「ありふれた遊戯王で世界最強」   作:武藤 桜

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第三十四話「黒き翼の覚醒、地縛神との因縁に終止符を」

ハジメが虚像との決闘を終えた直後。

 

 雪原の大迷宮に満ちていた黒い霧が、再び蠢き始めた。

 

「……っ!」

 

 雫が咄嗟に身構える。

 

 先ほどまで隣にいた仲間たちの姿が、白い霧に呑まれて消えていった。

 

「ハジメ君!? ユエさん、シア!」

 

 返事はない。

 

 雫はすぐさま腰のデッキケースに手を伸ばした。ブラックフェザーを中心とした、自分のデッキ。幾度もの実戦を経て、ようやく自分の戦い方として馴染んできたカードたちだ。

 

 そのカードがある限り、簡単には屈しない。

 

 そう思った瞬間、目の前の霧が割れた。

 

「ようやく一人になったな、八重樫雫」

 

 現れたのは、自分とまったく同じ顔をした少女だった。

 

 黒い髪。冷静な瞳。剣を握る手の構えまで、鏡に映したかのように一致している。

 

 だが、虚像の背後には、漆黒の翼を広げた黒羽の戦士たちが浮かんでいた。

 

 ブラックフェザー。

 

 しかも、通常のブラックフェザーではない。

 

 装甲を増し、黒い翼の先端に鋭い刃を備えた戦士たち。その中央には、巨大な黒い竜の影が揺らめいている。

 

「……あなたは、私の虚像?」

 

「そうだ。お前の心の奥底にある迷いを形にした存在だ」

 

 虚像は冷たく笑った。

 

「お前は本当に、今の仲間たちと肩を並べられると思っているのか?」

 

「何を……」

 

「ハジメは別格だ。ユエも、シアも、ティオも、香織も。あいつらは自分の力を理解し、それを使いこなしている。では、お前はどうだ?」

 

 雫は唇を引き結んだ。

 

「私は、私なりに努力してきた」

 

「努力?」

 

 虚像は鼻で笑った。

 

「ハジメに鍛えられ、強いカードを手に入れ、仲間たちに助けられて。それでようやく、同じ場所に立てるようになったつもりか?」

 

「……っ!」

 

「お前は剣士だ。剣の腕なら誇れるものがあった。だが、この世界では剣だけでは足りない。決闘でも、魔物との戦いでも、仲間たちに追いつくために必死になっている」

 

 虚像がデュエルディスクを展開した。

 

「ならば証明してみろ。お前のブラックフェザーが、本当にお前自身の力なのか」

 

 雫もデュエルディスクを構えた。

 

「……いいわ。あなたが私の弱さを映した存在だというなら、ここで乗り越えてみせる」

 

「その言葉、最後まで言っていられるかな?」

 

 虚像がデッキを装填する。

 

「デュエル!」

 

     ◇

 

「私の先攻!」

 

 虚像は迷いなくカードを展開した。

 

「私は《BF-毒風のシムーン》を手札から見せることで効果を発動! 手札から別のブラックフェザーを除外し、デッキから《黒い旋風》を置く。そして、通常召喚権を使わずにシムーンを召喚する!」

 

 黒い旋風がフィールドに吹き荒れた。

 

「《黒い旋風》の効果発動! ブラックフェザーが召喚されたとき、その攻撃力より低い攻撃力を持つブラックフェザーをデッキから手札に加える!」

 

 虚像は次々とカードを手札に加え、間髪入れずにモンスターを展開する。

 

「私は《BF-黒槍のブラスト》を特殊召喚! さらに、《BF-疾風のゲイル》も特殊召喚!」

 

 黒い羽根が舞い、三体のブラックフェザーが並んだ。

 

「レベル4のシムーンに、レベル3のゲイルをチューニング!」

 

 黒い輪が重なり、漆黒の竜が姿を現す。

 

「シンクロ召喚! 《BF-アーマード・ウィング》!」

 

 続いて、虚像はブラストと別のチューナーを組み合わせ、さらにシンクロ召喚を重ねた。

 

「現れろ、《BF-アサルト・ブラックフェザー》!」

 

 黒い鎧をまとった戦士が翼を広げる。

 

「そして、私は《BF-フルアーマード・ウィング》をシンクロ召喚!」

 

 重装甲の黒羽の戦士が現れた。翼の周囲には、相手の力を奪うような不気味な黒い光が渦巻いている。

 

「これが私のアサルトブラックフェザーデッキだ」

 

 虚像はフィールドを見渡した。

 

