【完結】VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです! 作:ちんこ良い肉
「働かずに食う飯は美味いか?」
ママにそんな問いを冷ややかな声で投げかけられた私は、おひつからよそったばかりの、ほかほかの山盛りご飯を嬉々として頬張りながら、満面の笑みで親指を立ててみせた。
「めちゃくちゃ美味いに決まってるじゃない!」
直後、視界が弾け飛んだ。
鼓膜が破れるかと思うほどの破裂音とともに、凄まじい威力のビンタが私の頬を打ち据えたのだ。私は畳の上を三回転半し、茶箪笥の手前で止まり、口の中のご飯だけは根性で飲み込んだ。偉い。人間、どんな時でも食べ物を粗末にしてはいけない。たとえ母親にしばかれて、首の骨が一瞬ちょっと嫌な角度になったとしても、それと米の尊厳は別問題なのだわ。
あれは間違いなく、母の形をした何かしらの格闘家の一撃だった。
「……ママ、今のビンタ、たぶん一般的な家庭教育の範囲を越えてない?」
「一般的な家庭に、働かずに米櫃を空にする龍はいません」
「龍じゃないわよ。娘よ。世界を救った娘」
「世界を救った娘なら、食器を下げなさい」
正論だった。
正論は嫌いだ。特に自分に刺さるタイプの正論はかなり嫌いだわ。けれど私は、ちゃぶ台の端で半分潰れた頬をさすりながら、しぶしぶ起き上がった。ご飯は美味しい。働かずに食う飯は、そりゃあ美味い。けれど、食った茶碗は片づけなくてはいけない。私はそれを、命を燃やして世界を救った後にようやく学んだ女である。
成長が遅すぎる。
でも成長は成長でしょう。褒めてほしい。
◇
龍帝討伐後、私は一週間くらい世界中からチヤホヤされた。
当然ね。
感動の葬式の中、本人が復活したのだ。世界を救った女が、死んだと思われて、葬儀の料理まで並べられて、みんなが泣いているところへ、腹を鳴らしながら戻ってきたのである。あの瞬間の空気は、正直かなり良かった。悲劇が喜劇にひっくり返り、厳粛な葬列が炊き出し会場へ変わり、私は自分の葬式料理を食べた。
世界を救って死んだ女が、感動の葬式の最中に復活したのである。あれはもう、普通に劇場版のラストだった。泣いていた連中は叫ぶし、総理は腰を抜かしかけるし、龍兄は気持ち悪い泣き方で抱きついてこようとするし、朔は泣きそうな顔を一瞬で殺してから「生きてんなら先に言えや」と私の脛を蹴るし、ママは私を抱きしめたあと普通に怒るし、パパは泣きながら死亡届と復活届と雇用契約の扱いを考え始めるし、柚姉は神妙な顔で嘘っぽい祈りを捧げるし、俊くんは私の名前を呼びながらボロ泣きするし、おばあちゃんは「まあまあ、紬ちゃんもお腹空いたでしょう」と飯を出す。
うまかった。
死ぬ前の私が「葬式の料理はケチるな」と遺書に書いておいたのは、完全に正解だった。本人が食べる可能性を想定していたわけではないけれど、結果的に先見の明があった。偉い。遺書の私、偉い。死ぬ前のくせに、食に関しては妙に判断力が高い。
復活直後の一週間は、そりゃあすごかった。補給班は泣きながら肉を運び、政府は「生還祝い」と称して巨人用食材を解放し、世界中から祝いの料理が届き、私は葬式で食べ損ねた料理まで含めて、うまいうまいと泣きながら食った。自分の葬式料理を本人が食い荒らす光景は、人類史に残る珍事だったと思う。
私はその時、少しだけ思ったのだ。
ああ、これがベストエンドかもしれない、と。
死んで世界を救って、自分を少し好きになって、さらに復活して飯も食える。完璧。欠点があるとすれば、復活した私の食費を誰が払うのかという現実的すぎる問題だけである。
死亡保険金とか出ていないか確認したら、朔に無言で脛を蹴られた。痛かった。けれど私は悪くない。かなり死んでいたのだから、半額くらい出てもよくない? という気持ちは今でもある。もちろん口に出すとまた蹴られるので、心の中だけにしている。私は学習する女なのだわ。
まあ、それは後で別の方法で誤魔化せるようになった。
