VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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第66話

 

 都内某ダンジョン。

 

 そこから、魔王の匂いがしていた。

 

 魔王、と言っても比喩ではない。魔力の濃さ、空間の歪み方、周囲の怪異が怯えている気配、そして何より、私の胃袋が妙にざわつく感じ。ああ、これはたぶん美味い。強くて、濃くて、面倒くさくて、食べたら私の中で何かが一段変わるタイプの獲物だわ、と、そういう嫌な確信があった。

 

 だから私は、配信をつけた。

 

 大食い配信。

 

 ただし、だいぶR−18G寄り。

 

 政府広報担当者からは「可能な範囲で絵面に配慮を」と言われているけれど、私がダンジョンへ入った時点で、その“可能な範囲”はだいぶ狭いのよね。敵が来る。敵は危険。処理しなければならない。処理するなら食うのが一番早い。つまり配慮とは、噛む時にカメラへ内臓断面を向けない努力くらいのものなのだわ。

 

 それでも、今日は少し違った。

 

「偽装経典、起動」

 

 小さく呟く。

 

【偽装経典 LV2】

 

 頭の奥で、薄い膜が張られたような感覚があった。

 

 すっげえ。

 

 思わず、心の中でそんな語彙の死んだ感想が出た。どこで笑えばいいのか。どこで間を置けばいいのか。コメント欄が何を面白がるのか。どう言えば「こいつアホだな」で済ませてもらえるのか。どう言えば、ほんの少しだけ好感を集められるのか。

 

 それが、薄い選択肢みたいに頭へ浮かんでくる。

 

 怖い。

 

 怖いけれど、便利。

 

 これがコミュニケーション能力というやつなのかしら。人類、こんなチートを常時使っているの? ずるくない? 私なんて二十六年かけて、ようやくレベル二なのよ。しかも進化して、怪獣を食って、神話生物を食って、それでもたった二。社会性って、もしかして戦術級兵器より重いのではなくて?

 

 私はカメラへ向かって、ぎこちなく手を振った。

 

「えー、皆様こんばんは。定職持ちの社会の歯車、玉織紬です。本日は都内某ダンジョンより、魔王の匂いがするので、ちょっと食べ……じゃなかった、調査していきます」

 

 コメント欄が流れる。

 

『食べるって言ったぞ』

『調査(捕食)』

『偽装経典仕事してる?』

『ちょっとだけ人間っぽい』

『社会の歯車アピールうざかわいい』

『もう涎で床溶けてるんだが』

 

 ああ、なるほど。

 

 今のは、そこそこ成功らしい。

 

 こういう微妙な手応えが分かる時点で、やっぱり偽装経典はすごい。私が私のままなら、たぶん開幕から「魔王うめえかなあ」とか言ってコメント欄を凍らせていたでしょうからね。いや、最終的にはどうせ言うのだけれど、タイミングというものがあるのだわ。人間社会は、タイミングで悪事の印象が二割くらい変わる。ひどい話ね。

 

     ◇

 

 ダンジョン内部は、妙に静かだった。

 

 普通なら低層に雑魚が湧く。骨とか、虫とか、犬っぽい何かとか、食べやすくて小腹にちょうどいい連中が出てくる。けれど今回は、まるで道を空けられているように敵が少なかった。空きっ腹に魔王の匂いだけが、奥から強く漂ってくる。

 

 最深部にあったのは、ワープゲートみたいな門だった。

 

 黒紫の光が渦を巻いている。石造りの門の縁には、見たことのない文字が刻まれ、奥には別の空が見えていた。ああ、これ、ダンジョンの奥底が異世界へ繋がっているタイプなのね、と、妙にすんなり理解できた。

 

 コメント欄は爆発していた。

 

『異世界!?』

『ガチで繋がってる?』

『政府見てるか!?』

『いや絶対見てる』

『珍獣ファーストコンタクトやめろ』

『外交担当呼べ』

『外交担当が泣く』

 

