「ありふれた遊戯王で世界最強」   作:武藤 桜

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第二十一話「灼熱の大迷宮――燃え上がる魂と三極神」

ホルアドの町を出発する前日。

 

ハジメは工房の一角で、一台のDホイールを分解していた。隣には、腕を組んで作業を見守るティオの姿がある。

 

「……やっぱり駆動系が限界だな。砂漠を走り抜けたせいで、負荷が想定以上にかかってる。フレームにも細かい亀裂がある」

 

「むぅ……妾の乗り方が荒かったということかの?」

 

「いや、ティオの身体能力に合わせた調整が不十分だった。お前の力を考えれば、もっと頑丈に作るべきだったな」

 

ハジメは部品を手に取り、ため息をついた。

 

ティオのDホイールは、彼女が本来持つ力を生かすために調整されていた。しかし、ドラゴンマンとしての膂力と、激しいライディングデュエルでの負荷に耐え続けるには、もはや限界が近かった。

 

「ならば、修理すればよいのではないか?」

 

「修理だけじゃ、また同じことになる。せっかくだ。フレームから作り直す」

 

「な、なんと……! ハジメ、妾のためにそこまでしてくれるのか?」

 

「仲間の乗り物を安全にするのは当然だろ」

 

あまりにもあっさりと告げられた言葉に、ティオは目を見開いた。

 

「そ、そうか……仲間、か……」

 

その言葉を噛みしめるように呟いたティオの顔が、みるみるうちに緩んでいく。

 

「くふふふ……! よいぞ、実によい! 妾はハジメの仲間! そして、ハジメは妾を信頼してくれておるのじゃな!」

 

「近い近い。作業の邪魔だ」

 

「おおっ、つれないのう! そういうところもまた――」

 

「黙って座ってろ」

 

「はいなのじゃ……」

 

しゅんと肩を落とすティオ。

 

そんな二人を、工房の入口から見守っていた香織は、思わず笑みをこぼした。

 

「ふふっ。ハジメ君、相変わらずだね」

 

「香織か。どうした?」

 

「ううん。みんなのために何かを作っているハジメ君を見ていたら、やっぱりハジメ君なんだなって思って」

 

香織は胸元に手を当て、穏やかに微笑む。

 

「私も、ハジメ君たちの仲間になったんだよね」

 

「そうだな」

 

「だったら……私にも、みんなと一緒に走れるものが欲しいな」

 

ハジメは香織を見てから、工房の奥へ視線を向けた。

 

「そのつもりだ。ちょうど設計を始めてたところだ」

 

「えっ?」

 

「香織用のDホイールを作る。お前の戦い方に合わせた、専用機だ」

 

香織の顔がぱっと明るくなった。

 

「本当!? ありがとう、ハジメ君!」

 

「礼は完成してから言え」

 

「ううん、今言いたいの!」

 

香織は嬉しそうにハジメの手を握った。

 

その様子を見たユエは、いつもの無表情のままハジメの反対側に立つ。

 

「……ハジメ。私のブラッディー・キッスも、もう一度点検して」

 

「分かってる。シアのバウンサーラビットもな」

 

「私もお願いしますね!」

 

「お前たちはもう整備済みだろ」

 

「それでも、ハジメに見てもらいたい」

 

ユエの言葉に、ハジメは苦笑した。

 

「分かったよ。全員まとめて確認する」

 

こうして、旅立ちを前に工房はにわかに騒がしくなった。

 

数日後。

 

工房の前には、二台の新たなDホイールが並んでいた。

 

一台は、赤と黒を基調とした重厚な車体。鋭いフロントカウルに、炎を思わせる意匠。車体の各部には高い剛性を持つ素材が用いられ、ティオの怪力と激しい加速にも耐えられるよう設計されている。

 

ハジメはその車体に手を置き、ティオへ告げた。

 

「ティオ。お前の新しいDホイール――『ホイール・オブ・フォーチュン』だ」

 

「こ、これは……!」

 

ティオは目を輝かせた。

 

その姿は、かつてジャック・アトラスが駆った伝説のDホイールを思わせる。荒々しく、力強く、そして圧倒的な存在感を放っていた。

 

「ジャックの機体を参考にした。お前の体格と操縦特性に合わせて再設計してある。旧型から使える部品は移植したが、駆動系とフレームはほぼ新造だ。無茶な走りをしても簡単には壊れない」

