神域の白い大地に、三つの決闘の舞台が並んでいた。
そのうちの一つで、ティオは静かにデュエルディスクを構えていた。対するフリードは、余裕たっぷりの笑みを浮かべ、右手に持つカードを扇状に広げる。
「まさか貴様が、俺の相手をするとはな。ティオ・クラルス」
「それはこちらの台詞じゃ、フリード。妾はお主のような男を、ずっと許せずにおった」
ティオの声には、普段の飄々とした響きがなかった。
神の力を借りて人々を弄び、仲間を傷つけ、世界そのものを支配しようとする男。しかも、その力の象徴として彼が選んだのは、海馬瀬人の切り札として知られる神のカード――オベリスクの巨神兵だった。
「許す? 何を言っている。力を持つ者が、力なき者を従える。それが自然の摂理だ!」
「ならば、妾がその摂理を叩き潰してやろう!」
二人のデュエルディスクが起動する。
「「デュエル!」」
フリードは初手から容赦がなかった。
「俺のターン! 手札から《クリッター》を召喚!」
黒い小悪魔がフィールドに現れる。フリードは続けてカードを二枚伏せ、ターンを終えた。
ティオはその布陣を見据え、口元をわずかに引き締める。
(伏せカードでこちらの動きを妨害しつつ、次のターンに神を呼び出すつもりか。ならば、妾も出し惜しみはせぬ)
「妾のターン! ドロー!」
ティオは手札からモンスターを召喚し、さらに手札のチューナーを展開する。彼女のデッキは、単純な攻撃力だけで押し切るものではない。仲間を呼び、レベルを合わせ、強大なドラゴンへとつなぐための構築だった。
「チューナーモンスターを含むモンスターでシンクロ召喚! 出でよ、《レッド・デーモンズ・ドラゴン》!」
咆哮とともに、紅い竜が姿を現す。
「ほう……それがお前の切り札か」
「まだじゃ!」
ティオはさらに手札とフィールドのカードを使い、次の布石を整える。だが、フリードの伏せカードが反応した。
「罠発動! 《神の宣告》!」
ライフを半分支払うことで、ティオの召喚を無効にしようとするフリード。しかし、ティオはその行動を見越していた。
「その程度で止まると思うたか! 妾はこのカードを発動する!」
ティオの伏せカードが開く。効果によって、フリードの妨害をすり抜けるための道が作られた。ティオは展開をつなぎ直し、紅い竜をフィールドに残すことに成功する。
だが、フリードは笑った。
「小細工はそこまでだ。俺のターン!」
彼は手札から魔法カードを発動し、フィールドのモンスターを生け贄に捧げる準備を整える。そして、二体のモンスターを生け贄に捧げた。
「二体を生け贄に捧げ、神を召喚する! 降臨せよ――《オベリスクの巨神兵》!」
雷鳴が神域を揺るがした。
青き巨神が天を突くように現れ、その圧倒的な威圧感だけでフィールドの空気を変えてしまう。神のカードを前に、ティオの紅い竜でさえ小さく見えた。
「これが神の力だ! オベリスクの巨神兵は、通常召喚に三体の生け贄を必要とする神のカード! その攻撃力は四千!」
「……っ!」
オベリスクの拳が大地を砕く。ティオのモンスターが攻撃を受け、フィールドから消えた。
フリードは畳みかけるようにカードを伏せ、神の効果を使うための布陣を整える。
「さらに、俺はフィールドのモンスター二体を生け贄に捧げる! オベリスクの特殊能力――神の怒りを受けよ!」
オベリスクの力が膨れ上がる。アニメ版で描かれた神の能力が、神域の決闘においても猛威を振るった。ティオが立て直そうとしたモンスターは破壊され、彼女のライフが大きく削られる。
「どうした、ティオ! その程度で終わりか!」
「ぐっ……!」
フリードの攻撃は止まらなかった。神の圧力と伏せカードの妨害により、ティオは思うように展開できない。彼女のライフは追い詰められ、フィールドには紅い竜を呼び戻すためのカードすら足りなくなっていく。
それでもティオは、決して目を逸らさなかった。
「お主は、神のカードをただの支配の道具としか見ておらぬ。カードに託された想いも、仲間と積み重ねた時間も……何一つ理解しておらぬ!」
