「ありふれた遊戯王で世界最強」   作:武藤 桜

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第七章  雪原の迷宮~魔王城編
第三十二話「凡骨の魂を継ぐ者――龍太郎とギャンブルデッキ」


樹海の大迷宮を攻略したハジメたち5D’sは、次なる目的地へ向けて旅を続けていた。

 

目指すのは、最後の大迷宮が存在する雪原地帯。

 

そこに眠る試練を突破すれば、元の世界へ帰還するための手掛かりも、いよいよ核心へ近づくはずだった。

 

移動手段は、ハジメが製造した高速飛行船《アルティマヤ・ツィオルキン》。

 

広大な空を滑るように飛ぶ船内では、次の大迷宮へ備えた訓練が続いていた。

 

「だぁあああっ! また負けたぁあああっ!」

 

決闘場に、龍太郎の悲鳴が響き渡った。

 

「……これで何連敗だ?」

 

壁際で腕を組んでいたハジメが、呆れたように尋ねる。

 

「うるせえ! 数えてねえよ!」

 

「少なくとも十回は負けてるよね……」

 

隣で見ていた鈴が、苦笑しながら指を折った。

 

「えっと、今日だけで十二回かな?」

 

「数えてんじゃねえか、鈴!」

 

「だって、龍太郎が毎回大声を出すから……」

 

「ぐっ……!」

 

龍太郎は言葉に詰まり、デュエルディスクを外してベンチに腰を下ろした。

 

決闘場の中央では、対戦相手を務めていた訓練用マシーンが、機械音とともに停止している。

 

ハジメが船内に設置した、決闘訓練専用のマシーンだった。

 

事前に登録されたデッキと戦術をもとに、相手の状況に応じた判断を行う。初心者の練習相手としてはもちろん、経験者が実戦的な戦術を磨くためにも使える代物だ。

 

もっとも、龍太郎にとっては、今のところ勝率を叩き落とす厄介な相手でしかなかった。

 

「くそぉ……! なんで勝てねえんだよ!」

 

龍太郎は頭を抱えた。

 

「カードゲームってのは、こんなに難しいもんなのか……?」

 

「そりゃ、ルールを覚えただけで勝てるほど甘くはないからな」

 

ハジメは淡々と答えた。

 

「カードの効果を理解すること。状況に応じて何を使うか考えること。相手の動きを読むこと。自分のデッキで何をしたいのか理解すること。その全部が必要だ」

 

「わかってる! わかってるんだけどよ……!」

 

龍太郎は自分のデッキを見つめた。

 

「俺、どんな戦い方をすりゃいいのか、さっぱりわかんねえんだよ」

 

その声には、いつもの豪快さがなかった。

 

龍太郎は身体能力に優れ、状況判断も決して悪くない。実戦となれば、危険を顧みず仲間を助ける度胸もある。

 

だが、決闘となると話は別だった。

 

手札をどう使えばいいのか迷い、相手の動きを警戒しすぎて好機を逃し、いざ攻めようとすれば必要なカードが揃っていない。

 

強力なモンスターを出すことだけを考えても、そこに至るまでの道筋が見えていなければ意味がないのだ。

 

「天之河みたいに、切り札を中心に戦えばいいのか? それとも清水みたいに、相手を追い詰める戦い方を覚えりゃいいのか……」

 

「ちょっと待て。俺だって、まだ修行中だぞ」

 

清水が思わず口を挟む。

 

「俺の戦い方を参考にされても困る」

 

「お前はお前で、なんか妙に決闘慣れしてきてるじゃねえか!」

 

「……まあ、否定はしないけどな」

 

清水は苦笑した。

 

龍太郎は決して怠けているわけではない。

 

むしろ、負けるたびにハジメへ質問し、カードの効果を確認し、次の決闘では同じ失敗をしないように努力していた。

 

それでも、勝てない。

 

本人が最も焦っていることは、周囲の誰の目にも明らかだった。

 

「……俺、向いてねえのかな」

 

ぽつりと漏れた言葉に、鈴の表情が曇った。

 

「そんなことないよ、龍太郎」

 

「でもよ。お前らだって、少しずつ強くなってんじゃねえか。俺だけ、いつまで経っても初心者のままだ」

 

龍太郎は拳を握りしめた。

 

「ハジメたちと一緒に戦うって決めたのに、これじゃ足手まといだろ」

 

「龍太郎……」

 

