「――というわけで! これからよろしくお願いしますね、ハジメさん!」
シアは満面の笑みを浮かべ、両手を胸の前で握り締めた。
長い兎耳が、嬉しそうにぴょこぴょこと揺れている。
「おう。よろしくな」
ハジメが気楽に答えると、そのすぐ隣から、涼やかな声が響いた。
「……シア。ハジメに近づきすぎ」
「へ?」
シアが振り返る。
そこにいたのは、銀色の髪と真紅の瞳を持つ少女――ユエだった。
小柄な身体に似合わぬ圧倒的な存在感。表情はいつもどおり淡々としているが、ハジメの腕にそっと自分の腕を絡めている。
「え、えっと……ユエさん?」
「そう。ハジメのユエ」
「いや、誰もそこを疑ってませんよ!?」
シアが慌てて両手を振る。
ハジメは苦笑した。
「おいユエ。シアは今日から一緒に旅をする仲間だぞ」
「分かってる。だから、仲間として距離を守ってもらう」
「その理屈はどこから出てきたんだ……」
「私の中から」
「そりゃそうだろうな」
ユエは涼しい顔のまま、ハジメの腕に頬を寄せた。
シアは二人を交互に見つめ、やがて何かを察したように頷く。
「なるほど……! ユエさんはハジメさんの大切な人なんですね!」
「そう」
ユエは即答した。
「世界で一番」
「ちょっ、ユエ!?」
ハジメが珍しく言葉に詰まる。
シアは一瞬きょとんとしたあと、にっこり笑った。
「すっごく仲がいいんですね!」
「当然」
「おい、そこで胸を張るな」
「ハジメが照れてる」
「照れてねえ」
「耳が少し赤い」
「気のせいだ」
「……かわいい」
「お前なぁ!」
二人のやり取りを見て、シアは思わず吹き出した。
「ふふっ。なんだか、これからの旅が楽しみになってきました!」
「私はハジメと二人きりのほうが楽しい」
「ユエ、頼むから新しい仲間を初日から追い返そうとするな」
「……努力する」
そう言いながらも、ユエはハジメの腕を離さなかった。
三人の旅は、こうして賑やかに始まった。
「まずはブルックの町だ。食料と弾薬、それから装備を整える」
ライセン峡谷へ向かう前に、ハジメはそう告げた。
「私も新しい防具が欲しいです! あと、旅用の靴も!」
シアが元気よく手を挙げる。
「必要なものなら買ってやる。だが、余計なものは買うなよ」
「はーい!」
「……ハジメ」
ユエがハジメの袖を引いた。
「私も欲しいものがある」
「何だ?」
「ハジメとお揃いのもの」
「……具体的には?」
「何でもいい。アクセサリーでも、旅道具でも」
ユエは真っ直ぐハジメを見つめた。
「離れていても、お揃いだと思えるものが欲しい」
その言葉に、ハジメの表情がわずかに和らぐ。
「……分かった。何か探すか」
「ん」
ユエが満足そうに頷く。
その様子を見ていたシアが、ぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、私も三人でお揃いにしましょうよ!」
「……三人で?」
ユエの目が細くなる。
「はい! 旅の仲間の証です!」
シアは悪気のない笑顔を浮かべている。
ユエはしばらく考え込み、やがて小さく頷いた。
「……仲間の証なら、仕方ない」
「ありがとうございます、ユエさん!」
「ただし、ハジメと私の分は特別」
「ええっ!?」
「ユエ……」
ハジメは額を押さえた。
ブルックの町に着くまでに、すでに何度目か分からないため息をつくことになった。
町は旅人や冒険者で賑わっていた。
武器屋、防具屋、魔物素材を扱う店が軒を連ね、露店からは焼き肉や香辛料の匂いが漂ってくる。
「わああ! すごいです! ハジメさん、あっちのお店も見ましょう!」
シアが駆け出しかける。
「シア、待って」
ユエが呼び止めた。
