「ありふれた遊戯王で世界最強」   作:武藤 桜

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第十五話「フューレンの騒動、紅き竜の使徒と吸血姫の決闘」

 フューレンの街を囲む巨大な城壁が見えてきたのは、キャラバンの護衛を始めてから数日後のことだった。

 

 街道の先に広がる活気ある街並みを眺めながら、シアはバウンサーラビットのハンドルを握りしめる。

 

「おおおっ! ついに到着ですね、ハジメさん!」

 

「街に着いたくらいで騒ぐな。門をくぐる前に速度を落とせ」

 

「はーい!」

 

 ハジメは遊星号を減速させ、その隣にはブラッディー・キッスに乗ったユエが並ぶ。赤と黒を基調とした車体が陽光を受けて鈍く輝き、白と桃色のバウンサーラビットが軽快にその後ろを追った。

 

 キャラバンの護衛を務めた商人オットーは、三人のDホイールを見比べながら、いまだに惜しそうな顔をしている。

 

「いやぁ、何度見ても素晴らしい乗り物ですな。これがあれば商売の幅も広がるというもの……」

 

「設計図は売っただろ。後は自分でどうにかしろ」

 

「分かっておりますとも! いや、本当に惜しいのは、あの兎耳のお嬢さんを――」

 

「オットー?」

 

 ハジメが振り返った。

 

 その左目を覆う黒い眼帯の奥から、何とも言えない圧を感じたオットーは、即座に両手を上げる。

 

「な、何でもありません! それでは私はこれで!」

 

「最初からそうしてろ」

 

 オットーは逃げるようにキャラバンへ戻っていった。

 

「ハジメさん、あの人、まだ私を買おうとしてたんですかね?」

 

「さあな。次に同じことを言ったら、設計図を売った相手だろうと容赦しない」

 

「ふふっ。ハジメ、シアを売るつもりはないものね」

 

「当たり前だ。仲間を商品扱いする趣味はねえ」

 

「ハジメさん……!」

 

 シアが感激したように胸元で手を組む。

 

 その反対側から、ユエがハジメの腕にそっと抱きついた。

 

「……私も仲間。だから、ずっと一緒」

 

「分かってる」

 

「……なら、あとで一緒に買い物」

 

「はいはい」

 

「私も行きます!」

 

「お前らな……」

 

 そんなやり取りをしながら、三人はフューレンの門をくぐった。

 

 ここはハルツィナ大迷宮を目指す旅の途中で立ち寄る、冒険者と商人の集まる大都市だ。

 

 そして、ここから先は情報の質が旅の安全を大きく左右する。

 

「まずはギルドで情報収集。それから食料、弾薬の材料、魔石、薬品の補充だ。ついでに次の街道の状況も確認する」

 

「私はハジメと一緒なら、どこでもいい」

 

「私はハジメさんと一緒にお買い物がしたいです!」

 

「目的が正反対だな、おい」

 

「でも、必要なものを買うんでしょ?」

 

 ユエの指摘に、ハジメは肩をすくめた。

 

「……まあな。行くぞ」

 

 三人は冒険者ギルドへ向かった。

 

 彼らが掲げる名は、5D's。

 

 その由来は、単なる旅仲間の集まりではない。

 

 赤き竜の使徒。

 

 世界を越え、運命に立ち向かい、それぞれの意志で道を切り開く者たち。

 

 もっとも、当の三人は街の名物料理や買い物の話をしながら歩いていたのだが。

フューレンの冒険者ギルドは、これまで立ち寄った町のものと比べても大きかった。

 

 依頼掲示板の前には多くの冒険者が集まり、受付には依頼を受ける者や報酬を受け取る者が列を作っている。

 

 ハジメは受付で必要な手続きを確認し、ユエとシアを伴って掲示板を眺めた。

 

「護衛依頼、魔物討伐、素材採取……。大都市だけあって依頼の種類も多いな」

 

「お肉の採取依頼はありませんか?」

 

「魔物討伐なら、結果的に肉が手に入ることはある」

 

「よし! お肉です!」

 

「……シア、依頼の目的を忘れないで」

 

 ユエに冷静に突っ込まれ、シアは「分かってますよぉ」と頬を膨らませた。

 

 その時だった。

 

「どけ! 貴様ら、誰に道を塞いでいると思っている!」

 

