大迷宮の入り口をくぐった瞬間、三人の背後で重々しい音が響いた。
振り返れば、巨大な岩の扉がゆっくりと閉じていく。
「……閉じ込められた、ってことですか?」
シアが不安げに兎耳を揺らす。
「まあ、迷宮だからな。入ったら簡単には帰れないってことだろ」
ハジメは平然と答え、左腕の決闘盤を確認した。
隣ではユエが周囲を見渡している。薄暗い通路の壁には古代文字のような紋様が刻まれ、天井の奥からは魔力の流れが感じられた。
「……嫌な感じがする」
「魔物か?」
「違う。もっと面倒なもの」
「面倒なもの?」
ユエが頷いた。
「性格の悪いもの」
「おいおい、まだ何も起きてねえだろ」
ハジメがそう言った直後だった。
カチリ。
足元から、乾いた音がした。
三人の視線が一斉に下へ向く。
床の一部が、わずかに沈んでいた。
「……ハジメさん?」
「動くな、シア」
ハジメはシアの肩を押さえ、ゆっくりと周囲を確認した。
次の瞬間。
壁の穴という穴から、無数の小型の魔物が飛び出してきた。
「うわあああっ!?」
「ちっ!」
ハジメが銃を抜き、ユエが即座に魔法を展開する。
だが、魔物の群れは倒しても倒しても、壁の奥から次々に湧き出してくる。
そのうえ、通路の天井がゆっくりと下降し始めた。
「おいおいおい! いきなりこれかよ!」
「ハジメ、上!」
ユエの声に、ハジメはシアの腰を抱えて横へ跳んだ。
直後、天井から巨大な石の棘が突き出し、先ほどまで三人が立っていた場所を粉砕した。
「ひええええっ! な、何なんですか、この迷宮ぅ!?」
「歓迎の挨拶だろ。随分と趣味の悪い歓迎だけどな!」
ハジメは魔物を撃ち抜きながら、壁の紋様を観察する。
「ユエ、魔力の流れは分かるか!」
「分かる。右側の壁の奥に、仕掛けを動かしている魔力の核がある」
「よし!」
ハジメは銃口を向け、数発の弾丸を撃ち込んだ。
壁の一部が砕け、内部に隠されていた魔石が露出する。
ユエがそこへ魔法を放った。
魔石が砕け散った瞬間、魔物の出現が止まり、天井の下降も停止した。
静寂が戻る。
シアはその場にへたり込み、荒い息を吐いた。
「……し、死ぬかと思いました……」
「まだ序盤だぞ」
「序盤でこれなんですかぁ!?」
「みたいだな」
ハジメは天井を見上げ、深いため息をついた。
「……なるほど。ここの管理者は、相当性格が悪いらしい」
その言葉を聞いたかのように、通路の奥から、甲高い笑い声が響いた。
『あっはははは! いいわねえ、その顔! もっと怖がってくれなきゃ、仕掛けを作った甲斐がないじゃない!』
壁面に、女性の姿を模した魔力映像が浮かび上がる。
赤みがかった髪。人を食ったような笑顔。いかにも悪戯を楽しんでいるような目。
ミレディだった。
『ようこそ、挑戦者の皆さん! この私、ミレディ・ライセンの大迷宮へ!』
「……てめえが管理者か」
『そうよ! どう? 楽しかった?』
「楽しいわけあるか!」
ハジメの声が迷宮に響き渡った。
『あら、怒っちゃった? だって、せっかく来てくれたんだもの。少しくらい歓迎してあげなきゃ!』
「歓迎ってのは普通、殺しにかかることじゃねえんだよ!」
『えー? でも、死んだら困るでしょう? だからちゃんと、生き残れる程度に調整してるのよ?』
「その調整を今すぐやめろ!」
ユエが冷たい目で映像を見つめた。
「……嫌い」
『えっ、ちょっと! 初対面でそれ!?』
「初対面だからこそ、分かることもある」
ユエはハジメの袖を握った。
「ハジメ。この女、絶対に反省しない」
『ひどいわねえ! 私はただ、迷宮を楽しんでほしいだけなのに!』
「楽しませる方法を百年くらい考え直してこい!」
ハジメの怒声に、シアは思わず肩を震わせた。
ミレディはそんな三人の反応を見て、ますます楽しそうに笑う。
『いいわねえ! そういう顔が見たかったの! じゃあ、次の部屋へどうぞ! もっと素敵な仕掛けを用意してあるから!』
映像が消えた。
ハジメはしばらく無言で立ち尽くした。
やがて、低い声で呟く。
