転移魔法の光が消えた瞬間、ハジメは思わず目を細めた。
「……眩しっ」
頭上には、どこまでも広がる青空があった。
頬を撫でる風。木々のざわめき。土と草の匂い。オルクス大迷宮の閉ざされた空間では決して感じられなかった、自然そのものの気配が全身を包み込む。
「……地上、だな」
「ん。地上」
後ろに立っていたユエが、ハジメの服の裾をつまんだ。
ハジメは周囲を見回す。見渡す限り、巨大な木々が密集する大樹海。普通の人間ならば、踏み入ることすら躊躇する危険地帯だ。
しかし、ハジメにとっては感慨に浸っている場合ではなかった。
「まずは現状確認だ。食料、素材、装備の点検。それから、今後の方針を決める」
「……お腹すいた」
「お前は相変わらずだな」
「ハジメの作るものが食べたい」
「はいはい。安全を確保したらな」
ハジメは苦笑し、Dホイールの状態を確認した。
義手に組み込んだデュエルディスクも問題ない。眼帯の下では、千年眼が静かに存在感を放っている。
左目を失った代償は大きい。
だが、立ち止まるつもりはなかった。
「よし。とっとと樹海を抜けるぞ。いつまでもここにいたら、余計な連中に絡まれる」
「……ハジメ」
「何だ?」
「もう絡まれてる」
「は?」
ユエの視線の先。
茂みの向こうから、複数の魔物がこちらを窺っていた。
ハジメは溜息をつく。
「……地上に戻った途端これかよ」
彼はデュエルディスクを展開した。
「まあいい。ちょうど試運転にはなる」
カードを引き抜き、フィールドへと叩きつける。
「来い――!」
ホログラムが樹海を照らし、召喚されたモンスターが魔物たちの前に立ちはだかった。
短い戦闘の後、魔物たちは散り散りになって逃げていった。
ハジメはカードを回収し、デュエルディスクを収納する。
「よし。装備の動作確認は問題なし。義手の反応も悪くない」
「……魔物がかわいそう」
「襲ってきたのは向こうだろうが」
そんなやり取りを交わしながら、二人は樹海の中を進んでいった。
そして、しばらく歩いた頃だった。
「――誰かいる」
ユエが足を止めた。
ハジメも気配を察知し、視線を木々の間へ向ける。
そこにいたのは、一人の少女だった。
長い銀髪。頭には大きな兎の耳。腰の後ろから伸びる丸い尻尾。そして、どこか落ち着きのない仕草。
少女はハジメたちに気づくと、驚いたように目を見開いた。
「えっ!? に、人間……ですか!?」
「見りゃ分かるだろ。お前こそ、こんなところで何してる?」
「え、えっと……その……」
少女は視線を泳がせた。
その様子を見て、ハジメは眉をひそめる。
怯えているようにも見える。
しかし、それだけではない。
少女の瞳の奥には、何かを必死に求めるような、切実な感情があった。
「……名前は?」
「シア、です。シア・ハウリア」
「ハウリア……?」
聞き覚えのない名前だった。
だが、少女の様子から察するに、何らかの事情を抱えていることは間違いない。
「で、シア。こんな危険な場所で、一人で何をしている?」
ハジメの問いに、シアは一度口を開きかけ、再び閉じた。
そして、意を決したように顔を上げる。
「……強く、なりたいんです」
その声は震えていた。
「もっと強くなりたい。誰かに守ってもらうだけじゃなくて、自分で自分を守れるように。大切な人たちを守れるように……!」
シアは両手を握りしめた。
「私の一族は、弱いんです。戦うことが苦手で、危険な魔物に襲われたら逃げるしかない。誰かに頼らなければ生きていけない。そんな自分たちを、私は変えたいんです!」
その言葉には、単なる憧れでは片づけられない重みがあった。
彼女は本気なのだ。
自分自身を変えたい。そして、一族の未来を変えたい。
ハジメは、しばらく黙ってシアを見つめていた。
「……なるほどな」
やがて、彼は口を開いた。
「つまり、お前は強くなる方法を探して、こんな場所まで来たわけか」
「はい!」
「で、具体的にどうするつもりだった?」
「えっ?」
「強くなりたいって気持ちは分かった。だが、気持ちだけじゃ強くなれねえ。武器の扱いは? 魔物との戦闘経験は? 危機に陥った時の判断力は? それに――」
ハジメは自分のデュエルディスクを指で叩いた。
「決闘の腕はどうなんだ?」
