「ありふれた遊戯王で世界最強」   作:武藤 桜

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第二十九話「兎人族の反乱――帝国皇帝と三幻魔」

高速飛行船《アルティマヤ・ツィオルキン》は、ついにハルツィナ大迷宮を擁する樹海へ向かう航路を外れ、帝国領へと到着した。

 

 眼下に広がるのは、石造りの巨大な城壁に囲まれた都市だった。

 

 整然と区画された街並み。立派な石造りの建物。広い街路を行き交う商人と兵士。遠目に眺める限りでは、繁栄した大国の首都そのものだ。

 

 しかし、船を降りて街に足を踏み入れたハジメたちが目にしたのは、そんな華やかな光景の裏に隠された、吐き気を催すような現実だった。

 

「……なんだよ、これ」

 

 龍太郎が思わず呟いた。

 

 街角では、亜人の少女が兵士に蹴り飛ばされていた。獣人の男が首輪をつけられ、荷物のように引きずられている。奴隷商人の店先には、耳や尻尾を持つ者たちが値札をつけられて並べられていた。

 

 その中には、まだ幼い子供もいる。

 

 泣き叫ぶ子供を、商人が鞭で黙らせようとしていた。

 

「やめてください! その子はまだ小さいんですよ!」

 

 香織が思わず駆け寄ろうとしたが、ハジメが腕を伸ばして制止した。

 

「待て、香織」

 

「でも、ハジメくん!」

 

「ここで一人助けても、別の場所で同じことが繰り返される。まずはこの国の仕組みと、ハウリア族の居場所を調べる。下手に動いて情報源を潰すわけにはいかねえ」

 

 冷静な口調だった。

 

 だが、ハジメの義手はぎしりと音を立てていた。

 

 隠そうとしても、怒りは隠しきれない。

 

 亜人を人間として扱わず、奴隷として売買し、逆らえば暴力で従わせる。

 

 それが、この国では当たり前の光景になっているのだ。

 

「……許せない」

 

 ユエが小さく呟いた。

 

 彼女の瞳は、奴隷商人の店先に並ぶ亜人たちを見つめていた。

 

「人を物みたいに扱ってる」

 

「まったくじゃ。これほど露骨な迫害を、国が認めておるとはな」

 

 ティオも不快そうに眉をひそめる。

 

 シアは、何も言わなかった。

 

 彼女は耳を伏せ、拳を強く握りしめていた。

 

 かつてのハウリア族は、弱者として虐げられることを恐れ、強者に逆らわないよう生きていた。

 

 けれど、ハジメの訓練を受けた彼らは変わった。

 

 自分たちの力で、家族を守る。

 

 理不尽に屈しない。

 

 それができるようになったからこそ、今の光景はシアの胸に深く突き刺さった。

 

「……お父さん」

 

 シアは小さく呟いた。

 

 カム・ハウリアは、こんな現実を知って黙っていられる男ではない。

 

 だからこそ、彼は帝国に乗り込んだのだろう。

 

 そして、消息を絶った。

 

「シア」

 

 ハジメが声をかける。

 

「焦るな。必ず見つける」

 

「……はい」

 

 シアは顔を上げた。

 

 不安は消えていない。

 

 しかし、今は泣いている場合ではなかった。

 

 ハジメたちは目立たないように街を歩き、酒場や商店、冒険者が集まる施設を回って情報を集め始めた。

 

 ユエは魔法による気配の探知を使い、ティオと香織は街の人々の会話から情報を拾う。雫と清水も別行動で兵士たちの動きを調べ、光輝、龍太郎、鈴の勇者一行は帝国の軍事施設や城の警備状況について情報を集めた。

 

 リリアーナ王女も同行していたが、帝国の人々に顔を知られている彼女は、むやみに表へ出ることを避けていた。

 

 数時間後。

 

 ハジメたちは、人通りの少ない路地裏に集まった。

 

「……分かったぞ」

 

 ハジメが口を開く。

 

