高速飛行船《アルティマヤ・ツィオルキン》は、雲海を切り裂きながら大空を進んでいた。
地上を走る馬車とは比較にならない速度。それでいて船体は驚くほど安定しており、船内では温かな食事を楽しむことも、旅の疲れを癒やすこともできる。
ただし――この船の一角には、一般的な飛行船にはまず存在しない設備があった。
決闘場である。
「よし、じゃあ今日も始めるぞ。まずは天之河、お前からだ」
「……分かった」
ハジメが腕を組んで告げると、天之河光輝は緊張した面持ちで頷いた。
決闘場の周囲には、ハジメ、ユエ、シア、ティオ、香織、清水、雫が集まっている。さらに、決闘を教わる側として光輝、龍太郎、鈴の三人が加わっていた。
新たに5D'sに加わった清水と雫も、勇者一行の訓練に協力している。
目的は単純だ。
これから先、神の使徒や魔人族と戦うことになれば、今までの戦い方だけでは通用しない。魔法や身体能力だけでなく、決闘というもう一つの戦闘体系にも習熟しておく必要があった。
そして何より、ハジメたちが知るこの世界の真実に立ち向かうには、彼ら自身が強くなる必要がある。
「今日はサイバー・ドラゴンを中心にしたデッキの基礎からだ。天之河、お前は以前から機械族に興味があったんだろ?」
「ああ。サイバー系のモンスターは、攻撃力も高いし、展開力もある。使いこなせれば強力だと思っている」
「その認識自体は間違ってねえ。だが、強いモンスターを出すことだけ考えてると、あっという間に詰むぞ」
ハジメは決闘ディスクを起動させた。
「サイバー・ドラゴンは、相手のフィールドにモンスターがいて、こっちにモンスターがいなければ特殊召喚できる。だが、それだけ覚えても意味はねえ。召喚条件、素材の使い方、相手の妨害を受けたときの立て直し――そこまで考えて初めてデッキを扱える」
「分かった。実戦で確かめさせてくれ」
「いいぜ。まずは俺が相手をしてやる」
決闘場の中央に、二人が向かい合った。
「デュエル!」
「デュエル!」
光輝とハジメの声が重なる。
光輝はカードを引き、手札を確認した。
「俺のターン! 手札から《サイバー・ドラゴン》の効果を発動! 相手フィールドにモンスターが存在し、俺のフィールドにモンスターが存在しない場合、このカードを特殊召喚できる!」
銀色の装甲を持つ機械竜が、轟音とともにフィールドへ降り立つ。
攻撃力二千百。
それは、機械族デッキの主軸となるモンスターだった。
「さらに、手札から《サイバー・ドラゴン・コア》を召喚!」
小型の機械竜が姿を現す。光輝はその効果を確認し、少し考えてから口を開いた。
「召喚に成功したとき、デッキから『サイバー』魔法・罠カードを手札に加える。俺は《サイバー・リペア・プラント》を手札に加える!」
「お、効果をちゃんと読んだな」
「当たり前だ。カードの効果を理解せずに戦うつもりはない」
「その意気だ。だが、ここからが問題だぜ」
ハジメは目を細めた。
「サイバー・ドラゴン・コアの効果で何を探すか。今の手札で何ができるか。次のターンに何を残せるか。そこまで考えろ」
「……確かに、今の手札だけで大きな融合モンスターを出すのは難しい」
光輝は手札を見直した。
ここで無理に攻めれば、次のターンに何もできなくなる可能性がある。ならば、まずは次の展開に繋がるカードを確保するべきだ。
「俺はカードを二枚セット。ターンエンドだ!」
「悪くねえ。じゃあ、俺のターンだ」
ハジメはドローすると、手札から《ジャンク・シンクロン》を召喚した。
「召喚成功時、墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! 俺は墓地の《スピード・ウォリアー》を呼び戻す!」
ジャンク・シンクロンとスピード・ウォリアーが並ぶ。
「レベル3のジャンク・シンクロンに、レベル2のスピード・ウォリアーをチューニング!」
星が一つ、二つ、三つと光を放ち、二体のモンスターが光の輪に包まれた。
「集いし星が、新たな力を呼び起こす! シンクロ召喚! 現れろ、《ジャンク・ウォリアー》!」
屈強な戦士が地を踏み鳴らす。
その攻撃力は二千三百。さらに、自身のシンクロ召喚成功時、レベル2以下のモンスターの攻撃力を自身に加える効果を持つ。
ハジメはその効果を発動せず、光輝を見据えた。
「今の召喚は、素材を揃えればシンクロ召喚できるっていう見本だ。だが、毎回シンクロすればいいわけじゃねえ。融合召喚だって同じだ。召喚方法そのものを目的にするな。勝つための手段として使え」
「……分かった」
「なら、次はお前のターンだ。今の盤面をどう崩す?」
光輝はフィールドを見つめる。
攻撃力二千三百のジャンク・ウォリアー。手札にはサイバー系のモンスターと魔法カード。セットしたカードもある。
考えた末、光輝は一枚のカードを手に取った。
「俺のターン! 《サイバー・リペア・プラント》を発動!」
光輝は墓地に《サイバー・ドラゴン》が存在することを確認し、デッキから機械族・光属性モンスターを手札に加える。
「俺は《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》を手札に加える!」
「そのカードを使うなら、墓地のサイバー・ドラゴンをどう扱うかも考えろ。サイバー・ドラゴンとして扱う効果を持つカードもある。融合素材を揃えるとき、名前の扱いを間違えるなよ」
「理解している!」
光輝は手札から《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》を特殊召喚するための手段を使い、フィールドに新たな機械竜を呼び出した。
「さらに、手札から《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚!」
機械竜が二体、フィールドに並ぶ。
「俺は二体のサイバー・ドラゴンを融合!」
融合の光が広がる。
「融合召喚! 現れろ、《サイバー・ツイン・ドラゴン》!」
二つの首を持つ機械竜が、翼を広げて出現した。
攻撃力は二千八百。二回攻撃が可能な、サイバー流の主力モンスターだ。
