VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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第???話 IF BADEND世界線と黒幕

これは、“タルタロス”・オンラインができた後のお話

 

そしてこれは、泥の歯車が夢を叶える物語でございます。

 

 玉織紬は、タルタロス・オンラインの特別テスターとして採用されました。

 

 採用される前の彼女は、ただの、少し燃費の悪い、少し社会性のない、少し食欲の強い女でした。

 

 ええ、少しですとも。

 

 本人がそう言っていたのですから、そういうことにしておきましょう。

 

 生まれた時から、玉織紬は少しだけ歯車の形が違っていました。家族は彼女を愛しました。食べさせ、叱り、殴り、守り、時には沈め、時には島へ流し、それでも見捨てませんでした。けれど、家の外へ出ると、その歯車はどこにも噛み合いませんでした。

 

 学校では、仲良くしたい相手の後ろへ無言で立ち、スマホ画面を覗き込みました。会話の輪へ入りたいのに、入り方が分からず、余計なことを言い、黙るべきところで黙れず、喋るべきところで喉が固まりました。誰かの善意を受け取るのも下手で、誰かへ善意を渡すのも下手でした。

 

 工場では二年働きました。

 

 ええ、働いたのです。

 

 ただし、使えませんでした。

 

 手順は覚えました。言われたことも理解しました。知能そのものが低いわけではありませんでしたから、理屈だけなら分かったのです。しかし、人間関係、雑談、空気、暗黙の了解、休憩室の距離感、上司へ見せる顔、同僚との軽口、そういった細い歯車が一本ずつ欠けていました。いつの間にかいじられ役になり、揶揄られ、笑われ、胃を痛め、食べて誤魔化し、最後には自主退職しました。

 

 

 社会の歯車になりたい。

 

 それは彼女にとって、幼い祈りのようなものでした。

 

 けれど、どこへ行っても泥でした。

 

 くるくる回ろうとすれば周囲を汚し、誰かの機構へ入ろうとすれば軸がずれ、自分でも嫌になるほど食べ、盗み、逃げ、謝り、また食べました。善悪判定は真っ当でした。だからこそ、自分の行動の醜さも理解していました。それでも、空腹と逃避と怠惰と悪知恵が、しばしば彼女の手足を先に動かしました。

 

 そんな彼女が、テスターになりました。

 

 現実が壊れ、ダンジョンが開き、ゲームじみた神秘が社会へ流れ込んだ時、泥の歯車は初めて、噛み合う場所を見つけたのです。

 

 食べる。

 

 ただ、それだけ。

 

 魔物を食べ、迷宮残骸を食べ、危険物を食べ、魔石を持ち帰り、報酬を得る。彼女が最も恥じて、最も持て余し、最もどうしようもなかった食欲が、突然、仕事になりました。

 

 玉織紬は、領域屍姫へ進化しました。

 

 そうして、社会の歯車になりました。

 

 最初のうち、彼女は喜びました。

 

 報酬明細を何度も見ました。職歴になると聞いて、布団の中でにやにやしました。政府から支給された身分証を、黒パーカーのポケットへ入れて何度も触りました。自分が働いた証、自分が必要とされた記録、自分がただ飯を食らうだけの泥ではなく、社会の中で回る部品になれた証だと思ったからです。

 

 彼女は褒められると弱い女でした。

 

 叱られ慣れ、呆れられ慣れ、罵られ慣れていましたが、褒められることには耐性がありませんでした。迷宮を一つ食い尽くし、魔石を回収し、政府職員から感謝されるたび、彼女は袖で口元を拭いながら、ふひ、と気味の悪い笑みを漏らしました。

 

 泥の歯車は、ようやく回り始めたのです。

 

 ゴミ処理問題は消えました。

 

 核廃棄物も、汚染物質も、処理不能だった迷宮残骸も、玉織紬の胃袋へ入ればただの栄養になりました。

 

 彼女が持ち帰った大量のアーティファクトによって、医療は発展し、老衰という概念は古い童話になりました。エネルギー問題は解決し、月は第二の地球としてテラフォーミングされました。人口は二百億を越えましたが、星は複製され、資源も土地も余りました。転移装置によって星間移動は容易になり、各人が専用AIとロボットを持ち、労働は生活のためではなく、精神修養の一種になりました。

 

 ブルーカラーの仕事は軽くなりました。ホワイトカラーの仕事も軽くなりました。危険な現場にはロボットが入り、面倒な調整にはAIが補助し、人間は少しだけ早く帰り、少しだけよく眠り、少しだけ家族と食卓を囲む時間を得ました。

 

 その変化の中心に、玉織紬がいました。

 

 彼女は相変わらず社会性がなく、空腹になると床を溶かし、会議では胃液を吐き、報酬を渡せば一日で食費に変えかねない女でした。それでも、彼女の胃袋は世界を便利にしました。彼女の食欲は、人類の生活水準を押し上げました。

 

 社会に適応できない人間には、個別の世界が与えられました。

 