 

「ホイール・オブ・フォーチュン……! なんと、なんと素晴らしい名なのじゃ!」

 

ティオは機体の周囲を回り、細部を眺めた。

 

「この重厚な姿! この威圧感! まさしく妾にふさわしい!」

 

「ただし、整備を怠ったり、無茶な走りで壊したりしたら次は自分で直せ」

 

「うっ……心得たのじゃ!」

 

そして、もう一台。

 

白を基調とした流麗な車体に、淡い青と金色のラインが走る。車体後部には翼を思わせる装飾が施され、走行時には天使が羽ばたくような優雅なシルエットを描き出す。

 

香織はその前で立ち尽くした。

 

「これが……私の?」

 

「ああ。『ホワイト・エンジェル』だ」

 

ハジメは説明を続ける。

 

「お前は回復や支援を使うことが多い。だから、走行中でも姿勢を崩しにくく、急な回避や停止にも対応できるようにした。防御機構も厚めにしてある。速さだけじゃなく、仲間を守るための機能を重視した設計だ」

 

「ホワイト・エンジェル……」

 

香織はそっと車体に触れた。

 

白い車体に映った自分の顔は、泣きそうなほど嬉しそうだった。

 

「ありがとう、ハジメ君。私、絶対に大切にするね」

 

「壊さないように乗れよ。最初は慣らし運転からだ」

 

「うん!」

 

香織は満面の笑みで頷いた。

 

その後、ハジメは香織に基本操作を教え、実際に乗せて走らせた。初めこそぎこちなかったものの、香織は持ち前の集中力で少しずつ感覚を掴んでいく。

 

「わっ、すごい……! こんなに安定して走れるんだ!」

 

「急ブレーキのときは前に体重をかけすぎるな。曲がるときは車体だけじゃなく、視線も先に向けろ」

 

「はい、先生!」

 

「誰が先生だ」

 

「ふふっ、ハジメ君先生!」

 

「……好きにしろ」

 

香織の笑い声が、工房の前に響いた。

 

ユエ、シア、ティオもそれぞれのDホイールを駆り、四台が並んで走る。

 

その姿を見ながら、ハジメは小さく息を吐いた。

 

かつては一人で生き延びるために武器を作り、強さだけを追い求めていた。

 

だが今は違う。

 

自分の作ったものを仲間が使い、共に走り、共に戦う。

 

それも悪くないと思えた。

 

「ハジメ」

 

ユエが隣に並ぶ。

 

「何だ?」

 

「楽しそう」

 

「……そう見えるか?」

 

「うん」

 

ユエはそっと彼の手に触れた。

 

「私も楽しい」

 

ハジメは一瞬だけ目を細め、それから前を向いた。

 

「……そうか。なら、これからも走るぞ」

 

五台となったDホイールが、旅立ちの道へと走り出した。

 

彼らの進む先には、広大な砂漠が待ち受けていた。

大砂漠の横断は、想像を絶する過酷さだった。

 

日中は灼熱の太陽が容赦なく照りつけ、夜には急激に気温が下がる。砂嵐が吹けば視界は奪われ、地形さえ容易に変わってしまう。

 

Dホイールの走行機構を砂から守るため、ハジメは各機体に防塵用の簡易結界を組み込んでいた。それでも、連日の走行は全員の体力を削っていく。

 

「うう……暑いです……。砂漠って、こんなに暑いんですね……」

 

シアがぐったりと車体にもたれかかった。

 

「水分補給を怠るな。無理して倒れたら、余計に時間がかかる」

 

「分かってますけどぉ……」

 

「ハジメ、シアは暑さに弱い」

 

ユエが冷静に告げる。

 

「ユエも、顔が少し赤いぞ」

 

「……ハジメが冷やしてくれたら治る」

 

「はいはい。後で冷却材を出してやる」

 

「今がいい」

 

「今は休憩中だ。後にしろ」

 

「……むぅ」

 

ユエが頬を膨らませる。

 

その横で、ティオはホイール・オブ・フォーチュンの車体に腰掛け、額の汗を拭っていた。

 

「ぬぅ……この暑さ、なかなかに侮れぬのう。妾の身体でも、さすがにこたえるわい」

 

「お前、ドラゴンマンなんだから熱に強いんじゃないのか?」

 

