけど?」澪はスマホを耳へ当てたまま、にっこり笑った。口調はもう完全にいつもの澪へ戻っている。さっきまで世界の摂理より自分の方が偉いと叫んでいた女とは思えないほど、慈愛に満ちた穏やかな笑顔だった。

 

「違うのよ澪ちゃん、あれはその、幼馴染特有の親愛表現というか、あなたの素晴らしい演説を後世へ残すための文化保存活動というか――」

 

「朔さん、紬さんが私のことを『遅れてきた厨二病』って」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 澪先生は世界より偉いです! 正しいです! 強いです!」

 

 電話の向こうから何か低い声が聞こえた気がしたので、私は床へ額がつきそうな勢いで頭を下げた。どうしてこうなった。三十秒前までは完全に私が優勢だったはずなのに、医者という生き物は敗北寸前から相手の急所へ電話一本で致命傷を与える技術まで学ぶのかしら。

 

 澪はひとしきり私を震え上がらせてから、結局、朔へ事情の全部までは話さなかった。電話を切ったあとも口元だけは笑っていて、私が恨みがましく睨むと「世界より私の方が偉いらしいので」と涼しい顔で返してきた。覚えていなさいよ、と言いたかったけれど、もう一度電話を手に取られたのでやめておいた。

 

 だから、あいつが何を言いたかったのかについて、私は最後まで返事をしなかった。無駄だったと思っているし、たぶん明日になっても思っているでしょうね。努力というものは結果へ変換されなければ腹の足しにもならないし、履歴書の空白を埋めてもくれない。

 

 でもまあ、私が死んだ時に半身を砕かれたように泣くと豪語した変態が、今度は世界の摂理へ喧嘩を売ってまで「あれは無駄じゃない」と言うのなら。全部が全部、ゴミだったことにするのは、少しくらい後回しにしてやってもいいのかもしれない。少なくとも今日のところは、世界より偉いらしいお医者様へスマブラで一勝するまでは、生きていてやろうと思った。




後編は本日10時に上げます。
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