「……絶対にぶっ飛ばす」
「うん」
ユエが即答した。
「私も賛成」
「わ、私もです! もうあんなトラップは嫌です!」
シアも力強く頷く。
三人の目的は、迷宮の攻略だけではなくなった。
この性悪な管理者に、一発食らわせる。
それが、全員の共通認識となったのだった。
それからの道のりは、まさに悪夢だった。
最初の部屋では、床が突然抜け落ち、底に敷き詰められた棘が三人を待ち受けていた。
ハジメが爆薬で壁を破壊して別の足場を作り、ユエが魔法でシアを浮かせ、どうにか突破した。
次の部屋では、通路全体が回転する迷路になっていた。
正しい道を選んだと思えば壁が動き、引き返そうとすれば床が傾く。
「……ハジメ」
ユエが無表情で告げた。
「この迷宮、壊していい?」
「気持ちは分かるが、まだ早い」
「そう」
ユエは少し残念そうだった。
さらに進んだ部屋では、巨大な振り子が通路を塞いでいた。
シアがタイミングを見て飛び越えようとした瞬間、振り子の刃が予想外の軌道へ変わる。
「きゃあっ!」
ハジメがシアの腕を掴んで引き戻し、ユエが魔法で刃の動きを一瞬だけ止めた。
三人が安全な足場へ転がり込む。
その直後、壁の映像が再び点灯した。
『あっははは! 今の、危なかったわねえ! もう少しで真っ二つだったのに!』
「てめえ……!」
ハジメのこめかみに青筋が浮かぶ。
『でも大丈夫! ちゃんと助かったでしょう? 私ってば、優しい!』
「その優しさを一度でもいいから自分の頭に使え!」
『あら、褒めても何も出ないわよ?』
「褒めてねえ!」
ユエが映像へ向けて、冷ややかに言い放った。
「……今すぐそこから出てきて。私が凍らせる」
『えっ、やだ、怖い! この子、本当に怖いんだけど!』
「出てこないなら、迷宮ごと凍らせる」
『それは困るわよ! 私の家なのに!』
「なら、まともにしなさい」
『……はーい』
映像が消える。
三人はしばらく黙っていた。
そして、ハジメが口を開く。
「……あいつ、絶対に反省してねえな」
「うん」
「間違いないです……」
シアは青ざめた顔で頷いた。
その後も、三人は仕掛けを一つずつ突破していった。
ハジメは爆薬と銃を駆使し、仕掛けの弱点を見抜く。
ユエは魔力の流れを読み、危険な罠を停止させる。
シアは持ち前の怪力で、動かせない石扉を押し開け、仲間たちの道を切り開いた。
それぞれの力が噛み合うたびに、三人の連携は確かなものになっていく。
そして、ある広間へ到達したとき。
床一面に、無数の小さな穴が並んでいた。
ハジメは足を止める。
「……嫌な予感しかしねえ」
『正解!』
壁の映像にミレディが現れた。
『この部屋は、ちょっとした運試しよ! 床の穴から何が飛び出すかは、開けてからのお楽しみ!』
「その言い方で、まともなものが出てくるとは思えねえな」
『失礼ね! 今回は、ものすごーく安全な仕掛けよ!』
ユエが即座に告げる。
「嘘」
『どうして分かるの!?』
「あなたが笑ってるから」
『……鋭いわね』
ハジメは頭を抱えた。
「もういい。仕掛けの位置を確認して、最短距離で抜けるぞ」
三人は慎重に進み始めた。
だが、広間の中央へ差しかかった瞬間、床が一斉に開いた。
噴き出したのは、強烈な風圧を伴う大量の泡だった。
「な、なんですかこれぇ!?」
シアの身体が宙へ浮き、ハジメは慌てて彼女の腕を掴む。
ユエは魔法で自分の身体を固定したが、風圧に煽られて髪が激しく舞い上がった。
泡は次々と弾け、床の上を滑らせる。
「ミレディィィィィッ!!」
ハジメの怒号が広間に響き渡った。
『あっはははは! あははははは! 最高! あなた、本当にいい顔するわね!』
「覚えてろよ……! 絶対に覚えてろよ……!」
『もちろん! あなたのその顔、しっかり記憶しておくわ!』
「そういう意味じゃねえ!」
どうにか広間を抜けた三人は、壁際で息を整えた。
シアは涙目になっていた。
「……もう、帰りたいです……」
ユエはハジメの服についた泡を払い落としながら、静かに告げた。
