第三十二話「凡骨の魂を継ぐ者――龍太郎とギャンブルデッキ」
樹海の大迷宮を攻略したハジメたち5D’sは、次なる目的地へ向けて旅を続けていた。
目指すのは、最後の大迷宮が存在する雪原地帯。
そこに眠る試練を突破すれば、元の世界へ帰還するための手掛かりも、いよいよ核心へ近づくはずだった。
移動手段は、ハジメが製造した高速飛行船《アルティマヤ・ツィオルキン》。
広大な空を滑るように飛ぶ船内では、次の大迷宮へ備えた訓練が続いていた。
「だぁあああっ! また負けたぁあああっ!」
決闘場に、龍太郎の悲鳴が響き渡った。
「……これで何連敗だ?」
壁際で腕を組んでいたハジメが、呆れたように尋ねる。
「うるせえ! 数えてねえよ!」
「少なくとも十回は負けてるよね……」
隣で見ていた鈴が、苦笑しながら指を折った。
「えっと、今日だけで十二回かな?」
「数えてんじゃねえか、鈴!」
「だって、龍太郎が毎回大声を出すから……」
「ぐっ……!」
龍太郎は言葉に詰まり、デュエルディスクを外してベンチに腰を下ろした。
決闘場の中央では、対戦相手を務めていた訓練用マシーンが、機械音とともに停止している。
ハジメが船内に設置した、決闘訓練専用のマシーンだった。
事前に登録されたデッキと戦術をもとに、相手の状況に応じた判断を行う。初心者の練習相手としてはもちろん、経験者が実戦的な戦術を磨くためにも使える代物だ。
もっとも、龍太郎にとっては、今のところ勝率を叩き落とす厄介な相手でしかなかった。
「くそぉ……! なんで勝てねえんだよ!」
龍太郎は頭を抱えた。
「カードゲームってのは、こんなに難しいもんなのか……?」
「そりゃ、ルールを覚えただけで勝てるほど甘くはないからな」
ハジメは淡々と答えた。
「カードの効果を理解すること。状況に応じて何を使うか考えること。相手の動きを読むこと。自分のデッキで何をしたいのか理解すること。その全部が必要だ」
「わかってる! わかってるんだけどよ……!」
龍太郎は自分のデッキを見つめた。
「俺、どんな戦い方をすりゃいいのか、さっぱりわかんねえんだよ」
その声には、いつもの豪快さがなかった。
龍太郎は身体能力に優れ、状況判断も決して悪くない。実戦となれば、危険を顧みず仲間を助ける度胸もある。
だが、決闘となると話は別だった。
手札をどう使えばいいのか迷い、相手の動きを警戒しすぎて好機を逃し、いざ攻めようとすれば必要なカードが揃っていない。
強力なモンスターを出すことだけを考えても、そこに至るまでの道筋が見えていなければ意味がないのだ。
「天之河みたいに、切り札を中心に戦えばいいのか? それとも清水みたいに、相手を追い詰める戦い方を覚えりゃいいのか……」
「ちょっと待て。俺だって、まだ修行中だぞ」
清水が思わず口を挟む。
「俺の戦い方を参考にされても困る」
「お前はお前で、なんか妙に決闘慣れしてきてるじゃねえか!」
「……まあ、否定はしないけどな」
清水は苦笑した。
龍太郎は決して怠けているわけではない。
むしろ、負けるたびにハジメへ質問し、カードの効果を確認し、次の決闘では同じ失敗をしないように努力していた。
それでも、勝てない。
本人が最も焦っていることは、周囲の誰の目にも明らかだった。
「……俺、向いてねえのかな」
ぽつりと漏れた言葉に、鈴の表情が曇った。
「そんなことないよ、龍太郎」
「でもよ。お前らだって、少しずつ強くなってんじゃねえか。俺だけ、いつまで経っても初心者のままだ」
龍太郎は拳を握りしめた。
「ハジメたちと一緒に戦うって決めたのに、これじゃ足手まといだろ」
「龍太郎……」
鈴が何か言おうとした、そのときだった。
「なるほどな」