 普通は、ここで立ち止まるのでしょうね。

 

 政府へ連絡する。総理に確認を取る。専門家を呼ぶ。危険性評価をする。異世界との接触規定を作る。そういう、ちゃんとした歯車たちの出番だわ。

 

 でも、奥から魔王の匂いがする。

 

 それに、私はすでに配信中だ。

 

 こういう時、私の悪いところは本当に迷いが少ない。良いところでもあるのかもしれないけれど、社会的にはたぶん悪いところでしょうね。

 

「入るわ」

 

『待て』

『待て待て待て』

『外交が死ぬ』

『総理の胃が死ぬ』

『あっ』

『行ったあああああああ』

 

 私は門をくぐった。

 

     ◇

 

 そこは、異世界だった。

 

 エルフみたいな耳の長い人々がいた。ドワーフみたいな小柄で頑丈そうな人々もいた。獣耳の者、角のある者、羽のある者。明らかに地球側ではない種族が、怯え、伏せ、傷だらけで集められていた。

 

 コメント欄は一瞬、興奮で湧いた。

 

『エルフ!?』

『ドワーフ!?』

『異世界人ガチじゃん』

『歴史的瞬間』

『ファンタジー外交始まった』

『珍獣がファーストコンタクトなの不安すぎる』

 

 まあ、気持ちは分かる。

 

 ドラゴニュートだかグールだかよく分からない種族になっている私が言えることではないけれど、明らかに異界の人々が目の前にいるのだ。普通なら興奮する。未知との遭遇。文明交流。新しい歴史。そういう大きな言葉が似合う場面だった。

 

 でも、それより先に。

 

 ひどかった。

 

 魔王に支配されている世界だった。

 

 魔族の玩具にされている世界だった。

 

 生まれてから死ぬまで、奴隷以下の扱いを受け続ける。そう表現するしかないほど、景色のあちこちに壊された尊厳が転がっていた。鎖、焼印、檻、壊れた家、血の跡、笑っている魔族たち。子供へ焼印を当て、泣き叫ぶ母親を前に何かの賭けをしている連中までいた。

 

 これ以上は、配信に乗せていいものではなかった。

 

 コメント欄の勢いが、露骨に落ちた。

 

『……え』

『これ流していいやつ?』

『いや無理』

『モザイク入れろ』

『魔族やばすぎ』

『これ戦争案件だろ』

『紬さん、顔』

 

 私は、魔族を見た。

 

 ああ、駄目だ。

 

 そこにあるのは、嘲笑。悪意。踏みにじる快楽。そして殺意。

 

 中学の連中とも違う。反社とも違う。喰うためでも、生きるためでも、恐怖の裏返しでもない。ただ、相手を壊すことを楽しんでいる顔だった。

 

 完全に和解不能な化け物。

 

 ええ。言いたいことは分かるのよ。

 

 他の世界の問題だとか。お前も笑いながら魔物を踊り食いしていただろうとか。片方へ肩入れするのは不公平だとか。分かり合えない奴もいる、という使い古されたテンプレセリフを言いながらぶっ殺していいのかとか。そもそも、お前の判断は正しいのかとか。

 

 うん。

 

 全くもって、その通り。

 

 私は善人ではない。裁判官でもない。異世界倫理の専門家でもない。ただの、食欲と劣等感と職歴欲で回っている泥の歯車だわ。

 

 だから、化け物なりの倫理を通す。

 

 こいつらは、食わないのに嬲った。

 

 殺した。

 

 そして、美味そう。

 

 それだけで十分。

 

「ちょっと焼くわね」

 

『何を!?』

『待て』

『いや待たなくていい』

『焼け』

『焼いていい』

『これ止める方が無理』

『政府どうすんのこれ』

『もう政府も見てるしかないだろ』

 

 私は飛んだ。

 

