雪原の大迷宮。
白銀の床に、二つのデュエルディスクが向かい合っていた。
一方は、左目を黒い眼帯で覆い、機械仕掛けの左腕を持つ少年――南雲ハジメ。
もう一方は、勇者の称号を与えられた少年――天之河光輝。
ただし、今の光輝は本人ではなかった。
その身体を支配しているのは、迷宮が生み出した虚像。光輝の記憶も、使い慣れたデッキも、勇者としての力も持っている。しかし、そこにあるはずの心だけが決定的に欠けていた。
「さあ、始めようか、南雲」
光輝の顔で、虚像が笑う。
「お前が隠していた真実を、今度こそ白日の下にさらしてやる。神の正体も、俺たちがこの世界に呼ばれた理由も……全部知っていたんだろう?」
「……その話、まだ続けるのか」
「当然だ! お前は俺たちを信用していなかった! 俺たちを仲間だと思っていなかったから、何も教えなかったんだ!」
「違うな」
ハジメは即座に切り捨てた。
「お前たちが信じなかった。それだけだ」
「何だと?」
「証拠もないのに神が邪悪な存在だと言われて、はいそうですかと信じるのか? この世界の人間が何千、何万と犠牲になってきた理由を、神の気まぐれだと説明されて、お前は納得できたのか?」
「それは……!」
「できなかっただろうな。お前は自分が信じたいものを信じた。神は正しい。自分たちは正義の勇者だ。そう思っていれば、自分が間違っている可能性を考えずに済むからな」
虚像の顔が歪む。
「黙れ! 俺は間違っていない!」
「なら、どうしてそんなに怒っている?」
「……!」
「俺が神の正体を教えなかったことが、本当にお前の怒りの理由か? それとも、俺が先に真実を知っていて、お前より正しい判断をしたことが気に入らないだけか?」
光輝の顔をしたものは答えなかった。
代わりに、デュエルディスクの起動音が雪原に響く。
「口先で俺を揺さぶるつもりか、南雲!」
「別に。お前が勝手に揺れているだけだろ」
ハジメはデッキをデュエルディスクに装填した。
「来いよ。お前の言う正義も、勇者の力も、全部まとめて相手をしてやる」
虚像もまた、デッキを構える。
「俺が勝てば、お前は全員に真実を話す! そして、お前が俺たちを見下していたことを認めるんだ!」
「勝手に条件を増やすな。お前が勝っても、俺の考えは変わらん」
「なら、俺がお前を倒して認めさせる!」
「できるもんならな」
二人のデュエルディスクが光を放った。
「デュエル!」
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「先攻は俺だ!」
虚像はカードを引き、勢いよく一枚を掲げた。
「俺は《サイバー・ドラゴン・コア》を召喚!」
機械仕掛けの小型ドラゴンがフィールドに出現する。
「コアの召喚成功時の効果発動! デッキから『サイバー』魔法・罠カード一枚を手札に加える! 俺が加えるのは《サイバー・リペア・プラント》!」
虚像は手札を整えると、さらにカードを一枚取り出した。
「そして、手札から《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚! 相手フィールドにモンスターが存在し、俺のフィールドにモンスターが存在しない場合、このカードは特殊召喚できる!」
だが、すでにコアがフィールドにいる。
そのため、虚像はその条件を満たしていないことに気づき、一瞬だけ動きを止めた。
「……っ」
ハジメの眼帯の下で、左目の奥がわずかに疼いた。
今のは、単なるプレイミスではない。
虚像は光輝のカードを知っている。カードの効果も、使い方も知識として持っているはずだ。だが、状況を整理し、最適な手順を選ぶ判断力が足りていない。
知識をなぞることと、デッキを使いこなすことは違う。
「どうした? 続けろよ」
「言われなくても分かっている!」
虚像は苛立ちを隠そうともせず、別のカードを手にした。
「俺は《サイバー・ダーク・クロー》を手札から捨て、効果を発動! デッキから《サイバーダーク・インフェルノ》を手札に加える!」
続いてフィールド魔法を発動する。
足元に、暗い機械工場を思わせる景色が広がった。そこには、竜の骨を機械に組み込んだような異形の影が蠢いている。
「さらに、手札から《サイバー・ダーク・カノン》を捨てる! デッキから『サイバーダーク』モンスターを手札に加える! 俺は《サイバー・ダーク・ホーン》を選ぶ!」
虚像はようやく自信を取り戻したように笑った。
「これが俺の力だ! 光輝のデッキに、サイバーダークの力を組み込んだ混合デッキ! 機械の圧倒的な火力と、闇の竜を利用する戦術! どちらにも対応できる万能のデッキだ!」
「万能ねぇ……」
ハジメは鼻で笑った。