ハジメが、ぽんと手を打った。
龍太郎は顔を上げる。
「な、なんだよ?」
「お前、自分に合わない戦い方を無理に真似しようとしてるんじゃないか?」
「……は?」
「天之河は天之河、清水は清水だ。あいつらにはあいつらの戦い方がある。お前が同じことをする必要はない」
ハジメは龍太郎の手元にあるデッキへ視線を落とした。
「お前には、お前に合ったデッキがあるかもしれない」
「そんな都合よく見つかるもんなのかよ?」
「見つけるんだよ。決闘ってのは、そういうもんだ」
ハジメは踵を返した。
「ちょっと待ってろ。試してみたいものがある」
ハジメが戻ってきたのは、数分後だった。
その手には、見慣れないデッキケースが一つ握られている。
ケースの表面には、使い込まれたカードを思わせる装飾が施されていた。
「……なんだ、それ?」
龍太郎が首を傾げる。
「俺が保管していたデッキの一つだ」
ハジメはケースを差し出した。
「中身は、ある決闘者をイメージして組んだデッキだ。運と度胸、それから土壇場での引きの強さを武器にする戦い方だな」
「運と度胸?」
龍太郎はケースを受け取り、蓋を開いた。
中に並んでいたのは、戦士族モンスターを中心に、サイコロやコイントスなどの運要素を取り入れたカードの数々だった。
《時の魔術師》。
《ロケット戦士》。
《ランドスターの剣士》。
そして、見覚えのない強化カードや、古いカードを補助するための新しいカードも入っている。
その中には、強力な切り札も何枚かあった。
龍太郎は一枚ずつカードを確認していく。
「……へえ。こいつ、面白そうなカードが多いな」
「そのデッキの原型は、城之内克也という決闘者のものだ」
ハジメの声が、いつもより少しだけ懐かしげな響きを帯びた。
「城之内克也……?」
「ああ。俺が前世で生きていた世界に存在した、遊戯王というカードゲーム。そのアニメに登場した決闘者の一人だ」
ハジメは壁にもたれながら話し始めた。
「城之内は、最初から何でもできる天才だったわけじゃない。カードの知識も、決闘の経験も、最初は未熟だった。失敗もするし、無茶もする。勝てそうにない相手に挑んで、何度も窮地に追い込まれる」
「……それ、俺と似てんじゃねえか?」
「まあ、似てる部分はあるな」
ハジメは口元をわずかに緩めた。
「だが、あいつには一つ、大きな武器があった」
「武器?」
「どんなに追い詰められても、最後まで勝つことを諦めなかったことだ」
ハジメの脳裏に、前世で見た数々の決闘の光景が蘇る。
強敵を前にしても引かない姿。
仲間のために立ち上がる姿。
不利な状況を、カードの組み合わせと大胆な判断でひっくり返す姿。
そして何より、失敗しても、恥をかいても、愚直なまでに前へ進み続ける姿。
「城之内のデッキは、単純に強いカードを並べるだけのデッキじゃない。運に左右されるカードも多いし、状況次第では自分に不利な結果が出ることもある」
「おいおい、そんなデッキで勝てんのかよ?」
「勝てるさ。もちろん、運任せにしているだけじゃダメだ。リスクを理解して、失敗したときの備えを作っておく。勝負に出るべき場面と、耐えるべき場面を見極めるんだ」
ハジメはケースの中のカードを指差した。
「このデッキは、俺が知っている城之内の戦術を土台に、今の環境でも戦えるように調整してある。運任せのカードばかりじゃない。戦士族の連携、墓地からの再利用、相手の攻撃を受け流す手段も組み込んである」
「……へえ」
龍太郎の目が輝き始めた。
「つまり、こいつを使えば、俺でも……」
「勘違いするなよ。デッキを変えたら急に勝てるようになる、なんて都合のいい話じゃない」
ハジメは釘を刺した。