「ハジメ。攻略したら、あの女に仕返しをしよう」
「……ああ」
ハジメの右目が、危険な光を帯びた。
「徹底的にな」
長い道のりの末、三人は大迷宮の最深部へと到達した。
巨大な石扉の向こうから、強大な魔力が流れ出している。
扉の中央には、古代文字とともに、決闘盤を思わせる円形の紋様が刻まれていた。
「……ここが最終試練か」
ハジメは扉に手を触れた。
すると、紋様が青白く輝き、重い音とともに扉が開いていく。
その先にあったのは、円形の決闘場だった。
床には巨大な魔法陣。壁面には古代の装飾。中央には、石造りの台座が一つ置かれている。
そして、その台座の上に腰掛けていたのは――
「待ってたわよ、挑戦者さんたち!」
ミレディだった。
彼女はひらりと台座から飛び降り、芝居がかった仕草で両腕を広げた。
「いやあ、ここまで来るなんて大したものね! 途中で泣いて帰るかと思ってたわ!」
「帰れるように作ってなかっただろうが!」
ハジメが即座に怒鳴る。
「えー? ちゃんと出口はあったわよ? 罠に引っかからなければね!」
「その罠が性悪すぎんだよ!」
ミレディは楽しそうに笑った。
「まあまあ、そんなに怒らないで! 最後の試練は、ちゃんと正々堂々としたものよ!」
ユエが半歩前に出た。
「……信用できない」
「ひどい! 私、傷ついちゃう!」
「傷つく心があるなら、あの罠を作る前に使いなさい」
「あなた、ほんっとに辛辣ね!?」
シアは二人のやり取りに戸惑いながらも、ハジメの隣に立った。
「ハジメさん……最後は、決闘なんですか?」
「ああ。ここまでの仕掛けを見れば、そういうことだろうな」
ミレディは指を鳴らした。
すると、彼女の手元に一枚のカードが現れた。
「最終試練は決闘よ! 私に勝てば、この迷宮の攻略者として認めてあげる!」
「……やっと本題か」
ハジメは決闘盤を起動した。
青い光が走り、カードスロットが展開する。
「いいぜ。今までの仕返しもまとめて、その性悪な根性を叩き直してやる」
「ふふん! できるものならやってみなさい!」
ミレディはカードを掲げた。
「私のデッキは、古代機械の力を受け継ぐ鋼鉄の軍勢――アンティーク・ギアデッキ!」
彼女の背後に、巨大な歯車と機械仕掛けの装甲が浮かび上がる。
「そして、私の切り札は《古代の機械巨人》! さあ、挑戦者さん。あなたの力を見せてちょうだい!」
ハジメは自分のデッキを見下ろした。
スターダスト・ドラゴンのカードは、別のデッキにある。
今回使うのは、E・HEROデッキ。
仲間たちを守り、困難を突破するために選んだ、もう一つの戦い方だった。
「……いいだろう」
ハジメはカードを引いた。
「俺のE・HEROで、お前を倒す」
「デュエル!」
「私のターン!」
ミレディは勢いよくカードを引いた。
「私は《古代の機械箱》を利用して手札を整え、モンスターを召喚! さらに魔法カードを発動するわ!」
歯車が回転し、機械仕掛けの兵士たちがフィールドへ並んでいく。
「そして、手札の《古代の機械巨人》を召喚!」
地響きとともに、巨大な鋼鉄の巨人が姿を現した。
重厚な装甲。巨大な拳。全身から放たれる圧倒的な威圧感。
その攻撃力は三千。
シアが息を呑む。
「す、すごい……!」
ユエは冷静に巨人を見つめた。
「攻撃力は高い。でも、ハジメなら対応できる」
「ユエさん……」
「信じてるから」
ユエはハジメを見つめた。
「ハジメは、どんなデッキでも勝ち筋を見つける」
ハジメは小さく笑った。
「……よく分かってるじゃねえか」
「当然」
ミレディが指を突きつける。
「さあ、どうするの? その細い英雄たちで、私の巨人に勝てるのかしら?」
「やってみなきゃ分からねえだろ」
ハジメはカードを引いた。
「俺のターン! 《E・HERO エアーマン》を召喚!」
風をまとった英雄が、フィールドへ降り立つ。
「エアーマンの効果で、デッキからE・HEROのカードを手札に加える!」
ハジメは必要なカードを手札に加え、続けて魔法カードを発動した。
