「ありふれた遊戯王で世界最強」   作:武藤 桜

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第十八話「星屑の竜と地縛神――友達になりたかった少年」

「清水……なのか?」

 

 ハジメの口から、かすれた声が漏れた。

 

 ウルの町を包囲する無数の魔物。その軍勢の先頭に立つ黒衣の男は、かつてクラスメイトだった清水幸利そのものだった。

 

 しかし、その姿はあまりにも変わり果てていた。

 

 全身を覆う黒い衣装。顔に刻まれた不気味な紋様。背後に立ち上る、血のように赤黒い闇。そして、瞳の奥に宿る人間のものとは思えない光。

 

 彼の背後では、巨大な影がうごめいていた。

 

 それは、猿にも似た異形の神。

 

 大地に根を張るように広がった黒い翼。赤く光る眼。地面を揺るがすほどの巨体。その姿を目にした瞬間、愛子たちは本能的な恐怖に襲われた。

 

「せ、清水くん……どうして……」

 

 愛子が一歩、前へ出る。

 

 だが、ハジメは彼女の前に腕を伸ばし、制止した。

 

「先生、待ってください」

 

「でも、あれは清水くんよ! 私たちの生徒なの!」

 

「分かってます。だから、俺が行きます」

 

 ハジメは左目を覆う黒い眼帯に指を添えた。

 

 千年眼の奥で、赤黒い光が不気味に脈打っている。

 

 清水の魂に絡みつく、異質な闇。それは、単なる洗脳や精神操作とは違っていた。もっと根深く、魂そのものに食い込んでいる。

 

 隣に立つユエも、その異様さを察していた。

 

「……ハジメ。あの闇、普通じゃない」

 

「ああ。あいつの中にいる何かが、清水を縛りつけてる」

 

 シアは不安そうに愛子たちを振り返った。

 

「ハジメさん……清水さんは、助けられるんですよね?」

 

「助ける」

 

 ハジメは即答した。

 

「何が何でもな」

 

 そして、彼は清水へと視線を戻した。

 

「おい、清水! 聞こえてるか!」

 

 清水がゆっくりと顔を上げる。

 

 かつてのクラスメイトを見つめる瞳には、懐かしさも戸惑いもなかった。

 

 ただ、冷たい嘲笑だけが浮かんでいた。

 

「……南雲か。お前も俺の邪魔をしに来たんだな」

 

「邪魔だと?」

 

「そうだ。俺が手に入れた力を奪いに来たんだろう?」

 

 清水は片手を掲げた。

 

 その手に装着されているのは、禍々しい意匠のデュエルディスク。

 

「俺はもう、誰かの下で惨めな思いをする必要はない。俺は選ばれたんだ。地縛神に認められ、ダークシグナーとして生まれ変わった!」

 

 彼の背後で、巨大な影が咆哮した。

 

「《地縛神 コカパク・アプ》! これが俺の力だ!」

 

 大地が震え、魔物たちが一斉に雄叫びを上げる。

 

 愛子たちは言葉を失った。

 

「ダーク……シグナー……?」

 

 愛子が震える声で尋ねる。

 

「ハジメくん、清水くんは一体……」

 

「ダークシグナー。地縛神と呼ばれる邪神の力を与えられた存在です」

 

 ハジメは静かに説明した。

 

「奴らは闇の決闘を通して相手を倒し、その魂を闇に引きずり込む。普通の戦いとは違う。負けた人間は、命だけじゃなく魂まで奪われることがある」

 

「そ、そんな……!」

 

 クラスメイトの一人が顔を青ざめさせる。

 

「じゃあ、清水くんも……?」

 

「……ダークシグナーになった人間は、地縛神の力に魂を縛られている。本人の意思が残っていたとしても、闇に呑まれれば自分を見失っていく」

 

 ハジメは清水を見つめた。

 

「そして、ダークシグナーを救うには、その力の根源を打ち破るしかない。決闘で勝って、地縛神の呪縛を断ち切る」

 

「そんな……決闘で……?」

 

「ええ。だから、俺がやります」

 

 ハジメは遊星号にまたがった。

 

 青い車体が低く唸り、エンジンが力強く回転する。

 

「清水。お前をそのままにはしておけない」

 

「……俺に説教するつもりか?」

 

「違う」

 

 ハジメは首を横に振った。

 

「お前を連れ戻しに来たんだよ」

 

 一瞬だけ、清水の表情が揺らいだ。

 

 しかし、すぐに歪んだ笑みが戻る。

 

「笑わせるな! 俺はもう、昔の俺じゃない!」

 

「だったら、決闘で確かめてやる」

 

 ハジメはデュエルディスクを展開した。

 

「お前が本当に望んでいたものは何なのか。今のお前が、何を見失っているのか……俺自身の目で確かめてやる!」

 

 清水もまた、黒いデュエルディスクを構える。

 

「いいだろう、南雲! お前を倒して、俺が選ばれた存在だと証明してやる!」

 

 二人のDホイールが向かい合う。

 

 愛子は祈るように胸元で手を握り締めた。

 

「清水くん……お願い、戻ってきて……!」

 

 ハジメと清水は同時にアクセルを踏み込んだ。

 

「「ライディングデュエル――アクセラレーション!」」

 

 星屑の竜と地縛神。

 

 かつて同じ教室にいた二人の少年が、魂を懸けた決闘を始めた。

「俺のターン!」

 

 清水がカードを引く。

 

「俺は《インフェルニティ・デーモン》を召喚!」

 

 黒い炎をまとった悪魔が、清水のDホイールの横に現れた。

 

「さらに、俺の手札がゼロ枚の時、《インフェルニティ・デーモン》の効果発動! デッキから《インフェルニティ・ネクロマンサー》を手札に加える!」

 