 AIが人間関係を模倣し、世界を構成し、本人が現実へ戻れるだけの社会性を得るまで、何度でも練習できる世界です。学校で失敗した者も、職場で壊れた者も、家族と噛み合わなかった者も、誰かと話すことが怖くなった者も、自分専用の小さな世界で、少しずつ人間の練習をやり直せるようになりました。

 

 玉織紬は、それを見て喜びました。

 自分のような者が救われる、と。

 自分のように、悪気がなくても距離感を間違え、善悪は分かっていても行動が追いつかず、友達が欲しいのに背後へ立ってしまい、面接で壊れ、職場で浮き、家庭の中でしかぎりぎり生きられなかった者たちが、今度こそ練習できるのだと。

 それは、彼女の中に残っていた、なけなしの善意でございました。

 

 夢のような世界でした。

 

 玉織紬は幸福でした。

 

 あのまま人間であれば、泥の歯車として不協和音を垂れ流し、他者にも自分にも迷惑をかけ、畳の染みになるまでの人生を「ご飯を食べた」の六文字で語り尽くされていたはずの自分が、ようやく生きる価値のあるものになれたのだと思ったのです。

 

 彼女は、自分が一番大事でした。

 

 けれど、自己嫌悪も強かった。

 

 自分と友達になれるか、と問われれば、友達という単語を聞いただけで胃を痛め、自分をペット枠にしている子供たちや、嫌い嫌いと言いながら離れなかった勇者を一時的に友達カテゴリへ押し込んで、「私はぼっちではない」と主張したうえで、自分自身と友達になれるかには即座に「無理」と答える女でした。

 

 それが。

 

 ほんの少しだけ、揺れたのです。

 

 自分を、ほんの少し好きになりかけました。

 

 自分を、ほんの少し誇りに思いかけました。

 

 最後まで善性は手に入らなくても。

 

 社会に適応できなくても。

 

 それでも、歯車としてなら生きていける。

 

 そう思えたのです。

 

 ここまでは、めでたいお話でございました。

 

 ええ。

 

 ここまでは。

 

 

 ダンジョンが、枯渇しました。

 

 食い尽くしたのです。

 

 玉織紬が。

 

 世界を救うために。社会へ貢献するために。泥の歯車が、社会の歯車として回るために、あらゆる迷宮を喰らい、怪異を処理し、魔石を回収し、残骸を胃へ収め、ついには世界から「食べるべき災害」を消し去りました。

 

 では、次の食事はどうしましょう。

 

 アーティファクトは?

 

 魔石は?

 

 迷宮資源は?

 

 怪異は?

 

 社会のために食べるべきものが無くなった時、社会の歯車は何を噛めばよいのでしょうか。

 

 その答えを用意するように、第七接続は始まりました。

 

 ラグナロクのように、あらゆる物語の怪物が降り注ぎました。神話の怪物、童話の怪物、SFの怪物、悪夢の怪物、誰かが書いた物語の奥にいた怪物たち。人類が恐怖し、想像し、名付け、封じ込め、笑い話にし、ゲームの敵にし、童話の教訓にしたものたちが、まとめて現実へ溢れ出しました。

 

 世界はまた、玉織紬を必要としました。

 

 食べてください。

 

 助けてください。

 

 あなたしかいません。

 

 その言葉は、彼女にとって甘い毒でした。

 

 そしてその時、玉織紬は喰界屍妃へ存在進化しました。

 

 彼女は、ついに得ました。

 

 あれほど欲しかったコミュニケーション能力を。社会性を。魅力を。人心掌握を。相手にとって都合のよい言葉を選び、最も信じたい救いを差し出す力を。

 

 ただし、それは鳴き声でございました。

 

 擬態でございました。

 

 本心はありません。本物もありません。愛も、善性も、共感も、そこにはありません。ただ、捕食のために最適化された社会性がありました。

 

 かつて彼女が欲したものの、最も悪趣味な偽物でした。

 

 人間として欲しかったものを、怪物として与えられたのでございます。

 

 喰界屍妃となった玉織紬は、誰からも愛される姿をまといました。声は柔らかく、表情は優しく、目は相手が最も見たい救いの形を映しました。貧しい者には食料を約束し、病める者には治癒を約束し、孤独な者には居場所を約束し、罪人には赦しを、弱者には庇護を、権力者には秩序を、兵士には大義を、信徒には神話を与えました。

 

 ええ、たいへん立派な救世主でございました。

 

 ただ、胃袋が鳴っていただけで。

 

 その飢えは、飢餓地獄でございました。

 

 苦痛というパラメーターを最大まで上げた、本物の地獄でございます。いくら食べても満たされず、どれほど世界を喰らっても、飢えからは逃げられない。食べれば一瞬だけ楽になる。けれど次の瞬間には、さらに大きな空洞が身体の奥で口を開ける。喰界屍妃は、世界を食べるために生まれた器であり、同時に世界を食べてもなお救われない胃袋でした。

 

 玉織紬は、本来ならばその時点で悟るはずでした。

 

 いくら食べても満たされない。どれほど世界を喰らっても、飢えからは逃げられない。ならば、自死するしかない、と。

 

 ええ。

 

 ですので、その思考は消しておきました。

 

 全能を使って。

 

 何故かって?

