赤き竜の絆と、黄金の花
神域の空は、白く澄み渡っていた。
しかし、その中心に立つ少女の姿を見た瞬間、南雲ハジメの胸中から、あらゆる冷静さが消えかけた。
「……ユエ」
白銀の髪。赤い瞳。見慣れた小柄な身体。
間違いない。そこにいるのは、何度も命を懸けて自分を支えてくれた少女――ユエだった。
だが、その瞳に宿るものは、ハジメの知る彼女のものではない。
「ようやくここまで来たか、南雲ハジメ」
ユエの唇が動く。
声はユエのもの。それなのに、そこから発せられる言葉には、彼女らしい感情がなかった。
「貴様がどれほど足掻こうと、結末は変わらぬ。下界の人間も、魔人も、亜人も、すべて我が意志の下に置かれる」
「……ユエの身体から出ていけ」
ハジメの声は低かった。
「その身体で俺に語りかけるな。ユエの口を使って、くだらねぇ御託を並べるな」
「ほう。まだそのようなことを言うか」
エヒトは、ユエの顔で笑った。
「ならば証明してみせよ。貴様が我を超える存在だというのなら、神域の法に従い、決闘で我を倒してみせろ」
エヒトが腕を掲げる。
神域の空間が歪み、二台のD・ホイールが出現した。ハジメの愛機――遊星号。そして、神の力によって生み出された、白銀のD・ホイール。
「ライディング・デュエルだ。勝者が敗者のすべてを決める」
「……上等だ」
ハジメは遊星号に跨がり、デュエルディスクを起動させる。
「俺が勝つ。お前をユエから引き剥がし、今度こそ終わらせる!」
二人は同時にアクセルを開いた。
「「ライディング・デュエル! アクセラレーション!」」
二台のD・ホイールが白い大地を駆け抜ける。
フィールド魔法《スピード・ワールド》が展開され、二人の速度に応じて神域の景色が流れていった。
「私のターン!」
先攻を取ったエヒトは、カードを一枚引く。
「私はモンスターを召喚し、カードを一枚伏せる。ターンエンドだ」
最初のターン。互いに速度を上げながら、決闘の準備を進める。
「俺のターン!」
ハジメもカードを引いた。
(エヒトのデッキは時械神。戦闘破壊への耐性、戦闘後に発動する効果、そしてデッキへ戻る効果……。下手に攻撃を仕掛ければ、こっちが消耗させられる)
前世で遊戯王を知り尽くしていたハジメにとって、時械神は未知の相手ではない。
だが、相手はその使い手として知られるゾーンの戦術を、神域の力でさらに強化している。知識があることと、勝利できることは同じではなかった。
「俺はモンスターを召喚し、カードを伏せる。ターンエンド!」
二台のD・ホイールは、さらに速度を上げた。
エヒトは次のターン、手札から一枚のカードを掲げる。
「現れよ、《時械神メタイオン》!」
翼を広げた時械神がフィールドに降り立つ。
「メタイオンは戦闘では破壊されず、戦闘によって発生する我へのダメージも受けぬ。そして戦闘を行った場合、相手フィールドのモンスターを持ち主の手札へ戻し、その数に応じてダメージを与える!」
メタイオンがハジメのモンスターへと突進した。
衝撃とともに、ハジメのモンスターがフィールドから消え去る。続けて時械神の効果が発動し、ハジメのライフが削られた。
「くっ……!」
「どうした、ハジメ。貴様の誇るシンクロ召喚も、時械神の前では無力か?」
「黙れ。まだ始まったばかりだ」
ハジメは歯を食いしばり、遊星号のアクセルを緩めなかった。
次のターン、エヒトは《時械神ミチオン》を呼び出す。
「ミチオンの効果により、戦闘後、貴様のライフを半分にする!」
神の力がハジメを襲う。
ライフが大きく削られ、ハジメの視界が一瞬揺れた。
「まだだ!」
彼は伏せていたカードを発動し、ダメージを抑える。だが、エヒトの攻勢は止まらなかった。
