ご飯と仕事、ときどき誰か   作:お米太郎

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リハビリ執筆です。楽しいね。


01 女が飯を食うだけの話

 とにかく入れたかった。染井菊花は、定食屋で大盛を頼んだ。生姜焼き定食、キャベツ多め。ご飯は特盛。それと追加でからあげ六個単品、ひれかつ単品。タブレットがあって助かる。店員に見られることがない。

 

 二十九にもなって脂肪がつきやすくなっているのは重々承知しているが、腹が減っているのだ。こんなに良く入るなと上司には言われるが、それは網谷《あみや》にも言えることだろう、と菊花は思想する。彼は一つ年下なのだが、健啖家で自分以上によく食べる。ここは初めてやってきた。こぎれいなのに小汚い定食屋だ。上司への報告をする道すがら、見かけて入った。

 

 ほんの五分で頼んだものすべてが到着した。目の前には食べ物が広がる。

 「いただきます」

 お箸を割り、生姜焼きに手を伸ばす。うまい。たれがよく絡む。から揚げも上げたてだ。ひれかつもうまい。なんだ、味はいいじゃないか。そう言葉が出るよりも、食べ物を進める手のほうが早かった。

 

 八分もすれば、半分食べ終わる。警察官に時間は少ない。松屋だとかすき家だとかファスト牛丼屋を利用すべきなのだろうが、飯が好きなのだ。どれだけ急いでいても、飯は己を戻してくれる。最後の一口になる。

 

 ふと、強い視線を感じた。たどる。男だった。煙草を吸っている。この店は喫煙可能だったらしい。だからといって、それを嫌がる菊花でもない。頻度が低いが、喫煙する側だからだ。男の顔立ちはやけに涼やかできれいであった。

 

 髪の毛は黒黒しい。見目は整っていて、服装はカジュアル寄りのスーツだった。型をみるに、オーダーメイドで数十万するだろう。見られている。己の食べる量が多かっただろうか。それとも、早かっただろうか。どっちにしろ、菊花にはどうでもよい。菊花も男の顔に目がいく。合った。なんとなく、会釈した。あちらも返した。

 

 その手前には、やけに能天気そうな、のんびりとした男がいる。「やっぱチキン南蛮すねえ」と言った。チキン南蛮。こんど食べてみよう。それと、右手に光る時計がやけに、その男には不釣り合いだった。セイコーのアストロンで、数十万する代物だ。

 

 同期に時計好きがいて、よく学ばされた。時計でそいつのステータスがわかるのだ、と。女の己にはよくわからぬ世界だった。ひれかつの最後の一口が終わった。時計を見る。ジャスト十分。遅い。手を合わせて、食事を終える。うまかった。

 

 現金を支払い、定食屋を出た。初夏の風が己をなでた。これから、警視庁に向かう。

 

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