「ありふれた遊戯王で世界最強」   作:武藤 桜

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すみません。自分遊戯王初心者なのでこれからの内容が思いつかなくて投げ出してました。とりあえず今回は脱出の瞬間までを描きます。


第十話「千年眼を宿す者――そして地上へ」

神のカードが放った衝撃波は、ようやく収まろうとしていた。

 

 砕けた床。ひび割れた壁。戦いの激しさを物語る惨状の中で、南雲ハジメは片膝をつき、荒い息を吐いていた。

 

「……くそっ。最後の最後で、とんでもない置き土産を残しやがって」

 

 右手で顔を覆う。

 

 左目が、見えない。

 

 瞼を閉じても、開いても、そこにあるのは底のない暗闇だけだった。焼けるような痛みは徐々に引いていたが、光を取り戻す気配はない。

 

 神の力を受けた代償。

 

 勝利の余韻に浸る暇もなく、ハジメは自分の身に起きた現実を突きつけられていた。

 

「ハジメ」

 

 すぐそばで、ユエが彼の顔を覗き込む。

 

 いつもと変わらない無表情。しかし、その瞳の奥には隠しきれない不安があった。

 

「左目……」

 

「見りゃ分かるだろ。どうやら神様ってのは、負けた後も性格が悪いらしい」

 

「……冗談を言っている場合じゃない」

 

「冗談でも言ってなきゃ、やってられねえよ」

 

 ハジメは肩をすくめた。

 

 左側の視界が欠けたせいで、ユエの姿を捉えるにも、以前とは違う感覚が必要だった。彼女が少し左へ動くと、視界から姿が消えてしまう。

 

 その事実に、胸の奥がわずかに疼いた。

 

 だが、いつまでも嘆いているわけにはいかない。

 

 生きている。

 

 勝利した。

 

 ならば、次にやるべきことを考えるだけだ。

 

「ハジメ君」

 

 その声に振り向くと、オスカーがこちらへ歩み寄ってきていた。

 

 彼の身体も、先ほどの戦いで相当な負担を受けているようだった。それでも、ハジメに伝えなければならないことがあるのだろう。オスカーは懐から、小さな布包みを取り出した。

 

「これを、君に託したい」

 

「……何だ、それ?」

 

「君が元の世界へ帰るための鍵の一つだ」

 

 オスカーが布を開く。

 

 そこに収められていたのは、金色に輝く奇妙な装飾品だった。

 

 眼球を思わせる意匠。古代の紋様。そして、ただの金属とは思えない、重く不思議な存在感。

 

 それを目にした瞬間、ハジメは直感した。

 

「千年アイテム……!」

 

「そう。七つの千年アイテムの一つ――千年眼だ」

 

 千年眼。

 

 古代より伝わる秘宝であり、人の心や精神に関わる力を宿すもの。

 

 ハジメは差し出されたそれを、すぐには受け取らなかった。

 

「待てよ。そんな大事なもんを、俺が受け取っていいのか?」

 

「君だからこそ、託すんだ」

 

 オスカーは穏やかに答えた。

 

「君は、神の力を前にしても屈しなかった。そして、失ったものを嘆くだけではなく、その先へ進もうとしている。千年眼が君に何をもたらすか、私にもすべては分からない。だが、君がこれを必要とする時は、きっと来る」

 

「……」

 

「それに、元の世界へ帰るためには千年アイテムが必要なのだろう? ならば、これは君が持つべきものだ」

 

 ハジメは千年眼を見つめた。

 

 黄金の表面に、自分の顔がかすかに映る。

 

 右目だけで世界を見つめる、傷だらけの自分。

 

 ここで受け取ることは、単に貴重な道具を手に入れるという意味ではない。帰還への道を、自分の意志で進むという決意を、改めて形にすることだった。

 

「……分かった。預からせてもらう」

 

 ハジメは千年眼を受け取った。

 

「必ず、元の世界に帰る。そのために使わせてもらう」

 

「ああ。それでいい」

 

 オスカーは満足げに頷いた。

 

     ◇

 

 その後、ハジメは千年眼を手に、工房の一角へ移動した。

 

