樹海の大迷宮へ足を踏み入れたハジメたちを待っていたのは、湿った空気と、果てしなく続く暗い通路だった。
壁面には神代文字らしき紋様が刻まれ、ところどころに設置された魔石の明かりが、彼らの足元をぼんやりと照らしている。
「……相変わらず、趣味の悪い場所だな」
ハジメは周囲を見回しながら呟いた。
「そう? 私は、ちょっと神秘的だと思う」
香織が壁の紋様に目を向ける。
「神秘的というより、不気味じゃな。妾はこういう場所、嫌いではないがの」
ティオは竜の尻尾を揺らし、楽しそうに笑った。
「ティオおねえちゃん、怖くないの?」
シアが尋ねる。
「なぜ怖がる必要がある? ここにはハジメがおる。それに、ユエたちもおるじゃろう?」
「……それはそうだけど」
シアはハンマーを背負い直した。
先頭を進むハジメの隣にはユエが並び、後方にはシア、ティオ、香織、雫、清水、そして天之河たちが続いている。
帝国との一件で予定は大きく狂ったものの、ようやく本来の目的である樹海の大迷宮に挑めることになった。
千年アイテム、三幻神、赤き竜と六体のドラゴン。
元の世界へ帰るための手掛かりを得るには、残された大迷宮を攻略しなければならない。
そして、ハジメにはもう一つ気掛かりがあった。
(この迷宮も、創設者が残した試練があるはずだ。原作通りなら、最後に待っているのは……)
彼は前世の知識を思い返した。
樹海の大迷宮は、ただ魔物を倒して進めばよい場所ではない。
挑戦者の心の弱さを突き、望んだ現実を見せ、本人がそれにすがりつくかどうかを試してくる。
力だけでは突破できない迷宮。
それこそが、創設者たちの意図だった。
「ハジメ?」
隣のユエが、彼の顔を覗き込む。
「何か考えている?」
「ああ。ここは、戦闘だけじゃなく精神面でも厄介な仕掛けがある。自分にとって都合のいい夢を見せられても、絶対に信じるな」
「都合のいい夢……?」
「そうだ。どんなに現実らしくても、そこで立ち止まったら終わりだ」
ハジメの言葉に、全員が表情を引き締めた。
「わかった。気をつける」
ユエが頷く。
「うむ。ハジメの言うことなら間違いないじゃろう」
ティオも同意し、雫は静かに刀の柄へ手を添えた。
「……幻に惑わされない。肝に銘じておくわ」
「よし。行くぞ」
一行はさらに奥へと進んでいった。
やがて、通路の先に広い空間が現れた。
天井は高く、壁のあちこちに巨大な根が食い込んでいる。足元には苔が生え、中央には朽ちた石柱が並んでいた。
その瞬間――
「来るぞ!」
ハジメの声が響いた。
石柱の陰から、複数の魔物が飛び出してきたのである。
樹海の魔物に似ているが、その身体には異様な魔力がまとわりついていた。鋭い爪を持つ獣型、長い腕を振り回す人型、そして天井から降りてくる巨大な昆虫型。
その数は、十や二十ではない。
「全員、戦闘態勢!」
ハジメは即座にデュエルディスクを構えた。
「ユエ、後方支援! シアは正面を抑えろ! ティオ、上から来る奴を頼む! 香織、負傷者のフォロー! 雫、清水、天之河たちは左右の魔物を分断しろ!」
「了解!」
一斉に返事が返る。
シアがハンマーを振り抜き、先頭の獣型魔物を床へ叩きつけた。
「せぇぇいっ!」
轟音とともに石床が砕ける。
「シア、右じゃ!」
ティオの声に、シアは即座に身体を捻った。背後から飛びかかってきた魔物を、振り向きざまにハンマーで弾き飛ばす。
「ありがとう、ティオおねえちゃん!」
「礼は後じゃ! まだ来るぞ!」
ティオは口から黒炎を吐き出し、天井を這っていた昆虫型の魔物を焼き払った。
ユエは両手を掲げ、複数の魔法陣を展開する。
「まとめて、吹き飛ばす」
放たれた魔力弾が通路を駆け抜け、魔物の群れを一掃した。
一方、雫は刀を抜き放ち、左右から迫る魔物の攻撃を紙一重でかわしていた。
「そこっ!」
斬撃が走り、魔物の脚が切り飛ばされる。
続けて身を低くし、別の魔物の懐へ潜り込む。刀の峰で顎を打ち上げ、体勢を崩した相手を一閃で仕留めた。
「……数が多いわね」
「だが、連携すれば問題ない!」
ハジメはデュエルディスクを操作しながら、仲間たちの位置を確認した。
カードを使うまでもない相手には銃器と錬成武器を使い、カードの力を利用すべき場面では迷わず召喚を行う。
この世界では、決闘と実戦が完全に切り離されているわけではない。
だが、迷宮の魔物は決闘のルールに従ってくれるわけでもない。必要なのは、状況を見極める判断力だった。
「《E・HERO ネオス》!」
ハジメがカードを掲げると、白き宇宙の戦士が姿を現した。
「ネオス、正面を突破する!」
ネオスが拳を振るい、魔物の群れを押し返す。
その隙に、天之河が剣を振り下ろし、清水が後方から援護した。
最後の一体が倒れたとき、広間には静寂が戻った。