「け、決闘……?」
シアは目をぱちくりさせた。
「そっちの戦いも、やるんですか?」
「当たり前だろ。俺にとっては、剣や銃と同じくらい重要な戦い方だからな」
ハジメはデュエルディスクを展開した。
「強くなりたいって言うなら、まずはお前がどれくらい戦えるのか見せてみろ」
「えええっ!? い、今からですか!?」
「嫌なら別にいいぞ。ここで別れても構わねえ」
「や、やります!」
シアは慌てて声を上げた。
「私、絶対に強くなりたいんです! だから、お願いします!」
その真剣な表情を見て、ハジメは小さく笑った。
「……いい目をしてるじゃねえか」
彼はデュエルディスクを構えた。
「なら、見せてみろ。お前の覚悟を」
樹海の開けた場所に、二人の決闘者が向かい合っていた。
片目を黒い眼帯で覆い、左腕には機械仕掛けの義手と一体化したデュエルディスクを装着した少年――南雲ハジメ。
そして、その正面で大きな兎耳をぴんと立て、緊張した面持ちでデッキを握る少女――シア・ハウリア。
「本当に、手加減してくれないんですね……?」
「何度も言わせんな。手加減してほしいなら、今のうちに降参してもいいぞ」
「し、しません!」
シアは慌てて首を横に振った。
「私は強くなりたいんです! だから、ハジメさんが相手でも逃げません!」
「……よし」
ハジメは口元を吊り上げた。
「なら、その覚悟をカードで見せてみろ」
左腕のデュエルディスクが展開する。
同時に、シアの腕にも決闘盤が展開された。
「デュエル!」
二人の声が、樹海に響き渡った。
◇
シアのターン
「私のターン! ドロー!」
シアは勢いよくカードを引いた。
しかし、手札を確認する指先には、まだ緊張が残っている。
相手は、神のカードと戦い、オルクス大迷宮を突破してきた決闘者だ。
自分とは経験も実力も違う。
そんなことは、先ほどの短いやり取りだけでも分かっていた。
それでも――。
「私は、手札から《D・スコープン》を召喚!」
フィールドに、小型の機械モンスターが姿を現した。
「《D・スコープン》の効果を発動! 守備表示の時、手札からレベル4の『D』モンスターを特殊召喚できます!」
シアは手札から一枚のカードを取り出した。
「来て! 《D・ラジオン》!」
小さな機械仕掛けのモンスターがフィールドへ飛び出す。
レベル3のチューナー、《D・スコープン》。
レベル4の《D・ラジオン》。
二体のモンスターが、それぞれ光の輪へと変わった。
「レベル3のチューナーに、レベル4の《D・ラジオン》をチューニング!」
七つの星が並び、空間に巨大な歯車の幻影が浮かび上がる。
「機械仕掛けの力よ、今こそ未来を切り開く翼となれ! シンクロ召喚!」
シアはカードを高く掲げた。
「現れろ――《パワー・ツール・ドラゴン》!」
巨大な機械仕掛けの竜が、轟音とともにフィールドへ降り立った。
その両腕に備わる工具のような機構が回転し、金属の翼が光を反射する。
攻撃力は二三〇〇。
決して圧倒的な数値ではない。
しかし、シアの表情には、何よりも大切な相棒を呼び出した喜びが浮かんでいた。
「パワー・ツール・ドラゴン……!」
彼女は、まるでその竜に語りかけるように呟いた。
「一緒に頑張ろうね!」
ハジメは黙って、その様子を見ていた。
カードへの思い入れは本物だ。
だが、決闘は気持ちだけでは勝てない。
「《パワー・ツール・ドラゴン》の効果を発動します! デッキから装備魔法カード三枚を選び、ハジメさんに見せます!」
シアはデッキから三枚のカードを取り出した。
「《団結の力》! 《魔導師の力》! そして《守護神の宝札》……じゃなくて、《力の集約》!」
最後のカードを見て、ハジメが眉を動かした。
「おい、今、別のカード名を言いかけなかったか?」
「い、言ってません!」
「……そうか」
シアは顔を赤くしながら、三枚を並べた。
「この三枚の中から、ハジメさんが一枚を選んでください!」
「ランダムじゃなかったか?」
「……あっ」
「ルールまで緊張で飛ばしてんじゃねえ!」
「す、すみませんっ!」
ユエが少し離れた場所で、ぽつりと呟いた。
「……シア、頑張って」
「ユエさん、今のは応援になってません!」