「くだらん感傷だ!」
「そうかもしれぬな。じゃが――妾は、その感傷を信じておる!」
ティオはドローしたカードを見つめ、ゆっくりと息を吸った。
「妾のターン!」
手札を確認し、墓地に送られたカードを見極める。彼女は必要なチューナーとドラゴンをそろえるため、残されたカードを一枚ずつ使い切っていった。
「墓地のモンスターの効果を発動! そして、チューナーと非チューナーをそろえ、シンクロ召喚!」
紅い光が、再び神域を照らす。
「現れよ、《レッド・デーモンズ・ドラゴン》!」
フリードは鼻で笑った。
「また同じ竜か! オベリスクの敵ではない!」
「同じではない。ここから先は、妾の魂を賭けた進化じゃ!」
ティオは墓地とフィールドのモンスターを見比べ、必要な素材をそろえる。レベルを確認し、チューナーと非チューナーの条件を満たしたうえで、彼女はさらなるシンクロ召喚を宣言した。
「チューナーとシンクロモンスターを含むモンスターを素材に、ダブルチューニング!」
二体のチューナーが紅い竜を包み込むように光り、炎の柱となって天へ昇る。
「燃え盛る魂よ、限界を超え、神さえも焼き尽くす紅蓮の星となれ! シンクロ召喚!」
炎の中から現れたのは、赤き竜の進化形態――**《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》**だった。
「何だと……!」
フリードの笑みが消える。
「さらに、妾は墓地のチューナーの数を確認する! この竜の攻撃力は、元々の三千五百に加え、墓地のチューナー一体につき五百ポイント上昇する!」
墓地に積み重なったチューナーの数だけ、竜の炎が強くなる。
「そして《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》は、相手の効果で破壊されぬ! 妨害されても、妾は何度でも立ち上がる!」
フリードは歯を食いしばった。
「ならば攻撃を封じるだけだ! 罠カードを発動――!」
「その発動に応じ、妾はこの竜の効果を使う!」
スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンの効果が発動し、相手モンスターの攻撃を無効にする。紅蓮の炎がオベリスクの巨体を包み、神の攻撃が押し返された。
「馬鹿な……神の攻撃を止めただと!?」
「神とて、決闘の中では無敵ではない。妾はそのことを、身をもって知っておる!」
ティオはフィールドを見渡した。オベリスクは強大だ。だが、フリードは神の力に頼り切り、ティオの竜を突破する手段を失いつつあった。
「バトル! 《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》で、オベリスクの巨神兵を攻撃!」
紅蓮の竜が翼を広げ、炎をまとって突進する。
「神を倒せるものか!」
「妾の魂を、見くびるでない!」
竜の炎と巨神の拳が正面からぶつかり合う。神域全体が閃光に包まれ、衝撃波が大地を駆け抜けた。
オベリスクの巨体が、ついに炎に呑まれる。
神のカードは破壊されない――そう信じ切っていたフリードの表情が、驚愕に歪んだ。だが、ここで重要なのは、神を戦闘で破壊したという単純な話ではない。ティオは戦闘を成立させ、相手のライフを削り切るために、残る効果と攻撃を組み合わせていた。
フリードは伏せカードで最後の抵抗を試みる。しかし、ティオは先のターンから残していた対抗手段を使い、その発動を止めた。
「これで終わりじゃ、フリード!」
スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンの炎が、最後の攻撃としてフリードを包み込む。
フリードのライフがゼロになった。
「俺が……神の力を……手にして……」
彼は膝をついた。千年リングが手から滑り落ち、床に転がる。
