〈完結〉超かぐや姫Z!~もうちょっとだけハッピーなエンドを~ 作:すっごい性癖
暫くしたらこの回は文章を整えるかもしれません
「……かぐや」
そっと、可能な限り優しくベッドに横になるかぐやの頬を撫でる。
普段だったら「くすぐったいよ~」だとか、「も~、彩葉ってばかぐやのこと好きすぎ~」だなんてうるさくしていただろうに、今は何も言ってくれない。閉じられた瞳は動かず、張り付けられた無表情の氷は解けずそのまま。
ベッドの上の彼女は、浅い呼吸を規則的に繰り返す機械の様であった。
あの後、一旦〈ツクヨミ〉からログアウトした私はかぐやを探した。敵のチートコードに汚染され、〈ツクヨミ〉世界から姿をかき消したその光景に嫌な予感がしたからだ。
お姉ちゃんが月へと連れていかれたときも、かぐやとお姉ちゃんの身柄を交換した時も、〈ツクヨミ〉からの退場と現実世界からの退去が同意義であった。ならば今回ももしかして、とそう考えるのは当然の帰結だろう。
だが不幸中の幸いと言うべきか、かぐやの身体は今回、現実世界からは消えてはいなかった。〈ツクヨミ〉から離脱し、スマコンを外すことも無く横に居たはずの彼女を探せばすぐに彼女は見つかったのだ。確かに触れる身体がそこにはあった。
ただ、幸運と呼べるのはたったそれだけ。確かに彼女の身体こそ消えてはいなかったが、後は最悪も最悪の光景。
その場にあったのは私が発見した時には既に意識を失い、地に堕ちるようにして意識を失う彼女の姿と、どんなに呼びかけようと目を覚ましてくれないという現実であった。
「ねぇ、かぐや? ほら、起きてよ……? いつもみたいにさ、バカみたいにうるさくって、私の邪魔ばっかりして……、それで……」
ベッドに横になる彼女の肩を少しだけ強く横に揺する。だがやはり、彼女は目覚めない。
ただ私の両腕には、意識を失った人間を揺すった時特有の、遠心力と体重とがズシンと圧し掛かるのみ。この重みが私に彼女の昏睡をこれでもかと冷酷に突きつけてくる。
「……」
どうかお願いだから嘘だと言ってほしい。
こんなことが起こっていいはずがない。彼女は……、かぐやは何もしていないじゃないか。
確かに彼女が月から逃げてしまったのは悪い事であっただろう。それを追いかけて地球まで迎えに来るのだって理解できる話だ。
だが、それは前までの話で……。今のかぐやは、月での労働の全てを終えて、その上で帰ってきた存在だ。
だと言うのに……、言うのに……。
あぁ、ダメだ。意識しないと暴れ出してしまいそうになる。この理不尽、この不条理に対する激情をどうしても体内に留めては置けない。幼稚な真似だとはわかっているけれども、この衝動を何かにぶつけて発散したくてたまらないのだ。
あぁ、彼女が眠るベッドの少し端を殴ろうか。クッション性能の高いマットレスがイイ感じの反発を生んできっと心地いいだろう。それとも地面を殴ろうか。硬さと冷たさが私に冷静さを生んでくれるかもしれない。はたまた自分自身を殴ろうか。痛みが今の私にはきっと必要だろうから。
それともいっそ、涙を流すか。この惨状を私は無視しきれない。泣き出してしまえばきっとそれはさぞ気持ち良いだろう、自身の情けなさから目を背けられるのだから。
いや、それはダメだ。
母がかつて言っていたのだったか。いや、どうだったか。あんまりよくは思い出せない。けれども、なんとなく簡単に涙することを咎めるべきといったようなことを言われた気がする。実際はどうであったかは、まぁこの際はどうでもいい。
普段ならあの人の言葉に感謝するなんてことは無いのだけれども、今日、この時ばかりはそんな教育がかつてあったことに感謝せざるを得ない。この場で泣いてしまうだなんて逃げを、私はするべきでは無いから。
「すぅ……、はぁ……」
強く、肺を意識して深呼吸を行う。自身の中でとどまり続ける最悪の感情を全て吐き出し、代わりに新しい酸素を無限大に取り入れようと最大限のポンプ運動。
そして私は体内の空気を完璧に入れ替えて。
それから再度、〈ツクヨミ〉の世界へとログインをした。
「まず初めに言っておく。かぐやの命に別状はない」
FUSHIの口から告げられた言葉に私は胸をなでおろす。現実世界で彼女の身体を確かめていた私であったが、そちらでは一切の情報が得られなかった。
FUSHIはFUSHIでかぐやの身体に電子的に干渉して、その中身を確かめていてくれたのだが、どうやらそちらではなんらかの発見があったらしい。