「ハウリア族の連中は、帝都の城の地下牢に収監されている」

 

「地下牢……!」

 

 シアの顔が強張る。

 

「父親だけじゃねえ。カムと一緒に帝国へ乗り込んだ連中も、まとめて捕まってるらしい。かなり厳重に監視されている。拷問も受けてるって話だ」

 

「そんな……!」

 

 香織が口元を押さえた。

 

 シアの耳がぴくりと動き、次の瞬間、彼女は勢いよく立ち上がった。

 

「すぐに助けに行きましょう!」

 

「落ち着け。牢屋に正面から突っ込めば、全員まとめて処刑される可能性がある」

 

 ハジメは地図を広げた。

 

「帝国の城は警備が厚い。けど、皇族が関わる催しが近々開かれるらしい。そっちを利用する」

 

「催し?」

 

 鈴が首を傾げる。

 

「帝国の王子と、リリアーナ王女の婚約パーティだ」

 

 ハジメはリリアーナへ視線を向けた。

 

「……本来なら、私はそのような形で帝国と関係を結ぶつもりはありませんでした」

 

 リリアーナは苦い表情を浮かべた。

 

「ですが、今の帝国の実態を考えれば……この婚約自体が、どのような政治的意図で進められているのか、改めて考える必要がありますね」

 

「そのパーティなら、城内の人間の出入りが増える。警備も普段とは違う配置になるはずだ。そこを利用する」

 

 ハジメは地図の一点を指で叩いた。

 

「まず、ハウリア族を牢屋から脱出させる。そのために、勇者一行には別の役割を頼みたい」

 

 光輝が真剣な顔で頷いた。

 

「分かった。俺たちは何をすればいい?」

 

「城の外で目立つ行動を取って、警備兵の目を引きつけてほしい。もちろん、無関係な市民は巻き込むな。目的はあくまで時間稼ぎだ」

 

「任せてくれ」

 

 光輝は即答した。

 

 龍太郎と鈴も頷く。

 

「俺たちだって、何もせずに見てるつもりはねえ!」

 

「うん。ハウリア族の人たちを助けるためだもんね」

 

「よし。じゃあ、作戦を詰めるぞ」

 

 ハジメは地図を畳んだ。

 

 シアはその横顔を見つめる。

 

 父親を救出するために、仲間たちが動いてくれている。

 

 そのことが、何よりも心強かった。

 

 しかし、ハジメの表情は厳しいままだった。

 

 帝国のやり方は、単なる一部の貴族の暴走ではない。

 

 国全体が亜人族を奴隷として扱うことを認めている。

 

 ならば、父親を救い出しただけでは何も変わらない。

 

 ハウリア族が望むのは、ただの脱獄ではないのだ。

 

 この国の在り方そのものを変えること。

 

 そのための戦いが、これから始まろうとしていた。

深夜。

 

 帝城の地下牢は、冷たい石壁と湿った空気に包まれていた。

 

 牢屋の奥からは、時折、苦痛に耐える呻き声が聞こえる。

 

 その一室で、一人の兎人族の男が鎖に繋がれていた。

 

 カム・ハウリア。

 

 シアの父親であり、ハウリア族の族長だ。

 

 彼の身体には拷問の痕が残り、衣服はところどころ破れていた。

 

 それでも、その目だけは死んでいなかった。

 

「……で? 次は何を聞きたいんだ?」

 

 カムは、目の前に立つ帝国兵を睨みつけた。

 

「貴様……まだ口を割らんか!」

 

「割る口がねえんだよ。ああ、そうか。お前らの耳じゃ聞こえねえのか? だったら、もっと近くで聞かせてやろうか?」

 

「この野郎!」

 

 兵士がカムの腹を蹴りつけた。

 

 カムの身体が床へ転がる。

 

 だが、彼はすぐに顔を上げた。

 

「おいおい、そんなに怒るなよ。帝国の兵士様は、亜人のじいさん一人に言い返されただけで腹を立てるのか? ずいぶん立派な教育を受けてきたんだなぁ、おい!」

 