《時械神ラフィオン》が現れ、戦闘で相手モンスターに与えた攻撃力分のダメージをハジメへ返そうとする。ハジメはその効果を警戒し、無理な攻撃を避けてターンを終えた。
さらに、エヒトは《時械神サンダイオン》を呼び出す。
圧倒的な攻撃力を持つ巨体が、神域の空を覆った。
「これが時械神の力だ。貴様は何体の竜を並べようと、神の時間を超えることはできぬ!」
ハジメは返す言葉を口にしなかった。
目の前にいるのは、ただの敵ではない。
ユエの身体を奪い、仲間たちを傷つけ、世界そのものを玩具のように扱ってきた存在だ。
怒りに任せて突っ込めば、相手の思う壺になる。
(落ち着け。俺がやるべきことは、ユエを傷つけずにエヒトだけを引き剥がすことだ)
ハジメは自分のデッキを見つめた。
そして、墓地と手札を確認する。
「俺のターン!」
彼はモンスターを展開し、シンクロ召喚の準備を整えた。
「集いし星が、新たな力を呼び起こす! シンクロ召喚!」
光の中から、《ジャンク・ウォリアー》が姿を現す。
しかし、エヒトは動じない。
「その程度のモンスターで、我の時械神をどうにかできると思うか?」
「思ってねぇよ。これは、次につなぐための一手だ」
ハジメはカードを伏せ、相手の出方をうかがう。
エヒトは再び時械神を展開し、ハジメのモンスターをフィールドから排除していった。攻撃を仕掛けるたびに、時械神の効果がハジメを追い詰める。
それでも、ハジメはシンクロ召喚を諦めなかった。
「俺はチューナーモンスターを召喚!」
小さな機械の戦士がフィールドに現れる。
「さらに、フィールドのモンスターを素材にシンクロ召喚!」
光が弾け、《フォーミュラ・シンクロン》が姿を現した。
「このカードはシンクロチューナー。次のシンクロ召喚へつなぐための要だ!」
ハジメは墓地に送られたカードを確認し、必要な素材を揃える。
「そして、フィールドの《フォーミュラ・シンクロン》と、シンクロ素材として条件を満たすモンスターを合わせる!」
星の光が重なり合う。
「集いし星が一つになる時、新たな絆が未来を照らす! 光さす道となれ!」
ハジメはカードを掲げた。
「シンクロ召喚! 飛翔せよ、《シューティング・スター・ドラゴン》!」
星屑の光をまとった竜が、遊星号の上空へと舞い上がる。
エヒトの瞳がわずかに細まった。
「その竜か……。だが、時械神の力を覆すには足りぬ!」
「分かってる。だから、ここからだ!」
ハジメは《シューティング・スター・ドラゴン》の効果を使い、相手の攻撃を無効にするための構えを取る。時械神の効果をすべて消し去れるわけではない。だが、相手の攻勢を止め、次の一手を作ることはできる。
エヒトは舌打ちし、カードを引いた。
「ならば、神の究極を見せてやろう!」
彼は複数のカードを展開し、最後に一枚のモンスターを掲げた。
「時を超え、すべての時械神を統べる存在よ! 我が前に降臨せよ――《究極時械神セフィロン》!」
白い巨体が出現し、神域の空が黄金色に染まった。
「セフィロンの力は、墓地の時械神を呼び戻し、攻撃力四千の軍勢を生み出す! そして、我が神域ではその力はさらに強まる!」
セフィロンの周囲に、倒されたはずの時械神たちの幻影が現れる。
「さあ、ハジメ。貴様の竜がどこまで耐えられるか見せてみろ!」
エヒトが攻撃を宣言する。
ハジメは《シューティング・スター・ドラゴン》の効果で攻撃を止めようとするが、エヒトはその動きを読んでいた。別の時械神による攻撃を重ね、ハジメの防御を削っていく。
ハジメのライフが残り少なくなった。
(このままじゃ、押し切られる……!)
