百合の間に挟まりたくない男はどうしたらいい 作:かぐいろ大好き侍
映画も小説も描写が少なく、どう内容を膨らませるか考えてたらここまでの時間と文字数になりました。
「おお、よしよし。ベロベロバー」
俺は今、酒寄の部屋で赤ん坊をあやす酒寄を眺めている。
一人暮らしの女子の部屋。普通の男子であれば、喜ばしい事だろう。生憎、俺は普通の男子ではないからか素直に喜べないのか、それもの謎の赤子の存在がノイズになり喜べないのか。間違いなく後者だろう。
なぜ、この様な状況になったのか。それは数分前に遡る。
「あ、天野〜」
半泣きの酒寄がこちらに振り向く。
「酒寄の隠し子!」
「違う!」
だよな、誘拐の線もないだろう。
「どうしたんだ?その赤ん坊」
「私にもわかんないけど、電柱が光っててその中にこの子が居たの」
どうしよう、嘘の無い説明をされてるのに全然理解できない。
やっぱり、あのゲーミング電柱が関係してるのか?なに、宇宙人の侵略?なら、円盤型の飛行船から現れてくれよ。
「変なカマかけや勘違いして悪かったけど、今の説明じゃ何もわからん」
「私だって、この状況を誰かに教えてほしいよ」
そうだよな、誰よりも説明が欲しいのは酒寄の方だよな。
「ふぇ、ふえぇぇぇん」
ヤバい、泣き出した。
「とっ、取り敢えず家来て!」
「うおっ!」
酒寄に腕を引かれ、階段を駆け上がる。
慣れた手つきで鍵とドアを開け、俺を連れ込む。
酒寄さん、男の誘い方が強引ですね……笑えねえ冗談は心に仕舞っておくか。
回想を得ても怒涛の展開だな。
「天野どうやったら泣き止むかな?」
「末っ子の俺に子供のあやし方なんてわかるわけないからなあ、ネットで調べてみるよ」
そして、検索エンジンに『子供 あやし方』で検索すると多くの識者から助言を賜ります。全国のママさんパパさんもお世話になっているのだろう。
「空腹や体の状態、周囲の環境で泣いてる可能性があるらしいが、何かわかるか?」
「空腹はわからないけど、オムツ?おしめ?は濡れてないし、周囲の環境かな?」
「なら、子守唄とか?なにか落ち着ける動画とか見せるか?」
ちなみに、俺は物心ついた時から人前で泣いたことがないので、子守唄を歌ってもらったことがない。落ち着く動画も物を壊す子供の教育によろしくないものばかりだ。
「子守唄、子守唄、記憶にございません」
酒寄の母は中々スパルタ気質なのだろう。こいつも俺とは別の意味で特殊だ。どうしたものか。
「……あっ」
すると俺が腕を組み悩んでいると、酒寄が勉強机の目の前に鎮座するヤチヨのアクリルスタンド神棚を見る。すると
「大切なメロディは──流れてるよ──あなたのハートに──」
『Remember』
それは、AIライバー『月見ヤチヨ』のデビュー曲。酒寄の最も好きな曲であり、俺もよくエンドレスで聴く。
酒寄が歌い出して直ぐに、赤ん坊は泣きやみ寝息をたてる。
「ヤチヨパワー、すげ〜」
「感嘆の極みだ。よくそれをチョイスしたな」
「いや、私もただの賭けだよ」
でも、これでご近所様に迷惑をかけずに済む。
「この子どうしたらいいと思う?」
「どう…って言われてもなあ〜」
そもそも、俺たちですら状況を飲み込めてないのに他者に説明する?無理だろ。
「警察に連絡した方がいいのかな?」
「やめた方がいいだろうな」
「どうして?」
「この状況を説明できないからだ」
『七色に輝く電柱から子供が出てきますた』こっちの正気を疑われる。
『赤ちゃんが泣いていたのでとりあえず家に連れ込みました』誘拐犯に間違われる。
「だよね〜、どうしよう」
「一旦、今日は休もう。お互い過労で見る集団幻覚の類かもしれないし」
「……そうだね、今日は寝よう。目が覚めたら何事もなくなってるかもしれないし」
俺たちは現実逃避をする事にした。
「じゃあ、また明日」
「うん、おやすみ」