 翼で空気を噛み、魔族たちの上へ出る。向こうがこちらを見上げた瞬間、喉の奥へ炉を開いた。

 

【屍龍吐息】×【放射熱線】

 

 ブレスが落ちた。

 

 黒白の飢餓と、怪獣から学んだ放射熱線が混ざり、都市の一角を焼き払う。魔族たちは悲鳴を上げる暇すらまともになかった。鎧ごと、肉ごと、悪意ごと、こんがりと炙られていく。

 

 焦げた匂い。

 

 魔力が焼ける匂い。

 

 

 私は【重力操作】で焼けた魔族たちを圧縮し、まとめて口へ放り込んだ。

 

「んむ……まあまあね。性格の悪さが後味に残るわ」

 

『食レポするな』

『いや食え』

『食って処理してくれ』

『コメント欄の倫理死んでる』

『でもこれは食っていいだろ』

『異世界裁判どうなるんだ』

『紬裁判長、被告を完食』

 

 焼印を押されかけていた子供が、泣きながら私を見ていた。

 

 怖がっていた。

 

 そりゃそうでしょうね。助けた相手が、今まさに魔族を骨ごと噛み砕いているのだから。救世主というより、別方向の災害だわ。むしろ逃げないだけ偉い。

 

 その子は母親の腕の中で震えながら、それでも、ほんの少しだけ頭を下げた。

 

 私は何を返せばいいか分からなくて、口元の血を拭い、視線を逸らした。

 

 感謝されるのって、苦手なのよ。

 

 食べているところを見られるより、よほど胃に来る。

 

     ◇

 

【嗅覚増強】

 

 魔王を探す。

 

 世界の奥に、濃い匂いがあった。甘くて、腐っていて、強くて、軽薄で、悪意が濃い。私はそちらへ顔を向ける。

 

 同接を見ると、億を超えていた。

 

 すごいわね。だいぶイカれた数字だわ。だいぶ信じられない。嘘でしょ? 世界中の人間が、私の食事と異世界の惨状と、魔族の丸焼きを見ているということ? 人類、もう少し見るものを選んだ方がいいのではなくて?

 

 普通はここで交流するのよね。

 

 助けました。大丈夫ですか。あなたたちは何者ですか。地球と友好関係を結びましょう。こちらは日本国政府の特別協力探索者です。そういう流れが、物語としてはたぶん正しい。コメント欄も、それをどこかで期待しているのが分かった。

 

 でも、無理。

 

 日本人相手でも無理。

 

 一応、人間時代から中国語と英語とヒンディー語は喋れた。喋れたけれど、中国人、アメリカ人、インド人、イギリス人とのコミュニケーションは普通に無理だった。言葉が通じることと、社会的に会話が成立することは別なのよ。母国語ですら胃液を吐く女が、異世界の被害者たちと外交的に握手できるわけがないでしょう。

 

 普通に考えてほしい。

 

 日本で二十六年生きてきて、家族を抜くと交流関係が片手で足りる女なのよ。別世界の連中と仲良くできるなら、もはやそれは玉織紬ではない。すり替えを疑うべきだわ。

 

 ただ、分かることもあった。

 

 直感的に、おばあちゃんや龍兄やママを見てきたから分かる。この人たちは平気だ。少なくとも、悪意を中核にしている連中ではない。嫉妬センサーも反応している。つまり、善寄りの人たちだわ。中学時代に培った悪人判別センサーも反応していない。的中率は今のところ百パーセント。

 

 コメント欄も爆発していた。

 

『これやばくない?』

『異世界外交始まるぞ』

『地球側と異世界側で戦争にならん?』

『魔族以外にも軋轢あるだろ』

『宗教どうすんだ』

『種族差別問題やばそう』

『総理の胃がまた死ぬ』

『レイ君と公安が過労死する』

 

 確かに、下手に異世界人との戦争やら対立やらが起きたら大惨事だわ。異界の者たちもいる。文化も違う。価値観も違う。地球側だって、一枚岩ではない。

 