鈴が何か言おうとした、そのときだった。

 

「なるほどな」

 

ハジメが、ぽんと手を打った。

 

龍太郎は顔を上げる。

 

「な、なんだよ?」

 

「お前、自分に合わない戦い方を無理に真似しようとしてるんじゃないか?」

 

「……は?」

 

「天之河は天之河、清水は清水だ。あいつらにはあいつらの戦い方がある。お前が同じことをする必要はない」

 

ハジメは龍太郎の手元にあるデッキへ視線を落とした。

 

「お前には、お前に合ったデッキがあるかもしれない」

 

「そんな都合よく見つかるもんなのかよ?」

 

「見つけるんだよ。決闘ってのは、そういうもんだ」

 

ハジメは踵を返した。

 

「ちょっと待ってろ。試してみたいものがある」

ハジメが戻ってきたのは、数分後だった。

 

その手には、見慣れないデッキケースが一つ握られている。

 

ケースの表面には、使い込まれたカードを思わせる装飾が施されていた。

 

「……なんだ、それ?」

 

龍太郎が首を傾げる。

 

「俺が保管していたデッキの一つだ」

 

ハジメはケースを差し出した。

 

「中身は、ある決闘者をイメージして組んだデッキだ。運と度胸、それから土壇場での引きの強さを武器にする戦い方だな」

 

「運と度胸?」

 

龍太郎はケースを受け取り、蓋を開いた。

 

中に並んでいたのは、戦士族モンスターを中心に、サイコロやコイントスなどの運要素を取り入れたカードの数々だった。

 

《時の魔術師》。

 

《ロケット戦士》。

 

《ランドスターの剣士》。

 

そして、見覚えのない強化カードや、古いカードを補助するための新しいカードも入っている。

 

その中には、強力な切り札も何枚かあった。

 

龍太郎は一枚ずつカードを確認していく。

 

「……へえ。こいつ、面白そうなカードが多いな」

 

「そのデッキの原型は、城之内克也という決闘者のものだ」

 

ハジメの声が、いつもより少しだけ懐かしげな響きを帯びた。

 

「城之内克也……?」

 

「ああ。俺が前世で生きていた世界に存在した、遊戯王というカードゲーム。そのアニメに登場した決闘者の一人だ」

 

ハジメは壁にもたれながら話し始めた。

 

「城之内は、最初から何でもできる天才だったわけじゃない。カードの知識も、決闘の経験も、最初は未熟だった。失敗もするし、無茶もする。勝てそうにない相手に挑んで、何度も窮地に追い込まれる」

 

「……それ、俺と似てんじゃねえか?」

 

「まあ、似てる部分はあるな」

 

ハジメは口元をわずかに緩めた。

 

「だが、あいつには一つ、大きな武器があった」

 

「武器?」

 

「どんなに追い詰められても、最後まで勝つことを諦めなかったことだ」

 

ハジメの脳裏に、前世で見た数々の決闘の光景が蘇る。

 

強敵を前にしても引かない姿。

 

仲間のために立ち上がる姿。

 

不利な状況を、カードの組み合わせと大胆な判断でひっくり返す姿。

 

そして何より、失敗しても、恥をかいても、愚直なまでに前へ進み続ける姿。

 

「城之内のデッキは、単純に強いカードを並べるだけのデッキじゃない。運に左右されるカードも多いし、状況次第では自分に不利な結果が出ることもある」

 

「おいおい、そんなデッキで勝てんのかよ?」

 

「勝てるさ。もちろん、運任せにしているだけじゃダメだ。リスクを理解して、失敗したときの備えを作っておく。勝負に出るべき場面と、耐えるべき場面を見極めるんだ」

 

ハジメはケースの中のカードを指差した。

 

「このデッキは、俺が知っている城之内の戦術を土台に、今の環境でも戦えるように調整してある。運任せのカードばかりじゃない。戦士族の連携、墓地からの再利用、相手の攻撃を受け流す手段も組み込んである」

 

「……へえ」

 

龍太郎の目が輝き始めた。

 

「つまり、こいつを使えば、俺でも……」

 

「勘違いするなよ。デッキを変えたら急に勝てるようになる、なんて都合のいい話じゃない」

 

ハジメは釘を刺した。

 

「カードの効果を覚えろ。どう動けばいいか、自分で考えろ。失敗したら、なぜ失敗したのかを考える。お前が今までやってきた努力は無駄じゃない。デッキとの相性が悪かった可能性もあるってだけだ」