「カードの効果を覚えろ。どう動けばいいか、自分で考えろ。失敗したら、なぜ失敗したのかを考える。お前が今までやってきた努力は無駄じゃない。デッキとの相性が悪かった可能性もあるってだけだ」
「……わかった」
龍太郎はデッキケースを両手で握りしめた。
「俺、こいつでやってみる!」
その返事を聞き、ハジメは頷いた。
「よし。じゃあ、早速実戦だ」
「えっ、今からか!?」
「ここまで負け続けたんだ。練習する時間はいくらでもあるだろ」
ハジメは決闘場の中央を指差した。
「マシーンの設定を変える。今度は、お前がこのデッキを使って勝ち筋を探すんだ」
「……おう!」
龍太郎は勢いよく立ち上がった。
その顔には、先ほどまでの暗い表情はもう残っていなかった。
「対戦相手の設定を変更。戦士族デッキ、運要素を含む戦術を選択……」
機械音声が響き、訓練用マシーンの設定が切り替わる。
ハジメは龍太郎のデュエルディスクへデッキをセットした。
「このデッキは、カードの効果を正しく理解してこそ真価を発揮する。特に《時の魔術師》は、成功すれば一気に状況をひっくり返せるが、失敗すれば自分が苦しくなることもある」
「つまり、使うタイミングが重要ってことだな?」
「そういうことだ。あと、ギャンブルカードを引いたからといって、考えなしに使うなよ。運を味方につけるってのは、何も考えずにコインを投げることじゃない」
「おう!」
龍太郎はデュエルディスクを起動した。
「デッキセット完了。対戦を開始します」
マシーンの目が赤く光る。
「デュエル!」
龍太郎がカードを引いた。
「よっしゃ、俺のターン!」
だが、手札を見た瞬間、彼の勢いが止まった。
「えーっと……こいつを出して、それから……いや、こっちの効果を先に使った方がいいのか?」
カードを見比べ、頭を抱える。
「待て待て待て! このカードの効果、どっちが先だ!?」
「カードテキストを読め」
ハジメが即座に突っ込んだ。
「わ、わかってるって!」
龍太郎は慌ててテキストを読み直した。
その間にも、訓練用マシーンは待ってくれない。
「時間経過。ターン進行を推奨します」
「うるせえ! 今考えてんだよ!」
「龍太郎、落ち着いて!」
鈴が声をかける。
「カードを一枚ずつ見て、できることを整理してみて!」
「お、おう!」
龍太郎は深呼吸をした。
まず、通常召喚できるモンスターを確認する。
次に、手札から使える魔法カードを確認する。
そして、最後に残ったカードの組み合わせを考えた。
「……よし。まずはこいつを召喚だ!」
龍太郎はモンスターを召喚し、伏せカードを一枚置いた。
その後、慎重にターンを終える。
「……なんとか、できた」
「当たり前だ。最初から全部うまくやろうとするな」
ハジメは腕を組んだ。
「今のターンで何を考えた?」
「えっと……手札を全部使うと、次のターンに動けなくなると思ったから、使えるカードを残した」
「正解だ。手札は使い切ればいいってもんじゃない。次のターンのことも考えろ」
「お、おう!」
龍太郎は嬉しそうに頷いた。
しかし、相手のターンが始まると、状況は一変した。
訓練用マシーンがモンスターを展開し、龍太郎のモンスターを攻撃。さらに、魔法カードを使って彼の戦術を妨害してきた。
「うおっ!? ちょ、待て待て! なんだそりゃ!」
「相手の効果を確認しろ!」
「今読んでる!」
龍太郎は慌ててテキストを読み、どう対応すべきか考える。
だが、判断が遅れた。
攻撃を受け、モンスターを失い、次のターンには不利な状況へ追い込まれてしまう。
「……っ、くそ!」
龍太郎は歯を食いしばった。
「俺のターン!」
手札には、《時の魔術師》があった。
「こいつを使えば……!」
彼はカードを掲げかけたが、途中で止まった。