「力さえあれば、すべてを支配できる……そう、思っていたのに……!」
「力を持つことと、力を振るう資格があることは違うのじゃ」
ティオは静かに告げた。
「お主は、その違いを最後まで理解できなんだ」
フリードの身体を黒い光が包み込む。神域の闇が彼を呑み込み、その姿は消えていった。最後まで救いを求めることも、己の過ちを認めることもなく、フリードは決闘の敗北とともに命を落とした。
残されたのは、千年リングだった。
ティオは千年リングを警戒しながら拾い上げる。
「これが……千年アイテム」
リングの針が、まるで遠くの何かを指し示すように微かに震えた。
「ハジメたちに合流せねば。ユエを取り戻すためにも、神域の奥へ進まねばならぬ」
ティオは千年アイテムを確保し、次の決闘の場へと駆け出した。
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一方、別の決闘場では、光輝と虚像が向かい合っていた。
虚像の姿は、雪の大迷宮で光輝の心を折ろうとした存在と同じだった。彼の手には、かつて光輝が使っていたサイバーデッキがある。
対する光輝が構えたのは、ハジメから託されたE・HEROデッキだった。
「どうした、光輝。今度は英雄のカードを借りて、英雄のふりをするのか?」
虚像は冷笑する。
「お前は自分のデッキすら使いこなせなかった。仲間を守れず、恵理の裏切りにも気づかず、ハジメに何もかも先を越された。そのうえ今度は、他人のデッキにすがるのか?」
「……そうだな。俺は、まだ弱い」
光輝は否定しなかった。
「俺は自分の力を過信していた。みんなを守ると言いながら、何も見えていなかった。ハジメの言葉を疑い、真実を知ってからも、すぐに受け止められなかった」
「ならば認めろ。お前は英雄ではない!」
「今は、そうかもしれない」
光輝はE・HEROのカードを見つめた。
「でも、だからこそ――俺はここから変わる。弱いところを指摘されるのが怖いからって、立ち止まるわけにはいかない!」
二人のデュエルディスクが起動する。
「「デュエル!」」
光輝は先攻を取り、手札を確認した。
「俺のターン! 《E・HERO エアーマン》を召喚! 召喚に成功した時、デッキからHEROを一体手札に加える!」
彼はデッキから《E・HERO シャドー・ミスト》を手札に加え、続けて魔法カードを発動する。フィールドにカードを伏せ、ターンを終えた。
虚像はそれを見て、鼻で笑う。
「なるほど。ハジメが使うような安定した展開を真似るつもりか。だが、俺のデッキはお前が使っていたサイバーだけじゃない!」
「俺のターン!」
虚像は《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚する。光輝のフィールドにモンスターが存在し、虚像のフィールドにモンスターがいない条件を満たしていたためだ。
さらに、手札から《サイバー・ダーク・キール》を召喚。墓地のドラゴン族モンスターを装備する効果を利用し、攻撃力を高めていく。
「サイバーとサイバーダーク。お前が中途半端に使い分けていた二つの戦術を、俺は一つにまとめた!」
虚像は融合魔法を発動する。
「《パワー・ボンド》! フィールドの《サイバー・ドラゴン》と手札の機械族モンスターを融合!」
融合の光が広がり、巨大な機械竜が現れた。
「融合召喚! 《サイバー・エンド・ドラゴン》!」
攻撃力四千の巨竜が光輝を睨みつける。パワー・ボンドの効果により攻撃力は倍になっていた。
「攻撃力八千! これで終わりだ!」
「くっ……!」
サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃が光輝のモンスターを粉砕し、貫通ダメージが襲いかかる。パワー・ボンドのデメリットにより、虚像もターン終了時に融合モンスターの元々の攻撃力分のダメージを受けることになるが、今の光輝にはそこまで耐える余裕がなかった。
