「ありふれた遊戯王で世界最強」   作:武藤 桜

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第四十三話「最終章・前編――赤き竜の使徒、帰還の時」

神域が崩壊した。

 

白く果てしなかった大地に亀裂が走り、空を覆っていた光が一つ、また一つと消えていく。

 

その中心で、南雲ハジメはユエを抱きかかえながら、仲間たちとともに最後の出口を目指していた。

 

「ハジメ! 左じゃ! 出口へ続く道が崩れかけておる!」

 

ティオの叫びに、ハジメは遊星号のハンドルを切った。

 

「分かってる! 全員、振り落とされるなよ!」

 

「ちょ、ちょっとハジメさん! ユエさんを抱っこしたまま、そんな運転して大丈夫なんですかぁ!?」

 

シアがバウンサーラビットを駆りながら悲鳴を上げる。

 

「お前は自分の運転に集中しろ!」

 

「ひどいですぅ!」

 

「ふふ……シア、今はハジメの言うとおりにしたほうがいい」

 

香織がホワイト・エンジェルを走らせながら、苦笑する。

 

その隣では雫がブラックバードを操り、後方から迫る崩落を警戒していた。ティオもホイール・オブ・フォーチュンを駆り、仲間たちが脱落しないよう最後尾を守っている。

 

少し後ろでは、雫、龍太郎、清水、天之河、鈴、そして恵理も、それぞれのD・ホイールで必死に道を駆け抜けていた。

 

「おい、あそこだ! 光が見えるぞ!」

 

リュウタロウが叫ぶ。

 

崩れゆく神域の彼方に、下界へ通じる光の門が見えた。

 

ハジメはユエを片腕でしっかり抱え直す。

 

「もう少しだ、ユエ」

 

「……うん」

 

ユエは小さく頷いた。

 

「……今度は、ちゃんと一緒に帰る」

 

「当たり前だ。もう二度と、勝手にいなくならせねぇよ」

 

「……それ、私の台詞」

 

ユエのかすかな笑みを見て、ハジメはほんの少しだけ表情を緩めた。

 

そして――全員が光の門をくぐった瞬間、神域は完全に崩壊した。

 

彼らの背後で、神の支配していた世界が、音もなく消えていった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

下界に戻った彼らを待っていたのは、歓声だった。

 

王都の外れに設けられた防衛拠点。そこでは、各国の兵士、冒険者、亜人たち、そしてクラスメイトたちが、空から降り注いでいた機皇帝の軍勢と戦い続けていた。

 

しかし、神域が崩壊した瞬間、空を覆っていた機皇帝たちの動きが止まった。

 

《機皇帝ワイゼル∞》も、《機皇帝スキエル∞》も、《機皇帝グランエル∞》も。

 

さらには神域から送り込まれていた使徒たちも、身体を構成していた光を失い、次々と崩れ落ちていった。

 

「な、何だ……?」

 

兵士の一人が呆然と空を見上げる。

 

「機皇帝が……消えていく?」

 

機皇帝たちは武器を振るうこともなく、まるで糸の切れた人形のように動かなくなった。そして、その身体は光の粒子となり、風に溶けるように消滅していく。

 

使徒たちも同じだった。

 

神の力を与えられた者たちは、神の支配が失われたことで、この世界に存在するための力を失ったのだ。

 

その光景を、後方から見ていたリリアーナは、思わず胸の前で手を組んだ。

 

「終わった……のでしょうか?」

 

隣に立つ愛子が、空を見つめたまま答える。

 

「ええ。きっと……終わったんですよ」

 

愛子の声は震えていた。

 

長かった。

 

あまりにも長い戦いだった。

 

神の意志によって争わされ、命を奪われ、利用されてきた人々。その苦しみを知りながらも、どうすることもできなかった日々。

 

それが今、ようやく終わったのだ。

 

「先生!」

 

誰かが叫んだ。

 

光の門から、見慣れたD・ホイールの一団が現れる。

 

先頭を走る遊星号。その上には、ユエを抱えたハジメの姿があった。

 

「ハジメ君!」

 

愛子が駆け出す。

 

「みんな!」

 

龍太郎がD・ホイールから降り、仲間たちに手を振った。

 

「おーい! 無事だぞ!」

 

「うるさい、龍太郎。そんなに叫ばなくても聞こえてる」

 

雫が呆れたように言う。

 

だが、その声には安堵があった。

 

鈴は恵理の隣に立ち、彼女の手をそっと握った。

 

恵理はその手を見つめ、しばらく何も言えずにいた。

 

彼女が犯した罪は消えない。

 

亡くなった人々も、失われた日々も、取り返すことはできない。

 

それでも今、世界は救われた。

 

そして、彼女にも生きて責任を果たす機会が残された。

 

「……私も、これからは逃げない」

 

恵理の言葉に、鈴は静かに頷いた。

 

「うん。一緒に向き合おう」

 

そのやり取りを横目に、ハジメはユエを地面へ降ろした。

 

ユエは少しふらついたが、すぐに自分の足で立つ。

 

そして、ハジメの手を握った。

 

「……ただいま」

 

「おう。ただいま、だ」

 

二人は短く笑い合った。

 

その様子を見て、香織が目元を押さえる。

 

「よかった……本当に、よかった……!」

 

「香織、泣きすぎ」

 

雫が肩を叩く。

 

「だって……!」

 

「……分かってる」

 

雫もまた、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

それぞれの胸に、言葉にならない思いがあった。

 

失ったものは多い。

 

だが、守れたものもあった。

 

そして、これから先に進むための道が、ようやく見えたのだった。

 

2 神の罪、そして英雄たちの真実

 

エヒトの消滅から数日後。

 

各国の代表者たちが集まり、世界規模の会議が開かれた。

 