問題は、そこからだった。
復活した私は、最初の一週間こそ「世界を救った女」として大事に扱われた。けれど二週間目には、だんだん家族の目が元に戻り始めた。三週間目には、ママが冷蔵庫の前に立つ私を見る目が完全に昔のそれになった。四週間目には、私は「充電期間」という大変便利な言葉を盾に、食う、寝る、ゲーム、漫画、ネット、布団、ツムニー、たまに配信、また食う、という無職ライフを送っていた。
劇場版玉織紬、食う寝るツムニーの三大欲求。
もともとギャグキャラ寄りの私が、あんなにシリアスをやっていた方がおかしかったのだわ。世界だってそろそろ思い出すべきなのよ。私は綺麗な救世主ではなく、黒パーカーで床を溶かす公共珍獣なのだと。
しかし、ママは思い出す速度が早かった。
一週間後から本気出す、と言った。
次の一週間も同じことを言った。
さらに次の一週間も、だいたい似たようなことを言った。
そして今日、ついにビンタである。
働かずに食う飯は美味いか。
その問いに、私は正直に答えただけなのに。
世の中、正直者が報われないこともある。
でも、畳の上でしばらく転がった後、私は起き上がり、茶碗を持ち直した。ママが怖い。頬も痛い。けれど、ご飯は美味い。米粒は一つ残らず回収しなくてはいけない。私は舌で口の中の米を寄せ集め、飲み込み、それから小さく言った。
「……ママ」
「何」
「いつも美味しいご飯、サンクス」
ママの眉が、ほんの少しだけ動いた。
こういうことは、言わないと分からない。
私は、それを死にかけてようやく学んだのだわ。命を捧げて世界を救うより、毎日の手間へありがとうを言う方が難しいこともある。ご飯を作る。食わせる。怒る。片づけろと言う。そういう継続的な手間こそが、私の欲しかった善性であり、愛だった。
私のような女にとっては、感謝を口に出すだけで内臓が裏返りそうになる。照れる。負けた気がする。お腹も空く。善性はプリンで使い切った気がしていたけれど、どうやら米でも少し補充できるらしい。
まあ、その直後に二杯目をよそおうとして、また拳骨を食らったのだけれど。
ありがとうを言えた私は偉い。
その直後におかわりを要求した私は、まあ、私だった。
◇
復活後三日で、私はさらに存在進化した。
名は【嫉妬餓妃龍帝】。
リヴァイアサンか? これ?
正直、自分でも何が何だか分からない。食屍龍姫からさらに進んだ結果、嫉妬と飢餓と龍帝系統が混ざったらしい。名前が重い。字面が強い。あと、燃費がさらに悪化した。
これ以上悪化する余地があったのか、というところからさらに悪化した。人類の補給計画は、私が存在進化した報告を聞いた瞬間に何人か倒れたらしい。申し訳ないとは思う。思うけれど、私のせいではない。いや、私のせいかもしれない。でもお腹が空くのよ。そこはもう自然災害みたいなものとして処理してほしい。
ただ、その代わりに得たものもある。
存在進化によって、別世界への転移能力――【異界渡り】がかなり安定したのだ。
その中に、やたら強くて、倒すと強力なアーティファクトを落として、何より美味い奴らがしこたまいる世界があった。澪いわく、あれは生き物ではないらしい。精巧なAIだとか、魂を持たない疑似生命だとか、倫理的に食べても大丈夫なやつだとか、難しいことを言っていた。
途中で寝た。
つまり、美味くて食っても怒られないらしい。
それだけで十分だった。
私は異界を渡り、魔物を食い、アーティファクトを拾い、地球へ持ち帰る。寿命問題、資源問題、エネルギー問題、人口問題。そういうものが、私の食後のゲップみたいなものから少しずつ解決していくらしい。増えた人口は別の星や別世界へ移住できるようになり、ダンジョン内で採れる食材のおかげで農業や畜産業は形を変えた。農家や畜産家の人たちは失業したのかと思ったら、むしろダンジョン潜って収入を三倍にしているらしい。たくましいわね、人間。
私も負けていられない。
異界で一ヶ月ほど貪り、満腹になって、一日だけ地球へ戻る。