「手札をゼロ枚にすることで真価を発揮するデッキ……」

 

 ハジメは相手の動きを見極める。

 

 インフェルニティ。

 

 手札を空にすることで、墓地のカードを次々と蘇生し、シンクロ召喚を連鎖させる戦術。

 

 それは、手札という安全地帯を自ら捨てることで、墓地を無限の戦場へと変えるデッキだった。

 

「俺は《インフェルニティ・ネクロマンサー》を召喚! さらに、墓地の《インフェルニティ・デーモン》を蘇生する!」

 

 次々とモンスターが現れる。

 

「レベル3のチューナー、《インフェルニティ・ビートル》に、レベル4の《インフェルニティ・デーモン》をチューニング!」

 

 黒い輪が広がり、二体のモンスターが闇へと沈んでいく。

 

「闇より生まれし無限の亡者よ! 終わりなき輪廻の中で、敵を葬れ!」

 

「ダークシンクロ召喚!」

 

 地面から、漆黒の竜が這い上がるように姿を現した。

 

「《ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン》!」

 

 その身体には無数の眼が開き、見つめられた者の心を抉るような不気味な光を放っている。

 

「これが俺の力だ、南雲! 闇に堕ちた者は、何度でも蘇る!」

 

 清水がカードを掲げる。

 

「《ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン》の効果発動! 墓地の闇属性モンスターの効果を得る!」

 

 漆黒の竜の眼が一斉に開いた。

 

「そして、俺は墓地のカードを利用して、さらなる展開を行う!」

 

 インフェルニティの連鎖が始まった。

 

 墓地から蘇るモンスター。次々に発動する効果。黒い炎が渦巻き、闇のシンクロ召喚が連続していく。

 

 ハジメは防御を重ねながら、相手の展開を見つめていた。

 

 その先にあるものが分かっていたからだ。

 

「……地縛神を呼ぶつもりか」

 

「その通りだ!」

 

 清水が高らかに笑う。

 

「俺はフィールド魔法《ダーク・シティ》を発動! そして、闇の生け贄を捧げる!」

 

 地面に黒い紋様が広がる。

 

 空が暗転し、町の上空に巨大な影が浮かび上がった。

 

「大地に眠る邪神よ! 俺に逆らう愚か者を、その力で踏み潰せ!」

 

 清水が右手を振り下ろす。

 

「降臨しろ! 《地縛神 コカパク・アプ》!」

 

 地鳴りとともに、巨大な邪神が完全な姿を現した。

 

 その圧倒的な存在感に、愛子たちが思わず後ずさる。

 

「ハジメくん……!」

 

 愛子の声が届く。

 

 だが、ハジメは視線を逸らさなかった。

 

「……清水。そんなものに頼らなきゃ、自分を認めさせられないのか?」

 

「黙れ!」

 

 清水が怒鳴った。

 

「俺はもう、誰にも見下されない! 誰にも笑われない! 俺は特別な存在なんだ!」

 

「……そうかよ」

 

 ハジメは静かにカードを引いた。

 

「なら、俺のデッキでお前のその思い込みをぶっ壊してやる」

「俺のターン!」

 

 ハジメは手札を確認し、一枚のカードを取り出した。

 

「俺は《ジャンク・フォアード》を特殊召喚!」

 

 青い装甲をまとった戦士が、遊星号の横に姿を現す。

 

「さらに、通常召喚! 《ジャンク・シンクロン》!」

 

 小さな機械戦士が現れ、ハジメの墓地へと手を伸ばす。

 

「《ジャンク・シンクロン》の効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスター、《スピード・ウォリアー》を特殊召喚する!」

 

 墓地から戦士が蘇る。

 

「レベル3のチューナー、《ジャンク・シンクロン》に、レベル3の《ジャンク・フォアード》とレベル2の《スピード・ウォリアー》をチューニング!」

 

 三体のモンスターが光の輪へと変わり、青白い星屑が空へ舞い上がる。

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす! 光差す道となれ!」

 

 ハジメの声が、戦場に響き渡った。

 

「シンクロ召喚! 《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 銀白色の竜が翼を広げる。

 

 星の光が闇を切り裂き、その咆哮が地縛神の唸りを押し返した。

 

「……来たか、スターダスト・ドラゴン!」

 

 清水は一瞬だけ顔を歪めた。

 

「だが、そんな竜で俺の地縛神に勝てると思うな!」

 

「勝てるかどうかは、これから決まる」

 

 ハジメは遊星号を加速させた。

 

 清水がカードを掲げる。

 

「《地縛神 コカパク・アプ》で攻撃! ダイレクトアタック!」

 

 邪神が咆哮し、黒い衝撃波を放つ。

 

「くっ……!」

 

 ハジメのライフが削られ、衝撃で遊星号の車体が揺れた。

 

「どうした、南雲! 俺を止めるんじゃなかったのか!」

 

「……まだだ!」

 

 ハジメはハンドルを握り直す。

 

 その目は、清水から離れなかった。

 

「なあ、清水」

 

「何だ!」

 

「お前、本当は何が欲しかったんだ?」

 

「……は?」

 

「特別な力か? 誰も逆らえない立場か? 誰かを見下して、自分が上だって思えることか?」

 

 ハジメは続ける。

 

「本当に、それが欲しかったのかよ」

 

「うるさい!」

 

 清水の声が荒々しくなる。

 

「俺のことを何も知らないくせに、分かったようなことを言うな!」

 

「知ってるさ。全部じゃないけどな」

 

 ハジメは苦い笑みを浮かべた。

 

「俺だって、元の世界じゃ大した人間じゃなかった。教室の隅で笑って、周りに合わせて、何でもないふりをしてた。自分が傷つかないように、他人と距離を取ってたこともある」

 