「どうした? 攻撃力の差を覆す手段もないのか!」
虚像はさらにサイバーダークのモンスターを展開し、光輝の立て直しを許さない。
光輝のライフが減っていく。
(強い……! サイバーの爆発力と、サイバーダークの粘り強さを両立させている。俺が以前使っていたデッキよりも、ずっと完成されている)
だが、光輝はそこで、ハジメに言われた言葉を思い出した。
――カードを使うのはお前だ。カードのせいにするな。自分の弱さを知って、どう動くか考えろ。
「俺のターン!」
光輝はドローしたカードを見つめる。手札には融合召喚を止めるカードも、相手の攻撃を完全に防ぐカードもない。だが、墓地には先ほど使ったHEROがいる。
「墓地の《E・HERO シャドー・ミスト》の効果を発動! 墓地へ送られた時、デッキからHEROを手札に加える!」
光輝は必要なHEROを手札に加え、フィールドの状況を組み立て直す。
「そして、魔法カードを発動! 墓地のHEROを利用して融合召喚を行う!」
彼は素材となるモンスターをそろえ、融合召喚を宣言した。
「融合召喚! 現れろ、《E・HERO サンダー・ジャイアント》!」
雷をまとった巨人が姿を現す。光輝はその効果で、攻撃力の低い相手モンスターを破壊する。サイバー・エンド・ドラゴンは残るが、虚像の布陣は一部崩れた。
「小手先の除去で俺の切り札を倒せると思うな!」
「倒すのは、これからだ!」
光輝はフィールドに残ったカードを使い、次のターンに備える。虚像は攻撃力八千のサイバー・エンド・ドラゴンを盾に、攻め続けた。
しかし、パワー・ボンドの代償は確実に虚像を追い詰めていた。サイバー・エンド・ドラゴンが場に残っている限り、ターン終了時のダメージは避けられない。光輝はその隙を待ち、無理に攻めず、相手の手札と伏せカードを慎重に見極めた。
やがて、虚像の攻撃が止まる。
「なぜ攻めてこない? 俺を倒す機会を待っているのか!」
「そうだ。俺は前なら、焦って攻撃していたと思う。けど、今は違う。勝ちたいからって、目の前の状況を見失うわけにはいかない」
光輝はドローしたカードを手札に加え、必要な素材をそろえていく。
「俺は《E・HERO》の力を借りている。でも、ただハジメの真似をしているわけじゃない。俺自身が考えて、選んで、前に進むんだ!」
光輝は融合召喚の準備を整え、強力なHEROをフィールドに呼び出した。相手の攻撃を受け止めたうえで、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力と効果の隙を突き、虚像のライフを削り切るための連続攻撃へとつなげていく。
「《E・HERO》で攻撃!」
HEROの拳が機械竜を押し返す。虚像は最後の伏せカードで反撃を試みたが、光輝はその発動条件と対象を見極め、効果を受けない位置へと戦術を組み替えていた。
そして最後の一撃が、虚像のライフをゼロにした。
光輝は大きく息を吐き、膝に手をつく。
「……勝った」
虚像は消えかけながらも、最後まで笑みを崩さなかった。
「勝ったからといって、お前の弱さが消えたわけじゃない。判断は遅い。仲間に頼りすぎる。自分の言葉に責任を持つ覚悟も、まだ足りない」
「……ああ」
「それでも進むと言うのか? また失敗するかもしれない。お前が信じた相手に、再び裏切られるかもしれない。それでも?」
光輝はまっすぐに虚像を見た。
「それでも進む。失敗したなら、次は同じ失敗をしないようにする。弱いところがあるなら、鍛える。仲間を傷つけたなら、逃げずに向き合う」
彼は拳を握りしめた。
「俺は完璧な英雄じゃない。だからこそ、間違いを認めて、もう一度立ち上がる。ハジメのようにはなれなくても、俺自身のやり方で、みんなを守れる人間になりたいんだ!」
虚像の表情が、ほんのわずかに変わった。
「……相変わらず甘いな、光輝」
「そうかもしれない。でも、その甘さを言い訳にして逃げるつもりはない」
虚像はしばらく光輝を見つめ、やがて静かに目を閉じた。