そう言って俺は部屋を出る。
そのまま、一言を発することなく階段を降り自室に入る。
「………過労による集団幻覚って、それは無いだろ」
少し歩いただけで正気に戻る。
俺の切り替えの速さにドン引きだ。
「冷静になれよ俺。酒寄の過労の可能性はあっても、俺の可能性は皆無だろ」
そう、俺に過労の可能性は皆無だ。
自分で言うのもなんだが、体調管理は万全だ。睡眠時間は平均4時間と短いが睡眠不足の兆候はない、実家からの食材供給で栄養満点の食事を毎日3食喰ってる。
これで、過労なら酒寄なんてゾンビだぞ。
「刺激を求めて田舎から飛び出したが、これは違うんじゃないかなぁ」
……今日は寝よう。明日の事は明日の俺に任せる。
そうして、俺はシャワーを浴びてさっさと床に就く。
「その時の彩葉の顔が凄く綺麗でさ〜、すぐに好きになったんだよね〜。それに尊に頭を撫でられた時なんかは、すごく暖かくてさ〜。あの手にもう一度撫でられたいな〜」
「んあ〜、夢?」
なんだっけ?何か、すげ〜大事な夢を見てた気がするけど、霧がかかったみたいに思い出せない。
珍しいな、いつもなら夢でも覚えてるのに。
「さて、酒寄の様子を見に行くか」
身支度を整え、酒寄の部屋に向かう。
「酒寄〜、起きてるか〜?」
戸を叩き起床確認。
電話でも良かったが、電話の位置が赤ん坊の近くだと着音で起こしてしまうかもしれない。戸を叩く音なら聴覚の発達が未熟な赤ん坊には聞き取れないだろう。
「おはよう、天野」
起きたばかりだったのか、寝癖とパジャマ状態で出てきた。申し訳ないが、可愛いと思ってしまった。
「おはよう、赤ちゃんはどうだ?」
「それが、なんか大きいんだよね」
大きい?なにが?
「とりあえず入って?」
酒寄に促され中に入ると、規則正しい寝息をたて眠っている赤ん坊。何も変な所はないが、少し違和感がある。
「あれ?こんなデカかったっけ?」
「だよね?!やっぱり大きくなってるよね?!」
なんと、電柱から生まれた赤ん坊は1晩で1歳児程度まで成長してました。
「ああ〜〜、ヨッシ!細かいとは気にしないようにしよう!」
秘技『後回し』
この技は、問題に直面した時にあれこれ考えて時間を浪費するより、別の事で気を紛らわせる事で問題を問題で無くす素晴らしい技である。
「それって、後で面倒が山積みになるだけじゃあ」
「良いの良いの、考えたってどうせ分からないことは考えるだけ無駄さ。電柱から生まれた時点で俺たちの常識の外でタップダンス踊って、煽ってるだけだからな」
実際、今の俺たちが考えなきゃいけない問題は別にある。
謎の赤ん坊の生態より、この子と俺たちの今後の進退だ。
警察に頼れば誘拐を疑われるし、親に頼ろうにも酒寄は折り合いが悪いし、俺の親はリアリストで現状をそのまま伝えても受け入れられないだろうし、最悪警察を頼るように言われれば最初の問題にぶち当たる。
堂々巡りだ。だから、俺達の今後の方針は___
「西竹屋が開くのって何時?」
「10時だな、それまでに空腹で泣かれると手がないから、コンビニで液体ミルクと品質はともかくオムツを買ってくるわ。俺が行くから酒寄は赤ちゃんをあやしててくれ」
「ありがと、レシート残しといてね。後で払うから」
「金銭面の事は俺に任せてくれ、俺以上の苦学生に財布は開かせないよ。それに、女の子の世話は男の俺には難しいかかなり頼らせてもらうから。
じゃあ、行ってきます」
___良い言い訳を思いつくまでは2人で育てる。頭の悪い結論だ。とても成績ツートップの2人が出す方針ではない。
……あれ?なんで、あの子が女の子ってわかったんだ?確認してないはずだが
天野が買い出しに行ってくれた。
迷惑を掛けてばかりで本当に申し訳ないが、正直かなり助かる。私1人だったら確実に詰んでた。
「恩返ししたいけど、あいつ受け取ってくれるかな。てか、何だったら受け取るかな?」