「よかった……。ね、彩葉?」
「うん、そうだね……」
お姉ちゃんも今のFUSHIの言葉にほっとしたのか、伸び続けていた背筋が少し曲がった。おそらく、気が気でなかったのだろう。現実世界の確認は私が、電脳世界の確認はFUSHIが行っていたからお姉ちゃんは報告を待つだけであり、一切の情報を得ることができずにいたから。
しかしやはり、どこまで行っても絶望と言うのはそう簡単に振り切らせてもらえるものではないらしい。
「ただ……」
そう言ってから、少し言いよどむような仕草をするFUSHI。私はそんな彼の様子に不安を抱きながらも、しかし続きを聞くしかない状況だから彼にうん、と一度頷く。
FUSHIはそんな私の様子を見て自身も覚悟を決めたのか、コクリと一度頷くと
「ただ……、いつ起きるかは……、わからない」
そう、残酷な診断の結果を告げた。
「そんな……!」
「嘘、でしょ……。そんな、そんなのって……」
絶望感に打ちひしがれ、私とお姉ちゃんはその場に崩れ落ちる。まるで自身の足場がたった今、全て崩れ去ったかのような錯覚を覚えた。
視界が一瞬ふらりとブレるも、何とか気合で持ち堪える。
「……FUSHI、どういうことかちゃんと説明して」
少し離れた位置に立つイロがそうFUSHIに投げかける。FUSHIは「あぁ……」とその言葉に頷くと、空中にいくつかの写真を浮かべ始める。
これは……、もしかして。
「あぁ、かぐやの中だ。正確には、かぐやの中の、プログラムの部分、だな」
「これが、かぐやの……」
一番近くの写真を操作で手繰り寄せ、じっくりと見る。その写真の中にあるのは、無数のコンピューター。よく、創作物で見る様なサーバールームとよく似たような構造をしている。
「あくまでこの写真はイメージなんだが、要は人ってのは無数のサーバーを脳内に保持して、記憶だったり五感だったりの情報を保持している。こいつらは言ってしまえば、かぐやがこれまでに得てきた情報を保存している部屋だ」
「これが……」
さらり、と私はその写真を軽く撫でる。〈ツクヨミ〉内であるのだから当然、触感などあるはずもないのに、なぜか私は柔らかさを感じた。
「で、彩葉の話に聞くチートコードの泥ってやつなんだが……。なぁ、コレで合ってるか?」
FUSHIは更に今までとは異なった写真をもう一枚、私たちの前に差し出し、続けざまに私に対して問いかけてくる。
私は促されるまま写真を覗き込み、そしてその像内を視界にとらえ……。
そして、違和感に眼を付けた。
「えっ……? あっ、うん! これ、これだよ!」
「そうか、やっぱり……」
私が見つけた写真内の違和感。先ほどと同様に建てられたサーバー群たちと……、その機体に纏わりつく赤い泥の存在。
あぁ、間違いない。これこそ、かぐやが不調を表明しだしたあたりから見られた、チートの泥だ。
「じゃあやっぱり……。この泥が悪さをして、かぐやをッ!」
思わず声が大きくなる。興奮が抑えられない。私の中の「やはりアイツが!」と、あの巨大な月人への憎悪を増していく。
そうだ。かぐやは元来、地球の人間ではなく月の住民。その身体は物質世界のものではなく、ヤチヨやかぐや本人曰く〈ツクヨミ〉などの電脳世界のものに近いと言う。
言ってしまえば、かぐやたちの身体はプログラムに近いとさえ見なせる。
そんな彼女がチートコードに汚染されたとなれば、当然、それは自己を書き変えられ――
「違う、そうじゃない」
「は? 違うって、それって……」
しかしそんな辻褄など元より存在していない、と言わんばかりにFUSHIに切り捨てられ私は途方に暮れる。
FUSHIが何を言いたいのか、一切分からない。だって見せられた写真だって、どう考えてもかぐやのデータサーバー、つまりは記憶を襲っているようにしか……。
要はかぐやは現在、ウイルスに脳を攻撃されているから昏睡していると、そう考えるのが普通だと思うと言うのに。だが、それが違うとなると……。
私はいくら考えても答えがわからず、FUSHIに続きを促す。
FUSHIは先程以上におずおずと、まるで自分から言うこと自体を躊躇うようにしながらも、しばらくしてから覚悟を決めたのか口を開いた。
「……あの泥は、かぐやに一切の攻撃をしてはいない」
「えっ? でも、実際にかぐやは……」
「うん。意識を失ってるよね?」
一体全体、FUSHIは何を言っているのだ。あの泥が、かぐやに攻撃をしていない?