「何がおかしい!」
「別に。デッキの中身を混ぜれば強くなるってもんじゃない、と思っただけだ」
「黙れ!」
虚像はさらに手札を確認する。だが、そこで動きが止まった。
展開を続けるためのカードが、思い描いた順番でそろっていない。
虚像は数秒間、手札とフィールドを交互に見た。
「……俺は、カードを二枚伏せる。ターンエンドだ!」
言い切った声には、隠しきれない焦りがあった。
ハジメはフィールドを一瞥する。
「カードを混ぜただけで、デッキを理解したつもりか。サイバーの連続展開も、サイバーダークの装備戦術も、互いの動きを支えられていない。手札がかみ合わなかった瞬間、何もできなくなる」
「うるさい! お前だって、カードの引きが悪ければ何もできないだろう!」
「そりゃそうだ。デュエルなんて、最初から全部思い通りになるもんじゃない」
ハジメは一枚のカードを引いた。
「だから、引いたカードで何をするかを考えるんだよ」
手札を見て、迷いなく一枚を取り出す。
「俺のターン。ドロー!」
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「俺は《E・HERO エアーマン》を召喚!」
風をまとった英雄が、ハジメのフィールドに降り立つ。
「エアーマンの召喚成功時の効果を発動。デッキから『HERO』モンスター一体を手札に加える。俺が選ぶのは《E・HERO スパークマン》だ」
ハジメは加えたカードを手札に収めた。
「さらに、魔法カード《融合》を発動!」
「融合だと?」
「フィールドのエアーマンと、手札の《E・HERO バーストレディ》を融合!」
二体の英雄が光に包まれ、炎と風が渦を巻く。
「融合召喚! 現れろ、《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」
炎の翼を持つ英雄が、雪原に降り立った。
その姿を見て、虚像は鼻を鳴らす。
「何だ、その古臭いカードは! 今さらそんなモンスターで俺のサイバーとサイバーダークに勝てると思っているのか!」
「古いかどうかと、強いかどうかは別の話だ」
「だったら、その英雄で何ができる!」
「見ていろ」
ハジメはカードを一枚伏せ、ターンを終えた。
虚像はすぐさま反撃に転じる。
「俺のターン、ドロー! 俺は《サイバー・ダーク・ホーン》を召喚!」
黒い機械竜が現れる。
「ホーンの召喚成功時の効果で、墓地のレベル三以下のドラゴン族モンスターを装備する! 俺は墓地の《サイバー・ダーク・クロー》ではなく、ドラゴン族の《仮面竜》を装備!」
機械竜の背中に竜の力が組み込まれ、黒い装甲が脈動した。
「ホーンでフレイム・ウィングマンを攻撃!」
ホーンが低く唸り、炎の英雄へ突進する。
だが、ハジメは動じなかった。
「罠カード発動。《ヒーロー・バリア》! フィールドに『E・HERO』が存在する時、相手の攻撃を無効にする!」
透明な防壁がフレイム・ウィングマンを包み、機械竜の突進を受け止めた。
「くっ……!」
「攻撃を通すためのカードがあるなら、止めるためのカードもある。それがデュエルだ」
ハジメは淡々と告げた。
「ターンエンド!」
ハジメのターン。
「ドロー!」
引いたカードを見たハジメの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
「俺は手札から《E・HERO スパークマン》を召喚!」
雷光をまとった英雄が出現する。
「そして、魔法カード《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地の『E・HERO』を融合素材として除外する!」
「墓地のモンスターを素材に……!」
「そうだ。墓地のフレイム・ウィングマンと、スパークマンを融合素材にする!」
虚像の目が見開かれた。
「融合召喚! 輝け、光の英雄――《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》!」
白銀の翼を広げた英雄が、まばゆい光を放ちながら降臨する。
その身体に、墓地の英雄たちの力が宿っていた。
「シャイニング・フレア・ウィングマンは、墓地の『E・HERO』一体につき攻撃力が三百ポイント上がる。俺の墓地には今、エアーマンとバーストレディがいる!」
シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力が上昇する。
「攻撃力は三千五百!」
「何だと……!」
「バトルだ! シャイニング・フレア・ウィングマンで、サイバー・ダーク・ホーンを攻撃!」
光の英雄が翼を広げ、強烈な光弾を放つ。