「だぁっ」
「ああ、はいはい。いい子でちゅね〜」
悔しいが可愛い。私の心労のほとんどはこの子が原因なのに、この笑顔を見ると許してしまう。
「いったい、アナタはどこから来たの〜?」
「すぅ、すぅ」
「また寝ちゃった」
赤ちゃんからの返答はなし。寝る子は育つって言うし、早く大きくなりなさ〜い。
赤ちゃん用品を購入しコンビニより帰宅。
「酒寄、オムツや液体ミルク後は俺たちの朝飯。どれが良いか分からなかったから好きな方選べ」
「ありがと、いくら?」
「弁当分だけでいいよ。赤ちゃんの分はどこでラーニングコストがかかるか分からないからな」
「うう〜、頼りっぱなしは嫌なんだけど」
「何度も言ってるだろ?困った時は頼れって、酒寄は自分1人で頑張りすぎ」
俺は酒寄の要望を阻却。こんな異常事態くらい俺を頼ってくれ。
「先に食っとけ、赤ちゃんは俺が見ておくから」
そう言って、酒寄か抱えている赤ん坊を引き取る。
「ありがとう(せめて高い方を選んで少しでも多く返金しよう)」
・幕の内弁当、598円税別
・海苔弁当、598円税別
(両方とも同じ値段!)
酒寄が膝を着いて悔しがってる。
ふっ、お前の考えなぞお見通しよ。少しでも、俺の負担を減らそうと値段の高い方を選ぶだろう事は予測済み。だから、俺は同じ値段の弁当を用意しておいたのさ。
「どうした、何か食べれないものでもあったか?」
「あんた、わかってて訊いてるでしょ?」
「さて、なんの事やら」
白々しく返答をする。お互いに理解してるからこそ多くは語らない。
指摘したところで俺が折れることはない。その事も酒寄はわかっているのだろう。俺を睨みこそすれ言い返すことはなかった。
お互いの朝食を済ませ、赤ん坊の世話すると赤ちゃん用品店『西竹屋』の営業時間が迫る。2人は開店直後の『西竹屋』に入店。
そこには「子育ての味方」と言うにはあまりにも高額な商品の数々。
「ムリムリムリムリ!オムツ高!子育ての味方じゃないの?!」
「味方ではあるだろ、品揃えに関しては」
そう、子育て用品はとにかく高い。使用者は幼い為免疫力が低い場合が圧倒的に多い。それ故に厳しい安全基準が設けられており、品質がとてつもなく高い。
オマケに、昨今の少子化の煽りを受け1人にかける費用が増加傾向にある高付加価格化にある。2人の育てるゲーミング電柱から生まれた赤子は日本に戸籍はなく、母子手帳もないので国や自治体からの助成金や補助金が出ることもないので、額面通りの金額を支払わなくてはならない。
「すまん。俺が出すって言った手前、前言撤回になって申し訳ないが半分出してもらえるか?」
「いや、もともと私が払うって言ってるじゃん。天野が謝ることはないよ」
さすがに
2人が各商品の値段に狼狽え騒いでいると、他の客の視線を集める。
その中に2人を奇異の目を向ける者が数名居る。尊はその視線に気づき、自身の迂闊さを自覚する。
(しまった、この状況を想定できていなかった)
「酒寄、赤ちゃんと一緒に外で待っててくれ」
「えっ、どうして?」
「周りを見てみろ。事情を知らない第三者からすれば男女で赤子を抱える俺たちは若い夫婦にしか見えない。もし、この中に俺たちの知り合いの身内がいたらどんな事態に発展するか想像しきれない」
「あっ、そっか。じゃあ外で待ってるから、後で返すからレシート捨てないでね」
「わかった。安全の為、日陰で待っててくれ」
事態の深刻さを知り、彩葉は退店。尊は残り買い物を続ける、周囲から若くして父親になった、と勘違いする者たちの視線を無視して。
「以上で、16,843円になります」
「現金で」
尊の財布が一気に軽くなる。渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎、それぞれ1名が殉職。後々1部戻ってくるとはいえ高校生にとっては手痛い出費だ。
