「――ハハ、ハハハハハハッ! 見ろ! これが力だ! これこそが、余が手にするべき力なのだ!」
帝城の大広間に、ガハルド皇帝の哄笑が響き渡った。
先ほどまで、彼はハジメに突きつけられた条件を認め、亜人奴隷の解放と樹海への不干渉を約束していた。帝国の未来を左右する決断を下した皇帝は、確かに敗北を認めたはずだった。
だが、フリードの手の者によって押しつけられた三枚のカードが、そのすべてを狂わせた。
神炎皇ウリア。
降雷皇ハモン。
幻魔皇ラビエル。
三幻魔のカードから放たれる禍々しい光が、ガハルドの身体を覆っている。皇帝の目は血走り、顔には欲望と狂気が浮かび上がっていた。
「余は帝国の皇帝だ! この大陸を支配するに相応しい! 誰にも頭を下げる必要などない! 亜人も、王族も、貴様らも……すべて余の足元にひれ伏せばよいのだ!」
「……やっぱり、カードに精神を侵食されてやがるか」
ハジメは片目を細め、左目を覆う眼帯の奥で千年眼の力を感じ取った。
目の前にある三枚のカードは、ただの魔力増幅装置ではない。
それぞれが独立した意思を持つかのような圧力を放ち、ガハルドの欲望を際限なく膨らませている。権力を持つ者がさらに力を求めるという、人間の弱さを増幅させるには十分な代物だった。
そして、ハジメはそれらの正体を知っていた。
(ウリア、ハモン、ラビエル……三幻魔。『遊戯王』の世界じゃ、デュエル・アカデミアの地下に封印されていた連中だ。三体を揃えれば、とんでもない力を発揮する)
前世のハジメは、遊戯王の熟練決闘者だった。
カードのテキストやコンボを知っているだけではない。アニメで描かれた決闘の流れ、登場人物たちの選択、カードが持つ物語上の意味まで、彼は細部に至るまで覚えていた。
この世界に転移してからも、その知識は何度となく彼を救ってきた。
カードの効果を知っていること。
相手が何を狙っているか予測できること。
そして、カードの力に呑まれそうになったとき、どうすればその流れを断ち切れるか理解していること。
それらは、この世界の決闘者にはないハジメだけの武器だった。
「ハジメ……あのカード、危険」
隣でユエが呟く。
「ああ。放っておけば、ガハルドだけの問題じゃ済まなくなる」
「陛下を、止められるのですか……?」
リリアーナが青ざめた顔で問いかけた。
「止める。ついでに、あのカードを渡した連中にも後悔させてやるさ」
ハジメは左腕の義手に装着されたデュエルディスクを展開した。
カシャン、と金属音が大広間に響く。
「ガハルド。お前が何を望もうと勝手だ。だが、他人を踏みつけて手に入れた力で、この世界すべてを巻き込むつもりなら――ここで終わりにしてやる」
「黙れ、愚民がぁっ! 決闘だ! 貴様を叩き潰し、余こそが絶対の支配者だと証明してやる!」
ガハルドもまた、デュエルディスクを構えた。
「決闘開始!」
二人の声が重なる。
「俺のターン!」
ハジメは迷いなくカードを引いた。
「俺は《E・HERO エアーマン》を召喚!」
風をまとった英雄が、大広間の床に降り立つ。
「エアーマンの効果発動! 召喚に成功したとき、デッキから『HERO』モンスターを一体手札に加える! 俺は《E・HERO ネオス》を手札に加える!」
白き宇宙の戦士。その名を手札に加えた瞬間、ハジメの視線が鋭くなる。
「さらに、魔法カード《ミラクル・フュージョン》を手札に加えるため、別の手段を用意しておく。俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」
「フハハハハ! そんな小細工で余に勝てると思うな!」
ガハルドはカードを引くと、三幻魔のカードを一枚掲げた。
「余のターン! 墓地に存在する罠カードを除外し、《神炎皇ウリア》を特殊召喚する!」
床に赤黒い炎が噴き上がった。
その炎の中心から、巨大な蛇のような身体と翼を持つ幻魔が姿を現す。熱気が大広間を焼き、窓ガラスが音を立てて震えた。
「ウリアの攻撃力は、余の墓地に存在する罠カード三枚の数に応じて上昇する! さらに、余は手札から《降雷皇ハモン》を特殊召喚!」