神域で起きたこと。神が使徒を送り込み、機皇帝の軍勢によって世界を侵略しようとしたこと。そして、エヒトが長い年月をかけて人々を争わせ、国家間の戦争や悲劇を裏から操っていたこと。

 

それらの真実は、ハジメたちの証言だけではなかった。

 

神域から持ち帰った記録。迷宮創設者たちが残した資料。神の支配に抗い続けてきた者たちの証言。それらが次々と明るみに出たことで、エヒトが行ってきた蛮行は、もはや否定できない事実となった。

 

かつて神を信じ、その教えに従ってきた人々の中には、真実を受け入れられずに泣き崩れる者もいた。

 

「では……神は、我々を守っていたのではなかったのか……?」

 

「我々の戦争も、犠牲も……すべて、神の思惑だったというのか?」

 

怒り、悲しみ、絶望。

 

さまざまな感情が世界を覆った。

 

しかし、同時に新たな真実も明らかになった。

 

大迷宮を創り出した者たち――オスカー、ミレディ、メイル、ライセン、ラウス・バーン、デューティリス・ハルツィナ、そしてほかの迷宮創設者たち。

 

彼らは単に力を求め、危険な試練を遺したわけではなかった。

 

神の支配に抗い、世界を本来あるべき姿へ戻すために、知識と力を後世へ残そうとしていたのだ。

 

迷宮は、神に逆らう者を排除するための罠ではなかった。

 

神の支配を打ち破る可能性を持つ者を見いだし、力を託すための遺産だったのである。

 

「……そうだったのか」

 

会議に出席していた冒険者の一人が、手元の記録を見つめる。

 

「俺たちが命懸けで挑んできた迷宮は……世界を救うために造られていたんだな」

 

「彼らは神に逆らった反逆者ではない」

 

リリアーナが、各国の代表者たちへ向けて語りかけた。

 

「世界を神の支配から救おうと、長い年月をかけて努力し続けた英雄たちです。彼らが残したものがあったからこそ、私たちは神域へ到達し、エヒトを倒すことができました」

 

会議場に、静かなざわめきが広がる。

 

やがて、各国の代表者たちは立ち上がった。

 

「迷宮創設者たちの名誉を回復するべきだ」

 

「彼らの功績を歴史に刻もう」

 

「彼らが残した遺産を、今後は世界の共有財産として守っていくべきだ」

 

一人、また一人と賛同の声が上がる。

 

こうして、かつて神に逆らった罪人として語られてきた迷宮創設者たちは、世界を救うために戦い続けた英雄として称えられることになった。

 

もちろん、すべての問題がすぐに解決したわけではない。

 

神を信じてきた人々の心には、長く深い傷が残った。

 

国同士の対立も、亜人への差別も、奴隷制度の問題も、一夜にして消えるものではない。

 

それでも、少なくとも人々は、神の名の下に争う必要はなくなった。

 

世界はようやく、自分たち自身の意志で未来を選ぶことができるようになったのだ。

 

そして、南雲ハジメたちは、その世界を救った者たちとして名を刻まれることになった。

 

本人たちが、それを望んでいたかどうかは別として。

 

「……英雄、ねぇ」

 

会議を終えた帰り道、ハジメは面倒そうに肩をすくめた。

 

「俺はただ、帰りたい場所に帰るために戦っただけなんだが」

 

「それでも、あなたたちが戦わなければ世界は滅んでいましたから」

 

愛子が微笑む。

 

「先生までそういうことを言うのかよ……」

 

「ふふ。たまには素直に褒められなさい」

 

「……勘弁してくれ」

 

その言葉に、仲間たちが笑った。

 

ようやく訪れた平和。

 

そして、彼らにはもう一つ、果たさなければならない約束が残されていた。

 

元の世界へ帰ること。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

下界に戻った彼らを待っていたのは、歓声だった。

 

王都の外れに設けられた防衛拠点。そこでは、各国の兵士、冒険者、亜人たち、そしてクラスメイトたちが、空から降り注いでいた機皇帝の軍勢と戦い続けていた。

 

しかし、神域が崩壊した瞬間、空を覆っていた機皇帝たちの動きが止まった。

 

《機皇帝ワイゼル∞》も、《機皇帝スキエル∞》も、《機皇帝グランエル∞》も。

 

さらには神域から送り込まれていた使徒たちも、身体を構成していた光を失い、次々と崩れ落ちていった。

 

「な、何だ……?」

 

兵士の一人が呆然と空を見上げる。

 

「機皇帝が……消えていく?」

 

機皇帝たちは武器を振るうこともなく、まるで糸の切れた人形のように動かなくなった。そして、その身体は光の粒子となり、風に溶けるように消滅していく。

 

使徒たちも同じだった。

 

神の力を与えられた者たちは、神の支配が失われたことで、この世界に存在するための力を失ったのだ。

 

その光景を、後方から見ていたリリアーナは、思わず胸の前で手を組んだ。

 

「終わった……のでしょうか?」

 

隣に立つ愛子が、空を見つめたまま答える。

 

「ええ。きっと……終わったんですよ」

 

愛子の声は震えていた。

 

長かった。

 

あまりにも長い戦いだった。

 

神の意志によって争わされ、命を奪われ、利用されてきた人々。その苦しみを知りながらも、どうすることもできなかった日々。

 

それが今、ようやく終わったのだ。

 

「先生!」

 

誰かが叫んだ。

 

光の門から、見慣れたD・ホイールの一団が現れる。

 

先頭を走る遊星号。その上には、ユエを抱えたハジメの姿があった。

 

「ハジメ君!」

 

愛子が駆け出す。

 

「みんな!」

 

龍太郎がD・ホイールから降り、仲間たちに手を振った。

 

「おーい! 無事だぞ!」

 

「うるさい、龍太郎。そんなに叫ばなくても聞こえてる」

 