「……ふう。やっと終わったか」
シアがハンマーを肩に担ぐ。
「怪我はないか?」
ハジメが尋ねる。
「大丈夫!」
「私も問題ないわ」
雫が刀を納めた。
香織は仲間たちを確認し、清水も小さく頷く。
「……どうやら、最初の関門は突破できたみたいだな」
ハジメは倒れた魔物を見下ろした。
だが、彼の表情は緩まない。
「油断するな。ここからが本番だ」
その言葉を合図に、一行は再び迷宮の奥へ進んでいった。
迷宮の深部へ進むにつれ、通路の様子が変わっていった。
壁面の紋様は複雑さを増し、魔石の明かりも次第に薄れていく。代わりに、空気の中に妙な甘さが混ざり始めた。
「……何だ、この匂い?」
清水が眉をひそめた。
「魔力の流れが変わっている」
ユエが周囲を警戒する。
「気をつけて。これは……精神に干渉する類の魔法かもしれない」
ハジメは前方を睨んだ。
「全員、意識をしっかり保て。さっき言ったことを忘れるなよ。自分にとって都合のいい現実を見せられても、そこに留まるな」
「わかってるわ」
雫が答えた。
その直後、足元の石床が淡い光を放った。
「――っ!」
視界が白く染まる。
ハジメは咄嗟にユエへ手を伸ばしたが、指先が触れる直前、空間そのものが歪んだ。
次の瞬間、彼は見知らぬ場所に立っていた。
「……ここは?」
目の前に広がっていたのは、かつて自分が暮らしていた日本の街並みだった。
見覚えのある道路。並んでいる店。電柱。信号機。
そして、聞き慣れた日本語の喧騒。
ハジメは目を細めた。
(なるほど。これが例の精神干渉か)
彼は冷静に周囲を観察した。
やがて、背後から声が聞こえた。
「ハジメくん!」
振り返る。
そこにいたのは、クラスメイトたちだった。
天之河も、雫も、香織も、清水もいる。
そして、彼らの隣には、すでに元の世界へ帰還したことを喜ぶ仲間たちがいた。
「……ハジメ、どうしたの?」
香織が微笑む。
「ぼんやりしてないで、早く行こうよ。みんな待ってるよ」
ハジメはその顔を見つめた。
傷もない。疲労もない。誰も苦しんでいない。
自分が奈落に落ちることもなく、左目を失うこともなく、仲間たちが傷つくこともなかった世界。
すべてが、都合よく整えられている。
(……安っぽい夢だな)
ハジメはすぐに理解した。
前世の記憶を持つ自分にとって、この光景は確かに懐かしい。
だが、懐かしいからといって、それが本物とは限らない。
「ハジメくん?」
香織が心配そうに顔を覗き込む。
「どうしたの? 帰ってきたんだよ? もう、危険なことなんて何もないんだから」
その言葉に、ハジメは小さく息を吐いた。
「……そうか。危険なことは何もない、か」
彼は香織の肩に手を置いた。
「なら、聞くぞ。お前は本当に香織か?」
香織の笑顔が、ほんの一瞬だけ止まった。
「……え?」
「俺が知っている香織は、そんな簡単に『危険なことなんて何もない』なんて言わない。どれだけ怖くても、傷ついても、自分がやるべきことから逃げない奴だ」
ハジメは周囲を見回す。
「それに、俺はもう、元の世界へ帰ったわけじゃない。まだやることが残っている」
彼は一歩踏み出した。
「悪いが、こんな偽物に付き合っている暇はない」
その瞬間、景色に亀裂が走った。
街並みが崩れ、空が割れ、香織たちの姿が歪んでいく。
「待って、ハジメくん!」
香織の声が響く。
「ここにいれば、もう苦しまなくていいんだよ! もう誰も傷つかない! 帰ろうよ!」
「……本物の香織なら、俺をこんなところに閉じ込めたりしない」
ハジメは振り返らなかった。
「俺は俺の意思で帰る。だから、そこをどけ」
次の瞬間、世界が砕け散った。
ハジメは再び、迷宮の通路に立っていた。
彼の目の前には、光る魔法陣が浮かんでいる。
「……精神干渉の罠、か」
彼は魔法陣を破壊し、周囲を見回した。
「ユエ! シア! みんな、聞こえるか!」
返事はない。
どうやら、仲間たちはそれぞれ別の幻影に囚われているらしい。
ハジメは舌打ちした。
「ちっ……一人ずつ突破するしかないか」
彼は迷わず走り出した。
一方、ユエは見知らぬ部屋に立っていた。
そこは、彼女がかつて閉じ込められていた場所に似ていた。
だが、鎖はない。檻もない。
目の前にはハジメがいて、彼女へ手を差し伸べている。
「ユエ。もう大丈夫だ。これからはずっと一緒にいられる」
その言葉に、ユエの胸が揺れた。
彼女が何よりも望んでいたもの。
孤独からの解放。
安心できる居場所。
大切な人と過ごす時間。
すべてが、そこにあった。
「……ハジメ」
ユエは彼の手を取ろうとした。
だが、寸前で動きを止めた。
目の前のハジメは、あまりにも優しい。
優しすぎる。
「……あなたは、ハジメじゃない」
彼女は手を引いた。
「本物のハジメなら、私が自分で選ぶことを邪魔しない」