雷鳴が轟く。
黄金の巨体を持つ幻魔が、赤い炎の隣に降り立った。
「ハモンは、余が自分の魔法・罠ゾーンに存在する表側表示の魔法カード三枚を墓地へ送ることで特殊召喚できる! そして、最後の一体――《幻魔皇ラビエル》!」
ガハルドは自らの腕を広げた。
「余の場に存在する悪魔族モンスターを生け贄に捧げ、ラビエルを呼び出す!」
三体の幻魔が並び立つ。
その圧倒的な威圧感に、広間の空気が変わった。周囲にいた兵士たちは腰を抜かし、王族や貴族たちも声を失う。
「三幻魔……!」
シアが息を呑む。
「なんちゅう魔力じゃ……! あんなものを人間が操れるはずがないぞ!」
ティオが顔をしかめた。
「操っているというより、飲み込まれているのだろうな」
ハジメは冷静に答えた。
「三体が揃ったからって、勝ちが決まったわけじゃない」
「何だと?」
「遊戯王を知らないお前にはわからないだろうがな。三幻魔は強力だ。だが、強力なカードを揃えたことと、決闘に勝つことは別問題だ」
「戯言を!」
ガハルドが叫ぶ。
「ラビエルでエアーマンを攻撃! そして、ウリアとハモンで続けて攻撃せよ!」
三体の幻魔が一斉に動いた。
ハジメは伏せていたカードを発動する。
「罠カード《ヒーロー・バリア》! 相手の攻撃を無効にする!」
光の壁がエアーマンを包み込み、ラビエルの拳を受け止めた。
続くウリアの炎を、ハジメはもう一枚の罠で防ぐ。
「まだだ! 《攻撃の無力化》!」
衝撃波が炎を押し返し、ハモンの雷撃も霧散した。
「チッ……!」
「三幻魔の力は認めてやる。だが、カードの使い方がなってない。お前は力を振り回しているだけだ」
ハジメは冷たく言い放った。
「次のターンで、思い知らせてやる」
「ならば、そのターンなど来ぬようにしてやるわ!」
ガハルドのターンが終わる。
「俺のターン!」
ハジメはカードを引いた。
「俺は手札から《E・HERO バブルマン》を特殊召喚! 俺の場にほかのカードが存在しない場合、このカードを特殊召喚できる!」
水の英雄が姿を現す。
「そして、手札から魔法カード《融合》を発動! フィールドのエアーマンとバブルマンを融合する!」
二体の英雄が光に包まれた。
「融合召喚! 現れろ、《E・HERO アブソルートZero》!」
氷雪をまとった英雄が降臨する。
「さらに、俺は墓地の《E・HERO エアーマン》と《E・HERO バブルマン》を除外し、《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地のHEROを素材として融合召喚する!」
氷の英雄の背後で、さらに光が渦巻く。
「融合召喚! 《E・HERO ガイア》!」
大地の力を宿した英雄が立ち上がった。
「アブソルートZeroの効果! フィールドから離れた場合、相手フィールドのモンスターをすべて破壊する!」
「何だと!?」
「ガイアの効果も発動! 融合召喚に成功したとき、相手モンスター一体の攻撃力を半分にし、その数値分だけ自身の攻撃力を上げる!」
大地の力がラビエルを包み込む。
ラビエルの巨体が揺らぎ、その力がガイアへと流れ込んだ。
「行け、ガイア! ラビエルを攻撃!」
ガイアが大地を蹴り、ラビエルに拳を叩き込む。
巨体が後退し、ガハルドの表情に初めて動揺が浮かんだ。
「馬鹿な……三幻魔が押されているだと!?」
「カードの知識がないまま、三幻魔の力に頼った結果だ。効果を理解していなければ、強力なカードもただの暴走装置にしかならない」
ハジメは淡々と告げる。
だが、彼の内心には警戒が残っていた。
三幻魔の力が、単にガハルドの精神を蝕んでいるだけではない。
周囲の魔力に、奇妙な変化が起こり始めていた。
大広間に置かれていた兵士たちのデュエルディスク。貴族たちが護身用に持ち歩いていたカード。ハジメの仲間たちが携帯している予備のカード。
それらの表面から、絵柄が薄れていた。
「……おい、待て」
ハジメは一瞬だけ視線をそちらへ向けた。
「カードの絵が……消えておるぞ!?」