雫が呆れたように言う。

 

だが、その声には安堵があった。

 

鈴は恵理の隣に立ち、彼女の手をそっと握った。

 

恵理はその手を見つめ、しばらく何も言えずにいた。

 

彼女が犯した罪は消えない。

 

亡くなった人々も、失われた日々も、取り返すことはできない。

 

それでも今、世界は救われた。

 

そして、彼女にも生きて責任を果たす機会が残された。

 

「……私も、これからは逃げない」

 

恵理の言葉に、鈴は静かに頷いた。

 

「うん。一緒に向き合おう」

 

そのやり取りを横目に、ハジメはユエを地面へ降ろした。

 

ユエは少しふらついたが、すぐに自分の足で立つ。

 

そして、ハジメの手を握った。

 

「……ただいま」

 

「おう。ただいま、だ」

 

二人は短く笑い合った。

 

その様子を見て、香織が目元を押さえる。

 

「よかった……本当に、よかった……!」

 

「香織、泣きすぎ」

 

雫が肩を叩く。

 

「だって……!」

 

「……分かってる」

 

雫もまた、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

それぞれの胸に、言葉にならない思いがあった。

 

失ったものは多い。

 

だが、守れたものもあった。

 

そして、これから先に進むための道が、ようやく見えたのだった。

 

2 神の罪、そして英雄たちの真実

 

エヒトの消滅から数日後。

 

各国の代表者たちが集まり、世界規模の会議が開かれた。

 

神域で起きたこと。神が使徒を送り込み、機皇帝の軍勢によって世界を侵略しようとしたこと。そして、エヒトが長い年月をかけて人々を争わせ、国家間の戦争や悲劇を裏から操っていたこと。

 

それらの真実は、ハジメたちの証言だけではなかった。

 

神域から持ち帰った記録。迷宮創設者たちが残した資料。神の支配に抗い続けてきた者たちの証言。それらが次々と明るみに出たことで、エヒトが行ってきた蛮行は、もはや否定できない事実となった。

 

かつて神を信じ、その教えに従ってきた人々の中には、真実を受け入れられずに泣き崩れる者もいた。

 

「では……神は、我々を守っていたのではなかったのか……?」

 

「我々の戦争も、犠牲も……すべて、神の思惑だったというのか?」

 

怒り、悲しみ、絶望。

 

さまざまな感情が世界を覆った。

 

しかし、同時に新たな真実も明らかになった。

 

大迷宮を創り出した者たち――オスカー、ミレディ、メイル、ライセン、ラウス・バーン、デューティリス・ハルツィナ、そしてほかの迷宮創設者たち。

 

彼らは単に力を求め、危険な試練を遺したわけではなかった。

 

神の支配に抗い、世界を本来あるべき姿へ戻すために、知識と力を後世へ残そうとしていたのだ。

 

迷宮は、神に逆らう者を排除するための罠ではなかった。

 

神の支配を打ち破る可能性を持つ者を見いだし、力を託すための遺産だったのである。

 

「……そうだったのか」

 

会議に出席していた冒険者の一人が、手元の記録を見つめる。

 

「俺たちが命懸けで挑んできた迷宮は……世界を救うために造られていたんだな」

 

「彼らは神に逆らった反逆者ではない」

 

リリアーナが、各国の代表者たちへ向けて語りかけた。

 

「世界を神の支配から救おうと、長い年月をかけて努力し続けた英雄たちです。彼らが残したものがあったからこそ、私たちは神域へ到達し、エヒトを倒すことができました」

 

会議場に、静かなざわめきが広がる。

 

やがて、各国の代表者たちは立ち上がった。

 

「迷宮創設者たちの名誉を回復するべきだ」

 

「彼らの功績を歴史に刻もう」

 

「彼らが残した遺産を、今後は世界の共有財産として守っていくべきだ」

 

一人、また一人と賛同の声が上がる。

 

こうして、かつて神に逆らった罪人として語られてきた迷宮創設者たちは、世界を救うために戦い続けた英雄として称えられることになった。

 

もちろん、すべての問題がすぐに解決したわけではない。

 

神を信じてきた人々の心には、長く深い傷が残った。

 

国同士の対立も、亜人への差別も、奴隷制度の問題も、一夜にして消えるものではない。

 

それでも、少なくとも人々は、神の名の下に争う必要はなくなった。

 

世界はようやく、自分たち自身の意志で未来を選ぶことができるようになったのだ。

 

そして、南雲ハジメたちは、その世界を救った者たちとして名を刻まれることになった。

 

本人たちが、それを望んでいたかどうかは別として。

 

「……英雄、ねぇ」

 

会議を終えた帰り道、ハジメは面倒そうに肩をすくめた。

 

「俺はただ、帰りたい場所に帰るために戦っただけなんだが」

 

「それでも、あなたたちが戦わなければ世界は滅んでいましたから」

 

愛子が微笑む。

 

「先生までそういうことを言うのかよ……」

 

「ふふ。たまには素直に褒められなさい」

 

「……勘弁してくれ」

 

その言葉に、仲間たちが笑った。

 

ようやく訪れた平和。

 

そして、彼らにはもう一つ、果たさなければならない約束が残されていた。

 

元の世界へ帰ること。

 

3 帰還の鍵

 

「これで……全部、揃ったんだな」

 

ハジメは工房の机に並べられた品々を見つめていた。

 

千年アイテム。

 

三幻神のカード。

 

そして、シグナーの竜たち。

 

オスカーが残した手掛かりを追い続け、長い旅の果てに集めてきたものが、今、目の前に揃っている。

 

千年眼はハジメの左目を覆う眼帯の下にある。

 

千年パズルはユエの手元へ戻り、千年錠はティオが持っている。シアの千年ターク、香織の千年秤。そして、フリードが持っていた千年輪も、ティオが回収していた。

 

