先輩シリーズ   作:正気 零

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第2話

 

【四】

 

 

 カラカラカラと横開きの扉のレールが鳴る。部室には相変わらず窓辺近くの椅子に先輩が座っていた。僕も放課後部室へ直行しているというのに、この先輩は本当にここに住んでいるんじゃないだろうか。

 ドカリと定位置に腰を落とす。

 

 

「…ん、おお。後輩今日は不機嫌そうだな」

 

「聞いてくれますか先輩!」

 

 

 食いついた僕に、おお、と先輩はどこか引き攣ったような顔をする。確かに食い気味に返事をしたがそれがなんだというんだ。

 というより話させてもらおう。今はムカムカしているんだから。

 

 

「僕がここと美術部兼部していることはすでに知っていると思いますけど」

 

「いや今知った」

 

「芸術が気に食わない」

 

 

 少し荒い声が出てしまったけど、本当の気持ちが声に出た。気に食わない。

 

 

「……メッセージ性が強い言葉だな? どういう意図だ」

 

「現代芸術の多くは意味がわからないものが多いじゃないですか。砂の入ったバケツひっくり返したり、燃やしたり、ただ一本マジックペンで線引くだけとか」

 

 

 想像がつくものがあったのか、先輩も感嘆符を挙げる。嗚呼あれねといった感じに。

 

 

「あんなものに数億が動くことに納得がいきません。そしてその理論が部活に振り翳される現実がムカつきます。誰かの数時間が誰かの一秒に負けるとか許せない」

 

 

 地面を少しにらみ、先輩に目を向けた。ぱちくりと目を瞬かせる先輩。初めて見る顔だ。

 

 

「…お前を知れて嬉しいよ」

 

 

 優しげに手元の本をパタンと閉じて長机に置く。そして芝居めいた動作でホワイトボードからペンを取り窓へ。キュポンと子気味いい音を鳴らして蓋を取り、ペン先を窓ガラスに躍らせた。

 

 

「自論だが、後輩のいう現代芸術とは芸術ではない!」

 

 

 少し険しい顔をしながら、それでもいつも通りに傾聴の姿勢をとる。なんだか落ち着いてきた。それにしても、先輩の言葉は陰謀めいてるな。

 

 

「まず一つ目。その作品群は金持ちの資産運用として利用されている!」

 

 

 ほう。なかなかあり得る話かも知れない。あんなものに大金が動くのだ。こんな背景もあるかも知れない。

 …一つ目? もしかしていくつも話が出てくるのだろうか。

 

 

「資産を芸術品というカテゴリーで所持することで税金などから逃れる資産運用テク。こうなると現代芸術家の多くは金持ちに目をつけられて利用された哀れな幸福者ということだ」

 

 

 言い得て妙だ。芸術を始めたころは何か伝えたい描きたいものがあろうとそれを資産運用というものに塗りつぶされる。たしかに哀れな幸福者と言えるかも知れない。

 

 

「…それだと金持ちが悪いですよね。なんでもっと良いものを資産運用に使わないのか」

 

「そこについてはこれこそが芸術だと理解できているというプライド的なポーズ。もしくは…その芸術家すら金持ちが作り上げたもの、とかな」

 

 

 ニヤリとペンを向ける先輩。いつのまにか先輩の背後の窓にペンで先ほどの理論が整理されていた。

 西日が入り文字を光が透かす様相は、なかなか様になっている。

 

 

「…それで二つ目は?」

 

「ここからは陰謀めいて来るぞ」

 

 

 わくわくと言った様子で先輩は楽しげにペンを振るう。ここまでだって十分陰謀だったと思うけど。

 

 

「二つ目! 金持ちのマネーロンダリングに使われているということ!」

 

 

 言葉の勢いのままにペンが窓ガラスを走る。キュキュッと体育館を靴が滑るような音を鳴らした。

 

 

「出どころがわからない汚い金を芸術を通すことで変換する。現代芸術家は金持ちの洗濯機というわけさ」

 

 

 ぱきゅっとペンの蓋が閉まる。大きな部室の窓には先輩の特徴的な文字が大きく書かれていた。

 僕は先輩の字が嫌いじゃなかった。

 

 

「…あざす、先輩」

 

 

 頬を掻きながら目線も下を向きながらも言葉を届ける。今更ながら今日の自分は部室に来て突然愚痴を爆発した変人だ。変人度合いでは先輩に負けると思うけど。

 けれどきっと、慰めてくれているんだろう。

 

 

「なあに、窓に文字を書く口実になってよかった」

 

 

 不器用(へたくそ)かよ。

なんだかニヨニヨしてしまう口元を押さえながら誤魔化すように文芸部の本棚へ。

 

 

「そう言えば後輩。いままでの陰謀は置いといて、現代芸術の多くで芸術と呼ばれる確かなところは存在する。知っているか?」

 

「いいえ?」

 

 

 気になっていた本に手をかけて引き出しながら続きを尋ねる。先輩はいたずらの様に笑い。

 

 

「後輩が向けた作品への激情すらも芸術の一部なんだと。イラついてしまった、考えてしまった、頭に入り込んだ時点でこれは芸術だ…とね」

 

「んなこと言うハナタレがいるなら僕がそいつをホルマリン漬けにしてやりますよ。芸術ですね」

 

 

 いつになく言葉の荒い僕へ先輩はやれやれと肩をすくめた。

 

 

 

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