(今、使って失敗したら、もっと苦しくなる。でも、何もしなけりゃ負ける……)
龍太郎はハジメを見た。
ハジメは何も言わない。
助言を求めても、答えは返ってこない。
ここから先は、自分で考えるしかなかった。
「……よし!」
龍太郎は《時の魔術師》を召喚した。
「効果発動! 時の魔術師のコイントスだ!」
コインが宙を舞う。
龍太郎は息を呑み、落ちてくるコインを見つめた。
結果は――失敗。
「……あ」
爆発が起こり、龍太郎のモンスターが吹き飛ばされる。
「うわあああっ! やっちまったぁぁぁ!」
龍太郎は頭を抱えた。
鈴が心配そうに身を乗り出す。
「龍太郎、大丈夫!?」
「だ、大丈夫だ……! いや、大丈夫じゃねえけど!」
龍太郎はデュエルディスクを見下ろした。
せっかくの切り札が、自分の首を絞めてしまった。
やはり、自分には向いていないのではないか。
そんな考えが、頭をよぎる。
だが――。
「……待てよ」
龍太郎は、ふと顔を上げた。
「今の失敗、俺が悪いんだよな」
「……ああ」
ハジメが答える。
「失敗する可能性を考えずに使った。それだけだ」
「そうだよな……。じゃあ、次は失敗しても立て直せるようにしてから使えばいいんだ!」
龍太郎の目に、再び力が戻った。
「次のターンは、もっとちゃんと考える!」
「そうだ。それでいい」
ハジメは小さく頷いた。
決闘はそのまま進み、龍太郎は敗北した。
だが、最初の決闘とは違っていた。
彼はただ負けたのではない。
何を間違えたのか、自分で考え始めていたのだ。
「……もう一回だ!」
龍太郎はデッキをシャッフルした。
「次は勝つ!」
二度目の決闘も、龍太郎は苦戦した。
だが、今度はカードを使う前に効果を確認し、手札をどう使うか考えるようになっていた。
相手の動きを見て、攻撃を受けるべきか、それとも伏せカードを使うべきかを判断する。
失敗すれば、すぐに原因を振り返る。
そして、三度目。
四度目。
五度目。
少しずつ、龍太郎の動きが変わり始めた。
「俺のターン! まずは《ロケット戦士》を召喚!」
小型の戦士が、龍太郎のフィールドへ飛び出す。
「こいつの効果なら、攻撃しても戦闘で破壊されねえ! なら、今のうちに相手のモンスターへ攻撃だ!」
ロケット戦士が突撃し、相手モンスターへ攻撃を仕掛ける。
「よしっ! これで相手の攻撃力を下げられる!」
龍太郎は拳を握った。
「さらに、魔法カードを発動! 墓地の戦士族を利用して、次の攻撃につなげる!」
「……おっ?」
見ていた清水が、思わず身を乗り出した。
「今のは、ちゃんと先を考えていたな」
「だろ!?」
龍太郎は振り返り、得意げに笑った。
「いや、決闘中にこっちを見るな!」
「わりぃわりぃ!」
龍太郎は慌てて前を向いた。
だが、その直後、訓練用マシーンが反撃に転じた。
相手は罠カードを発動し、龍太郎のモンスターを破壊しようとする。
「なっ!? 罠だと!」
龍太郎は驚きながらも、すぐに手札を確認した。
「……待てよ。こいつを使えば、次のターンに繋げられる!」
彼は手札のカードを発動し、墓地へ送られたモンスターを利用して戦線を立て直した。
一発逆転には至らない。
だが、相手の攻撃を受けても、すぐに崩れなくなっていた。
「よし……! まだいける!」
龍太郎の声に、力がこもる。
「俺のターン!」
彼はカードを引いた。
その手札には、見覚えのある一枚があった。
「来たぜ……《時の魔術師》!」
龍太郎はカードを掲げる。
だが、すぐには召喚しなかった。
相手のフィールドを確認する。
自分の手札を確認する。
そして、墓地にあるカードを確認した。
「……よし。今なら、失敗しても立て直せる!」