幻影のハジメの笑顔が歪む。
「どうして? 君はこれを望んでいたはずだ」
「望んでいることと、現実は違う」
ユエの瞳が赤く輝いた。
「私は、ハジメと一緒に現実を生きる。都合のいい夢の中で、彼の代わりを求めたりしない」
魔力が爆発し、幻影は砕け散った。
シアもまた、幻影の中にいた。
そこには、かつての弱いハウリアの一族がいた。
誰も傷ついていない。誰も捕まっていない。父カムも、仲間たちも、みんな笑っている。
「シア、お前はもう戦わなくていい」
父の声が響く。
「もう十分頑張った。ここで休んでいいんだ」
シアの目から涙がこぼれた。
「……父さん」
彼女は一歩、父へ近づく。
けれど、次の瞬間、ハジメの声が脳裏に蘇った。
――どんなに現実らしくても、そこで立ち止まったら終わりだ。
シアは拳を握りしめた。
「……ごめんね、父さん」
彼女は涙を拭った。
「私は、もう弱くない。大切な人たちを守るために、強くなったんだ」
シアの周囲に魔力が満ちる。
「だから、こんな夢に逃げたりしない!」
彼女がハンマーを振り下ろすと、幻影は音を立てて崩れ落ちた。
ティオも、香織も、清水も、それぞれの幻影と向き合っていた。
幻影は、彼らが心の奥底で望むものを映し出す。
失ったものを取り戻した世界。
罪を犯さずに済んだ世界。
誰も傷つかず、誰も苦しまない世界。
だが、それらはすべて、現実から目を逸らすための偽物だった。
そして、雫もまた――。
雫が立っていたのは、静かな道場だった。
木の床。整然と並ぶ木刀。窓から差し込む午後の日差し。
彼女にとって、懐かしい場所。
そこには、父と母がいた。
そして、少し離れたところに、クラスメイトたちが並んでいる。
「雫、もう無理をしなくていいんだぞ」
父が穏やかな声で言った。
「お前は十分に頑張った。もう戦わなくてもいい」
母も微笑む。
「あなたが望むなら、ずっとここにいていいのよ」
雫は二人を見つめた。
そこには、何の危険もない。
誰かを守るために刀を振るう必要も、命を懸けて迷宮を攻略する必要もない。
ただ、平穏な日常が続いている。
「……そうね」
雫は静かに答えた。
「私は、ずっとこんな日々を望んでいたのかもしれない」
彼女は刀を持つ手を見下ろした。
何度も鍛え、何度も振るってきた刀。
仲間を守るために、恐怖を押し殺して抜いた刀。
「でも……」
雫は顔を上げた。
「私がここで何もせずに過ごしていたら、今の私はいない」
父と母の表情が、わずかに曇った。
「雫?」
「私は怖いわ。これから先、何が起こるのかもわからない。自分の力が、どこまで通用するのかもわからない」
雫は正直に告げた。
「それでも、私は仲間と一緒に進むと決めた。ハジメたちと一緒に戦うと、自分で選んだの」
彼女は刀を鞘から抜いた。
「だから、ここで立ち止まるわけにはいかない」
一閃。
道場の風景が、真っ二つに切り裂かれた。
幻影が崩壊する。
雫は、再び迷宮の通路へ戻っていた。
「……ここね」
目の前には、巨大な扉があった。
その向こうから、強大な魔力が感じられる。
雫は刀を納め、デュエルディスクを起動した。
「ここが、最後の試練……」
扉に手を触れる。
重い音を立てて、扉が開いた。
その先には、円形の広間が広がっていた。
中央には決闘用のフィールドが設置されている。壁面には無数の神代文字が刻まれ、天井からは青白い光が降り注いでいた。
そして、広間の奥に、一人の女性が立っていた。
長い髪を揺らし、静かな眼差しで雫を見つめている。
「よくぞ、ここまで辿り着きました」
女性は穏やかに告げた。
「私は、この樹海の大迷宮を創設した者の一人。デューティリス・ハルツィナ」
雫は姿勢を正した。
「八重樫雫です」
「あなたは、幻影の誘惑を退けました。望むものを見せられながら、それが現実ではないと見抜き、自分の意思で前へ進んだ」
ハルツィナは微笑んだ。
「しかし、最後の試練は、ただ精神の強さを測るものではありません」
彼女は手元のカードを掲げた。
「あなたが何を信じ、何を守るために戦うのか。それを、決闘によって確かめます」
雫は静かに頷いた。
「……決闘、ですね」
「ええ。あなたがここまで身につけてきた技術、判断力、そして心。そのすべてを見せてください」
ハルツィナはデュエルディスクを構えた。
「私のデッキは、北欧神話の神々を中心としたもの。中でも、あなたに立ちはだかるのは――《極神王ロキ》です」
その名を聞いた瞬間、雫の表情が引き締まった。
極神王ロキ。
北欧神話の神の名を冠する、強力なシンクロモンスター。
そして、遊戯王5D’sのアニメで登場した極神の一体。
(極神王ロキ……。確か、チーム・ラグナロクのドラガンが使っていた極神の一体。戦闘や罠への対応力を持ち、墓地からの復活も狙えるカード……)