(いつか、迎えが来たら保護者に請求しよう)
尊は請求先の定まらないレシートを袋の中に放り込む。
そのまま、外で待つ彩葉の元へ行く。
「お待たせ帰るか」
「ありがとう。私も持つよ」
「いや、赤ちゃんに集中してやってくれ。俺の方は見た目に反してそこまで重くは無いから」
尊、ここで嘘をつく。オムツなど体積が大きい荷物の影響で重そうに見えるだけと伝えるが、実際は、紙おむつ・おしりふき、肌着・ベビー服、沐浴グッズ(ベビーバス・石鹸)、授乳用品(哺乳瓶・粉ミルク・消毒剤)などなど、総重量は10kgを超える。
オマケに赤子は両腕で抱え込み、重心が腰の上に乗るので大きな負荷にはならない。だが、袋に詰め手で握り込み左右にぶら下げて運ぶしかない尊の方が遥かに負担は大きい。
しかし、そこは男の意地。力仕事を自分よりか弱い彩葉にさせたくない尊はその様子を一切見せない。名優である。
買い出しを済ませ、2人は帰宅。
すると自宅に着いた事で緊張の糸が切れたのか、2人は力なく座り込む。
「疲れた。たぶん今までの人生で1番疲れたかもしれねえ」
「私も道中知り合いに見つかったらどうしようって、ずっと気を張る羽目になるは、赤ちゃんは何度もグズるし」
「俺(私)達ってなんでこんな事になってるんだろうな(ね)」
2人は満身創痍。だか、そんな2人の事情を理解できない存在が1名居る。
「うえっ」
赤ん坊である。
「ああ、よしよし。どうしたの〜」
「もう12時か、ミルクの時間だな。直ぐに準備する」
尊はフラフラの体でお湯を沸かし消毒済みの哺乳瓶に粉ミルクを投入。お湯を半分程まで注ぎよく混ぜる。最後に哺乳瓶を冷水に晒し人肌に調整。とても慣れた手つきだ、初めてとは思えない。
「はい、出来た」
「ありがと、はいどおぞ〜」
彩葉は不慣れな様子で赤ん坊の頭と背中を支えミルクを飲ませる。その姿を見て尊は一言呟く。
「お袋みたい」
「んなっ!何言ってんのよ!」
「だってそう見えたからな、酒寄は子供ができたら良い母親になるよ」
揶揄うつもりもなく冗談でもない、純粋な感想。
「それじゃあ、俺たちの昼飯も作るか。実家からの食材ノルマも届いたみたいだし」
そう言うと外からトラックの走行音が鳴る。
「よく気づいたね」
「時間指定のクール便だし、この地域は午前中配送だと12時回るのはよくある事だからな」
尊は部屋を出て、荷物を受け取る。ダンボール3つ、これが毎月2回届く。多少無理をすれば1人でも消費できるが、苦学生の彩葉の為に食べきれないと嘯き受け取ってもらっている。
「今回は鶏肉と卵も届いたから、親子丼を作るか」
尊は自室で調理を開始。淀みない調理を経て2人分の親子丼と大根、人参、玉ねぎ、豆腐、若布、油揚げの具沢山の味噌汁を作る。
「出来たぞ〜」
料理を彩葉の部屋に運び、赤ん坊の世話を代わり交代で食べる。
「美味しい、商品に出来ないって言うけど十分すぎる品質なのに勿体ないな〜」
「卸先が大手のスーパーだと見栄えも気にしないとだからな」
2人は食事を終え、一息つく。
「さて、ここからは子育て本番。1番大変なのは夜間だな、夜泣きに対応できるように交互に仮眠を取ってあやそう」
「だね、このアパート壁薄いし、お隣さんに迷惑かけないようにしないと」
彩葉は部屋の壁を見て独り言ちる。
その視線に誘導され尊も壁を向く。
「酒寄って防音対策とかしてないんだな」
「なにそれ?」
「ダンボールを大体5cm程度の厚みに重ねて、それを壁に貼り付ける方法とかで簡易的な吸音材にすることが出来る。赤ちゃんの甲高い鳴き声を完全吸収する事は出来ないだろうけど、予防策にはなるだろうな。俺の部屋もそれで被って配信をしてるし効果は保証する、持ってこようか?」
「じゃあ、お願いしていい?」