 でも、人間は生活の向上につれて倫理観を発展させてきた。

 

 エネルギー問題とゴミ問題が解決し、ロボットとAIを筆頭に百年、いや二百年以上先の科学力を得た今なら、きっと大丈夫だろうと思えた。生活が豊かであれば、心に余裕ができる。歯車たちは、その余裕を他者への手間に変換して受け渡す。

 

 善はカタツムリの速度で進むのだ。

 

 そういう言葉があるけれど、本当にその通りだと思う。

 

 人類は、数千年の時を込めて、ほんの僅かな前進を積み上げてきた。遅くて、苛立たしくて、途中で何度も後退しながら、それでも前へ進む。

 

 まあ、人間どもは。

 

 どうしようもなく妬ましく、きれいな歯車どもは。

 

 異世界人たちと、きっと手を取り合えるのでしょうね。

 

 総理も、レイ君も、公安も、外務省の人たちも、たぶんこの人たちとちゃんと話せる。泣いている子供へ膝をついて、怖がらせない声で話し、手続きを作り、寝る場所と食べるものを用意し、文化の違いを少しずつ埋める。

 

 私は食える。

 

 でも、話せない。

 

 そのことが、少しだけ腹立たしかった。

 

 私のいなくなった世界で、総理とか、レイ君とか、公安の連中が、胃に穴を空けながら調停するのだろう。最悪、龍兄あたりが全部どうにかする。そこは心配していない。

 

 地球の人類が私だけだったら、どこから突っ込めばいいのか分からないくらい問題だらけだけれど、彼らは私とは別種だ。

 

 私にできないことを、人間たちは容易く行う。

 

 なら、もうすぐ地球から消える怪物のやるべきことは、一つだけ。

 

 不穏分子の一掃。

 

「魔王、食べに行くわ」

 

『言い方』

『でも頼む』

『外交は後で人間がやる』

『珍獣は害獣駆除してくれ』

『社会の歯車、今日めっちゃ回ってる』

『なお潤滑油は胃液』

 

 私は魔王の元へ飛んだ。

 

     ◇

 

 魔王は、軽薄そうな少年の姿をしていた。

 

 細い体。整った顔。柔らかい笑み。けれど目の奥に浮かんでいるのは、明確な悪意だった。美しいものを壊す喜び。弱いものを弄ぶ快感。可愛いものを泣かせたいという、ねじれきった欲望。

 

 キュートアグレッション。

 

 そういう言葉があるのは知っている。可愛いものを見た時、ぎゅっとしたい、少し乱暴に扱いたい、そういう衝動が湧くという話。けれど、こいつの場合は度を越していた。愛情の裏返しではなく、可愛いから壊していいと思っている顔だった。

 

「よお、おめえが噂の――」

 

【空爪】

 

 私は挨拶を聞く前に斬撃を飛ばした。

 

 風の刃が魔王の首へ向かう。

 

 無効化された。

 

 いや、違う。斬撃は消えたわけではなく、闇の衣みたいなものへ触れた瞬間、転移で逸らされていた。そして次の瞬間、私の背中へ突き刺さる。

 

「いっ……!」

 

 痛い。

 

 普通に痛い。

 

 自分の攻撃が自分に刺さるの、本当に腹立つわね。

 

 魔王は笑った。

 

「【闇の衣】、異能無効化の聖剣がないと攻撃通らねえぞ」

 

「説明どうも」

 

「あと、別に怒らなくていいだろ。弱肉強食って奴だ。おめえも散々やってきた理屈だろ」

 

 私は、舌なめずりを止めた。

 

 ああ。

 

 やっぱり駄目だ。

 

 和解不能。

 

 同類ではない。

 

 そこだけは、絶対に違う。

 