「熱に強いことと、暑苦しいことは別問題じゃ! それに、この砂の照り返しはたまらぬ!」

 

「理屈は分かったから、勝手に機体の冷却装置をいじるなよ」

 

「な、なぜ分かったのじゃ!?」

 

「お前ならやると思った」

 

「くふふ……さすがはハジメじゃな!」

 

「褒めてない」

 

そんなやり取りをしながらも、一行は着実に砂漠を進んでいった。

 

やがて、砂丘の向こうに小さな隊商が見えた。

 

その一角で、一人の男性が苦しそうに地面を転げ回っている。

 

「助けてくれ……身体が、燃える……!」

 

男性の身体から、赤黒い魔力が噴き出していた。皮膚の下を光の筋が走り、呼吸のたびに魔力が周囲へ散乱する。

 

「魔力暴走……?」

 

香織が顔色を変えた。

 

ハジメはすぐに男性のそばへ駆け寄り、魔力の流れを観察した。

 

「いや、単なる暴走じゃない。魔力の循環が乱れて、身体の制御が利かなくなってる。無理に魔力を抑え込めば、逆に内臓を傷つけるぞ」

 

「ハジメ君、治せる?」

 

「原因が分からないまま完全に治すのは難しい。だが、症状を落ち着かせることはできる」

 

ハジメは薬剤と魔力制御用の器具を取り出し、男性の腕に接続した。ユエが周囲の魔力を静め、香織が治癒魔法で身体の負担を和らげる。

 

「今だ、香織。身体を回復させすぎるな。魔力の流れが落ち着くまで、最低限の治療でいい」

 

「分かった!」

 

香織は慎重に魔力を流し込んだ。

 

しばらくすると、男性の呼吸が少しずつ落ち着いていく。

 

「はぁ……はぁ……。助かった……ありがとう……」

 

「まだ安心するな。しばらくは安静にして、魔力を使うな。できれば町で医者に診てもらえ」

 

ハジメが告げると、隊商の者たちは深々と頭を下げた。

 

その中の一人が、切羽詰まった様子で口を開いた。

 

「実は、近くの町でも同じ症状の者が増えているんです。最初は数人だったのに、今では町の人間の多くが倒れてしまって……!」

 

「同じ症状だと?」

 

「はい。高熱、魔力の暴走、意識の混濁……。治療法が見つからず、薬も底をつきかけています」

 

ハジメの表情が険しくなった。

 

「疫病か。魔力を介して広がるタイプなら、普通の病気より厄介だな」

 

香織は唇を噛んだ。

 

「急がないと……!」

 

「ああ。まずは町へ向かう」

 

一行は隊商とともに進路を変え、最寄りの町へ急行した。

 

町は、想像以上の惨状だった。

 

道端には人々が横たわり、家々には看病する家族のすすり泣きが響く。医療所には患者が溢れ、治療にあたる者たちの顔には疲労が色濃く浮かんでいた。

 

ハジメたちはすぐさま医療所へ向かった。

 

香織は到着するなり治療に加わり、シアとユエは物資の運搬を手伝う。ティオも持ち前の力で負傷者を運び、崩れかけた設備を支えた。

 

「ハジメさん、こちらの患者も魔力の流れが乱れておる! 同じ症状じゃ!」

 

「分かった。ユエ、患者ごとの症状を記録してくれ。シアは医療所の備蓄を確認。ティオは重症者を奥へ運んでくれ」

 

「了解じゃ!」

 

ティオは返事をすると、患者を慎重に抱き上げた。

 

「安心せい。今は苦しかろうが、必ず助ける道を探すのじゃ!」

 

その声に、患者の少年が弱々しく頷いた。

 

ハジメは医師たちから話を聞き、症状の経過と発症者の共通点を調べた。

 

やがて、彼は一つの可能性に行き着く。

 

「……この病気、単なる感染症じゃないな。魔力の流れを乱す何らかの物質が体内に入り込んでいる。症状の進行を抑えるには、特定の薬草と鉱物が必要だ」

 

「その材料はどこにあるの?」

 

ユエが尋ねる。

 

「グリューエン大火山だ。火山地帯にしか生えない薬草と、特殊な魔力を含む鉱石がいる」

 

香織はすぐに頷いた。

 

「だったら、私もここに残る。治療を続けるよ」

 

