元軍人さん、ダンジョン探索者になる。   作:第616特別情報大隊

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新作です。よろしくお願いいたします。


お金のためにダンジョンへ

……………………

 

 ──お金のためにダンジョンへ

 

 

 お金が欲しい。真剣にお金が欲しい。

 

 今後の人生が不安にならないだけのお金が欲しい。

 できればただ生きるためだけではなく、年に1回ぐらいはぱーっと海外旅行に行ったりして自由に遊べるくらいのお金が欲しい。

 ああ。お金が欲しい。いくらでも欲しい。

 だからと言って普通に働くことはできなかった。

 

 戦場帰りは嫌われている。

 国のため、国民のためにと知らない土地で戦ってきたが、国に帰れば厄介者だ。

 人殺しの技術しか知らず、平和な社会にも馴染めない俺たちは常に疎まれていた。

 履歴書を送ってもコンビニバイトも清掃バイトもやらせてもらえない。

 

 だけど、お金は欲しい。本当にお金が欲しい。

 

 それが理由で俺──佐世保(させぼ)朔太郎(さくたろう)はダンジョンに潜っている。

 

 ダンジョンは性に合っている。

 ここは戦場と同じだ。敵を殺しても殺人だとか過剰防衛だとか言われない。

 というか、法律がないので戦場より酷い。

 戦場にだって国際法や軍法があったが、ここにはそういうものは何もないのだ。

 

 だから、酷いときは本当に酷い。

 

 今日だって──。

 

 

 * * * *

 

 

 俺の握るナイフが顔に入れ墨の入った男の喉笛を背後から静かに裂いた。

 頸動脈から真っ赤な鮮血が噴き出し、男がげぼげぼと声にならない悲鳴を上げて死に至る。

 それから俺は男の死体を引きずり、放り捨てる。

 

「大丈夫か?」

 

 先ほどまで男に馬乗りになられ、暴行を受けていた少女に俺はそう声をかける。

 

 少女の年齢は16、17歳くらいだろう。

 黒髪を伸ばしたモデルでも勤まりそうな整った顔立ちの少女だった。

 もっとも今は男が頸動脈から噴き出した真っ赤な血で頭は血塗れだが。

 彼女もダンジョン探索者の多くがそうであるように厚手の迷彩服を纏い、部分的に身体を守るプロテクターを身に着けている。

 その迷彩服の上着は男にナイフで裂かれており、白い肌が露出していた。

 

「だだ、だ、大丈夫です!」

 

 俺の呼びかけに少女はこくこくと必死に頷いて答える。

 

 全く。いい大人がこんな少女を襲うなどとは。本当にダンジョンは酷い。

 俺は入れ墨の男にそんな嫌悪感を覚えながらも、周囲にこいつの仲間がいないか気配を探る。

 周囲には他に人間がいるような気配はなく、男ひとりの犯行だったようだ。

 

「あ、あの……」

 

 その少女が遠慮がちに俺に声をかけてくる。

 

「た、探索者の方ですよね……?」

 

「そうだが?」

 

 ダンジョンに住まうクリーチャーにでも見えたのだろうか。失礼な話だ。

 

「な、何かお礼をさせてもらえませんか? 助けていただいたので、その……」

 

「別にいいよ。気にするな。今回は銃弾を使ったわけでもないし」

 

 ダンジョン探索者にとって無視できない出費は弾薬関係の出費だ。

 威力があって信頼の高い弾薬ほど高く、そんなものをフルオートで気軽に連射していたら大赤字だ。

 

「それよりここから急いで離れた方がいいぞ。こいつの血の臭いでクリーチャーが集まってくる。装備は?」

 

「あ、あります!」

 

 そう言って少女は口径9ミリのドイツ製拳銃をホルスターから取り出した。

 ジェームズ・ボンドも映画で使っていた代物だが、ちょっと古い。

 

「それでここまで来たのか?」

 

「は、はい。問題でしょうか……?」

 

「ここより深く潜るつもりなら、装備は新調した方がいい。それでは凌げなくなる」

 

 俺たちが今いるのは1階層。

 出没するクリーチャーはそこまで脅威のあるものではない。

 9ミリの拳銃弾でも頑張ればなんとかなる。

 

 しかし、2階層以降になると拳銃だけでは対処できない場面も生まれてくる。

 これまでは単独で行動していたクリーチャーが群れたり、興奮したクマのように数発銃弾を受けても向かってくるクリーチャーが現れたりと。

 

 それに何より厄介なのは人間だ。

 最近多い防弾装備を装備した犯罪者まがいの連中には9ミリは通じない。

 

「ええっ!? で、でも、銃火器店のおじさんが『これはジェームズ・ボンドも使っていた拳銃だから100階層だって行ける』って……」

 

「騙されたみたいだな」

 