 私は善人ではないし、食うし、盗むし、逃げるし、卑屈だし、嫉妬深いし、自分のためならかなり都合のいい理屈を組む女だわ。でも、食べもしない相手を嬲って楽しむ趣味はない。壊れる顔を見たいから壊すなんて、そんなものは食欲ですらない。

 

 ただの、腐った娯楽だ。

 

「あなた、ほんとうに終わってるわね」

 

「お前に言われたくねえな」

 

「ええ、まあ、そこはそう」

 

 それはそう。

 

 でも、同類ではない。

 

 私は闇の衣へ爪を立てた。

 

【界滅爪牙】 【捕食抵抗】 【暴食活性】

 

 万物切断。あらゆる不都合への耐性。あらゆる捕食行動へのボーナス。

 

 攻撃が通らないなら、通らないというルールごと食う。転移で逸れるなら、逸れるという不都合へ捕食抵抗を噛ませる。テキスト上強い能力への対抗手段は、結局、それへの対抗能力の出力をそれ以上にすることなのだわ。

 

 強い能力だけにかまけた奴は、あまり厄介ではない。

 

 でも、こいつは違った。

 

 魔王は強かった。

 

 転移魔術を圧縮した槍を放つ。当たれば、その部位だけが抵抗を抜けて宇宙の果てへ飛ばされる。剣も格闘も魔術も高水準。軽薄な顔をしているくせに、戦闘の組み立てはかなり堅い。

 

「おめえ、あれか? グールか? 龍か? 人間か?」

 

「自分でもよく分かってないのよね……まあ、少なくとも元人間だわ」

 

「元、ねえ」

 

 魔王が笑う。

 

「あー、やべえ。可愛くねえ。虐待したり観察したりしてキュンキュンできるのが人間なのに、萌えねえ。お前、ほんっと見た目以外人間じゃねえのな」

 

「失礼ね。見た目が良いだけ感謝しなさいよ」

 

 軽口を叩きながら、私は距離を詰める。

 

 うん。強い。

 

 怪獣を食ってパワーアップしていなかったら、もう少し苦戦していた。いや、だいぶ面倒だったかもしれない。魔王という肩書きは伊達ではないのだわ。

 

 けれど。

 

 食屍龍姫は、それ以上に強い。

 

 交戦中も、私はじわじわと魔王を喰らっていた。闇の衣の端。転移魔術の残滓。血。魔力。再生した肉。接触するたび、削り取って、舌で味を見て、胃へ落とす。魔王の超再生も、だんだん追いつかなくなってきた。

 

 それに、今の私は補給され続けている。

 

 昨日、頑張って日本に作った、私の胃袋直通の転移穴。そこへ、今も核廃棄物を筆頭に各国のゴミが投げ込まれている。処理不能廃棄物、迷宮残骸、毒物、汚染物、廃材。全部が燃料として私の中へ流れ込んでくる。

 

 食っている。

 

 戦いながら。

 

 働きながら。

 

 社会のゴミ処理をしながら、魔王を殺しに行っている。

 

 あらやだ、私、かなり社畜ではなくて?

 

 大好きなお布団だって、最近は八時間しか寝ていない。労働だって定時に加えて残業二、三時間くらいはやっている。もはやブラック企業の企業戦士ね。いや、労働内容が「核廃棄物を胃袋へ直送しながら魔王と殴り合う」なのは、さすがに労基の想定外でしょうけれど。

 

     ◇

 

「仕方ねえな」

 

 魔王が、少しだけ面倒そうに息を吐いた。

 

「四天王」

 

 空間が割れる。

 

 四体の異形が現れた。

 

【攻撃無効】 【絶対即死】 【強制勝利】 【完全不死】

 

 それぞれ、名前からしてふざけた能力を持っている。ゲームなら初見殺し。攻略法を知らなければ壊滅するタイプ。コメント欄もざわついた。

 

『能力名やば』

『攻撃無効!?』

『絶対即死は駄目だろ』

『強制勝利って何』

『完全不死、クソゲー』

『紬いけるのか?』

 

