VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです! 作:ちんこ良い肉
やあ、つむちゃん。
その一文だけで、私はかなり嫌な顔をしたと思う。
姉からの連絡というものは、普通ならもう少し温かいものなのかもしれない。元気にしてる? 最近どう? ちゃんとご飯食べてる? そういう、家族らしい柔らかい言葉が飛んできてもいいはずなのだわ。
でも、玉織柚(ゆず)は違う。
あの女から連絡が来る時は、だいたい嘘か、厄介事か、嘘で包んだ厄介事か、厄介事で煮込んだ嘘なのよね。しかも、本人はそれを善意の顔で出してくる。にこにこしながら毒饅頭を差し出して、「毒も経験だよ」とか言いそうな女なのだわ。そこがまた嫌なのよね。渡されたら私は食ったけど。
私はお布団の中で、ものすごく嫌な予感を抱えながら画面を開いた。
『つむちゃん、海外来てくれよ。ちょーーっとヤバい化け物が封印されてるの見つかってね』
「ファッキュー」
即答だった。
もちろん、画面越しなので声に出しただけだ。返信はしていない。していないけれど、心の中ではもう二十回くらい中指を立てている。
海外。
無理でしょう。
日本人相手にすら、言語は通じても言葉は通じていないのよ、私は。コンビニで「袋いりますか」と聞かれて「あっあっあっあっ」と返しそうになる女が、海外の人間相手に何をどうすればいいのかしら。英語? 英語なんて、中学の頃に「アイアムハングリー」だけで人生の大半を押し通そうとして先生に泣かれた記憶しかないわ。
だいたい、私は日本語ですら怪しいのだ。社会性が絡むと、母国語が急に異国語になる。偉い人の前で喋る時なんて、脳内の辞書が全部「すみません」と「お腹空きました」と「帰っていいですか」だけになるのよ。そんな女が国境を越えるなんて、あまりにも無謀でしょう。
いや、一応、行ったことはあるのよね。
三日前に。
◇
きっかけは、いつも通り家中の家事をやっている朔のケツだった。
あの女、性格は最悪だし、口は悪いし、私への暴力はだいたい即死圏内だけれど、家事能力は本当に高い。洗濯物を畳み、床を拭き、鍋を洗い、冷蔵庫の中身を管理し、私がつまみ食いしようとする手を見ずに叩き落とす。パパママ大好きだし、料理もクソうめえ。あれはもう一種の職人芸だわ。
で、私は思った。
美味そう、と。
いや、違うのよ。違わないけれど違うの。エリュシオンオンラインで、一度だけ朔を食ったことがあったでしょう。アバターの朔。あれが、信じられないくらい美味かったのだわ。肉質が締まっていて、暴力性が味に乗っていて、噛めば噛むほど「こいつ絶対に私を殺す気だわ」という旨味が出る。しかもエリュシオンオンライン内の味は、現実を参考にしている。
つまり、現実の朔も美味い可能性が高い。
でも、さすがに朔本人は食えない。食ったらたぶん家族会議では済まないし、そもそも返り討ちで太陽に投げ込まれる。あの女ならやる。比喩ではなく、たぶん物理でやる。玉織家では、太陽がちょっと遠い焼却炉くらいの扱いになっている節があるのよね。
そこで私は、天才的な折衷案を思いついた。
朔が入った風呂の水なら、セーフでは?