「さらに、《E・HERO バブルマン》を特殊召喚!」
水の気泡が弾け、青い装甲を持つ英雄が姿を現す。
「そして、魔法カード《融合》を発動!」
エアーマンとバブルマンが光の中へ吸い込まれていく。
「二人の英雄よ、力を一つに!」
光が弾けた。
「融合召喚! 現れろ、《E・HERO アブソルートZero》!」
水と氷の力を宿した英雄が、静かにフィールドへ降り立った。
「ふうん……きれいなモンスターね。でも、攻撃力は私の巨人に届かないわよ?」
「攻撃力だけが、決闘のすべてじゃねえ」
ハジメはカードを一枚伏せ、ターンを終えた。
「私のターン!」
ミレディは笑いながらカードを引く。
「《古代の機械巨人》で、《E・HERO アブソルートZero》を攻撃!」
巨人の拳が唸りを上げ、アブソルートZeroへ迫る。
だが、ハジメは慌てない。
「その攻撃を待ってたぜ!」
「えっ?」
「アブソルートZeroの効果! フィールドを離れたとき、相手フィールドのモンスターをすべて破壊する!」
「なっ!?」
アブソルートZeroの身体から、凄まじい冷気が解き放たれた。
氷の奔流が決闘場を包み込み、古代の機械巨人と周囲の機械兵たちを凍りつかせる。
次の瞬間、氷が砕け散った。
ミレディのフィールドから、モンスターが一掃される。
「うそでしょおおおっ!?」
「相手の切り札が強いなら、倒し方を考える。正面から殴り合う必要はねえんだよ」
ハジメは冷静に言い放った。
シアが目を輝かせる。
「なるほど! アブソルートZeroを倒すと、相手のモンスターも巻き込まれるんですね!」
「そうだ。自分のモンスターが場を離れることすら、勝ち筋に変えられる」
ユエも頷く。
「……ハジメらしい」
一方、ミレディは頬を膨らませた。
「ちょっと! 私の巨人をそんな簡単にやっつけないでよ!」
「お前が攻撃してきたんだろうが!」
「そうだけど! そういう意味じゃなくて!」
「どういう意味だよ!」
ミレディは悔しそうに歯ぎしりしたあと、再びカードを引いた。
「まだよ! 私のアンティーク・ギアは、こんなものじゃないんだから!」
彼女は魔法カードを使い、墓地のモンスターを利用して手札を整える。
「さらに、《古代の機械巨人》を再び召喚!」
再び鋼鉄の巨人が姿を現した。
「そして、装備魔法を発動! これで攻撃力をさらに高めるわ!」
機械巨人の装甲に歯車が組み込まれ、全身が重々しい光を放つ。
「これで、あなたの英雄なんて粉砕よ!」
ハジメはカードを引いた。
「……まだだ」
彼は一枚のカードを掲げた。
「俺は《E・HERO オーシャン》を召喚!」
青い水流をまとった英雄がフィールドに立つ。
「さらに、魔法カードを発動。墓地のE・HEROを手札に戻す!」
ハジメはカードを回収し、手札を確認した。
「そして、もう一度《融合》!」
オーシャンと、手札に戻した英雄が光の中へと吸い込まれていく。
「水の力と大地の力を一つにしろ! 現れろ、《E・HERO ガイア》!」
大地を揺るがす英雄が、力強く着地した。
「ガイアの効果発動! 相手モンスターの攻撃力を半分にし、その数値を自身の攻撃力に加える!」
大地から放たれたエネルギーが、古代の機械巨人を包み込む。
巨人の装甲から力が吸い上げられ、その分だけガイアの身体が輝きを増していった。
「そ、そんな効果まで……!」
ミレディが驚愕する。
「攻撃力が高いなら、その力を利用させてもらうだけだ」
ハジメは前を見据えた。
「バトル! E・HERO ガイアで、古代の機械巨人を攻撃!」
ガイアが大地を蹴り、拳を振り抜く。
「コンバット・ブレイク!」
激突。
巨大な衝撃が走り、古代の機械巨人の装甲が砕け散った。
ミレディのライフポイントが大きく減少する。
「うぐぐ……! やるじゃない!」
「まだ終わってねえぞ」
ハジメは手札を確認する。
「俺はカードを伏せて、ターンエンドだ」
ミレディは悔しそうに唇を噛んだ。
「……本当に腹立つわね、あなた!」