龍太郎は《時の魔術師》を召喚した。
「効果発動! 時の魔術師のコイントス!」
コインが宙を舞う。
龍太郎は拳を握りしめた。
「頼むぜ……!」
コインが落ちる。
結果は――成功。
「よっしゃあああああっ!」
龍太郎の叫びとともに、相手フィールドが大きく揺らいだ。
相手モンスターが破壊され、戦況が一気に変わる。
「今だ! 残ったモンスターで攻撃!」
龍太郎は間髪入れずに指示を飛ばした。
モンスターたちが一斉に駆け出す。
相手のライフポイントが減少し、ついにゼロとなった。
『勝者、坂上龍太郎』
機械音声が勝利を告げる。
「……」
龍太郎は、しばらく固まっていた。
「……勝った?」
それから、ゆっくりと自分のデュエルディスクを見下ろした。
「俺……勝ったのか?」
「勝ったんだよ、龍太郎!」
鈴が飛び跳ねた。
「やったね!」
「お、おお……!」
龍太郎は顔を上げた。
次の瞬間、決闘場に大声が響き渡った。
「っしゃああああああああっ! 勝ったぞおおおおおっ!」
「うるせえ!」
ハジメが即座に突っ込んだ。
だが、その口元には笑みが浮かんでいた。
「よくやったな、龍太郎」
「ハジメ……!」
龍太郎は嬉しそうに振り向いた。
「俺、やれたぜ! ちゃんと考えて、勝てたんだ!」
「ああ。運が味方した部分もある。だが、運だけじゃ勝てなかった」
ハジメは龍太郎のデッキを指差した。
「お前は、時の魔術師を使う前に、失敗した場合のことを考えた。相手の盤面を確認して、手札と墓地のカードを見て、次の手を用意した。そこが一番大事なんだ」
「……そっか」
龍太郎は、自分の手札を見つめた。
「俺、ただ運がよかっただけじゃなかったんだな」
「そういうことだ」
ハジメは頷いた。
「運を引き寄せるのは、最後まで諦めずに考え続けた奴だ」
その言葉を聞き、龍太郎は強く拳を握りしめた。
「……よし! もう一回だ!」
「えっ、今勝ったばかりなのに!?」
鈴が驚く。
「当たり前だろ! 次はもっと上手くやれるかもしれねえんだ!」
龍太郎はデッキをシャッフルした。
「このデッキ、面白えな! 次はもっといろんなカードを使ってみたいぜ!」
「その意気だ」
ハジメは訓練用マシーンの設定を変更した。
「じゃあ、次は少し難易度を上げるぞ。今度は運に頼るだけじゃ勝てない相手だ」
「おう! どんと来い!」
「……その威勢、いつまで続くかな」
ハジメが意地悪く笑う。
「なんだとぉ!?」
龍太郎が食ってかかり、周囲から笑い声が上がった。
その場にいた誰もが、龍太郎の成長を喜んでいた。
今まで決闘のたびに落ち込んでいた彼が、ようやく自分の戦い方を見つけ始めたのだ。
それは、決して小さな一歩ではなかった。
龍太郎が次の決闘へ向けて準備を始めた頃、ハジメは少し離れた場所で、その姿を眺めていた。
「……ハジメ?」
隣に来たユエが、彼の横顔を見上げた。
「何を考えているの?」
「いや……少し昔のことを思い出してた」
「昔?」
「ああ。前世で見たアニメのことだ」
ハジメは決闘場へ視線を戻した。
龍太郎はマシーンを相手に、今度は慎重に手札を確認している。
先ほどの決闘で成功した動きを、そのまま繰り返そうとはしていない。
相手の盤面を見て、別の展開を試そうとしているのだ。
「……城之内克也っていう決闘者がいたんだ」
ハジメは静かに話し始めた。
「最初から何でもできたわけじゃない。天才でもなければ、完璧な戦略家でもない。むしろ、失敗も多いし、無茶なこともする。周囲から実力を疑われることだってあった」
ユエは黙って聞いていた。
「でも、あいつは諦めなかった。どれだけ不利でも、どれだけ強い相手に追い詰められても、最後まで勝つために足掻いた。仲間のために立ち上がって、何度負けても、また挑戦した」