「この町は人が多い。勝手に離れると面倒」
「はっ! そ、そうですね!」
「それに、ハジメがいなくなる」
「そっちが本音だろ」
「当然」
ユエは平然と答えた。
三人はまず、武器や防具を扱う店を回った。
ハジメは弾薬、保存食、道具類を補充し、シアには動きやすい胸当てと頑丈な靴を選ばせた。ハンマーを振るう彼女には、腕や肩の動きを妨げない装備が必要だった。
ユエは軽装のまま、ハジメが選んだ防具を一つずつ確認していた。
「この防具なら、シアが動きやすそう」
「ですよね! ありがとうございます!」
「でも、胸元の留め具は少し緩い。戦闘中に外れると危ない」
「えっ、あ、本当だ……」
ユエの指摘を受け、店主が留め具を調整する。
ハジメは感心したようにユエを見た。
「よく気づいたな」
「ハジメの仲間だから」
「……そういうことか」
ユエは当然のように頷いた。
そのあと、ハジメは決闘用のカードを保護するケースや、装備品を整理するための小道具も買い足した。
シアがケースを覗き込む。
「決闘者って、カードの保管にも気を遣うんですね」
「当然だ。カードは俺にとって武器だからな」
ハジメはカードケースを閉じた。
その声音には、いつもの軽さとは違う確かな重みがあった。
ユエはその横顔を見つめ、静かに口を開く。
「ハジメは、カードを信じてる」
「ああ。カードが勝手に勝たせてくれるわけじゃない。けど、こいつらがあるから選べる戦い方がある」
ハジメはシアのデッキケースに目を向けた。
「お前のパワー・ツール・ドラゴンも同じだ。エースが強いだけじゃ、決闘には勝てない」
「うっ……」
シアの耳が垂れる。
「昨日の決闘、まだ気にしてるの?」
ユエが尋ねた。
「は、はい……。もっと強くなりたいので」
「なら、ハジメの決闘をよく見ておくといい」
ユエは淡々と言った。
「ハジメは、強いカードを使うだけじゃない。相手が何をするか考えて、何度でも戦い方を変える」
「ユエ……」
「本当のこと」
ユエはハジメの手を取った。
「私が一番よく知ってる」
その言葉に、シアは強く頷いた。
「はい! しっかり勉強します!」
必要な品を買い終えようとしたときだった。
「おい、そこの白髪野郎」
背後から、耳障りな声が飛んできた。
振り返ると、三人の男が道を塞いでいた。冒険者風の格好をしているが、身なりはだらしなく、腰の武器も手入れが行き届いていない。
中央の男が、ハジメの左腕に取り付けられた決闘盤を指差した。
「なんだそりゃ? 妙な腕輪だな。おもちゃか?」
「……何の用だ」
「よそ者が珍しいもんを持ってるじゃねえか。ちょっと俺たちに見せてみろよ」
「断る」
ハジメは即答した。
男の顔が歪む。
「てめえ、俺たちが誰だか分かってんのか?」
「知らねえし、知る必要もねえ」
「この野郎……!」
男が武器に手を伸ばしかけた瞬間、ユエが一歩前に出た。
「その手を止めて」
静かな声だった。
だが、周囲の空気が一瞬で凍りつく。
男たちは、ユエの真紅の瞳を見てたじろいだ。
「な、なんだよ、てめえ……!」
「ハジメに触れようとした」
ユエの指先に、かすかな魔力が集まる。
「次はない」
「ユエ、いい」
ハジメが片手を上げて制した。
「町中で派手にやると面倒だ。こいつら、決闘者みたいだからな」
ハジメは男の腰にあるカードケースを見た。
「決闘で片をつけようぜ」
男は一瞬怯んだものの、すぐに下卑た笑みを浮かべた。
「はっ! いいぜ。そんな変な腕輪を使ってる奴に、俺が負けるわけねえ!」
「そうかよ」
ハジメは決闘盤を構えた。
その隣で、シアが緊張した面持ちになる。
「ハジメさん……」
「大丈夫だ。ちょっとした手本を見せてやる」