ハジメは小さく息を吐き、三枚のカードを見た。
「まあいい。効果の処理は正しくやれ。相手に見せた三枚から、ランダムに一枚を手札に加えるんだ」
「は、はい!」
シアは改めて効果を処理し、選ばれた装備魔法を手札に加えた。
続けて、手札から装備魔法を発動する。
「《団結の力》を《パワー・ツール・ドラゴン》に装備!」
光の帯が機械竜の身体を包み込む。
シアのフィールドにモンスターが一体しかいないため、攻撃力は大きく上昇する。
「さらに、カードを一枚セット! ターンエンドです!」
シアは大きく息を吐いた。
自分にできることはやった。
パワー・ツール・ドラゴンを呼び出し、装備魔法で強化する。
それが、彼女の考えた勝ち筋だった。
ハジメはフィールドを見渡し、静かに口を開いた。
「悪くはねえな」
「ほ、本当ですか!?」
「ただし――」
ハジメの右目が鋭くなる。
「お前は、自分のドラゴンを強くすることばかり考えてる」
シアの笑顔が止まった。
「え……?」
「装備魔法を使って攻撃力を上げる。それ自体は間違いじゃない。だが、相手がその攻撃を通さない方法を考えているかどうか、そこまで考えたか?」
「そ、それは……」
「次の俺のターンで教えてやる」
◇
ハジメのターン
「俺のターン。ドロー」
ハジメはカードを引いた。
その動作に無駄はない。
手札を確認する時間も短い。すでに自分のデッキの動きを理解し、どのカードを使うべきか、どの順番で展開すべきかを考え終えているようだった。
「まずは《ジャンク・シンクロン》を召喚!」
機械仕掛けの戦士がフィールドへ現れた。
「召喚時の効果で、墓地のレベル2モンスターを守備表示で特殊召喚する!」
墓地から小さなモンスターが呼び戻される。
シアは慌ててフィールドを確認した。
「シンクロ召喚……!」
「そうだ。俺のデッキは、状況に合わせてシンクロモンスターを使い分ける。攻撃力だけでなく、効果や相手の盤面も考えてな」
ハジメは二体のモンスターを指し示した。
「レベル3のチューナーに、レベル4のモンスターをチューニング!」
七つの光が空へ伸びる。
「集いし星が、新たな力を呼び起こす! シンクロ召喚!」
白銀の翼が広がり、流星を思わせる光が樹海を照らした。
「現れろ、《スターダスト・ドラゴン》!」
白銀の竜が大きく翼を広げた。
その姿を見た瞬間、シアは息を呑んだ。
「す、すごい……!」
パワー・ツール・ドラゴンとは違う、しなやかで気高い姿。
その竜が放つ存在感に、シアは思わず見入ってしまった。
だが、ハジメは容赦しない。
「バトルだ。《スターダスト・ドラゴン》で、《パワー・ツール・ドラゴン》を攻撃!」
「えっ!? で、でも、私のパワー・ツール・ドラゴンは《団結の力》で強化されています!」
「だからどうした?」
「えっ」
「攻撃力の差だけで勝負が決まると思ってるのか?」
スターダスト・ドラゴンが翼を広げ、光の奔流を放つ。
シアは慌てて声を上げた。
「《パワー・ツール・ドラゴン》の効果! 装備魔法を墓地へ送ることで、破壊を免れます!」
機械竜の身体が光に包まれる。
《団結の力》が装備状態を失い、墓地へ送られた。
その代わりに、パワー・ツール・ドラゴンは破壊を免れた。
攻撃の余波がフィールドを揺らす。
「……よしっ!」
シアは胸を撫で下ろした。
自分のドラゴンは、まだフィールドに残っている。
ハジメの攻撃を耐えたのだ。
しかし、ハジメは笑わなかった。
「今のは正しい判断だ。だが、忘れるな。お前は今、自分のドラゴンを守るために、攻撃力を上げるための装備を失った」
「……!」
「その場をしのぐことはできた。だが、それで次のターンをどう戦う?」
シアは答えられなかった。
確かに、パワー・ツール・ドラゴンは残った。
だが、強化に使ったカードは墓地へ送られた。
このままでは、次のターンに攻撃力を取り戻すことができない。
ハジメはさらにカードを一枚セットした。
「カードをセット。ターンエンドだ」
その声を聞き、シアはデッキを握り直した。
まだ終わっていない。
自分には、もう一度戦うチャンスがある。
そして、パワー・ツール・ドラゴンもいる。
「……次は、私のターン!」
◇
シアの反撃