雫は前世の記憶を持っているわけではない。
だが、ハジメから教わった遊戯王の知識と、これまでの実戦経験がある。
ロキの能力を侮るつもりはなかった。
「私のデッキは、ブラックフェザーを中心にしています」
雫はデュエルディスクにデッキをセットした。
「黒き翼で、あなたの神に挑みます」
「よろしい。では、始めましょう」
ハルツィナが微笑む。
「最終試験――ライディングデュエル、アクセラレーション!」
二人の足元に魔法陣が展開した。
広間の床が変形し、円形の決闘コースが姿を現す。壁面の紋様が光を放ち、ライディングデュエル用のD・ホイールが二台、フィールドの両端に出現した。
雫は自分のD・ホイール、ブラックバードに跨がる。
ハルツィナもまた、古代の装飾が施されたD・ホイールに乗り込んだ。
「ライディングデュエル……」
雫はアクセルを握った。
「ここまで来たからには、絶対に負けられない」
エンジンが唸りを上げる。
「ライディングデュエル、アクセラレーション!」
二台のD・ホイールが同時に走り出した。
「私のターン!」
雫がカードを引く。
「私は《BF-疾風のゲイル》を召喚!」
黒い翼を持つ小さな鳥人が、雫のD・ホイールの横に現れた。
「さらに、ゲイルの効果! 相手フィールドの表側表示モンスター一体の攻撃力と守備力を半分にする!」
ハルツィナのフィールドには、まだモンスターがいない。
雫は続けた。
「カードを一枚伏せ、ターンエンド!」
「まずは様子見、ですか。堅実ですね」
ハルツィナはカードを引いた。
「私のターン。私は《極星獣タングリスニ》を召喚します」
二頭の山羊を思わせる獣が、ハルツィナの横を走る。
「そして、魔法カード《極星宝》を発動。私の極星獣を利用し、次の展開に備えます」
ハルツィナの動きは無駄がなかった。
彼女はカードを伏せ、雫の動きを観察する。
「ターンエンドです」
「私のターン!」
雫はカードを引いた。
「私は《BF-黒槍のブラスト》を特殊召喚! 私のフィールドにブラックフェザーが存在する場合、このカードを特殊召喚できる!」
黒い槍を持つ鳥人が現れる。
「さらに、ゲイルとブラストでシンクロ召喚!」
二体のモンスターが光へと変わる。
「黒き翼よ、風を切り裂き、戦場を駆け抜けろ! シンクロ召喚、《BF-アームズ・ウィング》!」
黒い翼を持つ戦士が、雫の隣に降り立った。
「アームズ・ウィングで、タングリスニを攻撃!」
黒き戦士が槍を振るう。
タングリスニは破壊され、ハルツィナのフィールドから消えた。
「……いい攻めです」
ハルツィナは表情を変えずにカードを引いた。
「ですが、神の力は、これからです」
彼女は手札から一枚のカードを掲げた。
「私は《極星霊リョースアールヴ》を召喚!」
白い光をまとった精霊が現れる。
「そして、極星獣タングリスニが破壊されたことで発生した効果を利用し、トークンを特殊召喚します」
フィールドに二体のトークンが出現した。
「チューナーであるリョースアールヴと、トークンを素材に、シンクロ召喚!」
ハルツィナの周囲に、神秘的な光が渦巻く。
「神々の黄昏を告げる者よ、運命を操り、戦場を支配せよ!」
彼女はカードを掲げた。
「シンクロ召喚! 《極星天ヴァルキュリア》!」
光の中から、戦乙女が姿を現した。
「さらに、私は手札から《極星獣グルファクシ》を特殊召喚!」
馬のような姿をした獣が、フィールドを駆ける。
「そして、ヴァルキュリアとグルファクシを素材に、さらなるシンクロ召喚!」
ハルツィナの声が広間に響き渡る。
「神々の王よ、運命の糸を操り、すべてを欺く者よ! その真の姿を現せ!」
巨大な光が広間を包み込んだ。
「シンクロ召喚! 現れよ、《極神王ロキ》!」
黄金の装飾をまとった神が、ハルツィナのフィールドに降臨した。
その姿から放たれる威圧感は、これまでのモンスターとは比較にならない。
「これが……極神王ロキ……!」
雫は思わず息を呑んだ。
「ロキの力は、ただ攻撃力が高いだけではありません。罠に対抗する能力、そして墓地からの復活能力。神の名を冠するに相応しい力を持っています」
ハルツィナは静かに告げた。
「ロキで、アームズ・ウィングを攻撃!」
ロキが腕を振るう。
神の一撃がアームズ・ウィングを打ち砕いた。
雫は歯を食いしばり、攻撃の衝撃に耐える。
「……っ!」
「このまま終わりではありません」
ハルツィナはカードを一枚伏せた。
「ターンエンドです」
雫はカードを引いた。
(ロキの能力は厄介ね。罠カードを使うなら、発動タイミングを考えなければならない。それに、墓地からの復活もある……)
彼女は手札を確認した。
(でも、私にはブラックフェザーがいる。黒き翼は、何度でも戦場に戻れる!)