 千年眼を受け取ったからといって、すぐに人前で身につけるわけにはいかない。

 

 何しろ、片目を失ったばかりの男が、突然、奇妙な黄金の眼を装着していたらどうなるか。

 

 仲間たちに余計な心配をかけるのは避けたい。それに、千年アイテムの存在を不用意に知られることも望ましくなかった。

 

「……まずは、隠すところからだな」

 

 ハジメは鏡代わりの磨かれた金属板を前に、千年眼を手に取った。

 

 失明した左目に、そっと装着する。

 

 冷たい感触が肌に触れた瞬間、身体の奥を何かが走り抜けた。

 

「っ……!?」

 

 頭の内側に、奇妙な圧迫感が生まれる。

 

 知らないはずの感覚。意識の底に沈んでいた何かが、こちらを覗き返しているような感覚。

 

 だが、それは一瞬のことだった。

 

 千年眼は、まるで最初からそこに収まるべきだったかのように、ハジメの左目に装着されていた。

 

「……なるほど。こいつは確かに、ただの装飾品じゃねえな」

 

 千年眼の表面を指で確かめる。

 

 その力を理解するには、まだ時間が必要だろう。今は無理に使おうとせず、まずは身体に馴染ませるべきだ。

 

 問題は、これをどう隠すかだった。

 

 ハジメは用意していた黒い眼帯を手に取った。

 

 失明した左目を覆うためのものだ。千年眼を隠すには、これ以上ないほど都合がいい。

 

 眼帯を装着し、鏡代わりの金属板を覗き込む。

 

 そこに映っていたのは、右目だけで鋭く世界を見据える少年だった。

 

「……悪くねえな」

 

 以前とは違う。

 

 しかし、弱々しくなったわけでもない。

 

 むしろ、これから先の戦いを生き抜くための、新しい姿だと思えばいい。

 

「左目は失明した。そう説明すりゃ、千年眼のことまで疑われることはねえだろ」

 

 もっとも、ユエにどこまで誤魔化せるかは怪しい。

 

 彼女は妙に勘が鋭い。ハジメの小さな変化にも、すぐに気づくことがある。

 

「……ま、聞かれたらその時に考えるか」

 

 ハジメは眼帯の位置を整え、工房を後にした。

 

 千年眼は、まだ沈黙を保っている。

 

 だが、その黄金の奥底には、ハジメ自身も知らない力が眠っていた。

 

     ◇

 

 工房での作業は、想定していた以上に時間を要した。

 

 左腕の義手にはデュエルディスクを組み込み、カードのセットからホログラムの展開までを一体化させた。さらに、オスカーが残した設備と素材を利用してDホイールを組み上げ、走行と決闘を両立させるための調整も重ねた。

 

 すべてが完璧というわけではない。

 

 義手にはまだ改良の余地がある。Dホイールも、実戦でどこまで通用するかは分からない。

 

 それでも、ハジメは満足していた。

 

 失ったものを嘆き続けるより、残されたものを使って前へ進む。

 

 それが、彼の選んだ生き方だった。

 

 そして、ついに脱出の準備が整った。

 

「……よし。忘れ物はねえな」

 

 Dホイールの最終点検を終え、ハジメは工房を振り返った。

 

 ここで手に入れたものは多い。

 

 元の世界へ帰るための手掛かり。新たな装備。そして、オスカーから託された千年眼。

 

 何より、ここで得た知識は、これからの戦いに欠かせないものになるだろう。

 

「ハジメ」

 

 呼ばれて振り返る。

 

 ユエが、すぐそばに立っていた。

 

「準備、終わった?」

 

「ああ。いつでも出られる」

 

「そう」

 

 ユエはハジメの顔を見上げた。

 

 黒い眼帯に視線が止まる。

 

「……左目、痛い?」

 

「もう大したことねえよ。見えないってだけだ」

 

「……本当に?」

 

「本当だ。心配してくれるのは嬉しいが、俺はそんな簡単にくたばらねえよ」

 

 ユエはしばらく黙っていたが、やがてハジメの右手を取った。

 