「ドロー!」
シアは引いたカードを確認した。
そして、目を輝かせる。
「来た……!」
手札には、装備魔法があった。
「私は《パワー・ツール・ドラゴン》の効果を発動! もう一度、デッキから装備魔法カード三枚を選びます!」
彼女はデッキから三枚を取り出した。
先ほどと同じように、相手に見せる。
そのうちの一枚が手札に加わった。
「そして、《魔導師の力》を発動! パワー・ツール・ドラゴンに装備します!」
魔法・罠カードの数に応じて、攻撃力が上昇する装備魔法。
シアはセットしていたカードを見つめた。
このカードを使えば、さらに攻撃力を上げられる。
だが、ハジメのフィールドには伏せカードがある。
それが何なのかは分からない。
攻撃を仕掛ければ、何かを発動されるかもしれない。
しかし、ここで攻めなければ、次のターンも同じことの繰り返しになる。
「……行きます!」
シアは決意した。
「バトル! 《パワー・ツール・ドラゴン》で、《スターダスト・ドラゴン》を攻撃!」
機械竜が巨大な腕を振り上げる。
金属の拳が白銀の竜へ迫った。
その瞬間――。
「罠発動。《くず鉄のかかし》!」
ハジメの伏せカードが開いた。
機械仕掛けのかかしがフィールドに飛び出し、攻撃を阻む。
「そ、そんな!?」
「攻撃は無効だ」
シアは唇を噛んだ。
ここまで考えた。
攻撃力も上げた。
それでも、攻撃は届かなかった。
「……まだです!」
シアは叫んだ。
「私はカードを一枚セットして、ターンエンド!」
悔しさを押し殺し、シアはターンを終えた。
ハジメは彼女の様子を見ていた。
先ほどよりも、明らかに考えている。
伏せカードを警戒し、攻めるタイミングを見極めようとしていた。
まだ未熟だ。
だが、確実に学んでいる。
◇
反撃を封じる一手
「俺のターン。ドロー」
ハジメはカードを引き、フィールドを確認した。
スターダスト・ドラゴン。
対するシアのフィールドには、パワー・ツール・ドラゴンと伏せカード。
シアは、装備魔法を失ってもドラゴンを維持し、次のターンに備えようとしている。
その判断自体は悪くない。
しかし、今の彼女には決定的に足りないものがあった。
相手の次の一手を想定する力だ。
「シア。お前のパワー・ツール・ドラゴンは、装備魔法がある限り破壊を免れることができる」
「……はい」
「だが、装備魔法を失った後まで考えてるか?」
「……っ!」
「攻撃力を上げること。破壊を防ぐこと。それだけじゃ勝てねえ。相手が何を狙っていて、次にどんな手を打ってくるか。そこまで考えろ」
ハジメはカードを一枚、デュエルディスクへ差し込んだ。
「俺は魔法カードを発動する!」
フィールドに光が広がる。
「墓地のモンスターを利用し、次の展開へ繋げる!」
ハジメは手札と墓地を確認しながら、スターダスト・ドラゴンを中心に盤面を整えていった。
シアは必死に、その動きを追う。
何を狙っているのか。
どのカードが本命なのか。
自分にできることは何か。
だが、考えれば考えるほど、選択肢が増えていく。
ハジメはその迷いを見抜いていた。
「考えるのはいい。だが、迷っている間にも決闘は進む」
彼は最後のカードをセットした。
「バトル。《スターダスト・ドラゴン》で、《パワー・ツール・ドラゴン》を攻撃!」
「また……!」
シアは咄嗟に伏せカードを発動した。
「罠カード発動! 《リビングデッドの呼び声》!」
墓地からモンスターを呼び戻そうとする。
しかし、ハジメはその瞬間を待っていた。
「スターダスト・ドラゴンの効果!」
白銀の竜が翼を広げる。
「フィールドのカードを破壊する効果を無効にし、破壊する!」
スターダスト・ドラゴンの力が、シアの防御を打ち砕いた。
「そんな……!」
シアの手が止まる。
パワー・ツール・ドラゴンを守るためのカードが、次々と封じられていく。
それでも、シアはデュエルディスクから目を逸らさなかった。
まだ、終わりではない。
自分のドラゴンがいる。
自分のデッキがある。
そして、何より――。
「……私、まだ負けてません!」
シアは叫んだ。
その声に、ハジメの右目がわずかに細くなる。
「そうだ。最後まで諦めるな」
ハジメは静かに告げた。