「私は《BF-極北のブリザード》を召喚!」
小柄な鳥人が現れる。
「ブリザードの効果! 召喚に成功したとき、墓地のレベル四以下のブラックフェザーを守備表示で特殊召喚できる!」
「蘇れ、《BF-黒槍のブラスト》!」
ブラストが再びフィールドに姿を現した。
「さらに、ブリザードとブラストを素材に、シンクロ召喚!」
二体のモンスターが光へと変わる。
「黒き翼よ、嵐を呼び、戦場を覆え! シンクロ召喚、《BF-アームズ・ウィング》!」
再び、黒い戦士が姿を現した。
「アームズ・ウィングで、ロキを攻撃!」
「その攻撃は通しません!」
ハルツィナが伏せカードを開く。
「罠カード《極星宝》! 極星モンスターを利用し、あなたの攻撃を妨害します!」
ロキの周囲に光の障壁が展開され、アームズ・ウィングの攻撃が弾かれた。
「くっ……!」
「神に挑むには、まだ足りません」
ハルツィナは静かに告げた。
「あなたの力は本物です。しかし、神の力を前にしても、その心を保てますか?」
雫は唇を噛みしめた。
「……保ってみせるわ」
「ならば、次のターンで証明してください」
5 黒き翼の反撃
決闘は長引いていた。
ハルツィナは極星モンスターを巧みに使い、ロキの維持と復活を狙う。
雫はブラックフェザーの展開力を活かして何度もシンクロ召喚を行うが、ロキの力と罠による妨害に阻まれ、決定打を与えられない。
「……強い」
雫は歯を食いしばった。
ロキの一撃を受け、彼女のD・ホイールが大きく揺れる。
「ですが、あなたはまだ諦めていない」
ハルツィナの声が響く。
「その心が、あなたの力なのですね」
「当たり前よ……!」
雫はアクセルを握り直した。
「私は、仲間と一緒にここまで来た。ハジメやユエたちと一緒に戦って、何度も助けられて……そのたびに、自分も強くならなきゃって思った」
彼女はデッキに手を伸ばす。
「だから、ここで諦めるわけにはいかない!」
「私のターン!」
雫はカードを引いた。
そのカードを見た瞬間、彼女の瞳が輝いた。
「私は《BF-精鋭のゼピュロス》を墓地へ送り、次の展開に備える!」
彼女はフィールドのカードを確認する。
「さらに、手札から《BF-疾風のゲイル》を召喚!」
ゲイルが再び姿を現す。
「ゲイルの効果! ロキの攻撃力と守備力を半分にする!」
黒い風がロキを包み込む。
しかし、ロキは神々しい光を放ち、すぐさまその力を取り戻そうとする。
「そう簡単にはいきませんよ」
ハルツィナが告げる。
「極神王ロキの力は、単なる数値ではありません。あなたの攻撃を受け止め、神の力で戦場を支配するのです」
「……そうね。だからこそ、私はロキを正面から倒す!」
雫はカードを掲げた。
「私はゲイルと、墓地から蘇ったブラックフェザーを素材に、シンクロ召喚!」
黒き翼が風を巻き起こす。
「闇を切り裂く黒き竜よ! すべての痛みを力に変え、戦場を駆け抜けろ!」
雫の声が広間に響く。
「シンクロ召喚! 《ブラックフェザー・ドラゴン》!」
黒い竜が雄叫びを上げ、雫のD・ホイールと並走する。
その身体から放たれる黒い炎が、ロキの神々しい光に対抗するように燃え上がった。
「ブラックフェザー・ドラゴン……!」
ハルツィナの目が細められた。
「あなたの切り札ですね」
「ええ。こいつと一緒に、最後まで戦う!」
雫はブラックフェザー・ドラゴンを見上げた。
「ブラックフェザー・ドラゴンの効果! 効果ダメージが発生する場合、黒羽カウンターを置くことで、そのダメージを軽減できる! さらに、黒羽カウンターを取り除くことで、相手モンスターの攻撃力を下げることもできる!」
「なるほど……。あなたは、ロキの力を直接打ち破るのではなく、攻撃の機会を作るつもりですね」
「そうよ!」
雫はアクセルを踏み込んだ。
「ブラックフェザー・ドラゴンで、ロキを攻撃!」
黒き竜が翼を広げ、黒炎を吐き出す。
ロキは腕を掲げて炎を受け止めた。
「まだです!」
ハルツィナがカードを発動する。
「罠カード! ロキの力を利用し、ブラックフェザー・ドラゴンの攻撃を妨害します!」
だが、雫はその瞬間を待っていた。
「その罠が発動することも、読んでいたわ!」
彼女は別のカードを掲げる。
「速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動! ロキの効果を無効にする!」
神の身体が光に包まれ、その力が一瞬だけ弱まった。
「何……!?」
「今よ、ブラックフェザー・ドラゴン!」
黒き竜が咆哮し、黒炎を一気に放つ。
ロキの身体が大きく揺らいだ。
しかし、完全には倒れない。
「……さすがです。ですが、まだ足りません」