「黙れ!」

 

「黙るのはお前だ。人を鎖に繋いで殴るしか能がねえくせに、偉そうに命令してんじゃねえよ!」

 

 兵士が再び拳を振り上げた。

 

 カムはその拳を睨みつけながら、口元を歪めた。

 

 ハジメの修行を受ける前のカムなら、ここまでの態度を取ることはなかったかもしれない。

 

 だが、今の彼は違う。

 

 ハウリア族は、弱者として頭を下げ続ける生き方を捨てた。

 

 たとえ自分が捕らえられ、殴られ、命を脅かされようとも、誇りまで差し出すつもりはない。

 

「どうした? 殴るんじゃねえのか? まさか、俺に言い返されて怖くなったのか?」

 

「貴様ぁっ!」

 

 兵士が拳を振り下ろそうとした、その瞬間だった。

 

 地下牢の通路の向こうから、鈍い音が響いた。

 

 続いて、何かが倒れる音。

 

「な、何事だ!?」

 

 兵士が振り返る。

 

 次の瞬間、背後から伸びた腕が兵士の口を塞ぎ、音もなく暗がりへ引きずり込んだ。

 

 カムは目を見開いた。

 

「……誰だ?」

 

「よう、親父さん」

 

 聞き覚えのある声だった。

 

 暗がりから姿を現したのは、黒いコートを着た青年。

 

 左目を覆う眼帯。機械仕掛けの義手。腰には銃器とカードデッキ。

 

 南雲ハジメだった。

 

「……ハジメ?」

 

「よく分かったな。こんな薄暗いところで」

 

「馬鹿野郎。お前みたいな悪趣味な格好をする奴が、そう何人もいてたまるか」

 

「相変わらず口が減らねえな」

 

 ハジメは苦笑しながら、牢屋の鍵を破壊した。

 

 鎖が外れ、カムは自由になる。

 

 その直後、通路の向こうからシアが飛び込んできた。

 

「お父さん!」

 

「……シア?」

 

 カムの表情が変わった。

 

 次の瞬間、シアは父親に抱きついた。

 

「お父さん! よかった……本当によかった……!」

 

「お、おいおい、シア。どうしたんだ、そんな泣きそうな顔して」

 

「だって……! お父さんが捕まったって聞いて……!」

 

 シアの声が震えた。

 

 カムは一瞬、何も言えなかった。

 

 そして、娘の頭にそっと手を置いた。

 

「……心配かけちまったな」

 

「本当ですよ! なんで勝手に帝国に乗り込んだんですか!」

 

「いや、その……だな」

 

「お父さん!」

 

「悪かった! 悪かったって!」

 

 ハジメは二人の様子を横目で見ながら、ほかの牢屋の鍵も破壊していった。

 

 捕らえられていたハウリア族の戦士たちが次々に解放される。

 

「族長! ご無事でしたか!」

 

「おう。見ての通り、まだ生きてるぞ」

 

「しかし、よくこの城へ……」

 

「説明は後だ。今は脱出するぞ」

 

 カムは立ち上がった。

 

 拷問の影響で身体は消耗している。それでも、彼の目には再び闘志が宿っていた。

 

「ハジメ。助けに来てくれたことには礼を言う。だが、俺たちはこのまま逃げるつもりはねえ」

 

「……だろうな」

 

 ハジメは肩をすくめた。

 

「お前なら、そう言うと思ってたぜ」

 

 カムは歯を剥き出しにして笑った。

 

「帝国が亜人を奴隷として扱うことをやめ、樹海へ二度と手を出さないと誓うまで、俺たちは戦い続ける。仲間を踏みにじった連中に、二度と同じ真似をさせねえ」

 

「お父さん……」

 

 シアは父親を見つめた。

 

 カムの言葉は、単なる怒りではなかった。

 

 自分たちが受けた仕打ちを、次の世代に繰り返させない。

 

 そのための決意だった。

 

 ハジメは少しだけ目を細めた。

 