ティオが叫ぶ。
シアが自分のデッキを取り出すと、カードの一枚が真っ白になっていた。
「うそ……! これ、パワー・ツールのカードまで……!」
ユエも手元のカードを確認する。
そこには、つい先ほどまで描かれていたはずの植物族モンスターの姿がない。
カードは紙としての形を保っているのに、イラストも文字も、効果も、すべてが失われていた。
「ハジメ、これ……!」
「全員、カードを使うな! 今はデッキを保護しろ!」
ハジメの声が大広間に響く。
前世の知識が、嫌な予感を確信へと変えていた。
三幻魔が揃ったときに発生する力。そして、さらにその先にあるもの。
「まさか……『混沌幻魔アーミタイル』か!」
ガハルドが不気味に笑った。
「そうだ! この三体の力を一つに束ね、余はすべてを超越する! 世界を支配する究極の力を手にするのだ!」
三幻魔が咆哮した。
ウリアの炎、ハモンの雷、ラビエルの闇が互いに絡み合い、巨大な魔法陣を形作る。
「三幻魔よ、今こそ一つとなれ! 余に絶対の力を与えよ!」
「やめろ、ガハルド!」
ハジメが叫んだ。
だが、すでに遅かった。
三体の巨体が光の渦へと吸い込まれていく。
炎と雷と闇が混ざり合い、世界そのものを塗りつぶすような黒い輝きが大広間を満たした。
そして――
「出でよ! 《混沌幻魔アーミタイル》!」
現れたのは、三幻魔の力を一つに束ねた、異形の巨体だった。
その姿を目にした瞬間、ハジメは舌打ちした。
「……やっぱり、アーミタイルか」
前世の記憶に刻まれた、遊戯王GXの決闘。
三幻魔を融合させて生み出された、攻撃力一万の怪物。
通常の決闘でさえ、その力は凶悪だった。だが、この世界で召喚されたアーミタイルは、単に攻撃力が高いだけではない。
その身体から放たれる混沌の波動が、カードという存在そのものを侵食していた。
「見よ! この力を! この世のすべてを、余の思うがままに変えてやる!」
アーミタイルが腕を広げた。
その瞬間、白紙化の波が大広間の外へと広がっていく。
カードの絵柄が消え、文字が失われ、効果が消滅する。
兵士たちのデッキが、貴族たちの護身用カードが、次々と白い紙片へと変わっていった。
「ハジメ……!」
ユエが緊張した声を上げる。
ハジメは千年眼を通して、アーミタイルの力の流れを読み取った。
(こいつの力は、カードを破壊しているんじゃない。カードに宿る意味や力を、根こそぎ奪っている……!)
この世界において、カードは単なる遊戯の道具ではない。
決闘者の意思、モンスターの力、時には神や竜の存在とさえ繋がっている。
そんな世界で、カードそのものを白紙化する力が大陸中に広がればどうなるか。
決闘ができなくなるだけではない。
カードを媒介にして発動する魔法や能力、カードと結びついたモンスターの力にまで影響が及ぶ可能性がある。
「……大陸中のカードが使えなくなるぞ」
ハジメは低く呟いた。
「そんな……!」
リリアーナが顔を覆う。
「この現象が止まらなければ、帝国だけではなく、王国も、樹海も、あらゆる国の決闘者がカードを失う。カードを利用した技術や戦力も、どこまで影響を受けるかわからない」
「ならば、陛下を止めるしかないということか……!」
「そうだ。アーミタイルを放置するわけにはいかない」
ハジメはデュエルディスクを構え直した。
「俺が勝てばいい。それで、この現象を止める」
「ハハハハハ! 止められるものなら止めてみろ! 余はすでに、神にも等しい力を手に入れたのだ!」
ガハルドの声は、もはや人間のものとは思えなかった。
ハジメはその姿を見つめる。
かつて、前世でアニメの画面越しに見たアーミタイル。
そのカードが、今は現実の世界で大陸全土を脅かしている。
だが、だからこそハジメにはわかる。
どれほど強大なカードにも、攻略するための道筋は存在する。
「……勘違いするなよ、皇帝」
ハジメは静かに告げた。
「俺は確かに、このカードを知っている。アニメでどう使われ、どう攻略されたのかもな」
彼の脳裏に、かつての決闘が蘇る。
三幻魔を融合させたアーミタイル。