 ギルドの入口付近から、耳障りな怒鳴り声が響いた。

 

 振り向けば、派手な衣装を身にまとった肥満体の男が、数人の護衛を従えて歩いてくる。高価そうな装飾品を身につけ、周囲の冒険者を見下すような目つきをしていた。

 

 いかにも貴族然とした男だった。

 

 いや、正確には――。

 

「……豚か?」

 

 ハジメがぼそりとつぶやいた。

 

「ハジメ、声に出てる」

 

「事実だろ」

 

「ぶふっ……!」

 

 シアが必死に笑いをこらえた。

 

 ユエもハジメの腕に抱きついたまま、男をじっと観察している。

 

 当然、そんな小声が聞こえる距離ではないはずだった。

 

 しかし、男のすぐそばにいた護衛の一人が、ハジメたちの方を向いた。

 

「おい、今、何と言った?」

 

「何も?」

 

「とぼけるな! 貴様ら、我らの主を侮辱したな!」

 

 護衛たちが一斉に近づいてくる。

 

 周囲の冒険者たちは、面倒事を察して距離を取った。

 

 男――ハジメたちの知らないところで、フューレンでも悪名を知られた貴族だった――は、三人を値踏みするように眺めた。

 

「ふん。見慣れぬ顔だな。身の程を知らぬ冒険者が、この私を侮辱するとは」

 

「そりゃ悪かったな。で、何の用だ?」

 

「口の利き方に気をつけろ!」

 

 護衛の一人が剣の柄に手をかける。

 

 ハジメはため息をついた。

 

「おい。ギルドの中で剣を抜く気か? そんなに揉めたいなら、外でやれ」

 

「貴様……!」

 

「ハジメ」

 

 ユエが静かに呼んだ。

 

「……私がやる」

 

「ユエ?」

 

「この人たち、ハジメに失礼。私が相手をする」

 

 ユエはハジメから離れ、一歩前へ出た。

 

 小柄な少女が前に出たことで、護衛たちは一瞬きょとんとした。

 

 やがて、そのうちの一人が嘲笑する。

 

「お嬢ちゃん、怖いもの知らずだな。俺たちを相手にするつもりか?」

 

「……剣を振り回すより、カードの方が得意」

 

「は?」

 

 ユエは腰のデッキケースに手を添えた。

 

「デュエルで決着をつける。あなたが勝ったら、私たちは謝る。私が勝ったら、あなたたちはハジメたちに謝って」

 

「デュエルだと?」

 

 護衛の男は一瞬面食らったが、すぐに口角を吊り上げた。

 

「面白い! いいだろう。カード遊びで勝てると思っているなら、その思い上がりを叩き潰してやる!」

 

「決まりね」

 

 ユエは表情を変えなかった。

 

 ハジメは小さく息を吐く。

 

「……ギルドの職員さん。決闘場を借りられるか? 周りを巻き込むのは本意じゃない」

 

 騒ぎを聞きつけた職員が、頭を抱えながらも決闘用の区画を案内してくれた。

 

 貴族の護衛も、どうやらこの世界のデュエルに慣れているらしい。腰に装着したデュエルディスクを展開し、ユエと向かい合う。

 

 ハジメは腕を組み、シアと並んで観戦位置についた。

 

「ユエ、大丈夫ですかね……?」

 

「問題ない。ユエがやると言ったんだ。止める理由はない」

 

「……そうですよね。ユエさん、頑張ってください!」

 

 ユエは一度だけ振り返り、ハジメに目を向けた。

 

 ハジメが小さくうなずく。

 

 それを見たユエは、再び対戦相手に向き直った。

 

「……始めましょう」

決闘場の中央で、二人のデュエルディスクが起動する。

 

 双方の初期ライフポイントは4000。手札は五枚。

 

「決闘開始!」

 

1ターン目:護衛の冒険者

 

「俺のターン! 《切り込み隊長》を召喚!」

 

 剣を構えた戦士が戦場に現れる。

 

 続いて男は、魔法カードを発動した。

 

「《増援》を発動! デッキからレベル4以下の戦士族、《ゴブリンドバーグ》を手札に加える!」

 

 男はカードを手札へ加え、すぐに続ける。

 

「《ゴブリンドバーグ》を召喚! 召喚時の効果で、手札から《ならず者傭兵部隊》を特殊召喚する!」

 