「だが、諦めないことと、勝つための手を考えることは別だ」
スターダスト・ドラゴンが再び翼を広げる。
白銀の光が、フィールドを包み込んだ。
「これで終わりだ。スターダスト・ドラゴン、ダイレクトアタック!」
「きゃああああっ!」
光の奔流がシアを包み込む。
ライフポイントがゼロになる。
フィールドから、二体の竜の姿が消えていった。
デュエル終了。
勝者、南雲ハジメ。
◇
敗北の先に
「……負けちゃいました」
シアは肩を落とした。
デュエルディスクを収納する手にも、悔しさが滲んでいる。
「私、パワー・ツール・ドラゴンを出せたのに……。装備魔法も使えたのに……」
「それでも負けた。理由は分かるか?」
ハジメの問いに、シアはしばらく考えた。
「……ハジメさんの方が、強かったから?」
「それは間違いじゃねえ。だが、答えとしては足りない」
ハジメはシアのデッキを指差した。
「お前はパワー・ツール・ドラゴンを出すことに成功した。装備魔法を使って強化もした。破壊を免れるために装備魔法を墓地へ送る判断もできた。そこまでは悪くなかった」
「……はい」
「だが、お前はその先を考えてなかった。装備魔法を失った後、どうやって立て直すのか。相手の伏せカードをどう突破するのか。自分のドラゴンを守るだけじゃなく、どうやって勝利へ繋げるのか」
シアは唇を噛んだ。
「……私は、パワー・ツール・ドラゴンがいれば、何とかなると思っていました」
「その考え自体は悪くねえ。自分の切り札を信じるのは大切だ」
ハジメは、少しだけ表情を和らげた。
「だが、信じることと、頼り切ることは違う。カードの力を最大限に引き出すのは、お前自身だ」
シアは顔を上げた。
「……私自身が」
「ああ。パワー・ツール・ドラゴンは、お前の代わりに考えてくれるわけじゃねえ。お前が考え、選び、戦うからこそ、その力を発揮できる」
ハジメは彼女のデッキを返した。
「俺は、お前に才能がないとは思ってねえ」
「……本当ですか?」
「本当だ。お前は負けても最後まで諦めなかった。自分のドラゴンを守ろうとしたし、攻めるべき場面では攻めようとした。今のお前に足りないのは、経験と知識、それに実戦での判断力だ」
シアの耳が、ぴくりと動いた。
「それって……」
「鍛えれば伸びるってことだ」
ハジメは不敵に笑った。
「ただし、楽な道だとは思うなよ。戦闘訓練も、決闘の特訓も、俺は容赦しねえ。今の自分を変えたいなら、負けた理由から目を逸らすな」
シアはデッキを胸に抱きしめた。
悔しい。
自分が思っていたよりも、ずっと実力が足りなかった。
けれど、それ以上に――。
もっと知りたい。
もっと強くなりたい。
このカードと一緒に、もっと先へ進みたい。
「……お願いします!」
シアは深く頭を下げた。
「私を、強くしてください! パワー・ツール・ドラゴンと一緒に、もっと強くなりたいんです!」
ハジメは、その言葉を聞いて頷いた。
「よし。なら、まずはデッキの見直しからだ。お前のカードを全部見せろ。何を考えて採用したのか、一枚ずつ説明してもらう」
「は、はい!」
「それから、明日からは基礎訓練だ。走り込み、武器の扱い、実戦での判断。決闘だけできても、生き残れなきゃ意味がねえからな」
「……えっ?」
「何だ?」
「い、いえ! 何でもありません!」
シアは慌てて背筋を伸ばした。
ユエが横から、静かに告げる。
「……頑張って。ハジメの特訓は厳しい」
「ユエさん! それ、今言います!?」
「今だから」
ハジメは肩をすくめた。
「安心しろ、シア。逃げ出さなきゃ、ちゃんと強くしてやる」
「……逃げません!」
シアは顔を上げた。
その目には、先ほどまでの悔しさだけではなく、確かな決意が宿っていた。
パワー・ツール・ドラゴンのカードを握りしめ、彼女はもう一度、ハジメを見つめる。
「私、絶対に強くなります!」
「その意気だ」
ハジメは笑った。
そして、心の中で呟く。
――パワー・ツール・ドラゴン。
装備魔法を自在に操り、状況に応じて力を引き出す機械仕掛けの竜。
そのカードを託された少女は、まだ未熟だ。
だが、未熟だからこそ伸びしろがある。
彼女が本当にそのカードの継承者となるかどうかは、これからの努力次第だ。
「さて、シア」