「手本?」
「ああ。よく見とけ。今回はスターダストには頼らねえ」
ハジメはデッキから一枚のカードを引いた。
「ジャンクの連中だけで十分だ」
ユエは腕を組み、静かに見守っていた。
「……ハジメらしい」
「ユエさん、ハジメさんのデッキって、いくつもあるんですか?」
「ある。けれど、どのデッキを使ってもハジメはハジメ」
ユエはシアを見た。
「カードの強さだけじゃなく、使う人の考え方が大事だから」
シアは真剣に頷いた。
「……はい!」
「デュエル!」
男が先攻を取り、攻撃力を強化する魔法カードを使ってモンスターを並べた。
「どうだ! 力こそ正義! 強いモンスターで殴り倒せば、それで終わりなんだよ!」
「……ふうん」
ハジメは手札を確認した。
「俺のターン」
彼は一枚のカードを掲げる。
「《ジャンク・シンクロン》を召喚!」
青白い光が走り、機械仕掛けの戦士がフィールドに姿を現した。
「ジャンク・シンクロンの効果発動! 召喚に成功したとき、墓地のレベル2以下のモンスターを特殊召喚する!」
墓地から呼び戻された小型の機械戦士が、ジャンク・シンクロンの隣に立つ。
「さらに、レベル2のモンスターに、レベル3のチューナー、ジャンク・シンクロンをチューニング!」
二体のモンスターが光の輪へと変わり、星々のような光が交差する。
「集いし星が、新たな力を呼び起こす! 光差す道となれ!」
「シンクロ召喚! 現れろ、《ジャンク・ウォリアー》!」
屈強な戦士が、拳を地面に叩きつけて着地した。
シアの耳がぴんと立つ。
「これがジャンク・ウォリアー……!」
「攻撃力は大したことねえな!」
チンピラが笑う。
ハジメは鼻を鳴らした。
「攻撃力だけ見て決めつけるなよ」
「何だと?」
「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功したとき、フィールドのレベル2以下のモンスターの攻撃力を自身に加える!」
ジャンク・ウォリアーの身体が赤い光に包まれ、その攻撃力が跳ね上がる。
「なっ……!」
「さらに、俺はカードを使って次の展開につなげる。相手の場だけじゃなく、自分の墓地と手札も利用するんだ」
ハジメは無駄なくカードを操り、次の召喚へとつなげていく。
シアはフィールドとハジメの手元を交互に見た。
「……あっ、そうか!」
「何か分かったか?」
「ジャンク・シンクロンは、ただモンスターを一体増やすだけじゃないんですね! 墓地のモンスターを呼び戻すことで、シンクロ召喚の素材を揃えながら、次の展開にもつなげている……!」
「正解だ」
ハジメは短く答えた。
「それに、最初から相手のライフを削ることだけを考える必要もねえ。次に何ができるか、相手に何をされたら困るか。それを考えて動くんだ」
「……はい!」
男が苛立った声を上げる。
「ごちゃごちゃと小細工しやがって! そんなもんで俺に勝てると思うなよ!」
「小細工ねえ……」
ハジメは、男の伏せカードを一瞥した。
「なら、そろそろ終わらせるか」
ハジメが新たなカードを掲げる。
「俺はフィールドのモンスターをチューニング!」
光が弾け、星々のような輝きが空中に浮かび上がった。
「集いし願いが、新たな速度の地平へと導く! 光差す道となれ!」
「シンクロ召喚! 駆け抜けろ、《ジャンク・アーチャー》!」
光の矢を携えた機械の戦士が、颯爽とフィールドに降り立った。
「ジャンク・アーチャーの効果を発動! 相手モンスターをエンドフェイズまで除外する!」
光の矢が走り、チンピラの切り札がフィールドから消え去る。
「なっ、俺のモンスターが!?」
「これで邪魔な壁はなくなった」
