VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです! 作:ちんこ良い肉
龍兄より強い。
その言葉を聞いた瞬間、私の思考は、綺麗に止まった。
いや、だって、龍兄より強いって何よ。
あの男は嫌いだ。気持ち悪いし、女体への執着を倫理委員会へ資料として提出したら、読んだ委員が三人くらい無言で辞任しそうだし、できれば定期的に地下へ埋めておきたい兄ではある。けれど、それはそれとして、私はあいつより強い生き物を知らないのだわ。
朔の本気の顔面飛び膝蹴りを、冗談みたいな所作で流せる。チョップで空間を割る。十年くらい前には、小石を投げて、地球へ突っ込んできた隕石を粉砕した。人間かどうかも怪しいというより、人間のふりをする能力が高すぎる災害みたいな男。それが玉織龍だった。
その龍兄より強い。
それは、私の世界の安全装置が一つ外れる、という意味だった。
私は龍兄が嫌いだけれど、心のどこかでは、あいつが本気で来ればだいたい何とかなると思っていたのだわ。悔しいけれど、そういう信頼があった。朔やママやパパとは違う方向で、龍兄は私の中の「最悪の事態でも、たぶんこれがいれば何とかなる」の枠にいた。
それより強いものがいる。
しかも、一ヶ月後には封印が解ける。
「……は?」
自分でも間抜けな声だったと思う。
柚姉は、私をからかう時の薄い笑みを浮かべていなかった。詐欺師みたいな聖女スマイルでもない。嘘を愛して、嘘を道具にして、嘘で弱者を救おうとするあの女が、今だけは嘘で包むことをやめていた。私が嫌いな、あの全部を見透かしているような目で、ドローン映像の中に映る黒い龍を見ていた。
「パパ経由で、政府のゴタゴタはある程度聞いているだろう? 接続現象とやらに、だいぶ手こずっているみたいだね」
「……ええ。まあ」
「でもこれは違う。接続現象じゃない。別の次元から、何の前触れもなく現れた」
画面の中で、鎖に縛られた黒い龍が眠っていた。
三メートルほど。
サイズだけ見れば、そこまで大きくはない。銀座S級ダンジョンの大悪魔の方が、見た目の圧はあったかもしれない。でも、違うのだわ。あれは大きさではなかった。体積でも、魔力でも、殺気でもない。
もっと根本的なもの。
存在の奥にある飢餓そのものが、画面越しに私の胃袋を撫でてくる。
怖い。
「金剛龍帝」
柚姉は静かに言った。
「最強の捕食者だよ」
◇
金剛龍帝という生物がいた。
生物、という呼び方すら、本来は生ぬるいのだと思う。
最強の捕食性存在。
全てを喰らい、力を取り込み、能力を掛け合わせ、爆発的に強くなる。食ったものの半分を得るとか、一部を継承するとか、そういう可愛らしい段階の話ではない。存在そのものを噛み砕き、概念ごと胃へ落とし込み、消化吸収の果てに「相手が持っていたものは最初から自分のものだった」とでも言うように、全部を己へ変える側の怪物。
獣を喰えば、牙と爪を得る。
魔物を喰えば、魔力回路と異能を得る。
竜を喰えば、鱗とブレスと膨大な生命力を得る。
精霊を喰えば、属性を得る。
英雄を喰えば、技術を得る。
王を喰えば、支配の器を得る。
賢者を喰えば、知を得る。
神を喰えば、神性を得る。
全能の死体を喰えば全能へ達し、全能へ達した後は、全能たちを片っ端からむさぼり、最後には神すら喰った。
多元宇宙を、一口で噛み砕く。
比喩ではない。詩的表現でもない。実際にそれができる段階まで育った終末機構。それが、金剛龍帝だった。
どれだけ硬い殻も、どれだけ深い理も、どれだけ高位の神秘も、結果的に捕食の最適解になるなら全部噛み砕く。社会性への擬態も、会話も、取引も、忠誠も、愛も、慈悲も、全部やる。それが相手を喰うための最短距離なら、何だってやる。
合理的で、無機質で、狡猾で、執念深い。
エクセルの上へ「お腹が空いた」と地獄を濃縮したインクで書き殴ったような思考の怪物。
柚姉の説明を聞いているうちに、私はだんだん嫌な気分になってきた。
嫌になるくらい、私に近かったからだ。
食えば食うほど強くなる。食ったものを自分にする。飢えに従って成長する。能力を取り込み、次の獲物へ届くための力へ変える。
私の食欲から、布団と社会性への憧れと、ごくわずかな善性と、その数億倍の悪性を全部剥ぎ取って、そのまま宇宙規模へ膨らませたら、きっとこうなるのだわ。
金剛龍帝の恐ろしさは、今の強さだけではない。
放置した時間そのものが、最悪の育成素材になることだった。
今日、獣を喰っていたトカゲが、明日には魔物を喰う。魔物を喰った龍が、次には人間を、英雄を、王を、神秘種を喰う。そうやって階段を一段ずつ上がっていくのに、その一段の高さが、後半へ行くほど跳ね上がる。
国家がようやく「何かおかしい」と腰を上げた時には、もう兵器も探索者も意味をなさない段階へ入っている。その頃には、もう「倒す」ではなく、「どこまで楽に人類が滅ぶか」の会議しかできない。
悪龍の帝王。
終末機構。
