TS・ダウナーお姉さんによる後方師匠面 作:何が何でもダウナーお姉さんを出したい。
温泉施設『スーパーワールド』。アホみたいな名前だが、世界各国の温泉に飲食店。レストルームから宴会場、カラオケやビリヤード等。
1日の休日を最高に贅沢に過ごす為の施設を取り揃えた、フルコンタクトレジャースポットだ。
「で。入る前に確認しておきたいけれど、まさか着替えは男物なんてことはないでしょうね?」
「おいおい、私がこんなことになってからどれだけの日が経過していると思っているんだ。ちゃんと持って来ているよ」
バッグの中身を見せる。ベージュ色のフルバックショーツにフルカップブラ。こっちもベージュ色だ。ヒラヒラとかそういう装飾は一切ない。
「お母さんの下着みたい……。化粧を落とす為のクレンジングやお風呂を上がった後の化粧水とかは?」
「そんな物は一切使ってないが」
「使って無くてこれ!?」
顔をペタペタ触られた。敢えて言うなら、朝起きた時に顔を洗っている位だが、化粧だとかなんだとかは特にやっていない。
「ヨシコちゃんにも驚かれたんだけれど、そんなにすごいのか?」
「いまだかつてないレベルの敗北感を覚えている所よ。世の女性が聞いたら憤慨しかねないレベルで」
「インヴェで例えると?」
「無改造ストラクチャーデッキでCS入賞している」
それはブチぎれる。私達がどれだけ環境(メタ)やら何やらを考えて、採用する札を入れ替えたり、回したりしている中。何の苦労もしていない奴が隣に並んで立ってきたら、さすがに業腹すぎる。
「なんて分かりやすい例えなんだ。もしや、私が環境誘発札(8000円)を買うかどうか悩んでいるのを、世の女性達は皆やっていると言うこと?」
「そう言うことよ。貴女をこんな風にした奴にヒケツを聞いてみたいけれど」
ペタペタと顔を触られている。そのまま生気とかまで吸い取って来そうな気がするが、そろそろ着替えねば。
返却式のコインロッカーに100円を入れて、持って来た荷物を入れて、服を脱いで、下着を脱いで、脱いだものを入れて、フェイスタオルを持って、と。
「恥ずかしがらないんだ」
「毎日、見ているからね」
おばあさんやお母さんもいるが、当然。若い娘や少女もいる訳で。彼女らは当然と言うべきか、バスタオルを巻いて入るなんてことはしない。フェイスタオルを持って行く位だ。
役得。なんて思う気持ちは微塵もなく、こういう部分はやはり肉体的感性に引っ張られる所だと思う。あるとすれば、中身が男なのに入るのか。という多少の罪悪感位だろうか。
「お待たせ」
ハルカも準備を終えて一緒に浴場へと向かうのだが、できるだけ彼女に視線は合わせない様にした。あまり男女間を意識したくないのか、向こうも特に言及はしてこない。
「(湯船に浸かるのも久しぶりだな……)」
面倒臭いのでいつもはシャワーで済ましているが、心身の疲れを取る為にもお湯に浸かった方が良いとはよく聞くが、その前に洗い場へと向かった時のことである。
「サユリ~。シャンプー空になった」
「ヒナコさんは毛量が多すぎますの!! 少しは減らして下さい!」
見たことがある娘達がいた。見なかったことにして、通り過ぎようとしたが空いている洗い場がここ位しかない。盛況しているなぁ。……隣に座る。パーテーションもあるし、パッと見じゃ分からないだろう。多分。
「アレ? ヒジリさんじゃーん」
「一発ですか。そうですか」
と、思ったが。直ぐにバレた。考えたら、隣にいるサユリって子は、連盟と対立している有力グループのトップなんだし。その関係で私を知っているのは当然か。……と言うか。
「なんか、随分雰囲気違うね。前会った時は、御嬢様っぽい? 感じだったのに」
「ラフな方が性に合っているからね。あの時は、キャラを作っていたんだよ。そっちにいるのは……」
「始めまして」
温泉施設にいる筈なのに冷やりとした物が背中を伝った気がした。サユリちゃんも硬直している。
「おやま。プライベートでこんな所に来る程に仲が良いんだ」
「そうね、バカな奴らが連盟や界隈に掛けてきた迷惑の尻拭いをするのも疲れるからね。今回はその労いも兼ねてのことよ」
「は、ハルカ?」
なんだろう。コイツが面識のない人間に噛みつくなんて珍しい。グループの関係者だから噛みついている。という訳ではないのだろう。だって、タツヤ達と楽しくデスパ見ていたし。
「おー。怖い、怖い。こんなのと一緒にいたら、リラックスもできないよ。お姉さん、アタシ達と一緒に入らない?」
「いや、まだ体洗ってない……」
腕を掴まれた。女子だからか弱いなんてことはない。というか、気のせいでなければ男よりも力強い気がする。
「は? ヒジリは私と一緒に来たんだけれど」
「おっと。大岡裁きは止めてくれよ。先に宣言しておくぞ」
もう片方の腕をヒジリが掴んだ。コイツは体格も良いので力も強い。
周りの女性達は怪訝そうに一瞥した後、何も見なかったことにするか偶に『あら~』とか言う声が聞こえる位で助けてくれる気配がない。