「……分かった。そこまで言うなら、俺たちも手を貸してやる」

 

「いいのか?」

 

「ここまで見せられて、見なかったことにできるほど、俺はできた人間じゃねえんでな」

 

 ハジメは義手を軽く鳴らした。

 

「それに、あんたらだけで帝国を相手にするのは、さすがに骨が折れるだろ」

 

「言ってくれるじゃねえか、ハジメ」

 

「事実だろ」

 

 二人は視線を交わした。

 

 そして、どちらからともなく笑った。

 

 地下牢から脱出したハウリア族は、夜の闇に紛れて城外へと移動した。

 

 だが、彼らの戦いはまだ終わっていない。

 

 むしろ、ここからが本番だった。

城から離れた廃屋に、ハウリア族とハジメたちが集まった。

 

 救出されたカムは、応急処置を受けながらも、早速作戦の説明を始めた。

 

「俺たちは、帝国に要求を突きつける」

 

 カムは地図を広げた。

 

「亜人族の迫害と奴隷化を禁止すること。現在捕らえられている亜人奴隷を解放すること。そして、樹海への干渉を永久にやめることだ」

 

「それを、帝国が簡単に認めると思うか?」

 

 ハジメが尋ねる。

 

「認めさせるんだよ」

 

 カムは即答した。

 

「俺たちが奴隷として捕らえられたままなら、帝国は亜人を弱者だと見続ける。だから、俺たちが何をできるのか、思い知らせてやる」

 

 ハウリア族の戦士たちが頷く。

 

 その表情には、以前の臆病さはなかった。

 

「具体的には?」

 

「まず、帝国の軍関係施設をいくつか無力化する。兵士たちが動揺している間に、城の中枢を押さえる」

 

「……おい」

 

 ハジメが額を押さえた。

 

「お前ら、俺の修行で何を学んだ?」

 

「敵の弱点を突き、相手が立て直す前に勝負を決める!」

 

「それはそうだが、だからって正面から軍事施設を片っ端から爆破する作戦を立てるな!」

 

「いや、爆破する場所はちゃんと選んでるぞ?」

 

「そういう問題じゃねえ!」

 

 カムは豪快に笑った。

 

「安心しろ、ハジメ。無関係な市民を巻き込むつもりはねえ。狙うのは軍の倉庫や武器庫、兵士の詰所だ。亜人を奴隷にするための輸送施設もな」

 

「……最初からそう言え」

 

 ハジメはため息をついた。

 

 しかし、カムの作戦には理にかなった部分もある。

 

 軍事施設を無力化し、帝国の支配層に圧力をかける。

 

 そして、皇帝に直接要求を突きつける。

 

 相手が交渉を拒めば、さらに軍事的な損害が増えることを示す。

 

 ただし、問題は皇帝ガハルドがどこまで現実的な判断を下せるかだ。

 

「皇帝に謁見する必要があるな」

 

 ハジメは地図を見ながら言った。

 

「ちょうど王子とリリアーナの婚約パーティが開かれる。そこに乗り込む」

 

 リリアーナは眉をひそめた。

 

「……私は、婚約を受け入れるつもりはありません。ですが、帝国の上層部が集まる場であることは確かです」

 

「なら、利用しない手はねえ」

 

 ハジメはカムを見た。

 

「ハウリア族は城内へ侵入して、要所を押さえる。俺たちは皇帝と交渉する。勇者一行には外側で警備を引きつけてもらう」

 

「了解した」

 

 光輝が頷く。

 

「今度は、俺たちも失敗しない」

 

「失敗したら、こっちの命が危ねえからな。頼むぜ、勇者様」

 

 ハジメは軽く笑った。

 

 こうして、ハジメたちとハウリア族は手を組んだ。

 

 狙うのは、帝国の中枢。

 

 目的は、亜人族を奴隷として扱う制度そのものを終わらせること。

 

 そして、樹海に暮らす者たちを帝国の侵略から守ることだった。

数日後。

 