「サイバー・ツイン・ドラゴンで、《ジャンク・ウォリアー》を攻撃!」
二つの頭部から放たれた光線が、ジャンク・ウォリアーを直撃する。
攻撃力の差は五百。ハジメのライフが五百ポイント減少した。
「よし……!」
光輝の表情に自信が戻る。
だが、ハジメは笑った。
「一回目の攻撃は通ったな。じゃあ、二回目は?」
「もちろん、直接攻撃だ!」
「そう来ると思ったぜ。罠発動――《くず鉄のかかし》!」
錆びたかかしが飛び出し、二度目の攻撃を遮った。攻撃は無効となり、かかしは再び伏せられる。
「なっ……!」
「攻撃を通すことだけ考えてると、こういうことになる。相手の伏せカードが何か分からねえなら、攻撃を通す順番や、先に確認する方法も考えろ。モンスターの攻撃力だけじゃ勝てないんだよ」
光輝は悔しそうに唇を噛んだ。
それでも、彼は視線を逸らさなかった。
「……もう一度だ。今度は、相手の伏せカードを意識する」
「その調子だ。勇者様の看板に頼らず、自分で考えろ」
「言われなくても分かっている!」
そのやり取りを見て、雫が小さく笑った。
「ハジメさん、教え方が容赦ないですね」
「実戦で敵が手加減してくれると思うか?」
「それは……そうですけど」
「なら、ここで恥をかいといた方がマシだ」
ハジメは決闘ディスクを下ろし、光輝の肩を軽く叩いた。
「次はお前が俺を追い詰める番だ。サイバー流を名乗るなら、相手の切り札を正面から叩き潰すくらいの気概を持て」
光輝は真剣な表情で頷いた。
彼の目には、まだ迷いがある。
それでも、決闘を通じて何かを掴もうとしていた。
「つ、次は俺か……?」
龍太郎が決闘場の前に立ち、額の汗を拭った。
「そうだ。お前は決闘自体が初めてなんだろ。なら、最初から難しいことはさせねえ」
「いや、でもよ……カードの種類も、召喚方法も、まだ全然分かってねえんだぞ?」
「だから教えるんだろうが」
ハジメは龍太郎に、基本的なカードを中心に組んだデッキを渡した。
「まずはモンスター、魔法、罠。この三種類を覚えろ。モンスターは基本的に召喚して戦う。魔法は自分の行動を助ける。罠は相手の行動に反応して使うものが多い。例外はいくらでもあるが、最初はそれでいい」
「お、おう……!」
「それと、カードの効果は必ず読む。攻撃力が高いから強い、見た目が派手だから強い、そんな判断は捨てろ。カードにはそれぞれ役割がある」
「分かった!」
対戦相手を務めるのはシアだった。
「よろしくお願いしますね、龍太郎さん!」
「お、おう! 手加減してくれよな!」
「えーっと……ハジメさん、どのくらい手加減すればいいですか?」
「手加減はいらねえ。だが、いきなり殺しにかかるような展開はするなよ」
「決闘で殺しにかかるって何だよ!?」
龍太郎の悲鳴に、周囲から笑い声が上がる。
「それじゃあ、デュエル!」
「デュエル!」
先攻は龍太郎。
彼は五枚の手札をじっと見つめ、しばらく固まった。
「えーっと……まず、モンスターを召喚すればいいんだよな?」
「そうだ。通常召喚できるモンスターなら、基本的に自分のターンに一度召喚できる」
「よし! 俺は《切り込み隊長》を召喚!」
小柄な戦士がフィールドに現れた。
「さらに、手札からレベル4以下の戦士族モンスターを特殊召喚できる効果がある。手札に対象があるなら使ってみろ」
「おお! じゃあ、俺は《一撃必殺侍》を特殊召喚!」
もう一体の戦士が現れる。
「これで二体だ! 攻撃!」
「ちょっと待ってください、龍太郎さん。私のフィールドにはモンスターがいませんよ?」
「だから、今のうちに攻撃しておくんだ!」
龍太郎は二体のモンスターで直接攻撃を宣言する。
シアのライフが減少した。
「よし! いけるじゃねえか!」
「おお、悪くないな。カードの効果を使って展開できた。攻撃宣言も問題ねえ」
ハジメの言葉に、龍太郎は嬉しそうに拳を握った。
しかし、次のシアのターン。
「私のターン! ドロー! 私は《レスキューラビット》を召喚します!」
「お、ウサギか。かわいいな」
「かわいいだけじゃないんですよ!」
シアはカードを見せる。
「《レスキューラビット》は自身を除外することで、デッキから同名の通常モンスター二体を特殊召喚できます。ただし、そのモンスターはエンドフェイズに破壊されます!」
「何ぃ!?」
二体の通常モンスターが並ぶ。
「私は二体のレベル4モンスターで、エクシーズ召喚!」
重なった二体のモンスターが光の渦に包まれ、そこから一体のエクシーズモンスターが現れる。
シアはその効果を使って龍太郎のモンスターを処理し、さらに攻撃を仕掛けた。
「うおおっ!? 俺のモンスターが!?」
「龍太郎さん、相手が何をしてくるか分からないときは、効果を確認してから動くのも大事ですよ!」
「わ、分かった! でも、今のはちょっと格好よかったな!」
ライフを削られ、モンスターを失いながらも、龍太郎は笑っていた。
決闘が終わった後、彼はハジメに駆け寄った。
「なあ、ハジメ! 今のエクシーズ召喚っての、俺もできるようになるか!?」
「そりゃ、覚えりゃできる。だが、召喚方法を増やす前に、まずはカードの効果を正しく読むことからだな」
「よし! 頼むぜ、師匠!」
「誰が師匠だ」
「今そう呼んだら、絶対に断れないと思ってな!」
「……お前、意外と図太いな」
ハジメが呆れたように息を吐くと、シアが楽しそうに笑った。
「龍太郎さん、いいですね! 私も最初は全然分からなかったですけど、覚えていくと楽しくなりますよ!」
「だよな!」
龍太郎は、すでに次のデッキをどうするか考え始めていた。
この男は、少なくとも決闘を始めること自体には向いているのかもしれない。
難しいことを考えるより先に、まずはやってみる。
その単純さは、ときに大きな強みとなる。
「清水くん、よろしくね」
鈴はいつもの明るい笑顔を作ろうとした。
けれど、その笑顔はどこかぎこちない。
「……ああ。よろしく」
清水は短く答え、決闘ディスクを構えた。
彼の表情には、かつてダークシグナーとして人々を襲っていた頃の狂気はない。
しかし、だからといって穏やかになったわけでもなかった。
自分が犯した罪を忘れられない。
自分の手で傷つけた人々のことを忘れられない。