攻撃力一万という圧倒的な数値。
その力に立ち向かった決闘者たち。
「お前は三幻魔の力を手に入れたつもりでいる。だが、その力を制御できていない。カードを知らず、決闘を知らず、ただ力に溺れたお前が――俺に勝てると思うな」
ハジメはカードを引いた。
「俺のターン!」
その瞬間、彼の手札にあった一枚のカードが、まばゆい光を放った。
「俺は《E・HERO ネオス》を召喚!」
白き宇宙の戦士が、大広間に降り立った。
アーミタイルの巨体を前にしても、ネオスは怯まない。
その姿を見たハジメの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「ネオス。ここからが本番だ」
彼は続けて魔法カードを発動する。
「《ネオスペース》!」
フィールドに星々が広がり、ネオスの身体を包み込む。
「さらに、墓地のHEROを利用して《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地の素材を除外し、融合召喚を行う!」
ネオスの周囲に光が集まる。
「現れろ、《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》!」
輝く翼を持つ英雄が現れた。
「シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力は、墓地の光属性HEROの数に応じて上昇する! さらに、相手モンスターを戦闘で破壊したとき、その攻撃力分のダメージを与える!」
「そんなもの、アーミタイルの前では無意味だ!」
「そうか? なら、試してみろ!」
ハジメが指を突きつける。
「シャイニング・フレア・ウィングマンで、アーミタイルを攻撃!」
光の翼から放たれた閃光が、アーミタイルを包み込んだ。
しかし、混沌の巨体は揺らぎもしなかった。
「無駄だ! アーミタイルの力は絶対! 攻撃力一万の前には、どんな英雄も無力なのだ!」
「……攻撃力だけで決闘の勝敗が決まるなら、誰も苦労しない」
ハジメは冷静に言い返した。
「俺はカードの効果も、アニメの展開も知っている。お前がアーミタイルを呼び出した時点で、こいつがどれほど危険な存在なのかも理解している」
ハジメは手札を確認した。
「だからこそ、ここで決める!」
彼は手札から速攻魔法を発動した。
「《融合解除》!」
シャイニング・フレア・ウィングマンが光に包まれ、融合素材となった英雄たちが再び姿を現す。
「融合解除によって、融合モンスターをエクストラデッキに戻す! そして、素材となったモンスターを特殊召喚する!」
ネオスが再びフィールドに降り立った。
「さらに、俺は墓地のカードを利用して、次の布石を整える!」
ハジメは一枚のカードを伏せた。
彼の戦い方は、力任せではない。
相手のカードの特性を把握し、相手が何を狙っているかを読み、次のターン、そのまた次のターンまで見据えて布石を積み重ねる。
それこそが、前世から培ってきた熟練決闘者としての技術だった。
ガハルドは苛立ちを露わにする。
「小賢しい! アーミタイルでネオスを攻撃せよ!」
混沌の巨体が腕を振り下ろした。
「そうはさせない! 罠カード《ヒーロー・シグナル》を発動!」
ハジメは伏せていたカードを開いた。
「俺のモンスターが戦闘で破壊されたとき、デッキからレベル四以下のHEROを特殊召喚できる!」
ネオスが光の粒子となって消える。
だが、その光の中から新たな英雄が現れた。
「来い、《E・HERO フェザーマン》!」
フェザーマンが翼を広げ、アーミタイルの攻撃を受け流す。
「何度モンスターを出そうと同じことだ! 余のアーミタイルは無敵なのだ!」
「違うな。お前が無敵だと思い込んでいるだけだ」
ハジメは一枚のカードを手に取った。
「俺のターン! 魔法カード《融合》を発動!」
フェザーマンが光に包まれる。
「フェザーマンと、手札の《E・HERO バーストレディ》を融合!」
二体の英雄が一つの光となり、炎と風をまとった戦士が姿を現した。