ハジメが手を前に突き出す。
「ジャンク・ウォリアーで攻撃! スクラップ・フィスト!」
ジャンク・ウォリアーの拳が敵の守りを打ち砕く。
続けてジャンク・アーチャーが矢を放ち、男の残された戦力を崩していった。
最後の攻撃が決まった瞬間、男のライフポイントはゼロになった。
「そ、そんな……俺が負けただと!?」
ハジメは決闘盤を畳み、淡々と告げた。
「強いモンスターを並べりゃ勝てるって考えは、そろそろ捨てたほうがいいぜ」
男たちは何も言い返せず、その場から逃げ去っていった。
シアは興奮した様子でハジメに駆け寄る。
「すごいです、ハジメさん! スターダスト・ドラゴンを使わずに勝っちゃいました!」
「スターダストがいなきゃ勝てないなんてことはねえからな」
「ジャンク・ウォリアーの攻撃力が上がった瞬間も、ジャンク・アーチャーの効果もすごかったです! 相手のモンスターを消して、攻撃できるようにするなんて!」
「自分のエースの効果だけじゃなく、デッキ全体の動きを考えるんだ。お前のパワー・ツール・ドラゴンだって、装備魔法で攻撃力を上げるだけじゃなく、どのタイミングで使うかで結果は変わる」
「はいっ! もっと勉強します!」
その横で、ユエがハジメの袖を引いた。
「……ハジメ」
「ん?」
「かっこよかった」
「……お、おう」
「私も、ハジメが勝つところを見るのは好き」
ユエは当然のように言い切ると、ハジメの腕にそっと寄り添った。
シアが目を輝かせる。
「ユエさんも決闘に詳しいんですね!」
「ハジメのことなら、何でも知ってる」
「……それはちょっと盛ってないか?」
「盛ってない」
「即答かよ」
シアがくすくすと笑う。
「本当に仲がいいんですね!」
「当然」
ユエはハジメの腕を抱いたまま、満足そうに頷いた。
町を離れる前に、ハジメはユエとシアを連れて小さな雑貨屋に立ち寄った。
店先には、魔物の素材や魔石を加工したアクセサリーが並んでいる。
「ここなら、何か見つかるだろ」
「お揃いのものですね!」
シアは目を輝かせて商品を眺めた。
ユエはハジメの隣から動かず、静かに品物を選んでいる。
やがて彼女は、小さな青い石が嵌め込まれた黒い留め具を手に取った。
「これがいい」
「髪留めか?」
「うん。ハジメの黒い装備にも合う。私も使う」
ユエはもう一つ、同じ意匠の留め具を選んだ。
シアも、兎耳を傷つけない柔らかな紐飾りを見つけた。そこにも同じ青い石があしらわれている。
「これなら、三人でお揃いですね!」
ユエはシアの選んだ品を確認し、少し考えたあと頷いた。
「……悪くない」
「やった!」
「ただし、ハジメの留め具は私が選んだもの」
「そこは譲らないんですね!?」
「譲らない」
ハジメは二人のやり取りを聞きながら、呆れたように笑った。
「はいはい。三人分買えばいいんだろ」
店を出たあと、ユエは自分の留め具を大事そうに握り締めていた。
「嬉しいか?」
ハジメが尋ねると、ユエは小さく頷いた。
「うん。ハジメと一緒に旅をしてるって、いつでも思い出せる」
「……そっか」
ハジメはユエの頭をそっと撫でた。
シアは少し離れたところから二人を見て、微笑んだ。
自分がこの二人の関係に割り込むことはできない。
けれど、自分もまた、二人にとって大切な仲間になりたい。
そう思った。
ブルックの町を離れた三人は、ライセン峡谷へ向かった。
人の往来が減るにつれ、景色は荒涼としたものへ変わっていく。
むき出しの岩肌。切り立った崖。遠くから響く魔物の咆哮。
「……空気が変わりましたね」
シアが周囲を警戒する。
「ここから先は、気を抜くな」
ハジメは銃の状態を確かめた。
ユエもまた、静かに魔力を巡らせている。