そして、一度死んだはずの自分が、再びこの世界に存在していることさえ、どこか受け入れられずにいる。
その罪悪感を、清水は自分自身に向けていた。
だからこそ、彼のデッキには奇妙なカードが混じっていた。
手札や墓地を利用して展開するインフェルニティ。
そして、勝敗を運に委ねるギャンブルカード。
勝つためだけなら、もっと安定した構築にできるはずだ。
それなのに清水は、あえて不確かなカードを採用していた。
まるで、自分がどこまで不運に見舞われるのか、どこまで苦しめば気が済むのか、確かめようとしているかのように。
「それじゃあ、始めようか」
ハジメの声が決闘場に響く。
「デュエル!」
「デュエル!」
二人のライフが四千に設定され、決闘が始まった。
「私の先攻! ドロー!」
鈴はカードを引き、手札を確認した。
彼女のデッキは六武衆を中心に構築されている。
仲間同士で支え合い、連携して戦う戦士たち。
鈴自身が仲間を大切にしてきたことを思えば、よく似合うデッキだった。
「私は《六武衆の影武者》を召喚!」
小柄な武士がフィールドに現れる。
「さらに、手札から《六武衆の師範》を特殊召喚! 自分のフィールドに六武衆がいるとき、このカードは特殊召喚できる!」
屈強な武士が影武者の隣に並び立った。
「私はレベル2の《六武衆の影武者》に、レベル4の《六武衆の師範》をチューニング!」
鈴は二体のカードを掲げる。
「集いし武士の魂よ、戦場を切り開け! シンクロ召喚!」
光が渦巻き、紫の甲冑をまとった武士が姿を現した。
「現れて、《真六武衆-シエン》!」
攻撃力二千五百のシエン。
魔法・罠カードの発動を無効にできる、六武衆の切り札の一体だ。
「私はカードを一枚伏せて、ターンエンド!」
鈴は一息ついた。
最初の動きは悪くない。
必要なモンスターを揃え、シエンをシンクロ召喚し、伏せカードも確保した。
いつもの鈴なら、ここから相手の出方を見極め、次のターンに備えられる。
しかし、目の前にいるのは清水だった。
かつて神の力に魅入られ、闇の決闘者となった少年。
自分たちを裏切った恵理と同じように、仲間だった人間が別の道へ進んでしまった姿を、鈴は知っている。
清水がカードを引く。
その瞬間、鈴の脳裏に別の少女の笑顔がよぎった。
恵理。
いつも一緒に笑っていた親友。
困ったときには相談し、くだらない話をして、何度も助け合ってきた相手。
その恵理が、あの王都で見せた笑顔。
死者を操り、何百人もの人々を殺し、仲間たちを平然と裏切った少女の笑顔。
――あれも、全部嘘だったの?
「……鈴?」
清水の声で、鈴は我に返った。
「えっ? あ、ごめん。何でもないよ」
清水は何も言わず、自分の手札に視線を戻した。
だが、その一瞬の隙を見逃さなかった。
「俺のターン。ドロー」
清水はカードを引いた。
手札は五枚。
彼はその中から一枚を墓地へ送り、モンスターを展開する準備を整えた。
「俺は手札の《インフェルニティ・ネクロマンサー》を通常召喚する」
黒いローブをまとった魔術師がフィールドに立つ。
「そして、手札を使い切る」
「えっ……?」
鈴が目を見開いた。
清水は残った手札からカードを次々と発動し、モンスターを墓地へ送る。インフェルニティは手札がゼロ枚のときに真価を発揮するカードが多い。
彼は自ら手札を空にして、その条件を満たしたのだ。
「墓地の《インフェルニティ・ネクロマンサー》の効果。手札がゼロ枚のとき、墓地のインフェルニティを蘇生する」
墓地から一体のモンスターが戻ってくる。
「さらに、《インフェルニティ・デーモン》を特殊召喚!」
黒い悪魔が現れた。
「手札がゼロ枚の状態で特殊召喚に成功した《インフェルニティ・デーモン》の効果を発動。デッキからインフェルニティカードを手札に加える」
清水はデッキから一枚を抜き取った。
「《インフェルニティ・ガン》を手札に加える」
そして、すぐさまそのカードを発動する。
「《インフェルニティ・ガン》の効果。手札がゼロ枚の状態でこのカードを墓地へ送ることで、墓地のインフェルニティを二体まで特殊召喚できる」
清水は墓地から二体のモンスターを呼び戻した。
あっという間に、彼のフィールドにモンスターが並ぶ。
「さらに、レベル4のモンスター二体でオーバーレイ!」
黒い渦が二体を包み込む。
「エクシーズ召喚! 《インフェルニティ・デス・ドラゴン》……じゃない、《インフェルニティ・デストロイヤー》でもない……」
清水は一瞬だけ言葉を切った。
そして、別の展開を選ぶ。
「いや、ここはシンクロ召喚だ。レベル4のモンスターに、レベル2のチューナーをチューニング!」
闇の光がフィールドを包み込む。
「地獄の底から這い上がれ! シンクロ召喚! 《インフェルニティ・デス・ドラゴン》!」
漆黒の竜が咆哮した。
その姿を見て、鈴の肩がびくりと跳ねる。
黒い翼。
禍々しい赤い光。
かつて清水がダークシグナーだった頃の記憶が、鈴の心を刺激した。
「……っ」
清水はその反応に気づいた。
だが、カードを動かす手は止まらない。
「手札がゼロ枚のとき、《インフェルニティ・デス・ドラゴン》の効果を発動。自分の墓地のインフェルニティを一体除外し、相手フィールドのモンスターを破壊する」
鈴のシエンが黒い炎に包まれた。
「シエン!」
鈴は反射的に叫んだ。
シエンが炎の中へ消えていく。
清水は続けて攻撃を宣言した。
「《インフェルニティ・デス・ドラゴン》で、直接攻撃!」
漆黒の竜が翼を広げ、闇の炎を放つ。
「きゃあっ!」
鈴のライフが四千から千八百へと減少した。
残ったライフは千八百。
清水のライフは四千のままだ。
「……俺のターンは終わりだ」
清水は淡々と告げた。
その声に、勝利への喜びはない。
ただ、決められた手順をこなしただけのようだった。
「どうした、鈴?」
清水が尋ねる。
「……え?」
「さっきから、俺のカードを見るたびに動きが止まる」
鈴は唇を噛んだ。
「それは……」
「俺がダークシグナーだったからか?」
鈴は答えられなかった。
清水は自分のフィールドを見つめる。
「そうだよな。俺が何をしたか、忘れられるわけがない」