 二体の戦士が並んだ。

 

「これで終わりじゃない! 《切り込み隊長》の効果で、相手はこのモンスターを攻撃対象に選べない!」

 

 男はカードを二枚伏せた。

 

「ターンエンドだ!」

 

 ユエは相手の盤面を確認する。モンスター三体と伏せカード二枚。見た目の数は多いが、攻撃力の高い切り札がいるわけではない。

 

 彼女は静かにカードを引く準備を整えた。

2ターン目:ユエ

 

「私のターン」

 

 ユエはカードを引き、手札を確認した。

 

「私は《ローンファイア・ブロッサム》を召喚」

 

 小さな蕾を携えた植物が、ユエの前に現れた。

 

「ローンファイア・ブロッサムの効果を発動。自身をリリースして、デッキから植物族モンスターを特殊召喚する」

 

「何を呼ぶつもりだ?」

 

「……見ていれば分かる」

 

 ユエはデッキから一枚を選び、フィールドへ置いた。

 

「《夜薔薇の騎士》を特殊召喚」

 

 黒い薔薇を思わせる装飾をまとった騎士が姿を現す。

 

「夜薔薇の騎士の効果。召喚に成功した時、手札からレベル4以下の植物族モンスターを特殊召喚できる」

 

 ユエは手札から《ローズ・ウィッチ》を特殊召喚した。

 

 薔薇をあしらった魔女が、夜薔薇の騎士の隣に立つ。

 

「レベル3の《夜薔薇の騎士》と、レベル4の《ローズ・ウィッチ》……」

 

 ハジメが目を細めた。

 

「チューナーと非チューナーを揃えたか」

 

 ユエは一枚のカードを取り出した。

 

「レベル3のチューナー、《夜薔薇の騎士》に、レベル4の《ローズ・ウィッチ》をチューニング」

 

 二体のモンスターが光の輪へと変わり、夜空を思わせる渦へ吸い込まれていく。

 

「冷たい炎よ、すべてを焼き尽くす薔薇となれ!」

 

 ユエの声が決闘場に響いた。

 

「シンクロ召喚! 《ブラック・ローズ・ドラゴン》!」

 

 赤黒い花弁が舞い散る。

 

 その中心から、巨大な黒薔薇の竜が姿を現した。

 

 美しくも恐ろしいその姿に、観戦していた冒険者たちがざわめく。

 

「な、何だ……あのモンスターは……!」

 

「……私の切り札」

 

 ユエは相手をまっすぐ見つめた。

 

「ブラック・ローズ・ドラゴンのシンクロ召喚に成功した時、フィールドのカードをすべて破壊する効果を発動できる」

 

「何だと!?」

 

「……ブラック・ローズ・ガイル」

 

 黒い花弁が決闘場を覆った。

 

 モンスターも、伏せカードも、すべてが爆発するような薔薇の嵐に飲み込まれていく。

 

 護衛の男が伏せカードをめくろうとしたが、間に合わない。

 

 フィールドに残ったのは、ブラック・ローズ・ドラゴンだけだった。

 

「そんな……俺のモンスターが!」

 

「……盤面を一度、空にしただけ」

 

 ユエは冷静に告げる。

 

「バトル。ブラック・ローズ・ドラゴンで、直接攻撃」

 

 黒薔薇の竜が咆哮し、赤黒い炎を放った。

 

「ぐあああっ!」

 

 男のライフポイントが2400減少する。

 

 ユエはカードを一枚伏せ、ターンを終えた。

 

ライフポイントの変動

 

護衛の冒険者:4000 → 1600

 

ユエ:4000のまま

「……ユエさん、すごい!」

 

 シアが両手を握りしめて歓声を上げた。

 

「一気に全部破壊しちゃいましたよ!」

 

「ブラック・ローズ・ドラゴンは、フィールドを一掃できる。相手が大量にカードを並べるほど、効果が刺さることもある」

 

 ハジメは感心したようにうなずいた。

 

「ただし、自分のカードも巻き込む。使うタイミングを間違えれば、自分の首を絞めることになる」

 

「……だから、タイミングを選ぶ」

 

 ユエはハジメに視線を向け、わずかに微笑んだ。

 

「……ハジメが教えてくれた」

 

「俺は基本的なことしか言ってない」

 

「……それでも」

 

 ユエは再び対戦相手を見た。

 