「前方に魔物。右の岩陰にもいる」
「分かった」
ハジメが短く答えた直後、岩陰から狼型の魔物が三体飛び出した。
さらに、後方の岩肌から大型の魔物が姿を現す。
「挟み撃ちか……!」
シアがハンマーを構える。
「シア、右を頼む。俺は大物を抑える」
「はいっ!」
「左の二体は私が」
ユエの指先に魔力が集まり、冷気が周囲を走った。
飛びかかってきた狼型魔物の足元が凍りつく。動きを止めた魔物へ、ユエが容赦なく魔法を放った。
一方、シアはハンマーを振り抜き、一体を吹き飛ばす。続く攻撃を身をひねってかわし、反撃の一撃を叩き込んだ。
ハジメは大型魔物の突進を射撃で牽制し、シアの側へ向かわないよう誘導する。
「今だ、シア!」
「はいっ!」
シアのハンマーが、魔物の側面へとめり込んだ。
巨体が崩れ、砂埃を巻き上げながら倒れる。
残った狼型魔物も、ユエの魔法で動きを封じられたところをハジメが仕留めた。
静寂が戻る。
「やりました!」
シアが嬉しそうに拳を握る。
「……悪くなかった」
ユエも小さく頷いた。
「本当ですか!? ユエさんにも褒めてもらえました!」
「でも、最後の一撃を急ぎすぎ。敵の動きを見てから攻撃すれば、もっと安全だった」
「うっ……そこはやっぱり駄目なんですね」
「次に直せばいい」
ユエの言葉は淡々としていたが、責める響きはなかった。
ハジメも頷く。
「決闘と同じだ。相手の行動を見て、次の手を考える。今の戦いじゃ、ユエが敵の動きを止めた。お前はその隙を使った。連携は悪くない」
「……はい!」
シアは嬉しそうに笑った。
ユエはハジメを見上げる。
「ハジメも、ちゃんと褒めてる」
「俺は事実を言ってるだけだ」
「それが褒めてるってこと」
「……そうかよ」
ユエは満足そうに頷いた。
その後も、三人は何度か魔物と遭遇した。
シアが前衛で敵を引きつけ、ハジメが射撃で隙を作る。ユエは魔法で敵の動きを制し、危険な攻撃があれば即座に援護する。
時にはシアがハジメの警告を聞いて攻撃を中断し、時にはユエが魔物の魔力の流れを読み、進むべき道を示した。
三人の連携は、戦いを重ねるごとに少しずつ形になっていった。
休憩の際、シアは岩に腰を下ろして水筒を傾けた。
「はあ……。ユエさんもハジメさんも、やっぱりすごいですね」
「何が?」
ユエが尋ねる。
「戦い方です。ハジメさんは相手の動きを先に考えているし、ユエさんは危険を見つけるのが早いですし……。私も、もっと周りを見られるようにならないと」
ユエは少し考えてから答えた。
「シアにはシアの強さがある」
「え?」
「大きなハンマーを振り回せる力。危険なときでも前に出られる勇気。それは、私にはないもの」
シアは目を丸くした。
「ユエさん……」
「だから、ハジメの真似だけをする必要はない。ハジメから学んで、自分の戦い方を見つければいい」
その言葉に、シアはじっと耳を傾けた。
「……はい! 私、自分の戦い方を見つけます!」
「ん」
ユエは小さく頷いた。
その直後、ハジメが保存食を二人に放り投げた。
「話はそのくらいにして、食え。先は長いぞ」
「わあ、ありがとうございます!」
シアが受け取る。
ユエも受け取ったものの、すぐにハジメの隣へ移動した。
「ハジメ、隣」
「最初から隣だろ」
「もっと近く」
「……はいはい」
ハジメが少し身を寄せると、ユエは満足そうに肩を預けた。
シアはその様子を見て、くすくすと笑う。
「ユエさんって、本当にハジメさんが大好きなんですね」
「うん」
「そこは否定しないんですね!?」
「する理由がない」
ハジメは空を見上げた。
「……お前ら、元気だな」
「ハジメがいるから」