「ブラックフェザーの展開力に、連続シンクロ召喚。そして、相手の動きを封じる効果を重ねる。お前がどんな手を使おうと、ここから抜け出すことはできない」

 

 雫は相手の盤面を見据えた。

 

 強力なシンクロモンスターが複数並び、さらに《黒い旋風》まで残っている。

 

 だが、突破口がないわけではない。

 

「私のターン!」

 

 雫はカードを引いた。

 

「私は《BF-砂塵のハルマッタン》を召喚!」

 

 黒い戦士が現れる。

 

「さらに、手札から《BF-突風のオロシ》を特殊召喚!」

 

 チューナーが並び、雫はシンクロ召喚の準備を整えた。

 

「レベル4のハルマッタンに、レベル1のオロシをチューニング! シンクロ召喚、《BF-星影のノートゥング》!」

 

 黒い翼をまとった戦士が降り立つ。

 

「ノートゥングの効果で、相手に800ポイントのダメージ!」

 

 黒い風が虚像を襲った。

 

 だが、虚像は動じない。

 

「それで終わりか?」

 

「まだよ!」

 

 雫はさらにカードを展開しようとした。

 

 しかし、その瞬間。

 

「お前は、ハジメのようには戦えない」

 

 虚像の声が、頭の奥に響いた。

 

「ハジメなら、今の盤面をどう崩すか。お前はそればかり考えている。自分の判断より、あいつの戦い方を正解だと思い込んでいるんだ」

 

「……違う!」

 

「違わない。お前は自分のデッキを使っているようで、実際にはハジメの教えに縋っているだけだ」

 

 雫の手が止まった。

 

 ほんの一瞬。

 

 その迷いを、虚像は見逃さなかった。

 

「罠カード発動! 《ブラック・ソニック》!」

 

 黒い旋風が雫のモンスターたちを包み込む。

 

「ブラックフェザーが攻撃対象になったとき、相手の攻撃表示モンスターをすべて除外する!」

 

「しまっ――!」

 

 雫は反射的に防御しようとしたが、判断が遅れた。

 

 フィールドのモンスターたちが、黒い風に呑まれて消えていく。

 

「くっ……!」

 

「今のは、プレイミスだな」

 

 虚像は淡々と言い放った。

 

「お前は自分で考えることを恐れている。自分の判断が間違っていたら、ハジメに失望されると思っているのだろう?」

 

「そんなこと……!」

 

「なら、なぜ迷った?」

 

 虚像がカードを引いた。

 

「私のターン!」

 

 ブラックフェザーが次々と展開される。

 

「《BF-アサルト・ブラックフェザー》で攻撃!」

 

 黒い戦士が突撃し、雫の残ったモンスターを破壊した。

 

「続けて、《BF-フルアーマード・ウィング》で直接攻撃!」

 

 黒い翼が刃となって襲いかかる。

 

 雫は吹き飛ばされ、膝をついた。

 

「……っ、まだ……!」

 

「まだ、何だ?」

 

 虚像が近づいてくる。

 

「お前は剣士としての誇りを持っていた。相手の動きを見極め、自分の判断で一太刀を入れる。それがお前の戦い方だったはずだ」

 

 虚像はデュエルディスクを指差した。

 

「なのに、今のお前はどうだ? カードの効果を追い、強いモンスターを出すことばかり考えている。決闘者としても、剣士としても、お前は自分を見失っている」

 

 雫は言い返せなかった。

 

 思い当たる節があったからだ。

 

 ハジメの決闘は、いつだって合理的で、容赦がない。相手の動きを読み、勝つために必要な手段を選ぶ。

 

 その背中に追いつきたい。

 

 その思いが強すぎるあまり、いつしか自分の判断に自信を持てなくなっていた。

 

 ハジメなら、どうする。

 

 ハジメなら、この状況をどう打開する。

 

 その考えが頭を支配し、自分のデッキと向き合うことを忘れかけていた。

 

「……私は」

 

 雫は唇を噛んだ。

 

「私は、ハジメ君のようにはなれない」

 

「ようやく認めたか」

 

「でも……」

 

 雫は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ハジメ君になる必要なんて、なかったんだ」

 

 虚像の表情が変わった。

 

「何?」

 

「ハジメ君はハジメ君。私は私。彼の戦い方を学ぶことと、彼の真似をすることは違う」

 

 雫はデッキに手を置いた。

 

「私は剣士よ。相手をよく見て、動きを読み、隙を見つけて斬り込む。それが私の戦い方。決闘だって同じはずだった」

 