「なら、私がずっと隣にいる」

 

「……お前な」

 

「何?」

 

「そういうことを真顔で言うな。反応に困るだろ」

 

「困ればいい」

 

「ひでえな、おい」

 

 ユエの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

 ハジメも、つられるように笑う。

 

 神の力によって傷つけられた左目は、もう元には戻らないかもしれない。

 

 それでも、隣にはユエがいる。

 

 そして、自分にはまだ、やるべきことがある。

 

「行くぞ、ユエ」

 

「ん」

 

 ハジメはDホイールに跨がり、ユエもその後ろへ乗り込んだ。

 

 彼女の腕が、ハジメの身体に回される。

 

「……落ちるなよ?」

 

「落ちない」

 

「俺が運転をミスったら?」

 

「ハジメが何とかする」

 

「お前、俺への信頼が妙な方向に全振りしてねえか?」

 

「ハジメだから」

 

「……はいはい」

 

 ハジメは苦笑しながら、エンジンを始動させた。

 

 Dホイールが低い駆動音を響かせる。

 

 その音は、これから始まる旅の前奏曲のようだった。

 

     ◇

 

 脱出地点。

 

 転移魔法を発動させるための準備が整い、周囲の空気がわずかに揺らいでいた。

 

 ハジメはDホイールを停止させ、転移のための魔法陣を確認する。

 

 ここを抜ければ、長く閉ざされていた迷宮の外――地上へ戻れる。

 

 そして、そこから先には新たな旅が待っている。

 

「……ついに、ここまで来たか」

 

 ハジメは呟いた。

 

 召喚されたあの日から、どれほどのことがあっただろう。

 

 何もできなかった自分。生き延びるために必死だった日々。絶望の底で手にした力。そして、今。

 

 片目を失い、左腕を失いながらも、ここまで辿り着いた。

 

「ハジメ」

 

「ん?」

 

「地上に出たら、何をする?」

 

 ユエの問いに、ハジメは少しだけ考えた。

 

「まずは安全な場所を確保する。食料や素材も必要だし、装備の調整もしたい。千年アイテムと三幻神、それに赤き竜のことも調べなきゃならねえ」

 

「……忙しい」

 

「誰のせいだと思ってんだ。元の世界に帰る方法なんて、とんでもない宿題をもらっちまったんだからな」

 

「ハジメならできる」

 

「だから、そういう全幅の信頼を向けるのはやめろっての。失敗したらどうするんだ」

 

「失敗したら、また考えればいい」

 

 ユエは即答した。

 

「ハジメは、何度でも立ち上がるから」

 

 その言葉に、ハジメは一瞬だけ黙った。

 

 彼女は、いつだってそうだ。

 

 自分がどれだけ傷ついても、どれだけ追い詰められても、彼女は信じてくれる。

 

 その信頼は、時に重い。

 

 だが、同時に、何よりも心強かった。

 

「……ったく。お前には敵わねえな」

 

「知ってる」

 

「そこは否定しろよ」

 

「嫌」

 

 ユエが小さく笑った。

 

 ハジメも笑う。

 

 迷宮の奥底で、二人の笑い声が響いた。

 

 それは、死線を越えてきた者たちの笑いだった。

 

 傷つき、失い、それでも生きることを選んだ二人の笑いだった。

 

 ハジメは改めて前を向いた。

 

「……よし。帰るぞ、ユエ」

 

「ん。帰ろう」

 

 転移魔法が発動する。

 

 足元から光が広がり、二人の身体を包み込んでいく。

 

 ハジメは最後に一度だけ、オルクス大迷宮の奥を振り返った。

 

 ここで得たものを、決して忘れない。

 

 オスカーの遺志も、千年眼も、そして自分が負った傷も。

 

 すべてを背負って、先へ進む。

 

「――行くぜ!」

 

 光が弾けた。

 

 次の瞬間、二人の姿は迷宮から消えた。

 

 長い試練の果てに、ハジメとユエは地上へと転移していく。

 

 そして、千年眼を宿した決闘者の新たな物語が、ここから始まるのだった。

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