 清水の表情が一瞬だけ止まる。

 

「……だから何だ」

 

「お前が、どんな気持ちで毎日を過ごしていたのか。俺には全部は分からない」

 

 ハジメは真っ直ぐに清水を見た。

 

「でもな。俺は、お前が本当に欲しかったものは、特別な力なんかじゃなかったんじゃないかって思ってる」

 

「……黙れ」

 

「本当は、ただ友達が欲しかっただけじゃないのか?」

 

 その言葉が、清水の胸に突き刺さった。

 

 Dホイールのエンジン音だけが、二人の間を流れていく。

 

「……違う」

 

 清水は小さく呟いた。

 

「俺は……俺は特別になりたかったんだ」

 

「どうして?」

 

「それは……!」

 

 言葉が詰まる。

 

 清水の脳裏に、元の世界での記憶が蘇った。

 

 教室で笑い合うクラスメイトたち。

 

 その輪の外側にいる自分。

 

 何かを話しかけようとして、結局やめた放課後。

 

 誰かに認められたい。自分にも価値があると思いたい。誰かにとって、特別な存在になりたい。

 

 その願いは、いつしか歪んでいった。

 

 他人より優れていれば、見下されない。

 

 力を持てば、誰も自分を無視できない。

 

 誰もが自分を恐れ、認め、従うようになれば――孤独を感じずに済む。

 

 そう思い込んでいた。

 

 だが、本当にそうだったのか。

 

 清水の胸の奥で、長い間押し殺していた感情が揺れ動いた。

 

「……俺は……」

 

 声が震える。

 

「俺は、ただ……」

 

 言葉にならない。

 

 それでも、ハジメは待った。

 

 清水が自分自身の言葉を見つけるまで。

 

「……友達が……」

 

 清水の瞳が揺れる。

 

「友達が、欲しかった……だけ、なのか……?」

 

 その瞬間、彼の表情から憎悪が消えた。

 

 代わりに浮かんだのは、どうしようもない悲しみだった。

 

「俺は……誰かに認めてほしかった。誰かに、俺のことを見てほしかった……」

 

 清水は自分の手を見つめた。

 

「なのに……俺は……何を……」

 

 彼の背後で、コカパク・アプが不気味に身じろぎした。

 

 赤黒い鎖のような闇が、清水の身体へと食い込む。

 

「……ぐっ!」

 

「清水!」

 

「黙れ……黙れ、黙れ、黙れ!」

 

 清水が頭を抱えた。

 

「俺は弱くなんかない! 俺は特別なんだ! 俺は……俺は……!」

 

 その声が、少しずつ別の声に変わっていく。

 

 地縛神の咆哮が、彼の心を塗り潰していく。

 

『――力を求めたのは、お前自身だ』

 

 誰のものとも知れない声が、清水の頭の中に響いた。

 

『――弱い自分を認めたくないのだろう?』

 

「違う……!」

 

『――友など不要。お前を見下す者を支配しろ。お前を無視した者に、己の力を思い知らせろ』

 

「やめろ……!」

 

『――お前は選ばれた。もう孤独ではない。地縛神こそがお前の友だ』

 

「やめろおおおおっ!」

 

 清水が叫ぶ。

 

 だが、その声は次第に歪んでいった。

 

 彼の瞳から光が消える。

 

 地縛神の紋様が、顔の半分を覆い尽くした。

 

「……そうだ。俺は、特別なんだ」

 

 清水は再び顔を上げた。

 

「友達なんかいらない。俺を認めない奴らなんて、全員……!」

 

「……清水」

 

 ハジメは唇を噛み締めた。

 

 今、確かに届いた。

 

 清水の本音に。

 

 彼自身が認めることを恐れていた、孤独と寂しさに。

 

 けれど、地縛神の呪縛はそれすら許さなかった。

 

「……だったら、なおさらだ」

 

 ハジメはデッキに手をかけた。

 

「俺が、お前を引きずり戻してやる!」

「俺のターン!」

 

 清水がカードを引いた。

 

「俺は墓地の《インフェルニティ・ネクロマンサー》の効果を発動! 墓地のインフェルニティを蘇生する!」

 

 黒い炎が渦巻き、倒されたはずのモンスターたちが次々と戦場へ戻ってくる。

 

「さらに、《インフェルニティ・ミラージュ》の効果発動! 墓地のインフェルニティを二体、特殊召喚!」

 

 清水の周囲に、闇のモンスターが並んでいく。

 

 彼の手札はゼロ枚。

 

 その代わり、墓地から尽きることなく力を引き出していた。

 

「これが俺の無限の力だ! 終わりなき闇の中で、永遠に苦しめ!」

 

 黒い光が地面を走り、再びダークシンクロの紋様を描く。

 

「レベルを持たぬ闇の亡者よ! 深淵の底から這い上がり、星の光を喰らえ!」

 

 漆黒の竜が再び姿を現す。

 

 その背後では、地縛神が翼を広げていた。

 

「《ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン》で攻撃!」

 

 無数の眼から、黒い光線が放たれる。

 

 スターダスト・ドラゴンが翼を広げ、ハジメを守るように飛び立った。

 

「スターダスト!」

 

 銀白色の竜が攻撃を受け止める。

 

 しかし、闇の勢いは凄まじかった。

 

 スターダスト・ドラゴンの身体が押し戻され、星屑の光が散っていく。

 

「無駄だ、南雲! お前の竜では、俺の闇を打ち破れない!」

 

「……違うな」

 

 ハジメは静かに答えた。

 

「俺の竜は、俺一人のために戦ってるわけじゃない」

 

「何だと?」

 

「俺には、ユエがいる。シアがいる。先生がいる。俺を信じてくれる仲間がいる」

 