金剛龍帝。
柚姉は、そこまで語ってから、ほんの少しだけ息を吐いた。
「唯一救いがあるとすれば、これは本体ではない。分体だということだね」
「分体……?」
「君で言うところの、子紬みたいなものだよ」
私は嫌な顔をした。
なるほど。
それは、かなり嫌な例えだった。
「本体は、かつて別世界でオーエン・ホークウィンドという冒険者と、その一行に討たれた。けれど、その分体は世界に残っていた。封印され、眠らされ、今ここにある」
画面の中の黒い龍は、まだ眠っている。
鎖に縛られ、動かない。
それでも、画面越しに胃袋が疼く。
「一ヶ月後、こいつの封印は解ける」
柚姉は言った。
「解き放たれれば、即座に星を食い荒らし、無限に強くなり続ける。倒すチャンスは今しかない。今の時点で、龍兄より強い化け物だ。だけど、チャンスは今しかない」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
私は反射で言った。
無理でしょう。
何を言っているのよ、この女。龍兄より強い時点で、私の人生観ではもう勝敗表に載せてはいけない相手なのだ。朔でも無理。龍兄でも無理。ママでもパパでも、たぶん無理。そんなものを私へぶつけるのは、もはや人選ミスという言葉では足りないでしょう。
でも柚姉は、私を見た。
「君は勝てる」
「聞こえなかったわ。もう一回言って」
「君は勝てる」
「耳の故障じゃなかったのね。最悪だわ」
「何故か、今の君はその細胞を持っている」
私は、呼吸を止めた。
「食えば食うほど強くなる細胞を。捕食で自己を上げる性質を。金剛龍帝と同じ方向の、けれど別の形へねじれた力を」
「……つまり?」
「ひたすら食え」
柚姉は、淡々と言った。
「迷宮を食い尽くせ。魔石を集めろ。複数国家が壊滅するくらい食え。世界中のゴミも、怪異も、神話生物も、迷宮遺産も、喰えるものは全部喰え。それが、君にとって社会の歯車になるということだ」
私は、黙った。
脳の中で、何かが噛み合う音がした。
ひたすら食え。
それが仕事。
それが世界を救う手段。
それが、社会の歯車としての役割。
まず、世界中の高位ダンジョン。次に、神話生物。それから、迷宮遺産。魔石。怪異。廃棄物。人類にとって毒で、人類には扱いきれないもの。放っておけば誰かの生活を、命を、幸福を壊すもの。そういうものを全部食って、私は金剛龍帝の食卓まで這い上がる。
ああ。
そうか。
私は、無芸大食の権化だった。
勉強も、仕事も、面接も、人間関係も、何もかも中途半端で、まともに噛み合わなかった女だった。唯一の趣味と特技が、食うことだった。食欲だけは、誰にも負けなかった。負けたくなかったし、そもそも負けようがなかった。
その欠陥が、ようやく役割と噛み合ったのだわ。
食べて、食べて、食べまくればいい。
朔をボコれるほど強くなればいい。
龍兄へ制裁してICU送りにできるほど強くなればいい。
ニャルラトホテプだろうが何だろうが食えるほど強くなればいい。
迷宮を全て攻略し、ありったけの迷宮遺産を世界へばら撒き、世界中のゴミを食らい、神話生物を食らい、最後にこの終末を食らう。
さっきまでは、怖かった。
捕食者として格上だと思った。私よりずっと深い飢餓を持ち、私よりずっと効率的に喰らい、私よりずっと遠くまで行ってしまった終末機構なのだと。
でも、よく見れば。
美味そうだった。
生まれてから、こいつより美味そうなものを見たことがない。
私は、画面の黒い龍を見つめながら、ゆっくり息を吐いた。
「……訂正するわ」
「何をかな」
「私は、こいつを滅ぼすために生まれた泥の歯車じゃない」
喉の奥で、笑いが漏れた。
「こいつを食うために生まれた泥の歯車だったのよ」
そう思った瞬間、恐怖の輪郭が変わった。
逃げたい、ではなくなった。
食いたい、になった。
最低ね。
本当に、最低。
でも、これが私なのだわ。
◇
多分、これ以上燃費が悪くなったら、この世界にはいられない。
そのくらいは、私にも分かった。
金剛龍帝を喰うために、世界中の迷宮を喰う。神話生物を喰う。魔石を喰うかもしれない。ゴミも、怪異も、危険物も、全部喰う。そうやって強くなっていった先にいるのは、もう今の私ではないでしょうね。食屍龍姫なんて肩書きで済むかも怪しい。
食費の問題だけではない。
存在そのものの規模が、たぶん合わなくなる。私が普通に歩くだけで街が怯え、私が腹を鳴らすだけで窓が割れ、私が少し空腹になるだけで人間が食材候補として見え始める。そんなものは、社会の歯車ではなく、社会の側が必死に檻を作る対象だわ。
でも、金剛龍帝が別世界から来たというなら、私も別世界へ行けばいい。
そう考えた時、胸の奥が少しだけ軽くなった。
この世界へは、もう帰れないかもしれない。
ママのご飯は食べられないかもしれない。パパに呆れられることも、朔に殴られて畳へめり込むことも、龍兄を罵倒することも、柚姉の嘘に騙されて腹を立てることも、俊くんに「紬姉、それは駄目だよ」と困った顔をされることも、もうなくなるかもしれない。