 彼女は、自分の手札を見つめた。

 

「強いカードを出せば勝てるわけじゃない。相手の効果を知っているだけで、勝てるわけでもない。自分が何をしたいのかを考えて、自分の判断でカードを使う……」

 

 その言葉を口にしたとき、雫の心に、ハジメの声がよみがえった。

 

 ――自分の身を守れ。誰かを救うのは、その後だ。

 

 ――自分の弱さを認めたうえで、それでも進むかどうかだ。

 

 ハジメは、自分の代わりに戦ってくれるわけではない。

 

 答えを与えてくれることはあっても、最後に選ぶのは自分自身だ。

 

「……ありがとう、ハジメ君」

 

 雫は小さく呟いた。

 

 そして、虚像を見据えた。

 

「あなたは私の弱さを映した存在。でも、私のすべてを知っているわけじゃない」

 

「何だと……?」

 

「私は、まだ強くなれる。自分の判断で、自分のカードと一緒に!」

 

 雫のデュエルディスクが、黒い光を放った。

     ◇

 

「私のターン!」

 

 雫はカードを引いた。

 

「私は墓地の《BF-突風のオロシ》の効果を発動! フィールドにブラックフェザーが存在するとき、手札から特殊召喚する!」

 

 黒い翼のチューナーが舞い戻る。

 

「そして、《BF-砂塵のハルマッタン》を召喚!」

 

 雫のフィールドに二体のモンスターが並んだ。

 

「レベル4のハルマッタンに、レベル1のオロシをチューニング!」

 

 黒い風が渦巻く。

 

「シンクロ召喚! 《BF-星影のノートゥング》!」

 

 ノートゥングが現れる。

 

「さらに、墓地の《BF-突風のオロシ》の効果で、墓地のブラックフェザーを特殊召喚する!」

 

 雫は盤面を確認した。

 

 相手の《BF-フルアーマード・ウィング》は、効果の対象にならず、戦闘破壊にも強い。正面から攻撃するだけでは突破できない。

 

 ならば、狙うべきはその周囲だ。

 

「私は《BF-星影のノートゥング》の効果で、相手モンスターの攻撃力を800ポイント下げる!」

 

 黒い羽根が舞い、虚像のモンスターを覆う。

 

「そして、速攻魔法《ブラック・バード・クローズ》を発動!」

 

 雫は手札のブラックフェザーを墓地へ送り、虚像の効果発動を無効にした。

 

「なっ……!」

 

「あなたの強さは認める。でも、私はあなたの言葉に惑わされない!」

 

 雫は手札から新たなカードを取り出した。

 

「私は《BF-毒風のシムーン》を召喚! 《黒い旋風》の効果で、《BF-突風のオロシ》を手札に加える!」

 

 さらに展開を重ね、雫は必要な素材を揃えていく。

 

「レベル4のシムーンに、レベル3のブラックフェザーをチューニング!」

 

 黒い輪が重なり、巨大な翼が広がった。

 

「シンクロ召喚! 《ブラックフェザー・アサルト・ドラゴン》!」

 

 黒き竜が咆哮し、漆黒の翼を大きく広げた。

 

 その姿を見た瞬間、虚像の目が見開かれた。

 

「ブラックフェザー・アサルト・ドラゴン……!」

 

「このカードは、シンクロモンスターを素材としてシンクロ召喚する必要がある。そして、相手がモンスターの効果を発動するたび、黒い羽根のカウンターを置く!」

 

 雫はカードを掲げた。

 

「カウンターが一定数に達すれば、その力を解き放つ!」

 

 アサルト・ドラゴンの身体に、黒い羽根のような光が集まる。

 

「さらに、相手がモンスターの効果を発動した場合、その効果を受けずに戦闘を行うことができる!」

 

 虚像は歯を食いしばった。

 

「ならば、効果を使わずに倒すだけだ!」

 

「そう簡単にはいかないわ」

 

 雫は、静かに笑った。

 

「あなたは私の心を揺さぶることに夢中になって、私が何を見ているのかを忘れている」

 

「何……?」

 

「私は、あなたの盤面だけを見ていたわけじゃない。あなたの癖も、展開の順番も、攻撃を仕掛けるタイミングも、全部見ていた!」

 

 雫はカードを一枚、墓地へ送った。

 

「私は墓地のブラックフェザーの効果を発動し、フィールドにチューナーを特殊召喚!」

 

 黒い翼が舞い、シンクロ召喚の準備が整う。

 