天才かしら。
食わずに味を楽しめる。肉体を傷つけない。浴槽内の成分だけをいただく。倫理的にもギリギリ……いや、ギリギリではないわね。だいぶアウト寄りね。でもその時の私は、朔汁という最低の単語に脳を支配されていたのだわ。
こういう時の私は本当に駄目なのよね。善悪判定はある。あるのに、目の前の欲望が「これは検証です」「これは食文化です」「これは家族間コミュニケーションです」とか言い出す。私の脳内弁護士、たぶん資格を剥奪された方がいいわ。
結果。
風呂場で浴槽へ顔を突っ込み、ずずずずず、と啜りながら、
「朔汁うんめえ!」
と叫んでいるところを本人に見られた。
終わった。
朔は無言だった。無言で近づいてきて、次の瞬間、裏拳が飛んできた。
「テメエは太陽系から出て行け! この宇宙に貴様の居場所はねぇ!」
名言だったと思う。
迷言でもある。
そして私の首は、身体から離れて空を飛んだ。
ついでに、首から下の身体は朔がギャリック砲みたいな黒い奔流で消し飛ばしたのが見えた。自分の胴体が爆散するところを自分の生首視点で見る経験、普通は人生で一回もないでしょうね。私もできれば一回も経験したくなかったわ。
朔の裏拳で生首だけが大気圏を抜けかけ、よく分からない軌道を描き、最終的にイギリスへ落ちたのだわ。
ほんとうに何なのかしら、玉織家の制裁。国際問題にならないだけ偉い……偉いのかしら。たぶん偉くないわね。少なくとも、外交文書に「妹の風呂水を飲んだ姉の生首が貴国へ落下しました」と書かれる可能性があった時点で、だいぶ終わっている。
そこからが大変だった。
身体がない。
金もない。
言葉も通じない。
あるのは生首と、髪の毛と、異常な再生能力だけ。
私は髪の毛を【身体変性】で動かし、蜘蛛みたいに地面を這った。屋台の匂いを頼りに移動し、食べ物を探し、身体を再生させるためにとにかく食った。屋台のおじさんたちは、私を見るたびに気絶した。
なんでかしら。
生首が髪の毛で歩いてきて「フード、プリーズ」と言っただけなのに。
いや、まあ、私でも気絶するかもしれないけれど。そこは一応、文化の違いということで許してほしいわ。日本ではあまり見ないかもしれないけれど、海外ならこういう妖怪の一つや二つ、いるのではなくて?
金がなかったので、仕方なく片目をくり抜いて置いていった。
たぶん研究材料になるでしょうし、十分お代になるはずだわ。むしろお得では? 私の眼球、政府研究機関なら普通に欲しがりそうだし。社会の歯車として、現地の学術発展に寄与したと言っても過言ではない。
……まあ、店主がさらに気絶していたので、交渉が成立したかは怪しいのだけれど。
食べ歩きながら二時間ほどかけて身体を再生した。
なお、鰻のゼリー寄せ筆頭にいうイギリス料理は、クソ不味かった。
正確には、食べられないほどではない。でも、味が「食材同士が互いの長所を殺し合ったうえで、最後に冷蔵庫で反省せず固まった」みたいな方向なのよね。あれを郷土料理として守ってきた精神性は尊敬するけれど、尊敬と美味しさは別だわ。
フィッシュアンドチップスはまだ偉かった。油と芋と魚は、世界のどこでもだいたい一定の説得力がある。けれど、全体的に「お前ら、食材へ何か恨みでもあるの?」と聞きたくなる瞬間が多かったのよね。私みたいに何でも食べる女が言うのも何だけれど、料理というものには、食材への最低限の礼儀が必要なのだわ。
その後は、まあ色々あった。
公僕連中に捕まる。 珍獣として動物園に展示される。 宗教の御神体扱いされる。 裏格闘場へ突っ込まれる。 地下アイドル、しかもソロで歌わされる。 人体実験される。 悪魔崇拝の対象にされる。 最終的に、何かよく分からない国際的判断でICBMに詰められ、日本へ送り返される。
長くなるので省略する。
省略するけれど、地下アイドルだけはちょっと惜しかったわね。歌は上手かったらしいのだわ。自覚はないけれど。観客の大半が泣いていたし、何人かは改宗していた。あれ、たぶん歌唱力ではなく、私の存在そのものから出る何かに脳をやられていた可能性があるけれど、褒められたことに変わりはないので、そこだけは少し嬉しかった。
まあ、それはいいわ。
◇
問題は、玉織柚である。
