百合の間に挟まりたくない男はどうしたらいい 作:かぐいろ大好き侍
午前5時 起床
「ふあ〜、朝か。今日もいい天気だ、日差しが強い」
陽の光で目を覚まし、自然と起き上がる。
すぐさま顔を洗い、動きやすい格好になる。
「今日は20km超えたいな」
玄関を出て軽くストレッチ、日課の早朝トレーニング。
「おはようございます」
「おはよう」
健康志向の高い同士と挨拶を交わしつつ、息が乱れない程度の速度で走り続ける。
午前6時 帰宅
「どれくらい走れたかな?おっ、20km達成!」
スマホのアプリで走行距離を確認すると1時間弱のランニングで20.68kmと表示されている。尊の最高記録である。
「さて、お次は自重トレーニング。メニューはどうするかな、昨日は腕を鍛えたし今日は胴を鍛えるか」
そう言い、床に寝転ぶ。上体起こしだ、上体を30秒掛けてゆっくり持ち上げ頭が腰の上に来る手前で止めて30秒キープ。その後、持ち上げる時同様30秒掛けてゆっくり下ろす。
この時、下ろした上体の背中を床に付けないように若干浮かす。この動作を繰り返す事30回。
「ハア、ハア。流石にキツイな。シャワー浴びるか」
トレーニングで出した汗を流し、体の水分を拭った後は髪をドライヤーで乾かす。もちろん、部屋の鍵がかかっている事を確認しているのでかぐやが突撃してくる事はありません。
ドタドタドタ!
「おっ、来たな」
午前7時 彩葉、かぐや 起床
「尊!おはよう〜、朝ごはん食べよ〜!」
玄関に来たかぐやを迎え、酒寄家に入室。
「おはよう、酒寄。よく寝れたか?」
「おはよう、天野。心配しなくても、少なくとも6時間は寝たよ」
尊から口酸っぱくちゃんと寝るように言われている彩葉は、日付が変わる前には就寝させられている。
「かぐや、本当か?」
「大丈夫!かぐやと一緒に寝てるから、安心して!」
「信用ねえ〜」
かぐやが来る前までは、口頭で伝えた後は信じるしかなかった。
しかし、上階からは日付が変わった後も起きてる気配がしていて、電話で確認しようにもその時間は着拒されてるのか繋がらない。だが、今はかぐやと同居しているので直接確認。顔色からもちゃんと睡眠が取れてることに安心する。
「何度嘘をつかれたと思っているんだ。これ位は諦めろ」
「うう、過去の自分が憎い」
「彩葉って意外と迂闊だよね〜、尊ってめちゃくちゃ勘が良いのに」
「だって、凡人の私が成績維持するには量を熟すしかないから」
「それで身体を壊したら元も子もないだろ?綾紬や諌山も心配してるんだから受け入れろ」
日々の生活で些か不健全な暮らしを送っている彩葉は、友人たちに心配をかけてしまっている。それを知ってからは可能な範囲で改善させているが、それでも十分な休息が取れてるかと言えばそうではない。だからこそ、1番身近な尊が気にかけている。
「ささ、朝ごはんにしよ〜」
かぐやが作った朝ごはん。夏休みに入ってからは毎日、酒寄家で食事を共にしている。朝食をかぐやが作り、昼食は尊が作り、夕飯は3人の持ち回り。今夜は彩葉と尊の当番だ。
「彩葉〜、今日は配信出てくれる?」
「今日は夏期講習の後なら1時間位ならいいよ。でも、その後は勉強があるからね!」
「じゃあ、一緒に配信しよ!尊もやろ!」
「すまんが今日は俺、午前はゲーム企画の会議があるし、午後から配信の予定組んでるから無理かな」
「えぇぇ、3人でやりたかったのに〜」