 

 すぐ死なれたらつまらないでしょう。

 

     ◇

 

 玉織紬は、救世主として崇められながら人を喰らいました。

 

 社会を喰らいました。

 

 扇動。魅了。洗脳。信頼。救済。希望。

 

 人間時代にも、唯一かろうじて向いていた類のコミュニケーションは、怪物になってからさらに磨かれました。もっとも、それは人を愛するための言葉ではなく、人を胃袋へ歩かせるための言葉でございました。

 

 人間時代、三桁掛ける三桁を一瞬で解くような、社会の役には立たない知能を持っていました。それは喰界屍妃となった今、どうすれば効率よく食事を得られるかを考える、無機質な合理的フローチャートへ変わりました。

 

 どの国を扇動すれば、どの群衆が動くか。

 

 誰へ涙を見せれば、どの扉が開くか。

 

 どの指導者へ微笑めば、どの都市が献上されるか。

 

 どの宗教へ混ざれば、どれだけの人間が自ら胃袋へ歩いてくるか。

 

 かつて社会に適応できなかった女は、社会を利用する怪物として完成しました。かつて面接で気絶した女は、国家元首の前で完璧な慈悲を語れるようになりました。かつてクラスメイトの背後へ立つことしかできなかった女は、数十億の群衆を前にして、涙ながらに未来を約束できるようになりました。

 

 望んだものは、確かに手に入りました。

 

 ただし、すべて偽物でした。

 

 彼女は、人には向いていませんでした。

 

 けれど、怪物としての適性は誰よりもありました。

 

 人類の九割が、彼女の腹へ収まりました。

 

 それまで、誰も気づけませんでした。

 

 救世主の笑顔の裏に、何も無いことに。優しい言葉の奥で、ただ胃袋だけが鳴っていることに。救済の名を持つ捕食が、世界をゆっくり、丁寧に、感謝されながら喰い尽くしていることに。

 

 そして、すべてが露見したあと。

 

 彼女は、玉織龍に会いました。

 

     ◇

 

 喰界屍妃は笑いました。

 

 いくつもの人種を衝突させた扇動能力で、矛先を逸らそうとしました。いくつもの指導者を陥落させた魅力的な笑みを浮かべました。徹頭徹尾、相手にとって都合のよい言葉を投げました。

 

「龍兄」

 

 それは、かつての妹と同じ声でした。

 

「私、ちゃんと社会の歯車になれたのよ」

 

 玉織龍は泣きました。

 

 そして、刀を抜きました。

 

 喰界屍妃は、最後の瞬間に理解しました。

 

 自分は社会性を得た。コミュニケーション能力を得た。人を動かす言葉を得た。誰からも愛される姿を得た。けれど、ほんの少しだけ残っていた善性は、飢餓に負けた。

 

 

 

 兄の涙を見て、飢餓地獄の底で、それは絶望しました。

 

 他者を愛せないのに、他者から愛されることに絶望しました。葬列で誰かに泣いてもらうという夢が叶うと確信してもなお、絶望しました。

 

 泥の歯車は、社会の歯車になれたとぬか喜びだけして。

 

 自分が嫌いなまま、死にました。

 

 めでたし。

 

 めでたし。

 

 そうそう、余談ですが。

 

 目覚めたオリジナルの金剛龍帝との戦いで、人類は滅亡しました。

 

 世界は貪られました。宇宙は貪られました。他の次元も、他の物語も、すべて貪られました。

 

 そして、世界を喰らい尽くした最強の龍もまた、飢餓の中でいつまでも苦しみ続けました。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 これは、タルタロス・オンライン運営。

 

 私、つまり世界の創造主による、一つのルート。

 

 泥の歯車が夢を叶えながら絶望して死ぬ、美しい悲劇でございます。

 

 何を犠牲にしても欲しかったものを、私は与えました。

 

 社会性を。

 

 コミュニケーション能力を。

 

 それ以外のすべてと引き換えに。

 

 何と私は慈悲深いのでしょう。

 

 では、次は別の世界を作って楽しむことに――

 

     ◇

 

「……テメェか」

 

 声がした。

 

 世界の外側で。

 

 物語の外側で。

 

 創造主の視線が、初めて揺れた。

 

「そこにいるのか」

 

 それは、憤怒そのものだった

 

 

これは、“エリュシオン”・オンラインができる前の前日譚。

 




皆様の感想評価お気に入り誤字報告ここ好きアンケート、何よりここまで読んでいただけた事は読者様の思うよりずっと励みになっています。ありがとうございます。
70話以上も読んでいただけて感謝のしようもありません。
後十話以内に完結します。ここまで読んでいただき本当に感謝しています

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