「くそっ! 罠カード発動! 《サイバーダーク・インフェルノ》の効果で、サイバー・ダーク・ホーンを手札に戻す!」
ホーンの姿が消え、光弾は虚像のフィールドを直撃した。
「逃げたか。だが、攻撃を止めたわけじゃない」
「何……?」
「シャイニング・フレア・ウィングマンは、戦闘でモンスターを破壊した時に効果ダメージを与える。今回は戦闘破壊が成立していないから、その効果は発動しない。だが――」
ハジメはもう一枚のカードを見せた。
「メインフェイズ2。俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」
虚像は唇を噛んだ。
ハジメは攻撃を通せなかったことを悔やんでいない。
むしろ、虚像の反応を観察していた。
自分の戦術を崩された時、虚像は考えるより先に怒りを露わにする。相手の動きを読むのではなく、自分の予定を押し通そうとしている。
その姿は、光輝がかつて仲間たちの忠告を聞かず、自分の正義を信じ続けていた姿と重なっていた。
「お前は……何を考えている?」
虚像が問いかけた。
「俺のデッキを見て、何が分かるというんだ!」
「別に、デッキだけを見ているわけじゃない」
ハジメは光輝の顔をまっすぐ見た。
「俺はお前を見ているんだよ」
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「俺を……?」
「お前はさっきから、俺に勝つことばかり考えている。俺を負かして、俺の口から自分が正しかったと言わせたい。だが、本当にそれが目的なのか?」
「当たり前だ! お前は俺たちに何も話さなかった! そのせいで、俺たちは何も知らずに戦ってきたんだ!」
「俺が話していたら、お前は何をした?」
「神を倒した!」
「どうやって?」
「それは……!」
「証拠もなく、神の正体を知ったつもりで、仲間を集めて戦うのか? 神に従う人間も、神を信じている人間も、全員敵だと決めつけるのか? それとも、俺の話を信じてくれと周りに頼むのか?」
「俺は……正しいことを……!」
「正しいことをするためなら、何をしてもいいのか?」
ハジメの声は低かった。
「俺はお前に、神を倒せなんて命令した覚えはない。お前がどうするかは、お前自身が決めることだ。だが、お前は自分で決めたことの責任を、誰かに押しつけようとしている」
「違う! 俺は……!」
虚像の声が震えた。
その瞬間、光輝の顔が一瞬だけ歪む。
ほんの一瞬。
虚像の表情の向こうに、苦悩に満ちた少年の顔が見えた気がした。
ハジメはその変化を見逃さなかった。
「……光輝」
「黙れ!」
「お前、本当は分かっているんだろ」
「黙れと言っている!」
「自分が間違っていたかもしれないってことを」
虚像は手札を握り潰さんばかりに力を込めた。
「俺は間違っていない! 俺は勇者だ! この世界を救うために選ばれたんだ!」
「そうだな。お前は勇者だ」
ハジメは否定しなかった。
「だからこそ、誰かに選ばれたことを言い訳にするな。勇者だから正しいんじゃない。勇者だから何をしても許されるわけでもない。お前がどう考え、どう行動するかで決まるんだ」
「俺は……!」
「お前は、仲間を守りたかったんだろう?」
虚像の動きが止まった。
「みんなを元の世界に帰したかった。誰も死なせたくなかった。自分が先頭に立てば、みんなを守れると思っていた。違うか?」
「……やめろ」
「でも、現実は違った。自分の力だけじゃ守れないものがあった。俺は先に進んで、お前には見えないものを見ていた。だから悔しかった。俺が正しいことを認めるのが嫌だった。自分が知らないうちに、誰かの命が失われていたことを受け入れられなかった」
「やめろ……!」
「それでも、お前が仲間を守りたいと思っていたことまで、嘘だったわけじゃない」
ハジメの声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「だったら、いつまで自分の正しさにしがみついている。間違えたなら認めろ。知らなかったなら、これから知ればいい。弱かったなら、強くなればいい。お前にはまだ、その時間がある」
「俺は……俺は……!」
虚像の顔が歪み、輪郭が揺らぎ始めた。
だが、虚像はすぐに怒りを取り戻す。
「うるさい! お前に何が分かる! お前は最初から強かった! 俺たちとは違う! 何もかも自分で決めて、誰にも頼らず、俺たちを見下していた!」
「俺だって、最初から強かったわけじゃない」
ハジメは即座に返した。
「俺は弱かった。だから死にかけた。だから生きるために何でもやった。お前が見ているのは、今の俺だけだ。俺が何を失って、何を捨てて、何を背負ってここまで来たのかなんて知らないだろ」
