ご飯と仕事、ときどき誰か   作:お米太郎

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今作ってるゲームの主人公君です。今年出したいね。


02 男が定食屋へ向かうだけの話

 営業職に恐怖があった。ずっと、四六時中電話をして、自社製品を「買ってくださいよぉ」としつこく言い続けて、平日を消耗するものだと八木原海(やぎはらかい)は思っていた。 だが、違った。そんな怖さはあっけなく、水滴みたく蒸発していた。

「窓寺さん、納品に伺いましたー」

「おおう、(かい)ちゃんじゃないの。いつもありがとねぇ。ほれ、ポッキーやる」

「まじっすか!ありがとうございます!!」

 

 日傘がそろそろ必要になってきた十一時ごろ。

 玄関から海に声をかけたのは、取引先の男性だった。こんがりと焼けた小麦肌で、白髪をそのままにしている。小柄で、でも、とてもエネルギッシュ。

 

 今年で七十になるそうで、年齢を明かされなければ、そうそう見えない。とても精力的で、この年になって楽器をはじめたという。ホルンだ。世界でもっとも難しい管楽器とも言われていて、上達への道は遠い。ギネス記録にも掲載されているらしい。かたつむりみたいな顔をして激辛野郎である。

 

 海自身も、中学生から始めたがいまだに安定した音で一曲吹くのが苦手なのだ。この老年は、「生い先短くとも、やりたいことやって死にてえんだよ」と笑う。海も学生時代に触れていたから、たまに自分なりのコツを伝えることもあった。

 

「会社ん中いても、眠くなっちゃうんす」

「だろうねえ。海ちゃん、食べるの好きだから、血糖値バク上がりしてそうだもんな」

「はい。お菓子を食べて、眠くてやばいことあります」

「あはっは!海ちゃんだなあ。俺もそう。気を抜くとぽっくり逝きやしないかって娘とかみさんにいわれんだよお。学費もあるから死ねねえ」

「お子さん、大学生なんですか?」

「いんや、高校一年。遅くにこさえたからよ」

「へえ」

「あの娘っこよ、大学行きてえってうるさくいうんだよ。いうなら勉強してほしいんだけどなあ。あいつ、勉強きらいだから。難しい」

「一年生ならまだまだ平気です。うまくいけば指定校推薦とかAOとか。そういうルートで進学狙えるかもしれないっすね」

「そのあたり俺の世代はやってるのみたことねえからなあ。先生らに詳しく聞かねえと」

「俺も高校生だったの一回り前ですしねえ。適当なこと言えないな」

「デジタルってのもはええ。革新してるわ」

「ですね」

 

 海はミレニアム以降の生まれで、パソコンなどはほどほどの知識しかない。今勤めている会社は中小企業のこじんまりとしたところで、MOSがなくとも拾ってくれた。家族経営だとあとで知った。しかし、世にいう「アットホームな会社です★★」というイメージとは異なっていた。

 

 苦手な仕事は相談すれば、他の人に割り振ってくれるし、成果物を見てくれる上司だって優しい。適切に指導してくれる。変に働くことへの恐怖を抱いていた過去の自分に教えてあげたいレベルだ。「いいほうのアットホームだよね」と、同期と飲み会では必ず話題に上る。

 

「女の子育てるの大変だわー。うん、今日もオッケー。また来てよ、今度はとらや、やるわ」

「やった。楽しみにしてます。また来まーす」

「おー」

 

 そんな緩い雑談と納品を終えた。これが終わったら、会社に戻る算段だったが、お昼が近い。会社まで戻るのに、そこまで時間がかかるわけでもないのだが、あんまりいま帰りたくもなかった。肩の荷が物理的に軽くなったからか、腹の奥がすこし染みる。空腹を訴えていた。

 

 納品に行くのは、海にとってちょっとした楽しみでもあった。オフィスワーカーが昼飯を考えながら働いているときに町を歩くのが好きだ。小学校のころ、お手洗いで抜け出した時や保健室のベッドで寝た記憶の感触に似ている。