奴は嘘つきだ。
そして、サイコパスの診断が下りている。
良心や共感性の欠如。他者の心理操作に長ける。平然と嘘をつく。人を試す。価値観をひっくり返す。そういうサイコパス特徴を、かなり綺麗にコンプリートしている女だわ。
ただし、家族からの渾名はサイコパス(笑)。
何故か。
行動だけ見ると、だいたい善人だからである。
柚姉は、子供の頃にキリストの伝記を読んで、こう言った。
『多分、彼、サイコパスだねえ』
家族全員が沈黙した。
当たり前でしょう。いきなり何を言っているのよ、この女。宗教棒でボコるなら柚姉だけにしてほしい。今回はマジで珍しく私悪くないのだから。
でも柚姉は、妙に澄んだ顔で続けたのだ。
『彼の行動パターンは、私がやりそうな行動とほぼ一致している。既存の価値観じゃどうしようもない弱者へ、“弱者だからこそ救われる”という価値観をぶち込んで、扇動し、洗脳し、世界の見方を変える。かなり私と近い思考回路だ』
完全にヤバい発言だった。
けれど柚姉は、そこで終わらなかった。
『でも、彼は間違いなく弱者を救うために戦った。彼の知能なら、弱者を食い物にすることもできたのに、それを一切せず、最後は磔に自らなってペテンを完成させた。……美しい。サイコパスでありながら、徹頭徹尾、利他のために動いた。内心がどうあれ、行動が善なら、それは善人だ』
そして、こう言った。
『私もああなりたい』
そこから、玉織柚は善行を積み始めた。
嘘はつく。平然とつく。人を騙すし、試すし、価値観をいじるし、心理操作もする。けれど、最終的な行動だけ見れば、弱者を助け、貧困地帯で教化活動をし、救われない人間へ手を差し伸べている。
教祖。
無神論者のペテン師。
嘘そのものを愛していて、神などいないと思っていて、キリストすらペテン師だと思っているくせに、そのペテンの完成度と献身へ本気で敬意を抱いている女。
神が救わないなら私が救う。
柚姉は、たぶん本気でそう思っている。
だから厄介なのよね。
減点方式だとクソ以下の龍兄と違い、柚姉の減点要素は嘘つきなことくらいしかない。いや、嘘つきという一点がかなりデカいのだけれど、行動だけ見れば、無害どころか有益な善人と言うしかないのだわ。
それが、少し羨ましい。
知能とコミュ力の低いサイコパス、と言うべき私にとって、行動だけでも善となれるのは、かなり眩しい。私なんて善悪判定は真っ当なのに、行動がカスへ寄ることが多い。分かっているのに冷蔵庫を食う。分かっているのに人のものを売ろうとする。分かっているのに、目先の飯へ手が伸びる。
柚姉はたぶん、逆なのだ。
内側はかなり終わっているのに、行動を善へ寄せている。
そこが腹立たしい。
そして、奴の嘘には何度も迷惑をかけられた。
色違いボルケニオン入手の裏技とかいう嘘に騙され、私はデータを消す羽目になった。世界で一番のすやすやスポットという嘘に騙され、渋谷の交差点の真ん中でお布団にくるまって補導されたこともある。名前をハンバーガー太郎に変えればハンバーガー一生無料という嘘に騙され、玉織紬から本当にハンバーガー太郎へ改名しようとして、マックでドカ食いし、普通にパクられかけたこともある。
最後の件だけは、さすがに柚姉も罪悪感を覚えたらしい。
肩代わりしてくれた。
結果、柚姉はマックで一年タダ働きを強要され、青い顔でバイトリーダーをやっていた。
その時のマックは、美味かったわね。
必死で働く柚姉を見ながら、客として「ポテト冷めてるわよ」とクレームを入れつつ食うマックの、まあ美味いこと美味いこと。
あー。
クソ姉。
◇
私はスマホを睨み、返信した。
『ワタシ、オマエ、キライ。カエレ、ペテンシ』
すぐ返事が来た。
『おやおや、CERO Z版カービィのつむちゃんに、グルメテーブルかけ的なアーティファクトがあるダンジョンを紹介してあげようと思う優しいお姉様に、そんなこと言っていいのかい?』
私は即座に姿勢を正した。
グルメテーブルかけ。
その単語は、駄目でしょう。
食べたいものを出せる夢の道具。食欲を抱える者なら一度は夢見る、人類史における究極のアーティファクト。いや、厳密にはドラえもんの道具だけれど、今そんな細かいことはどうでもいい。