「危険な場所に連れていくわけにはいかないし、患者の容体を見られる人間も必要だ。香織、頼めるか?」

 

「もちろん!」

 

香織は力強く答えた。

 

「ここにいる人たちを助けるためなら、私は何だってするよ」

 

「ミュウも、ここで香織と一緒に待っててくれ」

 

ハジメはミュウの目線に合わせてしゃがみ込んだ。

 

「パパ、行っちゃうの?」

 

ミュウは不安そうにハジメの服を掴んだ。

 

「ああ。でも、すぐに戻る。香織がいるし、ティオたちも一緒にいる。心配するな」

 

「……ほんと?」

 

「約束する」

 

ハジメはミュウの頭を撫でた。

 

「パパは、ちゃんと帰ってくる」

 

「うん……ミュウ、待ってる!」

 

香織はミュウを抱きしめ、優しく微笑んだ。

 

「大丈夫だよ、ミュウちゃん。ハジメ君たちは必ず帰ってくるから。私たちも、ここでみんなを助けようね」

 

「うん! 香織おねえちゃんと一緒に頑張る!」

 

ハジメは立ち上がり、仲間たちへ視線を向けた。

 

「俺たちは大火山へ向かう。薬の材料を採取するのと、迷宮の攻略が目的だ。迷宮を攻略できれば、今後の治療にも役立つ知識や技術が手に入るかもしれない」

 

「分かった」

 

ユエが頷く。

 

「妾も異存はない。今度こそ、己の力で神のごとき相手を打ち倒してみせようぞ!」

 

ティオは拳を握りしめた。

 

シアも大きく頷く。

 

「みんなを助けるために、頑張りましょう!」

 

こうして、ハジメ、ユエ、シア、ティオの四人は、グリューエン大火山へ向けて出発した。

大火山へ近づくにつれて、気温はさらに上昇していった。

 

地面のあちこちから蒸気が噴き出し、岩肌の裂け目からは赤い光が漏れている。遠くでは溶岩が流れ、空気は陽炎で歪んでいた。

 

「……暑い……」

 

シアがかすれた声を漏らす。

 

「さっきからそればかりだな」

 

「だって暑いんですもん! もうウサ耳が蒸れそうです!」

 

「ウサ耳の蒸れ具合まで報告しなくていい」

 

ハジメは呆れながらも、冷却用の魔道具をシアに投げ渡した。

 

「これを使え。周囲の熱をある程度遮断できる」

 

「ハジメさん、ありがとうございます!」

 

シアは魔道具を抱きしめた。

 

「妾にも一つ欲しいのう……」

 

「お前には耐熱装備を渡しただろ」

 

「耐えられることと快適であることは違うのじゃ!」

 

「なら、帰ったら改良してやる」

 

「本当か!? くふふ、楽しみにしておるぞ!」

 

ティオは嬉しそうに笑った。

 

ユエは涼しい顔をしていたが、ハジメは彼女の額にも薄く汗が浮かんでいることに気づいていた。

 

「ユエ、無理するなよ」

 

「大丈夫。ハジメがいるから」

 

「……そういう問題か?」

 

「そういう問題」

 

ユエは当然のようにハジメの腕へ寄り添った。

 

四人は互いに支え合いながら、灼熱の岩場を進んでいった。

 

やがて、火山の中腹にある洞窟へたどり着く。

 

その奥には、迷宮の入口が口を開けていた。

 

グリューエン大火山の大迷宮。

 

火山そのものを利用したかのような、極めて過酷な構造を持つ大迷宮である。

 

内部へ足を踏み入れた瞬間、熱気が全身を包み込んだ。

 

壁面には溶岩が流れ、足場は不安定。場所によっては灼熱の蒸気が噴き出し、通路そのものが巨大な罠と化している。

 

「これは……想像以上じゃな」

 

ティオが眉をひそめる。

 

「迷宮が熱を利用して、侵入者を消耗させる構造になっている。体力も魔力も無駄遣いするな。必要なとき以外は戦闘を避けるぞ」

 

ハジメは周囲を観察し、罠の位置を見抜いていく。

 

ユエは魔法で熱を遮断し、シアは大槌を構えて障害物を砕く。ティオは前衛として敵を引き受け、ハジメは銃撃と罠の解除で道を切り開いた。

 

幾度となく襲い来る魔物。

 

崩落する通路。

 