ハルツィナは冷静にカードを引いた。
「極神王ロキは、墓地から復活する力を持ちます。あなたが一度倒したとしても、私は再び神を呼び戻すことができる」
「……ええ、知っているわ」
雫は息を整えた。
「だから、ただ倒すだけじゃない。あなたが復活させる前に、決着をつける!」
彼女は手札を確認した。
「私は《BF-黒槍のブラスト》を特殊召喚!」
黒き槍を持つ鳥人が現れる。
「さらに、ブラックフェザー・ドラゴンの力を利用し、フィールドを整える!」
雫は次々とカードを繰り出した。
ブラックフェザーたちが風を巻き起こし、シンクロ召喚のための布石が揃っていく。
「黒き翼よ、神の運命を切り裂け!」
雫はカードを掲げた。
「私はチューナーとブラックフェザーを素材に、さらなるシンクロ召喚を行う!」
だが、ハルツィナは静かに首を振った。
「その召喚は、通しません」
彼女が伏せカードを開く。
「罠カード《神の警告》!」
神々しい光がフィールドを覆い、雫の召喚を妨害しようとする。
「……っ!」
雫は歯を食いしばった。
せっかく整えた布石が崩れかける。
だが、彼女は諦めなかった。
「まだ、終わっていない!」
彼女は別のカードを掲げた。
「手札から《BF-精鋭のゼピュロス》の効果を発動! 墓地から蘇り、フィールドのカードを手札に戻す!」
黒い風が吹き荒れ、ハルツィナの罠カードの一枚が手札へ戻される。
「そして、もう一度、シンクロ召喚!」
ブラックフェザーたちが光へと変わる。
「黒き翼よ、嵐の頂点へ! シンクロ召喚、《BF-アーマード・ウィング》!」
黒い装甲をまとった戦士が現れた。
「アーマード・ウィングで、ロキを攻撃!」
「ロキ!」
ハルツィナが叫ぶ。
神の身体が攻撃を受け、ついに膝をついた。
その瞬間、雫はさらにカードを発動する。
「ブラックフェザー・ドラゴンの効果! 黒羽カウンターを取り除き、ロキの攻撃力を下げる!」
黒き竜の力がロキを包み込み、その神威を弱める。
「そして、アーマード・ウィングは戦闘で破壊されない! さらに、戦闘相手に楔カウンターを置き、その攻撃力を下げることができる!」
アーマード・ウィングがロキへ突進する。
神の身体に黒い楔が突き刺さり、その力が削られていく。
「これで……!」
雫は息を呑んだ。
だが、ハルツィナはまだ倒れていなかった。
「見事です、雫。ですが、神はまだ終わりません」
ロキの身体が光を放つ。
「墓地から、極神王ロキを蘇生させます!」
ロキが再び立ち上がった。
雫の表情が強張る。
「……そんな!」
「あなたの攻撃は、確かにロキを追い詰めました。しかし、神の力は一度の攻撃で終わるものではありません」
ハルツィナは静かに告げた。
「あなたが最後まで戦う覚悟を持っているか。それを、もう一度見せてください」
雫は深く息を吸った。
ここで諦めれば、すべてが終わる。
だが、彼女の頭には、これまで一緒に戦ってきた仲間たちの顔が浮かんでいた。
ハジメの厳しい言葉。
ユエの静かな励まし。
シアの明るい笑顔。
ティオの豪快な笑い声。
香織の優しさ。
そして、清水や天之河たちが、それぞれの弱さと向き合いながら進んできた姿。
雫は、彼らとともに戦うことを選んだ。
ならば、ここで諦めるわけにはいかない。
「……私のターン!」
雫はカードを引いた。
そのカードを見た瞬間、彼女の瞳に決意が宿った。
「私は手札から《BF-疾風のゲイル》を召喚!」
ゲイルが現れる。
「そして、ブラックフェザー・ドラゴンとゲイルを素材に、シンクロ召喚!」
「……ブラックフェザー・ドラゴンを素材に?」
ハルツィナが目を見開いた。
「ええ。黒き翼は、私の力そのもの。こいつを素材にすることも、私が選んだ道よ!」
雫はカードを掲げた。
「闇を切り裂く翼よ、最後の力を解き放て! シンクロ召喚!」
黒い光が広間を覆う。
「《ブラックフェザー・ドラゴン》の力を継ぎ、戦場を駆け抜けろ!」
ブラックフェザー・ドラゴンが再び姿を現した。
「……同じモンスターを?」
ハルツィナが問いかける。
「違うわ。これは、もう一度立ち上がったブラックフェザー・ドラゴンよ!」
雫はアクセルを踏み込んだ。
「私は墓地のブラックフェザーを利用し、最後の攻撃の準備を整える!」
黒き翼が風を巻き起こす。
「ブラックフェザー・ドラゴンの効果! 黒羽カウンターを取り除き、ロキの攻撃力を下げる!」
ロキの身体が揺らぐ。
「さらに、私は手札から魔法カード《ブラック・ホール》を発動!」
「何ですって!?」
フィールドに暗黒の渦が生まれ、モンスターたちを飲み込もうとする。
だが、雫はすぐに続けた。