私の脳内で、理性と警戒心と過去の被害履歴が一斉に立ち上がった。そして、その全部を胃袋がぶん殴って沈めた。
私は返信した。
『愛してますわ。お姉様。私のようなうんこの擬人化、龍兄のような足つきちんこ、朔という童貞女と違って、お姉様は玉織家の誇りです。お姉様と同じ金玉から生まれたことを誇りに思ってます』
送信。
即、既読。
『掌返しが早いねえ』
『胃袋に従っただけですわ』
『でも、海外だよ?』
私は止まった。
そう。
海外。
問題はそこだった。
パスポートがいる。飛行機がいる。金がいる。あと、言葉がいる。社会性もいる。税関とか入国審査とか、もう単語だけで胃が痛い。ああいうところで「渡航目的は?」と聞かれて「グルメテーブルかけを取りに来ました」と答えたら、普通に別室送りでしょう。いや、今の私は存在自体が別室送りみたいなものだけれど。
しかも、金がない。
報酬は入っている。でも、ママ管理だ。私は自分の財布を信用されていない。当然だわ。信用される行動をしていないもの。
私は布団の中で唸った。
「パスポート取りたいけど金がねえ……」
その時、ふと思い出した。
特別テスターの犯罪組織。
確か、掲示板でも話題になっていた。ダンジョン産アイテムを横流しし、低級テスターを脅して魔石を巻き上げ、探索者協会の制度の隙間で悪さをしている連中。ボクチン社会から爪弾きにされてますううう、とか言いながら、弱い奴から奪っているタイプのカスども。
決まったわ。
カツアゲよ。
私は布団から起き上がった。
心が、すっと定まる。
正義ではない。善行でもない。たぶん、かなり俗っぽい動機だ。海外へ行きたい。グルメテーブルかけ的なアーティファクトが欲しい。金がいる。なら、悪い奴から奪えばいい。
こういう発想が真っ先に出るあたり、私はやっぱり褒められた生き物ではないのよね。
でも、相手は犯罪組織だ。
国家に通報してもいいし、潰しても社会貢献になる。奪った金を全部自分の渡航費へ回すのはどうかと思うけれど、必要経費という言葉もこの世にはある。うん。だんだん正しい気がしてきたわ。私の脳みそは、自分に都合のいい理屈を組む時だけ妙に働くのよね。
そもそも、悪人から奪うのは悪なのかしら。
悪ではあるでしょうね。
でも、悪人が悪人から奪われるのは、ある意味で社会の自浄作用では? 私はその自浄作用の胃袋部分を担当するだけなのでは? つまり、これは治安維持活動であり、資金調達であり、海外渡航準備であり、グルメテーブルかけ的アーティファクトへ至る食の巡礼でもある。
完璧だわ。
完璧な屁理屈だわ。
これくらい雑な正当化で動けるから、私は駄目なのよ。でも、動けない善より動くカスの方が、たまには社会の役に立つこともあるでしょう。たぶん。今夜くらいは、そういうことにしておきたいのだわ。
「ボクチン社会から爪弾きにされてますううう、とか言ってるカスどもに」
私は黒パーカーを羽織った。
「本物の社不を見せてやるのだわ」
窓を開ける。
夜風が入ってきた。街の匂い。排気ガス。コンビニの揚げ物。遠くのラーメン屋。そして、そのさらに向こう側にある、ダンジョン帰りのテスターたちの魔力の匂い。
犯罪組織は、たぶん隠れているつもりなのだろう。けれど、今の私には分かる。魔石の匂い、違法なダンジョンアイテムの匂い、脅されて泣いた低級テスターの汗の残り香。そういうものが、夜の街の底へ薄く滲んでいる。
私は唇を舐めた。
犯罪組織狩り。
海外渡航資金調達。
グルメテーブルかけ的アーティファクト。
うん。
かなり立派な社会の歯車活動ではないかしら。
「行きましょうか」
私は翼を広げた。
「社会のために、カツアゲをしに」
自分で言って、だいぶ最低だと思った。
でもまあ。
私は玉織紬なので。
読者様から感想、評価、お気に入り、最終話までの閲覧をいただくたびにドーパミン出すぎて頭ドパガキになりそう&社会復帰問題あらかた解決した&あんま長くやるタイプの作品じゃないので早くたたみたいし、紬動かすのも紬の物語作るのも楽しいから続けたいの心が二つある…
紬の見てて楽しい所
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