千年杖についても、恵理から取り上げられた後に回収され、すでにハジメたちの管理下に置かれている。

 

そして三幻神――《オシリスの天空竜》《オベリスクの巨神兵》《ラーの翼神竜》。

 

さらに、シグナーの竜たち。

 

《スターダスト・ドラゴン》。

 

《レッド・デーモンズ・ドラゴン》。

 

《ブラック・ローズ・ドラゴン》。

 

《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》。

 

《ブラックフェザー・ドラゴン》。

 

そして、その力を受け継ぐ《ライフ・ストリーム・ドラゴン》。

 

それらは単なるカードではない。

 

異世界へ渡る前からハジメが知っていた世界と、ここで出会った仲間たちの歩みを繋ぐものだった。

 

「……帰れるんですね」

 

香織が、机の上のカードを見つめながら呟いた。

 

「ようやく、元の世界に……」

 

「そうだな」

 

ハジメは頷いた。

 

「オスカーの残した手掛かりは、これで全部繋がった。千年アイテムと三幻神、シグナーの竜。それぞれが鍵になって、世界を越えるための道を開く」

 

「でも、帰ったら帰ったで、いろいろ大変そうだよね」

 

雫が腕を組む。

 

「いきなり異世界から帰ってきたら、説明が大変だと思う」

 

「それ以前に、俺たちがいた時間と元の世界の時間がどうなってるかも分からねぇからな」

 

ハジメは淡々と答えた。

 

「その辺りは、帰ってから考える」

 

「相変わらずですね、ハジメさん」

 

シアが苦笑する。

 

「考えすぎても仕方ねぇだろ。帰れる可能性があるなら、帰る。それだけだ」

 

その言葉に、龍太郎が力強く頷いた。

 

「そうだな! 帰ったら、またみんなで遊ぼうぜ!」

 

「……お前は本当に変わらないな」

 

天之河が呆れたように言った。

 

「いいじゃねぇか。帰れるんだぞ? 元の世界に!」

 

龍太郎の言葉に、鈴も笑みを浮かべる。

 

「そうね。帰ったら、やりたいことがいっぱいあるわ」

 

清水は静かに仲間たちを見渡した。

 

かつて、自分は友達が欲しかった。

 

それだけの願いを、間違った方法で叶えようとしてしまった。

 

だが、今は違う。

 

過ちを犯した自分を、無条件に許してくれたわけではない。それでも、責任を背負って生きていくことを認めてくれる仲間がいる。

 

「……帰ったら、俺も一からやり直すよ」

 

「そうだな。俺たちもだ」

 

天之河が答える。

 

その隣で、恵理は目を伏せた。

 

「……私は、すぐには帰れないかもしれない」

 

「恵理?」

 

鈴が心配そうに声をかける。

 

「私が元の世界に帰っても、犯した罪が消えるわけじゃない。帰った後も、ちゃんと責任を取らなければならないと思う」

 

彼女は静かに顔を上げた。

 

「でも……逃げないと決めたから。どんな結果になっても、向き合うわ」

 

ハジメは彼女を見つめた。

 

「それでいい。帰ることと、責任を取ることは別だ。帰ったからって、全部なかったことになるわけじゃねぇ」

 

「……分かってる」

 

恵理は頷いた。

 

「それでも、帰れるなら帰りたい。私が壊してしまったものと向き合うためにも」

 

「なら、帰ろうぜ」

 

ハジメはそれ以上、何も言わなかった。

 

全員が、それぞれの思いを胸に抱いていた。

 

帰ることを喜ぶ者。

 

帰った後の生活に不安を覚える者。

 

失ったものへの後悔を抱える者。

 

そして、帰った先で何をすべきかを考える者。

 

それでも、誰もが同じ方向を見ていた。

 

長い旅の終わりが、ようやく近づいていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

下界に戻った彼らを待っていたのは、歓声だった。

 

王都の外れに設けられた防衛拠点。そこでは、各国の兵士、冒険者、亜人たち、そしてクラスメイトたちが、空から降り注いでいた機皇帝の軍勢と戦い続けていた。

 

しかし、神域が崩壊した瞬間、空を覆っていた機皇帝たちの動きが止まった。

 

《機皇帝ワイゼル∞》も、《機皇帝スキエル∞》も、《機皇帝グランエル∞》も。

 

さらには神域から送り込まれていた使徒たちも、身体を構成していた光を失い、次々と崩れ落ちていった。

 

「な、何だ……?」

 

兵士の一人が呆然と空を見上げる。

 

「機皇帝が……消えていく?」

 

機皇帝たちは武器を振るうこともなく、まるで糸の切れた人形のように動かなくなった。そして、その身体は光の粒子となり、風に溶けるように消滅していく。

 

使徒たちも同じだった。

 

神の力を与えられた者たちは、神の支配が失われたことで、この世界に存在するための力を失ったのだ。

 

その光景を、後方から見ていたリリアーナは、思わず胸の前で手を組んだ。

 

「終わった……のでしょうか?」

 

隣に立つ愛子が、空を見つめたまま答える。

 

「ええ。きっと……終わったんですよ」

 

愛子の声は震えていた。

 

長かった。

 

あまりにも長い戦いだった。

 

神の意志によって争わされ、命を奪われ、利用されてきた人々。その苦しみを知りながらも、どうすることもできなかった日々。

 

それが今、ようやく終わったのだ。

 

「先生!」

 

誰かが叫んだ。

 

光の門から、見慣れたD・ホイールの一団が現れる。

 

先頭を走る遊星号。その上には、ユエを抱えたハジメの姿があった。

 

「ハジメ君!」

 

愛子が駆け出す。

 

「みんな!」

 

龍太郎がD・ホイールから降り、仲間たちに手を振った。

 