「次、どうするの?」

 

3ターン目:護衛の冒険者

 

「俺のターン!」

 

 男はカードを引き、悔しげに歯を食いしばった。

 

「俺は《ゴブリン突撃部隊》を召喚!」

 

 武器を振り回すゴブリンの一団が、フィールドへなだれ込む。

 

「さらに、《一族の結束》を発動! 墓地にいるモンスターが戦士族だけなら、俺の戦士族モンスターの攻撃力は800ポイントアップする!」

 

 男のモンスターが力を増す。

 

「これで攻撃力は2300! ブラック・ローズ・ドラゴンを攻撃する!」

 

 ゴブリンの一団が武器を振り上げた。

 

「……罠カード発動」

 

 ユエが伏せカードをめくる。

 

「《聖なるバリア-ミラーフォース-》」

 

 攻撃を仕掛けたゴブリンたちの前に、聖なる光の壁が立ちはだかった。

 

「なっ!?」

 

「攻撃表示モンスターを、すべて破壊する」

 

 ゴブリン突撃部隊は光に飲まれ、跡形もなく消え去った。

 

「くそっ……!」

 

 男はカードを一枚伏せ、ターンを終えた。

4ターン目:ユエ――決着

 

「私のターン」

 

 ユエはカードを引いた。

 

 場にはブラック・ローズ・ドラゴン。相手のライフポイントは1600。相手のモンスターゾーンは空で、伏せカードは一枚。

 

 ユエは一瞬だけ考えた。

 

 相手の伏せカードに攻撃を妨害する効果があれば、直接攻撃を止められる可能性がある。しかし、相手の残りライフを削り切るには十分な攻撃力がある。

 

「……バトル」

 

 ユエが手を伸ばす。

 

「ブラック・ローズ・ドラゴンで、直接攻撃」

 

「くっ……! 罠カード発動! 《攻撃の無力化》!」

 

 男が最後の伏せカードをめくった。

 

「攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

 

 ブラック・ローズ・ドラゴンの攻撃が、透明な障壁に阻まれる。

 

 しかし、ユエは表情を変えなかった。

 

「……一枚、使わせた」

 

「何?」

 

「あなたの伏せカードは、もうない」

 

 男の顔がこわばった。

 

 ユエは手札からカードを一枚取り出す。

 

「魔法カード、《死者蘇生》」

 

 墓地から《夜薔薇の騎士》が特殊召喚される。

 

「さらに、《夜薔薇の騎士》の効果で、手札からレベル4以下の植物族モンスター、《ローズ・ウィッチ》を特殊召喚する」

 

 二体のモンスターが、ブラック・ローズ・ドラゴンの隣に並んだ。

 

「……バトルフェイズは終わっている。今のターンに攻撃はできない」

 

 ユエはカードを一枚伏せた。

 

「ターンエンド」

 

「な、何だと……?」

 

 男は目を見開いた。

 

 ユエは無理に攻撃を通そうとはしなかった。相手の罠を消費させ、次のターンに決着をつける準備を整えたのだ。

 

 ハジメは静かにうなずく。

 

「……いい判断だ。無理に勝ちを急がず、確実に仕留められる盤面を作った」

 

「……ん」

 

 ユエは少しだけ嬉しそうにハジメを見た。

5ターン目:護衛の冒険者

 

「俺のターン……!」

 

 男はカードを引いた。

 

 フィールドにモンスターはいない。手札も少なく、相手の場には三体のモンスターが並んでいる。

 

 それでも、男は諦めずにカードを出した。

 

「《戦士ラーズ》を召喚!」

 

 戦士が剣を構える。

 

「さらに、《戦士ラーズ》の効果で、デッキから戦士族モンスターを手札に加える!」

 

 男はカードを一枚引き抜いた。

 

「《切り込み隊長》を手札に加え、ターンエンドだ!」

 

 盤面を覆すには至らない。

 

 ユエは相手の動きを見届け、静かにカードを引いた。

 

6ターン目:ユエ――黒薔薇の勝利

 

「私のターン」

 

 ユエは引いたカードを手札に加え、盤面を確認する。

 

 相手のモンスターは《戦士ラーズ》一体。こちらには三体のモンスターがいる。

 

「……バトル」

 

 ユエはまず、《ローズ・ウィッチ》を指さした。

 

「《ローズ・ウィッチ》で、《戦士ラーズ》を攻撃」

 

 薔薇の魔女が魔力を放つ。

 

 相手のモンスターが破壊され、護衛のライフポイントが減少した。

 

 続いて、ブラック・ローズ・ドラゴンが翼を広げる。

 

「ブラック・ローズ・ドラゴンで、直接攻撃」

 

「うわあああっ!」

 

 黒薔薇の竜が放った一撃が男を直撃する。

 

 ライフポイントはゼロ。

 

デュエル終了!

