元軍人さん、ダンジョン探索者になる。   作:第616特別情報大隊

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捜索救難

……………………

 

 ──捜索救難

 

 

 また朝がやってくる。

 

 今日はシナモンの匂いが俺の鼻をくすぐった。

 

「ん……」

 

 俺がソファーから起きるとサタナエルが昨日と同じようにキッチンに立っていた。

 彼女は今日はフレンチトーストを作っているらしい。

 甘い香りが食欲をそそらせてくる。

 

「おはよう、サタナエル」

 

「おはようございます、旦那様」

 

 俺が声をかけるのにサタナエルが微笑んで振り返る。

 

「今日も朝食を作ってるれるんだな」

 

「ええ。これからは毎日作らせていただきますよ」

 

「そいつは嬉しい話だ」

 

 サタナエルはにこにこと微笑んで俺にそう言い、予想通りフレンチトーストを皿に乗せて俺の前に出してくれた。

 フレンチトーストにはメープルシロップが甘くとろり。

 俺は一緒に出されたフォークとナイフで切り取り、口に運ぶ。

 甘くとろけるような触感。これだけ美味いと思えるを食ったのは久しぶりだ。

 

「美味いな……」

 

 俺は思わずそう呟く。

 同時に思った以上に自分がこうい甘みに飢えていたことに驚いた。

 いつも雑にプロテインバーを齧り、サプリを飲み下す生活だったからな……。

 

「ふふ。旦那様が嬉しそうで何よりです」

 

 サタナエルはフレンチトーストを頬張る俺を見てそう微笑んでいた。

 

「あーっ! 何か甘い匂いがするぞ!」

 

 ここでマルキダエルが起きてくる。

 

「俺にもこれくれ、これ!」

 

「はいはい。準備してありますよ」

 

 こういう騒々しい朝がこれから毎日訪れるのだろうか。

 

 そこで俺のARデバイスにメッセージの着信音が響いた。

 

「……ジョン・ドウ?」

 

 それは以前俺が連絡したことのある大井の人間からの着信だった。

 しかし、相手の正体は分かってもどうして俺に連絡してくるかの理由が分からない。

 それでも無視するとあまりいい結果にはならないだろう。

 

「……もしもし?」

 

『佐世保朔太郎だな。私はジョン・ドウ。以前にも話したことはあるだろう』

 

「話したということにカウントしていいのか分からないぐらい短いやり取りだったがと記憶しているが」

 

『一言でも言葉を交わせばそれは会話だ。さて、単刀直入に聞くが私からの仕事を受ける気はないか?』

 

「仕事? どんな?」

 

『ある探索者の捜索救難だ。無事に助け出せれば800万円は約束しよう』

 

「ほう」

 

 探索者なんてやってる人間にそれだけの価値があるとは。

 どこかのメガコーポの重役の息子が好奇心でダンジョンに潜ってトラブったかね。

 

『繰り返し言っておくが、これは捜索救難だ。前回の賞金稼ぎとは違う。目標が五体満足で救出されなければ、報酬は減額されると思っておきたまえ』

 

 釘を刺すようにジョン・ドウが繰り返す。

 

「分かった。そいつの生体情報と最後に確認された居場所を教えてくれ」

 

『送信する。またもうひとつ言っておくが、この件を外に漏洩させないように。この時点でお前には守秘義務が生じている』

 

「分かっている。この手の仕事は初めてじゃない」

 

『結構だ。では、無事な仕事の達成を祈る』

 

 ジョン・ドウはいかにも企業側の人間であるいうように実に偉そうにそう言って通話を切った。

 

「捜索救難か……」

 

 俺はジョン・ドウから渡された情報を確認する。

 

 救難目標は五十嵐・J・アメリア。

 添付されている顔写真には20代前半ほどの若い女性が写っている。

 どうやら大井の研究員であるらしく、経歴には凄まじいものが並ぶ。

 飛び級でマサチューセッツ工科大学を14歳で卒業し、それから大井にヘッドハントされて以後は大井エネルギー&マテリアルに所属したと。

 

「確かにこれなら800万円の価値はありそうだな」

 