「お互い様だ」
ミレディはしばらく考え込んだあと、顔を上げた。
「なら、これならどう!?」
彼女は魔法カードを発動し、墓地の機械族モンスターを利用して盤面を整える。
「私は《古代の機械巨人》を再び呼び出す!」
鋼鉄の巨人が、再びフィールドへ降り立った。
「さらに、罠カードを発動! これであなたの動きを封じるわ!」
ミレディの罠が発動し、ハジメのフィールドを狙う。
だが、ハジメは即座に伏せカードを開いた。
「罠カード発動! 《ヒーロー・バリア》!」
英雄の力が障壁となり、攻撃を防ぐ。
「くっ……!」
「お前の戦い方は分かりやすい。強力な機械を並べて、相手の動きを封じて、圧倒的な攻撃力で叩き潰す。だが、こっちはその動きに合わせて対処すればいい」
ハジメはカードを引いた。
「俺のターン!」
手札のカードを見た瞬間、ハジメの目が細くなる。
「よし……これで決める」
彼はカードを掲げた。
「俺は《E・HERO シャドー・ミスト》を特殊召喚!」
影をまとった英雄がフィールドに姿を現す。
「シャドー・ミストの効果で、デッキから《マスク・チェンジ》を手札に加える!」
ミレディが目を見開いた。
「まだ新しいカードが出てくるの!?」
「英雄は一人じゃねえからな」
ハジメは、フィールドのシャドー・ミストを見据えた。
「魔法カード《マスク・チェンジ》を発動!」
シャドー・ミストが光に包まれ、その姿を変えていく。
「闇をまとい、英雄の力を解き放て! 現れろ、《M・HERO ダーク・ロウ》!」
黒い装甲をまとった英雄が、静かにフィールドへ降り立った。
ミレディは思わず後ずさる。
「ちょ、ちょっと待って! そのモンスター、何なのよ!?」
「俺の仲間だ」
ハジメは短く答えた。
「ダーク・ロウの効果で、お前が墓地を利用する動きを封じる。さらに、お前がデッキからカードを手札に加えたとき、その動きに反応することもできる」
「うそでしょ……!」
「お前のアンティーク・ギアは強い。だが、強いからこそ、動きを止められたときにどう立て直すかが重要になる」
ハジメはミレディを真っ直ぐ見据えた。
「決闘は、力比べだけじゃねえ。相手のやりたいことを見抜いて、それをどう崩すか。そのうえで、自分の勝ち筋を通すんだ」
シアは食い入るように決闘を見つめていた。
「……相手の強さを認めたうえで、戦い方を変えてるんですね」
「うん」
ユエが頷く。
「ハジメは、相手を侮らない。でも、相手の思いどおりにもさせない」
その言葉に、シアは深く頷いた。
ミレディは悔しそうに唸ったあと、最後のカードを引いた。
「まだよ! まだ負けてないんだから!」
彼女は残されたカードを使い、最後の反撃を試みる。
しかし、ダーク・ロウの存在が彼女の展開を阻み、ハジメの伏せカードが攻撃を防いだ。
ミレディの動きが止まる。
「……くっ!」
ハジメはカードを掲げた。
「俺のターン。これで終わりだ」
フィールドには、E・HERO ガイアとM・HERO ダーク・ロウ。
二体の英雄が並び立つ。
「バトル!」
ハジメの声が響いた。
「E・HERO ガイアで攻撃!」
大地を揺るがす一撃が、ミレディの最後の防御を砕く。
「続けて、M・HERO ダーク・ロウでダイレクトアタック!」
闇の英雄が駆け抜け、最後の一撃を叩き込んだ。
ミレディのライフポイントがゼロになる。
決闘場が静まり返った。
ミレディは、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
「……うそ」
ハジメは決闘盤を畳んだ。
「勝負ありだな」
「うそでしょおおおおっ!? 私が負けるなんて!」
「負けたんだよ」
「そんなああああっ!」
ユエはハジメの隣に歩み寄り、彼の腕を取った。
「……さすが、ハジメ」
「まあな」
「かっこよかった」
「……おう」
シアは目を輝かせて、二人のそばへ駆け寄った。
「すごかったです! E・HEROって、こんなにいろんな戦い方ができるんですね!」