 ハジメは、後方にいる仲間たちを一瞬だけ振り返った。

 

 ユエは唇を引き結び、彼を見つめている。

 

 シアは涙を堪えながら、両手を胸の前で握っていた。

 

 愛子たちもまた、祈るように決闘を見守っている。

 

「俺は、誰かに認めてもらうためだけに戦ってるんじゃない。大切な奴らを守りたいから戦ってるんだ」

 

 ハジメは清水へ向き直った。

 

「お前も、そうなれるはずだったんだ。いや、今からだって遅くない!」

 

「黙れええええっ!」

 

 清水が叫び、コカパク・アプが大きく腕を振り上げた。

 

「地縛神の力を思い知れ! 《地縛神 コカパク・アプ》でダイレクトアタック!」

 

 邪神の拳が黒い衝撃波を放つ。

 

 ハジメのライフポイントがさらに削られた。

 

 遊星号が激しく揺れ、ハジメの身体がハンドルから浮きかける。

 

「ハジメ!」

 

 ユエの叫びが響いた。

 

 ハジメは歯を食いしばり、何とか体勢を立て直す。

 

「……まだ、だ……!」

 

 身体中が痛む。

 

 息が苦しい。

 

 だが、彼はデッキから目を逸らさなかった。

 

 清水を救う。

 

 その決意だけは、何があっても揺らがない。

 

「俺のターン……!」

 

 ハジメはカードを引いた。

 

 そして、そのカードを見た瞬間、静かに息を吐いた。

 

「……そうか。お前も、ここで力を貸してくれるのか」

 

 ハジメは墓地へ視線を落とす。

 

「俺は墓地の《ジャンク・シンクロン》の効果で、《スピード・ウォリアー》を特殊召喚!」

 

 戦士が再び立ち上がる。

 

「さらに、《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》を召喚!」

 

 小さな竜が、星の光をまとって姿を現した。

 

 清水の表情が歪む。

 

「またシンクロ召喚か! 何度やろうと無駄だ!」

 

「いいや。ここからが本当の勝負だ」

 

 ハジメはフィールドのモンスターを見渡した。

 

「レベル1のチューナー、《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》に、レベル8の《スターダスト・ドラゴン》、そしてレベル1の《スピード・ウォリアー》をチューニング!」

 

 星屑の竜が翼を大きく広げた。

 

 その身体が光の粒子へと変わり、救世竜と戦士の光が一つになっていく。

 

 星が集う。

 

 光が重なる。

 

 暗黒の空に、一筋の輝く道が開かれた。

 

「集いし星が、奇跡の竜を呼び覚ます!」

 

 ハジメの声が、戦場の隅々まで響き渡る。

 

「光差す道となれ!」

 

 銀白色の光が爆発した。

 

「シンクロ召喚!」

 

 その姿を見た瞬間、愛子たちは息を呑んだ。

 

 白銀の翼を広げた、神々しい竜。

 

 星屑の輝きを全身にまとい、闇に覆われた空を照らす存在。

 

「《セイヴァー・スター・ドラゴン》!」

 

 竜の咆哮が轟いた。

 

 コカパク・アプの唸りが、初めて怯えたように揺らいだ。

 

「な……何だ、その竜は……!」

 

 清水の声が震える。

 

「俺の切り札だ」

 

 ハジメは力強く告げた。

 

「闇に飲まれた心を照らすための、最後の希望だ!」

 

5.星屑の奇跡――友達になろう

 

「《セイヴァー・スター・ドラゴン》の効果発動!」

 

 ハジメが宣言する。

 

「相手モンスターの効果を無効にし、その力を得る!」

 

 セイヴァー・スター・ドラゴンが翼を広げ、清水のフィールドを包み込むように光を放った。

 

「何っ……!?」

 

 コカパク・アプの身体を覆っていた黒い紋様が、光に照らされて浮かび上がる。

 

 地縛神を守っていた邪悪な力が、一瞬だけ揺らいだ。

 

「馬鹿な……地縛神の力が……!」

 

「お前が地縛神を操ってるんじゃない」

 

 ハジメは清水を見つめた。

 

「地縛神に、お前が操られてるんだ!」

 

「違う! 俺は……俺は……!」

 

 清水が頭を抱える。

 

 その身体から、黒い霧が噴き出した。

 

 霧の奥から、いくつもの声が響く。

 

『力を失えば、お前は再び孤独になる』

 

『誰もお前を見ない』

 

『誰もお前を必要としない』

 

『お前は一人だ』

 

「やめろ……!」

 

 清水の声が震える。

 

「俺は……俺はもう……!」

 

 ハジメはアクセルを踏み込み、清水のDホイールに並んだ。

 

「清水! 聞け!」

 

 清水が顔を上げる。

 

「お前が何をしてきたか、俺は全部許せるわけじゃない。冒険者たちを傷つけたことも、先生たちを悲しませたことも、なかったことにはできない!」

 

「……っ!」

 

「だけどな!」

 

 ハジメの声が強くなる。

 

「それでも、お前がやり直したいって思うなら、俺はお前を見捨てない!」

 

 清水の瞳が揺れた。

 

「お前が自分を嫌いになったって、周りの奴らを信じられなくなったって……それでも、ここから先を変えることはできる!」

 

「……南雲……」

 

「俺は、お前と友達になりたい!」

 

 その言葉に、清水の表情が凍りついた。

 

「……え?」

 

「聞こえなかったか? 俺は、お前と友達になりたいって言ったんだ!」

 

 ハジメは、まっすぐに清水を見つめた。

 

「お前が欲しかったものを、今度はちゃんと自分の手で掴めよ。誰かを支配するんじゃなく、誰かに認めさせるんでもなく……お前自身が、誰かと向き合うんだ!」

 

「……俺は……」

 