「違う、清水くん。私は……」
「無理に否定しなくていい」
清水は自嘲するように笑った。
「俺は、許されるようなことをしていない」
その言葉が、鈴の胸を締めつけた。
彼の言葉を否定したい。
けれど、清水が犯した罪を簡単に許すこともできない。
そして何より、彼の姿を見るたびに、恵理の裏切りが脳裏をよぎってしまう。
鈴はカードを握りしめた。
「……私のターン」
鈴はドローしたカードを確認した。
手札には、展開に使えるカードがある。
墓地には六武衆のモンスターもいる。
ここからなら、シエンを再び呼び出すこともできるはずだった。
しかし、鈴は動けなかった。
目の前の清水が、かつての自分のように仲間を失い、過去に囚われているように見えたからだ。
いや、違う。
清水は、自分自身を罰することを選んでいる。
自分の命さえ、粗末に扱おうとしている。
それが分かるからこそ、鈴は何を言えばいいのか分からなかった。
「私は……《六武衆の師範》を墓地から……」
カードを動かしかけた手が止まる。
清水の視線が、鈴の指先へ向いた。
「……どうした?」
「何でもない!」
鈴は声を荒らげた。
「私はカードを一枚伏せて、ターンエンド!」
何もできなかった。
せっかくの手札を活かせず、清水の攻勢を止めることもできなかった。
ハジメが小さく舌打ちする。
「……あいつ、完全に自分の思考に呑まれてやがる」
ユエは静かに鈴を見つめていた。
「恵理のことを思い出している」
「だろうな。だが、今の清水は恵理じゃねえ。鈴が戦ってる相手は清水だ」
ハジメの視線は鋭い。
「それを見失ったままじゃ、決闘に勝てるわけがねえ」
一方、清水は自分のターンを迎えた。
「俺のターン。ドロー」
彼はカードを引き、しばらく手札を見つめた。
そして、その中から一枚を抜き取る。
「……ここで、これを使う」
清水が発動したのは、運に左右されるギャンブルカードだった。
「俺はこのカードの効果を発動する。結果がどうなるかは……運次第だ」
彼の声は、どこか投げやりだった。
「清水くん、そんなカードを……!」
鈴が思わず声を上げる。
清水は振り返らない。
「成功すれば、俺はさらに展開できる。失敗すれば、ここで終わりだ」
「だったら、もっと確実なカードを使えばいいじゃない!」
「……確実なものなんて、俺にはない」
清水の言葉に、鈴は息を呑んだ。
「俺が何をしても、過去は変わらない。俺が生き返ったことだって、本当に正しかったのか分からない。なら、せめて……自分がどこまで不運に耐えられるか、確かめてみたくなる」
「そんなの……!」
鈴は叫びかけて、言葉を失った。
清水はカードの効果処理を進める。
結果は、彼にとって不利なものだった。
手札もフィールドも、期待したほどの恩恵を受けられない。
それでも清水は、顔色一つ変えなかった。
「……そうか。やっぱり、俺はこういうものか」
まるで、自分が負けることを望んでいたかのように。
鈴の胸の奥で、何かが軋んだ。
恵理の裏切りを思い出したときとは違う痛みだった。
清水は、自分を罰するために決闘をしている。
勝つためではなく、負けても仕方がないと思うために。
「……ふざけないで」
鈴の口から、思わず言葉が漏れた。
「え?」
「ふざけないでよ、清水くん!」
清水が初めて、はっきりと鈴を見た。
「自分が不運かどうか確かめるために、決闘をしてるの!? 負けてもいいって思いながら、カードを使ってるの!?」
「……俺は」
「そんなの、決闘じゃないよ!」
鈴の声が震える。
「勝ちたいと思って戦ってる相手に、失礼だよ!」
清水は何も言えなかった。
鈴自身、言葉にしながら驚いていた。
彼女は今まで、清水に何を言えばいいのか分からなかった。
許せるのか。
許せないのか。
彼が仲間として戻ってきたことを、どう受け止めればいいのか。
答えはまだ見つかっていない。
けれど、これだけは分かった。
目の前の清水が、自分自身を傷つけるような戦い方をすることは、見過ごしたくなかった。
「……俺は、勝つ資格なんてない」
清水が呟く。
「そんな資格、誰が決めたの?」
鈴はすぐに言い返した。
「自分が悪いことをしたからって、勝っちゃいけないなんて決まりはないでしょ!」
「……」
「罪を償うことと、自分を傷つけることは違うよ。そんなことをしても、あなたが傷つけた人たちが戻ってくるわけじゃない!」
清水は、握っていたカードを見つめた。
鈴の言葉は、彼がずっと避けていたものだった。
自分の罪を認めること。
その罪を背負ったまま、生きていくこと。
そして、自分が生きていることを受け入れること。
それは、ただ苦しみ続けるよりも、ずっと難しいことだった。
「……俺のターンは終わりだ」
清水は攻撃をせず、ターンを終了した。
鈴は深く息を吸い込んだ。
「私のターン。ドロー!」
引いたカードを確認する。
今度は、迷わなかった。
「私は手札から《六武衆の師範》を特殊召喚!」
屈強な武士がフィールドに現れる。
「そして、墓地の《六武衆の影武者》を蘇生する!」
影武者が再び立ち上がった。
「レベル2の影武者に、レベル4の師範をチューニング!」
鈴の声が決闘場に響き渡る。
「集いし六武の魂よ、今こそ再び立ち上がれ! シンクロ召喚!」
光の中から、紫の甲冑をまとった武士が姿を現した。
「《真六武衆-シエン》!」
攻撃力二千五百。
先ほど破壊されたシエンが、再びフィールドへ帰還した。
「さらに、私は墓地の六武衆を利用して展開を続ける!」
鈴は手札のカードを確認し、必要なモンスターを並べていく。
清水の表情が変わった。
先ほどまでの鈴なら、ここで躊躇していた。
しかし、今は違う。
彼女は自分が何をしたいのかを理解している。
「シエンの効果を発動! 魔法・罠カードの発動を無効にする!」
清水が発動しようとした魔法カードを、シエンが斬り伏せる。
「……っ」
清水は別の手段を探ろうとする。
だが、鈴はその動きを見逃さなかった。
「まだ終わりじゃないよ!」
鈴はカードを一枚発動し、六武衆の連携をさらに強化する。
「《六武衆の師範》で、《インフェルニティ・ネクロマンサー》を攻撃!」
武士が刀を振り下ろす。
