先輩シリーズ   作:正気 零

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第3話

 

 

【五】

 

 

 ぺらりぱらり。今日も文芸部には紙を捲る音がよく聞こえる。けれどそれはなぜか今日は自分のものだけ。珍しく、そして不思議なことに先輩は今日、部室に来てから本を一冊も手に取っていないのだ。

 むしろ精神統一するように目を閉じている。眠いのだろうか。

 

 チラリと目を向けると、静かに語りだす。

 

 

「……昨日家に帰るときのことだ」

 

「先輩家あったんですか!?」

 

「後輩」

 

「はい。ごめんなさい」

 

 

 いつになく真面目な声で諌められてしまった。反省。

 

 

「まあとりあえず、道端で猫を発見した。段ボールに拾って下さいなんて馬鹿なこと書かれたボードと一緒にな」

 

 

 なにがとりあえずなのかは放り投げて、先輩もなかなか苦しそうな顔だ。眉がよっている。たしかに、生き物の生に責任を持たないなどクソやろうもいたものだ。

 

 

「ところで後輩。猫とはなかなか生物群の中で特異な存在なんだ。知ってるか?」

 

 

 いつもの様に得意げな先輩。パタンと本を閉じて向き、姿勢を正した。よろしいと先輩は嗜めて続ける。

 

 

「人類はなんでも食べる。動物に始まり植物、ひいては同族までも食べることがある。なんでも食べる、日本人はその性質が大きく出ている民族と言ってもいいだろう」

 

 

 ほうほう。ここからどう猫の話に繋がるのだろう。

 

 

「しかし世界的に見ても猫を食べる文化とは少ない。食すことが文化として存在するのはベトナム、しかしここでは薬効など効果を期待して食べるものだ。食用として発展した文化とは言えない」

 

 

 たしかに、美味さを求めて品種改良を日夜行う人類が美味さを求めないとは、猫を食用文化として発展していないらしい。

 というかピンポイントに詳しい知識が出てきたな。ベトナムではそうなのか。

 

 

「ここで繁栄を定義しておこう。繁栄とはその種の母数が安全に増えることとする」

 

 

 但し書きの様に注意とマークをつけてホワイトボードに書く。口早に勢い任せで書かれた字はなかなか乱雑だ。

 

 

「そうすると猫は早い時代から繁栄を手にしている! エジプトでは像となり神と信仰され、世界的にもどこへ行こうと猫は大切なものとして扱う文化がある。猫は愛らしい、可愛いなど、その愛玩的能力を持ち人間という最も繁栄を手にした知的生命体の懐へ入り込んだわけだ」

 

 

 猫の動画などは飛ばさずに見てしまうので、これは正しいのかもしれない。冗長にかたり、先輩はすこし肩を揺らしている。

 

 

「愛らしさという武器を持ち人間へ取り入った。それが猫という生命の特異な部分だ。確かにペットの種類は増えたがそれは実用的な能力を求めたが現代になり愛玩的要素を見出したからにすぎない。最初からもてなされてきた猫という生命に愛らしさでは敵わない、これが猫という存在の特異的繁栄だ!」

 

「…確かにそうかもですけど……」

 

 

 今日の先輩の話は理屈が弱い気がする。

 

 

「そして後輩。告白することがある」

 

 

 茶々を入れる間もなく先輩は学校指定のエナメルバックを机に乗せてジッパーを開く。

 

 

「なっぁ!?」

 

「すまない、すまない後輩…!」

 

 

 ジッパーの開いたバックの内側、白猫がぴょこりと顔を出した。かわいい。じゃねえ、何してんだこの先輩は。目線で訴えると苦々しい顔をして下を向いていた。

 渋ガオしてれば良いんじゃねえぞ先輩!

 

 

「なに苦しげな顔してんすか先輩! ここ学校! 文芸部の部室! なに拾ってきてんですか!!!」

 

「し、仕方がないだろう。それに猫だぞ。自由奔放を生き様とする猫、その猫が段ボールから動かなかったんだ、気にもなるだろう!」

 

 

 拾うことは否定してないんだよこのやろう!