「融合召喚! 《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」
「また融合モンスターだと!?」
「フレイム・ウィングマンの効果は、戦闘で相手モンスターを破壊したとき、その攻撃力分のダメージを与えること。だが、今の俺が狙っているのは、単なる戦闘破壊じゃない」
ハジメは別のカードを掲げた。
「装備魔法《ネオス・フォース》を発動! ネオスに装備する!」
一度フィールドから離れていたネオスが、再び光をまとって現れる。
「ネオスを再び召喚し、ネオス・フォースを装備! さらに、《ネオスペース》の効果でネオスの力を高める!」
ネオスの身体が星々の輝きを受け、より強い光を放ち始めた。
「そして、俺は手札から《コンタクト・アウト》を発動!」
ネオスの身体が光に包まれ、再び分離する。
「コンタクト融合を解除し、素材となったモンスターを呼び戻す!」
その瞬間、ハジメのフィールドに複数のHEROが並び立った。
「ネオスを中心に、英雄たちの力を繋ぐ! 俺はこのターンで、お前の混沌を打ち破る!」
ハジメは、アーミタイルを見据えた。
「お前は三幻魔の力を一つにした。だが、俺のHEROは一体一体が異なる力を持ち、互いに支え合う。単なる力の合算じゃない。状況に合わせて姿を変え、戦い方を変え、何度でも立ち上がる――それがHEROだ!」
その言葉に応えるように、ネオスが拳を握りしめる。
「行くぞ、ネオス!」
ハジメはカードを掲げた。
「魔法カード《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地のHEROを素材として、最後の融合召喚を行う!」
光が大広間を満たした。
「宇宙の果てから来た英雄よ! 星々の輝きをその身に宿し、希望の道を切り開け!」
ネオスが光の中へ飛び込む。
「融合召喚――《E・HERO ネオス・ナイト》!」
ネオスの力を受け継いだ戦士が、混沌の巨体を正面から見据えた。
ガハルドが吠える。
「何を出そうと無駄だ! アーミタイルの攻撃力は一万! 貴様の英雄など、踏み潰してくれる!」
「確かに、攻撃力一万は脅威だ。普通に殴り合えば勝ち目はない」
ハジメは認めた。
「だが、決闘は腕力比べじゃない。相手の強さを理解して、どう突破するかを考えるものだ」
ハジメの指が、最後のカードにかかる。
「俺は墓地の《E・HERO ネオス》を除外し、魔法カードを発動する!」
光がネオス・ナイトを包み込んだ。
「ネオスの力を、もう一度呼び覚ます!」
ネオスの姿が再び現れる。
その身体から放たれた光が、アーミタイルの混沌の波動を押し返していく。
「馬鹿な……! なぜ、余の力が押されている!?」
「お前は忘れている。カードにはそれぞれ役割がある。融合、コンタクト、墓地利用、装備魔法――一枚だけで勝つんじゃない。すべてのカードを繋いで勝つんだ」
ハジメはネオスへと手を伸ばした。
「ネオス! お前の力で、この混沌を終わらせろ!」
ネオスが星の光をまとい、アーミタイルへと突進した。
「ネオス・ブレイザー!」
光の奔流が混沌の巨体を貫いた。
アーミタイルが大きくのけぞる。
その身体を構成していた炎、雷、闇が、ばらばらにほどけ始めた。
「おのれ……! 余の力が……! 余の、絶対の力がぁぁぁっ!」
ガハルドの絶叫とともに、アーミタイルは光の中へと崩れていった。
三幻魔のカードが宙を舞い、床へ落ちる。
大広間を覆っていた禍々しい波動が、嘘のように消え去った。
「……決着だ」
ハジメが告げる。
ガハルドはその場に膝をついた。
彼の目から、狂気の色がゆっくりと消えていく。
「余は……何を……?」
「三幻魔に欲望を増幅されて、正気を失っていたんだ。自分の意思で力を手にしたつもりだったんだろうが、実際は逆だ。お前がカードに利用されていた」
ハジメは三枚のカードを拾い上げた。
カードの表面に浮かんでいた禍々しい光は、もうない。
「……これが、余のしたことなのか」
ガハルドは震える手で顔を覆った。
