〈完結〉超かぐや姫Z!~もうちょっとだけハッピーなエンドを~ 作:すっごい性癖
かぐやとお姉ちゃんとの身柄交換は驚くほどにあっさりと済んだ。
結局のところ月側も急に逃げ出したかぐやを連れ戻したかっただけで、大事を起こしたかったわけではなかったのだろう。あのライブの日だって私たちが迎え撃ったから戦闘になっただけで、攻撃さえしなければすんなりと終わっていたのかもしれない。
〈ツクヨミ〉内にやってきたあの日と姿変わらぬ月人たちは、牛車のような乗り物に眠った状態のお姉ちゃんを乗せてやって来た。その姿は連れていかれたときのようなかぐやと瓜二つのものではなく、姉が普段使っていたタヌキのもの。
その寝姿があまりにも穏やかで、まさか死んでいるのではないかと思ってしまうほどのモノであったが……。
よく耳をすませば寝息が聞こえてきたから、確かに生きているはずだとそう判断した。
こちらの心配とかも知らずスヤスヤ眠っているのだと思うとちょっとムカついたが、おかげでこの一か月が充実したものであったことを思うと感謝した方が良いのだろう。
最初はこちらがお姉ちゃんの身柄を受け取った。受け取った、と言ってもそんな大それたものではなく、牛車から下ろされた彼女を私が抱っこする形で受け取っただけなのだけれども。
〈ツクヨミ〉の世界にはまだ五感の実装はされていないから、その身体の温かみや重みを感じることはないので、抱いていて感覚も殆ど無かった。
そしてそんな彼女をずっと抱えていたわけでもない。受け取って数秒経過したら、彼女の姿が掻き消えたのだ。
マジックや魔法の話ではない。私たちが良く知っている現象だ。ただの〈ツクヨミ〉からログアウトする時のエフェクト。
かぐや曰く、恐らくこれで喪失したお姉ちゃんの部屋に姉の肉体が戻ってきたはずとのこと、らしい。どんな仕組みなのか分からないけれども。
……そしてそんな簡単に終わった姉の受け渡しであったが、こちらが受け取ったのならば残っているのは、こちらの明け渡しだけ。
正直言って、やっぱり私はかぐやに帰ってほしくはない。姉も確保したしこの場はうやむやにして、今すぐその場から逃げ出したかった。
そこのところは一か月前の引退ライブと何も変わってはいない。
――けれども。変わっていなくても、加わったものはある。
「……ばいばい、かぐや」
「うん、バイバイ彩葉。……約束、守ってよね?」
「もちろん。かぐやがもう嫌だ、ってなっても歌うの止めてやんないんだから」
「あっはは! 楽しみ!」
加わったもの。
それは余裕であり、諦めであり、時間であり、別れの準備であり、あれであり、なんであり……。
結局のところ要するに、『約束』であった。
いつものようにかぐやが笑う。つられて私も笑顔になる。一緒に笑いあえば、それだけで幸せな気分になれる。
お姉ちゃんの独断専行が生んだものは一か月の猶予時間でしかない。
このお別れを無に帰すような強い影響も無かったし、ここに居る月人たちをすべて打ち倒すような強力な力にもならなかった。
けれども、きっとそんなものよりももっと必要だったのが……。私たちに真に最も必要であったものこそが、時間であったのだ。
あの時、かぐやが月に帰ると言われたとき、私たちにはほとんど時間がなかった。いや、多少はあったのだけれども、私たちはその時間を別れのために使おうとしなかった。
かぐやは残り少ない地球の時間を無駄にしない為に、生き急ぐようにやりたいことを満たしていき。一方で私はかぐやを帰さない為と、兄や友人たちを呼びこんで作戦を練って。互いにお別れの準備は一切せず。
二人とも目先のことに囚われて、お別れという現実から目をそむき続けてしまっていた。
もっと話し合うべきだったし、もっと触れ合うべきだったし、もっと混ざり合うべきだったのだろう。
でも、私たちはそうしなかった。ただ只管に嫌だったから。お別れと言う確かな未来が嫌であったから、直視を拒絶した。
そして、だからこそ。
だからこそ、お姉ちゃんが自身の身を賭して生み出したものが時間であったことは、私たちにとって最大の幸せであったのだ。
もうお別れの準備は済ませてある。もう嫌だからって現実から目は背けていない。
ばいばい、って。どんなに悲しくても、それでもその言葉が言えるくらいにまで私たちは納得できた。前は無かった納得感が、今私たちにはある。