その繰り返しだ。
ただし、ここで問題になるのが時間である。私が異界で一ヶ月食っている間に地球でも一ヶ月進んだら、普通に失踪扱いされるし、ママに怒られるし、補給計画も混乱する。そこで役に立つのが、存在進化で得た時間操作能力――【時間渡り】だった。
指を鳴らす。
ぱちん。
地球の時間を、止める。
これで私は、他世界にいる間の地球の時間を進めないようにできる。つまり、地球ではもやし生活でも、私は別世界で竜の丸焼き、巨人用シチュー、魔王ステーキ、星獣の刺身、謎の神格スープなどを食いだめできる。
何という合理性。
何という社会貢献。
これぞ働く女、玉織紬である。
別世界で食いだめしているから、家の冷蔵庫を襲う頻度も少し下がる。ママが少しだけ私を見る目を柔らかくした。私はちょっと泣きそうになった。いや、だって、冷蔵庫を襲う頻度が下がっただけで母親の信頼が少し戻る女って何なのよ。人生のハードルが低すぎるでしょう。でも低いハードルを越えるのも大事なのだわ。まずは足元から。社会復帰も冷蔵庫非襲撃から。そういう標語で行きたい。
別世界の魔物を一ヶ月エンドレスで食い続けては【存在捕食】で血肉に変えているので、あの時から私はかなり強くなっている。
たぶんドラゴンボールでもやっていける。
ふふ。
見なさい、ママ。
働かずに食う飯も美味いけれど、働いたことにして別世界で食う飯もかなり美味いわ。
もっとも、持ち帰ったアーティファクトは人間共に渡しているので、実質的にはちゃんと働いている。たぶん。少なくとも、履歴書に書ける活動ではあるでしょう。職務内容、異界捕食および有用資源回収。いや、字面だけ見るとかなり立派だわ。これでもう面接で落とされる筋合いはない。面接官が正気なら落とすでしょうけど。
つまり私は、食っているだけでまた社会貢献している。
偉すぎる。
ただし、調子に乗るとろくなことにならない。
◇
姉の威厳を示すべく、時間停止中に朔へカンチョーした。
殴り殺された。
朔、あいつ何なの? 時間停止中に姉の気配を読んで反撃してくる妹、普通に怖すぎるのだわ。私は一度死んだ。復活した。たぶん命のストックみたいなものが働いた。詳細は知らない。知りたくもない。尻の話で死んだ記録をあまり学術論文に残してほしくない。
そもそもカンチョーは文化であり、家族内コミュニケーションの一種であり、私は姉としての親しみを示しただけなのだけれど。
ママに言ったら、無言で箸を置かれた。
パパは胃薬を飲んだ。
龍兄は「紬、そういうことは同意が」とか真顔で言い始めたので朔に殴られていた。ざまあみろ。
私は諦めていない。
私のテロメアは崩壊している。寿命という概念がどうなっているのか、自分でもよく分からない。朔が老化するのかも怪しいけれど、長期戦なら最終的に私が有利な可能性はある。
五百年後くらいにリベンジするわ。
覚えていなさい、朔。
なお、こういうところが本当に良くない。
◇
問題は、それ以外の時間がだいたいカスなことだ。
近所のガキの誕生日会に乱入し、料理をほとんど食い尽くして、縁を切られそうになったことがある。
あれは事故だった。
いや、まあ、九割くらい私が悪いけれど、悪気はなかったのだ。子供たちが「紬ちゃんも食べていいよ」と言った。私は「いいのね?」と確認した。彼らは笑顔でうなずいた。私は食べた。
思ったより食べた。
気づけば唐揚げの山は消え、ピザは箱だけになり、ケーキは皿の上で歴史になっていた。子供たちが泣き、大人たちが固まり、私は口の端にクリームをつけたまま、「……おかわりある?」と言った。
最悪である。
公園のガキ一人一人の家へ回り、謝罪し、異世界土産の安全なアーティファクトを渡し、ついでに菓子を少しもらった。反省している人間が菓子をもらうなと言われそうだけれど、出されたものを断るのも失礼でしょう。私は礼儀を覚えつつある女なのだわ。
フェミニスト対男性陣の、「男は女にご飯を奢るべきか奢らぬべきか」論争に乱入したこともある。