「帝国を……民を……余は……」
「反省するのは後だ。まずは、約束を守れ」
ハジメは冷徹に言い放った。
「亜人奴隷の解放。樹海への不干渉。そして、末代まで続く契約。お前が自分の口で約束したことだ。今度こそ、破らせない」
ガハルドは長い沈黙の後、深く頭を垂れた。
「……承知した。余は、約束を守る」
その言葉を聞いて、ハジメはようやくデュエルディスクを閉じた。
そして、周囲を見回す。
白紙になっていたカードの一部に、少しずつ絵柄が戻り始めていた。
カードの効果を示す文字が浮かび、消えていたモンスターの姿が再び印刷されたかのように現れていく。
「……よし。白紙化の波が止まったな」
「本当に……止まったのですね……」
リリアーナが胸を撫で下ろす。
ユエはハジメのそばに寄り、そっと彼の腕に触れた。
「お疲れさま、ハジメ」
「おう。ネオスのおかげだな」
ハジメは手元のデッキを見下ろした。
「……やっぱり、カードは面白い。どれだけ強いカードでも、それだけじゃ勝てない。最後に勝敗を決めるのは、使う側の意思と判断だ」
その言葉に、ユエは小さく頷いた。
一方、ガハルドは床に落ちた三幻魔のカードを見つめていた。
彼はもう、そのカードに手を伸ばそうとはしなかった。
「余は……己の愚かさを知った。今度こそ、約束を違えぬ」
「その言葉、忘れるなよ」
ハジメは念を押した。
「次に同じことをやったら、決闘で済むと思うな」
「……肝に銘じよう」
ガハルドの声には、先ほどまでの傲慢さはなかった。
だが、ハジメは完全に信用したわけではない。
人間は簡単には変わらない。だからこそ、約束を守らせる仕組みが必要なのだ。
そして、その仕組みを完成させるためには、樹海へ戻る必要があった。
* * *
帝城の地下牢では、次々と扉が開かれていた。
「出ていいのか……?」
「本当に、俺たちは自由なのか……?」
囚われていた亜人たちは、戸惑いながらも牢から出ていく。
長年、奴隷として扱われてきた者たちの顔には、恐怖と疑念が入り混じっていた。
「もう大丈夫だ。お前たちは自由だ」
シアが彼らに声をかけた。
「樹海に帰ろう。家族が待っているはずだよ」
その言葉に、亜人の一人が顔を覆って泣き崩れた。
「帰れる……俺たち、帰れるんだ……!」
歓喜の声が広がる。
帝国の各地に散らばっていた亜人奴隷たちも、順次解放されることになった。
軍の施設や輸送拠点はすでに制圧され、奴隷の移送記録も押収されている。ハジメはその情報をもとに、解放漏れが出ないよう手配を進めた。
「よし。これで、ひとまず全員を帰せるな」
「ハジメ、飛行船の輸送能力なら、全員を何度かに分けて運べる」
ユエが告げる。
「人数が多いから、何往復か必要になるかもしれないけど……」
「いや、できるだけまとめて運ぶ。帝国に残しておくと、また何が起こるかわからないからな」
「そうだね。みんなを早く故郷に帰してあげたい」
シアは解放された亜人たちを見つめた。
その中には、父カムや仲間たちの姿もあった。
「父さん……!」
「シア!」
二人は駆け寄り、強く抱き合った。
「よかった……本当に、よかった……!」
「お前も無事で何よりだ。……それにしても、ハジメの奴に鍛えられたおかげで、まさかこんなことになるとはな」
カムは苦笑しながら、ハジメの方を見た。
「お前には借りができたな」
「借りを返すなら、今後は勝手に突っ走るな。こっちの手間が増える」
「はっ! それは無理な相談だな!」
「……おい」
ハジメは呆れたように肩をすくめた。
カムは豪快に笑った。
その笑い声には、以前のような諦めはない。
樹海で鍛えられたハウリアたちは、もはや弱者として帝国に踏みにじられるだけの存在ではなかった。彼らは自分たちの誇りを取り戻し、仲間を救い、帝国に条件を呑ませるところまでやり遂げたのだ。
もっとも、これで終わりではない。
今回の事件をきっかけに、帝国が二度と亜人を奴隷にしないよう、正式な契約を結ぶ必要があった。
そして、その調印式には、帝国皇帝ガハルド本人が出席することになった。