「そして、《ブラックフェザー・アサルト・ドラゴン》で攻撃!」

 

 漆黒の竜が、虚像の《BF-フルアーマード・ウィング》へと突撃した。

 

「無駄だ! フルアーマード・ウィングは――」

 

「わかっているわ!」

 

 雫は叫んだ。

 

「だからこそ、正面から突破する!」

 

 アサルト・ドラゴンの翼から黒い炎が噴き出す。

 

 その炎は、相手の防御を力任せに打ち砕くのではない。

 

 攻撃力を高め、相手の効果に頼らず、真正面から戦闘を成立させる力だった。

 

 黒い竜の爪が、フルアーマード・ウィングの装甲を貫く。

 

「ぐっ……!」

 

 虚像のモンスターが破壊され、黒い羽根となって散った。

 

「まだよ!」

 

 雫は続けて攻撃を宣言した。

 

「《BF-星影のノートゥング》で攻撃!」

 

 ノートゥングが虚像へと斬りかかる。

 

 虚像は後退したが、すでに防御するモンスターはいない。

 

「そして、ブラックフェザー・アサルト・ドラゴンで直接攻撃!」

 

 黒い竜が翼を広げ、最後の一撃を放つ。

 

「うああああああっ!」

 

 虚像の身体に亀裂が走った。

 

「馬鹿な……お前は、ハジメの真似をしているだけのはず……!」

 

「違うわ」

 

 雫はまっすぐに虚像を見つめた。

 

「私は、ハジメ君から学んだ。でも、ここで勝つのは私自身よ」

 

 ブラックフェザー・アサルト・ドラゴンが咆哮した。

 

 黒い炎が虚像を包み込み、やがてその姿は霧となって消えた。

 

 静寂が戻る。

 

 雫は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 

 やがて、デュエルディスクを下ろし、深く息を吐く。

 

「……勝てた」

 

 その声は、少し震えていた。

 

 勝利の喜びだけではない。

 

 自分自身の弱さを認め、それでも前へ進めたことへの安堵だった。

 

「ありがとう、ブラックフェザー」

 

 雫はデッキケースに手を置いた。

 

「これからも、一緒に強くなろうね」

 

 黒い羽根が一枚、彼女の手のひらに舞い落ちた。

 

     ◇

一方、その頃。

 

 清水は、薄暗い洞窟の中にひとり立っていた。

 

 目の前に広がっているのは、雪原の大迷宮とは思えないほど不気味な光景だった。

 

 地面は黒くひび割れ、空には赤黒い雲が渦巻いている。

 

 そして、その中央に立つ男の姿を見た瞬間、清水は息を呑んだ。

 

 黒い服。

 

 顔を覆う影。

 

 人間のものとは思えない、不気味な気配。

 

 かつて、自分がダークシグナーだった頃の姿。

 

「……俺か」

 

 清水の声が震えた。

 

 虚像はゆっくりと顔を上げた。

 

「久しぶりだな、清水」

 

 その声は、かつて自分が発していたものと同じだった。

 

「忘れたとは言わせないぞ。お前が何をしたのか。どれだけの人間を巻き込んだのか」

 

「……忘れるわけがない」

 

 清水は拳を握りしめた。

 

 地縛神の力に囚われ、正気を失っていた日々。

 

 誰かと友達になりたかった。

 

 誰かに認められたかった。

 

 ただそれだけの願いを、歪んだ形で叶えようとした。

 

 自分を理解してくれない世界を憎み、周囲を巻き込み、取り返しのつかない罪を犯した。

 

 そして、ハジメとの決闘によって呪いから解放された。

 

 あのとき、確かに自分は救われたはずだった。

 

 だが、罪が消えたわけではない。

 

 失われた命が戻ったわけでもない。

 

 自分がしたことを、なかったことにはできない。

 

「……俺は、あのときの自分を許していない」

 

 清水は静かに言った。

 

「許せるはずがない。何度思い返しても、後悔しかない」

 

「ならば、なぜ生きている?」

 

 虚像が一歩近づいた。

 

「お前は、呪いから解放された。ハジメに助けられた。仲間たちに受け入れられた。だが、お前がしたことは変わらない」

 

「……」

 

「お前は今も、あいつらの優しさに縋っているだけだ。自分の罪を償うこともできず、誰かに許してもらうことを待っている」

 

 清水の顔が歪んだ。

 

 否定したかった。

 

 だが、心の奥底にある恐怖が、その言葉を完全には否定させてくれなかった。

 

 自分は本当に、やり直せるのだろうか。

 