彼はデッキを握りしめた。
ユエのカードが、そこにある。
彼女が最後に自分へ託してくれた《ブラック・ローズ・ドラゴン》。そして、仲間たちがそれぞれの想いを託したシグナーの竜。
ハジメは仲間たちを振り返った。
「シア、ティオ、香織、雫!」
四人はすぐに彼の意図を理解した。
シアが《パワー・ツール・ドラゴン》のカードを握りしめる。
ティオは《レッド・デーモンズ・ドラゴン》を掲げた。
香織は《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》を、雫は《ブラックフェザー・ドラゴン》を、それぞれハジメへ託す。
「ハジメさん……!」
「ハジメ、妾たちの竜を使うのじゃ!」
「ハジメ君、ユエをお願い!」
「必ず、連れ戻してください!」
ハジメは四枚のカードを受け取った。
「……ああ。必ず連れ戻す!」
だが、カードを受け取っただけではシンクロ召喚はできない。竜のカードをフィールドへ出すためには、それぞれの召喚条件を満たす必要がある。
ハジメは自分の墓地と手札を確認した。
「俺は手札からチューナーモンスターを召喚! そして、フィールドのモンスターと合わせてシンクロ召喚!」
素材となるモンスターのレベルが光となって重なり、必要なレベルに到達する。
「シンクロ召喚! 現れよ、《パワー・ツール・ドラゴン》!」
シアが大きく頷いた。
「私の竜……ハジメさん、お願いします!」
続けてハジメは、別のチューナーと非チューナーを展開し、必要なレベルを揃える。
「シンクロ召喚! 《レッド・デーモンズ・ドラゴン》!」
ティオが拳を握りしめる。
「ゆけ、紅き竜よ!」
さらに、フィールドのカードを整理し、必要な素材を揃え直す。
「シンクロ召喚! 《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》!」
香織の目に、希望の光が戻る。
最後に、ハジメは墓地のカードを利用してチューナーを呼び戻し、レベルを合わせた。
「シンクロ召喚! 《ブラックフェザー・ドラゴン》!」
雫は静かに頷いた。
「ハジメ……みんなの想いを、貴方に託すわ」
四体のシグナーの竜が、神域の空に並び立つ。
それぞれの竜は、仲間たちが歩んできた道と、その魂を象徴していた。
エヒトはそれを見ても、余裕を崩さない。
「竜を並べたところで、何が変わる? 我がセフィロンの前では、すべてが無意味だ!」
「そうかもしれねぇな」
ハジメは静かに答えた。
「だが、こいつらはただのカードじゃない。シアが、ティオが、香織が、雫が、今まで積み上げてきたものだ。お前に、それを否定させるつもりはねぇ」
ハジメはさらに、フィールドのモンスターと墓地のカードを確認した。
(まだ足りない。限界を超えるためには、正しい素材が必要だ)
彼はチューナーと非チューナーのレベルを確認し、最後の準備を始めた。
「俺はチューナーと非チューナーを合わせ、シンクロ召喚!」
光の中から、《ライフ・ストリーム・ドラゴン》が姿を現した。
レベル八のシンクロチューナー。その竜が放つ光は、他のシグナーの竜たちを包み込む。
「《ライフ・ストリーム・ドラゴン》の力で、フィールドのシンクロモンスターたちのレベルを一つへと変える!」
神域のルールに、ハジメの意志が割り込む。
パワー・ツール・ドラゴン。レッド・デーモンズ・ドラゴン。エンシェント・フェアリー・ドラゴン。ブラックフェザー・ドラゴン。
四体の竜のレベルが、それぞれ一つへと変化した。
「レベル八のシンクロチューナー、《ライフ・ストリーム・ドラゴン》! そして、レベル一となった四体のシンクロモンスター!」