「ならば、せいぜい進め。お前が本当に変われるか、最後まで見届けてやりたいところだったが……」
その身体は光の粒となって消えていった。
光輝はしばらく、その場から動けなかった。勝利の喜びよりも、言葉の重みが胸に残っていた。
「……ハジメ。俺はまだ、お前には追いつけない。それでも、ここで終わるわけにはいかないんだ」
彼はE・HEROのデッキを胸元で握りしめ、仲間たちの待つ場所へ向かった。
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三つ目の決闘場では、鈴が恵理と向かい合っていた。
恵理の手には、神のカード――《ラーの翼神竜》を中心としたデッキ。そして腰には、千年ロッドが鈍い光を放っている。
「鈴……どうしてあなたが、私の前に立つの?」
恵理の声は、かつての友人に向けるものとは思えないほど冷たかった。
「私はもう、戻れないところまで来てしまったの。今さら友達のふりなんて、しないで」
「友達のふりなんかじゃないよ」
鈴は震える手を握りしめた。
「私は今でも、恵理のことを友達だと思ってる。だからこそ、止めるんだよ!」
「……綺麗事ね」
「綺麗事でもいい! 私は、あなたがこれ以上誰かを傷つけるのを見ていられない!」
鈴はデュエルディスクに、ハジメから託されたデッキをセットする。
それは遊戯が使ったカードを中心に構成された、オシリスの天空竜のデッキだった。
「このデッキはハジメが私に預けてくれたもの。まだ使いこなせていないけど……だからこそ、私は最後まで諦めない!」
恵理は千年ロッドを掲げた。
「ならば、神の力を思い知りなさい!」
「「デュエル!」」
恵理が先攻を取る。
「私のターン。魔法カードを発動! 《強欲な壺》!」
彼女は二枚のカードを引き、手札を整える。続けてモンスターを召喚し、罠カードを伏せてターンを終えた。
鈴はドローし、手札を確認する。
(まずは手札を増やすこと。そして、オシリスを召喚できるまで耐える……!)
「私のターン! 魔法カードを発動、《天使の施し》! 三枚ドローして、二枚を墓地へ送る!」
鈴は必要なカードを墓地へ送り、手札を整える。さらにモンスターを召喚し、カードを伏せてターンを終えた。
恵理はその様子を見て、薄く笑った。
「守りを固めるだけ? そんな戦い方で神を倒せると思っているの?」
「倒すよ。必ず!」
恵理は次のターン、手札から《ラーの翼神竜》を含むコンボの準備を進める。複数の魔法・罠を使い、ライフを代償にしても神を呼び出すための布陣を整えていく。
「私のターン! モンスターを召喚。そして、三体のモンスターを生け贄に捧げる!」
三体のモンスターが光となって消え、黄金の光が神域を包み込んだ。
「降臨しなさい――《ラーの翼神竜》!」
金色の神鳥が翼を広げる。その姿は太陽そのもの。圧倒的な存在感に、鈴は息を呑んだ。
「さらに、アニメで私が使ったコンボを再現するわ。私は《ラーの翼神竜》の召喚に伴い、ライフを支払って攻撃力を高める!」
恵理のライフが大きく減り、その分だけラーの攻撃力が上昇する。彼女はさらに、ラーの力を補助する魔法カードを組み合わせ、鈴の守りを崩す準備を整えた。
「これが神の力よ! ラーで攻撃!」
黄金の炎が鈴のモンスターを焼き尽くす。鈴のライフが大きく削られ、神の威圧が彼女の心を押し潰そうとする。
「鈴、あなたには無理よ。あなたはいつも誰かの後ろに隠れていた。自分の力で決めることもできなかった。そんなあなたが、神に勝てるはずがない!」
「……っ!」
鈴は唇を噛んだ。
恵理の言葉は、彼女がずっと抱えてきた不安を正確に突いていた。仲間に頼り、強い人の後ろに立ち、誰かが決めた道を歩いてきた。そんな自分が、神のカードを相手に勝てるのだろうか。
しかし、鈴はデッキを握りしめた。
(私は、ひとりじゃない。ハジメがこのデッキを託してくれた。みんなが私を信じてくれた。だから私は、自分で選ぶんだ!)