 清水の目から、一筋の涙がこぼれた。

 

「俺は……お前たちを……」

 

 その先の言葉は、黒い霧に呑まれた。

 

『黙れ!』

 

 地縛神の声が、空間を震わせる。

 

『人間の友情など、脆弱な幻想にすぎぬ!』

 

 コカパク・アプが両腕を広げた。

 

 清水の身体が黒い鎖に縛られ、地面から持ち上げられる。

 

「ぐあああああっ!」

 

「清水!」

 

「俺は……俺は、友達が……欲しかった……!」

 

 清水の声が、悲痛な叫びとなって響いた。

 

「誰かに……俺のことを、見てほしかった……! 俺のことを……認めてほしかった……!」

 

 彼は涙を流しながら、必死に抵抗する。

 

「なのに……俺は……! こんな力を手に入れて……! こんなことをして……!」

 

 その言葉が、黒い鎖にかき消される。

 

 地縛神の呪縛は、彼の本音を再び押し潰そうとしていた。

 

「もう……やめてくれ……!」

 

 清水の声が震えた。

 

「俺は……俺は、こんなことをしたかったんじゃない……!」

 

 ハジメは、歯を食いしばった。

 

「……なら、最後まで自分の心を手放すな!」

 

 セイヴァー・スター・ドラゴンが咆哮する。

 

 その輝きは、地縛神の闇を押し返していた。

 

「《セイヴァー・スター・ドラゴン》で、《地縛神 コカパク・アプ》の効果を無効にする!」

 

 光が邪神を包み込む。

 

 コカパク・アプの巨大な身体を覆っていた黒い紋様が砕け散った。

 

「馬鹿なああああっ!」

 

 清水の口から、彼自身のものではない声が響いた。

 

「人間ごときが! 我が力を否定するなど!」

 

「人間ごときで悪かったな!」

 

 ハジメは遊星号をさらに加速させた。

 

「俺たちは、弱くて、間違えて、傷ついて……それでも、やり直すことができるんだよ!」

 

 セイヴァー・スター・ドラゴンが翼を大きく広げる。

 

 その輝きが、黒い空を切り裂いた。

 

「行け、セイヴァー・スター・ドラゴン!」

 

 星屑の竜が一直線に飛翔する。

 

 その光は、地縛神の巨体を貫いた。

 

「ぐおおおおおおおおっ!」

 

 コカパク・アプが絶叫する。

 

 巨大な身体に亀裂が走り、黒い翼が崩れ落ちていく。

 

 大地を覆っていた闇が、音を立てて砕け散った。

 

「そんな……俺の……俺の力が……!」

 

 清水のDホイールが大きく揺れた。

 

 彼のライフポイントがゼロになる。

 

 決闘の勝者は、南雲ハジメ。

 

 そして、地縛神の呪縛が――ついに砕かれた。

「……清水!」

 

 ハジメはDホイールを寄せ、清水のマシンが倒れないように支えた。

 

 清水はゆっくりと地面へ降りると、その場に膝をついた。

 

 身体を覆っていた黒衣が、灰のように崩れ始めている。

 

 顔に刻まれていた紋様も、少しずつ消えていった。

 

「……あ、あれ……?」

 

 清水は自分の手を見つめた。

 

「俺は……何を……?」

 

 記憶が戻ってくる。

 

 冒険者たちを襲ったこと。

 

 ティオを操り、町を脅かしたこと。

 

 自分の力を誇示するために、何の罪もない人々を傷つけたこと。

 

 そして、その背後にいた地縛神の声。

 

 清水は、震える手で顔を覆った。

 

「……俺が……やったのか……?」

 

 誰も、すぐには答えられなかった。

 

 清水の肩が震える。

 

「俺は……俺は、何てことを……!」

 

 彼は地面に額をつけた。

 

「ごめん……ごめんなさい……!」

 

 その声は、先ほどまでの傲慢なものとは違っていた。

 

 ただ、自分の罪を知った一人の少年の、どうしようもない後悔だった。

 

「俺は……みんなを傷つけた……。先生も、クラスのみんなも……知らない人たちまで……!」

 

 愛子が一歩踏み出す。

 

「清水くん……」

 

「来ないでください、先生……!」

 

 清水は顔を上げた。

 

 涙で濡れた目が、愛子を見つめる。

 

「俺は……許されるようなことをしていません……! 俺は、自分が惨めなのが嫌で……誰かに認められたくて……そのために、こんなことを……!」

 

 言葉が途切れる。

 

「……俺は、ずっと……誰かと友達になりたかっただけなのに……」

 

 その瞬間、清水の身体が大きく揺らいだ。

 

 黒い粒子が、足元から舞い上がっていく。

 

 ハジメの表情が変わった。

 

「……おい、清水。それは……!」

 

 清水自身も、自分の身体を見下ろした。

 

 指先が、光を帯びた灰となって崩れていく。

 

「……そうか」

 

 彼は、どこか納得したように笑った。

 

「これが……ダークシグナーの末路、か……」

 

 地縛神に魂を捧げ、闇の力に縛られた者。

 

 その呪縛が解かれたとき、残されたものが必ずしも救済とは限らない。

 

 清水は、自分がどこへ向かおうとしているのかを理解した。

 

「……俺、消えるんだな」

 

「清水!」

 

 ハジメが彼の肩を掴もうとした。

 

 だが、指先はすり抜けるように、灰へ触れた。

 

「待てよ……! まだ話が終わってねえだろ! お前、これからやり直すんだろうが!」

 

「……南雲」

 

 清水は静かに笑った。

 

「お前、さっき言ったよな。俺と……友達になりたいって」

 

「ああ。だから――」

 

「……嬉しかった」

 

 清水の声が震えた。

 

「本当に……嬉しかったんだ」

 