食事をしながら3人で今日の予定の打ち合わせを行う。本日の尊は珍しく丸一日予定が組まれている。普段であれば夏期講習で午前中、彩葉の居ない間は尊がかぐやに構っている。普段から甘やかし放題なので、彩葉としては尊にもしっかり予定を組んでかぐやの我儘を断ってもらってほしいと思っている。
午前8時 それぞれの予定に沿って行動
「じゃあ、行ってきます」
「いってらー、彩葉頑張ってね!」
「いってらっしゃい、今日も暑いから気をつけろよ?」
2人に見送られ学校に向かう彩葉。ふと思い返すと、彩葉は夏休みだと言うのにほぼ毎日学校に通っている。
「将来の為とはいえ、これだけ学校に通ってると休みの感覚がバグってきそうだわ」
彩葉も自分の行動に些か問題を抱えている事を理解はしているが、それを辞めるつもりはない。自分の目指す場所は最高峰。努力の妥協は許されない。
「天野は殆ど勉強せずに私と変わらない成績。才能の差を見せつけられて苦しくなるわ」
自分はぶっ倒れる1歩手前まで頑張っているのに、余裕綽々の友人を妬む。
「アイツって出来ないこととかないのかな?」
高校に入学してからこれまで、尊が苦労をしている所を1度しか見た事がない。かぐやの歌の伴奏にギターの練習をしている時だ。
かぐやの歌ってみたやオリジナル曲の演奏をせがまれていたが、音楽センスが皆無なのか楽譜を読む事も綺麗に音を奏でる事もできていなかった。それでもかぐやの為にと猛練習。僅か3日でものにしたが、渡された曲の指の動きを叩き込みそれを只管反復練習。かぐやの歌う曲のみ弾けるようになった。
試しに他の楽譜を見せてみたが弾くことは出来ず、『も、もう、3日くれれば出来るはず!』と言っていたが全く出来なかった。
結局、尊がマスター出来たのはかぐやの曲だけ。彼に取ってのモチベーションの違いか、かぐや中心の事しか熟せなかった。
「……今まで別の生き物なんじゃないかって疑ってたけど、天野もちゃんと人間なんだな〜」
彩葉よ、それは相当失礼だと思うぞ。
「さて、始めますか」
自室でパソコンを開き、オンライン会議の為のアプリを起動。
既にログインしている人物がいる。ホストとして今回の会議を取り仕切る人物だ。
「おはよう、
『ヤオヨロ〜!タケル早いね〜。あっ、今はミコトだっけゴメンね』
「いいよ、どっちでも。かぐやの影響でミコトの方が有名になったし、なんならリアルのフルネームもこの間の騒動でバレたし」
尊のアバターネームは元々は『タケル』だった。
自分の名前は女の子みたいで嫌だったのでネットの中だけは男らしい名前にしていたが、かぐやが配信であっさり暴露。と言うか、間違って本名で何度も呼んでしまい定着。尊も諦めて『ミコト』に変更。
変更後はファンにイジられたが、KASSENで黙らせた。当時のプロアマ含む168人抜きはツクヨミ内でも注目を集め、『News Tsukuyomi』でも大々的に取り上げられていた。
『楽しみだね〜。ミコトのゲーム企画、採用されると良いね!』
「どうかな〜、これ迄の企画で採用されたのは2つだけだし。フリーのライバーの企画じゃ中々な」
『いやいや、フリーランスでツクヨミのゲームの企画会議に参加できてる時点で相当なものだよ?実際、フリーはミコトしか居ないし』
「ありがと、推しから賛辞を貰えるのは嬉しいよ」
ヤチヨ全肯定オタク、天野尊。平静を装ってはいるが、内心は大パニック。
(○☆♪%〆×<○>^×¥÷〒:&!)