 帝城では、王子とリリアーナ王女の婚約を祝うパーティが開かれていた。

 

 大広間には豪華なシャンデリアが吊るされ、貴族たちは着飾った姿で談笑している。

 

 壁際には帝国軍の精鋭が並び、中央には皇帝ガハルドが座っていた。

 

 彼は威厳ある姿で客人たちを迎え、帝国の繁栄を誇るように振る舞っている。

 

 その隣には、婚約者として紹介される予定のリリアーナ王女。

 

 だが、彼女の表情には笑みがなかった。

 

「……このような催しに、私が利用されるとは」

 

「気にすんな。今日はあんたの婚約を祝うために来たわけじゃねえ」

 

 隣に立つハジメが、小声で言った。

 

「帝国の腐った仕組みを変えるためだ」

 

 リリアーナは小さく頷いた。

 

 ハジメは黒い礼装を身にまとい、眼帯と義手を隠すことなく会場へ入っていた。

 

 ユエはその隣に寄り添い、シアとティオ、香織、雫、清水も、それぞれ目立たない位置を確保している。

 

 勇者一行は城外で警備兵の注意を引きつける役目を担っていた。

 

 そして、ハウリア族はすでに城内へ侵入している。

 

 彼らは給仕や清掃係に紛れ、あらかじめ決められた場所に配置されていた。

 

「……時間だ」

 

 ハジメが小さく呟く。

 

 その瞬間、城の外で爆発音が響いた。

 

 続けて、別の方角からも爆発音が上がる。

 

 会場の貴族たちがざわめいた。

 

「な、何事だ!?」

 

「外で何が起こっている!」

 

 兵士たちが慌ただしく動き始める。

 

 皇帝ガハルドが立ち上がった。

 

「騒ぐな! 状況を確認しろ!」

 

 その命令に従い、兵士の一部が会場から退出する。

 

 その瞬間だった。

 

「――今だ!」

 

 ハジメの合図と同時に、給仕に扮していたハウリア族が一斉に動いた。

 

 隠していた武器を取り出し、会場の出入口と要所を押さえる。

 

 別の者たちは、皇帝の護衛を分断し、貴族たちが逃げ出せないように通路を封鎖した。

 

「なっ、貴様らは!?」

 

「動くな! 少しでも妙な真似をすれば、ただじゃ済まさねえぞ!」

 

 カムの声が大広間に響いた。

 

 その姿を見て、ガハルドの目が見開かれる。

 

「貴様は……地下牢にいた亜人!」

 

「おう、皇帝陛下。お久しぶりだな!」

 

 カムは、歯を剥き出しにして笑った。

 

「おかげさまで、牢屋暮らしを満喫させてもらったぜ。拷問までしてくれて、ずいぶん丁寧なもてなしだったじゃねえか!」

 

「貴様……!」

 

「おっと、動くなよ。あんたの護衛は、もうこっちが押さえてる」

 

 ハウリア族の戦士たちが、皇帝と重鎮たちを取り囲んだ。

 

 ガハルドの護衛が剣を抜こうとした瞬間、ハジメの銃口がその動きを牽制する。

 

「抵抗するな。余計な血を流したくなけりゃ、大人しくしてろ」

 

 ハジメの声は冷たかった。

 

 その場にいた誰もが、彼の言葉を冗談だとは思わなかった。

 

 ユエが魔法で護衛たちの動きを封じ、ティオと香織が会場の出入口を押さえる。雫と清水も、逃げようとした重鎮たちを制圧していった。

 

 抵抗は、長く続かなかった。

 

 数分後には、皇帝ガハルドを含む帝国の重鎮たちが拘束されていた。

 

 パーティ会場は、完全にハウリア族の手に落ちたのだ。

「さて、皇帝陛下」

 

 ハジメはガハルドの前に立った。

 

「話をしようか」

 

「……貴様ら、帝国に対してこのような暴挙を働いて、無事に済むと思っているのか?」

 

 ガハルドは怒りを露わにしていた。

 