ネクロマンサーが破壊され、清水のライフが減少した。
「続けて、《真六武衆-シエン》で攻撃!」
シエンが漆黒の竜へ向かって駆け出す。
「……させるか!」
清水は墓地のカードを利用して反撃の準備を整えた。
だが、鈴はすぐに対応した。
「私は伏せていた罠カードを発動! あなたの攻撃を止める!」
清水の攻勢が遮られる。
鈴はカードを握りしめた。
「私は……まだ、恵理のことを許せるか分からない」
唐突な言葉に、清水の動きが止まる。
「何が本当だったのか、今でも分からない。あの子が私たちと過ごした時間まで全部嘘だったのか、それとも……どこかに本当の気持ちがあったのか」
鈴は一度目を閉じた。
親友の笑顔が、脳裏に浮かぶ。
その笑顔が裏切りへと変わった瞬間も、忘れられない。
「でも、分からないからって、私は自分のことまで諦めたくない。恵理のことを考えるたびに、何もできなくなるのは……もう嫌なの!」
鈴は目を開いた。
「だから、私は勝つよ! 清水くんが自分を傷つけるために戦うなら、私はあなたに勝って、そんな戦い方をやめさせる!」
清水は呆然と鈴を見つめた。
自分が許されるかどうか。
自分が生きていていいのかどうか。
その答えを他人に求めることすら、彼は恐れていた。
けれど鈴は、許すとも、許さないとも言わなかった。
ただ、勝つと言った。
今、目の前にいる自分を相手として見て、勝とうとしていた。
それが、清水には眩しかった。
「……そうか」
清水は小さく息を吐いた。
「お前は、ちゃんと前を向こうとしてるんだな」
「清水くんだって、そうしなきゃ駄目だよ!」
「……ああ」
清水の目から、ほんの少しだけ投げやりな色が消えた。
「俺のターン。ドロー!」
清水はカードを引いた。
手札はゼロ枚。
フィールドには《インフェルニティ・デス・ドラゴン》が残っている。
墓地には、これまで使ったインフェルニティのモンスターたち。
彼はしばらくカードを見つめていた。
ここでギャンブルカードを使えば、逆転の可能性はあるかもしれない。
だが、結果は分からない。
失敗すれば、勝ち筋はほぼ消える。
成功すれば、鈴を追い詰められる可能性がある。
以前の清水なら、迷わずそのカードを選んでいたかもしれない。
自分の悪運を試すために。
負けても構わないと思うために。
けれど今は、違った。
「……俺は、ギャンブルカードを使わない」
鈴が目を見開く。
清水はデッキを見つめ、墓地のカードを確認した。
「墓地の《インフェルニティ・ネクロマンサー》を利用する。手札がゼロ枚のとき、その効果で墓地のインフェルニティを特殊召喚する」
墓地からモンスターが戻ってくる。
「さらに、《インフェルニティ・ガン》の効果で、墓地のモンスターを蘇生!」
清水のフィールドに再びモンスターが並んだ。
「俺はレベル4のモンスターに、レベル2のチューナーをチューニング!」
黒い光が広がる。
「シンクロ召喚! 《インフェルニティ・デス・ドラゴン》!」
漆黒の竜が再び咆哮した。
清水はその竜を見上げた。
「……お前は、俺の罪まで消してくれるわけじゃない」
竜が翼を広げる。
「でも、だからって……戦うことまで諦める必要はないんだな」
彼は鈴を見据えた。
「俺は《インフェルニティ・デス・ドラゴン》の効果を発動する! 墓地のインフェルニティを除外し、相手フィールドのモンスターを破壊する!」
黒い炎がシエンへ向かう。
鈴はカードを構えた。
「シエンを守るために、罠カードを発動!」
炎が逸らされ、シエンはフィールドに残った。
「……やっぱり、簡単には通してくれないか」
「当たり前だよ!」
鈴は笑った。
今度の笑顔は、先ほどまでの作り物ではなかった。
「私だって、勝つために戦ってるんだから!」
清水は、その表情を見つめた。
そして、静かに頷いた。
「なら、俺も……最後まで戦う」
清水は攻撃を宣言した。
「《インフェルニティ・デス・ドラゴン》で、《真六武衆-シエン》を攻撃!」
漆黒の竜が黒い炎を吐き出す。
シエンは炎に包まれ、消滅した。
鈴のライフが減少する。
残りはわずか。
清水はさらに展開を試みたが、鈴が伏せていたカードによって止められた。
攻撃はそこで途切れた。
「……俺のターンは終わりだ」
清水は、今度は悔しそうに唇を噛んだ。
負けてもいいとは思わなかった。
勝ちたいと思った。
自分が選んだカードで、目の前の相手に勝ちたい。
その気持ちが、ほんの少しだけ戻っていた。
「私のターン!」
鈴がカードを引く。
手札には、勝負を決めるためのカードがあった。
彼女はフィールドと墓地を確認し、最後の展開に入る。
「私は《六武衆の師範》を召喚!」
武士が現れる。
「そして、墓地の《六武衆の影武者》を特殊召喚!」
影武者が師範の隣に並んだ。
「レベル2の影武者に、レベル4の師範をチューニング!」
再びシンクロ召喚の光が広がる。
「集いし六武の魂よ、今こそ勝利を切り開け! シンクロ召喚! 《真六武衆-シエン》!」
シエンが現れた。
その刀が、まっすぐに清水の竜へ向けられる。
「シエンで、《インフェルニティ・デス・ドラゴン》を攻撃!」
「……迎え撃つ!」
清水は最後まで抵抗した。
しかし、鈴の攻撃は止まらない。
シエンの刃が漆黒の竜を切り裂き、竜は轟音とともに消滅した。
清水のライフがゼロになる。
「勝者、鈴!」
決闘終了のアナウンスが響いた。
「……負けたか」
清水はカードを片づけた。
その顔に浮かんでいたのは、いつもの自嘲ではなかった。
悔しさ。
自分の選択が届かなかったことへの悔しさだった。
「清水くん……」
鈴が声をかける。
「……ありがとう」
「え?」
「最後まで、俺を相手として見てくれて」
清水は、ゆっくりと頭を下げた。
「俺はずっと、自分が勝っていいのか分からなかった。自分が生きていていいのかさえ、分からなかった。だから、負けても仕方がないと思えるようなカードを入れていたんだ」
彼は自分のデッキを見つめた。
「でも、今日の決闘で分かった気がする。自分がやったことは、消えない。俺が生き返ったからって、何もなかったことにはならない」
清水は拳を握りしめた。
「だからこそ、これから何をするかは……自分で決めなきゃいけないんだな」