「おーい! 無事だぞ!」

 

「うるさい、龍太郎。そんなに叫ばなくても聞こえてる」

 

雫が呆れたように言う。

 

だが、その声には安堵があった。

 

鈴は恵理の隣に立ち、彼女の手をそっと握った。

 

恵理はその手を見つめ、しばらく何も言えずにいた。

 

彼女が犯した罪は消えない。

 

亡くなった人々も、失われた日々も、取り返すことはできない。

 

それでも今、世界は救われた。

 

そして、彼女にも生きて責任を果たす機会が残された。

 

「……私も、これからは逃げない」

 

恵理の言葉に、鈴は静かに頷いた。

 

「うん。一緒に向き合おう」

 

そのやり取りを横目に、ハジメはユエを地面へ降ろした。

 

ユエは少しふらついたが、すぐに自分の足で立つ。

 

そして、ハジメの手を握った。

 

「……ただいま」

 

「おう。ただいま、だ」

 

二人は短く笑い合った。

 

その様子を見て、香織が目元を押さえる。

 

「よかった……本当に、よかった……!」

 

「香織、泣きすぎ」

 

雫が肩を叩く。

 

「だって……!」

 

「……分かってる」

 

雫もまた、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

それぞれの胸に、言葉にならない思いがあった。

 

失ったものは多い。

 

だが、守れたものもあった。

 

そして、これから先に進むための道が、ようやく見えたのだった。

 

2 神の罪、そして英雄たちの真実

 

エヒトの消滅から数日後。

 

各国の代表者たちが集まり、世界規模の会議が開かれた。

 

神域で起きたこと。神が使徒を送り込み、機皇帝の軍勢によって世界を侵略しようとしたこと。そして、エヒトが長い年月をかけて人々を争わせ、国家間の戦争や悲劇を裏から操っていたこと。

 

それらの真実は、ハジメたちの証言だけではなかった。

 

神域から持ち帰った記録。迷宮創設者たちが残した資料。神の支配に抗い続けてきた者たちの証言。それらが次々と明るみに出たことで、エヒトが行ってきた蛮行は、もはや否定できない事実となった。

 

かつて神を信じ、その教えに従ってきた人々の中には、真実を受け入れられずに泣き崩れる者もいた。

 

「では……神は、我々を守っていたのではなかったのか……?」

 

「我々の戦争も、犠牲も……すべて、神の思惑だったというのか?」

 

怒り、悲しみ、絶望。

 

さまざまな感情が世界を覆った。

 

しかし、同時に新たな真実も明らかになった。

 

大迷宮を創り出した者たち――オスカー、ミレディ、メイル、ライセン、ラウス・バーン、デューティリス・ハルツィナ、そしてほかの迷宮創設者たち。

 

彼らは単に力を求め、危険な試練を遺したわけではなかった。

 

神の支配に抗い、世界を本来あるべき姿へ戻すために、知識と力を後世へ残そうとしていたのだ。

 

迷宮は、神に逆らう者を排除するための罠ではなかった。

 

神の支配を打ち破る可能性を持つ者を見いだし、力を託すための遺産だったのである。

 

「……そうだったのか」

 

会議に出席していた冒険者の一人が、手元の記録を見つめる。

 

「俺たちが命懸けで挑んできた迷宮は……世界を救うために造られていたんだな」

 

「彼らは神に逆らった反逆者ではない」

 

リリアーナが、各国の代表者たちへ向けて語りかけた。

 

「世界を神の支配から救おうと、長い年月をかけて努力し続けた英雄たちです。彼らが残したものがあったからこそ、私たちは神域へ到達し、エヒトを倒すことができました」

 

会議場に、静かなざわめきが広がる。

 

やがて、各国の代表者たちは立ち上がった。

 

「迷宮創設者たちの名誉を回復するべきだ」

 

「彼らの功績を歴史に刻もう」

 

「彼らが残した遺産を、今後は世界の共有財産として守っていくべきだ」

 

一人、また一人と賛同の声が上がる。

 

こうして、かつて神に逆らった罪人として語られてきた迷宮創設者たちは、世界を救うために戦い続けた英雄として称えられることになった。

 

もちろん、すべての問題がすぐに解決したわけではない。

 

神を信じてきた人々の心には、長く深い傷が残った。

 

国同士の対立も、亜人への差別も、奴隷制度の問題も、一夜にして消えるものではない。

 

それでも、少なくとも人々は、神の名の下に争う必要はなくなった。

 

世界はようやく、自分たち自身の意志で未来を選ぶことができるようになったのだ。

 

そして、南雲ハジメたちは、その世界を救った者たちとして名を刻まれることになった。

 

本人たちが、それを望んでいたかどうかは別として。

 

「……英雄、ねぇ」

 

会議を終えた帰り道、ハジメは面倒そうに肩をすくめた。

 

「俺はただ、帰りたい場所に帰るために戦っただけなんだが」

 

「それでも、あなたたちが戦わなければ世界は滅んでいましたから」

 

愛子が微笑む。

 

「先生までそういうことを言うのかよ……」

 

「ふふ。たまには素直に褒められなさい」

 

「……勘弁してくれ」

 

その言葉に、仲間たちが笑った。

 

ようやく訪れた平和。

 

そして、彼らにはもう一つ、果たさなければならない約束が残されていた。

 

元の世界へ帰ること。

 

3 帰還の鍵

 

「これで……全部、揃ったんだな」

 

ハジメは工房の机に並べられた品々を見つめていた。

 

千年アイテム。

 

三幻神のカード。

 

そして、シグナーの竜たち。

 

オスカーが残した手掛かりを追い続け、長い旅の果てに集めてきたものが、今、目の前に揃っている。

 

千年眼はハジメの左目を覆う眼帯の下にある。

 