 あれほどの罪を犯した自分が、再び誰かと笑い合っていいのだろうか。

 

 仲間たちと同じ場所に立っていいのだろうか。

 

「……俺は」

 

 清水は俯いた。

 

「俺は、ただ友達が欲しかったんだ」

 

 その言葉は、かつてダークシグナーだった頃にも口にした願いだった。

 

「誰かと話したかった。誰かに自分を見てほしかった。自分を特別だと思ってほしかった……」

 

 声がかすれる。

 

「でも、だからって、あんなことをしていい理由にはならなかった。俺は自分の寂しさを言い訳にして、誰かを傷つけた」

 

 虚像は冷たく笑った。

 

「なら、今すぐ消えろ。お前が生きている限り、罪は消えない」

 

「……違う」

 

 清水は顔を上げた。

 

「罪は消えない。俺がしたことも、消えない。だからこそ、俺は生きていかなきゃならない」

 

 虚像の笑みが止まる。

 

「何だと?」

 

「俺が犯した罪を、なかったことにするつもりはない。許してもらえるとも思っていない。だけど……俺はもう、あの頃の自分に戻るつもりもない」

 

 清水はデュエルディスクを構えた。

 

「お前は俺の過去だ。俺が犯した罪だ。俺が忘れたくても忘れられない、俺自身の闇だ」

 

 彼は一度、深く息を吸った。

 

「だから、ここで決着をつける。お前を倒して、過去をなかったことにするんじゃない。過去から逃げずに、これからの自分を選ぶために!」

 

 虚像の背後で、巨大な影が動いた。

 

 赤黒い空を突き破るようにして、異形の神が姿を現す。

 

 地縛神。

 

 かつて清水を呪いに縛りつけた、忌まわしき存在。

 

「ならば、見せてみろ」

 

 虚像がデュエルディスクを展開した。

 

「お前が本当に変わったというのなら、俺を倒してみろ。かつてのお前が従えた神を、今度こそ打ち破ってみせろ!」

 

 清水はデッキを装填した。

 

「……ああ。今度こそ、俺自身の意志で戦う」

 

「デュエル!」

 

     ◇

 

「俺の先攻!」

 

 虚像がカードを引いた。

 

「俺は《地縛囚人 ストーン・スィーパー》を召喚!」

 

 黒い鎖をまとった囚人のようなモンスターが現れる。

 

「さらに、手札から《地縛囚人 ライン・ウォーカー》を特殊召喚!」

 

 虚像のフィールドに、二体のモンスターが並んだ。

 

「レベル4のストーン・スィーパーに、レベル3のライン・ウォーカーをチューニング!」

 

 黒い輪が重なり、禍々しい竜が姿を現す。

 

「シンクロ召喚! 《地縛戒隷 ジオグラシャ=ラボラス》!」

 

 地面が割れ、黒い竜が咆哮した。

 

 さらに、虚像はフィールド魔法を発動した。

 

「《地縛神の復活》!」

 

 黒い大地が広がり、赤黒い空がフィールドを覆い尽くす。

 

「このフィールドが存在する限り、地縛神は大地に縛られず、空を舞うことができる!」

 

 虚像の背後に、巨大な影が浮かび上がった。

 

「現れろ! 《地縛神 Ccapac Apu》!」

 

 コカパクアプ。

 

 黒い翼を持つ巨大な地縛神が、赤黒い空を震わせた。

 

 その姿を見た瞬間、清水の身体が硬直した。

 

 かつて、自分が従えていた神。

 

 多くの人々を恐怖に陥れ、自分の心を歪めた存在。

 

 その姿は、あの頃の記憶を鮮明に呼び起こした。

 

「……っ」

 

 呼吸が乱れる。

 

 目の前にいるのは、ただの幻だ。

 

 そう理解していても、身体は過去の恐怖を覚えていた。

 

「どうした、清水?」

 

 虚像が笑う。

 

「お前が呼び出した神だろう? 懐かしいか?」

 

「……」

 

「お前は、この力にすがった。誰かに認められたいという願いを叶えるために、地縛神の力を使った。だが、最後には自分自身さえも制御できなくなった」

 

 コカパクアプが翼を広げる。

 

「お前はまた同じことを繰り返す。寂しさに負け、罪に負け、誰かに救ってもらうことを待つだけの人間に戻るのだ!」

 

 清水は目を閉じた。

 

 あのときの自分。

 

 暗闇の中で、誰かに手を伸ばしていた自分。

 