鈴は静かに頷いた。
「うん。私も、まだ恵理のことをどう思えばいいのか分からない」
彼女は少しだけ視線を落とす。
「許せるかどうかも、分からない。でも……今の私にできることを、一つずつやっていこうと思う」
「……そうか」
「清水くんも、そうしてほしい。自分を傷つけるためじゃなくて、生きていくために決闘してほしい」
清水はしばらく黙っていた。
そして、かすかに笑った。
「……ああ。次は、ギャンブルカードに頼らずに勝つ」
「うん。私も負けないからね!」
二人は決闘ディスクを下ろした。
周囲から拍手が起こる。
龍太郎が大きく手を叩いた。
「いやー、すげえ決闘だったな! 俺もあんなふうに戦えるようになりてえ!」
「まずはカードの効果を覚えるところからですよ、龍太郎さん」
シアが笑いながら言う。
「分かってるって!」
香織はほっとしたように微笑み、雫も頷いた。
「二人とも、いい決闘でした」
光輝は腕を組み、真剣な顔で言った。
「……俺も、もっとデッキを理解しないとな」
その様子を見ていたハジメは、ようやく口元を緩めた。
「ま、最初に比べりゃ上出来だな」
ユエがハジメの袖を引く。
「清水は、少し変われた?」
「さあな。たった一回の決闘で、過去の罪が消えるわけじゃねえ」
ハジメは清水と鈴を見た。
「だが、自分を罰するためだけにカードを使うのをやめる。その一歩にはなったんじゃねえか」
ユエは小さく頷いた。
決闘場の中央では、鈴が清水に何かを話している。
まだぎこちない。
恵理の裏切りは、彼女の心に深い傷を残している。
清水の罪も、簡単に消えるものではない。
それでも二人は、もう一度カードを握った。
過去を忘れるためではなく。
過去から逃げるためでもなく。
これから先、自分がどう生きるかを選ぶために。
ハジメは義手の決闘ディスクを軽く叩き、飛行船の窓の向こうへ視線を向けた。
やがて帝国へ到着すれば、シアの父親を探すための戦いが始まる。
亜人族を奴隷として扱う帝国。
消息を絶ったカム・ハウリア。
そして、その背後に潜んでいるかもしれない神の思惑。
旅はまだ終わらない。
だからこそ、今は仲間たちが少しでも強くなることが必要だった。
「次は龍太郎。今の決闘を見て、何を学んだ?」
「えっ、俺!? そ、そうだな……ギャンブルカードは怖いってことか?」
「……違う。いや、それも間違いじゃねえが」
ハジメは額を押さえた。
決闘場に、再び笑い声が響いた。
「次は私ですね」
雫は決闘ディスクを調整しながら、穏やかに微笑んだ。
「相手は……ハジメさん、お願いできますか?」
「いいぜ。お前のブラックフェザー、どこまで仕上がってるか見せてもらう」
「はい」
雫はカードを引いた。
「デュエル!」
「デュエル!」
雫の先攻。
「私のターン。《BF-疾風のゲイル》を召喚!」
黒い翼を持つ鳥人型のモンスターが姿を現した。
「ゲイルの効果で、相手モンスターの攻撃力と守備力を半分にします。対象は……ハジメさんの《ジャンク・シンクロン》です」
ゲイルが翼を広げ、黒い風を巻き起こす。
ジャンク・シンクロンの力が弱まった。
「さらに、手札から《BF-黒槍のブラスト》を特殊召喚!」
もう一体のブラックフェザーが舞い降りる。
「フィールドにブラックフェザーが存在する場合、ブラストは特殊召喚できます。私は二体のモンスターでシンクロ召喚!」
黒い翼が旋回し、二体のモンスターが光の輪に包まれた。
「黒き旋風よ、戦場を切り裂け! シンクロ召喚! 《BF-アーマード・ウィング》!」
黒い鎧をまとった鳥戦士が現れる。
戦闘では破壊されにくく、戦闘相手に楔カウンターを置いて弱体化させる効果を持つモンスターだ。
「私はカードを二枚伏せて、ターンエンドです」
「……なるほどな」
ハジメは雫の盤面を見た。
「展開を急ぎすぎず、妨害も残してきたか。いい判断だ」
「ありがとうございます」
「だが、俺も手加減はしねえぞ」
ハジメはカードを引いた。
「俺のターン。手札から《ジャンク・シンクロン》を召喚!」
雫はすぐに反応した。
「その召喚に対して、罠カードを発動します。《神の警告》!」
ライフを支払い、召喚を無効にする。
「ジャンク・シンクロンの効果を使わせてもらう前に止める……か。悪くねえ」
ハジメは召喚を無効にされたモンスターを墓地へ送り、手札を確認した。
だが、彼の手には別の展開手段が残っていた。
「なら、こっちだ。手札から《クイック・シンクロン》を特殊召喚!」
ハジメは手札のモンスターを墓地へ送り、クイック・シンクロンを特殊召喚する。
「さらに、《レベル・スティーラー》……じゃねえな。今の構築じゃ使わねえ。墓地の《スピード・ウォリアー》を蘇生する!」
彼は蘇生カードを使い、モンスターを呼び戻した。
「レベル5のクイック・シンクロンに、レベル2のスピード・ウォリアーをチューニング!」
星が輝き、黒い翼の戦士を前に、新たなモンスターが姿を現す。
「シンクロ召喚! 《ジャンク・バーサーカー》!」
大剣を持つ戦士が咆哮した。
「墓地のジャンク・シンクロンを除外して、相手モンスターの攻撃力を下げる!」
雫は即座に対応する。
「その効果にチェーンして、罠カードを発動します!」
伏せカードが開かれ、ハジメのモンスターの攻撃を妨げる効果が適用された。
ハジメは口元を吊り上げた。
「伏せカードが二枚ある以上、当然そう来るよな」
「はい。ハジメさんなら、必ず別の手段を用意していると思いました」
「そいつは買いかぶりすぎだ。俺だってミスはする」
ハジメは手札から魔法カードを発動し、墓地のモンスターを再利用する準備を整えた。
そこからの攻防は一進一退だった。
ハジメはジャンク系のモンスターを繋ぎ、シンクロ召喚を狙う。雫はブラックフェザーの展開力と罠カードを駆使して、それを食い止める。
ハジメが一体のモンスターを突破しても、雫は次のモンスターを呼び出す。
雫が攻勢に出れば、ハジメは戦闘の順番と効果の使いどころを見極めて反撃する。
最後には、雫のブラックフェザーが一斉に羽ばたいた。
「私は《BF-精鋭のゼピュロス》の効果を使い、フィールドのカードを手札に戻します。そして、条件を満たして特殊召喚!」