「私のターン!」
鈴はドローしたカードを見て、目を見開いた。
「……来た!」
彼女は魔法カードを発動し、手札を増やす。オシリスの天空竜は、手札の枚数によって攻撃力が変わる。つまり、神を呼ぶだけではなく、手札を維持することが勝利の鍵となる。
鈴は墓地のカードを利用して手札を整え、フィールドにモンスターを展開していく。相手の攻撃を受け止めるためのカードを伏せ、次のターンに備えた。
恵理は笑った。
「まだ諦めないの? ならば、もう一度神の力を見せてあげる!」
彼女はラーの翼神竜の効果を利用し、ライフを削ってさらなる力を得ようとする。だが、その分だけ彼女自身のライフも減っていた。
鈴はその点を見逃さなかった。
「恵理……あなたは神の力を使うたびに、自分のライフを削っている。強くなろうとするほど、自分自身を追い詰めているんだよ!」
「黙りなさい!」
ラーの攻撃が再び放たれる。鈴は伏せカードを発動して攻撃を防ぎ、ライフを残すことに成功した。だが、守り続けるだけでは勝てない。
鈴は次のターン、手札を確認した。
「私は、手札のカードを使ってモンスターを展開する。そして……三体のモンスターを生け贄に捧げる!」
三体のモンスターが光に包まれる。
「神よ、私に力を貸して! 降臨せよ――《オシリスの天空竜》!」
赤き竜が神域の空に現れた。二本の顎が開き、雷鳴のような咆哮を上げる。
「オシリス……!」
恵理の表情に初めて焦りが浮かんだ。
鈴は手札の枚数を確認する。オシリスの攻撃力は手札一枚につき千ポイント。手札が四枚なら攻撃力四千。五枚なら五千。だが、手札を使い切れば、神の力は急速に弱まってしまう。
「私は手札を増やすカードを発動する! そして、手札を維持したまま、オシリスの力を高める!」
鈴はカードを一枚ずつ使い、必要な手札を確保する。無闇にカードを消費せず、オシリスの攻撃力を保つことを優先した。
恵理はラーを守るため、罠カードを発動する。だが、鈴はその効果を見極め、オシリスを無駄な戦闘に巻き込まないように動いた。
「鈴! あなたはまだ、私を倒す覚悟がない!」
「あるよ!」
鈴は叫んだ。
「でも、私はあなたを憎んでいるから倒すんじゃない! これ以上、誰かを傷つけてほしくないから止めるんだ!」
「そんな言葉で、私の何が分かるの!」
「分からないよ! あなたがどうしてこんなことをしたのか、全部は分からない! でも、恵理が間違ったことをしたのは分かる。だから、ここで止める!」
鈴は最後のカードを引いた。
そして、手札を数えた。
「手札は……五枚!」
オシリスの攻撃力は五千。ラーの翼神竜の攻撃力を上回っている。
「バトル! オシリスの天空竜で、ラーの翼神竜を攻撃!」
「させないわ!」
恵理は罠カードを発動しようとする。しかし、鈴はすでにその伏せカードの性質を見抜いていた。オシリスの攻撃を止めるには、攻撃宣言に応じた正しいタイミングで効果を使わなければならない。恵理の発動は条件を満たしておらず、効果は成立しなかった。
「そんな……!」
赤き神竜の顎から雷撃が放たれ、黄金の神鳥を包み込む。神同士の力が激突し、神域を揺るがす閃光が広がった。
ラーの翼神竜が光に包まれ、フィールドから消えていく。
恵理のライフがゼロになった。
「私が……負けた……?」
恵理の手から、千年ロッドが落ちる。
それは床に転がると同時に黒い光を失い、恵理の身体を包み込んでいた禍々しい力が剥がれ落ちた。神のカードを操るために使っていた魔力も、他者を支配するための力も、急速に消えていく。
「うそ……。私は、神の力を……手に入れたはずなのに……」
鈴はオシリスのカードをデッキへ戻し、恵理に歩み寄った。
「恵理。もう終わりだよ」
「……来ないで」
恵理は後ずさる。
「私は、たくさんの人を殺した。みんなを裏切った。もう、友達なんて呼ばれる資格はない……!」
鈴は首を横に振った。
「罪が消えるわけじゃないよ。あなたがしたことを、なかったことにはできない。これから、ちゃんと償わなきゃいけない。被害に遭った人たちにも、私たちにも」
「なら、どうして……!」
「それでも、私はあなたを見捨てたくないから」
鈴の目から涙がこぼれた。
「一緒に償おうよ。逃げずに、自分がしたことと向き合おう。許してもらえるかどうかは、今は分からない。でも、罪を背負って生きていくことはできるはずだよ」
