神の使徒ノイトンが召喚した《機皇帝ワイゼル∞》。
その異形の機械が、王都の地下通路を震わせていた。
「さあ、始めようじゃないか、南雲ハジメ。君がどれだけ足掻こうと、シンクロ召喚を使う限り、私の機皇帝を打ち破ることはできない!」
ノイトンは薄笑いを浮かべる。
ハジメは返事をせず、左腕の義手に組み込まれたデュエルディスクを確認した。
相手は機皇帝。シンクロモンスターを破壊し、その力を吸収することで優位に立つ、シンクロ召喚を狙い撃ちにしたデッキだ。
シンクロ召喚を主軸とするハジメにとって、相性は最悪に近い。
しかし、ここで退くわけにはいかなかった。
背後には、救出したばかりの愛子先生がいる。
「……愛子先生」
「な、何?」
「通信機を渡します。すぐにティオを呼びますから、合流したら一緒に行動してください」
「でも、ハジメくんはどうするの?」
「こいつをぶっ倒します」
ハジメはノイトンを睨みつけた。
「俺が決闘している間に、あんたまで巻き込まれるわけにはいかない。ティオが来るまで、ここを離れてください」
愛子は不安そうにハジメを見つめた。
「……分かったわ。でも、無茶はしないでね」
「善処します」
「それ、絶対に無茶をする人の返事よね……」
愛子は困ったように微笑んだ。
ハジメは通信機を操作し、ティオへ連絡を入れる。
『ティオ、聞こえるか』
『おお、ハジメ! 無事じゃったか! 愛子先生も見つかったのかの?』
『ああ。だが、こっちは神の使徒と決闘することになった。愛子先生を迎えに来てくれ。敵の兵士がうろついているから、十分に警戒しろ』
『了解じゃ! 妾がすぐに向かう。愛子先生には指一本触れさせぬぞ!』
『頼む』
通信を切ったハジメは、愛子へ視線を戻した。
「ティオが来るまで、ここから動かないでください。敵が来たら、戦うより逃げることを優先してください」
「……分かったわ。ハジメくんも、必ず戻ってきてね」
「ああ」
ハジメは遊星号に跨がり、アクセルを吹かした。
ノイトンが愉快そうに笑う。
「仲間を逃がすために、自分を危険に晒すとは。実に人間らしい行動だね」
「お前に人間の何が分かる」
「分かるとも。人間は弱い。絆だの友情だのといった曖昧なものにすがり、いざというときには自分の欲望に負ける」
「……そうかよ」
ハジメは前傾姿勢を取った。
「なら、そのご立派な考え方ごと叩き潰してやる」
二台のD・ホイールが走り出す。
「「ライディングデュエル、アクセラレーション!」」
地下通路から王都の外周道路へと飛び出した二人。
神の使徒と、神に抗う者。
互いの信念を賭けた決闘が始まった。
狭い通路を抜け、二人は王都の外へと続く広い道へ飛び出す。追いすがる風の中、デュエルが始まった。
「先攻は私だ! 私は《機皇兵ワイゼル・アイン》を召喚!」
機械兵が地面を蹴り、ノイトンのD・ホイールに並走する。
「さらにカードを二枚セット。ターンエンドだ!」
「俺のターン!」
ハジメはカードを引き、手札を確認した。
相手はシンクロモンスターを破壊し、その力を吸収する機皇帝の使い手。単純に高レベルのシンクロモンスターを並べるだけでは、相手の思うつぼだ。
だが、ハジメは口元を歪めた。
「シンクロモンスターを狩るためのデッキか。だったら、その狩人ごとぶっ潰す!」
ハジメはモンスターを召喚し、カードを伏せる。ノイトンはそれを見て鼻を鳴らした。
「無駄な抵抗だ。機皇兵の攻撃!」
機械兵の砲撃がハジメのモンスターを撃ち抜く。さらにノイトンは罠カードを発動し、ハジメの展開を妨害した。
「どうした? 貴様の誇るシンクロ召喚は使わないのか?」
「焦るなよ。お前の切り札を見てからでも遅くはない」
ハジメは罠をかわしながら走り続けた。ノイトンの機械兵は次々と攻撃を仕掛け、ハジメのライフを削っていく。シンクロ召喚を行えば、機皇帝に狙われる危険がある。かといって攻めなければ、じりじりと追い詰められる。
ノイトンは、その迷いを見透かしたように笑った。