「……!」
「俺のやり方が正しいとは言わない。お前に真似しろとも言わない。だが、自分の弱さを認めることから逃げている奴に、俺を批判する資格はない」
虚像が唸る。
その背後で、雪原の景色が波打った。
迷宮の試練が、虚像の精神を維持できなくなり始めていたのだ。
ハジメは、最後に一つだけ問いかけた。
「なあ、光輝。お前は本当に、俺を倒したいのか?」
「……当たり前だ」
「なら、俺を倒して何を得る?」
「俺が……正しいと……」
「誰に認めてもらいたい?」
虚像は口を開き、閉じた。
「……俺は……」
その声は、今までの虚像のものとは違っていた。
かすれ、弱く、迷いを含んだ声。
「俺は……みんなを……守りたかったんだ……」
虚像の顔から、怒りが消えた。
「俺が勇者なら……俺がみんなを守らなきゃいけないと思った。俺が前に立って、俺が戦って、俺が正しいことをすれば……みんながついてきてくれると思っていた」
ハジメは黙って聞いていた。
「でも、俺は何も知らなかった。神が何をしているのかも、ハジメが何を見てきたのかも……。それなのに俺は、お前に教えろって怒って……。俺が知らなかったことを、お前のせいにしていた……」
「そうだな」
「……っ、そこは少しくらい否定してくれよ……」
光輝の顔に、かすかな苦笑が浮かんだ。
それは、虚像が作ったものではなかった。
身体の奥底で、天之河光輝自身の意識が目を覚まし始めていた。
だが、虚像はその変化を拒むように、再び顔を歪めた。
「違う……違う! 俺は負けるわけにはいかない! 俺が負けたら、俺の正義が……俺の存在が……!」
「正義も存在も、デュエルの勝敗で決まるもんじゃない」
ハジメはカードを一枚引いた。
「それを証明してやる。俺のターンだ!」
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「俺は魔法カード《融合回収》を発動! 墓地の《融合》と融合素材にしたモンスターを手札に戻す!」
ハジメはカードを回収し、続けて別のカードを手にした。
「そして、手札から《E・HERO バブルマン》を特殊召喚!」
水の英雄が現れる。
「バブルマンの特殊召喚に成功した時、手札とフィールドの状況を満たしているならカードをドローできる。俺の手札はこの効果の条件を満たしていない。だから、ここでは発動しない」
「何……?」
「カードの効果を使えるかどうかを確認するのも、デュエリストの仕事だ」
ハジメは墓地のカードを確認する。
「俺は《ミラクル・フュージョン》で墓地のE・HEROを融合素材にした。墓地に残った英雄たちの力は、まだ俺の手の中にある」
虚像は歯を食いしばった。
「俺のターンで、必ずお前を倒す……!」
「なら、やってみろ」
虚像はカードを引いた。
「ドロー! 俺は《サイバー・ドラゴン・コア》を通常召喚! 効果でデッキから『サイバー』魔法・罠カードを手札に加える!」
そして、手札から魔法カードを発動する。
「《パワー・ボンド》! 手札とフィールドのモンスターを融合素材にして、機械族の融合モンスターを融合召喚する! 俺はサイバー・ドラゴンと、サイバー・ドラゴンとして扱われるコアを融合!」
機械の咆哮が雪原を揺るがした。
「融合召喚! 《キメラテック・ランページ・ドラゴン》!」
複数の砲門を備えた機械竜が現れ、無数の銃口をハジメへ向ける。
「ランページ・ドラゴンの融合召喚成功時の効果! デッキから光属性・機械族モンスターを二体まで墓地へ送る! 俺は二体を墓地へ送り、攻撃回数を増やす!」
虚像は勝利を確信したように叫ぶ。
「これで終わりだ! ランページ・ドラゴンでバブルマンを攻撃! そして、残る攻撃でシャイニング・フレア・ウィングマンを撃ち抜け!」
機械竜の砲門が一斉に火を噴いた。
だが、ハジメは落ち着いた声で告げた。
「罠カード発動。《ヒーロー・シグナル》!」
「何っ!?」
「自分のモンスターが戦闘で破壊され墓地へ送られた時、デッキからレベル四以下のE・HEROを特殊召喚できる。バブルマンは破壊される。だが、その瞬間に次の英雄を呼ぶ!」
爆炎の中から、新たな英雄が現れる。
「来い、《E・HERO エアーマン》!」
エアーマンの姿が光を放った。
「だが、ランページ・ドラゴンの攻撃はまだ残っている!」
「そうだな。だから、俺はこの攻撃を受ける」
「何……?」
「お前は攻撃回数を増やした。だが、俺のライフを削ることだけに集中して、俺のフィールドをどう崩すかまでは考えていなかった」
ランページ・ドラゴンの砲撃が、エアーマンを飲み込む。
ハジメのライフが大きく削られた。
しかし、シャイニング・フレア・ウィングマンは残っている。