 

 このあたりは居酒屋が多いエリアで、昼時にはランチ営業をしている店もたくさんあった。隣のビルのメニューを見る。でっかいから揚げも、ばくだん丼も旨そうだ。値段を見る。日替わりランチで最低九九九円だ。そこで当たりをそろえないでほしい。都内は高い。神奈川県民の懐を思い出し、青息吐息。飯で整うそのまえに、懐で飛びそうである。

 

 胸に振動を感じる。

 LINEに、新しいメッセージが一件入っていた。

 

『今、〇〇あたりにいるんだが、海、うまい店は知ってるか。』

 

 句読点が多くてちょっと笑ってしまう。二歳上の彼は、話すのもテキストも平熱がデフォルトだ。絵文字の一つか二つ入れてくれよと言ったが、「ただのツールにぬくもりっているのか?」と言われた。あいつに好きなやつの一人や二人できたら、変わるだろうに。

 

『しらねっす。(こう)さんこそこっち詳しそうじゃないすか?』

『俺も、知らん。いつも、社食で済ませてるから。外に食うのに、しゃれたものなんていらねえよ。すき家で充分だよ』

『だったら、なんで聞いたんすか(笑)』

 『〇〇駅の喫煙室』

「は。まじかよ」

 

 現実で声が漏れた。その喫煙室から、いま海のいる場所までは、まっすぐ歩ける。ほんの二百メートル先に、その喫煙室はあった。

 

『荒さん、ちょっと出てきてくれます?』

『なんでだ』

『いいから』

 

 喫煙室から黒髪の男が顔を出した。荒さんだ。名前は(のぼり)荒野(こうや)。半年のあいだにいろいろあって、いまでは『飯友』と呼んでもいいくらいにはなっている。

 

「お前いたんだな」

「たまたまだよ。荒さんこそ、こっち来るなんてあんまりないよな?」

「出向いたからだよ」

 

 荒野の眉間にしわが寄る。せっかくの顔立ちの良さも台無しだ。たとえるなら、シベリアンハスキーか狼の威嚇だ。海がマネしても、マルチーズもしくはラブラドールレトリバーの威嚇としか思われない。そう自認している。

 

「できる男ってのはつらいっすねえ?荒さん?」

「にやけながら言うんじゃない。飯、食ったのか」

「まだです。せっかくなら、いっしょに行きません?ほら、俺、誕生日近いし。お願い、お義兄ちゃん♡」

 

 おどけて言ってみせる。荒野の眉間はそのままを保っている。

 

「お義兄ちゃんいうな。まあ、おごってもいいか」

「やったー!よっ!太っ腹!さすが!高汐勤め!高収入!!」

「お前ほめてんのかばかにしてんのかよ」

「ほめてますよー?じゃあ、希望出します。めっちゃ食えて、安くて、量があるところがいいっす」

「あっそ。チェーン店にするか」

「いやです。ここ。こういうのがいい」

 

 営業中と思われる店をいくつか見せた。レビューアプリもいいが、前置きがものすごく長いユーザーがいる。海は、すぐ写真が見られる地図アプリのほうをよく使う。

 

「ここと、ここと、ここと、ここ。こういう感じのところ」

「へえ。お前、腹減ってるんだな。ほんとに」

「そうっす。あ、ここなんていいんじゃない?店内で喫煙できますってあるし」

「そこにしよう」

 

 荒野は慎重派だが、店内で喫煙できると聞いたら即決した。それだけ、この男にとっては喫煙という行為が日常の中で整えるための方法なのだ。

 

 歩いているとき、二人は少し話した。

 

「荒さん、ヘヴィースモーカーっすよね。医者に言われないんです?」

「言われた。減らせってな。へえすいませんって言った」

「荒さんのへりくだり口調似合わなー」

「おごらんぞ」

「へへ、すいやせん兄貴」

 

 ふたりの足取りは、飯のあるほうへ向かっていった。

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