「神の力に逆らう者の末路は決まっている。貴様も、貴様の仲間も、すべて神の御心のままに――」
「黙れ」
低い声が、エンジン音を切り裂いた。
「人の人生を勝手に弄んでおいて、御心だと? 神様ってのは、ずいぶん都合のいい言葉を使うんだな」
ハジメの脳裏に、奈落で過ごした日々がよぎる。
誰も助けに来なかった絶望。生き延びるために喰らい、傷つき、血を流した時間。そして、ユエやシアと出会い、仲間と呼べる存在を得たこと。
あの地獄を越えた自分が、こんなところで神の操り人形に屈するはずがない。
「俺はもう、誰かの筋書き通りに動くつもりはねえ!」
ハジメのデュエルディスクが光を放つ。
「俺はチューナーモンスター《ジャンク・シンクロン》を召喚! 墓地のモンスターを特殊召喚する!」
チューナーとモンスターが並び、二体の身体が光へと変わる。
「レベルを合わせる! シンクロ召喚!」
光の輪をくぐり抜け、白銀の翼を持つ竜が姿を現した。
「来い、《スターダスト・ドラゴン》!」
しかし、その瞬間を待っていたかのようにノイトンが叫ぶ。
「罠発動! シンクロモンスターが特殊召喚された時、そのモンスターを破壊する!」
黒い光がスターダスト・ドラゴンを包み込もうと迫る。
「させるか!」
ハジメは別のカードを発動し、罠の効果を妨害した。スターダスト・ドラゴンは翼を広げ、黒い光を弾き飛ばす。
「なにっ!?」
「お前の狙いは分かってる。シンクロ召喚を封じることじゃない。シンクロモンスターを餌に、機皇帝を呼び出すことだろう?」
ハジメはアクセルを開き、ノイトンとの距離を詰めた。
「なら、こっちもその先を見せてやる!」
ノイトンは舌打ちし、手札のカードを叩きつける。
「ならば《機皇帝ワイゼル∞》の力を見せてやろう! 機械の皇帝よ、シンクロの力を喰らい、絶望を刻め!」
巨大な機械の皇帝が咆哮し、スターダスト・ドラゴンへと腕を伸ばす。機械の拘束が白銀の竜を捕らえ、その力を吸い上げようとした。
だが、ハジメは怯まなかった。
「確かにシンクロモンスターは厄介だ。だがな――シンクロの可能性まで、お前に奪わせるつもりはない!」
彼は手札からカードを取り出した。
「チューナーモンスター《フォーミュラ・シンクロン》をシンクロ召喚!」
小さな機械竜が光の輪とともに現れた。シンクロ召喚を行うためのチューナーであり、さらなる高みへと進むための鍵となるモンスター。
ノイトンの顔から余裕が消えた。
「そのモンスターは……!」
「レベル2のシンクロチューナー、《フォーミュラ・シンクロン》! そしてレベル8のシンクロモンスター、《スターダスト・ドラゴン》!」
ハジメは二体のモンスターを見据えた。
「シンクロモンスターとシンクロチューナー。二つの光が交わる時、限界を超えた加速が始まる!」
遊星号のエンジンが、これまでにない高音を奏でる。
その瞬間、ハジメの意識は静寂の中へ沈んだ。
世界から音が消える。目に映る景色が、ただの風景ではなく、流れる光の線となって広がっていく。
かつてオルクス大迷宮で垣間見た境地――クリアマインド。
あの時は、ほんの一瞬触れただけだった。だが今は違う。
恐怖も、迷いも、憎しみさえも消えてはいない。それらすべてを抱えたまま、ハジメは自分の意志で前へ進んでいた。
「これが……クリアマインド!」
ハジメは右手を前へ伸ばす。
「アクセルシンクロォォォッ!」
スターダスト・ドラゴンとフォーミュラ・シンクロンが眩い光に包まれ、二つの輝きが一つに重なった。
「レベル8の《スターダスト・ドラゴン》に、レベル2のシンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》をチューニング!」
光の輪が十重に広がり、道路を走るD・ホイールを包み込む。
「集いし星が、新たな奇跡の光を照らし出す! 光差す道となれ! アクセルシンクロ!」
眩い光を突き破り、十の星を背負った白銀の竜が翼を広げた。
「飛翔せよ! レベル10――《シューティング・スター・ドラゴン》!」