決闘場が静まり返った。

 

 護衛の男は呆然と立ち尽くし、ユエはデュエルディスクを停止させた。

 

「……終わり」

 

「俺が……負けた……?」

 

「約束は守って」

 

 ユエは冷静に告げた。

 

「私たちに謝る。そう言ったのはあなた」

 

 男は悔しそうに唇を噛んだものの、やがて頭を下げた。

 

「……先ほどの無礼を詫びる」

 

「……ん。次からは、相手をよく見てから喧嘩を売ることね」

 

 ユエはそれ以上責めることなく、ハジメのもとへ戻った。

 

「……ハジメ、勝った」

 

「ああ。見事だった」

 

 ハジメがユエの頭を軽く撫でる。

 

「……もっと褒めて」

 

「さっきの判断は良かった。相手の罠を使わせて、次のターンに確実に勝つ。焦らず勝ち筋を残したのは正解だ」

 

「……ん」

 

 ユエは満足そうにハジメの腕へ抱きついた。

 

「ユエさん、すごかったです! ブラック・ローズ・ドラゴン、かっこよかったです!」

 

「……シアも、頑張れば使えるようになる」

 

「本当ですか!?」

 

「……たぶん」

 

「たぶん!?」

 

 シアが声を上げ、ハジメは苦笑した。

 

 その一方、豚貴族は怒りを露わにしていた。

 

「おのれ! 私の護衛に恥をかかせおって!」

 

「……あんた、まだやるのか?」

 

 ハジメが冷たい視線を向ける。

 

「私を誰だと思っている! この街で私に逆らえばどうなるか、思い知らせてやる!」

 

「そうか。なら、ギルドの職員に判断してもらおう」

 

 ハジメは受付へ目を向けた。

 

「こっちは正規の決闘をしただけだ。これ以上、ギルドの中で騒ぐ気はない。そっちも貴族の権威を振り回すのはやめてくれ」

 

 職員が間に入り、周囲の冒険者たちも不満げな視線を貴族へ向けた。

 

 これ以上騒いでも自分に利がないと悟ったのか、豚貴族は捨て台詞を吐きながら護衛を連れて去っていった。

 

「覚えていろよ! 必ず後悔させてやる!」

 

「はいはい」

 

 ハジメは面倒くさそうに手を振った。

 

「ハジメさん、絶対に懲りてませんよね……」

 

「だろうな。だが、追いかける理由もない」

 

「……私は、ハジメを侮辱したら許さない」

 

「分かってる。ありがとな、ユエ」

 

 ユエは少しだけ頬を赤くし、ハジメの腕に寄り添った。

騒ぎが落ち着いた後、ハジメたちは受付で改めて情報を集めた。

 

 ギルド職員は先ほどの騒動を詫びながら、周辺地域の状況を説明してくれた。

 

「実は、ウルの町との連絡が途絶えがちになっているのです。向こうへ向かった冒険者が戻ってこないという話もありまして……」

 

「行方不明者が出ているのか?」

 

「はい。調査に向かった者たちの足取りもつかめず、ギルドとしても困っているところです」

 

 ハジメは腕を組んだ。

 

「ウルの町か。フューレンからの距離は?」

 

「馬車で数日ほどです。街道は通れますが、町の周辺で何が起きているのか分からないため、十分な注意が必要です」

 

「報酬は?」

 

「調査の進展と、行方不明者の発見状況に応じてお支払いします」

 

「分かった。その依頼、俺たちが受ける」

 

 シアが目を丸くする。

 

「ハジメさん、もう決めたんですか?」

 

「情報が足りないなら、現地で調べるしかない。行方不明者が冒険者なら、何かしらの手掛かりも残っているはずだ」

 

「……私も賛成。ハジメと一緒なら問題ない」

 

「私もです!」

 