「わかった」
そう言って、尊は自室に貼り付けたダンボールを剥がし彩葉の部屋の西側の壁に貼り付けた。
「これで良し」
彩葉部屋を加工し鳴き声対策完了。
「えっええ〜ん」
ちょうどそのタイミングで赤ん坊が泣き出す。
「おお、よしよし。どうしたんだろう?」
「ミルクは飲んだばかりだし、オムツか?」
彩葉はオムツを確認し、尊は買ったばかりのオムツを用意する。
「おっ、正解。天野オムツちょうだい」
「はいよ」
阿吽の呼吸、と言うほどでは無いが尊が彩葉に合わせ行動する。
ここからは2、3時間ごとにこれの繰り返す。
もともと彩葉は勉強漬けの三連休の予定だったが全て頓挫。尊もリスナーのKASSENの挑戦を受ける予定だったが、ドタキャン。スマホには通知が鳴り止まないが全て無視。元々受けるかどうかは尊の気分次第だったので、挑戦者は後で熨す事を誓う。
2人が子育てに翻弄され、夜も交代で世話をしていたが連休最終日の夜中。さすがに2人とも限界が来て彩葉の部屋で2人とも寝落ち。赤ん坊は尊が抱え胸の上で寝かせていると、途中目を覚ます。
「うう〜?」
赤ん坊は尊から降りて彩葉の方見る。そこではタブレットで動画を流したまま机に突っ伏し眠る姿が。
「だうっ」
床に落ちているリモコンを操作し、流れてる動画を変えてく。
「きゃははっ」
それが面白いのか、目を輝かせてどんどん動画を変えてく。
「う〜ん、ダメだよ〜」
それに気づき、寝ぼけ眼で赤ん坊を抱えタブレットの電源を切る。彩葉もそのまま赤ん坊を胸に置き再び入眠。尊の横に寝転び3人川の字になって眠る姿は、まるで家族のようだった。
それからしばらくすると、赤ん坊は月に照らされ光り出す。
すると七色に輝く赤ん坊は瞬く間に成長し、10歳程の少女に成長した。
そして、立ち上がり彩葉のパソコンを操作してネットサーフィン。
「ううん?」
尊は一瞬瞼を開くが強い睡魔に誘われ、視界に映る少女に疑問を投げかけることは出来なかった。
「ねえ、お腹空いた〜」
少女は彩葉に呼びかける。
「承知です〜」
フラフラの状態で起き上がり台所に向かう。
「彩葉〜、ミルク〜」
「すぐにでますからね〜」
頭が働かない中、ミルクの準備を始めようとするがそこで手が止まる。
(あれ?なんか変じゃない?)
彩葉、この3日間で赤ん坊の鳴き声や仕草で要求を判断できるようになったが、会話が出来たことは1度もない。
「ええっ!」
驚きの声と共に振り向き、声の発生源を目を見開き捉える。
「うおっ?!び、ビビった〜」
驚いたのは彩葉の方だろう。眠る前まで、赤ん坊だった女の子が突然少女まで急成長したのだから。
そこからの彩葉は早かった。すぐさま、購入した育児用品をダンボールと袋に詰め込み。
「お引き取りください!」
少女に引き渡した。
「てか、怖っ!なんで、どういうこと?!」
「う~ん、まあ今時は何もかものスピードが早いんですわ〜」
まるで、インタビューの受け答えのような返答。
そもそも、何故喋れるのか、さっきまで赤ん坊だったこと。挙げればキリがない。
「得体のしれないものは、お断りです!」
そう言い、彩葉は少女の腕を取り力ずくで退出させようとした。
「やだー!」
しかし、少女もそれに抗う。
「ちょっと、動いてよ」
「いーやーだー!」
2人による綱引き。その騒動により目を覚ました人間が現れる。
「う~ん、なんだどうした?」
「あ、天野?」
尊に気を取られ腕の力が緩み手を離してしまう。すると力を込めたままの少女は反動で後ろに転がり、線上にいたら尊にぶつかる。
「「ぐへっ!」」
尊は腹を抑え、少女は後頭部を抱える。
「大丈夫?!」
彩葉、さすがに心配が勝る。
「鳩尾に入ったけど、俺は平気。それより」
「頭痛い〜、誰か助けて〜」
哀れ少女、鍛えられた男の腹に後頭部を強打するとは。1部界隈ではご褒美だろうが、無垢な少女にその様な癖は持ち合わせていないだろう。