私は令和の男女平等について、大変真面目に考えた結果、割り勘こそが令和の男女平等だと言った。
全員に袋にされた。
私の割り勘は、一人だけ食費が桁違いになるからだ。男女平等を掲げながら、周囲へ災害級の負担を押しつける女。そりゃ殴られる。私も途中で「あ、これ私が一番悪いかもしれない」と思ったけれど、引っ込みがつかなくなったので最後まで偉そうな顔をした。こういうところが本当に良くない。
でも、そこで引いたら私の負けでしょう。
何と戦っているのかは知らない。
ゴキブリをしこたま食って、ゴキブリ由来の血肉を生成していたら、「ゴキブリでできた紬さんを食べたい」とほざく変態にも遭遇した。ゴキブリ丼を差し出された。あの瞬間ばかりは、私も自分の人生がどこで間違ったのか真剣に考えたわ。
食べたけど。
私は自分を大概終わった女だと思っているけれど、世界にはさらに下から覗き込んでくる奴がいる。ゴキブリ丼を差し出された瞬間、私は久しぶりに「自分はまだ常識側かもしれない」と思った。錯覚かもしれない。でも、化け物は錯覚でも救われることがある。
つばくれおじさんという近所のヤバい奴に求婚されたこともある。
目腐ってんのかこいつ。
そう思った。
けれど同時に、私は考えた。
「……いや、でも待ちなさい。食費を出してくれる夫がいて、そいつが死んだら保険金と遺産で一生飯が食える可能性があるのよね」
そこまで考えた時点で、私は自分の発想が化け物としてもかなり終わっていることに気づいた。
だが、気づいただけである。
改善したとは言っていない。
改善する気も、あまり無い。
私は最低だが、最低なりに自分の最低さを客観視できる女なのだわ。客観視できるなら直せと言われると、ちょっと困る。そこまで人間性能が高くないのよ、私は。
◇
無職穀潰しのみで構成された野球チーム【カスゴミナイン】で世界に恥を晒したこともある。
そこら辺にいた、社会から少しずつはみ出し、生活力と協調性と労働適性と朝起きる能力をどこかへ落としてきた、選りすぐりのカスゴミたちである。年齢も性別も経歴もバラバラだったが、全員に共通しているのは、目の奥に「できれば今日も働きたくない」という濁った光があることだった。
まあ、カスゴミナインは初回試合で二十七対ゼロで負けた。
集合時間に四人来ない。来た五人のうち二人が寝ている。守備位置を決める前に、誰が一番社会へ恨みを持っているかで揉める。キャッチャーが防具を付けたまま帰宅しようとする。私は一塁へ走るべきところを、売店の匂いに釣られて三塁側のフランクフルトへ向かう。
「……すごいわ」
私はグラウンドの端で、黒パーカーのフードを深く被ったまま、感動していた。
「ここまで社会性のない人間が九人揃うと、逆に壮観ね」
チームメイトに「キャプテンが一番終わってますよ」と言われた。
「むぐむぐ……うるさいわね。私は職歴持ちよ」
職歴マウント。
気持ちいい。
相手が無職穀潰しだと、私でも社会的優位に立てる。最低の優越感だけれど、優越感は優越感であると思うのよね。
なお、二試合目は相手チームが来なかったので不戦勝した。
カスゴミナイン、初勝利である。
私は胴上げを要求した。
誰も持ち上げられなかった。
私が重くなりすぎていたからだ。
悲しかった。
◇
ノアが蘇った。
昔飼っていた犬のノアである。
最近、死んだ生き物が蘇る現象が立て続けに起こっているらしい。世界の仕様変更の副作用だとか、魂の連続性の再接続だとか、澪が何か難しいことを言っていたけれど、私は途中から寝た。
要するに、戻ってきたのだ。
戻ってきたなら、それでいい。
私は少し泣いた。
かなり撫でた。
ノアは尻尾を振った。
それから三分後、私は思った。
畜生を配信に出したら人気が出るだろう、と。
情緒の賞味期限が短い。
でも実際そうでしょう。
配信に出した。
チャンネルを乗っ取られた。