 むしろこの経歴を見ると800万では安すぎるかのようにすら思える。

 連中はこれまでこの女に800万以上の金を投じただろうに。

 

 しかしながら、いつだって下請けの立場は弱いものだ。

 それはダンジョン関係者においても変わらない。

 俺が断ればジョン・ドウはもっと安く引き受ける金の欲しい人間を探すだろう。

 

「サタナエル。仕事が入った。捜索救難の仕事だ」

 

「あらあら。では、早速ダンジョンにですね」

 

「ああ。23階層付近で行方不明になったらしいから、そこから調査を開始する」

 

「分かりました」

 

 俺がサタナエルにそう説明しているとマルキダエルがぐいと間に割り込んできた。

 

「俺もやる! ダンジョンに一緒に潜るという約束だっただろう!」

 

「ああ。そうだな。ちゃんと手伝うならば報酬は山分けだ。いいか?」

 

「おおーっ! いいぞ、いいぞ! 俺に任せておくがいい!」

 

 マルキダエルはそう言って張り切り──。

 

 

 * * * *

 

 

「何だこれはっ!」

 

 そしてダンジョンにてマルキダエルはずしりと重く、そして巨大な軍用背嚢を背負って文句を言っていた。

 携行食糧や水、予備弾薬など含めて30キロほどある。

 

「手伝うって言っただろう。荷物運びも重要な仕事だ」

 

 何もマルキダエルだけに荷物を背負わせているわけではない。

 俺も同じくらいの大きさの軍用背嚢を背負っている。

 

 と言うのも今回は実験というか、事前演習がしたかったのだ。

 そう、いつもはソロなので自分の荷物は自分で持って潜っているが、これがマルキダエルを含めて2名になればどれくらい長期的に戦えるのかということを確かめるためのものだ。

 

 今回は捜索救難ということですぐに終わる仕事でもない。

 持久戦になる可能性もあるので、余分に荷物は持ってきてある。

 試すには絶好の機会だ。

 

「サタナエルは何も運んでいないぞ!」

 

 だが、マルキダエルが指摘するようにサタナエルは身軽な軽装のままで何も背負っていない。

 

「サタナエルは別に手伝いに来ているわけじゃないから。ただのストーキング中だ」

 

「ずるい!」

 

「ずるくない。文句言うなら分け前はなしだ」

 

「ぐぬぬぬぬっ! 仕方ない! 分け前はちゃんと寄越せよ!」

 

 マルキダエルは不満そうにしていたが、分け前は欲しいらしく仕事を始めた。

 

 俺たちはまずは10階層を目指して潜る。

 俺はゴブリン、人食いネズミ、ダイヤウルフと言ったクリーチャーを排除しながら前進していくのにサタナエルとマルキダエルがついてくる。

 

「ほー! やはり貴様は強いな!」

 

「流石は旦那様です」

 

 マルキダエルは俺がゴブリンの群れを一掃するのに感心したようにそう言う。

 サタナエルも微笑んでそう言っていた。

 

「おだてても何も出んぞ」

 

 ゴブリン相手だからと言って手を抜いていいわけではないが、ゴブリンを倒したぐらいで褒められても虚しいだけだ。

 

「問題は10階層だ。エリアボスのミノタウロスが復活していないといいが……」

 

 俺はそう言ってダンジョンを10階層に向けて進む。

 

「10階層……」

 

 俺は10階層を見渡す。

 その広い空間は静寂に包まれている。

 

「オーケー。ラッキーだ。ミノタウロスはお留守だ」

 

 ミノタウロスがいれば弾薬などの出費がかさむ。

 このダンジョンはモンスターを倒せば倒すほどお金がたまるファンタジーゲームと違って、戦えば戦うほど出費が大きくなるクソゲーなのである。

 

 このダンジョンで効率よく稼ぐにはクリーチャーを倒すのではなく、ダンジョンにあるお宝だけを奪って逃げ切らなければならない。

 

「このまま20階層まで一気に潜るぞ」

 

 俺は11階層の階段まで向かいそういう。

 

「おーっ!」

 

「おー」

 

 マルキダエルは元気よく、サタナエルは控えめに俺の掛け声に応じ、俺たちは11階層に足を踏み入れた。

 

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