「ブラックフェザー・ドラゴンの効果で、黒羽カウンターを取り除き、効果ダメージを軽減する!」
暗黒の渦が消え去り、フィールドに残ったのはブラックフェザー・ドラゴンと、弱体化したロキだけだった。
「これで……最後よ!」
雫は最後のカードを掲げた。
「ブラックフェザー・ドラゴンで、極神王ロキを攻撃!」
黒き竜が翼を広げ、全身から黒炎を放つ。
ロキは神の力を振り絞って迎撃するが、すでにその力は削られていた。
黒炎が神の身体を包み込み、黄金の装飾が砕け散る。
「馬鹿な……ロキが……!」
ハルツィナの声が響く。
「神よ……!」
ロキは最後の力を振り絞り、黒き竜へ手を伸ばした。
だが、その指先が届くことはなかった。
極神王ロキは光となって消え去った。
決闘フィールドに、静寂が訪れる。
雫はD・ホイールを減速させ、ゆっくりと停止した。
「……勝った」
彼女は小さく呟いた。
「私……勝てたんだ……!」
張り詰めていた緊張が解け、雫の肩から力が抜ける。
ハルツィナは静かにデュエルディスクを閉じた。
「見事です、八重樫雫」
彼女は微笑んだ。
「あなたは、神の力を前にしても、決して自分の意思を失わなかった。相手の力を理解し、仲間から学んだことを活かし、最後まで勝利を諦めなかった」
ハルツィナは雫へ歩み寄った。
「あなたは、この試練を乗り越えました」
雫は深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「礼を言う必要はありません。あなた自身が勝ち取った結果です」
ハルツィナは、穏やかな目で雫を見つめた。
「あなたの黒き翼は、神の運命さえも越えたのです」
決闘が終わると、広間の壁面に刻まれた紋様が一斉に輝き始めた。
中央の床が開き、石の台座がせり上がってくる。
その上には、古びた装飾品と、奇妙な羅針盤が置かれていた。
「……これは?」
雫が尋ねる。
「私たち迷宮創設者が、後世へ残すために用意したものです」
ハルツィナは台座へ近づいた。
「まずは、こちらを」
彼女が手に取ったのは、古代の意匠が施された千年アイテムだった。
「千年タークです」
その名を聞いた瞬間、ハジメがいればすぐに気づいたであろう異質な魔力が、装飾品から放たれた。
ハルツィナはそれを雫へ渡そうとしたが、雫は首を横に振った。
「……これは、私ではない誰かが持つべきものなのでは?」
「ええ。あなたではありません」
ハルツィナは頷いた。
「このアイテムを受け取るべきなのは、あなたの仲間――シア・ハウリアです」
「シアに?」
雫は驚いた。
「なぜ、シアなのですか?」
「千年アイテムは、単なる魔力の道具ではありません。持つ者の魂や意思と深く関わるものです。この千年タークは、彼女の持つ資質と強く共鳴するでしょう」
ハルツィナは千年タークを台座へ戻した。
「あなたが勝利したことで、彼女へ渡すための条件も満たされました。後ほど、彼女自身に受け取ってもらいましょう」
雫は頷いた。
「……わかりました」
ハルツィナは続けて、台座に置かれた羅針盤を手に取った。
それは普通の羅針盤とは異なっていた。
針は北を指しておらず、盤面には方角を示す文字の代わりに、複雑な神代文字が刻まれている。
「そして、こちらが『道越の羅針盤』です」
「道越の羅針盤……?」
「私たち迷宮創設者が、後世へ託すために残したもの。迷宮の道を示すだけの道具ではありません」
ハルツィナは羅針盤を雫へ差し出した。
「世界に散らばる神代の遺産、そして大迷宮に残された道筋を辿るための手掛かりとなるでしょう。あなたたちが目指すものへ至る道を、必ずしも直接示すわけではありません。しかし、進むべき方向を見失ったとき、この羅針盤は道を示すはずです」
雫は慎重に受け取った。
羅針盤の針が、かすかに震える。
まるで、彼女たちがこれから進む先を知っているかのようだった。
「……大切に預かります」
「お願いします」
ハルツィナは微笑んだ。
「あなたたちは、まだ多くの試練を越えなければならないでしょう。ですが、決して忘れないでください。迷宮は、力を得るためだけの場所ではありません。自分が何を求め、何を守るために進むのか。それを見失わないための場所でもあるのです」
雫は、その言葉を胸に刻んだ。
「はい」
そのとき、広間の入口から足音が響いた。
「雫!」
ハジメの声だった。
彼の後ろからユエ、シア、ティオ、香織たちが駆け込んでくる。
「雫、大丈夫!?」
香織が心配そうに尋ねた。
「ええ。なんとかね」
雫は苦笑した。
「最後の試験は、ライディングデュエルだったわ。極神王ロキを使う相手で、かなり苦戦したけど……勝てた」