それはやっぱり、お姉ちゃんが生み出した一か月と言う余剰の時間のおかげ。
あの日、悲嘆に暮れながら消え去るかぐやを遠くから見つめるだけであったであろう私が、今こうして仮初でも笑顔を浮かべてかぐやに別れを告げられているこの現状こそが、姉の生み出した奇跡の賜物。
それに私は、深く、深く感謝して――。
「でも、勝手なことをやったゆい姉を怒るってのとは、別問題だからね!」
「うん。私もそれはそうだと思う」
けれどもやっぱり、自分の身を投げ捨てるような真似は許せないなって。そう、かぐやと笑い合った。
「うん、よし――」
かぐやが月に帰ってから一週間ほど経った休日の夜。私は一人で住むには広すぎる――まあ二人で住むにも広すぎたが――部屋となった自宅の、ベランダへと出ていた。
空に浮かぶのは満月からやや欠けて、八分の月。まん丸のパンケーキを、誰かがこっそり一口齧った様な、そんな形。
若干肌寒くなってきた秋の季節。
私は電子キーボードを持ち出し、そんな涼しいベランダへと躍り出ていた。
「一週間って……。もうちょっと死ぬ気でやってたら、かぐやが居る間に間に合ったのかな……」
ポーン、と人差し指で試しに適当な鍵を推し、音を鳴らす。別に壊れていないことは分かっていたけれど、なんとなく。昔っからの癖って奴だろうか。
「いや、無理か。あの時は精一杯やってたし。いや、でも……。ちょっと恥ずかしくなってきたな」
いくら約束だからってなぁ。やっぱり恥ずかしいモノは恥ずかしい。そもそも、歌うのは私の役割じゃなかったし。私はあくまでいろPであって、そのPはプロデューサーの頭文字。
お高い部屋ですから防音も完ぺきではあるというか、かぐやの配信活動のために選んだ部屋なんだから当然の防音性能を誇る部屋だけども……。
でもベランダともなると防音性能ってのもあんまり関係ないし。
「いや、言い訳かこれ」
結局のところ、恥ずかしいのと同じくらい自信が無いのだろう。
かぐやと結んだ何よりも大切な約束、その願いである私たち二人の歌。
私自身は自分ができる最大限の力を注ぎこんで作ったつもりだけれども、その成果が大したものでは無かったら。もし、その約束の終わりとしてふさわしいモノとなっていなかったら。それが私には怖いのだ。
でも、それでも……
「やっぱり、約束は約束。かぐやと誓ったから」
私は両手をそっとキーボードへと乗せ、指を運ぶ。あたりに響く、電子の音階。
私はその旋律に合わせ、歌を歌い始め――
「ん、んぅ……」
リビングのソファの上で私はまどろむ。いっくらアイツに嫌ってなるほど聞かせてやる、と言ったからって休日返上で歌い続けるってのはちょっとやり過ぎた。
あぁ、喉に違和感がある。冬が近いってのに乾燥を気にしないで声を出し続けてたから喉がイガイガしている気が。
頭は――。二日間ずっと起きていて、今度は死んだように眠って、とかバカみたいな脳みその使い方をしたからか文句を私に言ってきている気がする。これ以上、酷使するな! って。まぁ今までも散々酷使してきたから、それは今更だ。慣れたもの。
それに若干身体が重い。倦怠感、ってやつだろうか。まるで体の上に重い布団をかぶっているような、そんな感覚。そう言えば少し前に、同じようなことがあったっけ?
あぁ、でもこの感じ……。風邪、引いちゃったのかなぁ。
「彩葉ぁ、お腹空いたぁ……」
「はいはい。簡単にパンケーキで良いよね?」
あぁ、違った。身体が重かったのは倦怠感なんかじゃなかったらしい。私は、自身の上に居る人影を押しのけて――
「えっ――」
それは、いったいいつの日の記憶であったか。
拾い上げた赤ちゃんを育てていたら眠っている間に十歳くらいまで成長して。赤ん坊を抱いて寝ていた私は急に重くなった子供を押しのけて――
急激に目が覚める。先ほどまで寝ぼけていた眼も、死にかけであった脳みそも一気に覚醒させて、振り返って――。
そこに居たのは……。
「えへへっ、久しぶりだね。彩葉?」
そこに居たのは……。
バツが悪そうな笑顔を浮かべながら、それでもやっぱり大輪の花のような美しい……。
「帰って、きちゃった」
かぐや姫なのであった。
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前半で帰ったのに後半で戻ってくるとか情緒もクソも無い話だな