「……どうしてだ! どうしてまだ余裕がある!」
「余裕なんかねぇよ」
ハジメは引いたカードを見つめた。
「ただ、まだ終わっていない。それだけだ」
虚像のターンが終わり、ハジメのターンが訪れる。
「ドロー!」
ハジメはカードを引き、フィールドと墓地を確認した。
そして、静かに告げた。
「俺は墓地の《E・HERO》たちの力を使い、もう一度、英雄を呼ぶ」
ハジメが掲げたカードに、光が集まる。
「魔法カード《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地のE・HEROを融合素材として除外する!」
「また融合だと!?」
「そうだ。お前がどれだけ強力な機械竜を並べても、俺は英雄たちの力をつないでいく」
光の中から、シャイニング・フレア・ウィングマンが再び姿を現した。
「シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力は、墓地のE・HEROの数だけ上がる!」
英雄の翼が大きく広がる。
「バトル! シャイニング・フレア・ウィングマンで、キメラテック・ランページ・ドラゴンを攻撃!」
「馬鹿な! 攻撃力ではランページ・ドラゴンの方が上だ!」
「分かっているさ。だから、俺はこのカードを使う!」
ハジメが最後の伏せカードを開いた。
「罠カード《ヒーロー・ブラスト》! 墓地のE・HERO通常モンスターを手札に戻し、その攻撃力以下の相手モンスター一体を破壊する!」
墓地から戻すのは、スパークマン。
その攻撃力を基準に、破壊する対象を選ぶ。
だが、ランページ・ドラゴンの攻撃力はその数値を上回っている。
ハジメは一瞬で判断を切り替えた。
「……対象はランページ・ドラゴンじゃない。お前のフィールドに、ほかの該当するモンスターはいない。なら、この効果で無理に破壊は狙わない」
虚像が一瞬、目を見開く。
「な……?」
「効果が通らないなら、通らないと判断する。それだけだ」
ハジメはスパークマンを手札に戻した。
「シャイニング・フレア・ウィングマン、攻撃を続行!」
光の英雄が両腕を広げ、全身から強烈な光を放つ。
「攻撃力が足りないのに、何をするつもりだ!」
「お前はさっきから、攻撃力の数字しか見ていない」
ハジメの声が、雪原に響く。
「俺が見ているのは、その先だ!」
光の翼が、機械竜の砲撃を真正面から受け止めた。
そして、その光が爆発する。
ランページ・ドラゴンが消滅し、虚像のフィールドが崩れた。
「う、うわああああっ!」
虚像のライフがゼロになる。
デュエル終了を告げる電子音が、静寂の雪原に響き渡った。
「勝者――南雲ハジメ!」
ハジメはデュエルディスクを下ろした。
「……終わりだ、光輝」
虚像はその場に膝をついた。
「俺は……負けたのか……」
「ああ」
「俺の正義は……」
「そんなもん、誰かに勝っただけで証明できるわけないだろ」
ハジメは一歩、光輝に近づく。
「お前が本当に勇者でいたいなら、自分で考えろ。自分で選べ。間違えたなら、間違えたことを認めろ。それでも前に進みたいなら、もう一度立ち上がれ」
虚像の輪郭が崩れていく。
その奥から、光輝自身の姿が浮かび上がった。
「……ハジメ」
今度こそ、本人の声だった。
「俺は……」
「話は後だ。まずは戻ってこい」
ハジメは手を差し伸べた。
光輝がその手を取ろうとした瞬間、虚像は光の粒子となって砕け散った。
そして、光輝の身体から力が抜け、その場に倒れ込んだ。
「光輝!」
龍太郎が駆け寄り、身体を支える。
光輝は目を閉じたまま、浅い呼吸を繰り返していた。
ハジメは小さく息を吐く。
「……身体を乗っ取られていたせいで、試練そのものを受けられなかった、ってところか」
雪原の迷宮が、ゆっくりと震え始めていた。
他の者たちの試練は、すでに終わっている。
だが、光輝だけは違った。
迷宮の試練は、本人が自分自身と向き合い、乗り越えることに意味がある。虚像に身体を奪われていた光輝は、その機会すら得られなかったのだ。
「……迷宮攻略は、ここまでじゃな」
ティオが静かに言った。
「妾たちは試練を越えた。しかし、光輝はそうではない。無理に進めば、迷宮の意志に反することにもなろう」
「そうだな」
ハジメは光輝を見下ろした。
「こいつが自分の足で立てるようになるまでは、次の迷宮に連れていくわけにはいかねぇ」
雪原の向こうで、迷宮の出口へ続く道が開いていく。
こうして、雪原の大迷宮攻略は幕を閉じた。
ただし、彼らが手にしたものは、試練の突破だけではなかった。
帰還への道をめぐる、さらに厄介な現実が待っていたのである。