 呼んだのはいい。

 

 でも、全員すでに子紬に群がられていた。

 

「ごはん!」

「かたい」

「しなない?」

「じゃあずっとたべられる?」

「まま、これまずい?」

「くびはねる?」

「おなかへった!」

 

 七体の子紬が、四天王へ一斉に張りつく。攻撃無効には、攻撃ではなく噛みつきと消化でいく。絶対即死は、死んだ瞬間カロリーを使って蘇生。強制勝利は、勝利条件が成立する前に口へ入れられる。完全不死は、死なないなら食べ続ければいい、という最悪の理屈で処理されていく。

 

 魔王が目を細めた。

 

「マジか……まあ、いいわ。アイツらも、というか魔族連中も、加虐心で人間を虐めてたもんな。」

 

 彼は軽く肩をすくめる。

 

「加虐心で加虐するんじゃなくて、愛で痛めつけて可愛さを摂取するのが正しい作法なのに。ま、良いや。アイツラ死んだのも弱肉強食ってことで」

 

「その理屈、嫌いだわ」

 

「お前が言うと説得力ねえな」

 

「でしょうね」

 

 私は認めた。

 

 認めた上で、噛みついた。

 

     ◇

 

 魔王の最後の切り札は、転移だった。

 

 こちらの体勢がわずかに崩れた瞬間、彼は笑った。

 

「じゃあな」

 

 抵抗がぶち抜かれた。

 

 視界が反転する。

 

 宇宙。

 

 銀河の端。

 

 そして、目の前に巨大な黒い穴。

 

 ブラックホール。

 

「こいつは、さすがに食えねえだろ」

 

 魔王の声が、転移の残響みたいに響いた。

 

「光も時間も逃げられねえ。お前の胃袋だろうが、飢餓だろうが、まとめて潰れる。終わりだよ、珍獣」

 

「いたたたたたたたたっ!?」

 

 全身が引き伸ばされる。重力が、肉も骨も魂もまとめて千切ろうとしてくる。痛い。痛い痛い痛い。穀潰しブラックホールとか、地球上のブラックホールとか、そういうことは散々言われてきたけれど、本物のブラックホールに飲まれて死ぬなんて嫌すぎるでしょう。

 

「いやああああああ! こんな死に方、履歴書に書けないいいいい!」

 

 叫んだ。

 

 そして、ふと気づいた。

 

「……ん?」

 

 私は、引き寄せられる重力の縁へ噛みついた。

 

 ガブッ。

 

「うんめえ……」

 

 ブラックホール、うますぎ。重い。濃い。甘い。苦い。時間が潰れた味がする。光が逃げられない場所には、こんなにも濃厚な旨味が詰まっているのね。舌の上で空間が沈み、胃袋の奥で事象の地平面がほどける。噛めば噛むほど、普通の食材では得られない密度が入ってくる。

「いただきます」

 私は食レポを開始した。

 重力のコク。光の後味。時空の粘度。中心部に近づくほど強くなる、理不尽な旨味。これはすごい。白米とは合わないかもしれないけれど、単体で完成している。強いて言えば、少しソースが欲しい。

 

 

 

 コメント欄は、帰還後の映像でドン引きしていた。

 

『ブラックホール食うな』

『食レポすな』

『宇宙物理学が泣いてる』

『もう何でも食うじゃん』

『ブラックホールを夜食扱いするな』

『これ魔王の切り札だったんだよな?』

『切り札が献立になった』

 

すげえわね…魔石強化込みの配信用具。

 

「ごちそうさまでした」

 

 私はブラックホールを完食し、転移で魔王の元へ戻った。

 

 魔王は、私を見た。

 

 しばらく沈黙した。

 

「……マジか」

 

「マジよ」

 

「あー、俺の負け負け。弱肉強食の掟に従い、せめて美味しく食ってくれ」

 