煮えたぎる溶岩の川。

 

彼らは何度も足を止め、休憩を挟みながら進んだ。

 

途中、シアが膝に手をついて息を切らした。

 

「はぁ……はぁ……。もう、熱いのか疲れたのか分からなくなってきました……」

 

「あと少しだ。水を飲んで、五分休め」

 

「はい……」

 

ハジメは水筒を渡し、仲間たちの装備を確認した。

 

ティオも疲労を隠せてはいなかった。だが、彼女は決して弱音を吐こうとしなかった。

 

「ティオ。無理をするな」

 

「案ずるな、ハジメ。妾はまだ動けるのじゃ」

 

「そういう話じゃない。疲れているなら、疲れていると言え」

 

ティオは一瞬、言葉を詰まらせた。

 

かつての彼女なら、力を誇示するために無理を押し通していたかもしれない。

 

だが、今は違う。

 

「……確かに、疲れておる。少し休ませてもらおう」

 

「それでいい」

 

ハジメは頷いた。

 

ティオは腰を下ろし、仲間たちを見回した。

 

「以前の妾なら、疲れたなどとは決して口にせなんだじゃろうな。弱さを見せることを恐れ、力を示すことばかり考えておった」

 

彼女は自嘲気味に笑った。

 

「じゃが、今は違う。仲間を守るためには、己の状態を知り、皆を頼ることも必要なのじゃな」

 

「ようやく分かったか」

 

「うむ。ハジメたちと旅をして、少しは賢くなったつもりじゃ」

 

「少しだけな」

 

「そこはもっと褒めるところじゃろう!?」

 

ティオが抗議し、シアが笑う。

 

その笑い声は、熱気に満ちた迷宮の中で、確かな活力となった。

 

そして一行は、長い道のりの果てに、最深部へとたどり着いた。

最深部には、巨大な円形の闘技場が広がっていた。

 

床には複雑な紋様が刻まれ、周囲には燃え盛る炎の柱が立ち並ぶ。中央には、Dホイールを走らせるための専用コースが設けられていた。

 

その奥に、巨大な扉がそびえ立っている。

 

扉の前には、一つの祭壇。

 

そして、その祭壇の上に、カードが一枚浮かんでいた。

 

ハジメは目を細めた。

 

「……カードが試練の鍵か」

 

祭壇へ近づくと、迷宮全体が震えた。

 

低く重い声が、空間の隅々から響き渡る。

 

『試練に挑む者よ。汝らの力と魂を示せ』

 

闘技場の中央に、光が集まっていく。

 

やがて、その光の中から、一台のDホイールが現れた。

 

その車体に跨がっていたのは、屈強な戦士の姿をした存在だった。

 

鎧のような装甲。燃えるような瞳。背後には、神話の戦士を思わせる巨大な影が浮かんでいる。

 

そして、その手に握られているのは、一枚のカード。

 

「星界の三極神……その一柱、極神王トールか」

 

ハジメが呟く。

 

カードの存在感は尋常ではなかった。

 

単なる精霊の力ではない。神そのものを宿したカードが、目の前の存在を通して圧倒的な威圧感を放っている。

 

『我は極神王トール。汝らの力を試す者なり』

 

「なるほど。これがグリューエン大火山の最終試練か」

 

ハジメはデュエルディスクを起動した。

 

しかし、その前にティオが一歩前へ出た。

 

「ハジメ。ここは妾に任せてほしいのじゃ」

 

「……ティオ?」

 

「妾はこれまで、己の力を誇ることばかり考えておった。力があるからといって、それを振るうことが正しいわけではない。その過ちを、妾は身をもって知った」

 

ティオは自分のデッキを握りしめる。

 

「それでも、妾は強くなりたい。己の過去から目を背けるためではない。過ちを犯した己を認め、それでも前へ進み、今度こそ仲間を守るために!」

 

その言葉には、かつての傲慢さはなかった。

 

あるのは、自分の罪を背負って生きていくという覚悟だった。

 

ハジメはしばらくティオを見つめ、やがて頷いた。

 

「分かった。お前に任せる」

 

「……よいのか?」

 

「自分で戦うと決めたんだろ。だったら、最後まで自分を信じろ」

 

「ハジメ……」

 

ティオは微笑んだ。

 

「うむ。必ず勝ってみせるのじゃ!」

 