 彼は涙を拭おうとした。

 

 しかし、その手もまた、風に散る灰へと変わっていた。

 

「俺……ずっと、誰かにそう言ってほしかったんだ。特別だとか、すごい奴だとか……そんな言葉じゃなくて……」

 

 清水はハジメを見つめた。

 

「ただ……友達になろうって……。それだけで、よかったんだ……」

 

 ハジメは唇を噛み締めた。

 

「だったら、これからだろ……! 俺が、お前の友達になってやる。ユエも、シアも……先生だって、みんなだって……!」

 

「……うん」

 

 清水は、幼い子供のように笑った。

 

「……ありがとう、南雲」

 

 そして、彼は愛子たちへ視線を向けた。

 

「先生……みんな……ごめんなさい」

 

 愛子の目から、涙が溢れた。

 

「清水くん……」

 

「俺、みんなにひどいことをしました。自分のことしか考えなくて……自分が傷つくのが嫌で……誰かを傷つける側になれば、もう傷つかずに済むと思ってた……」

 

 清水は、ゆっくりと頭を下げた。

 

「本当に……ごめんなさい」

 

 愛子は涙を拭い、彼の前に膝をついた。

 

「……清水くん。先生は、あなたがしたことを、なかったことにはできないわ」

 

「……はい」

 

「あなたが傷つけた人たちの痛みも、きっと簡単には消えない。だから、もしやり直せるなら、これからは自分のしたことから逃げずに生きてほしいと思っていたの」

 

 愛子の声が震える。

 

「でも……もう、あなたには……」

 

 最後まで言葉にできなかった。

 

 清水は小さく首を横に振る。

 

「……先生。俺、もう十分です」

 

「清水くん……!」

 

「先生は、いつも俺たちのことを気にかけてくれた。俺が勝手に、周りを見ないようにしてただけで……本当は、ずっと……」

 

 清水は、涙を流しながら笑った。

 

「……ありがとうございました」

 

 クラスメイトたちも、次々に声を上げた。

 

「清水……!」

 

「帰ってきてほしかったよ……!」

 

「お前、馬鹿だよ……本当に……!」

 

 誰も、清水を責め立てようとはしなかった。

 

 もちろん、彼が犯した罪を忘れたわけではない。

 

 ただ、最後の瞬間まで、彼を一人きりにはしたくなかった。

 

 清水は、一人ひとりの顔を見つめた。

 

「……俺、みんなのこと……嫌いになりたかったわけじゃなかったんだ」

 

 その声は、風に消えそうなほど小さかった。

 

「本当は……みんなと、普通に話したかった。一緒に笑いたかった……」

 

 彼はハジメへ向き直る。

 

「南雲……お前が、あの時……俺の本音を聞いてくれて……よかった」

 

「……清水」

 

「俺、最後に……自分が何を望んでたのか、分かったから」

 

 清水の身体は、もう胸元まで灰になっていた。

 

 それでも彼は、最後の力を振り絞るように言った。

 

「……ありがとう。俺と……友達になろうって言ってくれて」

 

 ハジメは、必死に笑顔を作ろうとした。

 

 だが、うまくいかなかった。

 

「……当たり前だろ。俺たち、同じクラスだったんだからよ」

 

「……そう、だったな」

 

 清水は、懐かしむように目を細めた。

 

「……もっと早く、話せばよかったな」

 

 風が吹いた。

 

 清水の身体が、ゆっくりと光の粒子へ変わっていく。

 

「……先生。みんな……元気で……」

 

 そして最後に、彼はハジメへ笑いかけた。

 

「……友達に、なってくれて……ありがとう」

 

 その言葉を最後に。

 

 清水幸利の身体は、無数の灰となって空へ舞い上がった。

 

 風に乗った粒子は、夕暮れの空へと溶けていく。

 

 そこにはもう、黒衣の少年の姿はなかった。

 

 ただ、彼が最後に浮かべた笑顔だけが、ハジメたちの胸に残っていた。

 

誰も、しばらく動けなかった。

 

 ハジメは、清水が消えた場所を見つめたまま、拳を握り締めていた。

 

「……くそっ」

 

 声が震える。

 

「……何でだよ。何で、最後まで……」

 

 救いたかった。

 

 友達になりたかった。

 

 ようやく本音を聞き出せたのに。

 

 ようやく、彼自身が自分の心を認めたのに。

 

 それでも、間に合わなかった。

 

 ハジメの肩に、そっと手が置かれた。

 

 ユエだった。

 

「……ハジメ」

 

「……ユエ」

 

「あなたは、清水を一人にしなかった」

 

 ユエは静かに言った。

 

「最後に、あの人は笑っていた。あなたの言葉が、届いたから」

 

 シアも、涙を拭いながら頷いた。

 

「……はい。清水さん、最後は……すごく穏やかな顔をしていました」

 

「……そう、か」

 

 ハジメは目を閉じた。

 

 清水を救えなかった悔しさは消えない。

 

 だが、彼が最後に自分の本心を見つけられたことまで、否定したくはなかった。

 

 その時、愛子がハジメの前へ歩み寄った。

 

「……ハジメくん」

 

「先生……」

 

 愛子は、涙で濡れた顔のまま頭を下げた。

 

「ありがとう。清水くんと、最後まで向き合ってくれて」

 

「……俺は、何もできませんでした」

 

「いいえ」

 

 愛子は、ゆっくりと首を横に振った。

 

「清水くんは、最後に自分の本当の気持ちを話してくれた。自分が何を間違えたのかも、ちゃんと分かっていた。あなたが諦めずに話しかけてくれたからよ」

 

「……でも、あいつは……」

 

「ええ。戻ってきてほしかった」

 

 愛子の声が涙に詰まる。

 

