【六】
先輩の拾い猫、くつしたが部室に訪れてからはやくも一週間ほど。くつしたはこの部室をねぐらとして自由奔放に生活している。部室棟は校内の端の方と言っても、ねぐらにする事もあり校内を猫が練り歩いている場面が生徒に多く目撃されている。
教室で聞いたときは吹き出すかと思った。
もし猫の出入りの多い場所、そして住処を提供しているのが文芸部とばれてしまうと教師陣に何されるか分かったものじゃない。居心地のいい部室を差し押さえられたのなら先輩をグーで押し倒す必要が出てきてしまう。悪くないが。
そう言うわけで、不安に急かされて足早に部室へ向かう。カラカラと扉を開けると、ナーと可愛らしく猫が鳴いた。おかえりと言うように。
部室に入り扉をぴしゃりと閉めるとパイプ椅子の上で丸まっていたくつしたが飛び降りて近くにやってくる。ぴんと立ち上がったしっぽが揺れて、歩くたび身体が波打つ様子は目に毒に思えた。
しゃがんで、近くに寄ったくつしたの顎下を撫で搔く。ちいさく喉をごろごろと鳴らして目を細めた。みみが平らになり、上目遣いになるそれ。
居心地のいい部室の命運などどうだってよくなってしまう。
やっぱり先輩の言っていた通り、猫というのは——。
「見事に籠絡されているな後輩」
「……いたんですか」
いつから見ていた。
驚愕だ。目を剥いた。先輩はいつも通り、窓辺のパイプ椅子に座っている。
手元のペンペン草を揺らしているが、どうやらくつしたには相手にされなかったらしい。
「猫は案外にも賢い。この部室に住むにあたり最も障壁となる相手を理解しているのだろうな」
「何が言いてぇんすか」
見られていたことが少し恥ずかしく、ぶっきらぼうに返事を返す。
顎に当てている手の中で猫が身を捩り頬を擦り付けてくる。クソかわ。
「人類史とは可愛いものに負け続けた歴史だ」
「突然雑になりましたね」
「熊の子供も犬も猫もパンダもそうだ。可愛いは理性を突破する」
「パンダはともかく今は猫の話でしょう」
「つまりお前は負けた」
「うるせえ」
一週間前反対していた手前、見られていたのが尾を引いて恥ずかしい。……いや、猫を置いておくことには依然反対だけれど。
「というか先輩聞きました? 猫ちゃん噂になっちゃってます。厄介ですよこれは」
「確かに部室を没収となると辛いところだが、後輩これを見ろ」
先輩は学ランの内側からまだ光沢の残る生徒手帳を取り出した。近年の時代に反逆する様に、未だ我が校の生徒手帳はアナログである。僕はそこまでデジタルに慣れていないので、ありがたい限りだけど。
先輩の手帳は僕のより綺麗だ。ものの管理が良いんだろうな。
「部室で猫を飼ってはいけません。なんて校則は存在しない。それに生物部も魚を飼っているし同じ様なものだろう」
「デカさと種類と維持費が違うでしょうが。あと生物部のはメダカと亀、あとは鯉でしたっけ。全部学校が買い与えてるものですよ。拾い物じゃありませんし。
あ、あと池の鯉を猫が食べようとしてたとか目撃者がいたそうなんですが!」
先輩は嬉しそうに猫に寄り、大物を狙っているな。将来はでかくなるぞなどとバカなことを言って猫を撫でている。
どうしよう。
ほんの少し、少しだけ。その将来に僕も期待してしまった。