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迷宮を脱出した一行は、外の雪原で休息を取った。
光輝は意識を取り戻したものの、まだ顔色が悪かった。龍太郎と鈴が傍らにつき、雫は少し離れた場所から彼の様子を見守っている。
ユエとシアはハジメの左右に立ち、ティオと香織、清水も周囲を警戒していた。
「……ハジメ」
光輝がかすれた声で呼びかける。
「何だ」
「俺は……試練を受けられなかったんだな」
「ああ。お前の身体を使っていたのは、お前自身じゃなかった。迷宮が求めていた試練とは別物だ」
「……そうか」
光輝は拳を握った。
以前なら、ここで反論していたかもしれない。自分にも資格がある、もう一度挑戦させろ、と声を張り上げたかもしれない。
だが、今は違った。
「俺が悪かった。お前に怒る前に、俺自身が何をしていたのか考えるべきだった」
ハジメはしばらく光輝を見つめた。
「……それを忘れんなよ」
「忘れない」
「なら、今は休め。反省会は身体がまともに動くようになってからだ」
「……ああ」
光輝は小さく頷いた。
そのやり取りを見て、鈴がそっと胸を撫で下ろした。
しかし、安堵の空気は長く続かなかった。
迷宮の入口付近を調べていた雫が、雪を払った石碑を見つけたのだ。
「ハジメさん、これを見てください」
雫の声に、全員が集まる。
石碑には古い文字が刻まれていた。ハジメはミレディやオスカーから得た知識を頼りに、その意味を読み解いていく。
「……やっぱりか」
「何が分かったのじゃ、ハジメ?」
ティオが尋ねる。
「この迷宮は、すでに攻略されている」
「何ですって!?」
香織が驚きの声を上げた。
「つまり、私たちが来る前に、誰かが最終試練まで突破していたということですか?」
「ああ。少なくとも、迷宮の主が守っていた報酬は、もう残っていない」
ハジメは石碑の先にある祭壇へ歩いていった。
そこには、かつて何らかの宝物を安置していたと思われる台座があった。しかし、その上は空っぽだった。
周囲には古い魔法陣の痕跡が残り、台座の中央には、何かが長い間置かれていたことを示す窪みがある。
ハジメはその痕跡を指先でなぞった。
「千年アイテムを保管していた場所だ」
「千年アイテム……」
ユエが呟く。
「ええ。けれど、ここにはもうありません。別の誰かが持ち去ったのでしょう」
「魔人族、ということか」
清水が苦々しげに言った。
ハジメは頷いた。
「その可能性が高い。グリューエン大火山でも、フリードが俺たちの攻略に割り込んできた。あの時も、あいつは千年アイテムを持ち去っている」
その場にいた者たちの表情が険しくなる。
帰還への手がかりは、ただの伝承ではなかった。
オスカーから託された情報、迷宮で見つけた手がかり、そして実際に手元へ集めてきた千年アイテム。それらが一つずつつながり始めていた。
「……帰還の条件は、千年アイテム、三幻神のカード、そしてシグナーと、その使徒たる六枚のドラゴンのカード」
ハジメは、指を折りながら確認する。
「俺たちは千年アイテムを集めてきた。だが、残りのアイテムと三幻神のカードの一部は、魔人族側にある可能性が高い」
「つまり、帰るために必要なものを、敵が持っている……?」
シアの耳が不安げに伏せられる。
「そういうことだ」
ハジメは迷いなく答えた。
「しかも、あいつらはそれを何に使うつもりなのか分からねぇ。俺たちが帰還の方法を探していることに気づいている可能性だってある」
ユエがハジメの腕にそっと触れた。
「ハジメ。どうするの?」
「決まってる」
ハジメは立ち上がった。
「取り返す。必要なものを全部集めて、帰る」
その声に、迷いはなかった。
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雪原から離れた一行は、まず安全な場所を確保した。
光輝が回復するまでの間、ハジメは手に入れてきた千年アイテムと、これまでの迷宮攻略で得た資料を並べた。
千年眼。
千年パズル。
千年錠。
千年秤。
そして、シアが持つ千年ターク。
それぞれ異なる形を持つアイテムが、机の上に並ぶ。
ハジメはそれらを一つずつ確認し、魔法陣の設計図へと視線を落とした。
「ハジメさん……それは何ですか?」
香織が尋ねる。
「帰還用のゲートを生み出すためのアーティファクトだ」
「ゲート……つまり、元の世界へ帰るための門を作るんですか?」
「ああ。正確には、世界と世界の間にある境界を一時的に固定し、通路を作るための装置だ」
ハジメは図面の一部を指でなぞった。
「千年アイテムは、単なる魔力の塊じゃない。それぞれに特殊な性質がある。魂、記憶、精神、秩序……そういうものに干渉する力だ。三幻神のカードも、単に強力なモンスターを呼び出すためのカードじゃない。世界の法則に干渉できるほどの力を持っている」