「これから、やり直してほしかった。みんなと一緒に、もう一度……普通の毎日を過ごしてほしかった……」

 

 彼女は、清水が消えた場所を見つめた。

 

「……それでも、最後にあの子の本当の気持ちを聞けてよかった。あの子は、ずっと一人で苦しんでいたのね」

 

 愛子は、ハジメへ向き直った。

 

「だから……ありがとう」

 

 ハジメは、しばらく黙っていた。

 

 やがて、深く息を吐く。

 

「……先生。俺は、あいつがしたことを簡単に許せるわけじゃありません」

 

「ええ」

 

「でも……あいつが本当は、誰かと笑いたかっただけだってことは、忘れたくない」

 

 ハジメは、清水が消えた空を見上げた。

 

「もし、もう一度会えるなら……今度こそ、ちゃんと話をしたいです」

 

 愛子は、静かに頷いた。

 

「……そうね」

 

 彼女は涙を拭った。

 

「私も、そう思うわ」

 

 その場にいたクラスメイトたちも、それぞれに顔を伏せ、涙を拭っていた。

 

 清水の罪は消えない。

 

 彼が傷つけた人々の痛みも、消えない。

 

 それでも、彼が最後に見つけた本心だけは、誰にも否定できなかった。

 

 友達が欲しかった。

 

 誰かと一緒に笑いたかった。

 

 ただ、それだけだったのだ。

清水との決闘から数日後。

 

 ウルの町では、魔物の襲撃によって破壊された建物の修復と、負傷者の治療が続いていた。

 

 ハジメたちは冒険者ギルドへの報告を終え、フューレンへ戻る準備を進めていた。

 

 荷物をまとめていたハジメのもとへ、黒髪の女性が近づいてくる。

 

「南雲ハジメ殿」

 

「……ティオか」

 

 竜人族の女性、ティオ・クラルス。

 

 以前、彼女は何者かに操られ、冒険者たちを襲っていた。ハジメとのライディングデュエルによって正気を取り戻したものの、その後の戦いでも自分の力が悪用された事実を知り、深く責任を感じていた。

 

 ティオは真剣な表情で頭を下げる。

 

「まずは、改めて礼を言わせてほしい。私を操っていた呪縛を解き、正気に戻してくれたこと……本当に感謝している」

 

「礼ならもう聞いた。頭を上げろよ」

 

「いや、そういうわけにはいかぬ。私は己の力を過信し、他者を傷つけた。操られていたとはいえ、私が行ったことの責任まで消えるわけではない」

 

 ティオは拳を握り締めた。

 

「被害に遭った者たちには、できる限りの償いをしたい。そして、二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、自分を鍛え直したいのだ」

 

 ハジメは彼女の顔を見つめた。

 

「……それで、俺たちに何の用だ?」

 

「頼みがある」

 

 ティオは一度息を吸い、真っ直ぐにハジメを見た。

 

「私も、お主たちの旅に同行させてほしい」

 

「……は?」

 

 ハジメが目を細める。

 

 隣で荷物を整理していたシアも、思わず手を止めた。

 

「ええっ!? ティオさんも一緒に来るんですか!?」

 

「うむ。私には、まだ知らぬことが多い。自分の力をどう使うべきなのかも、今回の件で改めて考えさせられた」

 

 ティオは自分のデュエルディスクに目を落とした。

 

「私は《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の力を受け継いでいる。強大な力を持つ竜だ。だが、力が強いだけでは、守れるものも守れぬのだと痛感した」

 

 彼女の脳裏に、操られていた間の記憶が蘇る。

 

 自分の意思とは関係なく振るわれた力。

 

 傷ついた冒険者たち。

 

 そして、正気に戻った自分を責めるように見つめた人々の目。

 

「私は、己の竜の力を正しく扱えるようになりたい。お主たちの旅に加わり、その方法を学ばせてほしいのだ」

 

 ハジメはしばらく黙っていた。

 

 ティオは実力者だ。戦力としては申し分ない。

 

 だが、彼女を仲間に加えるということは、彼女が起こした事件の責任や、今後降りかかる危険も共に背負うことになる。

 

 それでも、ハジメは彼女の目を見て、一つだけ確認した。

 

「ティオ。お前は、俺たちについてくることで罪を償ったつもりになるんじゃないだろうな?」

 

「……!」

 

「旅に同行したからって、被害に遭った奴らが受けた傷が消えるわけじゃない。俺たちと一緒に戦ったからって、過去がなかったことになるわけでもない」

 

 ハジメは厳しい声で続ける。

 

「それでも、お前は自分のしたことと向き合い続けられるのか?」

 

 ティオは目を伏せた。

 

 そして、すぐに顔を上げる。

 

「無論だ。私は自分の罪を忘れぬ。償えることがあるならば、逃げずに向き合う。たとえ、どれほど時間がかかろうとも」

 

「……そうか」

 

 ハジメは小さく息を吐いた。

 

「なら、好きにしろ」

 

「……よいのか?」

 

「ただし、勝手な行動はするな。何かあったら相談しろ。あと、俺たちの旅は観光旅行じゃねえぞ」

 

「承知した!」

 

 ティオの顔がぱっと明るくなる。

 

「このティオ・クラルス、必ずやお主たちの力となろう!」

 

「お、おお……思ったより勢いがあるな」

 

 シアが少し引き気味に呟いた。

 

 その横で、ユエはティオをじっと見つめていた。

 

「……ハジメ。仲間にするのはいいけど、変なことをしたらすぐに追い出す」

 

「ユエ殿、心配は無用だ! 私は仲間に迷惑をかけるつもりなど――」

 

「……本当に?」

 

「う、うむ!」

 

 ティオが背筋を伸ばす。

 

 しかし、ユエの視線はしばらく彼女から離れなかった。

 