 

「……わかった」

 

龍太郎はデッキケースを両手で握りしめた。

 

「俺、こいつでやってみる!」

 

その返事を聞き、ハジメは頷いた。

 

「よし。じゃあ、早速実戦だ」

 

「えっ、今からか!?」

 

「ここまで負け続けたんだ。練習する時間はいくらでもあるだろ」

 

ハジメは決闘場の中央を指差した。

 

「マシーンの設定を変える。今度は、お前がこのデッキを使って勝ち筋を探すんだ」

 

「……おう!」

 

龍太郎は勢いよく立ち上がった。

 

その顔には、先ほどまでの暗い表情はもう残っていなかった。

「対戦相手の設定を変更。戦士族デッキ、運要素を含む戦術を選択……」

 

機械音声が響き、訓練用マシーンの設定が切り替わる。

 

ハジメは龍太郎のデュエルディスクへデッキをセットした。

 

「このデッキは、カードの効果を正しく理解してこそ真価を発揮する。特に《時の魔術師》は、成功すれば一気に状況をひっくり返せるが、失敗すれば自分が苦しくなることもある」

 

「つまり、使うタイミングが重要ってことだな?」

 

「そういうことだ。あと、ギャンブルカードを引いたからといって、考えなしに使うなよ。運を味方につけるってのは、何も考えずにコインを投げることじゃない」

 

「おう!」

 

龍太郎はデュエルディスクを起動した。

 

「デッキセット完了。対戦を開始します」

 

マシーンの目が赤く光る。

 

「デュエル!」

 

龍太郎がカードを引いた。

 

「よっしゃ、俺のターン!」

 

だが、手札を見た瞬間、彼の勢いが止まった。

 

「えーっと……こいつを出して、それから……いや、こっちの効果を先に使った方がいいのか?」

 

カードを見比べ、頭を抱える。

 

「待て待て待て! このカードの効果、どっちが先だ!?」

 

「カードテキストを読め」

 

ハジメが即座に突っ込んだ。

 

「わ、わかってるって!」

 

龍太郎は慌ててテキストを読み直した。

 

その間にも、訓練用マシーンは待ってくれない。

 

「時間経過。ターン進行を推奨します」

 

「うるせえ! 今考えてんだよ!」

 

「龍太郎、落ち着いて!」

 

鈴が声をかける。

 

「カードを一枚ずつ見て、できることを整理してみて!」

 

「お、おう!」

 

龍太郎は深呼吸をした。

 

まず、通常召喚できるモンスターを確認する。

 

次に、手札から使える魔法カードを確認する。

 

そして、最後に残ったカードの組み合わせを考えた。

 

「……よし。まずはこいつを召喚だ!」

 

龍太郎はモンスターを召喚し、伏せカードを一枚置いた。

 

その後、慎重にターンを終える。

 

「……なんとか、できた」

 

「当たり前だ。最初から全部うまくやろうとするな」

 

ハジメは腕を組んだ。

 

「今のターンで何を考えた?」

 

「えっと……手札を全部使うと、次のターンに動けなくなると思ったから、使えるカードを残した」

 

「正解だ。手札は使い切ればいいってもんじゃない。次のターンのことも考えろ」

 

「お、おう!」

 

龍太郎は嬉しそうに頷いた。

 

しかし、相手のターンが始まると、状況は一変した。

 

訓練用マシーンがモンスターを展開し、龍太郎のモンスターを攻撃。さらに、魔法カードを使って彼の戦術を妨害してきた。

 

「うおっ!? ちょ、待て待て! なんだそりゃ!」

 

「相手の効果を確認しろ!」

 

「今読んでる!」

 

龍太郎は慌ててテキストを読み、どう対応すべきか考える。

 

だが、判断が遅れた。

 

攻撃を受け、モンスターを失い、次のターンには不利な状況へ追い込まれてしまう。

 

「……っ、くそ!」

 

龍太郎は歯を食いしばった。

 

「俺のターン!」

 

手札には、《時の魔術師》があった。

 

「こいつを使えば……!」

 

彼はカードを掲げかけたが、途中で止まった。

 

(今、使って失敗したら、もっと苦しくなる。でも、何もしなけりゃ負ける……)

 

龍太郎はハジメを見た。

 

ハジメは何も言わない。

 

助言を求めても、答えは返ってこない。

 

ここから先は、自分で考えるしかなかった。

 