 その手を、ハジメがつかんでくれた。

 

 自分は救われた。

 

 だが、それは誰かにすべてを許されたという意味ではない。

 

 自分がこれから何をするかは、自分で決めなければならない。

 

「……俺のターン」

 

 清水はカードを引いた。

 

「俺は手札から《インフェルニティ・デーモン》を召喚!」

 

 赤い鎧をまとった悪魔が姿を現す。

 

「さらに、手札を使い切る!」

 

 清水は残りの手札を墓地へ送った。

 

「俺の手札が0枚になったことで、《インフェルニティ・デーモン》の効果発動! デッキからインフェルニティカード1枚を手札に加える!」

 

 清水はカードを引き抜いた。

 

「俺は《インフェルニティ・ネクロマンサー》を手札に加え、召喚!」

 

 骸骨の魔術師が現れる。

 

「《インフェルニティ・ネクロマンサー》の効果発動! 手札が0枚のとき、墓地のインフェルニティモンスター1体を特殊召喚する!」

 

「蘇れ、《インフェルニティ・デーモン》!」

 

 二体の悪魔が並ぶ。

 

 虚像は鼻で笑った。

 

「小細工を。そんな程度で、地縛神を倒せると思っているのか?」

 

「……思っているさ」

 

 清水は静かに答えた。

 

「俺のデッキは、手札が0枚になったときに真価を発揮する。何も持たない状態から、墓地に眠る仲間たちを呼び戻して戦うんだ」

 

 清水は墓地のカードに目を落とした。

 

「昔の俺は、何も持っていないことが怖かった。だから、力を欲しがった。自分を特別に見せるために、誰かを傷つけた」

 

 彼は虚像を見据えた。

 

「でも、今は違う。手札が0枚でも、俺には仲間がいる。墓地に眠るカードがある。俺が積み重ねてきた経験がある」

 

 清水はカードを掲げた。

 

「俺はレベル4の《インフェルニティ・デーモン》と、レベル3の《インフェルニティ・ネクロマンサー》をチューニング!」

 

 漆黒の輪が広がる。

 

「シンクロ召喚! 《インフェルニティ・デス・ドラゴン》!」

 

 黒い竜が現れた。

 

 その姿は禍々しくも、清水の意志に応えるように静かに翼を広げている。

 

「《インフェルニティ・デス・ドラゴン》の効果発動! 手札が0枚のとき、相手フィールドの表側表示モンスター1体を破壊し、その攻撃力の半分のダメージを与える!」

 

 清水はコカパクアプを指差した。

 

「俺は《地縛神 Ccapac Apu》を破壊する!」

 

 インフェルニティ・デス・ドラゴンが口を開き、漆黒の炎を吐き出した。

 

 しかし、炎はコカパクアプに届く直前、黒い壁に阻まれた。

 

「無駄だ!」

 

 虚像が叫ぶ。

 

「地縛神はフィールド魔法が存在する限り、相手モンスターの攻撃対象にならない! そして、地縛神は直接攻撃ができる!」

 

 コカパクアプが翼を広げた。

 

「《地縛神 Ccapac Apu》で直接攻撃!」

 

 巨大な翼から黒い衝撃波が放たれる。

 

「ぐあっ!」

 

 清水は吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。

 

「どうした、清水! お前の力はその程度か!」

 

 虚像の声が響く。

 

「お前はまた失敗する。誰かに助けてもらわなければ、何もできない!」

 

 清水は地面に手をつき、ゆっくりと起き上がった。

 

「……違う」

 

 彼は、口元の血を拭った。

 

「俺は、助けてもらったことを恥じているわけじゃない」

 

 虚像が眉をひそめる。

 

「何?」

 

「ハジメに救われたことも、みんなが俺を受け入れてくれたことも……俺は、忘れたくない」

 

 清水はデュエルディスクを構え直した。

 

「でも、いつまでも誰かに助けてもらうだけじゃいけない。今度は俺が、誰かを守れるようになりたいんだ!」

 

     ◇

 

「俺のターン!」

 

 清水はカードを引いた。

 

 手札は再び0枚。

 

 だが、彼の目には迷いがなかった。

 

「俺は墓地の《インフェルニティ・ネクロマンサー》の効果を発動! 墓地のインフェルニティモンスター1体を特殊召喚する!」

 

「蘇れ、《インフェルニティ・デーモン》!」

 

 悪魔が再び姿を現した。

 

「さらに、墓地の《インフェルニティ・ビートル》の効果発動! 手札が0枚のとき、このカードをリリースし、デッキから同名モンスター2体を特殊召喚する!」

 