「……余が樹海へ赴くことに異論はない」
ガハルドは静かに告げた。
「余自身が約束をした以上、余自身が責任を持って署名しよう。帝国の法を改め、亜人への迫害と奴隷制度を廃止する。樹海への干渉も、今後一切行わぬ」
「それを文書に残してもらう。皇帝の署名と帝国の印章、そして立ち会う者たちの署名もな」
ハジメは念を押した。
「口約束だけじゃ、いつひっくり返されるかわからないからな」
「……わかっている」
ガハルドは反論しなかった。
その隣には、帝国の代表として会合に出席するリリアーナ王女の姿があった。
「私も同行します。今回の件を王国に伝え、帝国との関係を整理する必要がありますから」
「危険だぞ、リリアーナ」
「承知しています。それでも、私が見届けなければならないことです」
リリアーナは真っ直ぐにハジメを見つめた。
「帝国と樹海の間に、今度こそ争いを繰り返さないための約束を結ぶ。その場に、王国の人間として立ち会いたいのです」
「……好きにしろ。だが、何かあったら自分の身は自分で守れよ」
「はい」
リリアーナは小さく微笑んだ。
こうして、解放された亜人たちと、ハジメたち一行、そしてガハルド皇帝とリリアーナ王女を乗せた飛行船アルティマヤ・ツィオルキンは、帝国を後にした。
目指す先は、ハウリアたちの故郷――樹海だった。
* * *
飛行船の甲板から見える景色が、次第に変わっていく。
帝国の整然とした街並みが遠ざかり、広大な森林が地平線の向こうまで広がり始めた。
どこまでも続く緑。
大地を覆う木々。
その奥に広がる、亜人たちの故郷。
「……帰ってきたんだな」
シアが、甲板の手すりを握りしめて呟いた。
「父さんも、みんなも……本当に帰ってこられたんだ」
「シア、泣くのはまだ早いぞ」
カムが笑う。
「これから樹海に帰って、盛大に宴を開くんだからな!」
「うん!」
シアは涙を拭い、笑顔で頷いた。
やがて飛行船は、樹海の一角にある広場へと降下した。
着陸と同時に、待ち受けていたハウリアの一族が駆け寄ってくる。
「父上!」
「兄貴!」
「みんな、無事だったか!」
歓声が上がり、家族や仲間たちが再会を喜び合う。
捕らえられていた者たちが一人、また一人と飛行船から降りてくるたび、広場のあちこちで泣き声と笑い声が響いた。
シアもまた、家族の腕の中で泣いていた。
ハジメはその光景を少し離れた場所から眺めていた。
「……ようやく、帰ってこられたな」
ユエが隣に立つ。
「うん。みんな、頑張った」
「そうだな。……あとは約束を形にするだけだ」
ハジメは視線を広場の中央へ向けた。
そこでは、樹海の代表者たちと帝国の使節団が、調印式の準備を進めていた。
ガハルド皇帝は護衛を伴って広場に進み出る。彼の顔には、以前の傲慢さはなかった。
だが、彼が一言謝罪しただけで、すべてが許されるわけではない。
長い年月にわたって続いてきた迫害と奴隷制度。その被害を受けた者たちが、簡単に皇帝を許せるはずもなかった。
だからこそ、ハジメは契約書の内容を厳密に確認していた。
「第一条、帝国は亜人を理由とした迫害および差別を禁止する」
樹海側の代表者が読み上げる。
「第二条、帝国内に存在する亜人奴隷をすべて解放し、奴隷制度を廃止する。今後、亜人を含むいかなる者も、不当に奴隷として扱ってはならない」
「第三条、帝国は樹海の領域に軍事侵攻を行わず、亜人の生活圏を侵害しない。樹海の自治と独立を認め、今後の紛争解決は協議によるものとする」
さらに、違反した場合の責任や、被害者への補償、解放された者たちの身分回復についても、細かく定められていた。
「……以上の内容に、異議はない」
ガハルドは、ゆっくりと署名した。
帝国の印章が押され、立ち会った高官たちも次々に署名を行う。
樹海側の代表者たちもまた、契約書に名を記した。
最後に、リリアーナ王女が王国の立会人として署名する。
「これをもって、帝国と樹海の間に、末代まで続く不干渉の契約が成立しました」
彼女の宣言が、広場に響き渡った。
一瞬の静寂。
そして――
「うおおおおおおおっ!」