「そんなものを、装置に組み込めるのか?」
龍太郎が目を丸くする。
「全部を組み込む必要はねぇ。今あるアイテムと、俺が集めた魔石、迷宮の資料、それにこの世界の魔法技術を使って、ゲートの基礎構造を作る」
「でも、三幻神のカードや残りの千年アイテムがないと、完成しないんじゃ……?」
鈴が不安そうに尋ねる。
「いや。そこは別だ」
ハジメは即座に答えた。
「必要なものがそろっていないからって、何もできないわけじゃない。まず、今ある材料でゲートを作動させるための器を完成させる。残りのアイテムと三幻神のカードは、最後に接続するための鍵として使う」
「つまり、今できるところまで先に作るのね」
ユエが理解したように頷いた。
「そういうことだ」
ハジメは工具を取り出した。
機械仕掛けの左腕が、細かな部品を正確につかむ。右手は魔法陣の上に魔石を配置し、千年アイテムの性質に合わせて回路を組み上げていく。
それは、魔法使いの作業というより、技術者の仕事に近かった。
魔法陣を描くだけではない。
魔力の流れを測定し、部品の配置を調整し、世界の境界に干渉するための回路を組み、暴走を防ぐための安全機構を組み込む。
時には、計算が合わずに部品を作り直すこともあった。
時には、魔力の流れが乱れ、組み上げた回路が一瞬で焼き切れることもあった。
そのたびにハジメは原因を調べ、設計を修正し、また作業を続けた。
「ハジメ、少し休んだ方がいいわ」
ユエが声をかける。
「後でな」
「さっきもそう言った」
「今度は本当だ」
「嘘」
「……うるせぇな」
ユエは小さく頬を膨らませた。
「ハジメが倒れたら、私が怒る」
「分かった分かった。あと一工程だけだ」
「その『あと一工程』が何回も続いてる」
シアが苦笑しながら、温めた飲み物を差し出した。
「ハジメさん、せめてこれを飲んでください。シアたちも手伝いますから」
「手伝うって、何ができる?」
「部品運びとか、材料の整理とか……」
「それなら頼む。小さい部品を種類ごとに分けて、こっちに並べてくれ」
「はいっ!」
シアは嬉しそうに動き出した。
ティオは魔力の安定を確認し、香織は資料を整理した。雫は細かな部品の管理を担当し、清水は作業場の警戒を引き受ける。
龍太郎と鈴も、ハジメに言われた通り材料を運び、光輝は身体が回復してから、できる範囲で作業を手伝った。
ハジメは誰にも、帰還を諦めるという選択肢を与えなかった。
そして、誰よりも自分自身に、その選択を許していなかった。
8.決して諦めない者
作業が始まってから、どれほどの時間が過ぎただろうか。
深夜。
仲間たちが休憩を取る中、ハジメだけは作業台の前に座り続けていた。
千年アイテムを中心に配置した魔法陣。その周囲には、魔石と特殊合金で作られた部品が組み込まれている。
中央には、世界の境界を固定するための核があった。
その核を形作るのは、迷宮で集めた特殊な鉱石と、ハジメ自身が加工した魔力伝導体。千年アイテムの力を受け止め、暴走させずに一つの方向へ流すための構造だった。
ハジメは最後の部品を手に取る。
「……これで、基礎回路は完成だ」
部品をはめ込む。
小さな音が鳴り、魔法陣が淡く輝いた。
次の瞬間、アーティファクト全体に光が走る。
魔力の流れが安定し、中心の核がゆっくりと回転を始めた。
「……よし」
ハジメは、ようやく椅子の背もたれに身体を預けた。
その時だった。
「……ハジメさん」
背後から、香織の声が聞こえた。
振り返ると、そこにはユエ、シア、ティオ、雫、清水、龍太郎、鈴、そして光輝が立っていた。
誰もが、完成したアーティファクトを見つめていた。
「できたんですか……?」
香織の声は震えていた。
「ああ。まだ、これだけで帰れるわけじゃない。残りの千年アイテムと三幻神のカードが必要だ。だが、これで帰還用ゲートを生み出すための器は完成した」
ハジメは立ち上がり、アーティファクトに手を置いた。
「後は、必要な鍵をそろえるだけだ」
その言葉を聞いた瞬間、シアの瞳に涙が浮かんだ。
「……ハジメさん、本当に……帰るんですね」
「帰るさ」
ハジメは迷いなく答えた。
「俺は、元の世界に帰る。そのために、ここまで来たんだ」
ユエは黙ってハジメの隣に立ち、その腕を抱きしめた。
「私も帰る。ハジメと一緒に」
「ああ」
「シアもです! ハジメさんと、ユエさんと、みんなと一緒に帰ります!」
「妾もじゃ。ハジメが帰ると言うのなら、妾も最後までついていくぞ」
ティオは胸を張った。
香織は目元を押さえながら、完成した装置を見つめていた。
「……すごいです。こんな世界で、帰る方法を本当に作ってしまうなんて」