ノアは可愛かった。私は黒パーカーの公共珍獣だが、ノアは正統派の可愛い犬だった。コメント欄は「ノアちゃんかわいい」「紬どいて」「紬は映らなくていい」「犬だけ映して」「食うなよ」「犬を食うなよ」「犬の飯食うなよ」「飼い主の奇声いらない」で埋まった。
てめえら覚えてろ。
おまけに“待て”対決で負けた。
食い意地の張ったノアに。
納得いかない。
私のチャンネルなのに。
しかもノアは、配信後に異世界産ジャーキーの案件を取った。私はそのジャーキーを食おうとしてノアに吠えられた。
昔飼っていた犬に、現代社会で負けている。
何なのよ、これ。
でもまあ、ノアがいる生活は悪くなかった。
寝ている時に腹の上へ乗られると、ちょっと嬉しい。飯を狙われると腹立つ。可愛い。ムカつく。可愛い。これが愛なのかもしれない。たぶん違うかもしれない。
◇
異界渡りで、異世界観光もした。
クトゥルフもニャルラトホテプもうんめぇした。いや、かなり大変だった。食えるかどうかで言えば食えたけれど、味の方はなかなか複雑だった。クトゥルフは海産物と宇宙の悪夢を圧力鍋で煮込んだような味がした。ニャルラトホテプは食べるたびに味が変わる。最初はチョコっぽいと思ったら、次の瞬間には焼肉で、その次には大学時代の黒歴史の味がした。
何よ黒歴史の味って。
口の中に昔の面接失敗が広がるの、本当にやめてほしい。
黄金の剣とかいう異世界の冒険者パーティと冒険したりもした。アーサーとかいう龍兄のパチモンみたいな金髪、オーエンとかいうやたら面倒見の良いクズ、スヒリアとかいうだいぶ頭のアレな無乳。パーティメンバーの三分の二が犯罪者とかいうイカれたメンバーで、なかなか居心地がよかった。いや、居心地がいいのは問題かもしれないけれど、気楽だったのだわ。
ゴキブリと生ゴミを躊躇なく食える女が私以外にもいるのは驚いた。
世界は広い。
全能神を見つけて、たかって、しこたま飯を食ったこともある。
全能なら無限に飯を出せるでしょう、という理屈で押した。向こうは最初、神性の尊厳みたいな顔をしていたが、最終的には疲れた顔で無限バイキングを展開してくれた。全能神にも疲労という概念があるらしい。勉強になったわ。
上位世界の読者様のところへワープしたこともある。
私の風呂キャンを笑った制裁としてカードをパクって豪遊した。
もちろん悪いことだとは分かっている。分かっているけれど、風呂キャンを笑う方も相応の覚悟を持つべきなのだわ。私だって傷つく。あと高い肉は美味い。風呂とは社会性の税金であり、私には税負担が重すぎる日もあるのだわ。
反省はしている。
よってこれは正義。
カードの限度額には、少し感動した。
後で通報され、社会性棒と正義棒でボコられた。
もちろん、私は反省している。
反省はしているけれど、改善するとは言っていない。
◇
澪とラスベガスへ行った。
前に一緒に海外旅行へ行こうと言っていたのだ。こういう、行けば楽しいと分かっていても面倒くさいから理由をつけて行かない、みたいな状況に、澪は私を引っ張り出してくる。
正直、かなりありがたい。
ありがたいけれど、気持ち悪い。
カジノでは最初に少し勝った。そこから「私、才能あるのでは?」と勘違いして、次に負けた。負けた分を取り戻そうとしてさらに負けた。最終的に、別世界産のアーティファクトを質に入れかけたところで澪に止められた。危なかった。ギャンブルは怖い。飯より怖い。飯は食べれば幸せになるが、ギャンブルは勝つともっとやりたくなり、負けると取り返したくなる。つまり常に負けている。社会の罠だわ。
カジノで勝ったら飯を食い、負けたら腹いせに飯を食い、ショーを見ながら飯を食い、バイキングで店員に止められ、別世界から持ち込んだ肉を焼こうとして怒られ、スロットの音に合わせて尻尾を振り、カジノチップをうっかり食べかけた。澪は楽しそうだった。あの女、私が迷惑をかけている時に妙に嬉しそうな顔をする。どういう趣味なのかしら。気持ち悪い。
バイキングは良かった。
