【完結&3章リメイク中】VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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リメイク済み 玉織・ダンジョン

 

玉織・ダンジョン

 

 ダンジョン探索はソロに限る。これは別に友達がいないとか、パーティを組むためのコミュニケーションが面倒とか、報酬分配の話をするだけで胃が痛くなるとか、そういう後ろ向きな理由ではない。私は孤独を愛するハードボイルドな女なのだわ。誰にも背中を預けず、誰にも媚びず、ただ一人で迷宮の奥へ消えていく――そう言えば、ぼっち探索もだいぶ格好よく聞こえるでしょう。

 

 だから入口をくぐって十分後、背後からやけに軽い足音がずっと付いてくることへ気づいた時、私は聞こえないふりをした。右へ曲がる。付いてくる。左へ曲がる。付いてくる。わざと行き止まりへ入って引き返すと、金髪の女も壁を眺めながら何食わぬ顔で方向転換した。

 

「……澪」 「はい?」 「ついてくるな」 「美味しいですか?」

 

 会話が成立していない。河村澪は、私がさっき仕留めた狼型の魔物の前脚を齧っているところを、いつもの綺麗すぎる笑顔で眺めていた。いや、眺めるな。私は今、ダンジョンの床へしゃがみ込んで狼の骨ごと肉をばりばり食っている最中なのよ。

 

「一般人は来ちゃ駄目でしょうが、こういう危険地帯に。私はいつもソロなの。ハードボイルドな女なのよ」 「紬さん、ハードボイルドって一人で生肉を食べることでしたっけ?」 「細部へ突っ込むんじゃないわよ。とにかく帰りなさい。ほら、五百円あげるから。ジュースでも買って帰れ」

 

 私はポケットから五百円玉を出し、澪の掌へ押し付けた。二十六歳の女が同い年の幼馴染へ渡す帰宅報酬としては、我ながら舐め腐った金額だと思う。でも五百円あればコンビニで何か飲めるし、少し足せばおにぎりだって買える。私なら普通に嬉しい。

 

「わあ、やったぁ。ありがとうございます」 「よし。じゃあね」 「はーい」

 

 澪は手を振った。私は奥へ進んだ。これでいい。一般人を危険地帯へ連れ回して、万が一何かあったら寝覚めが悪いし、澪は私の葬式で泣くという重要業務を残している。こんな場所で死なれては困るのだわ。

 

 それから十五分後、私はそんなことを全部忘れた。食欲というものは、幼馴染の安全管理より強かった。

 

「うっめ、これうっめ! うっめえええええ! 何喰っても美味すぎる! 食われるために作られてるのこれ!?」

 

 目の前にいた甲殻型の魔物を両腕で抱え込み、殻ごと噛み砕く。硬い。けれど硬さの奥から、蟹味噌と牛脂と焦がしバターを同時に濃縮したみたいな旨味が溢れてきた。私は夢中で脚を一本ずつ引きちぎり、最後に胴体を丸ごと【存在捕食】へ放り込む。

 

『──存在情報の捕食を確認。ステータスへ変換します』 『──捕食対象の特性を一部反映しました』

 

 身体の奥へ熱が走った。攻撃、耐久、魔力、それからよく分からない耐性まで少しずつ増えていく。美味しい。強くなる。腹へ入る。こんな三拍子の揃ったシステムを考えた奴、食欲というものを理解しすぎでしょう。

 

 次に襲ってきたのは、花弁の中央へ牙を生やした植物型だった。噛んでみる。うまい。青臭さの奥に蜜みたいな甘みがあり、茎はアスパラと筍の中間みたいな食感で、根っこに至ってはごぼうを肉汁へ漬け込んだみたいな謎の完成度をしている。

 

「植物型もうっま! 何よこれ、サラダ枠まで完備してんの!? 迷宮ってもしかして巨大な食べ放題会場なのかしら!」

 

 機械型も来た。普通ならそこで食事判定から外れるはずなのに、今の私には【悪食】と【存在捕食】がある。銀色の腕へ噛みつくと、鉄の味の向こうから妙に香ばしい電気みたいな刺激が弾け、魔力回路の部分だけは炭酸菓子みたいに舌の上でぱちぱちした。