 妙に潔かった。

 

 軽薄で、悪趣味で、和解不能で、最後まで気持ち悪い男だったけれど、そこだけは少しだけ筋が通っていたのかもしれない。いや、通っていても滅ぼすのだけれど。

 

「ええ」

 

 私は魔王へ近づいた。

 

「そこは任せなさい」

 

 最後に、私は魔王を噛み砕いた。

 

 骨が砕ける。魔力が散る。闇の衣の残滓が舌へ絡み、転移魔術の味が喉を抜け、悪意と快楽と軽薄さが胃の中で熱に変わる。

 

 結構、働いている。

 

 いや、食ってるだけだろと言われたらそれまでだけれど。

 

 でも、食って世界が少しマシになるなら、それは労働なのだわ。たぶん。

 

==================

 

【魔王を捕食しました】 【称号を取得しました】【嫉妬の魔王】

 

==================

 

「いやいやいや」

 

 私は思わず突っ込んだ。

 

「なんで?」

 

 コメント欄も同時に突っ込んだ。

 

『暴食じゃないのかよ!』

『嫉妬!?』

『暴食要素しかなかっただろ』

『いや紬の根っこは嫉妬だから……』

『分かるけど今!?』

『称号くん解釈一致やめろ』

『本人が一番困惑してる』

 

なんだったら遥か遠くの次元の読者様からもテメーは暴食だろと総ツッコミが入った気配もある。

 

うるさいわね。黙らないと来世ではあなたたちの子供に転生して産まれてくるわ。

 

 私はしばらくウィンドウを見つめた。

 

 嫉妬の魔王。

 

 ああ、嫌ね。

 

 すごく嫌。

 

 でも、否定しきれないのが、もっと嫌。

 

 私はずっと、人間が妬ましかった。

 

 ちゃんと話せる人間が。ちゃんと感謝を受け取れる人間が。善意を出して、相手へ届かせられる人間が。誰かと手を取り合い、文化の違いを埋め、傷ついた相手へ安全な言葉を選べる人間が。

 

 私は食える。

 

 食って壊せる。

 

 食って守れる。

 

 でも、話せない。

 

 それが、どうしようもなく妬ましい。

 

 暴食の皮を被った嫉妬。食欲で動く泥の歯車の奥に、ずっと貼りついていた醜いもの。称号にされると、さすがに胃に来るわね。

 

 私は異世界の空を見上げた。遠くで、助けられた人々の泣き声と、コメント欄の怒涛の流れと、政府からの着信通知が混ざっている。

 

 総理。公安。外務省。防衛省。探索者協会。

 龍兄。ママ。朔。

 あと、澪。

 

 通知欄が、もう地獄だった。

 

 特にママからの通知が怖い。

 

 政府より怖い。

 

 お腹は、もう鳴り始めていた。

 

 魔王を食って、ブラックホールも食って、それでもまだ足りない。

 

 金剛龍帝まで、まだ遠い。

 

「……まあ、いいわ」

 

 私は口元を拭った。

 

 嫉妬だろうが、暴食だろうが、泥の歯車だろうが。

 

 やることは変わらない。

 

 食って、働いて、強くなって。

 

 いつか、滅びの運命ごと噛み砕く。

 

「次」

 

 私は翼を広げた。

 

「おかわり、行きましょうか」




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目を覚ましたとき、“わたし”は自分が誰なのか分からなかった。▼ここがどこで、どうしてこんな奇妙な身体になっているのかも思い出せない。▼ただ──▼「お姉ちゃんに、なにかしてあげたかった」▼その気持ちだけが、やわらかな残響のように胸に残っていた。▼けれど、何をしてあげたかったのかは思い出せない。▼お腹だけが、きゅうっとすいていく。▼「……まずは、ごはん……探さな…


総合評価:8329/評価:8.92/完結:86話/更新日時:2026年03月08日(日) 07:40 小説情報


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