「我が軍が動けば、貴様らなどすぐに――」

 

「その軍なら、今頃あちこちで大騒ぎしてるだろうよ」

 

 ハジメは淡々と言った。

 

「武器庫、兵站施設、軍の連絡拠点。あんたらが亜人族を捕まえて運ぶために使ってた施設も、いくつか無力化させてもらった」

 

「な……!」

 

「もちろん、市民が巻き込まれないように場所は選んである。だが、これ以上抵抗するなら、次はもっと厄介なことになる」

 

 ハジメは一歩近づいた。

 

「俺たちが求めるのは三つだ」

 

 指を一本立てる。

 

「一つ。亜人族への迫害と奴隷化を、帝国の法律として禁止すること」

 

 二本目。

 

「二つ。現在、帝国内で奴隷として扱われている亜人族を解放すること。売買の停止だけじゃねえ。捕らえられている奴ら全員を解放しろ」

 

 三本目。

 

「三つ。樹海への干渉を永久にやめること。軍を送り込むことも、亜人族を捕らえることも、樹海に暮らす者たちを支配しようとすることも、全部禁止だ」

 

 ガハルドは歯を食いしばった。

 

「……そのような要求、簡単に呑めるものではない」

 

「なら、呑めるようにしてやる」

 

 ハジメの目が冷たく光った。

 

「お前らが拒否するたびに、帝国の軍事力は削れていく。だが、俺たちは無関係な市民を殺すつもりはねえ。だからこそ、今ここで決断しろ」

 

 カムが前へ出た。

 

「俺たちは、あんたらがやってきたことを忘れねえ。仲間を捕まえ、奴隷として売り、逆らえば拷問する。そんな国のやり方を、これ以上認めるわけにはいかねえんだ」

 

 ハウリア族の戦士たちが、静かに頷く。

 

「俺たちは、樹海の平穏を守る。帝国がそれを邪魔するなら、何度でも戦う」

 

 カムはガハルドを睨みつけた。

 

「末代まで誓え。帝国は亜人を奴隷にしない。樹海に手を出さない。これを破れば、俺たちは何度でもお前らの喉元まで来るぞ」

 

 会場に沈黙が落ちた。

 

 ガハルドは周囲を見渡した。

 

 護衛は制圧され、重鎮たちは拘束されている。軍事施設からは被害の報告が届き始めているらしく、会場の外では兵士たちの怒号が聞こえた。

 

 このまま抵抗を続ければ、帝国の損害はさらに増える。

 

 そして、目の前の男たちは脅しだけで動いているのではない。

 

 本当に実行する覚悟がある。

 

 ガハルドは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……分かった」

 

 彼は苦々しい表情で言った。

 

「亜人族の奴隷化を禁止する。現在、奴隷として捕らえられている者たちは解放し、奴隷売買に関わった者たちは調査の上で処罰する」

 

 ハジメは黙って聞いている。

 

「そして、樹海への軍事的干渉を禁じる。これらの命令を法として定め、今後の皇帝も遵守するよう、帝国の制度に組み込む」

 

「口約束じゃ意味がねえ」

 

 ハジメは即座に言った。

 

「正式な文書に残せ。皇帝の署名と帝国の印章を付けろ。貴族と軍の重鎮にも証人として署名させる。法の改正と奴隷解放の実施期限も明記しろ」

 

 ガハルドは悔しそうに唇を噛んだ。

 

 だが、やがて書記官が呼ばれ、正式な文書が作成される。

 

 皇帝の署名。

 

 帝国の印章。

 

 重鎮たちの署名。

 

 亜人族の奴隷化の禁止、奴隷として捕らえられた者たちの解放、樹海への不干渉。

 

 そのすべてが文書に記された。

 

 カムは、その文書を受け取った。

 

 しばらく黙って内容を確認してから、ようやく息を吐く。

 

「……これで、ひとまずは約束を取りつけたな」

 

「ええ。お父さん……やりましたね!」

 

 シアは安堵の笑みを浮かべた。

 