雫は墓地からの再利用を絡め、さらに展開を続けた。
「チューナーと非チューナーを揃えて、シンクロ召喚! 《BF-アームズ・ウィング》!」
続いて、別のブラックフェザーを使い、追加のシンクロ召喚へ繋げる。
ハジメはその動きを見て、僅かに目を細めた。
「……マジで互角かよ」
「まだ終わっていませんよ、ハジメさん」
雫は穏やかな声で言った。
「私はこのターンで決めます!」
黒い翼が連続して攻撃を仕掛ける。
ハジメは最後の防御札を発動し、攻撃を凌いだ。
その瞬間、雫の表情がわずかに変わる。
「……ここまで読まれていましたか」
「いや。お前が強いから、こっちも真面目にやらなきゃならねえだけだ」
ハジメは手札を確認する。
「俺のターン。ここで決める」
彼はカードを引き、必要な素材を揃えるためにモンスターを展開した。
シンクロ召喚の光が決闘場を満たす。
しかし、その召喚を前にして雫は最後の罠を発動し、ハジメの攻勢を止めた。
ハジメは舌打ちした。
「……ちっ。そこまで読んでやがったか」
「ハジメさんのデッキは、何度も見ていますから」
「見てるだけで、ここまで対応できるようになるとはな」
決闘は長引き、互いのライフが削られていく。
そして最後の攻防。
雫はブラックフェザーを使って攻撃を仕掛け、ハジメは残ったカードで迎撃する。
互いに一歩も譲らないまま、二人は同時に決定打を狙った。
結果は――引き分け。
双方のライフが尽きる寸前、最後の攻撃と効果処理が重なり、勝者を決められないまま決闘が終了した。
「……はあ。まさか引き分けとはな」
ハジメが息を吐く。
「雫、お前、本当に強くなったな」
「ありがとうございます。でも、まだハジメさんに勝てていません」
「そのうち勝つさ。今の時点で俺たちと互角にやれるなら、十分だ」
雫は嬉しそうに笑った。
彼女はもう、守られるだけの少女ではない。
自分の判断で戦い、仲間と肩を並べられる決闘者になっていた。
決闘場での訓練が一段落した頃、飛行船の操舵室から連絡が入った。
「ハジメさん! 前方の地上に人影が見えます!」
操舵を担当していた船員の声に、ハジメは顔を上げた。
「人影? こんな場所で何を……」
「複数の馬車と、武装した集団です。戦闘があったようにも見えます!」
「高度を下げろ。確認する」
ハジメたちは甲板へ出た。
雲の切れ間から見えた地上では、武装した一団が何台もの馬車を囲んでいた。馬車の荷台には、耳や尻尾を持つ亜人たちが押し込められている。
その周囲で戦っていたのは、兎人族の戦士たちだった。
「……あれは」
シアが目を見開いた。
「ハウリア族……!?」
彼女の声に、ハジメたちの視線が集まる。
兎人族の一団は、奴隷商人らしき男たちを次々に無力化していた。かつてのハウリア族は臆病で、戦うことを恐れていた。
だが、今は違う。
身を低くして敵の懐へ潜り込み、仲間と連携し、相手の武器を奪い、確実に戦闘能力を削いでいく。
無駄な動きはない。
敵が一人倒れれば、次の者がすぐにその穴を埋める。
訓練された戦士たちの動きだった。
「……おいおい。あいつら、いつの間にここまで強くなったんだ?」
ハジメが呆れたように呟く。
「ハジメさんが鍛えたからですよ!」
シアは誇らしげに胸を張った。
「まあ、確かに俺が仕込んだんだが……あの親父、どこまでやらせたんだ?」
やがて戦闘は終わり、奴隷として捕らえられていた亜人たちが解放された。
飛行船は安全な場所に着陸し、ハジメたちは地上へ降りた。
ハウリア族の一人が、シアの姿を見つけて目を丸くする。
「シア様!?」
「みんな!」
シアは駆け寄り、兎人族の戦士たちと再会を喜んだ。
「久しぶり! みんな元気そうでよかった!」
「シア様こそ、ご無事で何よりです!」
「お父さんは? お父さんも一緒なの?」
その問いに、戦士たちの表情が曇った。
シアはすぐに異変を察した。
「……どうしたの?」
兎人族の男が、苦しそうに口を開いた。
「実は……帝国が、亜人族を奴隷として連れ去っているという話が広まったのです」
「帝国が……?」
シアの顔から笑みが消えた。
「各地で亜人族が捕らえられ、奴隷として売られている。私たちハウリア族も、救出できる者を探して各地を回っていました」
「それで、さっきの人たちを……」
「はい。今回の集団も、亜人族を帝国へ運ぼうとしていた者たちです。私たちは襲撃して、捕らわれていた者たちを解放しました」
ハジメは腕を組み、静かに話を聞いていた。
帝国。
魔人族との戦争に関わり、神の思惑とも無関係ではいられない国。
そこが亜人族を奴隷として扱っているというなら、見過ごすわけにはいかない。
しかし、シアにとってはそれ以上に気がかりなことがあった。
「……お父さんは?」
彼女はもう一度尋ねた。
兎人族の男は、視線を落とした。
「カム殿は……帝国のやり方に激怒されました」
シアの父親、カム・ハウリア。
かつては一族を守るために頭を下げ、臆病に振る舞うことさえ受け入れていた男。
だが、ハジメの訓練を受け、ハウリア族が変わってからは違った。
弱いまま虐げられるのではなく、戦う力を手に入れる。
自分たちの大切な者を、自分たちの手で守る。
その決意を誰よりも強く抱いていた男だった。
「カム殿は、帝国が亜人族を奴隷にしていると知り、我慢できなかったのです」
「……それで?」
「一族の一部を率いて、帝国へ向かわれました。奴隷にされた亜人族を解放するために、帝国に直接乗り込むと……」
「お父さんが……帝国にカチコミを……?」
シアの声が震えた。
兎人族の男は苦しげに頷いた。
「はい。ですが、その後の消息が分からなくなりました」
その言葉を聞いた瞬間、シアの表情から血の気が引いた。
「……そんな」
彼女は唇を噛みしめる。
父親が危険なことをしている。
しかも、帝国という大国に対して、少数の仲間とともに正面から乗り込んだのだ。
ハウリア族が強くなったことは知っている。以前とは比べ物にならないほど、戦える一族になったことも分かっている。
それでも、帝国は広大で、兵力も多い。
いくら強くなったからといって、無事でいられる保証などなかった。