彼女はホイール・オブ・フォーチュンへ跨がった。

 

ハジメたちもそれぞれDホイールに乗り、コースの外側へ移動する。

 

迷宮の声が響き渡った。

 

『最終試練――ライディングデュエルを開始せよ!』

 

「ライディングデュエル!」

 

「アクセラレーション!」

 

エンジン音が轟き、二台のDホイールが同時に走り出した。

 

ティオ:LP 4000

 

極神王トール:LP 4000

 

ティオはデュエルディスクを構え、最初のカードを引く。

 

「妾のターン! モンスターを召喚するのじゃ!」

 

彼女が繰り出したのは、《クリムゾン・リゾネーター》。

 

赤い炎を纏った小さな悪魔が、彼女のDホイールの前方へと飛び出した。

 

「さらに、手札から《ソウル・リゾネーター》を召喚!」

 

二体のモンスターが、赤い光を放ちながら並び立つ。

 

「この瞬間、妾はシンクロ召喚の準備を整える! だが、ここではまだ終わらぬ!」

 

ティオは速度を上げ、コースのカーブを鮮やかに抜けた。

 

「カードを二枚伏せ、ターンエンドじゃ!」

 

対するトールは、静かにカードを引いた。

 

『我がターン』

 

その声とともに、闘技場の炎が一段と激しく燃え上がる。

 

『神の力を知るがよい』

 

トールはモンスターを召喚し、瞬く間にシンクロ召喚の布陣を整えた。

 

そして、轟音とともに、巨大な雷を纏った戦士が姿を現す。

 

「なっ……!」

 

シアが息を呑んだ。

 

「極神皇トール……!」

 

神のカードが放つ圧力は、通常のモンスターとは比べものにならなかった。

 

トールの攻撃がティオのモンスターを襲う。

 

ティオは罠カードを発動して応戦したが、神の力を完全に抑え込むことはできなかった。

 

ティオ:LP 2800

 

「くっ……! これが神の力か……!」

 

『汝の覚悟、その程度か』

 

「……何じゃと?」

 

『力を求める理由を語ったところで、過去は消えぬ。汝が犯した過ちも、傷つけた者たちの苦しみも、なかったことにはならぬ』

 

その言葉が、ティオの胸に突き刺さった。

 

かつて、己の力を試すためだけに他者を傷つけたこと。

 

正気を失い、罪もない冒険者たちを襲ったこと。

 

そして、ハジメに敗れ、自分の過ちと向き合うことになった日。

 

忘れられるはずもない記憶が、次々と脳裏をよぎる。

 

「……その通りじゃ」

 

ティオは歯を食いしばった。

 

「妾が犯した過ちは、決して消えぬ。どれほど悔いようとも、傷つけた者たちの痛みを、妾が代わりに背負えるわけでもない」

 

彼女はハンドルを強く握りしめる。

 

「じゃが……だからといって、妾が立ち止まってよい理由にはならぬ!」

 

ティオの声が、闘技場に響いた。

 

「過去から逃げるのではない! 己の罪を忘れるのでもない! そのすべてを背負った上で、妾は前へ進むのじゃ!」

 

ハジメはコース脇から彼女を見つめていた。

 

ティオの瞳には、もう迷いはなかった。

 

『ならば示せ。汝の魂を』

 

トールの攻撃が再び迫る。

 

ティオは防御カードを発動したが、神の雷撃は彼女のモンスターを打ち砕き、ライフを削り取った。

 

ティオ:LP 1600

 

「ティオ!」

 

シアが叫ぶ。

 

だが、ティオは振り返らなかった。

 

「心配はいらぬ、シア! 妾はまだ倒れておらぬ!」

 

彼女はデッキへ手を伸ばす。

 

「妾のターンじゃ!」

 

カードを引いた瞬間、ティオの脳裏に、これまでの旅路がよみがえった。

 

ハジメに敗れた日の悔しさ。

 

仲間として迎え入れられたときの喜び。

 

ホイール・オブ・フォーチュンを受け取ったときの高揚。

 

そして、仲間たちと共に困難を乗り越えてきた日々。

 

彼女はもう、力を誇るためだけに戦っているのではない。

 

誰かを守りたい。

 

過ちを繰り返したくない。

 

そして、己が選んだ道を最後まで歩きたい。

 

「妾は……もう逃げぬ!」

 