 ギルド職員は安堵したように頭を下げた。

 

「ありがとうございます。どうかお気をつけて」

 

 ハジメたちは依頼を受け、必要な物資を買い足した。

 

 食料、薬品、弾薬の材料、魔石。それから街道の地図と、周辺の魔物の情報。

 

 ハジメは必要なものを手際よく確認し、ユエは彼のそばを離れず、シアは荷物運びを率先して引き受けた。

 

「ハジメさん、これも買っていいですか?」

 

「何だ、それ」

 

「お肉の干物です!」

 

「食料だから構わんが、買いすぎるなよ」

 

「やったー!」

 

「……私も食べる」

 

「お前もか」

 

 そんなやり取りを交えながら、三人はフューレンを後にした。

 

 5D's――赤き竜の使徒。

 

 その名を掲げる三人は、次の目的地であるウルの町へ向かって進んでいく。

 

 彼らはまだ知らない。

 

 この町で、かつての仲間たちと再会することになるのを。

一方、その頃。

 

 ウルの町では、愛子が店の一角に座り、冷めかけた飲み物を前にして、何度目か分からないため息をついていた。

 

「清水君……いったい、どこへ行ってしまったんでしょう……」

 

 行方が分からなくなった教え子。

 

 清水がどこへ向かったのか、何を考えていたのか、どうして誰にも知らせず姿を消したのか。

 

 分からないことばかりだった。

 

 愛子にとって、生徒たちは誰一人として見捨てられない大切な存在だ。だからこそ、清水の行方が分からないという事実は、彼女の心に重くのしかかっていた。

 

「先生……きっと清水君は無事です。そう信じましょう」

 

 近くにいた生徒が、心配そうに声をかけた。

 

「……そうですね。ありがとうございます」

 

 愛子は微笑もうとした。

 

 けれど、不安は消えなかった。

 

 その時――店の入口から、外のざわめきが聞こえてきた。

 

 扉が開く音。

 

 客が入ってくる気配。

 

 そして、聞き覚えのある青年の声が、店内へと流れ込んでくる。

 

「……だから、必要な情報はギルドで聞いた。あとは現地で確認するだけだ」

 

 愛子はぴくりと反応した。

 

 その声。

 

 落ち着いていて、少しぶっきらぼうで、どこか懐かしい声。

 

「……え?」

 

 続いて、明るい少女の声が響いた。

 

「ハジメさん、早く座りましょうよ! 私、お腹が空きました!」

 

「……私も。ハジメ、隣」

 

「分かった、分かった。だから引っ張るな」

 

 愛子の目が大きく見開かれた。

 

「……南雲君?」

 

 彼女は勢いよく椅子から立ち上がった。

 

 椅子の脚が床をこすり、大きな音が響く。

 

「先生? どうしたんですか?」

 

「ご、ごめんなさい! ちょっと、確認してきます!」

 

 愛子は返事もそこそこに、声が聞こえた入口の方へと駆け出した。

 

 胸が早鐘のように鳴る。

 

 あの声が本当に南雲ハジメのものなら。

 

 彼が無事に生きているのなら。

 

 もしかしたら、清水の行方についても何か知っているかもしれない。

 

 そして何より――自分の教え子が、あの奈落から生還していたのだとしたら。

 

 愛子は店の奥から入口へと急ぎ、客席の間を抜けていく。

 

 やがて、入口近くに見覚えのある銀髪の青年と、彼の左右に寄り添う二人の少女の姿が見えた。

 

 黒い眼帯。

 

 機械仕掛けの左腕。

 

 その隣には、透き通るような金髪の少女と、白い髪を揺らす兎人族の少女。

 

 そして、三人の会話。

 

「ユエ、シア。まずは飯だ。その後、情報を整理する」

 

「……ん。ハジメと一緒に食べる」

 

「私もハジメさんの隣です!」

 

「お前ら、席くらい普通に決めろ……」

 

 間違いない。

 

 愛子の目に、驚きと安堵が一気にこみ上げる。

 

「南雲君……!」

 

 彼女は思わず、彼の名前を呼ぼうとした。

 

 しかし、声が喉につかえて、うまく出てこない。

 

 目の前にいるのは、確かに南雲ハジメだった。

 

 愛子は震える手を握りしめ、一歩踏み出す。

 

 ――再会の瞬間は、もう目の前だった。

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