ハジメの脳裏に、城之内の姿が浮かぶ。
決闘の天才ではない。
最初から選ばれた存在でもない。
それでも、努力と根性、そして土壇場で見せる勝負強さで、強敵たちに食らいついていった男。
「城之内の決闘は、いつも綺麗だったわけじゃない。時には無茶苦茶な賭けに出るし、運に頼ることもある。だけど、あいつは自分が選んだカードを信じて、最後まで戦い抜くんだ」
ハジメは、ふっと笑った。
「今の龍太郎を見ていると、あいつを思い出す」
「……似ている?」
ユエが尋ねる。
「ああ。もちろん、性格も得意なことも完全に同じじゃない。だが、根っこの部分がよく似てる」
ハジメは龍太郎を見つめた。
「龍太郎は不器用だ。考えるより先に身体が動くこともあるし、感情が顔に出る。失敗したら大騒ぎするし、勝ったらもっと大騒ぎする」
「……それは、よくわかる」
ユエが小さく頷いた。
「おい、聞こえてるぞ! 誰が大騒ぎしてるって!?」
離れた場所から龍太郎の声が飛んできた。
ハジメは肩をすくめた。
「ほらな」
ユエは小さく笑った。
「でも、龍太郎は仲間のためなら迷わず動く。自分が不利でも、怖くても、誰かが困っていたら放っておけない。そういうところは、城之内にそっくりだ」
「……だから、このデッキを?」
「ああ」
ハジメは頷いた。
「俺が前世で知っていた城之内のデッキを、そのまま持たせても、今の龍太郎には扱いきれない。だから、今のカードプールに合わせて強化しつつ、龍太郎自身が使いやすい形に調整した」
ハジメはデッキケースを見つめた。
「このデッキが、龍太郎のすべてを解決してくれるわけじゃない。だが、自分の戦い方を見つけるきっかけにはなるはずだ」
「……龍太郎が、自分の力で強くなれるように?」
「そういうことだ」
ユエは静かに頷いた。
「……ハジメらしい」
「何がだよ」
「ちゃんと見ているところ」
ハジメは一瞬だけ言葉に詰まり、それから鼻を鳴らした。
「別に。あいつが決闘で使い物にならなかったら、こっちの訓練計画にも支障が出るからな」
「……素直じゃない」
「うるせえ」
二人は小さく笑った。
その向こうでは、龍太郎が再び決闘を始めていた。
「俺のターン! 今度は、このカードを使ってみるぜ!」
「相手モンスターの効果を確認してください」
「わかってる! ちゃんと読んでから使うっての!」
先ほどよりも落ち着いた声だった。
カードを確認し、状況を見極め、次の一手を考える。
その姿はまだ未熟だ。
だが、そこには確かな成長があった。
「……焦る必要はないな」
ハジメは呟いた。
「城之内だって、一日で強くなったわけじゃない。龍太郎も、これからだ」
「うん」
ユエは彼の手にそっと触れた。
「きっと、強くなる」
決闘場の中央で、龍太郎が声を上げた。
「よっしゃあ! 今度こそ、完璧な流れが見えてきたぜ!」
「まだ相手の罠が残ってるぞ」
ハジメが指摘する。
「……えっ?」
龍太郎の動きが止まった。
次の瞬間、訓練用マシーンが罠カードを発動した。
「うわああああっ! そうだったぁぁぁ!」
決闘場に、いつもの悲鳴が響き渡る。
周囲は一斉に笑い出した。
ハジメも、思わず口元を緩める。
――不器用で、愚直で、失敗しても何度でも立ち上がる。
それは、ハジメが前世で知っていた一人の決闘者と、よく似た姿だった。
「……まったく、世話の焼ける奴だ」
そう呟きながらも、ハジメの表情はどこか嬉しそうだった。
雪原の大迷宮へ向かう旅路は、まだ続く。
その道中で、龍太郎はようやく、自分だけの戦い方を見つけ始めていた。
そして彼のデッキには、これから何度も窮地を乗り越えることになる、凡骨の魂が宿っていた。