ラスベガスのバイキングは偉い。量がある。種類がある。派手で、雑で、胃袋に対して陽気な暴力を振るってくる。私は皿を山脈にし、肉を城壁のように積み、デザートを河川のように流し込み、澪に「紬さん、そろそろ店側の表情が死んでいます」と言われた。
「世界を救った女が食ってるのよ。宣伝になるでしょう」
「店名が残るかどうかの方が心配されていると思います」
「失礼ね。私は食べ放題文化へのリスペクトを持っているわ」
「リスペクトで店の在庫は消えません」
まあ、なかなか楽しかった。
帰りの飛行機で、私はお布団を被ってすやすやしていた。飛行機に布団を持ち込むなと言われそうだけれど、持ち込んだ。私は世界を救った女なので、ある程度の布団権は認められていいと思う。
澪が隣で何か言っていた。
たぶん、かなり重いことを言っていたと思う。
「これは独り言ですけど」から始まる話は、だいたい独り言ではない。あの女はそういうところがある。重い感情を寝ている相手へ投げつけ、聞いていないと思わせながら、たぶん少しは聞こえていることを期待している。面倒くさい女ね。私に言われたくないでしょうけど。
「紬さんが必死で足掻いていたことは、誰かに用意されたものじゃありません」
澪は、そう言った気がする。
「勉強したことも、日雇いで失敗し続けたことも、コミュニケーションを覚えようとしたことも、公務員試験を受けたことも、プリンを我慢したことも、全部、紬さんのものです」
なんの話よ。
私は毛布の中で目を細めた。
「あなたが選んだことです。あなたが藻掻いたことです。あなたが、あなたの足で、そこまで行ったんです」
重い。
眠い。
けれど、悪い気はしなかった。
「だから、そこだけは誰にも奪わせません。あなたが自分で出した答えだけは、誰のものでもありません」
「……こいつ何言ってるのかしら……」
私は毛布の中でぼそっと呟いた。
「テメーは単なる人間でしょうが……そういう黒幕みたいなセリフ、どこで覚えてくるのよ……」
澪は何か笑っていた気がする。
この女が何か隠しているのは分かる。時々、世界を作った側みたいな顔をするし、たまに政府より先に全てを知っているし、私の行動予測が気持ち悪いくらい正確な時がある。けれど、私が知っている澪は、昔から気持ち悪い善性の女で、重くて、怖くて、眩しくて、私にとっての傷で、呪いで、救いみたいな女だ。
全部は知らない。
知る気も、今はあまりない。
そのうち、気が向いたら聞けばいい。
腹が満ちて、布団があって、世界がまだ続いているなら、今日のところはそれで十分なのだわ。
羊が一匹。
羊が二匹。
ぐぅ。
◇
いろいろあった。
本当に、いろいろあった。
世界は変わったし、私はさらに変なものになったし、澪は相変わらず重いし、朔は相変わらず怖い。ノアは可愛い。カスゴミナインは弱い。別世界の魔物は美味い。ママは怖い。パパは胃薬を飲む。龍兄は仮釈放みたいな生活をしている。柚姉は相変わらず嘘くさい。子紬たちは元気すぎる。私はたまに社会性棒で殴られる。
でも、食卓へ戻れる。
それだけで、たぶん十分だった。
今日は、すっぽかしたあの時のやり直しの誕生日パーティだった。
あの時、私はプリンを持って帰れなかった。
龍帝に潰された。ぐしゃぐしゃになった。朔へ渡すはずだったプリン。家族全員分のプリン。私が一ヶ月おやつを我慢して、三日徹夜で注文書を書いて、どうすれば美味しくできるか考えて、食べずに持って帰ろうとした、あのプリン。
奇跡的に、残っていた。
完全な形ではない。
でも、澪や柚姉や、よく分からない技術班や、よく分からない魔術班や、たぶんおばあちゃんの祈りみたいな何かのおかげで、食べられる形に戻っていた。名前札も新しくなっていた。朔の分。私の分。龍兄の分。柚姉の分。俊くんの分。パパとママの分。おばあちゃんの分。澪の分。子紬たちの分。ノアの分は別枠で犬用。
食卓には、巨人用の肉も、巨大な鍋も、山盛りの白米も、揚げ物も、汁物も、ケーキも、異世界土産も、普通の味噌汁も、もやし炒めもあった。