では今現在のかぐやの昏睡も、あの時のかぐやの苦しそうな表情も、なんであったと言うのか。あの表情は、嘘なんかでは無かった。すぐ傍で見ていた私が見間違えるはずがない。
じゃあ、それならば……。
「あの泥は、多分……」
FUSHIが口を開く。今にも泣きそうな表情になりながら、それでも勇気を振り絞って。そこまで長い付き合いではないが、あそこまで悲しそうな表情をする彼を私は初めて見た。
「多分、かぐやの記憶を……、羨んでいる」
「は……? うら、やむ……?」
何だ、それは。思わず変な声が口から漏れ出る。
泥が、かぐやの記憶を羨んでいるだって? いったい、なんで。そしてそれが、攻撃に繋がらないって、それは……。
「ねぇ、FUSHIっ! なんで、なんでそう思ったの!?」
「…………ッ」
FUSHIに近寄り、彼に続きを促す。ここから先がまさしく、今回の件の本題であることが本能的にわかったからだ。
泥が、あの巨大な月人が生んだ遺物がかぐやの記憶を羨んでいると、そうFUSHIが判断した理由にこそ、今回の事件最大の穴があると、私はそう睨む。
だが、FUSHIはとうとう身体を震わせ、言葉を話さなくなり出す。ひたすらプルプル、プルプルと全身を揺らして。
これは……、泣いているのか?
「FUSHI……、なんで泣いて……」
私は泣き出した彼に手を伸ばして……
「やめてあげて、彩葉」
「えっ……、イロ?」
その手を先ほどまで距離をとっていたはずのイロに掴まれ、止められる。その手はぎゅう、と力強く、現実であれば私の骨が軋んでいるであろう程に引き絞られている。
「ここから先は私が説明するよ」
そう言ってパッと、手を離すイロ。私は半ば反射的に掴まれた腕をプラプラと振って、先ほどまでの握力を逃すようにして彼女の方に立ち向かう。
「あの時、私はアイツの……。月人の仮面を割ってあの下を見た」
あぁ、そう言えばそうだ。いろいろと問題が重なってしまっていたから忘れてしまっていたが、そもそもの発端はイロがヤツにトドメの一撃を放とうとし、そしてどうしてかその攻撃の手を止めてしまったことから始まる。
私が体勢を崩し、ヤチヨが相手を倒れ伏させ、お姉ちゃんがその像を地に縫い付けて生み出した絶好の機会。
それをイロは、頭部への一撃を仮面を割っただけと言う中途半端な成果で止めてしまった。
あの失態のせいで増援は追い付き、かぐやは敵に侵食され、ヤチヨは姿をくらましたのだ。
私は今更ながらにイロへの不満募らせ、一言、この場では言うべきではない言葉を言いそうになる。あの場ではみんな必死であったことをわかっていながら、それでも現在の惨状への責任を誰かに押し付けたくて仕方がなくて。
――だがそれよりも先にイロから告げられる真実で、私はそんな不満や恨みをどこかへと飛ばしてしまった。
「あの月人は、かぐやだよ」
「え……?」
私は今日何度目かもわからない、絶望の声を漏らした。
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