頭の中とはいえ、最早言語の形をなしていない。
『お待たせしました』
『ミコトさん早いですね』
『おはようございます、遅れてしまいましたか?』
『みんなヤオヨロ〜、時間通りだよ〜。ヤッチョとミコトが早すぎただけだから気にしないで〜』
「おはようございます。何も問題ありませんよ、推しと2人きりで話せたのはファンとして嬉しい限りです」
ツクヨミのゲーム企画会議のメンバーが揃った。ここのメンツでゲーム企画を完成させ、その後ヤチヨがツクヨミに実装する。
全てヤチヨが終わらせても良いのだが、ヤチヨ曰く
『生身の肉体を持つユーザーの意見が欲しいからね〜。ヤッチョは身体がないから皆の協力が不可欠なのだよ〜』
との事。
自虐ネタなのか反応に困るが、皆も仮想空間で現実では出来ない立体的な動きを可能にしてくれるツクヨミのゲーム開発は唆るものがある。
企画会議は白熱する。本日のメンツでそれぞれ発表し、その中で最も賛同を得られたゲームを開発する。
そして、今回の企画の勝者は___
『それじゃあ、今回開発するゲームは…ミコト発案!『YABUSAME』に決定です!』
「よっしゃー!」
『おめでとう!』
『おめでとうございます!』
『おめでとうございます』
___尊の勝利。企画会議は定期的に行われるが、どれもイマイチだと次回に持ち越しになるし、自分の案が通る保証もない。これで採用されるのは3つ目。フリーランスでこれだけ選ばれるのは快挙であろう。
尊は学業で苦労を味わう事は少ないが、こう言った社会人ならではの苦労は何度も経験してきた。
今回、考えた案は何度も熟考しブラッシュアップし作り上げた。それが通った事で得られた快感は尊の人生でもTOP10に入るだろう。
『おめでとう!ミコト良かったね〜、開発配信やるけどいつにする?』
「そうだな、今日は午後にゲーム配信の予定入れてるし。かぐやの配信の手伝いもあるから、中々時間が取れないな〜」
尊自身の予定はバイト以外スカスカであるが、常に自分に正直、思い付いたら即行動のかぐや姫の行き当たりばったり配信はいつ始まるか分からない。かぐやをヤチヨカップで優勝させたい尊は出来る限りかぐやの活動を支えてあげたい。その為、自分の事は殆ど後回し。
開発配信の予定を組むのはヤチヨカップ中はなかなか難しい。
『そっか〜、かぐやの配信にいつもいるからやっぱりかぐやが推しなのかにゃ〜?』
『なんてったって、パパですからね〜?』
『ミコトさん最近はご自身の配信よりかぐやさんの配信の方が出演数多いですよね?』
「まあ、かぐやは俺の大切な娘みたいなものですからね!でも、ヤチヨも推してます!俺の中では同率トップです!」
欲張りである。かぐやとヤチヨ2人を同時に推して、2人が共に1位。
『ブウブウ!ヤチヨだけを推して欲しいな〜』
かぐやの様に画面越しではあるが両手を合わせ上目遣いで尊を見つめるヤチヨ。
「……グハッ!ヤチヨのオネダリ。それでも、俺には出来ない!俺はかぐやとヤチヨがライブをする所が見たいんだ!」
あまりの
『……
「うん?そりゃあな。かぐやの願いは俺に出来ることなら何でも叶えてやりたい。今までの人生でここまで誰かの為に何かしたいと思ったのは初めてでな、今がとっても充実してるんだ」
ヤチヨの名前を呼ぶイントネーションに少し違和感を感じたが、聞き返すほどではなかったのでスルーする。
地元では利己的に生きてきたが、高校で彩葉に出会い彼女を支える事で自身の生を実感し、かぐやとの出会いで更に人生が色付く。今の尊は全身全霊でこの世に存在できている。
『羨ましいな〜』
「…ん?すまん、ヤチヨなんて言った?」