「……ハジメさん」
シアはハジメを振り返った。
その瞳には、必死に抑え込もうとしても隠しきれない不安が浮かんでいた。
「私……お父さんを助けに行きたいです」
「……そうだろうな」
ハジメは短く答えた。
「樹海の大迷宮を攻略する予定だったけど……」
シアは一度、言葉を切った。
今の旅の目的は、元の世界へ帰る手掛かりを集めることだ。
そのためには、各地の大迷宮を攻略し、千年アイテムや三幻神、シグナーと六体の竜にまつわる手掛かりを集めなければならない。
樹海の大迷宮も、その重要な目的地の一つだった。
しかし――。
「お父さんが、みんなが危ない目に遭ってるのに……私だけ先に進むなんてできません」
シアの声は、決して大きくはなかった。
だが、そこには揺るぎない決意があった。
「私は、ハウリア族の一員です。みんなを助けたい。お父さんを助けたいんです」
ハジメはシアを見つめた。
彼女がそう言うことは分かっていた。
シアは自分のことになると遠慮がない。けれど、家族や仲間が関わるときには、誰よりも真剣になる。
それは、弱さではない。
自分が守りたいものを、はっきり理解しているということだ。
「……ユエ」
「ん」
「どう思う?」
ユエは少しだけ考え、すぐに答えた。
「樹海の大迷宮は逃げない。でも、シアのお父さんたちは、今も危険な場所にいるかもしれない」
「だな」
ティオも頷いた。
「亜人族を奴隷として扱う帝国の行いも、放置してよいものではないじゃろう。妾たちが向かうことで、助けられる者がいるのならば、行く価値はある」
香織も、真剣な顔で口を開いた。
「私も賛成です。今の私たちなら、助けられる人がいるかもしれません」
「……俺も、行くべきだと思う」
清水が静かに言った。
「目の前で苦しんでいる人を見捨てて、先へ進むのは……もう、したくない」
雫も頷いた。
「シアさんのお父さんを助けましょう。私たちなら、きっと力になれます」
ハジメは仲間たちの顔を見渡した。
そして、シアへ視線を戻す。
「決まりだな」
「……ハジメさん」
「樹海の大迷宮は後回しだ。先に帝国へ向かう」
シアの瞳が大きく見開かれた。
「いいんですか……?」
「お前の親父が勝手に敵の本拠地に突っ込んだんだ。放っておいたら、後で何を言われるか分かったもんじゃねえ」
「ハジメさん……!」
「勘違いするな。俺はお前の親父を助けるためだけに行くんじゃねえ。亜人族を奴隷にしてる連中がいるなら、そいつらの事情も確かめる。必要なら、まとめて叩き潰す」
ハジメは口元を吊り上げた。
「それに、帝国が神の思惑とどう繋がってるかも気になる。どうせ避けて通れない問題なら、今のうちに片づけるのも悪くねえ」
シアは目を潤ませながら、何度も頷いた。
「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます!」
「礼は親父を見つけてから言え」
「はい!」
シアは拳を握りしめた。
その顔には、まだ不安が残っている。
けれど、それ以上に強い決意が宿っていた。
* * *
飛行船へ戻った一行は、すぐに進路を変更した。
目的地は樹海ではない。
帝国。
亜人族を奴隷として連れ去り、シアの父親カム・ハウリアが消息を絶った場所。
飛行船が再び空へ舞い上がる。
船内では、先ほどまで決闘の訓練に使われていた決闘場が静かになっていた。
光輝は自分のサイバーデッキを見つめ、カードの効果を一枚ずつ確認している。
龍太郎は、シアに教わったエクシーズ召喚の仕組みを何度も復習していた。
鈴は六武衆のカードを手に取り、ひとつひとつの効果を読み直している。恵理の裏切りによる傷は、まだ深い。それでも、彼女はもう一度カードを握ろうとしていた。
清水はインフェルニティのデッキを組み直していた。
ギャンブルカードをすべて抜いたわけではない。
だが、自分を傷つけるためだけにカードを選ぶことは、少しずつやめようとしていた。
雫はブラックフェザーのカードを整理しながら、次にハジメと戦うときは必ず勝つと静かに決意している。
そして、シアは窓の外を見つめていた。
その視線の先にあるのは、まだ見えない帝国の大地。
父親が生きているのか。
どこにいるのか。
無事なのか。
答えは、何一つ分からない。
それでも、彼女は前を向いていた。
「お父さん……待っててね」
小さな呟きは、飛行船のエンジン音にかき消された。
その隣に、ハジメが立つ。
「心配するなとは言わねえ。だが、最悪の結果を勝手に決めつけるな」
「……はい」
「生きてる可能性があるなら、探しに行く。見つけたら、あとは本人に説教でも何でもしてやれ」
シアは涙を拭い、少しだけ笑った。
「はい! お父さんには、いっぱい言いたいことがありますから!」
「だろうな。俺も一発くらい殴ってやりたい気分だ」
「えっ!? ハジメさん、お父さんを殴るんですか!?」
「生きてたらな」
「そ、それは……お父さんが悪いことをしていたら、私も止めますけど……!」
「その前に、勝手に帝国へ突っ込んだことを反省させる必要があるだろ」
シアは困ったように笑い、それから再び窓の外を見た。
飛行船は雲を突き抜け、帝国へと進んでいく。
樹海の大迷宮攻略は延期。
新たな目的は、シアの父親の救出と、帝国による亜人族奴隷化の実態調査。
そして、帝国の背後に潜むものを見極めること。
ハジメは義手の決闘ディスクに目を落とした。
神が世界を弄び、人々を駒として扱っている。
ならば、その盤面をひっくり返すために必要なのは、力だけではない。
仲間を信じ、カードを選び、勝つために考え抜くこと。
決闘も、現実の戦いも、本質は同じだ。
「さて……帝国には、どんな連中が待ってるのかね」
ハジメの呟きに、ユエが隣から答えた。
「邪魔するなら、倒すだけ」
「ま、そういうことだ」
ハジメは不敵に笑った。
《アルティマヤ・ツィオルキン》は、帝国へ向けて加速する。
その先に待つのが、救出劇か、戦争か、それとも神の仕掛けた新たな罠なのか。
まだ、誰にも分からない。
ただ一つ確かなことは――。
5D'sは、仲間のために進路を変えた。
そして、その決断が新たな戦いの幕を開けようとしていた。