「……よし!」

 

龍太郎は《時の魔術師》を召喚した。

 

「効果発動! 時の魔術師のコイントスだ!」

 

コインが宙を舞う。

 

龍太郎は息を呑み、落ちてくるコインを見つめた。

 

結果は――失敗。

 

「……あ」

 

爆発が起こり、龍太郎のモンスターが吹き飛ばされる。

 

「うわあああっ! やっちまったぁぁぁ!」

 

龍太郎は頭を抱えた。

 

鈴が心配そうに身を乗り出す。

 

「龍太郎、大丈夫!?」

 

「だ、大丈夫だ……! いや、大丈夫じゃねえけど!」

 

龍太郎はデュエルディスクを見下ろした。

 

せっかくの切り札が、自分の首を絞めてしまった。

 

やはり、自分には向いていないのではないか。

 

そんな考えが、頭をよぎる。

 

だが――。

 

「……待てよ」

 

龍太郎は、ふと顔を上げた。

 

「今の失敗、俺が悪いんだよな」

 

「……ああ」

 

ハジメが答える。

 

「失敗する可能性を考えずに使った。それだけだ」

 

「そうだよな……。じゃあ、次は失敗しても立て直せるようにしてから使えばいいんだ!」

 

龍太郎の目に、再び力が戻った。

 

「次のターンは、もっとちゃんと考える!」

 

「そうだ。それでいい」

 

ハジメは小さく頷いた。

 

決闘はそのまま進み、龍太郎は敗北した。

 

だが、最初の決闘とは違っていた。

 

彼はただ負けたのではない。

 

何を間違えたのか、自分で考え始めていたのだ。

 

「……もう一回だ!」

 

龍太郎はデッキをシャッフルした。

 

「次は勝つ!」

二度目の決闘も、龍太郎は苦戦した。

 

だが、今度はカードを使う前に効果を確認し、手札をどう使うか考えるようになっていた。

 

相手の動きを見て、攻撃を受けるべきか、それとも伏せカードを使うべきかを判断する。

 

失敗すれば、すぐに原因を振り返る。

 

そして、三度目。

 

四度目。

 

五度目。

 

少しずつ、龍太郎の動きが変わり始めた。

 

「俺のターン! まずは《ロケット戦士》を召喚!」

 

小型の戦士が、龍太郎のフィールドへ飛び出す。

 

「こいつの効果なら、攻撃しても戦闘で破壊されねえ! なら、今のうちに相手のモンスターへ攻撃だ!」

 

ロケット戦士が突撃し、相手モンスターへ攻撃を仕掛ける。

 

「よしっ! これで相手の攻撃力を下げられる!」

 

龍太郎は拳を握った。

 

「さらに、魔法カードを発動! 墓地の戦士族を利用して、次の攻撃につなげる!」

 

「……おっ?」

 

見ていた清水が、思わず身を乗り出した。

 

「今のは、ちゃんと先を考えていたな」

 

「だろ!?」

 

龍太郎は振り返り、得意げに笑った。

 

「いや、決闘中にこっちを見るな!」

 

「わりぃわりぃ!」

 

龍太郎は慌てて前を向いた。

 

だが、その直後、訓練用マシーンが反撃に転じた。

 

相手は罠カードを発動し、龍太郎のモンスターを破壊しようとする。

 

「なっ!? 罠だと!」

 

龍太郎は驚きながらも、すぐに手札を確認した。

 

「……待てよ。こいつを使えば、次のターンに繋げられる!」

 

彼は手札のカードを発動し、墓地へ送られたモンスターを利用して戦線を立て直した。

 

一発逆転には至らない。

 

だが、相手の攻撃を受けても、すぐに崩れなくなっていた。

 

「よし……! まだいける!」

 

龍太郎の声に、力がこもる。

 

「俺のターン!」

 

彼はカードを引いた。

 

その手札には、見覚えのある一枚があった。

 

「来たぜ……《時の魔術師》!」

 

龍太郎はカードを掲げる。

 

だが、すぐには召喚しなかった。

 

相手のフィールドを確認する。

 

自分の手札を確認する。

 

そして、墓地にあるカードを確認した。

 

「……よし。今なら、失敗しても立て直せる!」

 

龍太郎は《時の魔術師》を召喚した。

 

「効果発動! 時の魔術師のコイントス!」

 

コインが宙を舞う。

 

龍太郎は拳を握りしめた。

 