『ううん何でもないよ〜。それじゃあ、開発配信はヤチヨカップが終わった後にしよっか。それならミコトも集中できるでしょ?』
「そうだな、そうしてくれると助かる」
『では、今日の会議はこれで終了にしましょう。お疲れ様でした』
『お疲れ様です!』
『お疲れ様でした!』
会議のメンバーが次々ログアウトしていく。最後に残ったのは尊とヤチヨの2人だけ。
「…なあ、ヤチヨ」
『なんだいなんだい?』
「ヤチヨのデビュー曲はもう歌わないのか?」
尊は今まで疑問に思っていた事を聞く。
ヤチヨのデビュー曲『Remember』は尊と彩葉にとって思い出深い曲だ。
彩葉にとっては生き甲斐であり、尊にとっては自分の全てが詰まっているように感じた。
高校に上がり、バイト代や中学まで貯めた小遣いやお年玉で購入し初めてのヤチヨのミニライブで聞いた時は涙を流したほどだ。
『あの曲はね〜、もう届いたからお役目完了〜』
「…?」
尊は何かはぐらかされた感じがしたが、ヤチヨは詳しい事を言う気配は感じられなかったから深く追求するのは辞めた。
「そっか。じゃあ、ヤチヨはヤチヨカップで誰に優勝してほしいってのはあるか?」
『ヤッチョは運命に身を任せるよ〜。誰が優勝しても最高のライブを約束するから楽しみにしててよ!』
___ズキッ
___ 「あの時ライブめちゃくちゃ楽しかったんだ〜。もう一度ヤチヨと彩葉の3人でライブがしたいな〜。あれ?そうするとかぐやが2人いる事になるな」
「イッツ、またか」
『うん?どうしたの?』
また、謎の頭痛と記憶のフラッシュバック。
「いや最近、妙な頭痛とフラッシュバックがあってな。頭痛はそこまで気にならないけど、それと同時に来るフラッシュバックが気になってな。思い出してるハズなのに記憶に残らないのが不自然でな。病院で診てもらったが、医者からは『今まで見た事ないくらい健康的な身体ですよ』って言われてな。原因も分からないからちょっと困っててな」
『……もしかして尊が?』
かぐやが来てから謎の現象に悩まされている。
しかし、原因は全く解らず。医者に係っても解らず、タイミングも不正確。改善の意思はあるが現状どうにも出来ない。何やらヤチヨが心当たりがありそうであるが尊はそれに気づいていない。
『……あんまり無理しちゃダメだよ〜』
「心配しなくても、ちゃんと休んでるから安心してくれ」
『そうだね、ミコトは頑張ってるもんね!』
「そろそろ、昼だし俺も落ちるな」
『ご飯いいな〜、ヤチヨも食べたいな〜』
電子の世界には味覚機能が実装されてないので、ヤチヨに味を感じる事は出来ない。時々、食事に関する話題がヤチヨの配信で上がるが、『未来の技術に期待だね!』と締めくくっている。
「……やっぱり、ヤチヨも食べ物の味を感じたいか?」
『そりゃあね〜。AIとは言っても人間の様に思考するプログラムがあるから、そう言った欲求も存在するのですよ!』
「……ヤチヨは本当にAIなのか?」
『え?』
尊はヤチヨの全肯定オタク。
しかし、唯一彼女がAIである事は否定し続けている。生配信やライブの握手会で分身しそれぞれ独立した意思を持って会話をしている事から、ヤチヨが人ではない事は周知の事実だ。
それでも、尊にはヤチヨが機械であるとは思えない。人の様な機微、抑揚豊かな声色。そして、何よりも気になるのは
「俺には月見ヤチヨと言う人間の思考パターンをAIで学習させて、複製したように感じる」
『……面白い考察だね〜。でも、ヤッチョは正真正銘のAIだよ〜』
「………、」
尊にはまた、はぐらかされた様に感じる。
『……納得してない感じだね?』
「まあな。でも、話したくないならいいよ。これ以上は何も聞かない」
『おやあ?根掘り葉掘り聞かれるかと思ったんだけどな〜』
