今日は湿った風が僕を催促するかの如く背中を押す。揺るぎない山々が遠くで見守る一方で、屋上にいる僕の足元はコンクリートが無残にひび割れ、まるで少し先の僕の姿を予言しているようだ。コツコツという階段を昇る音が無情にも告白へのカウントダウンを告げる。
風にたなびく紺色のスカートが、僕を焦らすように視界の端で揺れ動く。その不規則なリズムに同期して、心臓がうるさく跳ねた。
状況は、まるでウィーン会議*1だ。一向に進まない時間に焦れったさを覚えながらも、決定的な一言が放たれるまでのこの猶予に、僕は深く感謝している。もういっそこのまま熱が冷めぬ内に死んでも構わない。
ナポレオンが地図を塗り替えるが如く、彼女の一歩が停滞した時間を終わらせた。彼女が纏う空気は瞬時に場を支配し、それまで僕を急かしていた風も、どこか遠い島*2へ追放されたかのようにピタリと止む。心細いものだ。
完全なる静寂。時が止まったと言われても不思議ではない。その中心に立つ彼女の瞳だけが、逃げ場のない真実を僕に突きつけていた。
「どうしたの」
彼女は
「付き合って下さい!」
という簡素過ぎる、勢い任せの、言葉しか発せなかった。
「ごめんなさい。好きな人がいるの。」
簡単かつ曲がることのない事実を突き付けられる。未練たらったらの僕は、
「どんな人?」
と
「私に日本語の教鞭を振るった人よ」
定型文の如く放たれる。というより定型文なのだろう。
閑話休題、現状には内耳神経は歓喜したが視神経は絶望した。彼女に日本語を教えたのは僕だが、彼女は訂正する暇もなく去ってしまったし、気付く様子も無い。
その蜘蛛の糸*4を登る気力など今の僕には残っていない。残った乾いた風は僕に諦めを促す様で、僕は予想通り老朽化の激しい屋上の一部となった。今日は晴れだがケの日だ。明日からは長い長い暗雲が立ち込める。
放課後、いつも通り図書館へ行く。本は良いものだ。現実逃避にぴったり。
「よう、支倉。なんかあったか?」
「ああ、委員長。振られただけさ。それよりも図書館は静かにじゃねーのか?」
「いんだよ、だれもこねーだろ。こんな場所。あと今更だ」
図書委員長らしからぬ発言だ。二年の先輩だがフランクだし、触れ合いやすい人だ。何よりこう見えて文学好きで話が合うし、いつも見合ってるしな。
「それよりお前、誰に告ったんだ?」
「メアリーだよ」
「先輩も合わせると振った人数が三桁になるっていうあの?」
「そ。まあ振られるのは知ってたんだがなー」
「まあ簡単に切り替えられんよな。っつても落ち込み過ぎじゃないか?」
「まあな。メアリーとは一応関係があるはずなんだがな」
「図書館に来てるってことか?」
「まあそれもあるが」
因みにこのあと彼女は図書館に来なかったので僕のせいで来なくなったのか、と深いダメージを受けた。ただそれは誤解で、メアリーが図書館に行っているという噂が立って、行きづらくなっただけだった。早く言えそういうのは。ツライ。
評価が良ければ続きます。