「頼むぜ……!」

 

コインが落ちる。

 

結果は――成功。

 

「よっしゃあああああっ!」

 

龍太郎の叫びとともに、相手フィールドが大きく揺らいだ。

 

相手モンスターが破壊され、戦況が一気に変わる。

 

「今だ! 残ったモンスターで攻撃!」

 

龍太郎は間髪入れずに指示を飛ばした。

 

モンスターたちが一斉に駆け出す。

 

相手のライフポイントが減少し、ついにゼロとなった。

 

『勝者、坂上龍太郎』

 

機械音声が勝利を告げる。

 

「……」

 

龍太郎は、しばらく固まっていた。

 

「……勝った?」

 

それから、ゆっくりと自分のデュエルディスクを見下ろした。

 

「俺……勝ったのか?」

 

「勝ったんだよ、龍太郎!」

 

鈴が飛び跳ねた。

 

「やったね!」

 

「お、おお……!」

 

龍太郎は顔を上げた。

 

次の瞬間、決闘場に大声が響き渡った。

 

「っしゃああああああああっ! 勝ったぞおおおおおっ!」

 

「うるせえ!」

 

ハジメが即座に突っ込んだ。

 

だが、その口元には笑みが浮かんでいた。

 

「よくやったな、龍太郎」

 

「ハジメ……!」

 

龍太郎は嬉しそうに振り向いた。

 

「俺、やれたぜ! ちゃんと考えて、勝てたんだ!」

 

「ああ。運が味方した部分もある。だが、運だけじゃ勝てなかった」

 

ハジメは龍太郎のデッキを指差した。

 

「お前は、時の魔術師を使う前に、失敗した場合のことを考えた。相手の盤面を確認して、手札と墓地のカードを見て、次の手を用意した。そこが一番大事なんだ」

 

「……そっか」

 

龍太郎は、自分の手札を見つめた。

 

「俺、ただ運がよかっただけじゃなかったんだな」

 

「そういうことだ」

 

ハジメは頷いた。

 

「運を引き寄せるのは、最後まで諦めずに考え続けた奴だ」

 

その言葉を聞き、龍太郎は強く拳を握りしめた。

 

「……よし! もう一回だ!」

 

「えっ、今勝ったばかりなのに!?」

 

鈴が驚く。

 

「当たり前だろ! 次はもっと上手くやれるかもしれねえんだ!」

 

龍太郎はデッキをシャッフルした。

 

「このデッキ、面白えな! 次はもっといろんなカードを使ってみたいぜ!」

 

「その意気だ」

 

ハジメは訓練用マシーンの設定を変更した。

 

「じゃあ、次は少し難易度を上げるぞ。今度は運に頼るだけじゃ勝てない相手だ」

 

「おう! どんと来い!」

 

「……その威勢、いつまで続くかな」

 

ハジメが意地悪く笑う。

 

「なんだとぉ!?」

 

龍太郎が食ってかかり、周囲から笑い声が上がった。

 

その場にいた誰もが、龍太郎の成長を喜んでいた。

 

今まで決闘のたびに落ち込んでいた彼が、ようやく自分の戦い方を見つけ始めたのだ。

 

それは、決して小さな一歩ではなかった。

龍太郎が次の決闘へ向けて準備を始めた頃、ハジメは少し離れた場所で、その姿を眺めていた。

 

「……ハジメ?」

 

隣に来たユエが、彼の横顔を見上げた。

 

「何を考えているの?」

 

「いや……少し昔のことを思い出してた」

 

「昔?」

 

「ああ。前世で見たアニメのことだ」

 

ハジメは決闘場へ視線を戻した。

 

龍太郎はマシーンを相手に、今度は慎重に手札を確認している。

 

先ほどの決闘で成功した動きを、そのまま繰り返そうとはしていない。

 

相手の盤面を見て、別の展開を試そうとしているのだ。

 

「……城之内克也っていう決闘者がいたんだ」

 

ハジメは静かに話し始めた。

 

「最初から何でもできたわけじゃない。天才でもなければ、完璧な戦略家でもない。むしろ、失敗も多いし、無茶なこともする。周囲から実力を疑われることだってあった」

 

ユエは黙って聞いていた。

 

「でも、あいつは諦めなかった。どれだけ不利でも、どれだけ強い相手に追い詰められても、最後まで勝つために足掻いた。仲間のために立ち上がって、何度負けても、また挑戦した」