 

「機械型まで美味え! どうなってんのよ! 全部食える! 全部美味い! 最高じゃないのぉぉぉ!」

 

 私は笑いながら食った。噛む。砕く。飲み込む。【存在捕食】でステータスへ変換。食って強くなって、強くなった身体で次の魔物を倒し、さらに食う。グールを選んだ時に夢見た「美味いものを食うために美味そうなものを食う永久機関」が、いつの間にか洒落にならない規模で完成していた。

 

「美味しいですか?」 「うん! めちゃくちゃ美味――」

 

 私は止まった。ゆっくり振り返る。三メートル後ろで、河村澪がスマホを横向きに構えていた。

 

「もうちょっとその幸せなお顔をお願いします。はい、そのまま、そのまま――」  パシャ。 「……お前」

 

 澪は満足そうに画面を確認した。映っているのは、植物型の太い茎を口いっぱいへ突っ込み、頬を膨らませ、目を輝かせている私だった。人類史上もっともハードボイルドから遠い顔をしている。

 

「五百円やったでしょうが! 帰れって意味で!」 「えへへ。帰りましたよ?」 「どこへ!?」 「入口方向へ三十メートルくらい」 「それを帰ったとは言わないのよ! この馬鹿のピーチ姫! 自分からクッパ城の奥へ来る姫がどこにいるの!」

 

 私の怒声に反応して、奥の暗がりから何か巨大なものが動いた。四本腕。二つの頭。全身に黒い甲殻。そこそこ強そう。普段なら「おっ、デカいご飯」と喜ぶところだけれど、今は背後に一般人が一匹いる。

 

「……帰るわよ」 「えっ、もうですか?」 「もうじゃないわよ。万が一あなたが死んだら困るでしょうが。弱いくせに何で付いてくるのよ」

 

 一応、七歳の頃、私が空腹でぶっ倒れた時に、こいつが自分より重い私を背負って十キロくらい歩いたことはある。その後、澪自身がぶっ倒れて三日間意識を失ったので、私の中では「根性だけは意味不明にあるけど普通に弱い」という評価で固定されている。昔から善意の使い方がおかしいのよ、この女。

 

 私は澪の腰へ腕を回し、そのまま荷物みたいに肩へ担いだ。「わあ」と呑気な声が上から落ちてくる。巨大魔物が吠えたので、床を蹴った。壁が後ろへ吹き飛ぶような速度で通路を逆走しながら、私はさっきから少しだけ引っかかっていたことを口にした。

 

「そういや私、普通に魔物喰ってるけど大丈夫かしら。今さらだけど」 「それは罪ではないですよ」 「そう?」 「食わねば死ぬ。美味しいものを食べたいというのも幸福追求です。食事は素晴らしいシステムですよ。生命が外界から幸福と栄養を同時に取り込める、かなりよくできた仕組みです」 「そうよね!」

 

 思わず全力で同意した。さすが澪。こういう時だけ妙に話が分かる。食事は素晴らしい。美味しい。生きられる。幸せになる。世界に食事という仕様を実装した奴だけは褒めてやってもいい。

 

「――喰われる側の死と苦痛と恐怖を度外視すれば、だが」 「今なんか小声で呪詛を付け足さなかった?」 「気のせいですよぉ」

 

 肩の上で澪がにこにこしている。こいつの笑顔、昔からたまに底が見えないのよね。私は気味が悪くなったので走る速度を少し上げた。

 

 そのまま二つほど分岐を抜けたところで、ふと思い出した。そういえばこいつ、帰ってきてから私の前で何か食べているところをほとんど見ていない。医者なんて忙しい職業をしているくせに、食事まで抜いていたら普通に身体を壊すでしょう。

 

「あなた、帰ってきてから何か喰ってるところ見てないけど大丈夫なの?」 「失礼ですね。ちゃんと栄養は取っていますよ」 「ほんとかしら」 「これが栄養取ってない奴の乳ですか?」

 

 肩の上で、澪が胸を張った。ドヤァ、という擬音が本当に見えた気がする。腹立たしいことに説得力だけはあったので、私は三秒ほど黙ってから「栄養状態を乳で証明する医者、初めて見たわ」と返した。

 