ティオはカードを掲げた。

 

「手札から《クリムゾン・リゾネーター》の効果を発動! 条件を満たしたことで、仲間となるチューナーを呼び寄せるのじゃ!」

 

赤い光が走り、チューナーモンスターがフィールドに集結する。

 

「さらに、《ソウル・リゾネーター》の力を解き放つ! 妾の魂に宿る炎よ、今こそ燃え上がれ!」

 

ティオのDホイールが、赤い光に包まれた。

 

それは、ただの魔力ではなかった。

 

己の弱さを認め、過去を背負い、それでも前へ進もうとする魂の輝き。

 

ハジメはその光を見て、目を見開いた。

 

「……あれは」

 

ユエが静かに呟く。

 

「魂の力が変わった……」

 

ティオの瞳に、炎のような輝きが宿る。

 

「これが……バーニングソウル……!」

 

彼女は、自分の胸に手を当てた。

 

「そうか……。妾は、過去を消すために強くなるのではない。過去を背負ったまま、それでも前へ進むために強くなるのじゃ!」

 

炎が、さらに激しく燃え上がった。

 

「極神王トールよ! 妾の魂を見届けるがよい!」

 

ティオはカードを掲げた。

 

「二体のチューナーを含むモンスターたちよ、今ひとつとなりて、新たなる力を呼び覚ませ!」

 

通常のシンクロ召喚を超える、二重の調律。

 

ダブルチューニング!

 

二つの赤い光が交差し、闘技場の天井を貫くような炎の柱が立ち上がる。

 

その中心から、巨大なドラゴンが姿を現した。

 

全身を覆う深紅の装甲。

 

胸部に燃えるような光を宿し、背中には炎の翼を広げる。

 

その咆哮は、迷宮全体を震わせた。

 

「シンクロ召喚――!」

 

ティオの声が、灼熱の闘技場に響き渡る。

 

「妾の魂よ、紅蓮の炎となって未来を切り開け!」

 

《スカーレット・ノヴァ・ドラゴン》!

 

深紅の炎が爆発し、ドラゴンが咆哮を上げた。

 

その姿を目の当たりにしたシアは、思わず歓声を上げる。

 

「すごい……! ティオさん、すごいです!」

 

ユエも小さく頷いた。

 

「……きれいな炎」

 

ハジメは何も言わず、ただティオを見守っていた。

 

彼女は、ようやく自分自身の力と向き合い始めたのだ。

 

トールは神の威圧を放ちながら、スカーレット・ノヴァ・ドラゴンと対峙する。

 

『神に挑むか』

 

「当然じゃ! 妾はもう、神の力に怯えて立ち止まることはせぬ!」

 

ティオはアクセルを踏み込んだ。

 

「バーニングソウルの力を見せてやるのじゃ! スカーレット・ノヴァ・ドラゴンで、極神皇トールに攻撃!」

 

深紅のドラゴンが炎の翼を広げ、一直線に突撃する。

 

トールは雷を放ち、神の力で迎え撃った。

 

雷光と紅蓮の炎が激突する。

 

轟音が響き、衝撃波が闘技場を駆け抜けた。

 

しかし、スカーレット・ノヴァ・ドラゴンは止まらなかった。

 

ティオの魂から生まれた炎が雷を押し返し、神の身体を包み込む。

 

『ぬおおおおおおっ!』

 

トールの巨体が炎に呑まれ、ついにその姿が消えた。

 

極神王トール:LP 0

 

ティオ:LP 1600

 

『……見事なり、挑戦者よ』

 

トールの声が、静かに響く。

 

『汝は己の過去を否定せず、それでも未来へ進む道を選んだ。その魂、確かに見届けた』

 

ティオは荒い息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……ありがとう、なのじゃ」

 

彼女は深々と頭を下げた。

 

「妾はまだ未熟じゃ。これからも間違えることがあるかもしれぬ。じゃが、そのたびに己と向き合い、前へ進んでみせる」

 

スカーレット・ノヴァ・ドラゴンが、穏やかな炎を纏って咆哮した。

 

やがてその姿は赤い光となり、ティオのカードへと戻っていった。

 

迷宮の声が響き渡る。

 

『最終試練、突破を確認』

 

巨大な扉が、ゆっくりと開いていく。

 

その向こうから、強い光が差し込んできた。

 