千年パズルはユエの手元へ戻り、千年錠はティオが持っている。シアの千年ターク、香織の千年秤。そして、フリードが持っていた千年輪も、ティオが回収していた。

 

千年杖についても、恵理から取り上げられた後に回収され、すでにハジメたちの管理下に置かれている。

 

そして三幻神――《オシリスの天空竜》《オベリスクの巨神兵》《ラーの翼神竜》。

 

さらに、シグナーの竜たち。

 

《スターダスト・ドラゴン》。

 

《レッド・デーモンズ・ドラゴン》。

 

《ブラック・ローズ・ドラゴン》。

 

《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》。

 

《ブラックフェザー・ドラゴン》。

 

そして、その力を受け継ぐ《ライフ・ストリーム・ドラゴン》。

 

それらは単なるカードではない。

 

異世界へ渡る前からハジメが知っていた世界と、ここで出会った仲間たちの歩みを繋ぐものだった。

 

「……帰れるんですね」

 

香織が、机の上のカードを見つめながら呟いた。

 

「ようやく、元の世界に……」

 

「そうだな」

 

ハジメは頷いた。

 

「オスカーの残した手掛かりは、これで全部繋がった。千年アイテムと三幻神、シグナーの竜。それぞれが鍵になって、世界を越えるための道を開く」

 

「でも、帰ったら帰ったで、いろいろ大変そうだよね」

 

雫が腕を組む。

 

「いきなり異世界から帰ってきたら、説明が大変だと思う」

 

「それ以前に、俺たちがいた時間と元の世界の時間がどうなってるかも分からねぇからな」

 

ハジメは淡々と答えた。

 

「その辺りは、帰ってから考える」

 

「相変わらずですね、ハジメさん」

 

シアが苦笑する。

 

「考えすぎても仕方ねぇだろ。帰れる可能性があるなら、帰る。それだけだ」

 

その言葉に、龍太郎が力強く頷いた。

 

「そうだな! 帰ったら、またみんなで遊ぼうぜ!」

 

「……お前は本当に変わらないな」

 

天之河が呆れたように言った。

 

「いいじゃねぇか。帰れるんだぞ? 元の世界に!」

 

龍太郎の言葉に、鈴も笑みを浮かべる。

 

「そうね。帰ったら、やりたいことがいっぱいあるわ」

 

清水は静かに仲間たちを見渡した。

 

かつて、自分は友達が欲しかった。

 

それだけの願いを、間違った方法で叶えようとしてしまった。

 

だが、今は違う。

 

過ちを犯した自分を、無条件に許してくれたわけではない。それでも、責任を背負って生きていくことを認めてくれる仲間がいる。

 

「……帰ったら、俺も一からやり直すよ」

 

「そうだな。俺たちもだ」

 

天之河が答える。

 

その隣で、恵理は目を伏せた。

 

「……私は、すぐには帰れないかもしれない」

 

「恵理?」

 

鈴が心配そうに声をかける。

 

「私が元の世界に帰っても、犯した罪が消えるわけじゃない。帰った後も、ちゃんと責任を取らなければならないと思う」

 

彼女は静かに顔を上げた。

 

「でも……逃げないと決めたから。どんな結果になっても、向き合うわ」

 

ハジメは彼女を見つめた。

 

「それでいい。帰ることと、責任を取ることは別だ。帰ったからって、全部なかったことになるわけじゃねぇ」

 

「……分かってる」

 

恵理は頷いた。

 

「それでも、帰れるなら帰りたい。私が壊してしまったものと向き合うためにも」

 

「なら、帰ろうぜ」

 

ハジメはそれ以上、何も言わなかった。

 

全員が、それぞれの思いを胸に抱いていた。

 

帰ることを喜ぶ者。

 

帰った後の生活に不安を覚える者。

 

失ったものへの後悔を抱える者。

 

そして、帰った先で何をすべきかを考える者。

 

それでも、誰もが同じ方向を見ていた。

 

長い旅の終わりが、ようやく近づいていた。

 

4 約束の指輪

 

帰還の儀式を行う日。

 

ハジメは、王都から少し離れた丘にいた。

 

かつてこの世界へ来たばかりの頃なら、景色を眺めて感慨に浸るような余裕はなかっただろう。

 

だが、今は違う。

 

空は穏やかに晴れ、風が草原を吹き抜けていく。

 

ここで出会った仲間たち。

 

何度も命を懸けて越えてきた迷宮。

 

守りたいと願った人々。

 

そして、自分が帰る理由となった少女。

 

ハジメは、隣に立つユエを見た。

 

「……ユエ」

 

「……なに?」

 

ユエは首を傾げる。

 

ハジメは、しばらく言葉を探していた。

 

命懸けの戦いなら、いくらでも経験してきた。

 

敵を脅すことも、迷いなく引き金を引くことも、必要ならば自分の命を賭けることもできる。

 

だが、今から口にする言葉は、それらのどれよりも緊張していた。

 

「俺は……元の世界に帰るために、この世界を生き抜いてきた」

 

「……うん」

 

「帰ることが、最初の目的だった。生き残ることだけを考えて、他のことはどうでもいいと思ってた」

 

ハジメは自嘲するように笑った。

 

「でも、お前と出会ってから、変わった。シアと出会って、ティオと出会って、香織や雫たちと再会して……守りたいものが増えた」

 

ユエは黙って聞いていた。

 

「俺はこの世界が好きになったわけじゃねぇ。神も、理不尽も、許せねぇものは山ほどある。けど……ここで出会ったお前たちとの時間まで、間違いだったとは思わない」

 

ハジメはポケットから、小さな箱を取り出した。

 

ユエが目を見開く。

 

「……それは?」

 

「俺なりに考えた。俺は、元の世界に帰った後も、お前と一緒にいたい」

 

箱を開く。

 

