「……二度と、あの女の迷宮には行きたくねえ」
ライセン大迷宮の出口から這い出した南雲ハジメは、地面に両手をついたまま、心の底からそう呟いた。
全身ずぶ濡れ。髪から水が滴り、服は肌に張りつき、ブーツの中まで水浸し。愛用の銃器はどうにか守り抜いたものの、見た目はまるで滝壺に落ちた直後の人間だった。
その隣では、シアが心配そうにしゃがみ込んでいる。
「ハジメさん、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「怪我はねえ。……精神的な傷は増えたけどな」
「そ、それは……ミレディさんのせいですね」
「ああ。間違いなくあいつのせいだ」
ハジメは顔を上げた。
その右目には、迷宮攻略を終えた達成感よりも、性悪な管理者への怒りが色濃く浮かんでいる。
少し離れた場所では、ユエが濡れた髪を指で梳いていた。彼女もまたずぶ濡れだったが、表情はいつもどおり落ち着いている。
「ハジメ」
「……何だ、ユエ」
「次にミレディに会ったら、凍らせていい?」
「気持ちは分かるが、ほどほどにな」
「分かった。完全に凍らせるのはやめる」
「そういう問題じゃねえよ」
シアが苦笑する。
「でも、皆さん無事でよかったです。千年パズルも、ちゃんと手に入れられましたし!」
「ああ。それだけは収穫だな」
ハジメは懐にしまった黄金の秘宝を確かめた。
千年眼の奥が、かすかに熱を帯びている。
千年パズルを手に入れたことで、何かが変わったような感覚があった。だが、今はまだ、その正体を掴めない。
「……考えるのは、服を着替えてからだな」
ハジメは立ち上がった。
「まずはブルックの街に戻るぞ。こんな格好で旅を続けられるか」
「賛成です!」
「私も」
三人は来た道を引き返し、ブルックの街へと向かった。
その背中には、ライセン大迷宮を攻略した者だけが持つ新たな力と、ミレディに対する消えることのない怒りが宿っていた。
ブルックの街に戻った三人は、まず宿で着替えを済ませた。
ハジメは装備品の点検を行い、濡れた銃器や機材を一つずつ整備する。ユエは髪を乾かしながら千年パズルに興味深そうな視線を向け、シアは新しい服に着替えたあと、いつもどおり元気いっぱいに戻っていた。
「いやあ、やっぱり乾いた服って最高ですね!」
「お前、さっきまで死にそうな顔してただろ」
「だって、あの水流は反則ですよ! まさか最後の最後で、あんな目に遭うなんて!」
「……ミレディ」
ユエがぼそりと名前を口にする。
「次に会ったら、絶対に仕返しする」
「ユエ、まだ覚えてたのか」
「忘れる理由がない」
「……だよな」
ハジメは苦笑しつつ、テーブルの上に広げていた地図を指でなぞった。
「さて、次の目的地だが……」
地図には、この周辺の街や街道、そして大迷宮の位置が記されている。
「次に目指すのはフューレンだ。冒険者としての活動拠点を整えながら、次の迷宮攻略に向けて準備を進める」
「フューレンですか! どんな街なんでしょう?」
「冒険者も多いし、装備品や情報も集めやすいはずだ。今後のことを考えれば、行っておいて損はない」
ユエが地図を覗き込む。
「……ハジメと一緒なら、どこでもいい」
「ユエ……!」
シアが両手を握りしめ、感動したように声を上げる。
「わ、私もです! ハジメさんとユエさんと一緒なら、どんな場所だって――」
「ただし、旅費は必要だ。道中で無駄遣いしたら飯抜きな」
「ひどいっ!? 今の感動的な流れは何だったんですか!?」
「現実だ」
ユエが頷く。
「シア、食費は大切」
「ユエさんまでぇ!」
三人の笑い声が宿の一室に響いた。
その後、ハジメは必要な装備品を買い足し、旅の準備を整えた。
そして翌日。
三人はブルックの街を出発した。
目指すは、冒険者の街フューレン。
次なる大迷宮へ向かうための、新たな一歩だった。
街道を進みながら、ハジメはふと思い出したように立ち止まった。
「そういや、二人に渡すものがあったな」
「渡すもの?」
ユエが首を傾げる。
シアは目を輝かせた。
「えっ、何ですか? お土産ですか? お菓子ですか? それとも新しい武器ですか!?」
「お前の頭の中は食い物と武器しかねえのか」
「そんなことないです! お菓子と武器と、あとハジメさんのことです!」
「最後の一つは何だよ……」