白銀の翼が大きく広がり、流星のような光が夜空を駆け抜ける。
その姿に、ノイトンは一瞬言葉を失った。
「馬鹿な……! シンクロを封じるための機皇帝が、アクセルシンクロだと!?」
「お前はシンクロ召喚を止めれば、俺の可能性まで止められると思ってたんだろう。だが、俺はその先へ行く!」
ハジメの瞳に迷いはなかった。
「《シューティング・スター・ドラゴン》の効果発動! デッキの上からカードをめくり、チューナーモンスターの数だけ攻撃できる!」
ハジメがデッキの上からカードをめくる。現れたチューナーモンスターの数を確認し、彼は力強く宣言した。
「このターン、複数回の攻撃が可能だ!」
「小細工を!」
ノイトンは罠を発動しようとする。しかし、ハジメはその動きを見越していた。
「さらに、《シューティング・スター・ドラゴン》の効果! 相手の効果モンスターが効果を発動した時、このカードを除外して、その発動を無効にする!」
白銀の竜が一瞬、光の粒子となって消える。ワイゼルの機械腕から放たれた妨害の波動は空を切り、竜の姿が再び現れた。
「そんな……! 私の機皇帝が……!」
「終わりだ、ノイトン!」
シューティング・スター・ドラゴンが流星のごとく加速する。
「シューティング・ソニック!」
幾筋もの光が機皇帝を貫いた。巨大な機械の皇帝が爆発し、その破片が夜空へと散っていく。
「ぐあああああっ!」
ノイトンのD・ホイールが大きく揺れ、彼は路面へと投げ出された。ハジメは車体を制御して停止し、デュエルディスクの表示を確認する。
ノイトンのライフはゼロ。
決着はついた。
「神の使徒だか何だか知らねえが……人を好き勝手に操る奴の言いなりになる気はない」
ハジメは倒れたノイトンを見下ろした。
「お前の神様に伝えとけ。次はそいつ自身をぶっ飛ばしてやる、ってな」
だが、勝利の余韻は長く続かなかった。
ノイトンの身体が、不自然に震え始めたのだ。
「……あ、ああ……神、よ……」
彼の口から漏れたのは、先ほどまでの傲慢な言葉ではなく、怯えたような呻きだった。
「ま、待ってくれ……私は……私は、負けただけだ……!」
ノイトンの身体が、見えない何かに縛られたように硬直する。
ハジメは眉をひそめた。
「何だ……?」
次の瞬間、ノイトンの胸元から黒い光が浮かび上がった。
光は糸のように細く伸び、彼の身体の奥へと潜り込む。ノイトンは目を見開き、喉をかきむしった。
「やめろ……! やめてくれ、神よ! 私はまだ――!」
叫びは途中で途切れた。
黒い光が一気に引き抜かれる。
それは魂だった。
ノイトンの身体から、彼自身を形作っていた何かが、無慈悲に奪い取られていく。彼の目から光が消え、手足がだらりと垂れ下がった。
「……っ!」
ハジメは駆け寄ろうとしたが、すでに遅かった。
黒い光は空の彼方へ吸い込まれ、ノイトンの肉体だけがその場に残された。まるで中身を抜き取られた人形のように、彼は微動だにしない。
「おい……ノイトン!」
返事はなかった。
ハジメが肩を揺すっても、身体は力なく傾くだけだった。
呼吸もない。意識もない。そこに残されていたのは、ただの抜け殻だった。
「……自分の使徒が負けたからって、魂まで奪うのかよ」
ハジメの拳が震える。
ノイトンがどれほど許しがたいことをしてきたとしても、今の光景は決してまともなものではなかった。神は自分に仕える者さえ、敗北した瞬間に切り捨てるのだ。
「上等だ……」
ハジメは顔を上げ、空を睨みつけた。
「どこまで腐ってやがるか、思い知らせてやる」
その言葉を最後に、彼は再び遊星号に跨がった。
今は、助け出した者たちと合流するのが先だ。
* * *
一方その頃、教会の地下通路では、ティオと愛子が追手を振り切ろうとしていた。
「ティオさん、あそこです!」
「分かったのじゃ、愛子。妾に任せるがよい!」
ティオは龍人族の力を解放し、鋭い爪で通路の壁を砕いた。追いすがる兵士たちが足を止める。その隙に愛子は周囲の状況を見極め、脱出経路を探した。