「デッキに何を入れるか、どう組み合わせるかで戦い方は変わる。お前も、自分のカードの可能性をもっと考えてみろ」
「はい! もっと研究します!」
ミレディは床に座り込み、悔しそうに拳を握っていた。
「……あーもう! 本当に腹立つ! あんな罠を突破してくるし、最後には私のアンティーク・ギアまで倒すし!」
「罠を仕掛けたのはお前だろうが」
「それはそうだけど!」
「反省しろ」
「やだ!」
「即答すんな!」
ユエが冷たい目で見下ろす。
「……ハジメ。この女、やっぱり反省しない」
「だろうな」
ハジメは深く頷いた。
「だから、これから反省してもらう」
ミレディの笑顔が、ぴたりと止まった。
「……え?」
ミレディが何か言い返すより先に、決闘場の奥で光が灯った。
中央の台座が開き、その内部から一つの黄金の秘宝が姿を現す。
三角形を組み合わせたような複雑な形状。
古代の紋様が刻まれた、黄金のパズルだった。
ハジメは思わず目を細めた。
左目の眼帯の奥で、千年眼が強く反応する。
「……これは」
ミレディは悔しそうな顔のまま、台座を指差した。
「大迷宮の攻略報酬よ。あなたたちが最終試練を突破した証。受け取りなさい」
ハジメが近づくと、黄金の秘宝はかすかな光を放った。
その瞬間、千年眼が共鳴するように熱を帯びる。
「……千年アイテムか」
「正解。これは《千年パズル》」
ミレディは渋々答えた。
「迷宮を攻略した者に与えられる、七つの秘宝の一つよ」
ユエがハジメの隣に立つ。
「ハジメの千年眼と同じ力を持ってるの?」
「同じではないわ。千年アイテムには、それぞれ違う役割がある。けれど、どれも普通の道具とは違う……」
ミレディは言葉を切った。
その表情から、ほんの一瞬だけふざけた色が消えた。
「それは、あなたたちがこれから知ることになるでしょうね」
ハジメは千年パズルを手に取った。
黄金の表面に刻まれた紋様が、千年眼の光と呼応する。
まるで、長い眠りから目覚めたかのように。
「……また厄介なもんが増えたな」
「ハジメ、持っていて」
ユエが言う。
「千年眼が反応している。あなたが持つべきものだと思う」
ハジメは頷き、千年パズルを大切に収納した。
シアは興味深そうに見つめる。
「これが、攻略報酬……。なんだか、すごく大切なものみたいですね」
「ああ。だからこそ、慎重に扱う必要がある」
ハジメはミレディを振り返った。
「……で、報酬は受け取った。これで攻略は完了だな?」
「ええ。大迷宮の試練は終了。あなたたちは正式な攻略者よ」
「そうか」
ハジメはゆっくりと頷いた。
そして――笑った。
「よし。じゃあ、次はお前の番だ」
「……え?」
ミレディの顔が引きつった。
「ちょ、ちょっと待って。何の話?」
「決まってんだろ」
ハジメは一歩、ミレディへ近づいた。
「散々トラップで殺しかけてくれたお礼だ」
「いやいやいや! あれは試練よ!? 迷宮の管理者として、挑戦者を鍛えるための――」
「泡まみれにするのが鍛錬か?」
「それは、その……」
「天井で潰しかけるのが鍛錬か?」
「……」
「振り子で真っ二つにしかけるのが鍛錬か?」
「……あれは、ちょっと調整を間違えただけで」
「ほう?」
ハジメの笑顔が深くなる。
「なら、今から俺が調整してやるよ」
「ひっ!?」
ミレディが後ずさる。
ユエはハジメの隣で、満足そうに頷いた。
「……いい考え」
「ユエさん!?」
シアは慌てて二人を見比べた。
「え、えっと、あの……ミレディさん、ちょっと反省してるみたいですし……?」
「反省してるわよ! 今、ものすごく反省してる!」
ミレディが必死に叫ぶ。
「だから、その手に持ってるものを置いて! お願いだから!」
ハジメは手元の道具を見下ろした。
「これか? ただのロープだが」
「ただのロープを、そんな笑顔で持つ人間がいると思う!?」
「いるだろ。ここに」
「いやああああっ!」
ミレディは逃げようとした。
だが、ユエが魔法で出口を塞ぐ。
「……逃がさない」