中には、飾りすぎない銀色の指輪が一つ収められていた。

 

「ユエ。俺と結婚してくれ」

 

風が止まったように感じられた。

 

ユエは指輪を見つめ、次にハジメの顔を見上げた。

 

いつもは感情を表に出すことの少ない彼女の瞳が、わずかに揺れる。

 

「……ハジメ」

 

「俺は、もうお前を一人にしない。どんな世界に帰ろうと、何が起ころうと、お前と一緒に生きていきたい」

 

ハジメは、まっすぐにユエを見つめた。

 

「俺の隣にいてくれ。これから先も、ずっと」

 

ユエはしばらく黙っていた。

 

そして、ゆっくりと手を差し出す。

 

「……うん」

 

小さな声だった。

 

けれど、確かな答えだった。

 

「……喜んで」

 

ハジメは一瞬、呆けたように目を見開いた。

 

「……いいのか?」

 

「……今さら何を言ってるの?」

 

ユエは、ほんの少し頬を赤くした。

 

「私は、ずっとハジメと一緒にいたい。最初から、そのつもりだった」

 

「……そうか」

 

ハジメは笑った。

 

これまでの旅で見せた、皮肉めいた笑みでも、敵を威圧する笑みでもない。

 

心から安堵した、柔らかな笑顔だった。

 

彼はユエの手を取り、指輪を薬指にはめた。

 

ユエはそれをじっと見つめた後、ハジメの胸へと身を寄せる。

 

「……これで、約束」

 

「約束だ」

 

二人は静かに抱き合った。

 

その光景を、少し離れた場所から見ていた仲間たちは、そろって笑顔になっていた。

 

「きゃああああ! ユエさん、おめでとうございますぅ!」

 

最初に声を上げたのはシアだった。

 

「ちょっ、シア! 声がでかい!」

 

「だって、だってぇ! ハジメさんがユエさんにプロポーズしたんですよ!? こんなの喜ぶに決まってるじゃないですか!」

 

「ふふ……おめでとう、ユエちゃん。ハジメ君」

 

香織が目元を押さえながら祝福する。

 

「おめでとうございます。……ハジメさんが、こんなに素直な言葉を口にするなんて思いませんでした」

 

雫が微笑んだ。

 

「うむ! 実にめでたいことじゃ! ハジメ、妾にもそのような言葉を――」

 

「お前は黙ってろ、ティオ」

 

「な、なぜじゃ!?」

 

「今その話をするな!」

 

ティオが不満そうに頬を膨らませ、シアが笑い転げる。

 

龍太郎は大きく手を叩いた。

 

「よっしゃあ! 帰還前に最高のお祝いだな!」

 

「おめでとう、ハジメ。ユエ」

 

天之河も、今度は素直に祝福した。

 

「……二人とも、幸せになってね」

 

鈴が優しく微笑む。

 

清水も頷いた。

 

「おめでとう。……本当に」

 

恵理は少し離れた場所から、静かに頭を下げた。

 

「……おめでとうございます」

 

彼女の表情には、寂しさもあった。

 

だが、それ以上に、二人の未来を祝福する気持ちがあった。

 

ユエは仲間たちを見渡し、いつもより少しだけ柔らかな笑みを浮かべた。

 

「……みんな、ありがとう」

 

「おう」

 

ハジメはユエの手を握った。

 

「帰ったら、まずは式の準備だな」

 

「……うん。でも、その前に」

 

ユエは彼を見上げる。

 

「……二人で、ゆっくりしたい」

 

「……ああ。そうしよう」

 

それを聞いたシアが、すぐさま声を上げた。

 

「じゃあ、私たちは少し離れたところにいますね!」

 

「お前は何を想像してるんだ!」

 

「えへへ!」

 

再び笑い声が広がる。

 

長い戦いの果てに、彼らはようやく、未来を語れる場所へと辿り着いたのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

帰還の門を開く準備が整った頃、ハジメたちはもう一つの約束を果たすため、エリセンへ向かった。

 

「パパー!」

 

港に着いた瞬間、幼い少女が駆けてきた。

 

「ミュウ!」

 

ハジメは膝をつき、両腕を広げる。

 

ミュウは勢いよく飛び込み、ハジメの胸へ抱きついた。

 

「パパ! おかえりなさい!」

 

「ただいま、ミュウ」

 

ハジメは彼女を抱き上げ、頭を撫でた。

 

「……パパ、もう帰っちゃうの?」

 

ミュウは不安そうに顔を見上げる。

 

「いや。今度は一緒に帰るんだ」

 

「……いっしょ?」

 

「ああ。俺たちが元々いた世界だ。そこへ、ミュウも一緒に連れていく」

 

ミュウの目が、ぱっと輝いた。

 

「ほんとう!?」

 

「本当だ」

 

「やったぁ!」

 

ミュウはハジメの首に腕を回した。

 

その後ろから、レミアがゆっくりと歩いてくる。

 

「ハジメさん……本当に、ミュウを連れていってくださるんですね」

 

「ああ。約束したからな」

 

「……ありがとうございます」

 

レミアは深々と頭を下げた。

 

「私も、一緒に行かせてください。この子の母親として、どんな世界でも、そばにいてあげたいんです」

 

「もちろんだ。最初から、そのつもりだよ」

 

ハジメは頷いた。

 

「ただ、向こうの世界については、俺も分からないことが多い。生活のことも、言葉のことも、いろいろと不便はあると思う」

 

「それでも構いません。ミュウと一緒にいられるなら」

 

レミアは微笑んだ。

 

「それに、ハジメさんたちが帰る場所を、私も見てみたいです」

 

「……そうか」

 

ハジメは短く答えた。

 

その隣で、ユエがミュウの頬をつつく。

 

「……ミュウ。向こうに行っても、パパを独り占めしちゃだめ」

 