恵理は震えながら顔を上げた。
「……どうして、そんなことが言えるの? 私はあなたたちを裏切ったのよ。あなたのことだって、何とも思っていなかった……」
「それでも、私はあなたと過ごした時間を全部嘘だったとは思いたくない。楽しかったことまで、なかったことにしたくないんだよ」
鈴は、そっと手を差し出した。
「だから、もう一度だけ。今度こそ、友達として歩き出そう。すぐに許してもらえるなんて思わない。でも、あなたが償うために進むなら、私はその隣にいたい」
恵理は差し出された手を見つめた。
しばらく、何も言わなかった。
やがて彼女は、崩れるように膝をついた。
「……鈴……私……」
声が震え、涙が頬を伝う。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
鈴は彼女の前に膝をつき、泣き続ける恵理を抱きしめた。
「うん……。これから、一緒に考えよう。どうやって償うのか。どうやって、もう一度前に進むのか」
神域に残っていた黒い光が、少しずつ薄れていく。
恵理は千年ロッドを失い、神のカードを操る力も失った。彼女が犯した罪が消えるわけではない。生き残った者たちの怒りや悲しみが、すぐに癒えるわけでもない。
それでも――恵理は初めて、自分の罪から目を背けず、他人の手を取ろうとしていた。
鈴は恵理の手を握り、立ち上がる。
「行こう、恵理。ハジメたちのところへ」
「……私も、一緒に行っていいの?」
「もちろん。ただし、これからは逃げないこと。ちゃんと、自分のしたことに向き合うこと。それが約束だよ」
恵理は涙を拭い、小さく頷いた。
「……うん」
二人は並んで、決闘場を後にした。
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ティオが千年リングを手に戻り、光輝もまた、虚像との決闘を終えて仲間たちのもとへ戻ってきた。
少し遅れて、鈴と恵理が姿を現す。
ハジメは、恵理の手に千年ロッドがないこと、そして彼女が鈴の隣を歩いていることに気づいた。
「……終わったか」
ティオは千年リングを差し出す。
「フリードは倒した。千年リングも確保したぞ、ハジメ」
「そうか。よくやった、ティオ」
ハジメは短く答え、光輝へ視線を向けた。
「そっちは?」
「勝った。まだ、俺には足りないものがたくさんある。でも、逃げずに向き合うことはできたと思う」
光輝はまっすぐにハジメを見返した。
「この先も、俺は自分の弱さを認めながら進む。もう、誰かのせいにはしない」
「……なら、上出来だ」
ハジメはそれ以上、余計なことを言わなかった。ただ、光輝が自分の言葉で答えたことを確かめるように、一度だけ頷いた。
そして、鈴と恵理を見る。
鈴は、涙の跡を残したまま、それでもしっかりと立っていた。
「恵理は……私たちと一緒に行くことになったよ。罪を償うために」
ハジメは恵理を見つめる。
恵理は目を伏せた。言い訳も、取り繕う笑みもなかった。
「……私は、あなたたちに許してもらえる立場じゃない。それでも、逃げずに償う。どんな罰でも受けるつもりよ」
「罰を受けるだけで済むと思うなよ」
ハジメの声は冷たかった。
「お前が奪ったものは、簡単に戻らない。被害者の遺族も、仲間を失った連中も、お前を許さないかもしれない。それでも生きて、責任を取れ。死んで逃げることすら、俺は許すつもりがない」
恵理は顔を上げ、震えながら頷いた。
「……分かってる」
「なら、今はそれでいい」
ハジメは踵を返し、神域の奥を見据えた。
そこには、まだ取り戻せていないものがある。
ユエ。
そして、この世界を弄び、すべての悲劇の元凶となった神――エヒト。
「行くぞ。まだ、決着はついていない」
仲間たちが頷く。
ティオはスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンのカードを握り、光輝はE・HEROデッキを構え直す。鈴はオシリスの天空竜のカードを大切にしまい、恵理は空になった手を握りしめた。
彼女が犯した罪は消えない。けれど、これからどう生きるかは、彼女自身が選ばなければならない。
そしてハジメたちは、神域のさらに奥へと進む。
ユエを取り戻し、エヒトを倒すために。
世界の運命を賭けた最後の決闘は、まだ始まったばかりだった。