 また少し走る。さっきまでの冗談が頭へ残っていたからなのか、私は昔の澪を思い出した。こいつは子供の頃から、虫一匹死んだだけでも本気で落ち込むような女だった。だから、魔物とはいえ私が目の前でばりばり殺して食っているのを、あまりにも普通に眺めていることが少し不思議だった。

 

「そういや、あなた殺しとか大嫌いだったでしょう。大丈夫なの?」 「……大丈夫じゃなかった時もありますよ」

 

 返ってきた声だけ、ほんの少し温度が違った。私は走りながら眉を上げる。澪は私の背中越しに前を見たまま、妙に静かな調子で続けた。

 

「色々あったんですよ。食事を筆頭に、戦争、領土、資源問題みたいに、どう足掻いても片方しか幸せになれない二律背反。どれだけ頑張っても、足掻きが報われる保証のない不確実性。全生命が幸福になることは不可能だ、という現実。昔は、ああいうものを前にすると結構困りました」 「……何その急に重い話」

 

「……スケールでかくない?」 「でもまあ、今は大丈夫です」 「どうやって折り合いつけたのよ」 「現実とかいう、しみったれた面したイキリ馬鹿へ怒声と罵声を浴びせて、横っ面を二、三発ひっぱたけば大人しくなりますから」 「比喩が攻撃的すぎるでしょう」

 

 何なのよ、それ。医者になってからストレスが溜まっているのかしら。患者には言わない方がいいわよ、と忠告しようとしたところで、澪が「あ、そうだ」と楽しそうに声を弾ませた。

 

「トロッコ問題ってあるじゃないですか」 「あるわね。五人と一人のどっちを助けるとかいう、性格の悪いクイズでしょう?」 「あれ、正解あるんですよ」 「あるの?」

 

 肩の上から、澪の顔がぬっと横へ出てきた。笑顔だった。めちゃくちゃ笑顔だった。

 

「一度、紬さんが答えを出してるんですけどね。出題してドヤってる馬鹿のドヤ顔に顔面右ストレートぶち込んで、髪の毛掴んで顔面崩壊するまで膝蹴りぶち込んで、『死ねクソ共』ってトロッコに投げつけて、線路ごと両方爆散させることです」 「問題へキレるにしても火力が高すぎるのよ! あと私そんな回答した!?」 「しましたよぉ。細部は私がちょっとだけ盛りましたけど」 「ちょっとの範囲を越えてるでしょうが!」

 

 澪はくすくす笑っている。私は頭が痛くなった。昔からこいつは私の黒歴史を妙な角度で保存しているけれど、最近はそこへ勝手な増築まで始めている気がする。

 

 やがて、遠くに入口の光が見えてきた。その直前で、澪が何でもないことみたいに言った。「それに、そもそもこの魔物たちは生き物じゃないですしね。AIで制御されて、それっぽく苦しんだり逃げたりしているだけです。少なくとも、この迷宮で今出ている個体は」

 

「……先に言いなさいよ! 私さっきちょっとだけ罪悪感持っちゃったでしょうが!」 「持ったんですねぇ」 「あるわよそのくらい! 私を何だと思ってるの!」 「魔物を見て『うっめえええ』って叫びながら頭から食べる人」 「事実で殴るな!」

 

 入口を抜け、安全区域まで来たところで私は澪を地面へ下ろした。怪我なし。欠損なし。服も無事。私の方は食べかすと魔物の汁でかなり酷いことになっていたけれど、まあいつものことなので問題ない。

 

「はい、ここまで。今度こそ帰りなさい。あと五百円返せ」 「え?」 「え、じゃないわよ。帰宅用に渡したのに帰ってないでしょうが。契約不履行よ。返金しなさい」 「やです」

 

 澪はぺろっと舌を出した。その顔には、五百円を返す意思が一ミリも見当たらない。

 

 次の瞬間、走った。金髪を揺らしながら、ものすごく楽しそうに入口広場を駆けていく。私は数秒、呆然とその背中を見送った。

 

「……あいつ、割とクズでは?」 「紬さんにだけは言われたくないでーす!」

 

 遠くから即座に返ってきた。腹立たしいけれど、そこだけは否定しづらいのだわ。




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