ハウリアたちの歓声が爆発した。
長年の迫害に終止符を打つ、歴史的な瞬間だった。
シアは父の隣で涙を流し、カムは拳を高く掲げる。
「やったぞ! 俺たちはやり遂げたんだ!」
「父さん……!」
「シア、お前のおかげでもある。ハジメに鍛えられたお前が、仲間たちとともに戦ったからこそ、ここまで来られた」
カムは娘の頭を豪快に撫でた。
「よくやったな」
「……うん!」
その様子を見て、ハジメは小さく息を吐いた。
「これで、ひとまず一件落着か」
「ハジメ、まだ終わっていない」
ユエが指摘する。
「樹海の大迷宮」
「ああ、そうだったな」
今回、帝国へ向かうために後回しにしていた目的。
それが、樹海の大迷宮の攻略だった。
ハジメたちが元の世界へ帰るためには、千年アイテム、三幻神、そして赤き竜の使徒たるシグナーと、その使徒である六枚のドラゴンのカードが必要になる。
大迷宮には、その手掛かりが残されている可能性があった。
「宴は後回しだ。大迷宮に行くぞ」
「ええっ!? 今から!?」
シアが驚きの声を上げる。
「せっかく帰ってきたのに、少しくらい休んでもいいじゃない!」
「休みたいなら、迷宮を攻略してから休め」
「そんなぁ~!」
「シア、諦めろ。ハジメはそういう奴だ」
カムが苦笑する。
「……それに、俺たちハウリアも、いつまでも守られる側じゃいられない。これからは自分たちの力で故郷を守らなきゃならん。そのためにも、ハジメたちが何を成し遂げようとしているのか、見届けておく必要がある」
「父さん……」
「お前たちは行ってこい。樹海のことは俺たちに任せろ」
カムはハジメへ向き直った。
「ハジメ。娘を頼む」
「……ああ」
ハジメは短く答えた。
シアは父と仲間たちに見送られながら、ハジメのもとへ戻る。
ユエ、ティオ、香織、雫、清水、天之河たちも、それぞれ装備を整えた。
リリアーナは帝国との調印式を終えた後、王国へ報告するための準備を進めることになった。彼女は樹海の代表者たちと再確認を行い、契約書の写しを携えて帰還する手筈を整えた。
「皆さん、どうかお気をつけて。大迷宮の攻略が無事に終わることを祈っています」
「ああ。そっちも無理するなよ、リリアーナ」
「はい。必ず、またお会いしましょう」
彼女は一礼した。
こうして、帝国との戦いに一区切りをつけたハジメたちは、樹海の奥へと進んでいく。
木々の間を抜け、獣道を越え、深い森の中心へ。
やがて彼らの前に、巨大な岩壁と、その中央に穿たれた不気味な入口が姿を現した。
樹海の大迷宮。
地上からは想像もできないほど深く、広大な迷宮。
その奥には、神代魔法と、世界の真実に繋がる手掛かりが眠っているはずだった。
ハジメは入口の前で立ち止まり、デュエルディスクを確認した。
E・HEROのデッキは、先ほどの決闘で傷ついてはいない。
三幻魔のカードは封印用のケースに収め、厳重に保管してある。あの力が再び暴走することがないよう、後で詳しく調べる必要があるだろう。
だが、今は先へ進む。
「よし……行くぞ」
ハジメが一歩踏み出した。
ユエが隣に並び、シアが大きく息を吸い込む。
ティオは竜の血を宿す身体をほぐし、香織と雫もそれぞれのデッキを確かめる。
清水はインフェルニティのカードを握りしめ、天之河たちも緊張した面持ちで迷宮の入口を見つめていた。
「ここから先は、何が起こるかわからない。全員、気を抜くなよ」
ハジメは振り返り、仲間たちを見渡す。
「俺たちが目指すのは、ただ迷宮を攻略することじゃない。神の企みを暴き、元の世界へ帰るための道を見つけることだ」
彼は前を向いた。
「行くぞ。5D’s――赤き竜の使徒としてな」
「うん!」
「了解!」
「妾たちに任せるのじゃ、ハジメ!」
仲間たちの声が重なる。
そして、南雲ハジメを先頭に、5D’sと勇者一行は樹海の大迷宮へと足を踏み入れた。
暗闇の奥から、冷たい風が吹き抜ける。
その先に待ち受ける試練も、世界の真実も、まだ誰も知らない。
ただ一つ確かなのは――彼らが再び、神の敷いた運命に抗うための一歩を踏み出したということだった。