「無理に聞き出して俺が納得する事は出来ても、推しとの関係を崩したいとは思ってないからな」
尊にとってヤチヨは人生の3分の1を占めている。そんな彼女から拒絶されれば尊の人生は一気に灰色に染まってしまうかもしれない。かぐやと彩葉が染め直してくれるかもしれないが、その様な苦労は背負い込ませたくないのだろう。
「いつか話しても良いと思って貰えるような関係になれる事を願うよ」
尊は待ちを選択、今はこれでいい。いずれ話してくれるだけの信頼を勝ち取ればいいだけなのだから。
『尊は強いね。ヤチヨとは大違いだよ』
「そんな事はない。強く見えるように振舞ってるだけさ」
『ふふっ、それじゃあミコトはヤッチョから信頼を勝ち取れる様に頑張りたまえ〜』
「ははあ〜」
まるでお姫様と家来。2人の楽しい寸劇である。
『それじゃあ、今度こそ終わりだね。さらば〜い!』
「またな〜」
オンライン会議終了。
これで、ヤチヨと尊は推しとファンの関係に戻る。
「ふう、楽しい時間を過ごせたな」
午前11時 昼食の準備
「尊!今日は何作るの?!」
昼食の下拵えを行っていると、かぐやが飛びついてきた。
「今日は唐揚げを作ろうかな。スーパーで特売してたから、沢山買ってな」
冷蔵庫から大量の鶏もも肉を取り出す。
1口大サイズにカットされ、尊が長い時間をかけて研究を重ね見つけた黄金比で調合された漬ダレを染み込ませてある。
「後は衣を付けて揚げるだけ。その前に副菜を用意しないとな」
「うわああ、いい匂い!揚げる前なのにヨダレが出そう!」
味付けされた鶏肉を嗅ぎ恍惚とした表情を浮かべるかぐや。
副菜の調理に多めのジャガイモを取り出す。今回の副菜のメインはジャガイモ、それを軽く切込みを入れ茹でていく。その他にはきゅうり、人参、玉ねぎ、ハムを刻む。
細かくなった各種材料を耐熱皿に移し、レンジで温める。その頃にはジャガイモも茹で上がり取り出し、皮を剥く。事前に切込みを入れているので左右から力を入れると、チュルンと皮が取れる。こちらの皮は乾燥させ、揚げるとビールの摘みにピッタリであるが未成年しかいなので残念ながらボッシュート。
「すっご!こんな簡単に剥けるんだ?!」
「湯むきって言う調理方法でな、全ての野菜で出来るわけじゃないが果物にも応用が効くし、今度教えるよ」
皮を剥かれたジャガイモ達をボールに移し、容赦なく潰していく。
程よく解れたら、レンジで温めた材料達も入れ混ぜ合わせる。食材が絡み合ったらマヨネーズ、塩、胡椒で味付けし完成。
「完成、ポテトサラダだ!味見するか?」
「したいしたい!あむ、んぐんぐ、〜〜〜っ、うっま〜!」
実に美味しそうに食べる。かぐやの笑顔は尊の心の栄養である。
「それでは、本日のメイン。鶏の唐揚げです!」
「よっ、待ってました!」
かぐやからのヨイショを戴き、油を温める。
「唐揚げで大事なのは衣を付けすぎない事だ」
「え?むしろ衣が多い方が美味しそうだけど」
「確かに、見応えも有るし食感も良い。でも、それだと鶏肉本来の良さを出し切れない」
揚げられた衣はその殆どが油の塊であり、見た目と食感は素晴らしいがそれのせいで鶏肉本来の味を覆い隠してしまう。だから尊は鶏肉に衣につけた後叩いて粉を落とし、表面に薄っすら肉の赤みが見えるようにする。
粉をつけた後は馴染ませるため数分置く。その間に油の温度を確認。
「…150、…155、…160、…165、…170、よしちょうどいい温度だ」
衣の付いた箸を油に潜らせ、そこに付いた気泡と音から温度を調べる。
170°C。唐揚げを作る時160°Cで揚げるのが理想であるが、鶏肉を入れると温度がやや下がる。それを見越して少し高めの温度で調理を開始。