ハジメは苦笑しながら、収納から二つの大きな物体を取り出した。
金属製の車体。前後の車輪。魔力を動力に変換する機構。そして、決闘盤との連動を想定した特殊な制御装置。
二台のDホイールだった。
「……え?」
シアが固まった。
ユエも、さすがに目を見開いている。
「ハジメ、これは……」
「Dホイールだ。前から二人にも用意しようと思ってた」
ハジメはまず、ユエのために用意した一台を示した。
「こっちはユエ用。十六夜の《ブラッディー・キッス》を参考に、俺がこの世界の素材と技術に合わせて調整した。機動性と安定性を重視してある。魔力制御もお前なら問題なく扱えるはずだ」
車体は深い赤を基調とし、黒いラインが流れるように入っている。鋭く伸びたフロント部分は、まるで夜を切り裂く刃のようだった。
ユエはしばらく車体を見つめていた。
「……私の?」
「ああ。お前の戦い方に合わせてある。必要なら、魔法による補助制御も追加できる」
ユエはハジメを見上げた。
「……嬉しい」
その短い言葉には、普段よりもはっきりとした喜びが込められていた。
ハジメは少し照れくさそうに視線を逸らす。
「気に入ったならよかった」
「ハジメ」
「何だ?」
「ありがとう」
ユエはハジメの腕にそっと寄り添った。
その光景を見ていたシアが、期待に満ちた目で残る一台を見つめる。
「じゃ、じゃあ……! もう一台は、もしかして……!」
「お前のだ」
「本当ですかああああっ!?」
シアの兎耳が、ぴんと立った。
ハジメはもう一台を示した。
「こっちはオリジナル設計の《バウンサーラビット》。お前の体格と動きを考えて、跳躍時の衝撃吸収と着地の安定性を強化してある。急加速にも対応できるし、悪路でも扱いやすい」
車体は白と淡い桃色を基調とし、兎の耳を思わせる二本の装飾がフロント部分から伸びている。後部には大きな跳ね上がりを連想させる意匠があり、可愛らしさと実用性を兼ね備えたデザインだった。
「バウンサー……ラビット……!」
シアは震える手で車体に触れた。
「私のために、作ってくれたんですか……?」
「ああ。お前は跳躍力も脚力も高いが、普通の車体だと急な動きに対応しにくいだろ。そこを補えるようにしてある」
「ハジメさん……!」
シアは勢いよくハジメへ抱きついた。
「ありがとうございます! 大事にします! 一生大事にします!」
「お、おい! 急に飛びつくな! 危ねえだろ!」
「えへへへへ!」
ユエがじっと二人を見た。
「……シア、離れて」
「えっ?」
「ハジメが困ってる」
「ユエさんも一緒に喜びましょうよ!」
「喜んでる。だから離れて」
「それ、絶対に別の理由ですよね!?」
ハジメは二人のやり取りに苦笑しながら、決闘盤を起動した。
「まあ、せっかくなんだ。試運転といこうぜ。フューレンまではまだ距離がある。Dホイールに慣れておくのも悪くない」
「乗っていいの!?」
ユエの声が少し弾んだ。
「ああ。ただし、いきなり全速力は出すなよ。操作方法はこれから教える」
「分かった」
シアはバウンサーラビットに跨がり、目を輝かせる。
「うわあ……! これがDホイール……! 私、こんなすごい乗り物に乗れるなんて……!」
「操作を覚えたら、もっと楽しくなるぞ」
「はいっ!」
ハジメは自分のDホイール――遊星号に跨がった。
ユエはブラッディー・キッスに、シアはバウンサーラビットにそれぞれ乗り込む。
三台のエンジンが、魔力の駆動音を響かせた。
「まずは低速で走る。俺の後ろについてこい」
「了解」
「はいっ!」
ハジメがアクセルを回す。
遊星号が静かに走り出した。
続いて、ブラッディー・キッスが滑らかに加速し、バウンサーラビットが軽快に追従する。
「わあああっ! 走ってます! 本当に走ってますよ、ハジメさん!」
「見れば分かる!」
「すごいです! 足で走るのとは全然違います!」
ユエも風を受けながら、楽しそうに目を細めた。
「……気持ちいい」
「だろ?」
ハジメは振り返り、笑った。
「これからは三人で走るぞ。俺たちの旅も、決闘もな」
その言葉に、ユエとシアは力強く頷いた。
三台のDホイールが、街道を並んで走り出す。
その姿は、まるでこれから始まる物語を告げるようだった。
フューレンへ向かう道中、三人は商隊の護衛依頼を受けることにした。
旅費を確保するためでもあるが、商隊と一緒に移動すれば、道中の魔物や盗賊に対する警戒も整えやすい。