 

 

「言いたいのはなんで連れてきちゃったんですかここに!?」

 

「家に持ち帰りどうしろと…!」

 

 

 飼えばいいでしょうが!! なんでこの人猫拾ってるんだ、しかも学校に。こんなに常識のない人だったかこの人…!?

 

 騒がしい部室の壁がドンドンと揺れる。

 

 

「すんません!」

 

 

 二人そろって頭を下げた。しょっちゅう壁ドンを受ける文芸部としては慣れたものである。なんで文芸部のくせにうるさいんだ。

 

 

「…とりあえず先輩、猫はダメです。部室使えなくなりますよ。アホですか」

 

「シッ、お口チャックだ後輩」

 

 

 真面目な様子で目を絞り、そう言う先輩。目線の先には件の白猫が。よくみると足先が黒色だ。

 長机の上にある消しゴムを前足でてしてしと弾いて遊んでいた。

 

 かっわいい〜!!

 

 

「今日からこいつの名前はくつしただ」

 

「何勝手に決めてんすか。名前はちゃんと考えて決めましょう」

 

 

 たしかに四つの足先全てが黒いけども。腕を組みうんうんと満足そうな先輩。たしかに白猫の足先は靴下を履いている様に見える。だからくつした。なるほど。先輩のネーミングも捨てたものではないらしい。

 

 先輩が空気を裂くように叫ぶ。

 

 

「後輩ッ!! こっちに来るぞくつしたが!!!」

 

 

 こんな緊張した声出せるのかこの人。

 長机から消しゴムに飽きたのかこちらへ向かってくる猫。足が出されるたびにクロスして尻尾がゆらゆら揺れている。

 目元はぱちりとして、口元がきゅっとしていて愛らしい。

 

 

 そのまま跳んで足元へやってきた。飛び立った両脚が揃っててそれも可愛らしい。せっかくなのでしゃがんで手をのせる。

 

 

「……ぅぉ、めっちゃさらさら……」

 

「当然だ後輩。昨日湯船に入れてきたからな」

 

 

 いつの間にか隣にきたのは無視する。くつしたの背中、やわらかに曲線を描くそれを頭から尻尾へなぞると気持ちよさそうに背を伸ばす。耳元がふわりと立ち上がった毛を指先の背で受けると、想像以上の触感に襲われる。触感と視覚が同時に極楽だ。

 

 

「おい戻れ後輩。くつした独占法違反で極刑にするぞ」

 

「先輩昨日楽しんだでしょ」

 

「ぐっ……それで、くつしたをここに置いていいか…?」

 

 

 揺れていた手が止まる。何を言っているんだこの先輩は。部室で飼えるはずもなく、しかし断ったらこの猫は段ボールに返ってしまうのだろうか。

 

 捨てちゃダメだ。だからここに置いていいか。そう言う質問については——。

 

 

「それはダメでしょ」

 

「なぜだ後輩! 今完全に取り入れられていただろう!?」

 

「理論捲れるほど頭死んでません。なによりバレたときが怖いです」

 

 

 ああ、いつのまにか猫が膝下から離れてしまった。

 

 

「ぅぐ、しかし後輩くつしたはここにいたいと言っている」

 

「なあ〜にが言っているですか、聞いてきて下さいよ」

 

 

 件の猫へ目を向けると机の上、的確に僕の荷物を小さな手でてしてしと弾いて床へ落としまくっていた。

 ぜんぜんニコニコできてしまう。なんという魔性な猫だ。

 

 

「……おい後輩」

 

「なんですか置いときませんからね」

 

「…ああ、だが安全のため本棚の上は片した方がいいな。崩れやすい平積みの本もやめておこう」

 

「そうですね」

 

 

 てきぱきと言われた懸念点を改善していく。増えすぎた私物はいくつか持って帰ろう。

なんだか生ぬるい目線が向けられている。なんだこのやろう。

 

 

「そうだ。くつしたの寝る場所は…」

 

「タオルケットあるでしょ、今はそれで凌ぎましょう」

 

 

 なぜか先輩はにやにやと笑うばかり。

 

 

「今は…ね。後輩君は存外ちょろいなあ〜」

 

「なんすか。なんなんすか」

 

 

 先輩は変人だ。

 

 

 

 

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