泣き出す少女に面くらい、彩葉は膝を着く。
「私、子供育ててる余裕なんてないのに」
彩葉が物思いに伏してると
((ぐぅぅ〜))
彩葉と少女2人の腹から虫が鳴る。
そうだ、少女はミルクの時間だったし。彩葉も尊が料理を用意してくれてるとはいえ、寝起き。日々の習慣どおりなら、朝食を食べる状態だ。
「助けて〜〜?」
少女が瞳を潤ませて媚びるように小首を傾げてみせた。
(な、なんて舐めた態度だ。何も考えてないようで、この子を前にすると全てが馬鹿らし感じる)
彩葉は溜息を出しつつも、諦めて立ち上がろうとする。
「じゃあ、飯でも作るか」
少女の後ろから声が聞こえ、2人はそちらを向く。
「夜中だからあまり凝ったものは作れないからな」
「んんっ」
尊は少女の頭を少々乱暴に撫で、先の痛みを慰る。
「いや、コンビニでいいでしょ?」
「そうするとまた、金を使って余計に気にするだろ?」
「うっ」
(いや、コンビニで済ませて少しでも恩返しをと思ったのだが)
尊の考えは外れたが強がち間違いでもないし、彩葉に無自覚ながら牽制を建て、彩葉は恩返しの方法を考え直さなければ行けなくなった。
尊が料理をする傍ら、彩葉は少女に質問を投げかける。
「それで、あんたはどこから来たの?」
「ええっとね、あれ?」
そう言い、月を指さす。
顔を引き攣るが、ここで引いては話が進まない。そう思ったのか彩葉は続ける。
「それで?宇宙人は何しにしたの?侵略?」
彩葉は穏やかではないが、映画などから得た偏見を少女にぶつける。
「うう〜ん、なんかあんまり覚えてないけど〜〜、とにかく毎日超つまんなくてさ〜。楽しい所に逃げた〜〜いっておもった気がする」
「逃げんな〜」
「え〜〜、なんで〜〜?」
「かあ〜、お子様が〜。逃げるのは簡単だけど、その後の再スタートって大変なのよ?あんた覚悟あるの?」
彩葉は説教を垂れる。
「覚悟〜?やりたくないからやんない。やりたいからやる!」
話が通じない。宇宙人だから理屈が通らないのか、子供だから我儘を言っているのか。どちらにしても、説教が利くタイプでは無さそうだ。
「その考えを否定するつもりは無いけど、最低限やるべき事を済ませておかないと後で痛い目を見るぞ?」
調理が完了し机に並べる尊。
「あっ、美味しそう」
「うわあ〜、なにこれ〜〜!いいにおい!」
彩葉と少女、反応に違いはあれど好意的な反応だ。
「暖かいうちにどおぞ」
「いただきます」
「んえ?いただきます?」
彩葉は手を合わせ、食事の合図。少女も彩葉を真似て手を合わせ合図をする。
そのまま、鏡合わせのようにスプーンを持ち口に運ぶ。
「すごい!なにこれ!」
数回の咀嚼で顔を輝かせる少女。
「オムライスだ。上に乗っている黄色いのが卵で、赤いのがトマトケチャップ。中のライスはチキンと粗みじん切りにした玉ねぎとトマトソースで味付けしてある」
「オムライス!好き!」
少女はあっという間に、平らげてしまう。
「うま〜、おかわり!」
「人数分しか作ってないからな〜、俺のやるよ」
「やった〜!」
「もう少し、綺麗に食べろよ〜」
尊は口の周りを真っ赤にする少女の口を拭き、注意をする。
(まんま、父親じゃん)
彩葉は2人の様子を眺めつつ、タブレットを操作。
「あんたさ、これに心当たりある?」
「ん?」
彩葉はタブレットに『竹取物語』の絵本を表示させる。
「なにこれ?」
「竹取物語、月から来たお姫様が竹の中から生まれて、翁が拾って育てて、結婚迫られたりとか色々あって……ごちゃごちゃするって話」
「最後が雑だな」
彩葉は途中で説明を放棄、細かい内容まで詳細に説明するつもりはないようだ。
「けっこん?」
少女はわけがわからないと言いたげに小首を傾げる。
(うっ、可愛い…くない!断じて!!)