 ハウリア族の戦士たちも、互いに顔を見合わせる。

 

 帝国の中枢を押さえ、要求を呑ませた。

 

 亜人族を奴隷として扱う制度に終止符を打つための第一歩を、確かに踏み出したのだ。

 

 ハジメはガハルドを見つめた。

 

「……忘れるなよ。これは終わりじゃねえ。あんたらが本当に約束を守るか、俺たちは見てるからな」

 

「分かっている」

 

 ガハルドは短く答えた。

 

 そのときだった。

会場の隅。

 

 混乱に乗じて、給仕の服を着た一人の男が静かに動いていた。

 

 彼はハウリア族の監視をすり抜け、拘束された皇帝の背後へと近づく。

 

 誰も気づかなかった。

 

 男の顔は、帝国の人間とは明らかに異なっていた。

 

 人間に似た姿をしているが、その目には冷たい光が宿り、口元には薄い笑みが浮かんでいる。

 

 魔人族側から送り込まれた暗殺者。

 

 フリードの命令を受け、帝国の動向を監視していた男だった。

 

 彼の任務は、帝国が亜人族との問題で混乱した隙を利用し、帝国の支配体制を崩すこと。

 

 そして、必要であれば皇帝自身を魔人族の思惑に利用することだった。

 

 男は懐から三枚のカードを取り出した。

 

 それぞれのカードから、禍々しい魔力が漏れ出している。

 

 炎のような赤い輝き。

 

 深い闇を思わせる紫の光。

 

 そして、地の底から響くような重い気配。

 

 それは、三幻魔のカードだった。

 

「……陛下」

 

 男が、ガハルドの耳元で囁く。

 

「帝国を救う力を、お渡ししましょう」

 

「何だと?」

 

 ガハルドが振り返った瞬間、男は三枚のカードを無理やり彼の手へ押しつけた。

 

「なっ――!?」

 

 カードがガハルドの手に触れた。

 

 その瞬間、会場の空気が凍りついた。

 

 カードから黒い光が噴き出す。

 

 炎のような魔力がガハルドの腕を這い上がり、彼の身体を包み込んでいく。

 

「ぐっ……がああああああっ!?」

 

「皇帝陛下!?」

 

 重鎮たちが叫んだ。

 

 カムが振り返る。

 

「何が起きてやがる!?」

 

 ハジメは即座に銃を構えた。

 

「全員、皇帝から離れろ!」

 

 だが、遅かった。

 

 ガハルドの身体から、膨大な魔力が噴き出した。

 

 その魔力はただ強大なだけではない。

 

 人間の精神を侵食し、理性を歪め、心の奥底に潜む欲望や怒りを増幅させるような、異様な力だった。

 

「ぐ……あ……何だ、これは……!」

 

 ガハルドは頭を押さえ、よろめいた。

 

 手に握られた三枚のカードが、禍々しい輝きを放つ。

 

 暗殺者は、その様子を満足げに眺めていた。

 

「陛下。あなたには、もっと大きな力が必要なのです。帝国を守るための力が」

 

「力……?」

 

 ガハルドの瞳が揺れた。

 

「そうだ……力だ。帝国を守る力……逆らう者を従わせる力……」

 

 彼の声が変わっていく。

 

「亜人どもも、樹海の連中も……我が帝国に逆らう者は、すべて……」

 

「……おい、待て」

 

 ハジメは目を細めた。

 

 ガハルドの身体から噴き出す魔力が、さらに膨れ上がっている。

 

 彼の顔には、先ほどまでの苦々しい表情も、皇帝としての理性も残っていなかった。

 

 そこにあるのは、力への渇望と、周囲のすべてを支配しようとする狂気だけだった。

 

「我が力をもって……すべてを屈服させる!」

 

 ガハルドが咆哮した。

 

 床が震え、窓ガラスが一斉に砕け散る。

 

 重鎮たちが悲鳴を上げ、ハウリア族の戦士たちが後退した。

 

「な、何が起きているんですか!?」

 