街道沿いの冒険者ギルドで依頼を確認し、三人は受付へ向かった。
受付の職員は書類を確認しながら尋ねた。
「護衛依頼ですね。パーティ登録の確認をしますので、パーティ名を教えていただけますか?」
「パーティ名?」
ハジメは少し考えた。
ユエとシアが、そろって彼を見る。
「……何かいい名前があるんですか?」
「ハジメ、決めて」
「私も、ハジメさんが決めた名前がいいです!」
二人の視線を受け、ハジメは小さく笑った。
そして、迷いなく答えた。
「5D's」
受付職員の手が止まった。
「……ご、ファイブディーズ、ですか?」
「ああ」
「由来をお聞きしても?」
ハジメはユエとシアを見た。
「俺たち三人の旅は、決闘と一緒に進んでいく。Dホイールで走り、決闘者として強くなり、仲間と一緒に未来を切り開く。そういう意味を込めた」
実際には、ハジメの中には別の思いもあった。
かつて自分が知っていた世界。
そこに存在した、決闘者たちの物語。
遊星たちが駆け抜けた時代。
その名を、この異世界で新たに背負うことになるとは、思ってもいなかった。
ユエは満足そうに頷いた。
「……いい名前」
シアも両手を握る。
「かっこいいです! 私たち、5D'sなんですね!」
「ああ。これからよろしく頼むぜ、二人とも」
「うん、ハジメ」
「はいっ、ハジメさん!」
受付職員は三人の様子を見て、微笑ましそうに書類へ記入した。
「承知しました。パーティ『5D's』として登録いたします。それでは、護衛対象の商隊について説明しますね」
職員の説明によれば、商隊はフューレンへ向かう一団で、護衛対象は複数の荷馬車とその積み荷。街道の一部には魔物が出没する区域があり、護衛の需要が高まっているらしい。
「ちょうどいいな」
ハジメは依頼書を受け取った。
「道中の情報も集められるし、報酬も入る。受けよう」
こうして、パーティ『5D's』は初めての護衛依頼を受けることになった。
商隊との合流場所には、数台の荷馬車が並んでいた。
護衛を担当する冒険者たちが集まり、荷物の確認や出発準備を進めている。
その中で、一人の男が三人に気づいて近づいてきた。
商隊のリーダー、オットーだった。
「あなた方が、今回の護衛を引き受けてくれた冒険者ですか?」
「そうだ。俺が南雲ハジメ。こっちはユエとシアだ」
「オットーです。今回の商隊を取りまとめています。よろしくお願いします」
オットーは人当たりのいい笑顔を浮かべ、三人と挨拶を交わした。
ただし、その視線はすぐにシアへ向けられた。
「ところで……そちらの女性は、獣人族ですか?」
シアの兎耳がぴくりと動く。
「はい、そうですけど……?」
「なるほど。珍しいですね。非常に珍しい」
オットーは何かを考えるように顎へ手を当てた。
「その身体能力といい、種族的な特徴といい……見たところ、戦闘能力も相当なものなのでしょうね」
「まあ、こいつは強いぞ」
ハジメは何気なく答えた。
「腕力もあるし、跳躍力も高い。戦闘じゃ頼りになる仲間だ」
「……仲間、ですか」
オットーの笑顔がわずかに変わった。
「南雲さん。少し、個人的なお話をしてもよろしいでしょうか?」
「内容によるな」
「簡単な商談ですよ」
オットーは声を潜めた。
「その獣人の女性を、私に譲っていただけませんか?」
一瞬、周囲の空気が凍った。
シアの顔から笑みが消える。
ユエの目が、すっと細くなった。
ハジメは、オットーを無言で見つめた。
「……今、何て言った?」
「ですから、彼女を私に売っていただけないかと。もちろん、相応の金額はお支払いします。彼女の能力なら、働き口はいくらでもあるでしょうし、あなた方にとっても悪い話では――」
「断る」
ハジメの返答は、即座だった。
オットーが目を瞬かせる。
「……まだ金額も提示していませんが?」
「金額の問題じゃねえ」
ハジメは一歩、前へ出た。
「シアは俺たちの仲間だ。仲間を売るなんて選択肢は、最初から存在しねえ」
「しかし、商談というものは条件次第で――」
「条件は変わらねえ。断ると言ったんだ」
ハジメの声は低く、冷たかった。
シアは俯き、服の裾をぎゅっと握りしめていた。
彼女はこれまで、獣人族というだけで軽んじられたり、利用しようとされたりする経験をしてきた。