五つの星が、遊星号の前方に並ぶ。
「集いし星が一つになる時、新たな絆が未来を照らす! 光さす道となれ!」
ハジメはアクセルを限界まで開いた。
「リミットオーバー・アクセルシンクロ!」
星々が一つの光となり、神域を貫く。
「降臨せよ――《コズミック・クェーサー・ドラゴン》!!」
宇宙そのものを背負うかのような竜が、神域の空に姿を現した。
エヒトの表情が、初めて険しくなる。
「そのような竜が……我の神域で生まれるだと……!」
「生まれたんじゃねぇ。俺たちが、ここまで繋いできたんだ!」
ハジメは《コズミック・クェーサー・ドラゴン》を見上げる。
「仲間から託された竜。俺が積み重ねてきた決闘。そして、ユエが俺に託してくれた想い。その全部を背負って、俺はお前を倒す!」
エヒトは最後の抵抗として、セフィロンと時械神たちに攻撃を命じた。
だが、《コズミック・クェーサー・ドラゴン》はその攻撃を真正面から受け止める。神域の力と竜の光がぶつかり合い、白い大地に巨大な亀裂が走った。
「馬鹿な……! 神の力を押し返すだと!?」
「神だろうが何だろうが、関係ねぇ!」
ハジメはアクセルをさらに開く。
「俺の大切な仲間を、これ以上好き勝手に扱わせるか!」
《コズミック・クェーサー・ドラゴン》が咆哮し、光の翼を広げた。
ハジメはその力を、エヒトのカードと効果に対抗するために使う。神域の決闘において特別に与えられた竜の力が、時械神の効果を打ち消し、セフィロンの攻撃を止めた。
「これで終わりだ、エヒト!」
竜の光が神域を貫く。
セフィロンの巨体が崩れ、時械神たちの姿が次々と消えていった。
エヒトのライフがゼロになる。
「馬鹿な……我は神だ……! 人間ごときに……!」
ユエの身体から、黒い光が剥がれ落ちた。
それは人の形を保とうとするように蠢いたが、やがて光の中へと溶けていく。
ハジメはD・ホイールを止め、倒れかけたユエへ駆け寄った。
「ユエ!」
彼女の身体を受け止める。
白銀の髪が、ハジメの腕の中で揺れた。
「……ハジメ……?」
赤い瞳に、いつもの感情が戻ってくる。
「……遅い」
かすれた声。それは間違いなく、ハジメの知るユエの声だった。
ハジメは息を呑み、彼女を強く抱きしめる。
「……悪い。待たせた」
「……でも、来てくれた」
ユエは彼の胸に顔を埋めた。
「……ただいま、ハジメ」
「……おかえり、ユエ」
その瞬間、神域全体が大きく揺れ始めた。
エヒトの支配を失った空間が、崩壊を始めている。
「ハジメ! ここも長くは持たぬぞ!」
ティオの声が響く。
ハジメはユエを抱きかかえ、仲間たちを見渡した。
「全員、撤退だ! 下界に戻るぞ!」
四人の竜のカードを、それぞれの持ち主へ返す。
シアはパワー・ツール・ドラゴンを胸に抱き、ティオはレッド・デーモンズ・ドラゴンを手に取り、香織と雫もそれぞれの竜を受け取った。
「みんな、助かった。ありがとう」
ハジメの言葉に、仲間たちは頷く。
「礼なんていりませんよ、ハジメさん!」
「妾たちは仲間じゃ。当然のことをしたまでじゃ」
「ユエちゃんが戻ってきてくれて、本当によかった……!」
「……帰りましょう。みんなで」
ユエはハジメの腕の中で、そっと目を閉じた。
彼女を取り戻した。
エヒトとの決闘に、決着をつけた。
だが、下界にはまだ機皇帝の軍勢が迫っている。仲間たちが守っている世界も、まだ救われたわけではない。
ハジメは遊星号へ乗り込み、仲間たちとともに崩れゆく神域を駆け抜けた。
「待ってろよ、みんな。今、帰る」
赤き竜の光を背に、彼らは最後の出口へと向かった。