ティオはDホイールを止め、仲間たちのもとへ戻った。

 

「ハジメ……妾は、勝ったのじゃ」

 

その声は震えていた。

 

ハジメは彼女の肩を軽く叩いた。

 

「ああ。見事だった」

 

「……本当に?」

 

「本当だ。最後まで自分を見失わなかった。よくやったな、ティオ」

 

ティオの目に、涙が浮かんだ。

 

「……うむ。うむっ……!」

 

彼女は何度も頷き、涙を拭った。

 

「妾は……これからも、皆と共に歩んでいくのじゃ!」

 

シアが笑顔で抱きつき、ユエもティオの手を取った。

 

「おめでとう、ティオ」

 

「……よく頑張った」

 

「二人とも……ありがとうなのじゃ!」

 

灼熱の迷宮の中で、四人は勝利の喜びを分かち合った。

 

しかし、その余韻は長く続かなかった。

突然、迷宮全体が激しく揺れた。

 

「な、何ですか!?」

 

シアが周囲を見回す。

 

開かれたばかりの扉の向こうから、黒い魔力が流れ込んできた。

 

その魔力は、迷宮に満ちていた熱とは明らかに異なる。冷たく、重く、敵意に満ちた気配だった。

 

ハジメは即座にデュエルディスクを構え、ユエとシアも身構える。

 

ティオも涙を拭い、ホイール・オブ・フォーチュンの傍らで拳を握った。

 

「……何者じゃ!」

 

闘技場の奥から、足音が響いた。

 

現れたのは、魔人族の軍装を身にまとった男だった。

 

整った顔立ち。冷静な眼差し。そして、全身から放たれる強烈な魔力。

 

男は四人を見回し、薄く笑った。

 

「なるほど。ここにいたか。グリューエン大火山の大迷宮を攻略するとは、なかなかのものだ」

 

ハジメは男を睨みつけた。

 

「魔人族か」

 

「いかにも。私は魔人族の将軍、フリードだ」

 

フリードは恭しく一礼した。

 

「お前たちの力には興味があった。特に、迷宮を攻略し、神の試練すら突破したというその力……ぜひ、この目で確かめたいと思っていた」

 

「わざわざご苦労なことだ。だが、今は忙しい。用がないなら帰れ」

 

「そうはいかない」

 

フリードの笑みが深くなる。

 

「私は、お前たちに見せたいものがあるのだ」

 

彼が片手を掲げる。

 

その瞬間、背後の空間が歪んだ。

 

闘技場の空気が凍りつく。

 

巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。

 

青黒い巨体。

 

岩のように盛り上がった筋肉。

 

両腕に宿る圧倒的な破壊の力。

 

その存在感だけで、周囲の魔力が押し潰されるようだった。

 

シアが息を呑む。

 

「な、何ですか……あれ……」

 

ユエの表情が険しくなる。

 

「……とんでもない魔力」

 

ティオも本能的な恐怖を覚えたのか、思わず一歩後ずさった。

 

ハジメはその巨体を見上げ、目を細める。

 

「……まさか、神のカードか?」

 

フリードは愉快そうに笑った。

 

「その通り。三幻神の一柱――」

 

彼がカードを掲げる。

 

そこに描かれていたのは、巨大な青き巨神。

 

その名を告げる声が、灼熱の闘技場に響き渡った。

 

「《オベリスクの巨神兵》!」

 

巨神の咆哮が轟いた。

 

その衝撃だけで、闘技場の床に亀裂が走る。

 

フリードはハジメたちを見下ろし、笑みを浮かべた。

 

「さあ、赤き竜の使徒よ。お前たちの力が本物かどうか、ここで証明してもらおう」

 

ハジメはデュエルディスクを構え直した。

 

左目を覆う黒い眼帯の奥で、千年眼が不気味な光を放つ。

 

「……いいぜ。相手になってやる」

 

ユエがハジメの隣に並び、シアが大槌を構える。ティオもまた、ホイール・オブ・フォーチュンへと跨がった。

 

先ほどまでの勝利の余韻は、すでに消えていた。

 

新たな戦いの幕が、今まさに上がろうとしていた。

 

そして、三幻神の一柱――オベリスクの巨神兵が、四人の前に立ちはだかる。

 

灼熱の大迷宮は、さらなる闘争の舞台へと変わったのだった。

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