だからこそ、ハジメが迷いなく自分を仲間だと言い切ったことが、胸に深く響いていた。
「ハジメさん……」
「気にするな、シア」
ハジメは振り返らずに言った。
「お前は俺たちの仲間だ。それだけだ」
ユエも静かに口を開く。
「……シアを売るなら、私が許さない」
「ユエさん……!」
「ハジメが大切にしている仲間だから」
ユエはオットーを見据えた。
「あなたがシアを物のように扱うなら、あなたとは話すことがない」
オットーの笑顔が引きつった。
「……なるほど。そうですか。いや、これは失礼しました。少々、商人としての好奇心が先走ってしまったようです」
「好奇心で人を買おうとするな」
ハジメが吐き捨てた。
オットーは一度咳払いをし、話題を変えようとした。
「では、せめて別の形で取引をさせていただけませんか?」
「別の形?」
「あなた方が乗っている、あの二輪の乗り物です」
オットーの目が、三台のDホイールへ向いた。
「非常に珍しい構造ですね。馬車とも違う。魔道具の一種でしょうか?」
「Dホイールだ。魔力を利用して走る乗り物だが……それがどうした?」
「もし可能であれば、その設計や構造について、商人として知っておきたいのです」
ハジメはしばらくオットーを観察した。
シアを売れという話は論外だ。だが、Dホイールに関する技術なら話は別だった。
この世界でDホイールは、まだ一般的な乗り物ではない。製造には特殊な素材や精密な加工技術が必要で、誰でも簡単に作れるものではなかった。
一方、ハジメが考案した簡易化設計なら、動力部や制御機構を整理し、必要な性能を絞ることで、より多くの職人が扱える可能性がある。
「……なるほどな」
ハジメは腕を組んだ。
「人を買う話は断る。だが、Dホイールの簡易化設計図なら売ってもいい」
オットーの目が輝いた。
「本当ですか?」
「ただし、条件がある」
「お聞かせください」
「設計図は簡易型に限る。俺たちが使っている機体の制御技術や、戦闘用の機構、決闘盤との連動部分は渡さねえ。あくまで、移動用の基本構造だ」
ハジメは指を一本立てた。
「それから、設計図を売ったからといって、俺たちの技術を勝手に独占したり、俺たちの名前を利用して商売したりするのもなしだ」
オットーは少し考えたあと、頷いた。
「分かりました。その条件であれば、十分に商談の余地があります」
「なら話は早い。値段はそっちから提示してみろ」
オットーは真剣な顔で金額を提示した。
ハジメはその数字を聞き、いくつか条件を調整したうえで、簡易化設計図の売却に合意した。
それは、シアを手放すことの代わりではない。
仲間を売るという選択肢を拒絶したうえで、商人としてのオットーに、別の取引の道を示したのだ。
オットーもその違いを理解したのか、今度はシアへ不用意な視線を向けることなく、深々と頭を下げた。
「先ほどは失礼いたしました。今後、彼女を商品として扱うような発言はいたしません」
「最初からそうしろ」
「……肝に銘じます」
シアはまだ少し不安そうだったが、ハジメが振り返ると、ぎこちなく笑った。
「ありがとうございます、ハジメさん」
「礼なんていらねえよ。当たり前のことをしただけだ」
「でも……私、嬉しかったです」
シアは胸に手を当てた。
「ハジメさんが、私のことを仲間だって言ってくれたのが」
ハジメは一瞬だけ言葉に詰まり、それから照れくさそうに頬を掻いた。
「……だから、当たり前だっての」
ユエがハジメの腕に寄り添う。
「……私も、ハジメの仲間」
「分かってるよ」
「なら、あとで一緒に走ろう」
「おう。フューレンに着くまで、練習も兼ねてな」
シアの表情がぱっと明るくなる。
「私もです! バウンサーラビットをもっと乗りこなしたいです!」
「よし。じゃあ出発後、順番に練習だな」
三人の間に、いつもの空気が戻ってきた。
商隊は準備を整え、フューレンへ向けて出発した。
荷馬車が列をなし、護衛の冒険者たちがその周囲を固める。
ハジメたちは商隊の前方を進み、Dホイールで街道を走っていた。
遊星号を先頭に、ブラッディー・キッス、バウンサーラビットが続く。
「ユエ、速度はどうだ?」
「問題ない。曲がるときも安定している」
「よし。シアは?」
「こっちも大丈夫です! でも、跳ねるときの感覚が普通の乗り物と全然違いますね!」
