元軍人さん、ダンジョン探索者になる。 作:第616特別情報大隊
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──10階層
俺とサタナエル10階層にやってきた。
「……何もいないな……」
俺とサタナエルが激闘を繰り広げた10階層はがらんとしていた。
ここにいる可能性があったエリアボスはいない。
「ここは旦那様との思い出の場所ですね」
「一応はそうなるか……」
もっともあるのはロマンチックなバラ色の思い出ではなく、血まみれでグロテスクな思い出があるだけだが。
「さて、10階層のエリアボスがさっきのミノタウロスだったとすると……。藤田が言ったように何者かがミノタウロスをダンジョンの外に連れ出そうとしたのか……」
俺はダンジョン内を詳しく調べて、何かしらの痕跡がないかを探す。
「こいつは弾痕だな。口径7.62ミリというところか」
口径7.62ミリNATO弾はダンジョンで割とポピュラーな銃弾だ。
クリーチャーに対してかなりの殺傷効果が期待できる銃弾だからという理由である。
現代の軍用弾である5.56ミリNATO弾では人間に対しては有効であってもクリーチャーに対しては威力が不足することがあった。
「焦げ跡と焼死体は消えているのにこれが残っているということは、俺たちの戦いのあとでここで再び戦闘があったということだ」
ダンジョンはクリーチャーを再生させるだけではなく、ダンジョンの構造そのものも再生する。
だから、メガコーポが最下層まで直通できるエレベーターを作ろうとして失敗したし、いくらクリーチャーが暴れても地図はそこまで狂わない。
「ボクの出現は特にダンジョンという構造を歪めてはいませんよ。ここはボクひとりが現れたぐらいで狂うほど、軟弱ではありませんから」
「ドラゴンが現れたぐらい、か」
10階層にドラゴンが出没するというのは、富士山が噴火するぐらいの異常事態だ。
しかし、サタナエルは
これから何が起きたらダンジョンは本当に異常事態になるのだろうか。
そう思うと僅かにぞっとするものがあった。
「では、今日はここで引き上げだな」
「これ以上は潜られないのですか?」
「ああ。今日はここまでの準備しかしていない」
ダンジョンに深く潜るにはいろいろと準備がいる。
食料、水、医薬品、それから武器弾薬。
それらを欠いたまま潜れば致命的な事態を招きかねない。
「何か異常が起きていれば関係する人間に報告する必要もあったが、それがないならば問題はない。これで今日の仕事は終わりだ。引き上げて、準備をする。次は20階層を目途に潜ろう」
「はい、旦那様」
俺たちは10階層から引き上げることにして、階段を上っていく。
10階層から9階層、8階層と引き上げていたとき、俺は不意に奇妙な音を聞いた。
「止まれ」
俺はサタナエルに合図しショットガンを構える。
聞こえてきたのは人食いネズミの足音らしきもの。
それそのものは珍しいものではない。この階層ではよく遭遇する。
しかし──それが10体以上となると話は別だ。
「来るぞ」
ダンジョンの廊下の奥の方から大量の人食いネズミの群れが押し寄せてきた。
人食いネズミそのものは冷静に対処すれば、そこまでの脅威にならない臆病なクリーチャーだが、今の人食いネズミたちは興奮している。
そうなったクリーチャーは種類にかかわらず狂暴だ。
「クソ。どういうことだ……!」
俺はショットガンの射程に入り次第、人食いネズミを銃撃。
散弾が先頭の人食いネズミをミンチに変えるが、その後ろからすぐに次の人食いネズミが押し寄せてくる。
俺の使っている12ゲージのショットガンはポンプアクション式の年季の入ったアメリカ製のもので、その軍・警察向けのカスタムモデルのものだ。
俺の技量なら一応は1、2秒で1発撃てるが、それだとチューブマガジンに9発しか装填できないこの銃では約9秒で弾切れだ。
それから新しい銃弾装填するにはより時間がかかる。
今回押し寄せている人食いネズミは30体ほどおり、9発9秒でしのげる規模ではなさそうだった。
つまりは不味い状況だ。
「全く、妙なことばかり起きやがる……!」
俺は9発目を発射したショットガンをスリングで下げ、腰のホルスターから超高周波振動ナイフを抜いた。
人食いネズミが飛び掛かってくるのを俺はナイフで捌く。
チューチューと鳴き声をあげながら人食いネズミは次々に俺に襲い掛かり、そのたびに俺はナイフを振るってそいつらを撃破していく。
人食いネズミはその唾液に危険な病原菌や微量の毒を有しているため、噛まれるとのちのち厄介なことになる。慎重に捌いていかなければ。
「旦那様」
人食いネズミが残り数体になったとき、サタナエルが不意に俺に声をかけた。
「どうした!?」
「どうやら狙われているようです」
サタナエルはそう言って背後を指さす。
背後にある廊下の角に迷彩服姿でアサルトライフルを構えている人間の姿が見え、俺は目を見開いた。
「罠かっ!」
俺はすぐさま飛び掛かってきた人食いネズミに向けて回し蹴りを放ち、ぐるりと身体を回転させると同時に、ぐっと身を低くする。
すぐにけたたましい銃声が響き、俺の頭を銃弾が掠めていった。
「ふざけやがって……!」
俺がナイフを手に突撃する前に、その男が燃え上がった。
恐ろしくなるような悲鳴を上げて男はのたうちながら燃え続け、やがて筋肉のタンパク質が熱で変質して歪むばきばきという音だけが響いた。
「サタナエル。助かった」
「いいえ。もっと早く燃やしてしまうべきでしたね。旦那様を狙うなんて愚かです。許すことなどできません」
残り2、3体だった人食いネズミは仲間の死と銃声に驚いたのか逃げ散っている。
「さて、どこのどいつだ。このクソ野郎は」
俺は燃え上がった男の死体を検分する。
そこで気づいたのは男が持っているアサルトライフルだ。
それは5階層で九条たちを襲った男たちが持っていたものと同じ、ドイツ製のアサルトライフルだった。
それは口径7.62ミリNATO弾を使用するアサルトライフルだ。
「10階層に残っていた弾痕も口径7.62ミリだったが、関係あるのか……?」
男の死体を俺はもう少し調べたが、こいつの身分を確認できそうなものは全て焼けてしまっていた。
「5階層でミノタウロスに襲われているところを人間に襲われ、今度は8階層で人食いネズミの大群に襲われているところを背後からやはり人間に襲われた。これが偶然とは思えないが……はてさて……」
俺はまたダンジョンに潜る前に情報を集めておかなければと思った。
「ダンジョンの悪意と人の悪意」
そこでサタナエルが焼死体を無表情で眺めて囁くような声で言う。
赤い瞳は確かに焼死体を捉えていたが、それに対する嫌悪も何もない表情で言う。
「どちらが罪深いのでしょうね、旦那様?」
「さあな。だが、俺の邪魔をするならば両方ぶちのめすだけだ」
俺はサタナエルの問いに肩を竦めてそう答えた。
「流石です。ボクの旦那様はそうではなくては」
俺の言葉にサタナエルはまたにこにこと微笑んだのだった。
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