「はい!」
「まずはデッキを見せてもらう。そこから先は、地獄の特訓だ」
「……はいっ!」
シアの元気な返事が、樹海に響いた。
こうして、兎人族の少女と機械仕掛けの竜の物語は、新たな一歩を踏み出したのだった。
シアの案内で樹海を進んだハジメたちは、やがて兎人族ハウリアの集落へと辿り着いた。
そこでは、深刻な問題が起きていた。
ハウリア族は戦闘能力が低く、危険な魔物や外敵に対抗する力を持たない。彼らが生き延びるためには、隠れ、逃げ、時には他者の助けを借りるしかなかった。
シアが強くなりたいと願った理由も、そこにあった。
「……なるほど。確かに、このままじゃ厳しいな」
集落の様子を見て、ハジメは率直に言った。
住民たちは、突然現れた人間と吸血鬼の少女に警戒の視線を向けている。
その中から、一人の男が進み出た。
「シア! 無事だったか!」
「お父さん!」
シアが駆け寄る。
男――カムは娘の無事を確認して安堵した後、ハジメたちに視線を向けた。
「……あなた方は?」
「南雲ハジメだ。こっちはユエ。事情があって、この樹海を通ることになった」
ハジメは簡潔に説明した。
そして、シアが強くなるために自分と決闘したこと、パワー・ツール・ドラゴンを中心としたデッキを使っていることも伝えた。
カムは娘を見つめた。
「シア……お前、本当に強くなりたいのか?」
「うん。私、もう守られるだけなのは嫌なの。みんなを守れるようになりたい!」
その言葉に、カムは複雑な表情を浮かべた。
娘を危険に晒したくはない。
しかし、彼女の願いを否定することもできない。
ハジメはそんな親子のやり取りを見て、口を開いた。
「一つ、提案がある」
「提案……?」
「ああ。俺がこの集落の連中を鍛える」
その場にいたハウリア族が、一斉にざわめいた。
「なっ……!?」
「俺たちを、ですか?」
「冗談じゃない! 我々は戦闘など……!」
「だから鍛えるんだろ」
ハジメは淡々と言い放った。
「今のままじゃ、いつか本当に全滅する。逃げるだけで生き延びられる保証なんてない。なら、逃げる以外の選択肢も持てるようにするべきだ」
カムは黙ってハジメを見つめた。
「……本当に、我々を強くできると?」
「保証はしねえ。だが、やるからには徹底的にやる」
ハジメは義手に組み込まれたデュエルディスクを軽く叩いた。
「剣や槍の扱いだけじゃない。状況判断、連携、罠の設置、逃走経路の確保。それに、決闘の腕も鍛える。自分たちの力で戦い、考え、勝つ方法を覚えさせる」
「決闘まで……?」
「この世界で決闘がどこまで通用するかは、相手や状況次第だ。だが、少なくとも俺の戦い方を学べば、今より選択肢は増える」
ハジメは集落の住民たちを見回した。
「やるか、やらないか。決めるのはお前たちだ」
しばらくの沈黙。
やがて、カムが深く頭を下げた。
「……お願いします。どうか、我々に力を貸してください」
それをきっかけに、ハウリア族の者たちも次々と頭を下げた。
ハジメは頷く。
「よし。じゃあ、明日から始める」
その言葉を聞いた瞬間、ハウリア族の何人かが安堵の息を吐いた。
だが、彼らはまだ知らなかった。
この決断が、集落の運命を大きく変えることになるとは。
◇
翌朝。
「全員、起きろォォォォォッ!!」
ハウリア族の集落に、ハジメの怒号が響き渡った。
「ひいいいいっ!?」
「ま、まだ夜明け前ですよ!?」
「知るか! 強くなりたいんだろうが!」
ハジメは容赦なく住民たちを叩き起こした。
最初は走り込みだった。
樹海の中を決められた時間内に走り抜ける。途中には罠が仕掛けられ、魔物の気配を察知する訓練も組み込まれている。
次は武器の扱い。
剣、槍、弓。各自の適性に合わせて基礎から叩き込む。
さらに、集団戦の訓練。仲間との連携。敵の誘導。地形を利用した戦術。撤退の判断と、追撃への対応。
そして、決闘の訓練。
「モンスターを召喚するだけで満足するな! 相手の手札を予測しろ! フィールドの状況を見ろ! 勝つために必要な手段を考えろ!」
「は、はいっ!」
「返事だけじゃ意味がねえ! 実戦でできるようになるまで繰り返せ!」
ハジメの特訓は、徹底していた。
だが、ただ厳しいだけではない。