「バウンサーラビットは、お前の跳躍力に合わせて調整してある。急に飛び上がるときは、車体の姿勢を意識しろ。着地前にアクセルを戻しすぎるなよ」
「はいっ!」
シアは指示に従い、速度を少し落としてから、路面の小さな段差を越えた。
車体が軽やかに跳ね、滑らかに着地する。
「わあっ! できました!」
「いい感じだ。その調子で慣れていけ」
「えへへ、ありがとうございます!」
ユエはブラッディー・キッスを操りながら、ハジメの隣へ並んだ。
「……ハジメ。あとで、もう少し速く走りたい」
「慣れてからな。今は商隊の護衛が優先だ」
「分かった」
「素直だな」
「ハジメの言うことだから」
「……そういうところだぞ、お前」
ハジメが苦笑すると、ユエは満足そうに笑った。
そのとき、後方からオットーの声が飛んできた。
「南雲さん! その乗り物は、本当に素晴らしいですね! もし追加の設計図があるなら、ぜひ――」
「追加分は別料金だ!」
「もちろんです!」
「あと、シアを売れって話は二度とするなよ!」
「承知しました!」
商隊の人々が、思わず笑い声を漏らす。
シアは少し恥ずかしそうに兎耳を揺らした。
「……なんだか、すごく騒がしい旅になりそうですね」
「今さらだろ」
ハジメは前を向いた。
「俺たちは5D'sだ。静かな旅なんて期待するだけ無駄だぞ」
「ふふっ。そうですね!」
ユエも頷く。
「……騒がしくても、三人一緒ならいい」
ハジメは二人を見て、穏やかに笑った。
「ああ。これからも三人で進んでいこうぜ」
三台のDホイールは、街道を軽快に走り続けた。
途中、魔物が現れたときには、ハジメが先行して危険を排除し、ユエが魔法で商隊の周囲を守り、シアが高い機動力を生かして側面を警戒した。
大きな戦闘になることはなかったが、三人の連携は確実に洗練されていった。
ハジメは戦闘の合間にも、二人へDホイールの操作や、決闘における相手の動きの読み方を教えた。
「速く動くことだけが大事なんじゃねえ。相手がどこを狙ってくるかを考えろ。決闘でも、実戦でも同じだ」
「相手の次の行動を予測する、ということですね?」
「そうだ、シア。自分の得意な動きを押しつけるだけじゃなく、相手が何をしてくるかまで考えろ」
ユエが静かに付け加える。
「……ハジメは、いつもそうしている」
「まあな。生き残るためには必要なことだ」
シアは真剣な表情で頷いた。
「分かりました! 私も、もっと考えて戦います!」
その姿を見て、ハジメは満足そうに笑った。
やがて街道の先に、城壁と建物の群れが見えてきた。
フューレンの街だった。
商隊の人々が安堵の声を上げる。
オットーも馬車の上から顔を出し、三人へ声をかけた。
「皆さん、見えてきましたよ! あれがフューレンです!」
シアは身を乗り出した。
「わああっ! 大きな街ですね!」
ユエは静かに頷く。
「……ここで、次の準備をする」
「ああ」
ハジメは遊星号の速度を少し落とした。
千年眼の奥で、千年パズルの気配がかすかに反応する。
この先には、まだ知らない敵も、迷宮も、決闘者たちも待っている。
だが、今のハジメにはユエがいる。
シアがいる。
そして、二人のために用意したDホイールがある。
「行くぞ、ユエ、シア」
ハジメは前を向き、力強く告げた。
「5D'sの次のステージだ」
「うん、ハジメ」
「はいっ! 楽しみです!」
三台のDホイールが、フューレンの門へと向かって走り出す。
こうして、パーティ『5D's』の旅は、新たな街で次の段階へと進んでいくのだった。
追記
「5D'sって、どういう意味なの?」
シアの問いに、ハジメは腰に手を当て、少しだけ遠い目をした。
「……赤き竜の使徒。それが、俺たちの名の由来だ」
「赤き竜……?」
ユエが小さく聞き返す。
「ああ。世界を越えても、時代が変わっても、俺たちを導く存在。その意志を受け継ぐ者たち――それが5D'sだ」
ハジメは左目を覆う黒い眼帯に触れ、それから隣に立つユエとシアを見た。
「ま、堅苦しい話はここまでだ。俺たちは俺たちのやり方で進む。それだけだ」
「うん。ハジメがそう言うなら、私はついていく」
「私もです! 赤き竜の使徒だろうと何だろうと、ハジメさんの隣は譲りませんからね!」
「……シア、そこは張り合わなくていい」
ユエの冷たい視線と、シアの元気な抗議が飛び交う。
こうして、赤き竜の使徒――5D'sの旅は続いていく。