「あなた、どっちの味方なの!?」
「ハジメの味方」
「知ってたけど!」
ハジメはミレディを追い詰めると、迷宮で味わわされた数々の罠を思い出しながら、彼女にきっちりとお返しをすることにした。
もちろん、命を奪うつもりはない。
ただし、本人が二度と同じことをしたくなくなる程度には、しっかりと反省してもらう。
「ま、待って! 私はこの迷宮の管理者なのよ!? 攻略者に対する敬意とか、そういうものはないの!?」
「お前が挑戦者に敬意を払ったことが一度でもあったか?」
「……ありません!」
「よし、話が早い」
「よくないわよおおおおっ!」
その後、ミレディはしばらくのあいだ、ハジメの仕返しに付き合わされることとなった。
ユエは腕を組み、終始冷静にその様子を見守っていた。
「……少しすっきりした」
「ユエさん、なんだか楽しそうですね……」
シアが困ったように笑う。
「ハジメが怒っていたから」
「それだけですか!?」
「それだけ」
ユエは平然と答えた。
やがて、ハジメが最後の仕上げに取りかかろうとしたとき。
ミレディは、涙目になりながらも、何かを思い出したように顔を上げた。
「……ふ、ふふっ」
「何だ、その笑いは」
「残念だったわね……! この迷宮で、最後に笑うのは私よ!」
「……あ?」
ミレディが、床の一部を指差した。
そこには、古代文字で刻まれた小さな紋様があった。
ハジメが気づいたときには、すでに遅かった。
カチリ。
足元から、嫌な音が響く。
「……おい」
ユエの表情が変わった。
「ハジメ、下!」
「またかよおおおおっ!?」
床が突然開いた。
その下から、凄まじい勢いで水流が噴き上がる。
「うわあああああっ!?」
ハジメの身体が一瞬で持ち上げられ、床の穴へと吸い込まれていった。
「ハジメ!」
ユエが手を伸ばす。
しかし、水流の勢いはあまりにも強かった。
ハジメは千年パズルを収納したことを確認する間もなく、流れに飲み込まれ、あっという間に視界から消えてしまった。
残されたシアは、口をあんぐりと開けていた。
「……え?」
ユエの表情が、すっと無になった。
「……ミレディ」
「は、はいっ!?」
「今すぐ、ハジメを戻して」
「む、無理よ! あのトラップ、一度流されたら出口まで自動で運ばれる仕組みなの!」
「……そう」
ユエの周囲に、凍てつくような魔力が集まり始める。
ミレディの顔が真っ青になった。
「ちょ、ちょっと待って! ハジメはちゃんと出口に出るから! 死にはしないから! たぶん!」
「たぶん?」
「絶対に生きてるわ! 絶対!」
ユエは一歩、ミレディへ近づいた。
「……あなたも、同じ水流を体験する?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
シアは慌ててユエの腕を掴んだ。
「ユエさん、落ち着いてください! まずはハジメさんを追いかけましょう!」
「……分かった」
ユエは深呼吸を一つした。
そして、ミレディを冷たく見据える。
「この話は、あとで必ず決着をつける」
「ひぃっ……!」
ユエはシアとともに、ハジメが流された出口へ向かって走り出した。
一方そのころ。
「ふざけんなあああああああああっ!!」
猛烈な水流に押し流されながら、ハジメの怒号が迷宮の通路に響き渡っていた。
「何が攻略報酬だ! 何が最終試練だ! 最後まで性悪じゃねえかああああっ!!」
水流は止まらない。
ハジメの抗議も止まらない。
そして迷宮のどこかから、ミレディの高笑いが聞こえてきた。
『あっははははは! やったわ! 最後に笑うのは私よ!』
「次に会ったら絶対に許さねえからな、ミレディィィィッ!!」
その叫びを最後に、ハジメの姿は水流の向こうへと消えていった。
こうしてライセン大迷宮は攻略された。
ハジメは千年パズルを手に入れた。
そして、ユエとシアは新たな仲間の旅路を続けることになった。
――もっとも。
ハジメの中では、迷宮攻略の達成感よりも、ミレディへの怒りのほうがはるかに大きかったのだが。