 シアは二人を見比べ、慌てて笑顔を作る。

 

「ま、まあまあ! 仲間が増えるのはいいことですよ! ティオさん、これからよろしくお願いしますね!」

 

「うむ! こちらこそ、よろしく頼む!」

 

 ティオはシアへ向き直り、深々と頭を下げた。

 

 こうして、ティオ・クラルスはハジメたちの旅に同行することになった。

 

 紅蓮の竜を受け継ぐ者が、星屑の竜とその仲間たちの一員となった瞬間だった。

出発前、ハジメはティオを町の外へ連れ出した。

 

「……さて。同行するなら、もう一つ確認しておきたいことがある」

 

「何だ?」

 

「お前のデッキだ」

 

 ハジメは自分のデュエルディスクを起動する。

 

「お前が使う《レッド・デーモンズ・ドラゴン》。あの竜は強力だ。だが、強力だからこそ、使い方を間違えれば自分自身を追い詰めることになる」

 

 ティオは静かに頷いた。

 

「……ああ。私も、今回のことで身に染みて分かった」

 

「なら、これからはデュエルも訓練の一環だ。俺もお前の戦い方を見ておきたい」

 

 ハジメはデッキを構えた。

 

「もう一度、俺とデュエルするか?」

 

 ティオの瞳に、戦士としての光が戻った。

 

「望むところだ!」

 

 彼女はデュエルディスクを構え、カードを引き抜く。

 

「次こそは、お主のスターダスト・ドラゴンを打ち破ってみせよう!」

 

「へえ。言うじゃねえか」

 

 二人の間に、穏やかな緊張感が生まれた。

 

 その様子を、少し離れた場所からユエとシアが見守る。

 

「……ハジメ、また無茶をしないでね」

 

「分かってるよ」

 

「ハジメさん、ティオさんに負けないでくださいね!」

 

「お前らな……」

 

 ハジメは苦笑した。

 

 そして、ティオへ向き直る。

 

「ただし、今日の目的は勝ち負けだけじゃない。自分の力を知ること。相手の力を認めること。それを忘れるな」

 

「……心得た」

 

 ティオは力強く頷いた。

 

 彼女の背後に、紅蓮の竜の幻影が浮かび上がる。

 

 その竜は、かつてのように破壊だけを求める姿ではなかった。

 

 強大な力を持ちながらも、その力をどう使うかを問い続ける竜。

 

 そして、ハジメの背後には、銀白色の星屑の竜が静かに翼を広げていた。

 

 星屑と紅蓮。

 

 二体の竜は、互いを認め合うように咆哮を交わした。

 

 その日、ティオは自分の過ちを背負ったまま、前へ進むことを決めた。

 

 罪を忘れるためではない。

 

 罪に押し潰されるためでもない。

 

 同じ過ちを繰り返さず、自分の力で誰かを守れるようになるために。

 

 そしていつか、かつて傷つけてしまった人々にも、胸を張って向き合えるようになるために。

ウルの町を出発する朝。

 

 ハジメは遊星号にまたがり、ユエはブラッディー・キッスへ、シアはバウンサーラビットへ乗り込んだ。

 

 そして、その後ろにはティオの姿があった。

 

「……本当に一緒に来るんだな」

 

 ハジメが振り返る。

 

「今さら何を言う。同行を許したのはお主だろう」

 

「いや、そうなんだけどな」

 

 ティオは胸を張った。

 

「私は約束した。お主たちの仲間として行動し、己の力を磨き、必要な時には全力で助力するとな!」

 

「……うん。頼りにしてる」

 

 ユエが短く答えた。

 

 ティオは少し意外そうに目を瞬かせる。

 

「ユエ殿……?」

 

「……仲間なら、信じる。だけど、裏切ったら許さない」

 

「……ああ。決して裏切らぬ」

 

 ティオは真剣な顔で頷いた。

 

 シアは笑顔で手を振る。

 

「それじゃあ、出発しましょう! フューレンまで、みんなで一緒に!」

 

「おう」

 

 ハジメがアクセルを踏み込む。

 

 三台のDホイールに、ティオの乗るマシンが加わった。

 

 四つのエンジン音が重なり、街道へ響き渡る。

 

 町の入口では、愛子とクラスメイトたちが見送りに立っていた。

 

「ハジメくん! ユエさん、シアさん、ティオさんも! 気をつけてね!」

 

「先生たちも、無理しないでください!」

 

 ハジメは手を上げて応えた。

 

 ティオも振り返り、深々と頭を下げる。

 

「愛子殿! この度のこと、改めて詫びる! いつか必ず、私自身の力で償いを果たす!」

 

 愛子は涙を拭い、微笑んだ。

 

「……ええ。あなたがこれから何をするのか、見守っているわ」

 

 ティオはその言葉を胸に刻み、前を向いた。

 

 清水との決闘で、ハジメは一人の少年の最後の願いを聞いた。

 

 そして今、もう一人の罪を背負った者が、新たな一歩を踏み出そうとしている。

 

 誰もが最初から正しく生きられるわけではない。

 

 過ちを犯すこともある。

 

 取り返しのつかないことをしてしまうことだってある。

 

 それでも、残された者には、これからの生き方を選ぶ道がある。

 

 ハジメは前方を見据えた。

 

「……行くぞ。フューレンへ!」

 

 星屑の竜が駆ける。

 

 紅蓮の竜が、その後を追う。

 

 そして、仲間たちのエンジン音が、朝の街道に力強く響き渡った。

 

 こうしてティオ・クラルスは、ハジメたちの新たな仲間となった。

 

 彼らの旅は、まだ続く。

 

 その先にどんな敵が待ち受けていようとも――今度は、一人で立ち向かう必要はなかった。

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