だが、出口へ続く道には教会の兵士たちが集まっていた。彼らは武器を構え、二人を取り囲む。
「異端者どもめ! 神の御前で裁きを受けよ!」
兵士の一人が叫ぶ。
愛子は唇を噛みしめた。彼らを説得することはできない。教会が何をしてきたか、そして自分たちをどう扱おうとしているのか、すでに目の当たりにしていた。
「……もう、止められないんですね」
「愛子……」
ティオは彼女の表情を見て、静かに声をかけた。
「妾が道を開く。じゃが、その先に何が起きるかは……覚悟しておくのじゃ」
愛子は一度だけ目を閉じ、やがてしっかりと頷いた。
「はい。これ以上、誰かを犠牲にするわけにはいきません」
彼女は魔法を発動させ、通路に充満する空気の流れを操った。可燃性の気体が広がり、兵士たちは異変に気づいて騒ぎ始める。
「な、何だこれは!?」
「ティオさん!」
「承知したのじゃ!」
ティオは大きく息を吸い込み、龍の力を宿した炎を吐き出した。
次の瞬間、轟音とともに爆発が起こった。
炎が通路を駆け抜け、教会の建物を内側から飲み込む。柱が折れ、壁が崩れ、窓から噴き出した炎が夜空を赤く染めた。
愛子とティオは崩落する建物から離れ、外へと退避した。
轟音が収まった頃、そこに残っていたのは、燃え落ちた教会の残骸だけだった。
教皇も、内部にいた者たちも、炎に呑まれた。
「……終わった、んですね」
愛子は呆然と呟いた。
自分たちが生き残るために選んだ行動だった。相手が自分たちを殺そうとしていた以上、ためらえばこちらが犠牲になっていたかもしれない。それでも、命を奪った事実が消えるわけではない。
「妾たちは、生き延びたのじゃ。じゃが……」
ティオもまた、燃え盛る炎を見つめていた。
「この光景を忘れてはならぬ。自分たちが何をしたのか、何を守ろうとしたのか。それを忘れた時、妾たちは相手と同じになってしまう」
「……はい」
愛子は涙をこらえながら頷いた。
悲しみと後悔を抱えたまま、それでも前へ進む。それが今の自分たちにできることだった。
* * *
ノイトンを倒したハジメは、愛子たちが待つ場所へと急いでいた。
やがて視界の先に、崩れた建物の残骸と、そこに立つ二人の姿が見えた。
「ハジメ!」
愛子が駆け寄ってくる。
「先生、無事だったか」
「ええ。ティオさんが助けてくれました。それより、ノイトンは……?」
「倒した。だが――」
ハジメは言葉を切った。
ノイトンの最期を思い出し、眉間に皺を寄せる。
「神に魂を抜き取られた。あいつの身体だけが、抜け殻みたいに残った」
「そんな……」
愛子の顔から血の気が引いた。
「自分に仕えていた人まで、そんなふうに……」
「神にとって、あいつらも使い捨ての駒なんだろうさ。負けたら用済み。最初から人間として見てねえんだ」
ハジメは吐き捨てるように言った。
ティオは悔しそうに拳を握りしめる。
「……ハジメ。妾たちは、これからどうするのじゃ?」
「まずはユエたちと合流する。状況を整理してから、次の手を考える」
その言葉に、愛子も頷いた。
三人は教会跡を後にした。
* * *
王都の外れで待っていたユエとシアは、ハジメの姿を見つけるなり駆け寄ってきた。
「ハジメ!」
ユエは彼の胸元に飛び込むと、ぎゅっと抱きしめた。
「……無事でよかった」
「ああ。心配かけたな」
「本当にもう……ハジメってば、いつも危ないことばかりするんだから!」
シアも安心したように息を吐き、ハジメの腕を掴んだ。
「でも、ちゃんと戻ってきてくれてよかったです!」
「ティオも愛子先生も無事だ。ひとまず、全員揃ったな」
「妾も戻ったのじゃ。……ただ、教会の件は後味が悪いのう」
ティオの表情は晴れなかった。愛子も同じだった。
ハジメは二人の様子を見て、無理に慰めることはしなかった。起きてしまったことは消せない。だが、これから何をするかは自分たちで決められる。
「……後悔するなら、次に同じことを起こさないために使え。俺たちはまだ、やることが残ってる」