澪とゲームをすることも。
総理から渡された職歴の記録も。
補給班が用意してくれるコンテナ弁当も。
近所のコンビニも、黒パーカーも、布団も、冷蔵庫も、私の名前が載った報酬明細も、全部こちら側へ置いていくことになるのかもしれない。
でも、世界を救ったら、少しは惜しんでくれるでしょう。
ママは泣く。パパも泣く。俊くんも泣く。龍兄は気持ち悪いくらい泣く。朔は、たぶん怒る。怒って、死ねとか言いながら泣くかもしれない。
澪は、約束通り泣く。
私の葬列で泣くと言った、あの気持ち悪い女が。
だったら、それは私にとって、かなり上等な葬列ではないかしら。
いや、ピンピンしているのだけれど。
この世界には戻れなくても、一人で別世界のどこかを歩きながら、パイオツうんめえとか言っている可能性は普通にあるのだけれど。
でも、こちら側から見れば、たぶん死んだのと同じだ。
怪物と人間は、一緒には暮らせない。
私は怪物かどうかなんて、本気でどうでもいいと思っている。そこは問題ではない。けれど、燃費と危険性と存在規模が、この世界の社会と噛み合わなくなるなら、それはもう歯車としては外れるべきなのだわ。お互いのために、それが一番いい。
世界を救って、世界から出ていく。
最高のハッピーエンドじゃない。
胸の奥で、何かが甘く膨らんだ。
「柚姉」
「何かな」
「あなたが言っていた通り、行動が善なら善人よね」
柚姉は、少しだけ目を細めた。
「まあ、そういう意見も多いね」
「なら」
私は笑った。
笑った瞬間、自分でも分かった。たぶん、ひどい顔をしていたのだわ。嬉しくて、飢えていて、救われたような気分で、それなのにどこか壊れたような顔。
「私は善人に……いや、善たるものになれる」
言葉が、止まらなかった。
「やっと。生まれて初めて、自分を褒められる。社会に有益で、善性を得て、ご飯だって死ぬほど食える。好き勝手やって社会を幸福にできる。泥の歯車が、壊れるまで回って回って、正規品どもより動ける」
ああ、そうだ。
これだ。
これが欲しかった。
私の食欲が、私の醜さが、私の無芸大食が、全部まとめて善へ変わる道。
善性も、社会性も、コミュ力も、私には遠かった。ママやパパや朔や柚姉や俊くん、龍兄や澪や総理のいる側へ、私はずっと行けなかった。見上げて、妬んで、羨んで、届かなくて、布団へ逃げて、飯を食って、また自分を嫌うだけだった。
でも、違う。
私は化け物になって、やっとそっち側へ一歩進めるのだわ。
食って、食って、食い尽くして、世界を救う。
それなら、私は善になれる。
私は、私を許せる。
それが自己犠牲なのか、自己肯定なのか、ただの逃避なのか、その時の私は考えようともしなかった。だって、ようやく見つけてしまったのだもの。私が悪くない形で食べ続けられる理由を。私の飢えに、善という名前をつけられる道を。
「これ以上ない、最高の結末ね! ハッピーエンドって奴だわ!」
私は笑った。
「ギャハハハハ!」
その時の私は、心の底から笑っていた。
やっと見つけたのだ。
私が私のままで、世界へ役立てる道を。
私の欠陥が、私の飢餓が、私のどうしようもない大食いが、全部そのまま善へ変わる道を。
だから気づかなかった。
柚姉が、救いようのないものを見る顔をしていたことに。
救世主を見る目ではなかった。
ただ、哀れな怪物を憐れむ目だった。
柚姉は、何も言わなかった。いつものように、嘘で包んでくれなかった。「よかったね」とも、「頑張れ」とも、「君ならできる」とも言わなかった。ただ、ほんの少しだけ、唇の端を下げた。
それは私が今まで見た中で、一番、柚姉らしくない顔だった。
◇
私から読者様達へ、最後に一つ。
この物語は、“ハッピーエンド”で終わる物語だ。
感想も血を吐くほど嬉しいです。いつも本当ありがとうございます。
PS.ちなみに紬は3桁✕3桁の掛け算即座にできたり歌めちゃくちゃ上手かったり長所も一応なくはないです
https://syosetu.org/novel/334377/←金剛龍帝とオーエン・ホークウインドのお話です。もしよければ読んでいただけると嬉しいです。
最終決戦前に入れるべきは
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R−18Gダンジョン配信
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アーティファクト大量回収してばらまく
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暴食全開
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ゴミ消去
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直で最終決戦