「鍋の中で等間隔に並べて3分揚げる。この時あまり近づけ過ぎないようにするんだ。肉同士の間隔が狭すぎると、油が肉全体を覆えなくなるからな」
「ほえ〜、てか凄!全部、間隔が同じとか機械みたいに正確だね」
時間が来たら取り上げ、キッチンペーパーの上で油を落としつつ肉を休ませる。
「1度揚げたら、数分休ませる。こうする事で余熱で肉に火が通って旨味を閉じ込めることが出来る。」
「あれ?でも、お店の唐揚げってもっと色が濃くない?これかなり色が薄いけど?」
「安心しろ、休ませた後に更に高温にした油で2度揚げを行う。大体200°Cで20秒揚げたら完成だ」
肉を休ませてる間に油の温度を揚げ、200°Cを超えたタイミングで再度投入。先より音が高くなった油。激しくパチパチと音を奏で、濃いきつね色に変わっていく。
「よし、完成だ。揚げたて食ってみるか?」
「食べたい!」
「はい、あ〜ん」
「あ〜んっ!アッチアッチ!ハフハフ、〜〜〜っんっま〜!」
尊から差し出された出来たての唐揚げはやはり熱く、火傷しそうになるがゆっくり咀嚼すると。口いっぱいに肉汁が溢れ、喉を通り匂いが鼻腔に届く。
あまりの美味しさに、飛び上がりそうになる。真ん前で尊が料理をしていて危ないので、ギリギリ耐えクルクルと回る。
「これスッゴイ美味しい!今までで1番かも!」
「嬉しいね、俺の1番の得意料理だからな」
「彩葉も喜ぶよ!こんなに美味しいんだもん!」
「そうだなもうすぐ帰ってるくだろうし、並べようか」
食卓用の机を取り出し、並べていく。ご飯に味噌汁、メインの唐揚げにポテトサラダ。お好みで味付けが出来るように、カットレモンにタルタルソース、尊特製甘だれソース。作り方は秘伝でかぐやにも教えてないぞ☆
「ただいま〜」
「おかえりー、彩葉!」
「おかえり、酒寄」
並べ終わる頃に彩葉が帰ってきて、かぐやが出迎え抱きつく。
「かぐや!危ないから!」
「えへへ」
無理やり引っぺがす。
「ちょうど昼飯が出来たところだ」
「タイミングピッタリね。もしかして、合わせて作ったの?」
「たまたまだよ」
たまたまでは無い。講習の終わる時刻と彩葉の帰宅時間から計算し、家に着くときに出来上がるように作っている。
少しでも、彩葉の余暇を増やせる様に家に着けば直ぐに食べられ待たせるような事はしない。
「…そっか、たまたまか。じゃあ、その幸運に感謝しようかな」
恐らく察したのだろう。だが、尊から偶然と言われればそれを証明する術はない。尊は絶対に口にしないし、彩葉もわざわざ聞き出そうとするつもりもない。彼の善意は素直に受け取る。かぐやが来てから彩葉の中で多くの折り合いがつき、最近では母の格言を思い出す機会もめっきり無くなった。
これが彩葉にとっていい変化なのかはまだわからないが、心の負担はかなり減った。
「ほら、彩葉座って座って。早く食べよ!」
「はいはい、じゃあ、いただきます」
「いただきます」「いただきます!」
3人で食卓につき食べ始める。
「あむ、もぐもぐ。美味しい、肉汁が噛む度に溢れてくる」
「お口にあって良かったよ」
「天野の料理にハズレは無いよ。いつも美味しく頂いています」
「それは上々。かぐやはどうだ?」
「……さっきと違う」
「違う?」
「おっ?気付いたか」
何やらかぐやの様子がおかしく、唐揚げを頬張ったかと思えばイヤに静かだったのだ。感想を聞けば先の味見とは違うと答える。
「さっきはこう、ガツンと来る美味しさだったのに、今はふんわりする美味しさっていうか……う〜ん、うまく説明できない。いや、美味しいは美味しいんだよ!でも、さっきより美味しい」
「味が肉全体に馴染んだ事で感じ方が変わったんだよ。さっきは出来たてで旨みが肉の中心に偏っていたけど、粗熱が取れて肉全体に広がったから感じ方が変化したんだ」