ユエがそう言って、彼の手を握った。
ハジメは何も言わなかった。
ただ、その手を握り返した。
さらに峡谷の奥へ進んだとき、ハジメがふと足を止めた。
「……妙だな」
「どうしたんですか?」
シアが尋ねる。
ユエも周囲へ視線を巡らせた。
「魔力の流れが変わってる。前方の岩壁……あそこから感じる」
ハジメは左目を覆う黒い眼帯に触れた。
その奥で、千年眼がかすかな熱を帯びている。
周囲の魔力が、目に見えない糸のように一か所へ集まっていた。
「この先に何かある。隠されてるのかもしれねえ」
三人は岩壁へ近づいた。
一見すれば、ただの行き止まりにしか見えない。
だが、ハジメが手を伸ばし、指先を岩肌に触れさせた瞬間、淡い光が走った。
古い紋様が、一つ、また一つと浮かび上がる。
「わあ……!」
シアが息を呑んだ。
岩壁の中央に、巨大な円形の紋様が現れる。
その中心から、深い闇へと続く空洞が、ゆっくりと口を開けた。
冷たい風が内部から吹きつけてくる。
土と石の匂いに混じって、古い遺跡特有の気配が漂っていた。
「……ビンゴだ」
ハジメが口角を上げる。
「これって……大迷宮の入り口ですか!?」
「ああ。間違いないだろうな」
シアは目を輝かせた。
「本当に見つけちゃったんですね……!」
「まだ入り口を見つけただけだ。喜ぶのは中を確認してからにしろ」
「はーい!」
ユエは開いた入り口を見つめ、静かに告げた。
「……奥から、強い魔力を感じる」
「危険そうか?」
「分からない。でも、普通の魔物がいる場所じゃない」
ハジメは頷き、装備を確認した。
弾薬。道具。決闘盤。そして左目に宿る千年眼。
準備は整っている。
シアもデッキケースを握り締め、気持ちを引き締めた。
「ハジメさん。私、ちゃんと役に立てるでしょうか」
「さあな」
「ええっ!? そこは大丈夫って言ってくださいよ!」
「大丈夫かどうかは、これからのお前次第だ。だが――」
ハジメはシアを見た。
「今日の戦いを見る限り、昨日よりは確実に成長してる。そこは認めてやる」
シアの兎耳が、ぴんと立ち上がった。
「……はいっ!」
その隣で、ユエがハジメの手を握る。
「ハジメ。私も一緒に行く」
「当たり前だろ」
ハジメはユエの手を握り返した。
「お前を置いていくつもりはねえよ」
ユエの表情が、ほんの少しだけ和らいだ。
「……約束」
「ああ、約束だ」
シアは二人を見つめ、それから自分の胸に手を当てた。
「私も一緒に行きます。ハジメさんとユエさんの足手まといにならないように、頑張ります!」
「足手まといかどうかは、俺たちが決めることだ」
ハジメは入り口の闇を見据えた。
「お前はお前にできることをやれ。それで十分だ」
「……はい!」
ユエも静かに頷いた。
「シア。無理はしないこと」
「はい、ユエさん!」
「危なくなったら、すぐに私かハジメを呼ぶ」
「分かりました!」
「それと……」
ユエは少しだけ間を置いた。
「ハジメに無茶をさせないで」
「えっ、そっちですか!?」
「ハジメはすぐ無茶をするから」
「……否定できねえな」
ハジメが苦笑すると、シアも笑った。
緊張は消えない。
大迷宮の奥には、未知の魔物と試練が待っているだろう。
だが、今のハジメの隣にはユエがいる。そして、少しずつ成長していく新たな仲間、シアもいる。
「行くぞ、二人とも」
ハジメが告げる。
「うん」
「はいっ!」
三人は並んで、大迷宮の入り口へと足を踏み入れた。
背後で古い紋様が青白く輝く。
ユエはハジメのすぐ隣を歩き、シアはその反対側で周囲を警戒していた。
三人の足音が、長い年月眠っていた迷宮の奥へと響いていく。
――新たな仲間とともに、次なる試練が幕を開けた。