「すごい、だけじゃ済まないよ」
雫が静かに言った。
「ハジメさんは、何度も危険な目に遭って、それでも諦めなかった。必要なものが足りないと分かっても、そこで止まらなかった。今できることを探して、形にしたんです」
清水は、拳を握りしめていた。
「俺だったら……途中で諦めていたかもしれない。自分が何をしても無駄だと思って、何かのせいにしていたかもしれない」
「俺だって、最初からこうだったわけじゃねぇ」
ハジメは静かに答えた。
「帰りたい場所がある。帰らなきゃいけない理由がある。それだけだ」
その言葉は、飾り気のないものだった。
だが、だからこそ、彼らの胸に深く響いた。
ハジメはこの世界に順応したわけではない。
この世界で大切な仲間ができたからといって、元の世界を捨てたわけでもない。
どれほど強くなろうと、どれほどの力を手に入れようと、彼の中には変わらないものがある。
帰る。
そのためなら、何度でも立ち上がる。
何度でも考える。
何度でも、道を切り開く。
その執念を目の当たりにして、鈴は目元を押さえた。
「……私、ハジメ君のこと、ずっと誤解していたのかもしれない」
光輝もまた、完成したアーティファクトから目を離せずにいた。
自分は勇者として選ばれた。
だから、みんなを守らなければならない。
そう信じていた。
だが、目の前の少年は、誰かに選ばれたから戦っているのではない。
自分自身の意志で、帰ると決めている。
そして、その決意を現実にするために、誰よりも努力していた。
「……ハジメ」
光輝が口を開いた。
「俺は、お前みたいにはなれないかもしれない」
「なる必要はねぇよ」
ハジメは即答した。
「俺は俺だ。お前はお前だ。自分のやり方で強くなればいい」
「……ああ」
光輝は拳を握った。
「今度は、ちゃんと自分で考える。誰かに正しさを押しつけるんじゃなくて、自分で判断できるようになる」
「なら、まずはその身体を完全に治せ。話はそれからだ」
「……分かった」
光輝は、今度こそ素直に頷いた。
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翌朝。
完成したアーティファクトは、ハジメの手によって安全な収納ケースに収められた。
千年アイテムを使った基礎回路は安定している。残る課題は、魔人族側が保有していると考えられる千年アイテムと、三幻神のカードの一部を取り戻すことだった。
そのためには、もはや遠回りをしている時間はない。
ハジメは仲間たちを集め、これからの方針を伝えた。
「次の目的地は魔人族領だ」
誰も反対しなかった。
「フリードが持ち去った千年アイテム。それに、魔人族側にあると考えられる三幻神のカード。俺たちが帰るために必要なものは、あいつらの手の中にある」
「敵地への突入、というわけね」
ユエが静かに言った。
「ああ。相手が何を考えていようと関係ない。必要なものを取り戻す」
「……また、危険な戦いになるんですね」
香織が呟いた。
「そうなるだろうな」
ハジメは否定しなかった。
「だが、ここまで来て引き返すつもりはない。俺たちが帰るために必要なものは、俺たち自身の手で取り戻す」
シアは大きく頷いた。
「はい! シアも一緒に戦います!」
「妾もじゃ。今度こそ、フリードには好き勝手させぬ」
ティオの瞳に、強い決意が宿る。
清水は自分のデッキを確かめ、雫は装備を整えた。龍太郎と鈴も、これまでの訓練で得た経験を思い返しながら準備を進めていく。
光輝はまだ完全には回復していない。
だが、彼は仲間たちの後ろで黙っているつもりはなかった。
「俺も行く」
「お前はまだ休んでろ」
ハジメが即座に言う。
「でも――」
「今のお前が無理をしても、足手まといになるだけだ。身体を治して、頭を冷やして、それから来い」
厳しい言葉だった。
だが、光輝は言い返さなかった。
「……分かった。俺は俺にできることをする」
「それでいい」
ハジメは短く答えた。
準備が整い、一行は出発する。
雪原を抜け、次なる目的地へ。
魔人族の領地。
フリードが待つ場所。
千年アイテムと三幻神のカードを取り戻し、帰還への道を完成させるための戦いが、いよいよ始まろうとしていた。
ハジメは歩みを止めず、前を見据える。
この世界に来てから、幾度となく死線を越えてきた。
失ったものもある。
守れなかったものもある。
それでも、帰るという決意だけは、一度たりとも揺らいでいない。
「……待ってろよ」
その呟きは、雪風に溶けて消えた。
しかし、彼の胸の内に宿る執念は、決して消えなかった。
元の世界へ。
帰るべき場所へ。
その道を塞ぐものが、たとえ神であろうと――南雲ハジメは、止まらない。