「えー? どうして?」

 

「……私の旦那様になるから」

 

ユエが指輪を見せると、ミュウは目を丸くした。

 

「わあ! ユエおねえちゃん、パパのおよめさんになるの!?」

 

「……そう」

 

「おめでとう!」

 

ミュウはユエにも抱きついた。

 

「じゃあ、ミュウもいっしょにおいわいする!」

 

「……うん。ありがとう」

 

ユエはミュウを抱きしめ返した。

 

その様子を見たシアが、感極まったように叫ぶ。

 

「もう、可愛すぎますぅ!」

 

「シアおねえちゃんも、いっしょにいこうね!」

 

「もちろんです! ミュウちゃんと一緒なら、どこへだって行きますよ!」

 

ティオも笑いながら頷いた。

 

「うむ。ミュウよ、妾たちがついておる。心配することはないのじゃ!」

 

「ティオおねえちゃんも、いっしょ!」

 

「当然じゃ!」

 

ハジメはその光景を見て、ふっと笑った。

 

かつて、彼がこの世界で守ろうとしたものは、ただ生き延びるための力と、元の世界へ帰る道だった。

 

今は違う。

 

自分の隣にはユエがいる。

 

シアがいる。ティオがいる。香織や雫がいる。

 

仲間たちがいて、ミュウとレミアもいる。

 

帰る場所があるということ。

 

そして、その場所へ連れて帰りたい人たちがいるということ。

 

それが、今のハジメにとって何より大切なものになっていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

帰還の日。

 

大迷宮の最奥にある祭壇には、千年アイテムと三幻神のカード、そしてシグナーの竜たちが並べられていた。

 

祭壇を囲むように、ハジメたちが立つ。

 

ユエは千年パズルを胸元に下げ、ハジメの隣にいた。

 

シアは千年タークを手にし、ティオは千年錠と千年輪を持つ。香織は千年秤を、ハジメは千年眼を、それぞれの位置へと収めた。

 

千年杖も、必要な位置に置かれている。

 

そして、三幻神のカードが祭壇の中央に並ぶ。

 

《オシリスの天空竜》。

 

《オベリスクの巨神兵》。

 

《ラーの翼神竜》。

 

最後に、シグナーの竜たちが光を放った。

 

《スターダスト・ドラゴン》。

 

《レッド・デーモンズ・ドラゴン》。

 

《ブラック・ローズ・ドラゴン》。

 

《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》。

 

《ブラックフェザー・ドラゴン》。

 

《ライフ・ストリーム・ドラゴン》。

 

それぞれのカードが呼応し、祭壇全体がまばゆい光に包まれた。

 

「……始まるぞ」

 

ハジメが呟く。

 

祭壇の上空に、巨大な円環が現れた。

 

光の中心に、見覚えのある世界の輪郭が浮かび上がる。

 

見慣れた青い空。

 

高層ビルの影。

 

道路を走る車。

 

そして、遠くに見える街並み。

 

間違いない。

 

ハジメたちが元々いた世界だった。

 

「……本当に、帰れるんですね」

 

香織が息を呑む。

 

「そうだな」

 

ハジメは頷いた。

 

「ようやく、ここまで来た」

 

天之河は光の向こうを見つめ、拳を握りしめる。

 

「帰ったら、俺もやり直す。今度こそ、自分の弱さから逃げない」

 

「私も。自分のしたことを、ちゃんと背負っていくわ」

 

恵理が静かに言った。

 

鈴はその隣で、彼女の手を握る。

 

「一緒に頑張ろう」

 

龍太郎は大きく伸びをした。

 

「帰ったら、まずは飯だな! こっちじゃ食えなかったものも、いっぱい食いたいぜ!」

 

「……お前は本当に最後までそれか」

 

雫が呆れる。

 

「いいだろ、別に!」

 

清水は仲間たちのやり取りを見ながら、小さく笑った。

 

かつては、こんなふうに笑い合うことすらできなかった。

 

けれど、今は違う。

 

彼はもう一度、誰かと一緒に歩いていける。

 

ハジメはユエの手を握った。

 

「……行くか」

 

「……うん」

 

ユエは微笑んだ。

 

その指には、ハジメから贈られた指輪が輝いている。

 

シアはミュウの手を握り、ティオはレミアの隣に立った。

 

香織と雫は互いに顔を見合わせ、天之河、龍太郎、鈴、清水、恵理も、それぞれの思いを胸に光の門へ向き直る。

 

「みんな、準備はいいか?」

 

ハジメの問いに、全員が頷いた。

 

「はい!」

 

「うむ!」

 

「もちろんです!」

 

ミュウは両手を高く上げた。

 

「パパ! ミュウ、いくよ!」

 

「ああ。行こう、ミュウ」

 

ハジメは笑い、ユエの手を握り直した。

 

「……今度こそ、帰るぞ」

 

誰もが、光の向こうを見つめた。

 

この世界での旅は終わる。

 

だが、それはすべての終わりではない。

 

ここで出会った仲間たちと、ここで結んだ絆と、これから共に歩んでいく未来は、どこへ行こうとも消えない。

 

ハジメはユエと並び、最初の一歩を踏み出した。

 

シア、ティオ、香織、雫。

 

清水、龍太郎、天之河、鈴、恵理。

 

そして、ミュウとレミア。

 

彼らは一人も欠けることなく、光の門へと進んでいく。

 

背後には、救われた異世界がある。

 

前方には、帰るべき世界がある。

 

そして、その先には――自分たちの手で選び取る未来が待っていた。

 

赤き竜の使徒たちは、最後の一人まで門をくぐった。

 

まばゆい光が、彼らの姿を包み込む。

 

異世界の風が、静かに吹き抜けた。

 

そして、光の門はゆっくりと閉じていった。

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