 二体の小さな昆虫型モンスターが現れた。

 

 清水はその姿を見て、かすかに笑った。

 

「……昔の俺は、強いカードだけを求めていた。圧倒的な力があれば、誰かに認めてもらえると思っていた」

 

 彼は、インフェルニティ・デス・ドラゴンを見上げた。

 

「でも、本当の強さは、ひとりで何もかも背負うことじゃない。仲間を信じて、力を合わせて戦うことだ」

 

 清水は二体のモンスターを指差した。

 

「レベル2の《インフェルニティ・ビートル》2体と、レベル4の《インフェルニティ・デーモン》を使い、シンクロ召喚の準備を整える!」

 

 虚像が目を見開く。

 

「何を呼び出すつもりだ……!」

 

「俺が、過去に犯した罪と向き合うための力だ!」

 

 清水はカードを掲げた。

 

「レベル4の《インフェルニティ・デーモン》に、レベル2の《インフェルニティ・ビートル》2体をチューニング!」

 

 三体のモンスターが光へと変わる。

 

 黒い輪が幾重にも重なり、赤黒い空に巨大な光柱が立ち上がった。

 

「集いし闇が、過去を越える力を呼び覚ます!」

 

 清水の声が震える。

 

 しかし、それは恐怖からではなかった。

 

「シンクロ召喚! 現れろ、《ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン》!」

 

 百の目を持つ異形の竜が姿を現した。

 

 その姿は、かつてダークシグナーだった清水にとって、決して忘れることのできないカードのひとつだった。

 

 虚像は、勝ち誇ったように笑った。

 

「愚かな! その竜こそ、お前が闇に囚われていた頃の象徴だ! お前は結局、過去から逃げられない!」

 

「……ああ」

 

 清水は、ワンハンドレッド・アイ・ドラゴンを見つめた。

 

「このカードには、俺が闇に囚われていた頃の記憶がある。だから、見るたびに思い出す。自分が何をしたのかを」

 

 彼は、ゆっくりと虚像へ向き直った。

 

「だが、過去の自分が使ったカードだからといって、今の俺が使ってはいけない理由にはならない」

 

 ワンハンドレッド・アイ・ドラゴンが翼を広げる。

 

「俺は、このカードを憎んでいるわけじゃない。憎むべきなのは、カードじゃない。力にすがり、誰かを傷つけた自分自身だ」

 

 清水はデッキを握りしめた。

 

「だからこそ、俺はこのカードと一緒に戦う。過去を忘れるためじゃない。過去を背負って、前へ進むために!」

 

 ワンハンドレッド・アイ・ドラゴンの百の目が、赤い光を放った。

 

「《ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン》の効果発動! 墓地の闇属性モンスターの効果を得る!」

 

 清水は墓地のカードを指差した。

 

「俺は墓地の《インフェルニティ・デス・ドラゴン》の力を得る!」

 

 ワンハンドレッド・アイ・ドラゴンの身体に、漆黒の炎が宿る。

 

「これで、お前の地縛神を倒す準備は整った!」

 

 虚像は顔を歪めた。

 

「ふざけるな! お前は過去の罪から逃れられない! どれだけ仲間ができても、どれだけ強くなっても、お前が犯したことは消えない!」

 

「わかっている!」

 

 清水は叫んだ。

 

「俺が犯した罪は消えない! 誰かに許してもらったからって、なかったことにはならない! 俺はこれからも、その罪を背負って生きていく!」

 

 彼は、ワンハンドレッド・アイ・ドラゴンを見上げた。

 

「だけど、罪を背負うことと、罪に縛られ続けることは違う!」

 

 赤黒い空が震えた。

 

「俺はもう、誰かを傷つけることで寂しさを埋めたりしない。自分が特別だと証明するために、誰かを踏みにじったりもしない!」

 

 清水は虚像を見据えた。

 

「俺は清水だ。ダークシグナーだった頃の俺も、今ここにいる俺も、どちらも俺自身だ。だから、俺は過去から逃げずに、お前を倒す!」

 

 虚像は歯を食いしばった。

 

「ならば、地縛神の力を見せてやる!」

 

 コカパクアプが翼を広げた。

 

「《地縛神 Ccapac Apu》の効果発動! 相手プレイヤーへ直接攻撃!」

 

 黒い衝撃波が放たれる。

 

「その瞬間、俺は《インフェルニティ・デス・ドラゴン》の効果を発動!」

 

 清水の声が響いた。

 