「そうか」
ハジメは雫の肩を軽く叩いた。
「よくやったな」
「……ありがとう、ハジメ」
「で、何かもらったのか?」
ハジメが台座に目を向ける。
雫は道越の羅針盤を見せた。
「これ。『道越の羅針盤』っていうらしいわ。それと、千年アイテムの一つ、千年タークをシアに渡すことになった」
「千年アイテム……!」
ハジメの表情が引き締まった。
千年アイテムが、また一つ彼らの手に渡る。
元の世界へ帰るための手掛かりが、少しずつ集まり始めていた。
ハルツィナはハジメたちを見渡した。
「あなたたちが探しているものについて、私はすべてを知っているわけではありません。ですが、迷宮創設者たちは、神の意思に従うだけの存在ではありませんでした。私たちは、後世の者たちが自ら道を切り開くことを願っていたのです」
「……神に抗うため、か」
ハジメが呟く。
ハルツィナは静かに頷いた。
「その通りです」
彼女の姿が、少しずつ光に包まれ始めた。
「さあ、もう行きなさい。あなたたちの旅は、まだ終わっていません」
「ハルツィナ……!」
雫が呼びかける。
「あなたの試練を、私は忘れません」
「それで十分です」
ハルツィナは微笑んだ。
「どうか、自分たちの意思を信じて進んでください」
その言葉を最後に、彼女の姿は光の中へと消えていった。
広間に残ったのは、静寂と、台座に刻まれた神代文字だけだった。
「……これで、樹海の大迷宮も攻略完了か」
ハジメは大きく息を吐いた。
「少なくとも、最終試験は突破したな」
「雫、すごかった!」
シアが勢いよく抱きつく。
「極神王ロキを倒すなんて、さすがだよ!」
「ちょ、シア! 苦しいって!」
「えへへ、ごめん!」
シアは慌てて腕を緩めた。
ユエも雫を見上げ、静かに頷く。
「……よく頑張った」
「ありがとう、ユエ」
ティオは楽しそうに笑った。
「妾も見てみたかったのう。神を相手にライディングデュエルとは、実に興味深い」
「……できれば、もう一度はやりたくないわね」
雫は苦笑した。
ハジメは道越の羅針盤を確認し、千年タークをシアへ渡すための準備を整えた。
「千年アイテムがまた一つ増えたな。これで、元の世界へ帰るための手掛かりも少しは進んだはずだ」
「……ハジメ、羅針盤が反応している」
ユエが指摘した。
道越の羅針盤の針が、ゆっくりと回転している。
そして、ある方向を指して止まった。
「これは……」
ハジメは針の先を見つめた。
羅針盤が示す方角は、迷宮の出口とは別の方向だった。
だが、今すぐその意味を解き明かす必要はない。
まずは、全員で迷宮を脱出することが先決だ。
「……詳しい話は外に出てからだ。全員、帰るぞ」
一行はハルツィナの広間を後にした。
迷宮の通路を戻る間、彼らは再び魔物と遭遇したが、今度は苦戦することなく撃退した。
精神干渉の罠も、創設者の試練を乗り越えたことで影響を失っていた。
やがて、遠くに出口の光が見え始める。
「……外だ!」
シアが声を上げた。
ハジメたちは最後の階段を駆け上がり、樹海の新鮮な空気の中へと飛び出した。
木々の間から、太陽の光が降り注いでいる。
長い迷宮の闇を抜けた彼らを、緑豊かな樹海が迎えていた。
「……やっぱり、外の空気はいいな」
ハジメは空を見上げた。
ユエが隣に立ち、シアが大きく伸びをする。
ティオは満足そうに尻尾を揺らし、香織と雫は互いに顔を見合わせて微笑んだ。
清水と天之河たちも、それぞれの表情に安堵を浮かべている。
「これで、樹海の大迷宮も攻略できたわけね」
雫は道越の羅針盤を見つめた。
「……でも、まだ先がある」
「そうだな」
ハジメは頷いた。
「千年アイテム、三幻神、赤き竜と六体のドラゴン。俺たちが集めるべきものは、まだ残っている」
彼は仲間たちを見渡した。
「だが、焦る必要はない。一つずつ、確実に進んでいけばいい」
「うん!」
シアが元気よく返事をした。
「それに、これからは私も千年タークを持つんだよね!」
「そうだ。大事に扱えよ」
「もちろん!」
シアは胸を張った。
ハジメは苦笑しながら、迷宮の入口を振り返った。
樹海の大迷宮は、彼らに試練を与え、仲間たちの心を試した。
そして、彼らはそれを乗り越えた。
だが、世界の真実に近づくほど、神の干渉は強くなるだろう。
それでも、彼らは進む。
自分たちの意思で、自分たちの未来を掴むために。
「よし、帰るぞ。次の目的地を決めるのは、それからだ」
ハジメの声を合図に、一行は樹海の奥へと歩き出した。
その手には、新たな千年アイテムと、道越の羅針盤。
そして胸には、神の運命さえも越えていくという決意があった。
――5D’sの旅は、まだ続く。