賢士物語 ー雑学少年と氷の女神ー   作:小田枕流

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失敗は成功のもとだ。

 小笠原気団の活きが良く、長い雨季(梅雨)がとどめを刺された日、僕は再び立ち上がる。熱い応援をする太陽は逆効果を知らず、登校を(いたずら)に阻害する。前途多難である。

 

 そんな僕にも前髪しか無い神(幸運の女神)が蜘蛛を遣った様で、手繰り寄せやすい場所に蜘蛛の糸が現れた。そう、道の先には彼女がいるのだ。問題があるのならば、彼女とその周りはまるで絶対零度。アスファルトを溶かす勢いの太陽すら近づくのは憚っている。

 

 乃公(俺様)剽悍(勇敢)薩摩隼人(武士)だぞ。絶対零度の低温も内なる大和魂(気合)で融解すれば問題など無い。と思ったが、近づく程に背筋が凍る。ここがきっての天王山*1だ。恐れるな、敵は所詮美女だ。美し過ぎるがな。

 

「あの」

 

声を掛けると彼女は振り向く。その様は菱川師宣*2がこの様を描くためだけに意地でもあの世から復活するだろう。制服も彼女に振られるこの一瞬の為だけに作られたといっても過言ではない。そう現実逃避していると彼女の機嫌が著しく下がる。

 

 

 

「貴方に日本語を教えたのは僕です」

 

 この人(支倉寒月)はこんな嘘をついてでも私の気を引くのか。声も震えている。タダでさえ最近は気温も上がり、気が立っているのに私の好きな人を陥れるのは嫌われに来ているとしか思えない。あと第一に、

 

「証拠は」

 

 論より証拠だ。私を納得させたいのならそれ相応の証拠は必須だろう。まさか証拠も無しに思いつくまま言ってきたのだろうか?時間を置かずに口を開く。その計画どうり、とでも言いたげな顔をやめて欲しい。

 

「そんなに連れないことを言わないでよ、ローゼル」

 

 

 

 ローゼルはその瞬間にフリーズした。かと思ったら力の入れ方を忘れたかのように(寒月)に縋りつく。能面の様に恐ろしく美しいペルソナ(表の人格)は解氷し、赤子でも愛でるほど可愛らしい素顔が現れる。瞳は虹彩を閉じるのを忘れたかと思ったが、一気に閉じて紅涙を流す。なんと官能的だろう。

 

「あい、た、かった、あい、たかった、よう」

 

胸の中で泣きじゃくるローゼルを抱きしめる。芯の強い性格が嘘かのよう。新雪の様な輝きとやわらかさを持つ肌。芬々と揺蕩うのは、蓬莱の玉の枝に花がついたらこんな香りだと思わせる芳香。初めて経験する異性との激しいスキンシップはとても甘美だ。ヤバい理性が崩壊する。

 

 君がため(貴女の為なら)惜しかりざりし(惜しくは無いと思っていた)命さえ(この命も、)(貴女と再会した今は、)

長くもかなと(いつまでもこの命が続いて欲しいと)思いけるかな(思うものです。)

 

 何分経っただろうか。それとも数秒だったのか。時間の感覚を壊されたのは確かだ。そんな僕は今は平日の朝っぱらだったことを苦労の末に思い出し、ローゼルにその事実を奏上(報告)する。

 

「学校なんてふけましょう。学校よりも大切なものはごまんとあるわ」

 

「正論ではあるけど絶対今使うべき言葉じゃないよね、それ」

 

「良いから。私も貴方も普段の素行はいいでしょう。一回位なんてことないわ」

 

「でも皆勤賞取りたいし...」

 

「皆勤賞と私どっちが大事なの!」

 

「仕方あるまい、サボるか」

 

「嘘よ。行きましょう、寒月。」

 

 今は天下人(小笠原気団)とローゼルの中和反応で母の様な暖かさがする。今日は快晴でハレの日だ。

*1
関ヶ原と同じく、重要な場面、という意味。

*2
見返り美人図でお馴染みの人。

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