「まじ?私も出来たて食べたかったな〜」
「すっご!同じ物なのに食べるタイミングで変化するとか」
尊の料理の腕前に驚愕する。
今までも、尊の料理に絶対の信頼を寄せていたが更にそれが深まる。
その後も、食事に舌鼓を打つ。
食後はかぐやが片付けを行う。尊が自分でやると言ったが、かぐやから料理のお礼と言われてはそれを無碍には出来なかった。
「天野はこれから配信?」
「ああ、久々にKASSENで挑戦を受けようかと思ってな。果たし状が大量に溜まってるしいい加減処理しないとな」
「可哀想、そんな流れ仕事みたいに消費されるなんて」
「皆、俺の小遣いの贄となってくれるよ」
尊が不定期に行う、KASSENのモードSETSUNAで1vs1或いは1vs多でバトルを行い、その様子を配信している。
ちなみに、数が多くて絞る為に挑戦料が設定されており1戦500ふじゅ〜を設けていた。だが、料金設定をしたらむしろ数が増えてしまい尊の負担がねずみ算式に上がっていく。生配信でリスナーに聞いてみたら、ゲーセンのゲーム機感覚で面白いし、お金を払えば尊も必ず出てきてくれると思っていたらしい。
これを知り料金設定を無くそうとしたが、懐に入る金額を知り誘惑に負けた。かぐやとヤチヨへの推し活に殆ど使われてるので、生活が潤っている訳ではない。
「かぐやの配信資金の出処はそこか」
「これを知ったかぐやファンも俺に挑戦するようになってな、俺に挑戦すればかぐやの配信が豪華になる!ってエグい数の挑戦が入ってな、今回は前の記録を塗り替えて200人以上の応募があったよ」
「ウッワ、それ全部捌くの?」
「流石に多すぎるから、半分に分けて2回の配信にするよ。200人抜きは流石にしんどい」
ミコト改名後、イジリに来た問題児共を黙らせた時は怒りブーストもあったから捌き切ったが、今回は純粋なファンとの交流。雑に扱うのは憚られる。
「それじゃあ、俺は戻るな」
「あっそうだ!」
「……じゃあ、またね」
「私たちが尊の配信に出ればいいじゃん!」
「……どうする、いろP?」
かぐやが名案と閃き、部屋を出ようとする尊を掴み彩葉に駆け寄る。
「……はあ、わかったわよ。ただし、天野の邪魔はしない様に」
「やった〜!」
最近の彩葉はかぐやの我儘を断ろうとしない。渋々と言った様子ではあるが、流されてる訳ではなさそうだ。彼女なりに考えてのことだろう。
(下手に逆らおうとするから疲れるのよ。もう、さっさと終わらせて自分の時間を作る。その方が効率的かも)
むしろ、彩葉のかぐやへの対応がおざなりになってきている。
午後2時 ツクヨミKASSENエリア
「どうも〜、ゲーム企画開発系ライバーミコトでーす。今日は急遽コラボ配信。コラボ相手は皆さんご存知のかぐやいろPでーす」
「かぐやっほー、月からやってきたかぐやだよ〜」
「い、いろっぴー、いろPでーす」
「もっと大きな声で言わないと!聞こえないよ!」
「聞こえてはいるだろ」
コラボ相手の紹介後、挨拶を挟むが彩葉はやはり恥ずかしいのか最後の方は小声になってしまう。
『ミコト、此方では久しぶりだな!』
『最近じゃ、かぐやちゃんのチャンネルでしか露出ないからな』
『¥1500 こっちでも、ようやく投げ銭できるよ』
『¥1000 それな( ´-ω-)σ』
『¥50,000 かぐやっほー、かぐやちゃん結婚して!』
『いろP仕事早!』
『全く、かぐやちゃんに求婚するならパパに勝たないとダメだぞ!』
ミコトの配信は久々で前回は168人切りを済ませた時から止まっているので実に1週間ぶりだ。その間もかぐやの配信に出ずっぱりだ。お前の戦場はここだろ。