それぞれの弱点を見抜き、何を改善すべきかを明確に指示する。勝てた理由も、負けた理由も、曖昧なままにはしなかった。
ハウリア族は、最初こそ悲鳴を上げていた。
しかし、日が経つにつれて変化が現れ始める。
走る速度が上がり、武器を扱う動きが鋭くなる。仲間の位置を把握し、互いの弱点を補う連携が生まれる。
決闘でも同じだった。
ただ強いモンスターを出すだけでは勝てない。手札の組み合わせを考え、相手の動きを読み、状況に応じて戦術を変える。
その基本を徹底的に叩き込まれた結果、ハウリア族の決闘の腕は目に見えて向上していった。
シアも例外ではなかった。
「もう一回! お願いします!」
「いい根性だ。だが、今の動きじゃ駄目だ。装備魔法を使うタイミングが遅い。パワー・ツール・ドラゴンの効果を活かすなら、手札とフィールドをもっと意識しろ」
「はい!」
何度負けても、シアは立ち上がった。
その姿に、ハジメは少しずつ期待を抱くようになっていた。
彼女は、確かに成長している。
カードの扱いも、戦闘の判断も、以前とは比べものにならないほど洗練されてきた。
そして何より、自分の弱さから目を逸らさなくなった。
自分ができないことを認め、できるようになるまで努力する。
その姿勢こそ、強くなるために最も必要なものだった。
◇
数日後。
ハウリア族の集落を脅かしていた魔物が現れた。
以前ならば、住民たちは逃げ惑うしかなかっただろう。
しかし、今の彼らは違った。
「第一班、誘導開始!」
「第二班、退路を確保!」
「第三班、決闘陣形を組め!」
カムの指示が飛ぶ。
ハウリア族は訓練で身につけた連携を発揮し、魔物を集落から引き離した。罠で動きを制限し、地形を利用して包囲する。
そして、決闘においても、各自が自分の役割を理解していた。
単純な力比べではない。
相手の動きを読み、仲間と連携し、勝利への道を組み立てる。
戦闘は、驚くほど短時間で決着した。
魔物が倒れ、集落に静寂が戻る。
「……やった、のか?」
誰かが呟いた。
カムは周囲を見回し、仲間たちの無事を確認する。
「我々が……勝った……」
その声には、信じられないという響きがあった。
ハジメは腕を組んで頷いた。
「上出来だ。連携も悪くない。まだ改善点はあるが、これなら樹海で簡単に全滅することはねえだろう」
ハウリア族の者たちが、歓声を上げた。
それは、彼らが初めて自分たちの力で勝利を掴んだ瞬間だった。
その後も、ハウリア族は訓練を続けた。
戦闘能力だけでなく、決闘の腕も磨き続けた結果、彼らは樹海での戦いにおいて負け知らずとなっていった。
かつて弱さに怯えていた一族は、自分たちの力で生き残る術を手に入れたのだ。
ハジメの特訓は苛烈だった。
しかし、その厳しさは、確かに彼らを変えた。
◇
集落の危機が解消され、ハウリア族が自分たちの力に自信を持ち始めた頃。
シアは、父カムの前に立っていた。
「お父さん。私、ハジメさんたちと一緒に行きたい」
カムはすぐには答えなかった。
娘が強くなりたいと願っていることは知っていた。
そして、ハジメの特訓を受けて、その願いが少しずつ現実になっていることも知っている。
以前のシアなら、樹海の危険に怯え、外の世界へ出ることなど考えられなかったかもしれない。
だが、今の彼女は違う。
自分の力で戦い、一族の仲間たちとともに勝利を掴むことを覚えた。
「……シア」
「私は、もっと強くなりたい。ハジメさんの旅についていけば、きっと今まで知らなかった世界を見られると思う。もっとたくさんのことを学べると思うの」
シアは父の目を見つめた。
「それに、私にはパワー・ツール・ドラゴンがいる。あのカードと一緒に、もっと強くなりたいんだ」
カムは娘のデッキへ視線を落とした。
そこには、彼女が大切にしてきたカードがある。
それは、シアにとって単なる決闘の道具ではない。
弱さを克服しようとする決意の象徴であり、未来へ進むための希望でもあった。
「……本当に、行くんだな?」
「うん」
シアは迷わず頷いた。
カムは長い沈黙の後、静かに笑った。
「ならば、止めはしない」
「お父さん……!」
「お前はもう、守られるだけの子供ではない。自分で考え、自分で選び、自分の足で歩き始めた。父親として、それを誇りに思う」