「手札が0枚のとき、相手フィールドの表側表示モンスター1体を破壊し、その攻撃力の半分のダメージを与える!」

 

 インフェルニティ・デス・ドラゴンが黒い炎を吐き出した。

 

 虚像のコカパクアプが咆哮する。

 

「無駄だ! 地縛神はフィールド魔法によって守られている!」

 

「違う!」

 

 清水は叫んだ。

 

「俺が狙っているのは、地縛神そのものじゃない!」

 

 黒い炎は、コカパクアプの周囲に展開された魔力の障壁を焼き払った。

 

 同時に、ワンハンドレッド・アイ・ドラゴンが翼を広げる。

 

「今だ! 《ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン》で攻撃!」

 

 百の目から放たれた光が、コカパクアプを捉えた。

 

「何っ!?」

 

 虚像の地縛神が、初めて大きく揺らいだ。

 

「ワンハンドレッド・アイ・ドラゴンは、墓地の闇属性モンスターの力を得ている! そして、インフェルニティ・デス・ドラゴンの効果を使ったことで、俺の攻撃を阻む力は弱まった!」

 

 清水は、二体の竜を見上げた。

 

「俺はもう、ひとりじゃない!」

 

 インフェルニティ・デス・ドラゴンが、ワンハンドレッド・アイ・ドラゴンの隣に並ぶ。

 

「二体の竜よ、力を合わせろ!」

 

 黒い炎と赤い光が重なり合った。

 

「連携攻撃だ!」

 

 ワンハンドレッド・アイ・ドラゴンが正面から突撃し、インフェルニティ・デス・ドラゴンが側面から黒い炎を放つ。

 

 二つの攻撃が交差し、コカパクアプの巨体を貫いた。

 

「ぐおおおおおおっ!」

 

 地縛神が咆哮する。

 

 その身体に、無数の亀裂が走った。

 

「馬鹿な……! 俺の地縛神が……!」

 

「これで終わりだ!」

 

 清水は、最後の一撃を宣言した。

 

「《ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン》! 《インフェルニティ・デス・ドラゴン》! 過去の闇を、今ここで打ち破れ!」

 

 二体の竜が、同時に咆哮した。

 

 黒い炎と赤い光が、コカパクアプを完全に包み込む。

 

 巨大な地縛神は、空を覆っていた赤黒い雲ごと砕け散った。

 

 虚像は呆然と立ち尽くした。

 

「……俺が、負けた?」

 

 その身体にも、亀裂が走る。

 

「あり得ない……! お前は、罪を背負ったまま生きていくことなどできないはずだ!」

 

「できるかどうかは、これから俺が決める」

 

 清水は静かに答えた。

 

「俺は、過去を忘れない。自分が犯した罪を、なかったことにもしない。それでも、これからの人生をどう生きるかは、俺自身が選ぶ」

 

 虚像の身体が崩れ始めた。

 

「俺はもう、闇に逃げない」

 

 清水は、最後まで目を逸らさなかった。

 

「さよなら、過去の俺。お前の罪も、後悔も、全部背負って……俺は先へ進む」

 

 虚像は何かを言いかけた。

 

 だが、その声が形になる前に、黒い霧となって消えた。

 

 赤黒い空が砕け、黒い大地が光へと変わっていく。

 

 清水は、ゆっくりとデュエルディスクを下ろした。

 

「……終わった」

 

 その声は、かすかに震えていた。

 

 勝利の喜びだけではない。

 

 長い間、自分の中に閉じ込めていた後悔と、ようやく向き合えた安堵が混じっていた。

 

 清水はワンハンドレッド・アイ・ドラゴンのカードを見つめた。

 

「……お前も、俺と一緒に進んでくれるか?」

 

 カードは答えない。

 

 だが、表面に残った赤い光が、静かに輝いた。

 

「……ありがとう」

 

 清水はカードをデッキに戻した。

 

「俺は、もう一度やり直す。過去を消すためじゃない。今度こそ、誰かを傷つけるんじゃなく、誰かの力になれるように」

 

 そして、彼は前を向いた。

 

 その先には、まだ迷宮の深部が続いている。

 

 ハジメたちも、きっとどこかで戦っているはずだ。

 

「……待ってろよ、ハジメ」

 

 清水は歩き出した。

 

「今度は、俺もお前の隣で戦うからな」

 

 雪原の大迷宮の闇の中に、二体の竜の咆哮が遠く響いた。

 

 それは、過去に囚われた者が、未来へ向かって歩き出した証だった。

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