 

ハジメの脳裏に、城之内の姿が浮かぶ。

 

決闘の天才ではない。

 

最初から選ばれた存在でもない。

 

それでも、努力と根性、そして土壇場で見せる勝負強さで、強敵たちに食らいついていった男。

 

「城之内の決闘は、いつも綺麗だったわけじゃない。時には無茶苦茶な賭けに出るし、運に頼ることもある。だけど、あいつは自分が選んだカードを信じて、最後まで戦い抜くんだ」

 

ハジメは、ふっと笑った。

 

「今の龍太郎を見ていると、あいつを思い出す」

 

「……似ている?」

 

ユエが尋ねる。

 

「ああ。もちろん、性格も得意なことも完全に同じじゃない。だが、根っこの部分がよく似てる」

 

ハジメは龍太郎を見つめた。

 

「龍太郎は不器用だ。考えるより先に身体が動くこともあるし、感情が顔に出る。失敗したら大騒ぎするし、勝ったらもっと大騒ぎする」

 

「……それは、よくわかる」

 

ユエが小さく頷いた。

 

「おい、聞こえてるぞ! 誰が大騒ぎしてるって!?」

 

離れた場所から龍太郎の声が飛んできた。

 

ハジメは肩をすくめた。

 

「ほらな」

 

ユエは小さく笑った。

 

「でも、龍太郎は仲間のためなら迷わず動く。自分が不利でも、怖くても、誰かが困っていたら放っておけない。そういうところは、城之内にそっくりだ」

 

「……だから、このデッキを?」

 

「ああ」

 

ハジメは頷いた。

 

「俺が前世で知っていた城之内のデッキを、そのまま持たせても、今の龍太郎には扱いきれない。だから、今のカードプールに合わせて強化しつつ、龍太郎自身が使いやすい形に調整した」

 

ハジメはデッキケースを見つめた。

 

「このデッキが、龍太郎のすべてを解決してくれるわけじゃない。だが、自分の戦い方を見つけるきっかけにはなるはずだ」

 

「……龍太郎が、自分の力で強くなれるように?」

 

「そういうことだ」

 

ユエは静かに頷いた。

 

「……ハジメらしい」

 

「何がだよ」

 

「ちゃんと見ているところ」

 

ハジメは一瞬だけ言葉に詰まり、それから鼻を鳴らした。

 

「別に。あいつが決闘で使い物にならなかったら、こっちの訓練計画にも支障が出るからな」

 

「……素直じゃない」

 

「うるせえ」

 

二人は小さく笑った。

 

その向こうでは、龍太郎が再び決闘を始めていた。

 

「俺のターン! 今度は、このカードを使ってみるぜ!」

 

「相手モンスターの効果を確認してください」

 

「わかってる! ちゃんと読んでから使うっての!」

 

先ほどよりも落ち着いた声だった。

 

カードを確認し、状況を見極め、次の一手を考える。

 

その姿はまだ未熟だ。

 

だが、そこには確かな成長があった。

 

「……焦る必要はないな」

 

ハジメは呟いた。

 

「城之内だって、一日で強くなったわけじゃない。龍太郎も、これからだ」

 

「うん」

 

ユエは彼の手にそっと触れた。

 

「きっと、強くなる」

 

決闘場の中央で、龍太郎が声を上げた。

 

「よっしゃあ! 今度こそ、完璧な流れが見えてきたぜ!」

 

「まだ相手の罠が残ってるぞ」

 

ハジメが指摘する。

 

「……えっ?」

 

龍太郎の動きが止まった。

 

次の瞬間、訓練用マシーンが罠カードを発動した。

 

「うわああああっ! そうだったぁぁぁ!」

 

決闘場に、いつもの悲鳴が響き渡る。

 

周囲は一斉に笑い出した。

 

ハジメも、思わず口元を緩める。

 

――不器用で、愚直で、失敗しても何度でも立ち上がる。

 

それは、ハジメが前世で知っていた一人の決闘者と、よく似た姿だった。

 

「……まったく、世話の焼ける奴だ」

 

そう呟きながらも、ハジメの表情はどこか嬉しそうだった。

 

雪原の大迷宮へ向かう旅路は、まだ続く。

 

その道中で、龍太郎はようやく、自分だけの戦い方を見つけ始めていた。

 

そして彼のデッキには、これから何度も窮地を乗り越えることになる、凡骨の魂が宿っていた。

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