みんながいた。
澪もいた。
私は、しばらく何も言わずにそれを見ていた。
まあ、結局私は、澪みたいな善人にはなれなかった。
龍兄みたいに、社会の中で綺麗に回ることもできなかった。あいつはあいつで下半身が終わっているけれど、それでも必要な時に必要な場所へ立てる。私はそこまで器用ではない。
ママのように、継続的に他者へ手間を割く善そのものにもなれなかった。あの人は怒りながらでも飯を炊く。怒りながらでも家族を見捨てない。私にとっては、世界を救うことよりずっと難しいことを毎日やっている。
パパのように定職について、家族を継続的に養うこともできなかった。書類と会議と胃痛に耐えながら、社会の歯車であり続けることは、私にはきっとまだ遠い。
朔のように、自分の悪性を抑えてカタギに迷惑をかけないようにすることもできなかった。いや、朔は悪性の方向性がだいぶ暴力的なので完全に褒めていいのかは微妙だけれど、少なくとも外ではちゃんと回れる。しかも最近、子紬にメロメロでかなり気持ち悪い。本人に言うと殺されるので言わない。
俊くんのように、私の小さな足掻きに気づいて、ちゃんと憧れることもできない。
総理や村山くんのように、常識と善良さで社会を支えることもできない。
ノアのように、ただそこにいるだけで可愛がられることもできない。いや、私にも愛嬌はあるはずだけれど、ノアのそれとはだいぶ種類が違う。ノアは可愛い。私は、ギリギリ許されるタイプのクソ女だ。
そういった善になることは、たぶん絶対にできない。
これからも、迷惑をかける。
怒られる。
腹を空かせる。
たまにどうしようもないことをする。
反省はするけれど、改善しきれない。
ありがとうを言えるようになっても、その直後におかわりを要求する。
世界を救っても、近所のガキの誕生日料理を食い尽くす。
社会に貢献しても、時間停止中に妹へカンチョーして殺される。
私は、そういう女なのだわ。
でも。
食って、片づけて、少しだけ感謝されて、飯をもらって、帰って寝る。
そんな歯車が一つくらいあっても、まあ、いいでしょう。
泥でできていて、回るたびに周りを少し汚して、しょっちゅう油切れならぬ飯切れを起こして、たまに勝手に布団へ逃げる。そんな出来の悪い歯車でも、噛み合う場所があるなら、そこにいてもいい。
私は、私を肯定する。
これが私の化け物ライフ。
ハッピーエンドの、その少し先。
あえて名をつけるなら。
VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!
……長いわね。
でも、まあ、私の人生なんてそんなものだ。
私はプリンを手に取った。
綺麗だった。
つやつやで、なめらかで、カラメルが絶対にうまいやつ。あの日、潰れて、泥と血に混ざって、もう渡せないと思ったもの。それが今、ちゃんと私の手の中にある。
私は口いっぱいにプリンを頬張った。
冷たい。
甘い。
なめらかで、卵と牛乳と砂糖とバニラと、焦がしたカラメルの苦みが舌の上でほどける。涙が出そうなくらい美味い。いや、実際ちょっと出ていたかもしれない。私は涙を誤魔化すように、最低で、図太くて、図々しくて、愛嬌だけはギリギリ残った笑顔を浮かべた。
みんなが言った。
「「「「「「「「ハッピーバースデー! 玉織紬!」」」」」」」」
めちゃくちゃ嬉しかった。
だから私は、照れ隠しに最悪の笑顔を浮かべながら、世界で一番図々しい声で言った。
「おかわり!」
めでたし。
めでたし。
【挿絵表示】
←最終玉織紬
ここまで読んでいただきありがとうございました!感謝!
シリアスしない詐欺とか最終話詐欺とかしましたが、本当にこれで終わりです。
3章ミスった気配があるのでいつかリメイクできたらいいなと思っています
皆様の感想、評価、お気に入り、ここすき、最終話までの閲覧は生きがいとしつこいほど言いましたが、あれに偽りはありません。
本当にありがとうございました!