一瞬、本当に純真無垢そうな態度に絆されかけたが、すんでのところで正気を保つ。
「たけ〜?」
「まあ、君が出てきたのは竹じゃなくて電柱だったらしいけど。中々に荒唐無稽な話だな」
「それは説明した私が1番思ってることだけど」
彩葉は額に手を当て眉間に皺を寄せる。
「じゃあ、尊がこの翁なの?」
「80年後の姿でも見えてるのか?違うから、翁は拾った酒寄だから」
「あっ、なるほど彩葉が翁か〜」
「どっちも、違うわ!って、なんで名前知ってるの?」
2人のお巫山戯に彩葉が突っ込む。
「ねえねえ、オムライス美味しい!もっと食べたい!」
「それ以上はダメ。この後は寝るんだから食べ過ぎは体に悪いぞ」
「聞け〜!」
彩葉を無視し楽しそうに、父娘の会話をする2人。
「ああ、ごめんごめん。で、おはなしはどうなるの?」
聞く気があるのか無いのか、少なくとも知識を得る意欲は食欲と同じく貪欲なようだ。
「えーっと、……お迎えが来て、翁たちが引き渡すまいと戦うも空しく、姫は羽衣を着せられ、地球の事は忘れて月に帰る」
「おー」
少女は感心するように笑顔を浮かべるが、彩葉から話の続きはない。
「え?続きは?」
「ない。終わり。めでたしめでたし」
「いやどこが!月に帰って終わりって超バッドエンドじゃん!かぐや姫も絶対不幸じゃん!しかも、いい話風なのがよけいムカつく!」
少女は机を叩き、歯ぎしりし不満を露わにする。
「確かに、授業で流し読みした程度だけど確かにバッドエンドだな」
「これはそういうお話なの、文句を言わない」
付き合いきれないのか、彩葉は皿を片付け歯を磨く。
話はこれで終わりだという意思表示の様にも見える。
「ハッピーなのがいい!ハッピーエンド〜♪ハッピーエンド〜♪」
少女は寝転がり、何故か歌い出した。
「どうしょうもないでしょ、暴れようと歌おうと、決まった事が変わるわけじゃない」
そして、駄々を捏ねる少女を見据えて言い切る。
「覚悟を決めて受け入れるしか、ない」
あるいはそれは自身に言い聞かせてるのか、彩葉は自分の胸に確かな重みを感じていた。
少女はそんな彩葉の顔に見とれているのか、黙り込み呆然とする。すると頭に暖かい温もりを感じる。
「まあ、酒寄はああ言ってるが君の未来はまだ、決まったわけじゃないだろ?後悔しないように全力で足掻けばいい」
少女の頭を撫で優しい笑顔を見せる。
「よし、決めた!」
そう言い少女は決意を込めた様に言い放つ。
「自分でハッピーエンドにする!」
まるで魔法少女の様に、あるいは小学生のアイドルの様にビシッとポーズを決めて四畳半の狭い部屋で。
「そんで、ハッピーエンドまで彩葉と尊も連れてく、一緒に!」
彩葉はまるで詐欺師でも見るかのような怪訝な表情を浮かべる。
「ハッピーエンド要らない。フツーのエンドで結構です」
彩葉のエンドはもう決まっており、後はそこまでひたすら走り抜けるだけだった。
「うそうそうそ!なわけないでしょ?」
自身の決意を無碍にし、寝ようと歩もうとする彩葉を捕え説得しようとする宇宙人少女。
「一緒にハッピーエンドに行こ〜」
「そうだぞ〜、俺たち3人でハッピーエンドに行こ〜」
悪ふざけで少女に加勢する尊の姿。
「あんたもそっち側かい!」
「ハッピーエンド〜♪あっそれっ、ハッピーエンド〜♪」
「ハッピーエンド〜♪あっそれっ、ハッピーエンド〜♪」
ハッピーエンドを唱える踊る2人のバカを前に、彩葉はこの三連休を振り返る。
(マジで秒で三連休が終わった。勉強できなかったし、口内炎は出来るし。
もう、寝かせて〜!)
尊はかぐやと同じハピエン厨です。
でも、それは自分と自分の大切な人にとっての話であって無関係の人の幸せはそこまで興味ありません。
だから、自分に挑戦するリスナーを無視することも多々あります。今回のドタキャンも殆どのリスナーにとっては「またか」程度に感じられています。