「サユリちゃん。君が頼りだ」
と、彼女に期待してみたが固まっていた。分かっていたが、この子は土壇場やピンチに弱いのだろう。よくも、グループのトップが務まる物だ。
「やめたまへ。痛がる私を見て離した方が真の相棒だぞ」
チッと2人が舌打ちをしていた。一触即発の空気のまま髪と体を洗って、湯に浸かることにしたのだが。左隣にハルカ、右隣にヒナコ。更に、その隣にサユリちゃん。……これだけ女性に囲まれるのも珍しい。
「(む、無言が苦しい)」
なんで誰も喋らないんだ。ハルカとヒナコちゃんはニコニコしているし、サユリちゃんは頻りに『はよ、お前が話題を振れ』と言わんばかりに視線を送って来る。……仕方ない。
「ヒナコちゃん。サユリちゃんと仲が良さそうだけれど、2人共同級生?」
「お。同級生に見えちゃう? 見えちゃうかー」
なんか嬉しそうだ。もしかして、OGだったのかな? 例の店長になんか渡していたし、既に会社経営とかしているすごい娘なのかもしれない。
「違うの?」
「サユリちゃんの先輩だよ。何をしているかはインヴェ関係ってこと位で」
「え? じゃあ、サユリちゃんを止めた方がよくない?」
インヴェ関係の仕事をしているなら、グループの狼藉は頭を痛める所だ。長い目で見れば、彼女を説得するべきだと思う。
「そこは色々とあるんだよね。また、話してあげるよ。今度は、お姉さんのことが聞きたいな。ホラ、女用心棒なんてかなり珍しいし」
彼女の言う通り。インヴェで女性プレイヤーは珍しい上、確実にアレな人と勝負する必要がある『用心棒』という職業は女性がやるには向いて無さすぎる。
「それに。お姉さんが強いのは『リリウム・サンクチュアリ』でも見たんだけれど、アレは友人間とかでの強さじゃない。界隈についてもよく知っている。でも、不思議なんだよね。お姉さんの名前、大会にも何処にもないんだよ。なんでかな?」
覗き込んでいる。彼女が私の中にある誰かを探している。
その時、不思議な光景を見た。彼女の瞳の中に翡翠色の蝶の様な物が見えた。ふわふわと漂って、段々と姿が大きく、大きく。眼前に迫り来る。
『出ていけ』
瞬間。頭の中にマザーロットの声が響いた。うたた寝から醒めたような感覚だった。ハルカは目を細め、ヒナコちゃんは微笑んで、サユリちゃんは宇宙猫みたいになっている。
「んー……。やっぱり、お姉さんのこと知りたいな」
「アナタ達がバカなことを止めればね」
ハルカに腕を引っ張られた。そのまま肩を抱き寄せられた。何とも言えない、気恥ずかしさに堪えかねてポロリと零れた。
「こういうのは、俺にやらせてくれよ」
「そう言うガラじゃないでしょ」
やっぱり、お互いに性別を交換するべきじゃないだろうか? 周りの視線が好奇というよりかは、優しい物なのが気になる。
「……後で試運転に付き合えよ」
「試運転? え? 貴方、大会に出場するつもりで来たんじゃないの?」
「ここに来て知らない情報来たね」
大会って何のことだ? この後、カドショに殴り込みにでも行くのか? と思って、宇宙猫状態から解除されないサユリちゃんの方を見た。
「え? それで来たのでは? 今日はスーパーワールド杯と言う、ちょっとした大会がありまして。賞品も出るんですよ」
「でも、カドショの大会じゃないんでしょ?」
こういう所でやる大会というのはカジュアル向けの物というイメージで、キッズや初めて触れる人達がやる物という印象だ。賞品も多分、大したものじゃないだろう。良くて、スーパーワールドのパスとかそんなのかな?
「倉庫の奥にあったキャラスリーブだそうです。なんでも、バチカン美術館で限定販売されていた『レギオン』のスリーブとか」
今度は私が宇宙猫になった。どうして、こんな温泉施設にそんな特級の宝物が置いてあるんだろうか?
「あの。すごい顔をしていますが、そんなにすごいんですか?」
「すごいなんて物じゃないよ。バチカン美術館とインヴェのコラボ品なんて、インヴェが黎明期の頃に極短い期間だけ行われた幻の一品で、通販サイトですら出回らないし、偶に出回ったとしても十万は下らないんだ。何がすごいって、このスリーブを手掛けたのはローマでも巨匠として知られる……」
「はいはい」
ハルカに顔をムギュムギュされて黙らされた。あまりの熱量にサユリちゃんはドン引きしてヒナコちゃんはカラカラ笑っていた。
「知らなかったんだ。じゃあ、参加してみたら?」
「大丈夫。ちゃんと虚無領域のデッキも持って来ている」
「ちなみにカジュアル向けの大会なので、Tier2以上のデッキは禁止にされているよ?」
ヒナコちゃんに注意された。チッ。こういう時だけ細かい取り決めしやがって。そもそも、私が持って来たデッキで使える奴はあるだろうか?
「風呂入っている場合じゃねぇっ」
大会が始まるまでの間に参加できそうなデッキを試遊して、少しでも練度を上げてスリーブを取りに行く。そう決めた私は少年もかくたるやという勢いで浴場から飛び出して行った。