ユエがハジメの手を握る。
「うん。私たちは一緒に進む」
「はい! みんなで、です!」
ティオも顔を上げた。
「そうじゃな。妾も、もう二度と誰かに操られるつもりはないのじゃ」
その時だった。
「――なるほど。神の使徒を退け、教会を焼き払ったか」
突然、聞き覚えのない男の声が響いた。
全員が一斉に振り返る。
崩れた石壁の向こうに、一人の男が立っていた。落ち着いた眼差しを持ち、どこか人間離れした気配を漂わせている。
ハジメは即座にデュエルディスクへ手をかけた。
「誰だ、お前」
「ラウス・バーン」
男は淡々と名乗った。
「この神山の大迷宮を創りし者だ」
ユエが警戒を強め、シアもハジメの隣に立つ。ティオは相手の気配を探るように目を細めた。
「迷宮の創造者……? どうして今、ここに?」
愛子が尋ねると、ラウスは彼女たちを順番に見渡した。
「お前たちが神に抗う意志を示したからだ。もっとも、正規の試練をすべて踏破したわけではない。だが、ここまでの行動と、その覚悟は見せてもらった」
ラウスはティオへ視線を向けた。
「お前に、これを授けよう」
彼の手の中に、古びた黄金の道具が現れた。
千年錠――千年アイテムの一つ。
ティオは驚きながらも、慎重にそれを受け取った。
「これは……千年錠?」
「迷宮を越えた証だ。使い方を誤るな。力とは、持つ者の心次第で救いにも災いにもなる」
ラウスはそれ以上、詳しい説明をしなかった。
「待て。神について、聞きたいことがある」
ハジメが一歩踏み出す。
「人間を駒として扱い、敗者から魂まで奪う。あいつは何を企んでいる?」
「いずれ、お前自身が答えを知ることになる」
ラウスは静かに答えた。
「ただ一つ言えるのは、神を信じるかどうかではない。お前たちが、自分の意志で何を選ぶかだ」
その言葉を最後に、ラウスの姿が揺らいだ。
「おい、まだ話は――!」
ハジメが声を上げた時には、男の姿はすでに消えていた。
残されたのは、ティオの手にある千年錠だけだった。
「……相変わらず、迷宮の関係者は説明が足りないですね」
シアが呆れたように呟く。
「だが、千年アイテムがまた一つ増えた。神に対抗する手がかりになるかもしれない」
ハジメはティオに目を向けた。
「ティオ、それは大事に持っておけ。何か分かったら共有してくれ」
「承知したのじゃ、ハジメ」
ティオは千年錠をしっかりと握りしめた。
こうして、神山の大迷宮を巡る一連の事件は、ひとまず幕を下ろした。
しかし、彼らが知らないところで、次の悲劇はすでに動き始めていた。
* * *
王都では、魔人族の侵攻に対応するため、異世界から召喚された者たちが集められていた。
勇者である天之河光輝をはじめ、クラスメイトたちは状況を把握しようと話し合っていた。だが、そこへ現れた王国兵たちは、なぜか彼らを取り囲んだ。
「な、何だよ! いきなり!」
「動くな! 全員、武器を捨てろ!」
「どういうことですか!? 私たちは王国に協力して――」
雫が問いただそうとした瞬間、兵士たちが一斉に動いた。クラスメイトたちは抵抗する間もなく拘束されていく。
光輝は驚愕しながら、周囲を見回した。
「おい! いったい何が起きてるんだ!?」
その時、人垣の向こうから、一人の少女が姿を現した。
恵理だった。
彼女は拘束されていくクラスメイトたちを見つめ、口元をゆっくりと歪めた。
「ふふ……あは、あははははっ!」
その笑い声に、クラスメイトたちは凍りついた。
「……恵理? お前、何を……?」
光輝の問いかけにも、恵理は答えない。
ただ、楽しそうに笑い続けていた。
「だって……ようやく、ここまで来たんだもの」
彼女の瞳には、かつての穏やかさなど欠片も残っていなかった。
「みんなには、もう少しだけ付き合ってもらうわね」
その言葉の意味を理解した瞬間、光輝たちの顔から血の気が引いた。
恵理は、最初から彼らの味方ではなかったのだ。
神の思惑が渦巻く王都で、かつての仲間による裏切りが、ついにその姿を現した。