 ダンジョンの周りにもろくな人間がいない。

 子供相手にこんな詐欺を働く人間がいるとは。武器は命を預けるものだってのに。

 まあ、流石に騙される方も騙される方というような詐欺ではあるものの。

 

「え、えーっと。これから地上に向かわれる感じですか?」

 

「ああ。今日は引き上げるところだ。心配なら送って行こうか?」

 

「ぜ、ぜひ!」

 

 俺の言葉を聞いてちょっとばかり不安になったのだろう。

 彼女も今日はここで引き上げることにしたようだ。

 それがいい。装備の不安があるのに下手に潜るものじゃない。

 

「じゃあ、こっちだ。俺が先導するから付いてきて」

 

「はい!」

 

 少女はそう言って僅かに死んだ入れ墨の男の方を見ると俺のあとに続いた。

 

「あの男は知り合いか?」

 

「いえ……。あそこでいきなり襲われて……」

 

「そうか。パーティの仲間とかじゃなくてよかった」

 

 仲間の痴話喧嘩だったのに俺が勘違いして殺傷沙汰になったのなら後味が悪い。

 

「パーティを組んだ方がいいぞ。性差別をする気はないが、女性なら特に」

 

 女性の探索者というのもいるにはいる。

 彼女たちは女性同士で集まってパーティを組んでいるのが常だ。

 ひとりだと今回のような事件が起きかねない。

 

「そうします……」

 

 しょんぼりとした少女。

 

「しかし、なんでまたダンジョンなんかに?」

 

 俺は疑問に思ってそう尋ねた。

 ダンジョンなんて俺みたいな戦場帰りや食い詰めた犯罪者、あるいは企業が雇った民間軍事会社(PMSC)のコントラクターが集まるものだ。

 若くて将来のある人間が来るような場所じゃない。

 

「……お金がいるんです」

 

 俺の問いに少女はシンプルにそう答えた。

 

「そうか。俺もだ」

 

 お金は誰だって欲しいよな。俺も欲しい。滅茶苦茶欲しい。

 

「えっと。お金がいる理由とかは聞かない感じです……?」

 

「ああ。俺も言わないから」

 

「そ、そうですか」

 

 俺はそう言いながら着実に1階層を抜ける出口を目指す。

 そこで俺の耳が音を捉え、少女に手で止まれと合図する。

 

「敵だ。ゴブリンが3体」

 

「え? 本当ですか……?」

 

 俺が言うのに少女がそう尋ねてくる。

 彼女にはまだ聞こえていないようだ。連中の呼吸や足音が。

 

「俺が片付けてくるから待ってろ。その銃は使うなよ。いいな?」

 

「は、はい」

 

 下手にダンジョン内で大きな銃声を響かせれば、他のクリーチャーが押し寄せてくる可能性もある。

 俺はさっさと引き上げたかったし、少女の方もこれ以上のトラブルはごめんだろう。

 

 それから俺は刃の大きな軍用ナイフを構えて、静かに前方に進出する。

 

 いた。やはりゴブリンが3体。

 武器はこん棒を握っているだけだが、これがなかなかに厄介なのだ。

 体格が子供のように小さいので見落としやすく、一度見落として背後に回られると後頭部を殴られて殺されてしまう。

 そう、小柄でも人間を殺せるだけの膂力はあるのだ。

 

 しかしながら、正面切って相手にする分には臆病であり弱い。

 銃を使うまでもない相手だ。

 

 やつらよりも静かに背後に回り込み、さっと喉を裂く。

 人間と同じ赤色の鮮血が吹き上げ、混乱するゴブリンたち。

 地面を蹴って敵に肉薄し、一気にナイフを胸に突き立てまた1体を撃破。

 最後にゴブリンは混乱から立ち直り、こちらに突進してきたが、それまでだ。

 俺が左足を軸に回し蹴りを放つとゴブリンの頭が飴細工のように砕けた。

 そのままゴブリンの死体は壁に向けて飛んでいき、ぐちゃりと音を立てて壁から血肉が滴る。

 

「こんなものだな」

 

「わ、わあ……」

 

 俺の戦闘を陰から見ていた少女が怯えたような視線を俺の方に向けていた。

 

「もう大丈夫だぞ。行こう」

 

「あ、あの、もしかして身体を機械化してますか?」

 

 俺がそう声をかけるのに彼女はそう尋ねてくる。

 

「……ああ」

 

「どれくらい……?」

 

「最後の診断したときは機械化率は87%だった」

 

「87%……もしかして……」

 

 この時代において人体を機械化するのは珍しいことではないが、87%はその中でも極めて高い割合だ。

 正直言って普通ではありえないイカレた数字だ。

 そのことは俺自身、ちゃんと理解している。

 

「……そうだ。俺は戦争帰りだ。日本情報軍の生体機械化兵部隊──平均機械化率80%の特殊部隊。そこに所属していた」

 

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