「本日はリスナーの挑戦を受ける回だったが、せっかくだから、かぐやにKASSENを教えようかと思う」
「ホント?!やった〜!」
「え?今回は視聴者サービスじゃないの?」
彩葉の疑問は最もである。元々はリスナーの挑戦を受けるために100人を相手取るハズだったのにかぐやの我儘で企画が変わってしまうのは、尊にもリスナーにも申し訳ない。
『いろP俺たちを心配してくれてる』
『やっぱ、いろP優しいわ。それに比べてミコトは俺達のこと財布としか見てないんだわ!』
『でも、そんな粗雑に扱われるのもそれはそれで〜』
『¥50,000 イイ!』
『¥3,510 変態が居るぞ』
『¥2,000 いつもの事さ』
『¥1,000 気にするだけ無駄さ』
尊のファンも大概変人が多い。
「心配しなくても、今回は視聴者サービスの回にするさ。
名付けて『かぐや争奪KASSEN』さ」
「かぐや争奪KASSEN?」
「んえ?かぐや景品なの?」
「最近かぐやへの求婚が多いだろ?1度、そんな戯言をほざく馬鹿共をのしてやろうかと思ってな」
『ヤバいぞ、パパが怒ってる』
『あ〜あ、かぐやファンタヒんだな』
『¥50,000 俺は負けんぞ!お義父さん結納金です!』
『¥35,100 だから早いっていろP』
『¥50,000 決して、やましい事はない。今回は紳士的に。しかるべしときに。手土産を持って伺います』
『¥3,000 これ↑縦読みじゃね?改行できてないし文が不自然下手かよ』
『¥1,500 滑稽だから残されたのかもな』
かぐやファンとミコトファン、そして同ファンのアホなチャットのやり取り。かぐやに求婚するおバカさんは彩葉によって削除されるが、あまりに滑稽な内容はそのまま晒される。
「そんな訳で、今回の配信でかぐやに求婚したヤツを挑戦者の中からピックアップしてこちらに招いている。切られる覚悟は十分に出来てるだろうな?」
ぷるぷるぷる
ミコトの今までにない鋭い眼光に震える、かぐやファンとミコトファン。100人近い数が集まり傍から見れば多勢に無勢。
しかし、実力差を鑑みればミコトにとっては彼らはNPCのミニオンと変わらない。
「ねえねえ、いろP。こういう時って私の為に争わないで〜って言った方がいいのかな?」
「ややこしい事になるから止めなさい」
ミコトは愛用する2対の双剣を構え、宣言する。
「ゲーム方式は3vs112のSETSUNAモード。俺たち3人を倒せたら、かぐやを口説く権利をやろう」
『¥5,000 この化け物を倒しても貰えるのは口説く権利だけかよ』
『¥7,200 人数差を考慮すれば妥当じゃね?』
『¥6,800 でも、3人中2人はアマチュアと初心者よ?』
『¥10,000 ミコト1人でも全員倒せるだろうけど、かぐやちゃんのKASSEN練習も含めてるからいい感じにフォローに回るんじゃね?』
視聴者も今回の戦いの考察をし始めた。
「それでは、SETSUNAスタート」
開戦の狼煙が上がる。
主人公紹介(現在公開可能な情報)
名前:
生年月日:2013年4月2日
身長:178cm
体重:70kg
イメージCV:石○陽彩
元々は田舎で農家を営む家の出身で、かなり裕福な家の坊ちゃん。
しかし、あまりにも退屈で刺激を求めて上京。家賃38,000円の四畳半のアパートで家賃のみの援助で生活費を自力で稼いでいる。
自身と似た環境の酒寄彩葉には尊敬の念を抱いている。だが、死にに行っているような危機感からお節介を焼くようになる。
成績優秀で全国模試では常にトップ10に名を連ね、1位を取ったこともある。
体力試験ではほぼ全項目で日本記録タイ。S評価を受け、スポーツ庁から表彰をもらった。