 香織が叫ぶ。

 

「カードの力が、あいつを侵食してる……!」

 

 ハジメは三枚のカードを睨みつけた。

 

 見覚えがある。

 

 いや、正確にはカードそのものを知っている。

 

 かつて異世界へ来る前に、遊戯王のカードとして見たことがある。

 

 三幻魔。

 

 神のカードとは異なる、邪悪な力を宿した三体の存在。

 

 《神炎皇ウリア》。

 

 《降雷皇ハモン》。

 

 《幻魔皇ラビエル》。

 

 それぞれが強大な力を持ち、三体が揃えば、ただの人間が扱えるような存在ではない。

 

 ましてや、この世界ではカードの力が現実に干渉する。

 

 カードに宿る存在が、使用者の精神にまで影響を及ぼしているのなら――。

 

「……厄介なもんを持ち込んでくれやがったな」

 

 ハジメは歯を食いしばった。

 

 そのとき、ユエがハジメの隣に立った。

 

「ハジメ。あの人、もう普通じゃない」

 

「ああ。あのカードに呑まれてる」

 

「止める?」

 

「止めるしかねえだろ」

 

 ハジメは決闘ディスクを構えた。

 

 義手に装着された機構が展開し、カードをセットするためのホルダーが開く。

 

「シア、親父さんたちを下がらせろ! 香織、ティオ、周囲の連中を守れ! ユエ、俺が決闘を始めるまで、あいつが暴れないように抑えてくれ!」

 

「分かった」

 

「了解じゃ!」

 

「気をつけて、ハジメくん!」

 

 ユエが魔力を解き放ち、ガハルドの周囲に氷の鎖を生み出す。

 

 だが、ガハルドから噴き出す魔力は、それすらも押し返し始めていた。

 

「ふははははは! 素晴らしい……素晴らしい力だ!」

 

 ガハルドが笑う。

 

「この力があれば、誰も我が帝国に逆らえぬ! 亜人も、他国も、魔人族も……すべて我が足元にひれ伏すのだ!」

 

「……もう駄目だな、こりゃ」

 

 ハジメは一歩前へ出た。

 

 ガハルドの手に握られた三枚のカードが、禍々しく輝いている。

 

 その背後には、三体の巨大な幻影が浮かび始めていた。

 

 炎をまとう皇。

 

 雷を従える皇。

 

 そして、闇の中からこちらを見下ろす幻魔の王。

 

 まだ完全に実体化しているわけではない。

 

 だが、三幻魔の力が現実世界へ顕現しようとしていることは明らかだった。

 

「ハジメ……!」

 

 シアが不安そうに声を上げる。

 

 ハジメは振り返らず、片手を上げた。

 

「大丈夫だ。あいつを止める」

 

 彼はデッキケースから、見慣れたカードの束を取り出した。

 

 そのデッキは、かつてミレディの試練を突破したときにも使ったもの。

 

 融合召喚を中心に、仲間を呼び、劣勢を覆すための力を持つ英雄たちのデッキ。

 

 E・HERO。

 

「……相手が神だろうが、幻魔だろうが関係ねえ」

 

 ハジメはカードを一枚ずつ確認した。

 

「俺の前で好き勝手暴れようってんなら、叩き潰すだけだ」

 

 決闘ディスクが起動する。

 

 ガハルドもまた、狂気に染まった目でハジメを睨みつけた。

 

「貴様……我が力に逆らうつもりか!」

 

「逆らう? 違うな」

 

 ハジメは不敵に笑った。

 

「お前を止めるんだよ、皇帝陛下」

 

 その瞬間、ガハルドの周囲に三幻魔の影が大きく広がった。

 

 皇帝の理性は、もはや残されていない。

 

 帝国の命運を賭けた交渉は、思いもよらぬ形で破綻した。

 

 そして今、南雲ハジメは――三幻魔に呑まれた皇帝ガハルドを止めるため、E・HEROデッキを構えた。

 

 新たな決闘が、始まろうとしていた。

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