カムはシアの頭に手を置いた。
「ただし、忘れるな。どれだけ強くなっても、仲間を大切にすること。そして、自分が何のために強くなりたいと思ったのかを、決して忘れるな」
「……うん!」
シアの目に、涙が浮かんだ。
しかし、それは悲しみだけの涙ではなかった。
自分の旅立ちを認めてもらえた喜びと、これから始まる未来への期待が入り混じった涙だった。
旅立ちの日。
集落の入口には、ハウリア族の者たちが集まっていた。
かつては戦いを恐れ、危険から逃げることしかできなかった者たち。
今では、武器を扱う動きにも、決闘者としてカードを構える姿にも、確かな自信が宿っている。
彼らは、ハジメの特訓によって自分たちの弱さを克服した。
樹海での戦闘にも、決闘にも負けない力を身につけた。
もはや、シアが旅に出なければ一族が危機に陥るという状況ではない。
だからこそ、彼女は自分の意志で旅立つことができるのだ。
「ハジメさん!」
シアが、デッキを胸に抱えて駆け寄ってきた。
「お待たせしました!」
「おう。準備はいいか?」
「はい! いつでも行けます!」
ハジメはシアのデッキをちらりと見た。
「パワー・ツール・ドラゴンの調整は?」
「ばっちりです! まだハジメさんには勝てませんけど、前よりはずっと上手く戦えるようになりました!」
「なら、次はその差を埋めることだな」
「はいっ!」
シアは元気よく返事をした。
その姿を見て、ハジメは小さく笑った。
「……まあ、焦るな。強くなるのに近道はねえ。毎日鍛えて、毎日考えて、毎日デッキを見直せ。それを続けてりゃ、いずれ今の俺にだって手が届くかもしれねえ」
「本当ですか!?」
「可能性の話だ。勝てるって保証はしてねえぞ」
「それでも嬉しいです!」
シアは満面の笑みを浮かべた。
ユエが隣から口を挟む。
「……ハジメは厳しい」
「ユエさん! それ、もう聞きました!」
「でも、頼りになる」
「……はい。それも分かってます!」
シアは笑いながら頷いた。
カムが歩み寄り、ハジメへ深く頭を下げた。
「南雲殿。娘をよろしくお願いいたします」
「任せとけ。こいつが自分で選んだ道だ。途中で投げ出さねえよう、しっかり鍛えてやるよ」
「……できれば、あまり厳しくしすぎないでいただけると」
「それは無理だな」
「即答ですか!?」
カムが思わず声を上げ、周囲から笑いが起こった。
シアも笑った。
これからの旅が楽なものではないことは分かっている。
強敵との決闘も、命懸けの戦闘も待っているだろう。
それでも、今のシアには前へ進む覚悟があった。
彼女は父と一族の仲間たちへ向き直り、深く頭を下げた。
「行ってきます!」
「行ってこい、シア!」
「強くなって帰ってこいよ!」
「パワー・ツール・ドラゴンと一緒にな!」
仲間たちの声が、樹海に響いた。
シアは顔を上げ、ハジメとユエのもとへ戻る。
「……それじゃ、行くか」
ハジメがDホイールに跨がる。
ユエがその後ろに乗り、シアも自分の荷物を背負って歩き出した。
彼女のデッキには、パワー・ツール・ドラゴンがいる。
そのカードを使いこなし、強くなるという目標がある。
そして、目の前には、まだ見たことのない世界が広がっていた。
「ハジメさん!」
「何だ?」
「私、絶対に強くなります! いつか、ハジメさんと互角に決闘できるくらいに!」
「……言ったな?」
ハジメは不敵に笑った。
「その言葉、忘れるんじゃねえぞ。俺は手加減しねえからな」
「望むところです!」
シアは胸を張った。
こうして、兎人族の少女シア・ハウリアは、パワー・ツール・ドラゴンのデッキを携え、南雲ハジメとユエの旅に同行することになった。
その旅路の先には、千年アイテム、三幻神、そして赤き竜にまつわる謎が待ち受けている。
ハジメは眼帯の下にある千年眼の存在を意識しながら、前方を見据えた。
帰還への道は、まだ始まったばかりだ。
だが、仲間は増えた。
新たな決闘者が加わった。
そして、彼らの前には、無限の可能性が広がっていた。
「行くぞ、シア。遅れんなよ」
「はいっ!」
シアの元気な声が、樹海に響き渡る。
新たな仲間を加えたハジメたちの旅は、ここからさらに加速していくのだった。